チャリ新時代

昔から自転車(チェリンコ=以下チャリ)が好きだった。
大敵は雨と強風。
だが、季節の移り目(=風の肌触りの変化)を感じるにはチャリが最高である。

今から約30年前、東京→富山をチャリで完走した。
体力なく、いずれも片道だけだが、1回目は上信越経由、2回目は名古屋→高山経由。
500㌔超を3日かけて走破するという壮大なる(!?)“冒険”or“実験”。

もはやあのような無謀なことはできなくなったが、
しかし、やっておいてよかったとつくずく思う。
如何に最新式のチャリでも、日本アルプスを普通の体力では登り切れない。
が、無理と思えばおっちら、おっちら、チャリ引いてひたすら歩く。
折り返して、風を切って下る坂道の爽快さは何にも代えがたい。
結局、終わってみれば合計でかかる時間に大差ない。
これぞいうところの“エコ運転”(!?)だし、
もう少しカッコよく言えば、人生そのものようにも思う。

前置きが 長くなったが、ここ5年、
半径3㌔以内の移動にはチャリを使っている。
都会ではチャリの置き場=駐輪場の確保も難しいが、
“折り畳み”式のチャリなら、軽量(約10㌔程度)だし、
部屋の中に納まり、ベランダに置いた時の錆のリスクもない。

この方法を採り始めたのは、
地下鉄や都バスに乗りたくなくなったからである。
地下鉄はエスカレータ完備でなく、地下階段の上り下りが結構しんどい、
特に荷物を抱えた時などは。
都バスは交通渋滞あり、時間が不定期で、利用者は無料パスの高齢者も多く、
乗ってるだけで気が滅入る。

こうした一連の流れの中で、最近注目され始めたのが「シェア自転車」。
中国のシェア自転車大手の摩拝単車(モバイク)が、
札幌市内で大々的な実験を開始した。
仕組みは至って簡単。
札幌市内のコンビニやドラッグストアなど数百か所に駐輪場を設け、
千台単位の自転車を貸し出す。

サービスの核となるのがスマートフォン。
開錠や課金も全てスマホ。
利用後は契約した駐輪場での、いわゆる“乗り捨て”。
競合社が次々に現れており、日本のNTTドコモも
ドコモ・バイクシェアなる子会社(東京・神田)を立ち上げ本格的参入の構え。
*江東区も同様の無料サービスを開始しているが、実数が極端に少ない

骨の髄までシボレーで/あとでひじてつクラウンさ…
団塊の世代の人間なら誰でも知ってる小林旭「自動車ショー歌」。
1964年の発表だが、
庶民の憧れの的だった内外の車の名前がちりばめられている。
小林旭独特の甲高い声は、ガソリンの匂いがムンムン匂う。

団塊の世代が若者の頃、スカイラインGTやフェアレディZなど
スポーティな乗用車がデート用の必須アイテムだった。
それから約50年、ガソリン車は徐々に廃止に向かい、
電気自動車(EV)や自動運転車の時代になり始めた。
考えてみれば、都内で若者が運転する乗用車はめっきり減った。
目立つのは、団塊の世代のオッサンが運転する乗用車ばかりである。

かくして2020東京五輪に向け、チャリ文化が花咲く気配。
困るのは、電動アシスト車に乗って荷物満杯で髪振り乱して疾走する
35歳前後の“ちょい昔は美人だった”主婦層と、
宇宙人のようなキャップをかぶった暴走チャリ族。
全てが思うようにうまくいくはずがなく我慢するしかないが…

時代の変わり目。
大都会・国際都市・東京の空気が格段に美味しくなるかもしれない。

野球が廃る!? -来年100回を迎える夏の高校野球-

日本の夏の風物詩、高校野球の熱闘甲子園。今年は99回目。
今年は、目玉の清宮幸太郎の早実が西東京決勝で敗退、
折からの不安定な天候もあって、注目度が低かった(!?)と思う。

自分の場合、ゴルフ・松山英樹が、日本時間4日から14日の約2週間、
ブリジストン招待→全米プロで熾烈な優勝争いをしたから、
早朝からのTV観戦で疲れ果て、高校野球を見る気力も体力もなかった。

しかし、さすがに準決勝あたりから注目せざるを得なくなった。
平成の怪物と言われた横浜高・松坂大輔投手を育てた渡辺元智前監督をして
「こりゃ(打者として)怪物だわ!」と言わしめた(BS朝日実況解説)、
広島・広陵高校の中村奨成捕手の活躍があったからである。
28打数19安打・打率6割7分9厘、6本塁打(新)、6二塁打(新)、17打点、
43塁打(新)等など、 劇画でもこうはいくまいと思われる記録づくめの大爆発。

PL学園・清原和博がそれまでの記録5本塁打を放った67回大会(85年)では、
実況アナに「甲子園は清原のためにあるのか~!!」と絶叫せしめたが、
今年の夏の甲子園は、「広陵・中村奨成のためのもの」になった。
100回目直前の大会の記録に残る活躍は、後世に残る伝説となるに違いない。

今年の観客は10年連続で80万人を突破。
しかし熱狂甲子園はこのまま続いていくのか。
日本高野連に拠ると、
「やまびこ打線」の徳島・池田高校や、桑田・清原のKKコンビの大阪PL学園の
活躍に沸いた1980年代は80万人で推移し、
90年には過去最高の92万9千人を記録する。

だが、サッカーJリーグが開幕した93年以降は徐々に減少、
96年には64万5千人まで減少する。
再び人気が上昇するのは2000年以降。
早実・斉藤祐樹と駒大苫小牧・田中将大両投手の決勝での投げ合い(06年)
などがあり、08年から今年まで10年連続で80万人を超えた。
統計が残る58年以降、初めてのことである。

だが一方で厳しい現実も待ち受ける。
日本の6歳から14歳の人口が2011年から2016年の間に6%減少。
同じ年齢層の競技人口は全日本野球協会の推計に拠ると、
約63万8千人から約49万2000人と激減している。

原因はスポーツが多様化したことによる、野球をする機会の減少。
そして野球をできるスペースの減少である。
確かに狭いスペースで楽しめるスポーツは数えたらキリがない。
グローブやバットなどの用具の改良と共に値段の高騰もあり、
野球じゃなきゃダメだと言う論理は成り立たない。

今回の全国大会で初優勝した埼玉・花咲徳栄高校は、
同じレベルの投手二人を仕上げることから始まり、
同等の力量を持つハイレベルの20人の集団を創り上げていた。
結果、1番であろうが、9番であろうがどこからもチャンスを作れるのだ。
私学だからできる、高校3年間=実質900日、ひたすら野球だけに打ち込む世界。
それが昨今の高校野球の実態である。
と言えば、反対論もあろう。
だが、学生野球の祖・故飛田穂洲の掲げた文武両道の球道精神は、
既に建前の理想論になっている。

最近、松山英樹を使った一面広告(なぜか、あのガリバー・野村証券)のキャッチ
「目指すのは、今まで以上の未来」が鮮烈で心に響いている。
果たして野球に未来があるのか?
自分が小学生の頃の実家方面では、各町内で野球チームが編成され、
夏には20チーム超が覇を競った。9人どころか、補欠も2~3人はいた。
最近では、蝉の声は聞こえても、子供の声は聞こえない。

来年は100回を記念して深紅の大優勝旗が新調される。
要は高校野球も新しい時代に入るということである。
9人が集まらないと始まらないゲーム、野球。
確かに団塊の世代がいてこれまでの野球が成り立っていたのかもしれない。

野球が廃る!?
あり得ない!!と言いたいが、反論し切れない。
時代の流れを受け止めざるを得ない、残念ながら。

最終局面を迎えたアベノミクス

トランプ米大統領の北朝鮮への
“この小僧がっ!!”型の「口撃」が断続的に続いている。
米国が本当に軍事作戦にカジを切るのか。
北朝鮮の軍事能力の増強が確実になる中で、
トランプVS北朝鮮のTV画面上での激しい応酬が、
世界の市場を揺さぶっている。

今回の事態と唯一比較できる事象は“キューバ危機”だろう。
1962年10月、旧ソ連によるキューバでの核ミサイル基地の建設を
きっかけに米ソは核戦争手前までいった。
今回の事象も、背後にロシア&中国がいるのも間違いなく、
結局は同じ構図だ。

そうした中でNYダウが22000㌦近辺の高値に張り付いている。
AI中心の世の中に移行する中で株式市場は、
米IT・ハイテク業界の好調が続き、
「人手不足が2050年まで続き、省力化やITへの投資を促す」との
(安直な)期待感に浸っている。

当然ながら、ITバブル崩壊のリスクは健在である。
来るべきAI全盛時代に勝ち残るのは、
従業員1人あたりの企業価値や収益が大きいなど、
賃金上昇の圧力に屈しない体質を持つ企業に限られる。
従って「何でもかでも、買っておけばいい」という論理にはならない。

市場では「ビッグ・ショート」という単語が使われ始めた。
米ベストセラーの「ザ・ビッグ・ショート(邦題:世紀の空売り)」
から採られた言い回しだが、
「市場の平穏がいつまでも続くはずがない」
との懐疑心が潜んでいるのもまた事実である。

コンピュター化が強烈に進捗した結果、
世界の金融がAI任せへとカジを切って久しい。
結果的にAIは、従来の現場担当者=人間を金融機関から徐々に駆逐し、
市場の「マーケット・メーキング機能」が顕著に低下した。
現在のAI中心の(人間の介在しない)金融市場は、
行くときは情け容赦なく、(地獄の果てまで)トコトン行く。

8月3日、改造内閣を発足させた安倍晋三首相は
「4年間のアベノミクスで雇用は200万人近く増え、
正社員の有効求人倍率は1倍を超えた」
「しかしまだまだすべきことがある」
とアベノミクス加速を訴えた。

だが、繰り出した政策と成果の関係は判然としていない。
3本の矢、新3本の矢、1億総活躍、働き方改革、そして人づくり革命。
どの政策がいつ、何に、どう効いたのか。
政治の世界では、過去も現在もそして未来も
「結果良ければれば全てよし」との安直な論理が先行する。
現在置かれた大きな問題は、AIの起こすであろう未曽有の大混乱に、
「如何に冷静沈着に、的確に対応するか」である。
一国の大将は、平穏な時には、いるのかいないのか、
大石内蔵助型昼行燈(ひるあんどん)でも構わないのだ。

戦後の日本で宰相の供給源は、
吉田茂、岸信介、池田勇人、佐藤栄作などの官僚機構だった。
やがて自民党が力をつけ、田中角栄や竹下登などの派閥の領袖が
内閣を率いるようになった。
近年は安倍晋三、福田康夫、麻生太郎など「世襲宰相」でしのいでいる。

トランプVS北朝鮮の対立が発端となり、
理想論・机上の空論が機能しない大混乱が起きる可能性は高い。
大異変が起きた時、何が、そして誰が必要なのかが分かる気がする。