2016年12月03日

54年振りの11月の雪 -38豪雪の記憶-

11月24日、関東甲信越地方の広い範囲で雪が降った。
東京都心では11月として54年振りの初雪であり、
1875年(明治8年)の観測開始以来初の積雪だった。
気象庁は、日の出直前の午前6時15分頃に降雪を確認、
午前11時過ぎに地面の半分以上が白くなり
「積雪状態と確認した」と発表した。但し、積雪は1㌢未満であると。

雪にからっきし弱い国際都市・東京。
メディアは前日から雪だ、雪だと大騒ぎ。
確かに降るには降ったが、雪国育ちの人間にとって、あんなの雪じゃない。
いうところの“名ばかりのちょぼちょぼ”状態。
但し今回の“54年振り”という点については伏線があった。

前回の11月の初雪は昭和37年(1962年)。
その翌年が昭和38年(1963年)。
その昭和38年に「38(さんぱち)豪雪」と言われる大雪が降った。
生まれ故郷・富山県では、185㌢超えと発表されたが、
吹き溜まりでは間違いなく2メートルを超えていた。
道路は通行不能。小中高は当然ながら臨時休校で、連日の屋根の雪下ろし。
二階から階段を作って出入りしていた。
同年の中学校発行の年間誌に掲載された自作の句。
「真っ白な 雪に回りを取り巻かれ 力いっぱい雪下ろすわれ」
未だに一字一句覚えているのは、それだけ雪が強烈だったからだろう…

昭和37年と平成28年の相似点。
「夏の高校野球で栃木・作新学院が優勝」
「プロ野球では東映フライヤーズ(=日本ハムファイターズの前身)が優勝」。
そして特に注目すべきは東京五輪を控えている点。
1964年の東京五輪と2020年の東京五輪。
開催会場でゴタゴタしている点も酷似している。
ということで、「来るべき2017年は寒い冬=豪雪になるかもしれない」との
データの裏付けのない噂が出ているが、あながち否定はできないようである。

そして54年振りの11月の初雪が降った24日、
今年の大晦日放送の第67回紅白歌合戦の出場歌手が発表されている。
偶然にしては出来過ぎ。
で今週は、「連想ゲーム」で、紅白歌合戦の歴史をザッと振り返ってみたい。

紅白歌合戦の始まりは、
終戦結直後の1945年・大晦日の「紅白音楽試合」というラジオ番組。
当初は「紅白音楽合戦」の番組名で放送する予定だったが、
GHQが「敗戦国がバトルとは何事か」との判断で、
仕方なく「試合」に変更した。今は昔の(笑えない)話である。

TV放送が定着するのは1960年代に入ってからと思う。
「紅白を見た次の日から連日、雪下ろしばっかだった」との強烈な記憶が
あるから、38豪雪時には実家にも白黒のTV受像機があったのだと思う。
そして1964年の東京五輪はカラーで見た記憶があるから、
そのあたりから日本のTV時代が定着したのだろう。

考えてみれば昭和37年とは戦後17年、日本の高度成長時代前夜で、
NHK紅白歌合戦が国民的行事と言われ、視聴率が70~80%の時代であった。
紅白離れが言われるようになるのは、
一家に1台から1人に1人の時代になっていく90年代からだったと思う。

もはやそんな驚異的な視聴率は伝説。
IT時代。全世代が満足する番組などもはや不可能。
家族全員が揃って同じ番組を長時間見ることも期待できない。
こうなってしまえば、国営放送たるもの、
視聴率を気にせず(=若者層におもねくことなく)、
「大晦日の歌合戦+除夜の鐘」の“日本人の心”のセット番組を、
粛々と流されたらどうだろうか。


2016年11月26日

「グローバリズムとPC」への反乱

早いもので2016年もあと1カ月少々となった。
巷間では年末恒例の「今年の流行語大賞は何になるか?」でかまびすしい。
では世界の流行語大賞なるものがあるのかないのか、定かではないが、
仮にあるとすれば、2016年世界流行語大賞は
「グローバリズムとPCへの反乱」がダントツで選ばれそうだ。

まずグローバリズムとは「ヒトカネモノが自由に国境を越えること」。
そしてPCとは
(日本で汎用されているパーソナル・コンピュータのことではなく)
「ポリティカリー・コレクト=ありとあらゆる差別や偏見をなくすること」。

6月の英国のEU離脱決定、
そして11月の米大統領選挙でトランプ勝利という歴史的な“番狂わせ”は、
一見無関係に見えて本質的にはほとんど同一のものであった。
日本を含めて世界中の有識者やメディアは、
ほぼ一致して英国のEU残留と、米大統領選挙でのトランプ敗北を固く信じ、
またそうなることを強く望んでいた。

ところが予想外の展開になってメディアは、EU離脱について
「理性が感情に負けた」
「ポピュリズム(大衆迎合主義)の怖さ」
「今となって後悔する国民」などと表現し、挙句、
「扇動され踊らされた低学歴労働者による無責任な愚挙」
「民主主義の危機」と嘆息した。
トランプ勝利後もメディアは、ほとんど同じ論評を繰り返した。

考えてみればここ30年、アメリカが先導し、
世界が追随したグローバリズムによって、世界各国で所得格差が急拡大し、
中産階級がやせ細り、国民が持てる者と持たざる者とに二分された。
結局、アメリカ型金融資本主義により一蓮托生となった世界経済は、
ギリシャ程度の小国の経済状況にさえ一喜一憂するという脆弱な体質になった。

またPCという「清く、正しく、美しく」の理想論的な合言葉により、
誰もが本音でモノを言えなくなった。
PCに抵触したとメディアが判断すれば、即刻社会的な制裁を受けざるを
えなかったからである。

この閉塞感とグローバリズムのもたらした惨状に敢然と立ち向かったのが
移民排斥と自由貿易協定破棄を掲げたトランプであり、
移民とEUのグロバーリズムに反逆した英国民だった。
結局、今回の米大統領選挙でのトランプ勝利に対する「なぜだ??」
との疑問に対する答えが「グローバリズムとPCへの反乱」だったのである。

こうした一連の考え方は認めるとして、中産階級の怒りが一旦は収まった後、
具体的に現世とどう対応していくかは別問題である。
トランプ勝利後の「ドル1強マネー集中」は異常である。

きっかけとなったのは米議会選挙で共和党が多数派を維持し、
大統領と議会多数派が食い違う「ねじれ」が解けたからである。
トランプの大型減税やインフラ投資が現実味を帯びる。
移民拒否などの極端な政策は、与党・共和党が歯止めをかける。
ウォール街はそんな“いいとこ取り”のシナリオに乗ったのである。

「欲しいものがいつも手入るとは限らない。
けどやってみると、たまには見つかるかもしれない」。
トランプが利宣言の後、会場を立ち去る際に会場に流れた、
英ロックバンド、ローリング・ストーンズの曲の一節である。

世界は今、21世紀初頭の極めて難しい混沌とした局面にいる。

2016年11月19日

吹きすさぶトランプ旋風。行き着く先は…?

21世紀の金融はコンピューターファースト。
「人間を徹底排除する方式が短期的には結果が出る」との論理。
つまりは巨大な金額をマイクロセカンドで動かし、
“(わずかな)さや”を掠め取とろうとする薄利多売方式。
情け容赦とか情状酌量といった人間的な情緒は全くない。
いざやるとなったら、“はやぶさ”のように宇宙の果てまで飛んで行く。

ここ20年、金融市場には
「米大統領の交代時には株高・円安になる」とのジンクスがあった。
1990年以降の米大統領選挙の翌年の円相場を振り返ると、
ビル・クリントン氏2期目が始まった97年以降、
5回連続で円安・ドル高・株高だった。
就任当初は支持基盤を固めるため、
景気刺激策を打ち出されることへの期待が出るからである。

例えばブッシュ政権では2001年に大型減税を実施。
05年の2期目には米国企業が海外で得た利益を本国へ戻す際の
税金を軽減する「本国投資法」を導入した。
新大統領に切り替わることで期待感が膨らみやすい流れにはなっている。

では「予想外」とされた今回の米大統領選挙のドナルド・トランプ氏の場合はどうか。
保護主義的政策を掲げるトランプ氏の勝利は円高要因との見方が多数派だった。
100円突破もあり得ると。
事実、開票日の日本時間午後2時頃には101円台前半まで円高が進み、
日経平均株価は1000円超の下落となった。

雰囲気が変わったのは同日日本時間午後5時頃のトランプ氏の勝利宣言からだった。
「米国の利益を一番に考えるが、海外諸国との公正な関係を築くことも
 世界に知らせたい」。
こんな調子で保護主義的な発言を封印。
「世界最強の経済を構築する」と強調した。

以降市場の関心は、トランプノミクス(トランプ氏の経済政策)の
“光の部分”へと一気に移っていった。
法人税率の引き下げなどの減税やインフラ投資、規制緩和といった政策が
クローズアップされたのである。

そして当日の米国市場の取引時間帯に入ると、ムードは完全に変わる。
米議会の上下両院で共和党が過半数を確保、
景気刺激的な政策が推進されるとの見方から米長期金利が上昇し、
日米の金利差が拡大した。

またトランプ氏が、企業が海外に所有する資金を米国に移す際の税率軽減を
計画しているとの報が伝わり、
インフラ投資の恩恵を受け易い建機のキャタピラー等の株価も上昇し、
益々ドル買いに拍車がかかり、今週末には110円に到達する動きとなっている。

日本でトランプと言えばブリッジやポーカーなどに使うカードのことだが、
英語では「切り札」の意味。
現状を打破するために米国の有権者が打ち出してきた切り札がトランプ氏だった。
少なくとも選挙戦では破壊力を期待できる人物像を演じ続けてきた。

27年前の11月9日が「ベルリンの壁が崩壊した日」。
そしてトランプ新大統領誕生した日が11月9日。怖いような符合である。
カードゲームではジョーカーが切り札になる。
そして最悪の札になることも。

最新精鋭のコンピュータが「トランプ×」のサインを出したどうなるか。
無機質の市場の数字は、それこそ宇宙の果てまで飛んで行く...

2016年11月12日

トランプショック -アメリカニズムに潜むリスク-

この半年、
NYダウ、日経平均、ドル円為替のチャートが顕著なサインを出していた。
短期ではNYダウ・日経平均は上昇、ドル円為替は円安。
一方長期では、NYダウも日経平均も下落、ドル円為替は円高。

簡単に言えば「短期的に盛り上がっても、長くは続かない」景気のパターン。
結局、諸般のチャートは、今回の米大統領選挙で
「不安定極まりない暴言王・ドナルド・トランプ(以下トランプ)勝利」の気配を
示していたのである。

日本時間11月9日午前から始まった米大統領選挙の開票報道。
MLBワルードシリーズの雰囲気に似たお祭り騒ぎ。
世界中のマスコミが米国に集中し、
日本のTV各局も、ワイドショー中心の興味半分の緩い報道が続く。
接戦になろうが、どうせ最後にはヒラリー・クリントン候補(以下ヒラリー候補)
の勝ちだろう…昼ごろには決着がつくだろう…
10人中8~9人がそう思っていた。

ところが、ヒラリー候補の勝利確定するはずのお昼頃から、
トランプ候補優勢が明確になっていく。
日経平均1000円の下落、ドル円は101円台に。
何かが違う、何かが…次第に騒然とし始める。
当初は泡沫候補扱いだったトランプ候補が勝つ??まさかな…
そして午後4時頃、ヒラリー候補の敗北が確定する。

今回の米大統領選挙の最大の特徴は、
両候補の好感度が過去30年の大統領候補の中で最低だったことである。
民主党・ヒラリー候補は
大統領夫人(=ファーストレディ)、上院議員、国務長官を歴任。
練られた政策をよどみなく語る。
ただ最終盤の失速となった国務長官時代の私用メール問題は
「灰色」の印象を与えてしまった。

一方、共和党・トランプ候補は、
国籍・性別を問わず差別的な暴言を繰り返した。
民主主義を軽んじ、選挙結果の受け入れを保証することも拒否した。
「大統領になる資格がない」とのヒラリー候補の指摘は、
多くの選挙民の共感を得るはずだった。

米国は2008年の金融危機から再生し、
一時は10%に達した失業率は5%前後にまで回復した。
とは言え、中低所得層の収入に変化がないままである。
結果的には景気回復の恩恵は、トップの富裕層に集中したことになる。
かくしてトランプ候補の暴言は、経済格差が顕著な米国社会の断層に
ジワジワと入り込んでいくことになった。

結局、今回のトランプ候補勝利の最大要因は
「様々な暴言で不満層の溜飲を下げた」ことにあった。
この雰囲気は英国のEU離脱と似通っている。
だがトランプが主張する根本にあるのは、
自由貿易の拡大や移民の流入を阻止する「アメリカニズム(米国第一主義)」
であり、一連の考え方に危うさは否めない。

米国は世界の政治・経済の秩序づくりを主導する世界の超大国である。
軍事・経済で拡張主義を採る中国や、冷戦下の覇権主義に戻ったロシアに
どう対応していくか。
具体的な政策プランがないように見える新大統領にその認識があるのか否か。

大統領就任が決定したトランプ候補が、勝利が決定した瞬間から
いつもの暴言が鳴りを潜め、緊張し、青ざめているようにさえ見えた。
議員経験・軍隊経験もないトランプ新大統領は、
とりあえず就任までの3カ月間、猛勉強するしかあるまい。

今回の選挙の中で、トランプ候補のスキャンダルは出切ったとの見方はある。
本人はともかく、周囲さえ固めれば何とかなる…
とはいえ世界は今、
経済の縮小均衡と国際秩序の空白におびえながら、緊迫の4年間に突入する。


2016年11月05日

ガタつく世界情勢。松山”ぶっち切り”という清涼剤

ハロウィンが日本に定着したのはいつの頃だったか。
多分この10年、21世紀になってからだと思う。
江戸末期の「ええじゃないか」に雰囲気が似て
「参加しなきゃ現代人じゃない」のノリ。
TV中継で渋谷界隈の馬鹿騒ぎを見るにつけ鼻白む思いである。

金融市場は11月第2週の米大統領選挙に向け、沈黙したままである。
完全に泥仕合となり、
米国民は何を根拠に投票するのかさっぱり見えてこない。
まさかとは思うが、トランプ勝利となれば米国だけでなく、
世界全体がひっくり返るような大混乱が起きるのは必至だが…

隣国・韓国での朴大統領の友人による国政介入疑惑。
詳しいことは知ろうとも思わないが、
朴大統領の友人と言われる女性の周囲には膨大な利権が絡んだことは
間違いないようである。
支持率5%となっては朴政権も末期的。
このままでは米韓関係に歪みが入り、日本もその影響を避けられそうにない。

日本もガタついている。
黒田東彦総裁の事実上の「ギブアップ」宣言。
かき回すだけかき回した挙句、
「理論通りにはいかなかった」の経済学者お決まりの捨てゼリフ。
日本経済はどうなっていくのだろう。

小池百合子東京都知事の劇場型手法も、結論を出す時期にきてガタついている。
豊洲移転はどうするのか、東京五輪3会場は??
毎日の(主婦向け)ワイドショーにネタは尽きないが、
“おもしろうて、やがてかなしき、鵜飼かな(芭蕉)”の感である。

そうした中、
10月末はスポーツの秋にふさわしいTV中継のオンパレードだった。
日本ハムVS広島の日本シリーズは予想以上の熱戦だったし、
MLBワールドシリーズも最終戦までもつれ込んだ。
まさに死闘だったがシカゴ・カブス勝利。
108年振りに“羊の呪い”が払拭された。
(蛇足だが、怖いのは羊の呪いが消えたことで、米大統領選挙で
「トランプ勝利か」との説がまことしやかに流れていることである。)

ちなみに30日のBSのスポーツ番組を紹介してみたい。
8:35からMLBワールドシリーズ(NHK)、
15:00からは世界ゴルフHSBCチャンピオンズ(松山英樹=NHK)、
22:30からはATP500テニス・スイスインドア決勝(錦織圭=BS朝日)、
26:00からはサッカーAFCU-19(19歳以下)決勝、
日本VSサウジアラビア(NHK)。
集中して見たら疲れるだけなのでBGM代わりだったが、
松山英樹の優勝には初体験の快感を味わった。

1999年に始まった世界選手権シリーズは年に4試合。
世界ランク上位選手しか出られず「準メジャ-」として位置付けられている。
今回のHSBCチャンピオンズには10傑のうち
1位のJ.デー(豪)、4位のJ.スピース(米)を除く世界の強豪が終結した。
松山は過去に米ツア-で首位発進したのは2回だが、
10位、3位と逆転負けしている。3度目にして初の逃げ切り勝利。
3打差から7打差に広げての“ぶっち切り”だった。

過去、30年以上にわたって世界メジャーの試合をTV観戦してきたが、
日本選手が首位のまま“上から目線”で見られたのは初体験。
トータル72ホールで、バーディ29・ボギー6の通算23アンダー。
3日目と最終日はボギーなしのプレーは完璧。

ゴタゴタする世界情勢を忘れ一服の清涼剤。
ひたすら“(ヒデキ)カンゲキ”したのだった。


2016年10月29日

歴史は繰り返す。再度のポンド危機にもがく英国

10月7日、
英ポンドは一時1ポンド=1.18㌦台となり、31年振りの安値に下落した。
また英国の貿易相手国との為替レートを貿易額で加重平均した
ポンドの名目実効為替レート(2005年1月=100)も73台に下落、
過去最低水準をつけた。

10月18日、
英政府統計局が発表した9月の消費者物価指数(CPI)は、
前年同月比で1.0%上昇した。事前予想の0.9%を上回り、
8月の0.6%から拡大、2014年11月(1.0%)以来の高い伸び率となった。

6月下旬のEU離脱決定から4カ月。
直後に囁かれたような英経済の急減速は表面化してはいない。
ポンドの大幅安で輸出が増加しているためである。
ただ一方で、英中銀はこの8月、
17年と18年の経済成長率見通しを大幅に下方修正している。

こうした中、英中銀・カーニー総裁は「更なる金融緩和を辞さず」と言明、
「インフレ率の上昇は大目に見る」と発表した。
更なる金融緩和はポンド安と高いインフレ、そして低成長を招きかねない。
言ってみれば新興国が抱える経済状況に似てきている。

基本的な部分に返って現状を考えてみたい。
これまで英国の外交は「3つのサークル」で考える必要があると言われてきた。
1番目は米国との「特別な関係」。
2番目がインドなどの旧植民地からなる英連邦との結びつき。
3番目が独仏はじめとする大陸欧州とのつながり。

英国が欧州経済共同体(EEC)と当初距離を置いたのも、
大陸欧州よりも米国や英連邦との関係を重視したからである。
主軸は米英関係で、EECはその手段。
そうした功利主義を大陸欧州は拒み続けた。

特に仏大統領ドゴールは英国を「米国のトロイの木馬」と喝破し、
大陸欧州の米国化を警戒した。
結局英国が、欧州連合(EU)の前身である欧州共同体(EC)に加盟できたのは
ドゴールの死から3年後の73年だった。

EC加盟後も英国の独自路線に大きな変化はなかった。
79年の欧州通貨制度(EMS)設立の際も、
相場安定のための為替メカニズム(ERM)参加を見送っている。
さらに同年に誕生したサッチャー政権が英国と大陸欧州との溝を深めていった。

その英国がERMに参加するのはメージャー政権誕生直前の90年10月だった。
当時は東西統合に伴うインフレを抑制するため、独は高金利政策を採ったが、
それに対抗しようと高目誘導したため、英国の国内経済は疲弊した。
「ポンド切り下げが必要ではではないか」との雰囲気の中で、
登場したのが稀代の相場師・ジョージ・ソロスだった。

ソロスに100億㌦(現邦貨で1兆円超)の売りを仕掛けられた英国は、
介入や利上げで防戦したものの結局は力尽き、
92年9月蔵相ラモントはERMから離脱を発表する。
深刻なポンド危機を経験したこの日を「暗黒の水曜日」と呼ぶようになる。
と共に、ジョージ・ソロスの名は末代までも金融史に残ることになった。

10月29日の海外市場では1ポンド=1.21㌦台をウロウロしている。
米大統領選挙を目前に、打つ手なしの感。
時代が変わっても、
唯我独尊・大英帝国の、功利優先の手法に何ら変化が見られない。
歴史は繰り返されるようである。


2016年10月22日

文学とは何か?紙媒体の文学の転換期!?

大学1年の初夏。
「週刊サンデー毎日」の対談に応募して採用された。
東西線・竹橋駅真上のパレスサイドビルの毎日新聞社に集まったのは
女性1人を含む4人。
今となってはメンバーの容姿の記憶は全くないし、掲載された“ブツ”も、
どこにしまったのか手元にはない。

興味半分の応募だったが、
高校を卒業して間もない若輩者が、熟練の諸氏に敵うわけがない。
特に「ベトナムに平和を連合」通称ベ平連の女性には
完膚なきまで“論破”された。
たしか5ページ建ての特集記事で、
掲載された発言が「そうですよね」の相槌だけだった。
慣れないスーツ姿の写真入りの紹介文には「純な早大生」となっていた。
ものの見事に完璧に“完封”された。

その時に話題となったのが
“反戦歌”だったボブ・ディランの「風に吹かれて」だった。
ラジオの深夜放送全盛の当時、確かに聞いたことのある曲ではあったが、
それがロックであり、フォークの原点であることなど考えたこともなく、
また知る由もなかった。

恋愛を歌った歌謡曲が中心の時代であり、
「風に吹かれて」の一見寂しげな翻訳歌詞やメロディが恋愛がテーマではなく、
実は世の中の現実や厳しさを描いているということがキッチリ理解できたのは
それから4年も経って、大学を卒業した頃である。

ボブ・ディランが登場する1960年代は公民権運動やベトナム反戦など、
若者の政治意識が高まった時代である。
「どれだけ多くの人が死んだら、
多くの人が“人が死に過ぎている”ことに気付くのか」
「答えは風に吹かれている」。

「Blowin’ in the Wind=(邦題)風に吹かれて」でディランは、
音楽的にはフォークにロックを融合させながら、
象徴や隠喩を多用した難解で複雑な歌詞を追求していった。
曲が長くなろうが、字余りになろうが、
自分の言いたいことや文学性を優先させて歌い、発表して半世紀を経て、
後世にも歌い継がれる世界の名曲となった。

そのボブ・ディランにノーベル文学賞が与えられることになった。
受賞理由は、「ロックに言葉を与え、ロックを芸術にまで高めた」となっている。
ポピュラーソングの作者がノーベル賞に輝いた例は過去にはない。
発表になった時の第一声は、一概に「ええっ!」だったのではないか。
自分は「他にいないのかよ?」とも思った。

この時期、毎回候補に上がり、結局は受賞できない日本の有名作家が話題になる。
代表作が「ノルウェーの森」。
だが、浅はかな自分には、何回読んでも1970年代の日本の学生のノスタルジィを
綴っているようにしか思えず、世界に通用する文学か否かは疑問だった。
今回、ディランが受賞したことで、受賞の可能性が薄らいだとみるが、
考え過ぎだろうか。

スマホ時代の全盛で、紙媒体の文学の存在が薄らいでいる。
「本を読む」時代が終わったのだろうか?
肝心のディランは「授賞式に出るのか出ないのか」黙して語らず、である。
風に吹かれて生きるディランらしいとも言えるが、
やはり時代の転換期なのだろう。
文学とは何か、ノーベル賞の権威とは何か。
移りゆく時代の中で、違和感を楽しむ(!?)しかないのかもしかない。


2016年10月15日

時価評価200億円。日本製サイボーグ

10月なのに真夏日が続いた日々から解放され、ようやく秋らしくなった。
多分「秋という期間」は短く、すぐに冬になるのだろう。
とは言え、読書の秋、そしてスポーツの秋である。
特に最近では、IT技術の進捗で、日本のスポーツばかりでなく、
世界のスポーツ番組がたっぷり堪能できる。
かくして今週もまたスポーツネタであります。

日本のプロ野球のエキサイト・シリーズ&日本シリーズ、
米国ではMLBのポストシーズン、サッカー・W杯最終予選等々があり、
ついでに13日から始まったゴルフ・日本オープンでは、
松山英樹+石川遼+アダム・スコット(豪)の「米ツアー3人衆」のプレーが
たっぷり視聴できた(NHKBS1)。
アダム・スコットは予選落ちしたが、愛好者にはたまらない展開ではある。

野球に関しては、
ほとんど同時に、日本のプロ野球とMLBのホットゲーム(真剣勝負)が
見れることで自然と実力の比較ができる。
その中で誰の目にも分かるのは
「日本ハムの大谷翔平はもはやMLBでも最上級の扱いをされるだろう」
ということである。

コントロールを重視し、八分目の力で投げて160㌔の連発、
140㌔台後半のフォークを投げる先発型投手はMLBにも見当たらない。
日本においては「異次元の選手」であり、
今の段階でMLBのポストシズーンに参入していっても
相応の結果を残すだろうという点において、反論する者はいないだろう。

問題なのは「大谷が投打において一流である」という点である。
評論家からは「邪道」と言われながら大谷の投打二刀流はスタートした。
だが11.5ゲーム差のあったソフトバンクを倒した4年目の今年、
諸般の非難は完全に消え去った。
「投手で打順一番、第一打席本塁打」は劇画でも想像できない世界だった。
あきれて、ただひたすら苦笑いするしかない。
それが「異次元・大谷ワルード」ではあった。

今年の大谷の投手としての成績は10勝4敗、防御率1.86、
打者としては打率3割2分2厘、本塁打22本。
今年の日ハム・栗山英樹監督の“出したいという誘惑”の中で、
疲労に配慮し、ギリギリの判断の中で大事をとった結果、
投打ともに規定投球回数、打席に達せず、個人記録の面では名を残せない。

だが今年の大車輪の活躍で、
日本シリーズで4連投4連勝した杉浦忠、シーズン42勝の稲尾和久(西鉄)など、
昭和の英雄たちに通じる劇画的なスター選手となった。
長嶋茂雄巨人軍永久名誉監督は「ミスター」、松井秀喜は「ゴジラ」。
プロ野球のスター選手には愛称がつけられるが、
大谷に使われ始めた愛称は「サイボーグ」。

大谷の近い将来のMLB行きは規定路線。
個人的な意見を言わしてもらえれば、二刀流をそのまま継続するのではなく、
投手にも打順の回るナショナル・リーグに「投手として入団」を期待したい。
投手大谷の肩は「酷暑の夏の甲子園で使い切っていない」からである。

かくしてMLBの複数球団が現時点のサイボーグ・大谷につけた時価の評価は
(最低で)「8年契約200億円」。

2016年10月08日

プロとアマの差

「棒を振り回して野原を走り回る」スポーツ。ゴルフ。
「紳士のスポーツ」だの「社会人の常識」だのといわれ、
バブル時期には年間70ラウンドもした。
要は土日連チャンだった。
それだけ回ればマグレもある。80台も何回か出た。
それが今や百獣の王(110台)である。

1980年代から90年代前半、
日本のビッグスリーと言われた青木功、尾崎将司、中嶋常幸のAON全盛の時代、
ゴルフの中継番組も全盛だった。
そのビッグスリーが、
マスターズ、全英オープン、全米オープン、全米プロの世界のメジャー4大大会に
出場して結果を残せないにしても、それは当たり前と考えていた。
結局は日本国内大会ファースト、内弁慶だったのである。

21世紀になってAONが衰えを見せる中で、
日本国内のゴルフ中継に人気がなくなり、
ゴルフ大会の数もゴルフ場の数も漸減状態になっていく。
最大の要因はIT時代の進捗だった。
世界の4大大会は勿論、世界中の主たる大会の中継をライブで視聴できるように
なるにつれ、日本のゴルフ場のコース設定が甘すぎることに気づいていくのである。

「接待の場」である日本のゴルフ場がそんなに難しいコース設定である必要はない。
当然のような論理だった。
ハーフ回ってアルコール付きの昼食。少し酔って残りのハーフ。
ゴルフとは「棒を振り回して野原を走り回る」中での社交のためのものであり、
結局は「接待のクラブ巡り」と大差ない。
日本のゴルフは、スポーツという点から言えば、間違った方向に進んでいった。

かくして日本全体がゴルフという、朝から晩まで丸1日かかる作業に疲れ、
飽きていった。
そして甘いコース設定の中で、日本のプロゴルファーの実力も、
世界から絶望的に離されることになった。
そんな環境の中で、海外を主戦場に選択し、活躍する松山英樹は見事というしかない。

日本のゴルフ中継の人気がなくなった理由も明確である。
ほとんどがダイジェスト版であり、大事な場面でのCMの乱打では、
興味も殺がれる。
女子プロの大会にしても、プレーを見るのでなく、
パキパキの着衣で厚化粧の女子プロの容姿に注目が集まる。
基本は「誰がキレイなのか」「誰が好みなのか」かの、“クラブ”仕様である。

こうした中でここ2~3年の公共放送NHKの改革(!?)は見事だった。
第1日目から最終日までぶっ通しで流す。
フェアウェイを歩く選手の姿もキッチリ映す。
まるで自分がプレーしている気になる。
本来の純粋なスポーツ中継に戻っている。

そのNHKが放映した第49回日本女子オープンは
アマの活躍が目立ち、見ごたえがあった。
優勝したのは高校3年の畑岡奈紗だったが、
第3日に単独首位に立った高校1年長野未祈(ながのみのり)の
プレー振りは見事だった。
贅肉のない足が印象的で、鍛錬したアスリートのそれだった。
またアマらしく、土袋持参で丁寧に後始末する姿も新鮮だった。

今回の大会では
日本の女子大会で初の「490ヤードパー4(17番ホール)」が設定された。
無理を承知で英断した大会関係者に拍手を送りたい。

優勝した畑岡奈紗、6位の西村優奈(高1)、
そして結局10位に終わった長野未祈も全て、
中嶋常幸の主宰するゴルフアカデミーの生徒という。
韓国勢に押される日本勢に業を煮やした日本のレジンドの乾坤一擲。
今後に期待したい。

ゴルフのスキルアップが絶望的となり、小うるさい観客に回った今、
スポーツとしてのゴルフを堪能したい。
とりあえず女子プロゴルフに厚化粧は不要と思う。

2016年10月01日

全米最大のTVショー

9月27日、日本時間午前10時から始まった米大統領選TV討論会。
世界情勢も左右する次期米大統領に果たして誰がなるのか。
当日は米国内だけでなく、全世界が注目のうちに放映された。
米国内だけで1億人の視聴者があったと伝えられている。

今回の大統領選挙は、
女性初の大統領を目指す民主党・ヒラリー・クリントン候補(以下ヒラリー候補)、
暴言で大衆の気を引く共和党・ドナルド・トランプ候補(以下トランプ候補)
の対決ということで、従来のように政策がどうのこうのというより、
まずは“物珍しさ”や、「どちらに欠陥が多いか」に関心が集まった点は否めない。

TV討論会では候補者の立ち振る舞いや、言葉の選び方次第で与える印象が変わる。
まずは「見た目」。
で、当日の服装と言えば、ヒラリー候補は赤いパンツスーツ。
赤は活動的な印象を与えるため、
健康不安を払拭したいとの選択したものと思われる。

かたやトランプ候補は「大統領らしさ」を醸し出そうと、
いつもの赤のネクタイではなく、落ち着いた青のネクタイだった。
赤は共和党、青は民主党のシンボルカラー。
図らずも敵対陣営の色を身にまとったことにはなる。

NHKBS1での討論会放送を開始から見た。
同時通訳の女性(トランプ候補の通訳もなぜか女性)の日本語があまりに早口で、
また翻訳がやや曖昧で、内容がいまひとつ掴み難い。
従って両候補の生の声を聞くことになったが、自分の理解度は8割程度。
ただ政策的にはこれまで伝わった以上のスペシャル情報が出てこない。
目立ったのは日本の掛け合い万歳に似た中傷合戦。
厳粛であるべき論戦に、
してはいけない表現かもしれないが、“それなりに楽しめた”。

今回は第1回目だったが、
第2回は10月9日、3回目は10月19日に開催予定となっている。
1回目、3回目は討論方式だが、
2回目は有権者から質問を受ける「タウンミーティング」方式が採られる予定。
第1回目の討論会ではクリントン候補の“受けのうまさ”が目立ったが、
2回目の「タウンミーティング」方式も面白そうである。

しかし凄いなと感心したのは、2時間という短くない時間に、
立ちっぱなしでガチの討論をしたという点。
終わったらガクッと座り込むことになったとは思うが、
健康が不安視されたヒラリー候補の立ち振る舞いは、予想以上の出来だった。
日本にとっては馴染のあるヒラリー候補の当選を望む声が多いが、
どうやらヒラリー勝利の気配である。

時を同じくして26日から始まった日本の臨時国会。
原稿棒読みスタイルに覇気はなく、情熱が感じられない。
だからアメリカ流の“決闘方式”がことの他、新鮮に映った。

政治論争の場をTVショーだと表現することは不遜とは思う。
だが28日から始まった東京都議会での小池都知事の劇場型方式は、
国会以上に注目を集めている。

結局、近代の政治もIT時代を十分意識しなければならないと思う。
劇場型・小池都知事の登場で、いままで厳粛に映ってきた従来の
密室型・根回し中心の日本型手法はいかにも古臭く映る。
好むと好まざると、変革すべき時期なのだろう。

2016年09月24日

日銀の実験続く。もがく地銀

9月21日、
金融政策決定会合で日銀は、長期金利を政策運営上の目標とする
新たな金融緩和の枠組みを導入することを決定した。
マイナス金利政策を維持した上で、
長期金利の指標となる10年物国債利回りをゼロ%程度に誘導する。
また物価上昇率が前年比2%を安定的に超えるまで金融緩和を継続するとの
方針も示した。

異次元緩和の導入で当初は円安・株高をもたらし、市場心理も好転し、
物価上昇率をプラスに引き上げる原動力になった。
ただ新規発行額の2倍超の国債を市場から買い上げる短期決戦型の政策では
目標に届かず、緩和が長引くにつれ弊害の方が目立ち始めていた。
異次元緩和の柱である国債購入を通じた資金供給量の拡大が、
限界を超えないための軌道修正が必要だった。

「いつか来る限界」について日銀内でも危機感あり、
論議されていた結果の施策だった。
だが新たに導入した長期金利の誘導目標を設定する作戦は、
国債の購入量を減らしつつ、金利は低いままで誘導するという
“いいとこ取り”の政策には違いない。
世界でも導入例がほとんどない。
中央銀行が長期金利まで操作することは至難だからである。

「金融政策でコントロールできない外的な要因がなければ…」
「2%に達していただろう」と黒田東彦日銀総裁は強気である。
外的な要因として
「原油価格の下落」「消費税増税後の消費停滞」「新興国国経済の減速」
「金融市場の不安定化」を上げる。
この一連の発言は、従来の経済学の論理の展開において、
“所与のもの=与えられた条件”以外の要因で目標が達成できなかったとする、
結果が出なかった時の常套手段、つまりは言い訳である。

こうした“騒動”が起きるための伏線はあった。
9月15日、金融庁が「金融レポート」を発表する。
同レポートは昨年9月の公表した金融行政方針の進捗状況や実績を評価する
もので、日銀のマイナス金利政策には直接言及してはいないものの、
日銀の“爆買い”に伴って市場に出回る国債が減少しているため
「金利が突然変動する」リスクや、
低金利の長期化で「金融機関の収益を圧迫する」リスクに言及している。

そして約10年後、
人口減少や低金利で地方銀行の6割超が本業の貸出業務で赤字に陥るとの
試算も示した。
仮に日銀がマイナス金利を深堀りすれば、
東京銀行間取引金利(TIBOR)も水面下に沈む可能性がある。
要は今まで融資で利息を得ていた銀行が、逆に利息を企業に支払う形になる。
劇画の世界に映るが、それが現実である。

金融レポートが発表された翌日の16日、
株式市場で地方銀行株相次いで上昇した。
現状では地銀は利益を確保しているが、
新規の貸し出し先は不動産関連中心であるとし、
長期的な収益悪化で「業界再編成の期待」が強くなると見方である。
「風が吹けば桶屋が儲かる」的な株屋的発想ではある。
このニュースを聞いて苦笑いするしかなかった。
もはや「地銀は存続しない」ことを前提に世の中が動いている。

金融市場は人間が介在して成り立つ。
故に、経済原論通りには動かない。
学者肌の日銀幹部の方々は、
「生きた市場とはいかなるものか」を考えておられないように映る。
壮大なる実験は中止する時期に来ているようである。

2016年09月17日

北朝鮮の行く末を考える

今年の夏も暑かった。
リオ五輪の熱気も残り、寝苦しい夜が続いた。
暑さを忘れさせてくれるガツンとした骨太の読み物はないかと探した。
結果出会ったのが「満洲国演義」だった。
昨年4月に亡くなった早稲田探検部出身でその名を知られた船戸与一氏の
原稿用紙7500枚、文庫本(新潮文庫)にして600ページ×9冊の遺作だった。

長州藩士を祖父に持つ敷島家の四兄弟+αを主人公に設定し、
それぞれに役割を担わせる。
長男の敷島太郎。東大法学部卒の外交官で奉天領事館の参事官。
次男の次郎。18歳で日本を飛び出し馬賊の頭目として満州を放浪。
三男の三郎。陸軍士官学校出身の関東軍将校。
四男の四郎。無政府主義を信奉する早稲田の学生。
そして間垣徳蔵。四兄弟の遠縁で関東軍特務少佐。陰の主役。

船戸氏は「現実を動かさない」とする自己規定を厳格に守り、
夥しい実在人物を登場させ、分野が異なる目で冷静に四兄弟+αに分析させる。
結果「満洲国演義」という小説ではなく「(克明な)満州国史」に仕上がっている。
1980年代に勃興した冒険小説の中心的な作家であったが故の、
エログロに近い戦争特有の情け容赦ない殺戮場面や、
下士官の集団レイプシーンのリアルで強烈な描写等も、
事実関係に目をそらさず、的確に伝えようとする意志が明確になり、
作品を重厚なものにしている。

明治維新という内戦に近い試練を乗り越え、国民国家の道を歩き始めた日本は、
日清・日露という対外戦争に勝利し、民族国家としての自信を深めていく。
たがそれは八紘一宇(全世界を一つの家のように統一する)という熟語で
表現されるように、理念が純粋化されるにつれ観念的となり、
結果としてアジアの覇権という形にならざるをえなかった。
結局理念の極致が満州国建国だった。

登場人物にゲーテの「ファウスト」から
「国家を創り上げるのは男の最高の浪漫だ」と述べさせる。
軍人たちの浪漫=妄想が満州事変、支那事変、太平洋戦争と拡大、
果ては二発の原爆投下とソ連参戦による満州国の滅亡と無条件降伏。
満洲国は1932年3月1日に誕生し、1945年8月17日に消滅。
その間13年と5カ月。
植民地経営の経験不足と掲げた理想と現実の乖離。
東北地方の深刻な飢饉、娘たちが身売りされていくという現実と、
法外な国費を払って高級料亭で飲み食いし、芸者遊びををする軍幹部の姿。
国家と個人、日本とは何か、日本人とは何かを考えさせられた。

こうした大作を読み終えた直後に、
北朝鮮の核弾頭の爆発実験成功のニュースに接する。
核やミサイルを強行する北朝鮮を、各国メディアは「暴挙」や「暴走」といった
言葉で表現する。
北朝鮮はどんなに厳しい制裁を浴びても、計画に沿って核武装するだろう。
はったりではなく、本気でそう考え行動するだろう。
たとえそれが破滅に向かう道であったとしても…
これが順当な考え方であろう。

北朝鮮の場合、原因はある程度明確になっている。
国境が直線で引かれている場合に紛争は起こり易い。
それは民族のありようを無視して、
統治する国の都合で直線が引かれるからである。
国境をまたいで同じ部族が存在する、二重国家になっている。
結果的に民族意識が政治的な思想に昇華され、
権力との抗争を必然的にさせるからである。

ここ百十数年の日本の歴史を要約すると、
民族国家としての勃興期から伸長期を経て、昭和20年に頂点を迎え、
リセットされ現在に至っている。

国家の動向を予測するのは簡単ではない。
だが人間の世界では歴史は繰り返される(多分)。
これまでの歴史を考えれば、北朝鮮のリセットの時期は近いと思う。

2016年09月10日

築地市場移転問題を考える

自分の住まいする中央区佃から築地市場へは、車(タクシー)で5分、
地下鉄で15分(待ち合わせ時間等を含む)、チャリで10分、徒歩で20分。
要は地下鉄で上がり降りするよりはチャリの方が近い距離にある。

こうした条件下、
築地市場の外郭に存在する築地場外商店街(通称:築地場外)を重宝してきた。
寿司屋は当然のこと、丼ぶりもの・麺類も安価で美味しい。
その他、青果物や漬物、各種加工品の品揃えが素晴らしい。
全体的に「安くて、量があって、美味しい」がテーマになっており、
そしていつも元気で活気あり、「豊かなニッポンの象徴」の様相を呈している。

その築地市場の移転問題がクローズアップされている。
よい機会なので、
築地市場の成り立ち・規模等から今回の移転問題について考えてみたい。

築地市場の正式な所在地は「東京都中央区築地5丁目2番1号」。
面積は約23ヘクタール。
卸売業者が7社、仲卸業者が約1000社。
水産物の取り扱いは日本最大。青果物は大田市場に次ぐ第二位。

築地市場の始まりは1923年(大正12年)9月に起きた関東大震災。
同震災により、日本橋魚河岸を始めとする市場群が壊滅する。
そして同年12月、
隅田川や汐留駅といった水運・陸運に恵まれていた旧外国人居留地の
海軍省所有地を借り受け、臨時の東京市魚市場が開設される。
それが築地市場の始まりである。

次いで1935年(昭和10年)、
現在の位置(当時は京橋区築地)に東京市中央卸売市場が開設され、
現在に至っている。
以来80年、築地市場は日本の公設卸売市場の代表として君臨してきた。
2000年(平成12年)12月12日、
都営地下鉄大江戸線全線開通と共に築地市場駅ができてから更にその名が高まった。

今回の移転問題は、
取扱量の拡大により施設が手狭になったこと、
80年を経過して施設の老朽化したことを受け、
2004年(平成16年)7月、
東京都江東区豊洲の東京ガスの工場跡地に移転することが決定される。
(豊洲新市場基本計画)

ただ東京ガスの跡地であったことから、当初から土地汚染が問題視され、
また1954年(昭和29年)のビキニ環礁での米国の水爆実験により被爆した
第五福竜丸の水揚げ水産物の埋め立てを問題視する動きがあり、
いまだに燻っている。

20年超にわたって場外市場に馴染んだ者にとって、
豊洲市場への移転は同じ半径内にあり、問題ないようには思えた。
ところが場外の商店街では築地市場が移転しても、
店舗は移転しないとの考え方が大勢である。
確かに交通の便がよく、世界の繁華街・銀座や歌舞伎座に近いことを考えれば、
豊洲に移転してもメリットは少ない。

ただ今回の移転問題は2020年東京五輪に絡んで、
素人目にも膨大な利権の匂いが感じ取れる雰囲気となっている。
当初約7300億円だった五輪予算が「2兆円を超える」という異常な事態の中、
劇場型・小池都知事VS複数のドンの対決。
ドラマ仕立ての展開で、外野席からは興味津々。
ここ半年が勝負だが、さて…


2016年09月03日

プロアマの垣根消滅。巨大化するスポーツビジネス

余りに劇的だったリオ五輪での日本選手の活躍。
その熱気が燻り続け、2020年東京五輪への関心が益々高まっている。
特に陸上男子400Mリレーの米国を破っての銀メダルを獲得した影響は大きく、
「短距離は黒人選手の世界」の常識を変え、「ボルトがいなかったら金メダル?」
との見方もあながち否定できなくなっている。

「バトンの渡し方を徹底研究し、その技術を熟練した」結果ではあった。
やり方次第では不毛と言われた種目でも日本人が活躍できるとの自信が深まった。
戦後のニッポンが目標にしてきた「技術のニッポン」の面目躍如だったが、
「日本人のDNAが変わり始めている」とも思わせるに十分な
衝撃的な銀メダル獲得だった。

現在、多くの競技が世界ランクをベースに五輪の出場権を争う。
世界を転戦しなければ出場切符も得られない。
結果的に多くの選手が海外遠征やトップレベルの試合を何度も繰り返して
五輪本番を迎えることになる。
要はスポーツそのものに“カネがかかる”時代になっている。

こうした環境の変化の中で、
従来あった「プロとアマチュアの垣根」が消滅している。
言うまでもないがアマチュアスポーツの最大のイベントが五輪だった。
従って、金銭が絡むプロが出場することは厳禁されていた(はずである)。

しかし活躍の舞台を世界とすることで、
いつの間にかサッカーにプロ選手が出場し、バスケットなどの団体競技が追随、
テニスなどではごくごく当たり前にプロがメダル争いをし、
フセイン・ボルトやマイケル・フェルプスといった
“稀代のモンスター(化け物)”を排出するに至って、
今や陸上競技や水泳といったプロに関係ないと思われるようなスポーツにも
スポンサーがつく時代となった。

米専門会社の調査によれば、今年6月末までの1年間に、
世界のトップアスリート100人のスポンサー契約額は
前年比0.8%の増9億2400万㌦(約930億円)。
全てのスポンサー契約は総額16億㌦(約1600億円)としている。

今回のリオ五輪では、
米競泳男子ライアン・ロクテ選手の不祥事を巡るスポンサー契約の打ち切りが
話題となった。
ロクテ選手はスピード、ラルフローレンなど4社のスポンサー契約を打ち切られた
とされている。契約総額は推定で200万㌦程度とみられる。

アスリートの不祥事による企業のダメージで最大だったのは
2009年のプロゴルファー・タイガー・ウッズの不倫疑惑だった。
当時のタイガー・ウッズの契約金の年間総額は1億㌦(約100億円)。
ナイキ、AT&T、ペプシコなどスポンサー8社の時価総額は
2009年11月に事件が発覚して約3週間で2.3%、
総額120億㌦減少したとされている。
広告塔の行動が株価をも左右する時代となってしまっている。

筋書きのないドラマが繰り広げられるスポーツの世界。
そして世界のスポーツをライブで見られる時代である。
世界中の人間がスポーツに魅了されるから尚更、
企業がスター選手を広告塔にしようとする。

プロアマの垣根がなくなり、益々巨大化するスポーツビジネス。
金銭が絡むことによって「(従来の)スポーツ」が違う方向に動き始めている。
だが時代は変わった。もはや必要悪と捉えるしかないのだろう。


2016年08月27日

始まったカウントダウン・2020東京五輪

4年に一度の世界のお祭り、オリンピックが終わりました。
今回のリオ五輪、地球の真裏で、昼夜が全くの逆。
結果として、日本時間深夜から始まる試合をライブで見ることになりました。
日本選手の予想以上の活躍が目立ち、熱戦も相次ぎ、チャンネルを操作しながら、
同時に2種類以上の種目を見るというパターンになりました。
深夜から早朝にかけての熱戦を見る毎日。疲れないわけがありませんよね。

リオ五輪が終わって、祭りの後のダルイ雰囲気。
久し振りで見るMLBが新鮮でした。
NHKはリオ五輪前から、「イチロー3000本安打フィバー」を盛り上げ、
さして面白くもないマーリンズ戦オンリーの番組構成でした。
代打しか出てこないイチローを見るのに2時間超の試合を見続けるのは
(実際にはBGMとして流し続けるのは)エネルギーの無駄のように思えました。
挙句、初ヒットから3000本に至る全打席を映し出すに番組を繰り返し流すに
至って、我慢強い(!?)自分も完全に切れてしまいました。

リオ五輪が終わって、そしてイチロー3000本フィーバも終わって、
ようやく通常の番組編成になっています。
前田健太のドジャース、田中将大のヤンキース、岩隈・青木のマリナーズ
ダルビッシュのレンジャーズ…
毎日が味付けの濃い無国籍料理ばっか食って、ゲップ状態になって、
のり、たまご、納豆、ご飯の、日本の定番のサラサラ朝食を食べている感じに
なっています。ものすごく新鮮で美味しく感じます。

これが自分の偽らざる感想ですが、皆さんはどうでしたか???
そんなに入れ込んでオリンピックを見なかった!?
それはそうでしょうね、いかにお祭りとは言え、サラッとが普通ですよね…

・・・・・・・・・・・・

日本時間8月22日午前のリオ五輪の閉会式。
鶴の刺繍の入った着物姿の小池東京都知事が
IOC(国際オリンピック委員会)のトーマス・バッハ会長から五輪旗を受け取った。
この瞬間から2020年東京五輪がカウントダウンに入った。

リオ五輪で獲得したメダルは金12個、銀8個、銅が21個の合計41個。
入賞総数88を含めて過去最高となった。
金が目標に2個及ばず、銀が6個減となったなど、全てが思惑通りには
いかなかったものの、日本選手の活躍はその内容を含めほぼ満点だった。

今回の日本躍進には日本政府の“本気度”を示す積極姿勢があったのも
大きな要因になった。
昨年10月にスポーツ庁が発足、2020年の東京五輪に向け、
公金を導入してメダル獲得を後押しする方向に舵を切った。

今年度のスポーツ予算324億円のうちから、
五輪・パラリンピックの選手強化のために87億円、
医学方面からメダル有望種目を重点支援する事業にも35億円が投じられている。
結果、代表選手は日常的に合宿して医学サポートを受けながら鍛錬することが
可能になった。そして遠征に使える資金も潤沢になった。

今回のリオ五輪では、競技によっては時差調整を兼ねた海外合宿や試合を経て
現地に入り、リオ現地にも8億円をかけて日本選手の最終調整をサポートする
拠点が設置された。
さらに味の素の協力を得て、選手村から徒歩3分の場所に
24時間体制の日本食拠点「G・ロードステーション」が設置された。

時間が経つにつれ、今回の日本の躍進には、
“必要資金がふんだんに投入された”ことが分かり始めている。
東京五輪では「金メダル第三位を目指す」目標が設定されている。
リオ五輪の金メダル第3位は中国で26個。金メダル倍増は至難。
ただ今回のリオ五輪の好成績から、
現状324億円の年間予算を1000億円にする案も出始めている。

今回のリオ五輪では柔道、レスリング、体操、水泳の「御四家」の他、
バトミントン、卓球、陸上男子短距離の躍進が目立った。
少々早すぎるかもしれないが、東京五輪後の日本のスポーツ界を考え、
押せ押せの雰囲気の今こそ、持続的にメダリストを育てる環境整備に
取り組まなければならないだろう。要は「資金を投入する」時期である。

今回のリオ五輪、連日熱戦が繰り広げられ、結果も出た結果、昼夜逆の生活、
というより昼間の高校野球も相まって、この暑き折、睡眠不足の日々であった。
だが世界の舞台で活躍する日本選手を見るのは“(元気の出る)栄養剤”だった
のは間違いない。

(4年に1度の)お祭りの後のダルイ雰囲気になっている。
しかし2020年東京五輪がカウントダウンに入った。
費用の拡大が俎上に上がる昨今だが、末代まで残る日本のDNAを飛躍的に
伸長させるための費用は積極的に使う時期と思う。
それは無駄遣いではない。
50年に1回の日本での五輪。有効活用すべきである。


2016年08月20日

リオ五輪で躍動する東京世代。強くそして美しく

残暑お見舞い申し上げます。
今年の夏は、というよりお盆は、リオ五輪と夏の高校野球が重なって
しまいました。
リオは日本のちょうど裏側。つまりリオは昼夜が真逆な世界。
結果、昼間は高校野球、真夜中から早朝にかけてはリオ五輪という
「いつ寝るの?」って世界が出来上がってしまいました。
折からの猛暑もあり、皆様にも随分とお疲れのことと思います。

リオ五輪、メダルラッシュで凄かったですね。
2020年の東京五輪に期待が持てそうです。
蛇足ながら、我が富山県から女子柔道、レスリングで金メダリストが
2人も誕生しました。少々地味ではあります。とは言え、金メダルは金メダル。
県民栄誉賞騒動が起こるのは必至の気配であります。

かくいうわたくしも何気に疲れております。
お盆と言うことで、1週間お休みを戴きましたが、
今後ともアクセスのほど、よろしくお願い申し上げます。
……………………………………………………………………………………………….

日本語で「リオ」と言えば、ブラジルの旧首都のリオデジャネイロを指す。
それは今や常識。
だがその語源の由来を知ったのはつい最近である。
リオとは「川」。そしてリオデジャネイロとは「1月の川」。
1502年に着いたポルトガル人の探検家が、
大西洋に面した湾を河川の一部として名付けたとされている。

この夏、そのリオデジャネイロ(以降リオ)で、
南米大陸で初めての開催された五輪が世界の注目を集めた。
「準備不足」「ジカ熱」「治安」「特有の熱帯気候」など、
様々な要因に不安視する観測がなされたが、まずは無事に進行している。

4年後の今頃は、日本は閉幕したばかりの五輪の余韻に浸っているはずである。
日本の交通ダイヤが世界一時間に正確なように、
諸事全般の手筈は定められた日にちまでにキッチリ整えらるはず。

たが心配な点がないわけではない。
2020年東京五輪が8月9日までの酷暑の中で、
パラリンピックが8月25日からの残暑の中で行われる予定になっている点である。
最近の日本の夏はおかしい、というより異常である。
日本列島が亜熱帯になってしまっている。
当該開催期間は「屋外の運動は避けるように」「なるべく外出は避けましょう」
との警告の中で行われる競技や観戦となる。まるでギャグである。

誘致合戦の際、
日本の夏は「晴れ日が多く温暖で、アスリートに理想的な気候」と世界に売り込んだ。
07年夏、大阪での世界陸上では体調を崩す選手が相次ぎ、
男子マラソンでは出場者の3割が途中棄権した。
酷暑の上に、台風が襲来したらどうする…?

国際オリンピック協会(IOC)が真夏の開催に拘るのは、
秋にスポーツのイベントが目白押し米国に配慮しているためと言われている。
五輪の基本理念は選手が第一のアスリートファースト。
米国やTV放映ファーストではないはず。
1964年の東京五輪10月開催決定が、いかに正しかったかが分かる話ではある。

いずれにしても4年後には東京五輪が開催される。
そしてはからずも今回のリオ五輪では
「東京五輪では自分たちが中心に」の“東京世代”の活躍が目立っている。
体操、柔道、水泳、女子レスリングなど、
「10の力のうち1しか出せず、相手が10を出してきても勝てるくらいの力」、
つまりは、「相対的な強さではなく、強さの絶対値を追求」し、
「勝つだけでなく清廉な美しさを追求した」種目の活躍が目立ったように思う。

最近のスポーツ界では「楽しむ」という表現がよくなされる。
「結果がよくなくても全力を尽くせばよい」とする曖昧で自分本位な考え方である。
あくまで私見だが、「楽しむ」という単語が連発される場合、
結果がよくない場合が多いような気がする。

上記の体操、柔道、水泳などは「世界に通用するレベルの高い数値」を設定し、
それをクリアできない者はいかなる事情があれ参加させない。
確かに「五輪は参加することに意義がある」のは間違いないが、
参加して惨敗し「とりあえず参加できました」「後につなげます」では
税金の無駄遣いだろう。

どん詰まりの陸上競技・男子400Mリレーで銀メダル獲得。
「9秒台が一人もいねぇ」「ファイナリストも一人もいねぇ」チームが
米国を破り、レジェンド・ボルトのジャマイカと互角の勝負した!!!

花も実もある東京世代。後は任せたよ!!


2016年08月06日

都議会のブラックボックス -炙り出される利権疑惑-

7月30日(土)は恒例隅田川の花火大会、
そしてその日は土用丑の日だった。
庶民の夏の代表料理だったうなぎ。
“まともな”うな重は5000円を超える高級料理となった。

「花火+うなぎ」に例年以上にザワザワする当日、
隅田川沿いには、早朝から私服の警察官の姿も目立った。
はからずも「テロの時代」を実感させられたのだった。

今年の隅田川花火大会がいつもより以上に盛り上がった理由は、
東京湾花火大会が中止になった上に、
「雨天順延なしの一発勝負」だったことも大きな要因だった。
予備日の31日が東京都知事選になったからである。

21人が立候補して乱戦模様に見えた都知事選は、
小池百合子、増田寛也、鳥越俊太郎の3候補による
“(敵を明確にする)劇場型”の選挙になった。
しかし今回の混戦模様の都知事選挙は、
石原慎太郎元都知事の一言で決まったと言える。

「大年増の厚化粧」。
増田候補の応援演説に立った石原元都知事の、小池候補をコキ下ろす一言で、
小池候補が「旧態然とした男社会に立ち向かう女性の代表」とする構図が
明確になった。
女性を敵に回した結果、形勢は一気に小池候補に傾いたのだった。

そしてリードする小池候補を自民党・公明党が押す増田候補が追う展開と
なった終盤は、「男同士の密会の場」をテーマに、
「小池VS自民党東京都連」から「小池VS内田茂都連幹事長」の
様相を強めていった。

選挙戦最終日の30日、小池候補は、
自身にフランスのジャンヌ・ダルクを重ねる声があると紹介した上で、
「私は火あぶりになる覚悟で都庁に行き、開かれた都庁を作る」と絶叫した。
こうした中で当日に予定されていた安倍晋三首相の増田候補に対する
応援演説は見送られた。
「負け戦は関わらない方がいいのではないか」の判断だった。

31日の選挙日当日。投票率は59.73%。
前回の46.14%を13.59ポント上回った。
そして投票締め切りの午後8時と同時に(=開票0%)
「小池百合子当選確実」のテロップが流れた。
獲得した票数は290万。
文句のつけようのない完勝だった。

31日には「元横綱千代の富士死去」のニュースも流れ、
当選確実のテロップが流れて以降、
都知事選のニュースは注目されなかった(ように思う)。
都知事選のドタバタよりは、
「国民的英雄・角界のウルフ死去」のニュースが重大であり、
大きかったのだった。

戦い済んで日が暮れて…
都知事選の結果の分析が進むにつれ、
「都議会のブラックボックス」が徐々に注目を集めるようになっている。
2020年の東京五輪。招致時には3000億円だった予算が5000億円に。
そして今では2兆円~3兆円に達すると言われている。

つまり、都議会のブラックボックス論議とは
「(最終的には元首相も絡んだ)“膨大な利権が徘徊する場所”、
それが東京都議会ではないか?」
との疑惑である。

真偽のほどは不明である。
ただきな臭い匂いがするのは事実。
相変わらず生々しい政治の世界。さてどうなりますか…

2016年07月30日

狂ったように鳴り響くIT関連企業の進軍ラッパ

参院選挙だ都知事選だと、不必要にドタバタする中で、
気が付けば周囲ではITに絡んだ大きな動きが並列的に起きている。

7月18日、
ソフトバンクグループが、英半導体設計大手アーム・ホールディングスを
約240億ポンド(約3兆3000億円)で買収すると発表した。
日本企業による海外企業のM&A(合併・買収)では過去最大。

スマートフォン(スマホ)用CPU(中央演算処理装置)に広く使われる
アームの半導体技術を取り込み、
あらゆるものがインターネットにつながる「IoT」時代に対応した新事業の
布石にするのが狙いとしている。

買収資金の7割は、中国・ネット通販の最大手アリババ集団、
フィンランドのゲーム大手スーパーセル等の保有株を売却して得た
約2兆円が元手。
残りの1兆円はみずほ銀行からの借り入れ。

ソフトバンクグループは16年3月末時点で
自己資本の4.5倍に相当する12兆円弱の有利子負債を抱える。
日本のIT業界のガリバー・ソフトバンクの乾坤一擲の攻勢だが、
財務内容懸念が出るのは当たり前の話。そんな無茶して大丈夫か…

7月20日、
サッカーJリーグは、動画配信大手の英パフォームと、
2017年から10年間の放映権契約を結ぶと発表した。
契約総額は2100億円。年間ベースで現在の7倍に跳ね上がる。
日本のサッカーの放映権を、英国のIT企業が丸抱えで買い取る???

パフォームが配信するのはテレビではなく、スマホのユーザー。
場所と時間を選ばないため、
テレビと比べ視聴者や広告収入の増加が見込めるとしている。
1990年代に低迷した野球・米大リーグ(MLB)復活の原動力となった結果、
スポーツはスマホ時代のキラーコンテンツとなりつつあるが、
果たして日本のサッカーにそんな価値があるのか??…

また最近日本政府は、自動運転の開発加速に向け、
2018年度にも日本と欧州の衛星測位システムを相互乗り入れすることを
明らかにした。
軍事上の問題などから統合運用は遅れていたが、
2020年の東京五輪・パラリンピックに向け日欧は、
大きな成長が見込まれる自動運転分野の開発加速をテコに
共通化に乗り出す構えである。

そして時を同じくして、ヤマト運輸とDeNAが、
宅配便の配達に自動運転技術を活用する実験を2017年に開始すると発表した。
「ロボネコヤマト」の名称で、自動運転車を使って宅配便の荷物を届ける。
実験では安全確保のため当初は人が乗り込むが、将来は完全有人化を目指す。
スマホで時間と場所を特定することが前提となっている。

とどめは、世界的なブームになっている「ポケモンGO」。
スマホやパソコンのディスプレーにカメラで撮った現実世界を映し出し、
その中で人工キャラクターを表示したり動かしたりする「拡張現実=AR」技術が
ベースになっている。
「ポケモンGO」は、スマホに搭載された全地球測位システム(GPS)によって
利用者を把握する。
設定した場所に近づくとポケモンが表示されるという仕組み。

IT関連企業が起こす怒涛の大波が、これでもか、これでもか押し寄せる。
さて行き着く先は…


2016年07月23日

一気に色濃くなる「昭和の時代の終焉」模様

7月13日(水)、
19時のNHKニュースは冒頭で「陛下が生前退位の意向」と大々的に伝え、
「お気持ちの表明も検討」まで踏み込んだ。
間違いなく重大スクープだった。

陛下が天皇に即位されて以降の平成の時代は、
バブル経済崩壊後の景気低迷、リーマンショク、高齢化の進展など、
日本の繁栄に陰りが見えた時期だった。
また同時期は
阪神大震災、東日本大震災をはじめ、地震や火山活動などの自然災害も相次いだ。
その中で陛下は、美智子皇后と共に被災地を訪れ、
膝を折って、目線を同じにして被災地の方々を慰労された。

また
「戦争の惨禍を忘れず語り継ぎ、過去の教訓を生かして平和のために力を尽くす」
(99年11月)として、
日本全国の被爆地を巡回されたばかりか、
海外の第二次世界大戦・激戦地を訪問、戦没者を慰霊された。

団塊の世代が皇室を意識するのは、
昭和34年(1959年)の、陛下と美智子皇后とのご婚礼の日からだったと思う。
民間から初の皇后誕生だった。
美智子皇后が皇室に嫁がれるその日、
生母・故正田冨美(1981年からは富美子)さまの、
「お国のために頑張りなさい」との鮮烈なお言葉が、今でも脳裏を離れない。
激動・昭和の時代を代表する大きな出来事だった。

聡明で美しく、そして健康そのものだった美智子さまが、
ご婚礼の日から50余年を経て、
今は亡きご生母さまとそっくりになられた。
最初は顔つきが違うなと思ったものの、やはり母・娘であった。
過労の日々が続き、陛下と皇后が揃って総白髪になられ、
疲労困憊の後ろ姿を見せられながらも、
凛として公務につかれる姿は痛ましく思える。

皇室典範を中心に、難しい問題は残っている。
だが、時代は変わったのである。
欧州ではここ数年、高齢な国王らの退位が相次いでいる。
日本国の皇室に関しても、高齢や健康上の配慮があってしかるべきであり、
「公務の定年制」は自然の成り行きであろう。

7月に入って、昭和の時代の終焉を示す訃報が相次いでいる。
昭和34年にデビューした双子のデユオ、ザ・ピーナッツがこの世を去った。
7月11日、
妹の伊藤ユミ(本名・伊藤月子)さんが5月18日に逝去していたことが
明らかとなった(享年75)。
姉のエミ(本名・澤田日出代)さんは、
(離婚したGS時代の大スター・ジュリーこと)澤田研二の名字を変えないまま
4年間に他界している。
昭和36年から始まった日曜午後6時半からの「シャボン玉ホリデー」は
戦後の昭和の時代の代表的な番組だった。

そして7月7日、放送タレントで作家の永六輔氏が亡くなった(享年83)。
世界的な超大ヒット曲の「上を向いて歩こう」は、
永六輔作詞、中村八大作曲、坂本九・歌唱で「6・8・9の歌」として
今でも歌われている。

ついで7月12日、
タレントで元参院議員の大橋巨泉(本名克己)が亡くなった(享年82)。
高度成長時代に、組織に従属せず、ゴルフ・麻雀・釣りなど、
自分の趣味を商売道具に、逞しく生きる稀有な人物だった。

時として過剰と思えるくらいワセダ臭さを醸し出すご両人が、
手を携えるようにしてあの世へと旅経った。

2016年夏。
昭和の時代の終焉が色濃くなっている。


2016年07月16日

参議院は必要か -イベント化する国際都市・東京の選挙風景-

7月10日、第24回参議院選挙が実施された。
投票率は54.70%。
18歳以上20歳未満に選挙権を与えられた最初の選挙にしては
今一つ盛り上がりに欠けた選挙だった。
肝心の20歳未満の投票率は45.45%。
言ってしまえば気抜けするものだった。

今回の参院選の最大のテーマは「改憲勢力が3分の2を超すか否か」だった。
結果は、安倍晋三首相のしたり顔が目立ったように、与党の圧勝。
憲法改正の発議ができる3分の2超を獲得してしまった。
いいか悪いかは別にして、遅かれ早かれ憲法は改正される流れになった。

今回の選挙を横目で見ながら「参院は一体何を代表している院か?」
がますます分からなくなった。
中学や高校の授業を通して、
参院は「再考の府」や「良識の府」であると教えられてきた。
しかしその論理が当てはまったのは無所属議員で結成した院内会派「緑風会」が
多数派だった戦後も初期の頃だった。

政党化が進んで、多数派が衆院と同じである場合、
衆院の「カーボンコピー」となる。
一方、多数派が異なる“ねじれ”だと、政権を揺さぶる「政局の府」となる。
結果、衆院と同様に「数の勝負」が先行する。
かくして、有名人やら、元スポーツ選手やら、元タレントが跋扈する、
人気投票もどきの“(意味不明の)不思議な選挙”の世界が出来上がっている。

ザックリ言えば現在は「参院は衆院とほぼ同じ権能」を持ち始めている。
つまりは「同じものが二つ」存在することになり、
「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」と銘記する
憲法43条の適否に行き着くことになる。

望ましい二院制、
とりわけ参院のあり方を論じるのに参院選は得難い機会である。
だが与野党とも語ろうともしない。
言うまでもなく「数の論理」が先行するからである。
「理屈じゃない、数だ!!」。
故田中角栄元首相の喝破した有名な言葉ではある。

こんな状況の中、参院選挙の投票に行くのを躊躇った。
暑いこともあるし、誰に入れても結果は同じと思ったからである。
だがふと考えた。
おっと、あの人がいたっけと思い直した。
真ん丸な黒メガネ(どんちゃんメガネ)が特徴の荒井広幸代議士である。

いつも真摯で熱心で、カネには無縁の(ように見える)荒井さんが、
何とはなしに好きだった。
駅の立ち食いで昼食を摂るいつもの質素なスタイルでの奮戦だったが、
当選者が一人も出ないという、予想通りの惨敗。
自分で立ち上げた新党改革の解散と、自身の政界引退を発表した。

別に荒井さんを賛美するつもりはない。
だが、参院選を尻目に、
ごちゃごちゃの混戦となっている都知事選のドタバタも目立ったから尚更、
清新な(ように見える)荒井さんを懐かしく思い出すのである。

国際都市・東京の近年の都知事選は“恒例のイベント”化している
まずは“××の乱”だの“先出し”“後出し”等のゲーム用語が飛び交う。
有効投票500万票の分捕り合戦だから、知名度が必要なのは解る。
が、あまりにひどい。

今の東京には、三代連続の中途辞任に伴って溜まり切った懸案事項を
的確に、淡々と遂行できる方が必要だろう。
ビジョンも経験もない、高齢にして病み上がりの方、
劇場型選挙がお好きの方には無理のような気がするが…


2016年07月09日

英国・国民投票その後 -不死鳥・ソロスの独壇場-

2009年3月、翻訳書「新版ソロスの錬金術」を上梓した。
「世界の投資家、ジョージ・ソロスの絶筆」が“最大の売り”の
450ページを超える超大作は、時が経つにつれ“伝説の名著”と
言われるようになった。
もはや絶版状態で、本当かどうか、あくまで噂だが、定価2000円の同書に
プレミアムがつき、定価以上の値段で売買されていると聞く。

東京拘置所に長期滞在(!?)されている方から4回読んだと、
細かい字で便箋10枚に及ぶ感想と、「訂正箇所」の指摘を受けたこともあった。
集中して読み込まなければ理解不能な、極めて難解の書である。
翻訳者もあきれるくらい丁寧に読みこなしてあった。
「やはり拘置所は暇なんだろか?」と妙に感心したりもした。

1930年生まれのソロスは現在85歳を超えている(はずである)。
そのソロスがまたぞろ注目を集めている。
今回の英国民投票前「EU離脱ならポンドは15%以上下落する」
とソロスは予言した。

1992年、
英中銀の為替維持策で割高で推移していたポンドに大規模な空売りを仕掛け
通貨危機を起こし、英金融史に「ブラック・ウェンズデー」と銘記されるに
至った張本人がソロスだった。
金融界には「ポンド暴落=ソロス」の連想は依然健在である。

6月24日に付けたポンドの安値1ポンド=1.32㌦台。
開票開始の高値から12%近く下落し、1985年のプラザ合意以来、
実に31年振りの歴史的安値をつけた。
英国では以降、「暗黒の金曜日」と受け継がれだろうと囁かれている。

更にソロスは「ユーロとポンドが等価(パリティ)になる」と予言する。
1999年のユーロ投入以降、1ユーロ=1ポンドを超えたことは一度もない。
金融立国・英国は、ポンド危機の再来を防げるのか…
ソロスのニタリとした冷ややかな表情が目に浮かぶ。

それにしても「離脱派の顔役」で、カリスマ的人気を誇った
ボリス・ジョンソン前ロンドン市長の突如の
“(保守党の党首選からの)退場”はあまりに衝撃的だった。
米共和党大統領候補・ドナルド・トランプ氏と容貌が瓜二つで、
煽りに煽るやり方も同様に、英国民を離脱に導いた同氏の土壇場での退場は、
“敵前逃亡”or“やり逃げ”だった。

そもそもオックスフォード大卒で富裕な家庭に育ったジョンソン氏が、
反エリート感情を原動力とする離脱運動の旗振り役となる構図には
無理があった。
そしてまた、英離脱派には経済の打撃を避けるため、離脱した後も関税撤廃など、
EUの単一市場の恩恵を受けたい、受けられるといった“至極安直で自分本位な”
考え方が蔓延していた。

「(EUの)単一市場へ参加するには、移動の自由を原則を受け入れる必要がある」。
ここを先途の欧州の女帝・メルケル独首相の(余裕綽々の)登場だった。
優柔不断・英国離脱派の描いた「いいとこ取り」「特別扱い」の思惑は
完全に外れたのだった。

誇り高き大英帝国どこに行く。
まさに「不死鳥・ソロスの独壇場」の展開である。

2016年07月02日

6.23英国・国民投票の意味

現地時間6月23日。
世界中が、僅差のまま刻々変わる投票結果に興奮し、TV画面に釘づけになった。
だがそのうち、今回の英国のEU離脱の是非を問う国民投票が
「なぜこのタイミングで実施されねばならなかったのか?」
という単純な疑問が浮かんだ。

英国政府は
「EUにうんざりしたり、移民問題が心配なら『離脱』に投票せよ」
と居直った。
英国民に第二次大戦以降、最も重要な選択を迫ったのである。
民主主義の素晴らしい点は、
「市民に考えを主張できる機会が与えられる」
「政治家が約束を破ったら次の選挙で落とせばいい」
ことだった。
だが今回の国民投票の結果がもたらす影響は
「英国という連合王国を解体に導く」ような“大きな選択”だった。

確かに現在のEUは理想的な状態にはない。
だが近年EUは、次々に襲う難問を曲がりなりにも乗り切ってきた。
つまり今回の国民投票は、EUの本質が問われたものではなかった。
基本は党運営の問題であり、
キャメロン首相は国民投票を乗り切れれば保守党をまとめておけると考えた。
結局は党利優先であり、論点がすれ違っていた。

論点を絞って「残留」「離脱」の主張を簡単に対比してみたい。
●経済
「残留:不確実性が増し、投資や貿易に打撃が広がる」
「離脱:EUの規制がなくなり、貿易が増えて、成長する」
●移民問題
「残留:EUから離脱しても問題は解決しない」
「離脱:移民や難民の流入を制限できる」
●通商問題
「残留:欧州の単一市場へのアクセスに制約が生まれる」
「離脱:独自に各国と貿易協定を結べる」
●外交安保
「残留:国際問題で発言力が低下し、孤立する」
「離脱:国益にかなった独自路線を強めることができる」。

欧州域内の関係は、傍目で見るよりもはるかに複雑である。
過去何世紀にもわたり軍事衝突を繰り返した国々の統合に問題がないはずがない。
経済面でも必ずしも全ての国が納得する形では進んでいない。
その中で英国は、元々独仏勢など大陸と一線を画しつつ、関係を強めてきた。

ある意味でしたたかな英国人は、今回の国民投票を通じて、
その存在を示したかった。
だが、「離脱決定」以降の英国内のドタバタを見れば、
「(事前予想のように)どうあがいても結局は残留派の勝利」を前提に
至極安易に「離脱」に投票したと思われる。

つまりは
「(言うことを聞いてくれない、独仏を中心とした)支配階級を攻撃せよ」との、
老い先短いプライド高き高齢者層の(半分冗談の)反乱だった。
だが歴史に刻まれる今回の選択は、
再度の国民投票を実施しようが、国民投票をなかったことにしようが、
どんな屁理屈をこねても、最後は英国民が責任を取らざるを得ないのである。

今年に入って金融市場では「ABCリスク」が取り沙汰されてきた。
A=America(米国) B=Brexit(英国のEU離脱)、C=China(中国)。
「B」の波紋は「A」や「C」にも波及する。

今回の国民投票を巡って、金融市場は荒れまくった。
時間が経つにつれ一応混乱は収まった。
だが当面は、手探りの状況が続いていく。
頼りない大英帝国を尻目に、独仏がどう対応するか…
問題は山積している…

2016年06月26日

人間の限界を超える数字の世界

プロスポーツの世界は“見せる”ことによって報酬を得る世界である。
球技であれ、格闘技であれ、“プロとして見せる”には、
大きく分けて二つの種類があると思う。
「強烈な記憶に残るプレーをする」か「人間技ではない数字を残す」か。

イチローこと鈴木一朗の日米通算安打記録4257本は、
少なくとも常識では考えられない数字である。
単純計算で20年×200本=4000本。
日本と米国では試合数が違うが、米国式160試合をベースに、
年間150試合に出場したとして、2試合に3本(=1試合に1.5本)の
ヒットを打たないと200本レベルに到達しない。
バッティングセンターのような人工的・機械的な球ではなく、
“プロの生きた球”をである。

ご存じのように、日本には名球会という組織がある。
最近では250セーブを超えた者もその資格を得れることになったが、
基本的には2000本安打以上、200勝以上を上げた者が
「スーパースターの称号」を得れることになっている。
これは20年×100本、20年×10勝が基本となっている。
イチローは「従来の日本のスーパースターの2倍超」を成し遂げたことになる。

自分の本音を言えば、イチロー型の選手は余り好きではない。
「コツンと当てて全力疾走で逃げる」ような世界は、
“こすっからく”見えるからである。
55番・ゴジラ松井の2009年のワールドシリーズでの
“神がかり”の狂ったような爆発的な打撃や、
ミスターこと長嶋茂雄さんの“ここぞ”という大事な場面の
絶対的な勝負強さがプロだと思う。
生涯忘れないような「記憶に残る」プレーをするのがプロだと思うのである。

だが、ピート・ローズの持つ安打世界記録・4256本を破ったイチローは、
もはや「人間の限界を超えた鉄人」である。
確かに日米野球は似て非なるものだ。
試合数や使用球、投球の平均速度や中継ぎのレベルも違う。
そして最大の相違点は、
日本の投手はなるべくストライクを投げずに打者をかわそうとするが、
メジャーではストライクを投げ打者と力比べしようとする。
野球とベースボールは別種の競技と言われる所以である。

だが、異なる野球への対応に苦労するのはお互い様で、
現役大リーガーが来日して、日本ではサッパリということも少なくない。
竹刀をサーベルに持ち替えるような異境に移ってもなお、
イチローはイチローであり続けてきた。
その適応力は世界一というに相応しい。

米国では「ローズ超えの世界一」とは言いたくないらしい。
当たり前と言えば当たり前ではある。
新記録4257安打の先へ行こうとするイチローを見つつ、
王貞治・868本の本塁打と同様に、
何らかの言い訳をしないと“本家のメンツ”が保てないからである。

尋常ではない執念を込めた1万4千打席余り。
圧倒的な「量=結果」としての安打数は、
日米の通算記録だとしても単純に驚嘆すべきものである。

「長嶋茂雄+松井秀喜」は国民栄誉賞を受賞した。
ならばイチローも「国民栄誉賞」を受賞してしかるべきと思うし、
イチローもああたらこうたら言わないで、素直に受けるべきと思う。

2016年06月18日

変貌する東京。そして変わらぬ「政治とカネ」の世界

東京銀座数寄屋橋。
昭和20年代に一世を風靡した映画「君の名は 」で有名な、
いわば銀座の玄関である。
JR有楽町駅からマリオン(旧日劇)を通れば数寄屋橋交差点。
旧電通通り(外堀通り)のスタートが
昭和の銀座を象徴していたソニービル銀座である。

1959年、ソニーの創業者のひとり故盛田昭夫氏がショールームを開設。
1966年にはビルとなり、世界的企業・ソニーの情報発信基地となり、
ピーク時には1日2万人が訪れた。
国際都市・東京の代表的なテーマパークであり、待ち合わせのメッカだった。

旧電通通りを新橋方面に向かうと、リクルートビルを終点とする、
銀座のクラブ街がある。
今も昔も赤い灯、青い灯が爛々と輝き“お出で、お出で”と妖しく囁く、
伝統・東京・銀座のクラブ街。
いい意味でも、悪い意味でも大都会・東京の風景ではある。

自分の大学入学“祝賀会”は、ソニービルの並び約80メートルほど
新橋寄りにあった(今は亡き)叔父のバーでの飲み会だった。
サントリーウィスキーのコーラ割り、コークハイを一気飲みし、
泥酔して有楽町駅までフラフラになって辿り着いた。
忘れ得ないほろ苦い思い出である。

ソニービル内の地下にあった高級レストラン「銀座マキシム・ド・パリ」は、
日本全国から金満家や有名人が押し寄せていた。
「あの店で食事する」ことが目標ともなった。
学生の身分で行けるはずもなく、
そこで食事できたのは30歳を超えてからである。

その銀座のテーマパークだったソニービルが、
17年3月で飲食店テナントの全館の営業を終え、
取り壊されてイベント広場「銀座ソニー広場」に変わる。
約700平方メートルの敷地はミニコンサートやチャリティイベントに解放される。
米NYの「タイムズスクェア」の階段広場のような雰囲気なるという。

ソニー側のコンセプトは
「銀座の真ん中に公園をつくるというソニーらしい大胆さを世界に発信する」
としている。
ただ東京五輪後には新たにビル建設を着手し、
22年秋にはショールームとして完成する予定であるとしている。

今年の3月、ソニービルの真向かい、旧東芝ビルの跡地には
東急不動産が1800億円を投じた「東急プラザ銀座」が開業した。
銀座中央通りが中国人に占拠状態になっている一方で、
東急プラザ開業以降、旧電通通りは“昔は若かった”カップルが溢れている。
いずれにしてもJR有楽町から始まる銀座の風景は、
東京五輪をめがけて劇的な変化を始めている。
1964年の東京五輪から、東京は勿論、日本全体が変わり始めたように。

今月に入って“舛添ショック”が日本全体を揺るがした。
代表質問で公明党の女性議員(松葉多美子議員)が
「公用車で湯河原に49回も行って」
「東日本大震災被災地になぜ1回も行けないのか」
の問いかけが全てだった。

猪瀬直樹と舛添要一。
老練ジャーナリスト・田原総一朗が主宰し、コメンテーターを選択、
そして論争させるテレ朝の長寿番組「朝まで生テレビ」の常連メンバーが
相次いで東京都知事となり、カネ問題に絡んで、任期を全うせず辞任した。

次の都知事は誰か。
1千万人を超える人口を抱える大都市東京で、
人気投票化が顕著になっている昨今の東京都知事選挙。
もう誰でもいいいや…
次なる都知事は誰かを考えるのも嫌になっているのは自分だけではあるまい。

変わりゆく東京と、相変わらずの政治の世界。
何か「皮肉なギャグ満載の喜劇」を見ている気持ちになる。


2016年06月11日

カシアス・クレイ。あなたは強いアメリカの象徴だった…

6月第1週末、突然のタイミングで訃報が飛び込んだ。
「ムハメド・アリ死去」。享年74。
またひとつ、よき時代が終わったような気がした。

戦後の日本が大きく転換するのは1964年の東京五輪からだったように思う。
TV文化が完全に定着したことが大きかった。
それまで情報は、“聞く”というツールだけだったが、
それから以降“目で確かめる”ことができるようになった。

そして海外からの映像がライブで見れるようになった。
米国発の最初のライブ映像が1963年11月22日の「J.Fケネディ大統領の暗殺」
だったのは皮肉と言えば皮肉だったが…
だが世界がごくごく身近なものになったのだった。

自分にとって1960年代の英雄と言えば、
若き米大統領J.Fケネディ、
1966年6月29日に来日するビートルズ、
そしてムハメド・アリだったと思う。

イスラム教への改宗と共にカシアス・クレイという本名を捨てる格好となったが、
1960年のローマ五輪でヘビー級(いわゆる無差別級)で金メダルを獲得した
カシアス・クレイの方が自分にとっては馴染が深い。

ムハメド・アリのボクサーとしての評価は勿論高い。
プロデビューした時の大統領はアイゼンハワー。
そこからレーガンまで7人の大統領の任期を通して戦い抜き、
通算3度の王座奪取と19度の防衛を成し遂げた。

ボクシングが15回戦制だった時代の、
ヘビー級王者が「王の中の王」であった時代に
「蝶のように舞い、蜂のように刺す」と自賛したように、
ボクシングのテッペンの無差別級に、美しさとスピードをもたらした。

1960年代初めの日本のボクシングと言えば、
ファイテング原田のフライ級、バンタム級の二階級制覇が全てだった。
ただフライ=ハエ、バンタム=ちゃぼ、フェザー=羽-
に揶揄される軽量級の世界に見慣れた自分にとって、
ヘビー級の、猛牛をも倒すドスンと音のするようなパンチに、
全く違う世界を見せられたような気がした。

それはビートルズ・サウンドで、
演歌中心の日本の歌謡曲とも、ジャズっぽいアメリカンポップスとは
全く違う世界を見せられたのと同じ感覚だった。
やっぱり世界は凄い、世界は広いんだ…と思わせた。

ムハメド・アリは「ベトコンと戦う理由がない」として徴兵を拒否、
67年に王座を奪われ、リングからも追放される。
ボクサーの旬の時期を法廷闘争に費やし4年弱のブランクをつくる。
しかし国家や世論を敵に回しても自由を求めた闘いに信念を貫いて勝利し、
キング牧師と並んで米国の黒人で最も大きな影響力を持つカリスマとなった。

試合前の相手選手への余りに横柄な“口撃”が話題となり、
その人間性を疑う向きがあるにはあった。
ただ根幹には昨今のセレブ化したスター選手にはない“やさしさ”があった。

1996年のアトランタ五輪の聖火点火の姿を見たのが最後になった。
カシアス・クレイ。あなたは1960年代の「強いアメリカの象徴」だった。
何か寂しい気がする。

2016年06月04日

ユニクロ一人勝ち!?-国際都市・東京のメンズ衣料事情-

早いものでもう6月。
梅雨の季節。そして衣替えの季節でもある。
上着とネクタイの着用はしなくていい。
では公的の場所でどういう格好をすればいいのか。
涼しげで、かつ失礼でない恰好….。
最近の男性軍の悩みのタネとなっている。

最近の東京、男性の衣料難民化が顕著になっている。
例えば、銀座のど真ん中の銀座・中央通りはまさに“女性の街”。
有名デパートや海外ブランド店が乱立する。
それらは100%ではないにしろ、ほぼ女性衣料専門店。
男性衣料専門店は、あるにはある。
が、“仕立て専門”の老舗高級店。
ン十万円が普通とあっては、簡単に敷居はまたげない。

また安価を謳うスーツの専門店もあるが、相応の歳になれば、
さすがに買った場所が推定できる安っぽい恰好はできない。
つまるところ“ないない尽くし”の中で、
10年以上前の着古しを使い回しするしかない…

衣料と一括りにするが、メンズ衣料にも種類があるのはご存じの通り。
公式のスーツに始まって、ワイシャツ、下着(靴下含む)、
寝具用品(パジャマなど)、カジュアル用品など、
女性用ほどではないにしろ、その種類は多岐にわたる。

経験値から言えば、この20年、
いわゆる消耗衣料品は、総合スーパーで賄うしかなかった。
だが、大概が「安かろう、悪かろう」のパターンだった。
洗濯が基本の消耗衣料品の消耗度が激しく、
使い捨てに近い状態がほとんどだった。

こうした最悪な環境の中、ユニクロが存在価値を高めている。
例えば、ワンコイン(500円)のTシャツ(下着用)。
バーゲンともなると350円あたりでゲットできる。
こうなれば(やけくその)大量買い。
一気に20枚。合計7000円也。
洗濯して着れなくなったら、ゴミ箱にポイだ….。
そう思ってガンガン洗濯しても、とりあえず着れるのである。
(気がつけば、ワンコインTシャツを2年以上着回している…)

「洗濯に強く(時には暴力的な)安価」というユニクロ製品を実体験し、
パジャマ(最近は部屋着と呼ばれている)だ、ジーンズだ、
いわゆる街着のTシャツだ、ポロシャツなどと、
必要品を次々に購入するようになっていった。
気がつけばユニクロ製品オンリーの世界になり始めている。

山口市に本社を置く地方企業・ファーストリフティングが躍り出た原動力は
「(服づくりの)革新性」。
1998年、当時1着1万円以上が当たり前だったフリースを1900円で発売、
「フリースブーム」を巻き起こした。
以降国内の衣料品市場ではユニクロが先行し、
他社が追随するという構図が続いている。

「服は部品」であり「究極の普段着を作る」とするユニクロの理念は、
プロゴルファーのアダム・スコット、
プロテニスの錦織圭や、帝王ノバク・ジョコビッチを広告塔にして、
そのポジションを確固たるものにしていった。
テニスの世界的大会の決勝で
「ユニクロVSユニクロ」の図はまさに驚異ではある。

かくして衣料難民が徘徊する国際都市・東京で、
ユニクロの一人勝ち状態が続いている。
恐るべしユニクロ、快進撃が続いていく…


2016年05月28日

トランプ米大統領が実現すれば…

2016年5月27日、
劇的な、現職オバマ米大統領の広島での平和宣言だった。
そして安倍晋三首相は、歴史にその名を残すことになった。
安倍晋三首相の演説は、美辞麗句の連発。.
今回はその内容に頓着すまい。しても仕様がない。
ただ、今は無き、父君・故安倍晋太郎元外相の“宿願”を果たしたという
満足感は十二分に感じられた。
アベノミクスは失敗だろう、多分。
でも「世界の名だたる政治家になる」という父君の宿願を果たせて、
ホントよかったね、安倍さん…心からオメデトウ!!.
….

この11月に米大統領選挙を控え、何やら怪しい雰囲気になり始めている。
当初は民主党・クリントン候補が有利と言われてきたが、ここにきて、
共和党トランプ候補がクリントン候補を支持率で上回ったとの報道も
なされるに至っている。
まさかとは思うが、
「あの金髪鬼が米大統領に当選したらどうなるか」について検討してみたい。

トランプ候補の数々の過激発言の中で、最も注目されているのは
「在日米軍駐留費の全額負担か、さもなくば撤退」発言、
「日本も核兵器を持っていい」発言だろう。
とりあえずこの2点に絞って考えてみたい。

まず現在の在日米軍の年間費用は5850億円。
これに対して日本は、基地従業員の給料など、
74.5%にあたる4300億円超を負担している。
その他沖縄の基地対策などで、7000億円を拠出している。
ところがトランプ候補は米軍人の給与や作戦費用などで、
さらに7000億円を出すべきだと言い始めている。

現状の自衛隊員は23万人。対して在日米軍は約5万人。
仮に米軍撤退となれば人員の補給は必要ないとの見方が大勢だが、
航空機や艦船など、相当な装備を追加で調達しなければならなくなる。

まず戦闘機。
現在はステルス戦闘機F-35Aで1機160億円。100機で1兆6000億円。
艦船に関しては、あたご型イージス艦1隻1600億円。
10隻で1兆6000億円。
通常動力型空母が1隻1兆3000億円。3隻で3兆9000億円。
監視衛星が5兆円。
その他、サイバー部隊の創設、各兵器の年間運用維持費や乗組員の人件費を
含めると軽く20兆円を超える勘定となる。

IAEA(国際原子力機関)によると、
核弾頭を作るにはプラトニュウムが8㌔必要であるとしている。
そして日本は、約48㌧ものプラトニュウムを保有し、世界で5番目とされている。
日本の保有する量では4000~5000発の核弾頭が作れる勘定となる。
例のトランプ発言はそうした情報を基にしていると言えなくもない。

「戦争をする国にしてはいけないから、軍隊の保持も武力の行使も許さない」。
日本におけるこれまでの一般論ではあった。
だがトランプ大統領の登場と同時に、
「日米安全保障条約をなくした日本」を想定せざるを得なくなった。

日本のお気楽政党の方々は
「アジアの全ての諸国と平和的な関係を結ぶ」。そして
「国民の圧倒的多数がもう『自衛隊なしでも安心だ』という合意にもっていく」
としている。
だが、在日米軍の撤退と同時に他国(特に中国・北朝鮮)が攻撃をしかけてくる
可能性は高い。

トランプ候補が体系的に考えているとは思えないが、
支持層に共通してみられるのはナショナリズムというより、
不公平という不満。
日本をターゲットにした発言が好意的に受け止められているのも事実。

絵空事の実のない論議のための論議はもういいだろう。
この際日本も、太平の眠りを覚まさなければならない、と思う。

2016年05月21日

名門ヤンキース低迷の理由 -MLBの経済学-

米大リーグ(MLB)が始まって約1カ月半。
「朝から野球の日々」が続いている。
だが例年のようにMLBだけに熱中することはない。
理由は簡単である。
MLBだけでなく、錦織圭のテニス、松山英樹のゴルフ等の中継が
混じるからである。

錦織圭や、松山英樹はもはや世界的なスターと言って言い過ぎではない。
ごくごく普通に優勝戦線にからみ、
従来では考えられなかった「世界のベスト10の世界」にいるからである。
優勝賞金が億円単位の高額であり、
ある意味で「世界の最高額の“ハンターの世界“」にいるという
“実戦的&戦闘的&ハングリーな”雰囲気が見る者を熱中させるのである。

昨今のサッカーもそうだが、
団体競技となると、最近では3年から5年の年間契約が普通であり、
その契約締結に代理人を混じえることで、
スポーツを介在したビジネスの色合いが濃くなる。
それが“今日はだめでも明日があるさ”の安易な雰囲気を醸し出す。
それが時には真剣さに欠けたダルイ感覚になってしまう。
致し方ないことではあるが。

1995年の野茂英雄を原点に、MLBに活躍する日本人選手は多くなった。
イチローや松井は別格として、すべからく投手が中心なのはご存じの通りである。
押し並べて甲子園で活躍したこと、甲子園時の体格から20㌔以上の増量を
している点もまた似通っている。

そして特に夏の甲子園で肩を酷使し、日本の球界での酷使を経てMLB入りし、
MLBのボールに馴染めず、肘や肩をやられる点もまた似通っている。
松坂、ダルビッシュ、田中など、全てそのパターンである。
下半身強化ではなく、上半身強化中心のトレーニングで無理に増量し、
結果的に肘・肩が悲鳴を上げるというのが最近のパターンである。

ヤンキースは
ゴジラ松井がMVPを獲得してワールドシリーズを制覇したのが2009年。
しかしそれ以降、12年の地区優勝を最後に優勝から遠ざかっている。
今年はリーグ最下位に低迷している。

原因は何か。それは巨額の不良債権を抱えるからである。
ドジャースとMLBの金満球団1、2を争うヤンキースの年棒総額は2億2600万㌦。
しかしそのうちの1億9000万㌦が長期契約で固定化しており、
実際に補強に使える費用は2700万㌦。
不良債権の筆頭は年棒2500万㌦のサバシア(35)。
そして2250万㌦のタシェアラ(36)、2100万㌦のエルズベリー(32)、
2000万㌦のA.ロッド(40)、1500万㌦のベルトラン(39)などと続く。
田中将大(27)の年俸も2200万㌦(約24億円)。

サバシアなどは体重が130㌔もあり、まさに日本のお相撲さん。
田中にしても100㌔あり、もはや野球選手のそれではない。
田中は肘を手術して以降は体にキレがなく、いかにも重そうに見える。
今や急速130㌔台中心の変化球投手である。

今のヤンキースは高齢・高給取りの“やる気ない”集団と化している。
“な~に格段頑張らなくても(超高額の)給料は変わらない…”
かくしてNYヤンキースの低迷は続き、試合も面白くない。

低迷の理由はMLBも一般企業も同じのようである。


2016年05月14日

伊勢志摩サミット目前に蠢く各国の思惑

黄金週間が終わりました。
本ブログにアクセスを戴いている皆様には如何お過ごしでしたでしょうか。

当方は読書三昧の日々でありました。
随分と前から気になっていた、故池波正太郎著「真田太平記」を読破しようと
単行本にして12冊、500ページ×12冊=6000ページにおよぶ大作を購入しました。
750円×12冊=9000円の出費でありますが、アホな酒を飲むよりマシと思って
エイヤッツ!で一気に買ってしまいました。

この真田太平記は「週刊朝日」に、
昭和49年(1974年)1月から57年(1982年)12月まで連載されたもので
449回およぶ、原稿用紙9千枚の大長編小説。
ただ40年前に書かれたものとは思えない清新さがあり、まずは飽きさせない。
ただ登場人物も多く、そう簡単には読みこなせない。
目いっぱいやって1週間で1冊。読破するには2カ月はかかるだろなと思われます。
ま、気長に楽しんで読んでいこうと考えております。

というわけで、本ブログの更新を1週間だけスルーさせて戴きました。
今後ともアクセスのほど、よろしくお願い申し上げます。

……………………………………………………………………

5月26日~27の両日、日本で8年振り6回目となる伊勢志摩サミットを控え、
各国の思惑が蠢いている。

ちなみにサミットの初会合は1975年11月。
日本、米国、英国、フランス、西独、イタリアの先進6カ国首脳が
フランス・パリ郊外のランブイエ城に集まった。
76年にカナダが加わり「G7(Group of Seven)」と呼ばれるようになる。
98年にロシアを加えて「G8」となったが、
2014年にクリミア半島の併合を強行したロシアを外し、
「G7」の枠組みに戻っている。

日本政府としては「アジアで8年振りに開くサミット」であり、
1年毎に首相が交代し「日本の首相は毎回サミット初参加」という時代も終わり、
また安倍晋三首相は今回でサミット参加が5回目となり、
議長国として「どのような(G7の)結束」を打ち出すかに期待がかかっている。

こうした一連の“お祭り騒ぎ”中で、
4月29日に米財務省が発表した「為替政策監視リスト」が世界を揺るがしている。
この為替政策監視リストは、
今年の2月に成立した「貿易円滑化・貿易執行法」に基ずいている。

① 米貿易黒字が年200億㌦超
② 経常黒字が国内総生産(GDP)の3%超
③ 為替介入による外貨買いがGDPの2%超
を条件に掲げ、部分的に抵触すれば監視リストに入れるとしている。
日本は①と②に該当しており、仮に巨額の円売り介入に動いた場合、
最悪の場合、制裁対象にされる。

今回の監視リストには、日本、中国、ドイツの他、
台湾、韓国の5か国・地域が指定されている。
日中独韓の4カ国は貿易収支や経常収支の対米黒字が巨大であり、
台湾は為替介入の規模が大きいと指摘している。

今更市場介入で巨大化した世界の市場を動かせると思えないが、
環太平洋経済連携協定(TPP)の大筋合意を受け、
米国が貿易相手国の通貨政策監視して対応措置がとれるよう、
法制度を強化したものと見られている。

こうした米国側の措置について、
麻生太郎財務相は「必要に応じて対応」との姿勢を崩してはいないが、
市場では「G7」のメンバーとして、
米国側の意向を無視はできないだろうとの見方が広がっている。

2012年12月の第二次安倍政権発足以来、
「金融緩和」「積極財政」「成長戦略」の三本の矢を掲げたアベノミクス。
株価は高騰し、ドル円は120円超の動きが続き、
市場も日本経済も沸き立っているかに見えた。

だが(事実上)ここ4年の日本政府の無理矢理の手法が
やり玉に上がることになった。
安倍政権も末期的な症状を見せ始めている。
今回の伊勢志摩サミットは“安倍政権の最後の花火”に見えて仕方がない

2016年04月30日

「パナマ文書」が暴く“不都合な事実”

約20年振りに“タックスヘイブン(租税回避地)”という単語が
マスコミを賑わせている。
中米パナマの法律事務所から流出した「パナマ文書」で、
世界の首脳らによるタックスヘイブンの利用実体が暴露されたからである。

名指しされたのは英国のキャメロン首相、ロシアのプーチン大統領、
中国の習近平・国家主席等々、錚々たるメンバーが名を連ねた。
強固な民主主義国家では政権そのものは揺るがないだろうが、
ロシアや中国といった独裁的国家におけるトップの“不祥事”は
後々影響を残しそうな気配となっている。

日本で“タックスヘイブン”がクローズアップされたのは、“原則自由”の時代、
日本の円が国際通貨として認知され始めた1980年~1990年代だった。
世界の金融市場はグローバルにつながる中、税制は国ごとに異なる。
ならば合法的に節税できるのにしないのは責任放棄である。
こうした(政府公認の)金融国際化のためとする“正当な”説明の下で、
猫も杓子も、取り残されてはならずと、イケイケムードとなった。

だがやがて、この“原則自由”の考え方が曲解され、
マネーロンダリング(資金洗浄)に使われるようになって、
話がややこしくなってくる。
複数のタックスヘイブンを組み合わせると、
捜査当局による犯罪の証拠集めや資産凍結が非常に難しくなるからである。

例えば、詐欺や麻薬売買で儲けた資金を日本の銀行口座にプールしたとすれば、
見つけるのは容易である。
だがタックスヘイブンに開設したペーパーカンパニーの口座に資金を移せば、
日本の司法当局は現地の警察に捜査依頼をしなければならない。

回答はすぐに来るはずもなく、大概が半年以上が必要である。
そして「そのペーパーカンパニーの持ち株会社は別のタックスヘイブンにある」
という回答があった場合、今度は別の警察に捜査依頼をする必要が出てくる。
かくしてあっという間に2年程度の時間がかかることになる。
そしてまた、犯罪者が捜査の動きに気付けば、
警察よりも常に一歩先の資金を動かせる。

国境を越えた司法の協力はハードルが高い。
各国での犯罪の定義や捜査の進め方が異なるからである。
そしてプライバシーの保護の観点からも情報の共有が難しくなっている。
最善策はオフショア企業の実質的なオーナーや利用者が分かる中央登録機関を
設置することだが、各国の国内法の整備の必要あり、実現は容易ではない。

かくして現在の日本では“原則自由”から“原則禁止”の時代に逆戻りしている。
モノの売買の裏付けのない海外への資金の移動は、ほぼ不可能になっている。
ロンダリングリスクがある以上、当たり前と言えば当たり前の措置ではある。

原理・原則論から言えば、
世界各国の税率がどこも同じなら租税回避の動きは起こらない。
税率の違いがあればこそ、国際的な資金の流れが歪むのである。

かくして、膨大な借金を抱え、国民の資産を当てにする日本政府が、
的確な方法がないまま、“(ガチガチの)守りに入る”のもまた致し方ない。
とは言え、真っ当な国民は右往左往するばかりである。

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