2016年07月23日

一気に色濃くなる「昭和の時代の終焉」模様

7月13日(水)、
19時のNHKニュースは冒頭で「陛下が生前退位の意向」と大々的に伝え、
「お気持ちの表明も検討」まで踏み込んだ。
間違いなく重大スクープだった。

陛下が天皇に即位されて以降の平成の時代は、
バブル経済崩壊後の景気低迷、リーマンショク、高齢化の進展など、
日本の繁栄に陰りが見えた時期だった。
また同時期は
阪神大震災、東日本大震災をはじめ、地震や火山活動などの自然災害も相次いだ。
その中で陛下は、美智子皇后と共に被災地を訪れ、
膝を折って、目線を同じにして被災地の方々を慰労された。

また
「戦争の惨禍を忘れず語り継ぎ、過去の教訓を生かして平和のために力を尽くす」
(99年11月)として、
日本全国の被爆地を巡回されたばかりか、
海外の第二次世界大戦・激戦地を訪問、戦没者を慰霊された。

団塊の世代が皇室を意識するのは、
昭和34年(1959年)の、陛下と美智子皇后とのご婚礼の日からだったと思う。
民間から初の皇后誕生だった。
美智子皇后が皇室に嫁がれるその日、
生母・故正田冨美(1981年からは富美子)さまの、
「お国のために頑張りなさい」との鮮烈なお言葉が、今でも脳裏を離れない。
激動・昭和の時代を代表する大きな出来事だった。

聡明で美しく、そして健康そのものだった美智子さまが、
ご婚礼の日から50余年を経て、
今は亡きご生母さまとそっくりになられた。
最初は顔つきが違うなと思ったものの、やはり母・娘であった。
過労の日々が続き、陛下と皇后が揃って総白髪になられ、
疲労困憊の後ろ姿を見せられながらも、
凛として公務につかれる姿は痛ましく思える。

皇室典範を中心に、難しい問題は残っている。
だが、時代は変わったのである。
欧州ではここ数年、高齢な国王らの退位が相次いでいる。
日本国の皇室に関しても、高齢や健康上の配慮があってしかるべきであり、
「公務の定年制」は自然の成り行きであろう。

7月に入って、昭和の時代の終焉を示す訃報が相次いでいる。
昭和34年にデビューした双子のデユオ、ザ・ピーナッツがこの世を去った。
7月11日、
妹の伊藤ユミ(本名・伊藤月子)さんが5月18日に逝去していたことが
明らかとなった(享年75)。
姉のエミ(本名・澤田日出代)さんは、
(離婚したGS時代の大スター・ジュリーこと)澤田研二の名字を変えないまま
4年間に他界している。
昭和36年から始まった日曜午後6時半からの「シャボン玉ホリデー」は
戦後の昭和の時代の代表的な番組だった。

そして7月7日、放送タレントで作家の永六輔氏が亡くなった(享年83)。
世界的な超大ヒット曲の「上を向いて歩こう」は、
永六輔作詞、中村八大作曲、坂本九・歌唱で「6・8・9の歌」として
今でも歌われている。

ついで7月12日、
タレントで元参院議員の大橋巨泉(本名克己)が亡くなった(享年82)。
高度成長時代に、組織に従属せず、ゴルフ・麻雀・釣りなど、
自分の趣味を商売道具に、逞しく生きる稀有な人物だった。

時として過剰と思えるくらいワセダ臭さを醸し出すご両人が、
手を携えるようにしてあの世へと旅経った。

2016年夏。
昭和の時代の終焉が色濃くなっている。


2016年07月16日

参議院は必要か -イベント化する国際都市・東京の選挙風景-

7月10日、第24回参議院選挙が実施された。
投票率は54.70%。
18歳以上20歳未満に選挙権を与えられた最初の選挙にしては
今一つ盛り上がりに欠けた選挙だった。
肝心の20歳未満の投票率は45.45%。
言ってしまえば気抜けするものだった。

今回の参院選の最大のテーマは「改憲勢力が3分の2を超すか否か」だった。
結果は、安倍晋三首相のしたり顔が目立ったように、与党の圧勝。
憲法改正の発議ができる3分の2超を獲得してしまった。
いいか悪いかは別にして、遅かれ早かれ憲法は改正される流れになった。

今回の選挙を横目で見ながら「参院は一体何を代表している院か?」
がますます分からなくなった。
中学や高校の授業を通して、
参院は「再考の府」や「良識の府」であると教えられてきた。
しかしその論理が当てはまったのは無所属議員で結成した院内会派「緑風会」が
多数派だった戦後も初期の頃だった。

政党化が進んで、多数派が衆院と同じである場合、
衆院の「カーボンコピー」となる。
一方、多数派が異なる“ねじれ”だと、政権を揺さぶる「政局の府」となる。
結果、衆院と同様に「数の勝負」が先行する。
かくして、有名人やら、元スポーツ選手やら、元タレントが跋扈する、
人気投票もどきの“(意味不明の)不思議な選挙”の世界が出来上がっている。

ザックリ言えば現在は「参院は衆院とほぼ同じ権能」を持ち始めている。
つまりは「同じものが二つ」存在することになり、
「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」と銘記する
憲法43条の適否に行き着くことになる。

望ましい二院制、
とりわけ参院のあり方を論じるのに参院選は得難い機会である。
だが与野党とも語ろうともしない。
言うまでもなく「数の論理」が先行するからである。
「理屈じゃない、数だ!!」。
故田中角栄元首相の喝破した有名な言葉ではある。

こんな状況の中、参院選挙の投票に行くのを躊躇った。
暑いこともあるし、誰に入れても結果は同じと思ったからである。
だがふと考えた。
おっと、あの人がいたっけと思い直した。
真ん丸な黒メガネ(どんちゃんメガネ)が特徴の荒井広幸代議士である。

いつも真摯で熱心で、カネには無縁の(ように見える)荒井さんが、
何とはなしに好きだった。
駅の立ち食いで昼食を摂るいつもの質素なスタイルでの奮戦だったが、
当選者が一人も出ないという、予想通りの惨敗。
自分で立ち上げた新党改革の解散と、自身の政界引退を発表した。

別に荒井さんを賛美するつもりはない。
だが、参院選を尻目に、
ごちゃごちゃの混戦となっている都知事選のドタバタも目立ったから尚更、
清新な(ように見える)荒井さんを懐かしく思い出すのである。

国際都市・東京の近年の都知事選は“恒例のイベント”化している
まずは“××の乱”だの“先出し”“後出し”等のゲーム用語が飛び交う。
有効投票500万票の分捕り合戦だから、知名度が必要なのは解る。
が、あまりにひどい。

今の東京には、三代連続の中途辞任に伴って溜まり切った懸案事項を
的確に、淡々と遂行できる方が必要だろう。
ビジョンも経験もない、高齢にして病み上がりの方、
劇場型選挙がお好きの方には無理のような気がするが…


2016年07月09日

英国・国民投票その後 -不死鳥・ソロスの独壇場-

2009年3月、翻訳書「新版ソロスの錬金術」を上梓した。
「世界の投資家、ジョージ・ソロスの絶筆」が“最大の売り”の
450ページを超える超大作は、時が経つにつれ“伝説の名著”と
言われるようになった。
もはや絶版状態で、本当かどうか、あくまで噂だが、定価2000円の同書に
プレミアムがつき、定価以上の値段で売買されていると聞く。

東京拘置所に長期滞在(!?)されている方から4回読んだと、
細かい字で便箋10枚に及ぶ感想と、「訂正箇所」の指摘を受けたこともあった。
集中して読み込まなければ理解不能な、極めて難解の書である。
翻訳者もあきれるくらい丁寧に読みこなしてあった。
「やはり拘置所は暇なんだろか?」と妙に感心したりもした。

1930年生まれのソロスは現在85歳を超えている(はずである)。
そのソロスがまたぞろ注目を集めている。
今回の英国民投票前「EU離脱ならポンドは15%以上下落する」
とソロスは予言した。

1992年、
英中銀の為替維持策で割高で推移していたポンドに大規模な空売りを仕掛け
通貨危機を起こし、英金融史に「ブラック・ウェンズデー」と銘記されるに
至った張本人がソロスだった。
金融界には「ポンド暴落=ソロス」の連想は依然健在である。

6月24日に付けたポンドの安値1ポンド=1.32㌦台。
開票開始の高値から12%近く下落し、1985年のプラザ合意以来、
実に31年振りの歴史的安値をつけた。
英国では以降、「暗黒の金曜日」と受け継がれだろうと囁かれている。

更にソロスは「ユーロとポンドが等価(パリティ)になる」と予言する。
1999年のユーロ投入以降、1ユーロ=1ポンドを超えたことは一度もない。
金融立国・英国は、ポンド危機の再来を防げるのか…
ソロスのニタリとした冷ややかな表情が目に浮かぶ。

それにしても「離脱派の顔役」で、カリスマ的人気を誇った
ボリス・ジョンソン前ロンドン市長の突如の
“(保守党の党首選からの)退場”はあまりに衝撃的だった。
米共和党大統領候補・ドナルド・トランプ氏と容貌が瓜二つで、
煽りに煽るやり方も同様に、英国民を離脱に導いた同氏の土壇場での退場は、
“敵前逃亡”or“やり逃げ”だった。

そもそもオックスフォード大卒で富裕な家庭に育ったジョンソン氏が、
反エリート感情を原動力とする離脱運動の旗振り役となる構図には
無理があった。
そしてまた、英離脱派には経済の打撃を避けるため、離脱した後も関税撤廃など、
EUの単一市場の恩恵を受けたい、受けられるといった“至極安直で自分本位な”
考え方が蔓延していた。

「(EUの)単一市場へ参加するには、移動の自由を原則を受け入れる必要がある」。
ここを先途の欧州の女帝・メルケル独首相の(余裕綽々の)登場だった。
優柔不断・英国離脱派の描いた「いいとこ取り」「特別扱い」の思惑は
完全に外れたのだった。

誇り高き大英帝国どこに行く。
まさに「不死鳥・ソロスの独壇場」の展開である。

2016年07月02日

6.23英国・国民投票の意味

現地時間6月23日。
世界中が、僅差のまま刻々変わる投票結果に興奮し、TV画面に釘づけになった。
だがそのうち、今回の英国のEU離脱の是非を問う国民投票が
「なぜこのタイミングで実施されねばならなかったのか?」
という単純な疑問が浮かんだ。

英国政府は
「EUにうんざりしたり、移民問題が心配なら『離脱』に投票せよ」
と居直った。
英国民に第二次大戦以降、最も重要な選択を迫ったのである。
民主主義の素晴らしい点は、
「市民に考えを主張できる機会が与えられる」
「政治家が約束を破ったら次の選挙で落とせばいい」
ことだった。
だが今回の国民投票の結果がもたらす影響は
「英国という連合王国を解体に導く」ような“大きな選択”だった。

確かに現在のEUは理想的な状態にはない。
だが近年EUは、次々に襲う難問を曲がりなりにも乗り切ってきた。
つまり今回の国民投票は、EUの本質が問われたものではなかった。
基本は党運営の問題であり、
キャメロン首相は国民投票を乗り切れれば保守党をまとめておけると考えた。
結局は党利優先であり、論点がすれ違っていた。

論点を絞って「残留」「離脱」の主張を簡単に対比してみたい。
●経済
「残留:不確実性が増し、投資や貿易に打撃が広がる」
「離脱:EUの規制がなくなり、貿易が増えて、成長する」
●移民問題
「残留:EUから離脱しても問題は解決しない」
「離脱:移民や難民の流入を制限できる」
●通商問題
「残留:欧州の単一市場へのアクセスに制約が生まれる」
「離脱:独自に各国と貿易協定を結べる」
●外交安保
「残留:国際問題で発言力が低下し、孤立する」
「離脱:国益にかなった独自路線を強めることができる」。

欧州域内の関係は、傍目で見るよりもはるかに複雑である。
過去何世紀にもわたり軍事衝突を繰り返した国々の統合に問題がないはずがない。
経済面でも必ずしも全ての国が納得する形では進んでいない。
その中で英国は、元々独仏勢など大陸と一線を画しつつ、関係を強めてきた。

ある意味でしたたかな英国人は、今回の国民投票を通じて、
その存在を示したかった。
だが、「離脱決定」以降の英国内のドタバタを見れば、
「(事前予想のように)どうあがいても結局は残留派の勝利」を前提に
至極安易に「離脱」に投票したと思われる。

つまりは
「(言うことを聞いてくれない、独仏を中心とした)支配階級を攻撃せよ」との、
老い先短いプライド高き高齢者層の(半分冗談の)反乱だった。
だが歴史に刻まれる今回の選択は、
再度の国民投票を実施しようが、国民投票をなかったことにしようが、
どんな屁理屈をこねても、最後は英国民が責任を取らざるを得ないのである。

今年に入って金融市場では「ABCリスク」が取り沙汰されてきた。
A=America(米国) B=Brexit(英国のEU離脱)、C=China(中国)。
「B」の波紋は「A」や「C」にも波及する。

今回の国民投票を巡って、金融市場は荒れまくった。
時間が経つにつれ一応混乱は収まった。
だが当面は、手探りの状況が続いていく。
頼りない大英帝国を尻目に、独仏がどう対応するか…
問題は山積している…

2016年06月26日

人間の限界を超える数字の世界

プロスポーツの世界は“見せる”ことによって報酬を得る世界である。
球技であれ、格闘技であれ、“プロとして見せる”には、
大きく分けて二つの種類があると思う。
「強烈な記憶に残るプレーをする」か「人間技ではない数字を残す」か。

イチローこと鈴木一朗の日米通算安打記録4257本は、
少なくとも常識では考えられない数字である。
単純計算で20年×200本=4000本。
日本と米国では試合数が違うが、米国式160試合をベースに、
年間150試合に出場したとして、2試合に3本(=1試合に1.5本)の
ヒットを打たないと200本レベルに到達しない。
バッティングセンターのような人工的・機械的な球ではなく、
“プロの生きた球”をである。

ご存じのように、日本には名球会という組織がある。
最近では250セーブを超えた者もその資格を得れることになったが、
基本的には2000本安打以上、200勝以上を上げた者が
「スーパースターの称号」を得れることになっている。
これは20年×100本、20年×10勝が基本となっている。
イチローは「従来の日本のスーパースターの2倍超」を成し遂げたことになる。

自分の本音を言えば、イチロー型の選手は余り好きではない。
「コツンと当てて全力疾走で逃げる」ような世界は、
“こすっからく”見えるからである。
55番・ゴジラ松井の2009年のワールドシリーズでの
“神がかり”の狂ったような爆発的な打撃や、
ミスターこと長嶋茂雄さんの“ここぞ”という大事な場面の
絶対的な勝負強さがプロだと思う。
生涯忘れないような「記憶に残る」プレーをするのがプロだと思うのである。

だが、ピート・ローズの持つ安打世界記録・4256本を破ったイチローは、
もはや「人間の限界を超えた鉄人」である。
確かに日米野球は似て非なるものだ。
試合数や使用球、投球の平均速度や中継ぎのレベルも違う。
そして最大の相違点は、
日本の投手はなるべくストライクを投げずに打者をかわそうとするが、
メジャーではストライクを投げ打者と力比べしようとする。
野球とベースボールは別種の競技と言われる所以である。

だが、異なる野球への対応に苦労するのはお互い様で、
現役大リーガーが来日して、日本ではサッパリということも少なくない。
竹刀をサーベルに持ち替えるような異境に移ってもなお、
イチローはイチローであり続けてきた。
その適応力は世界一というに相応しい。

米国では「ローズ超えの世界一」とは言いたくないらしい。
当たり前と言えば当たり前ではある。
新記録4257安打の先へ行こうとするイチローを見つつ、
王貞治・868本の本塁打と同様に、
何らかの言い訳をしないと“本家のメンツ”が保てないからである。

尋常ではない執念を込めた1万4千打席余り。
圧倒的な「量=結果」としての安打数は、
日米の通算記録だとしても単純に驚嘆すべきものである。

「長嶋茂雄+松井秀喜」は国民栄誉賞を受賞した。
ならばイチローも「国民栄誉賞」を受賞してしかるべきと思うし、
イチローもああたらこうたら言わないで、素直に受けるべきと思う。

2016年06月18日

変貌する東京。そして変わらぬ「政治とカネ」の世界

東京銀座数寄屋橋。
昭和20年代に一世を風靡した映画「君の名は 」で有名な、
いわば銀座の玄関である。
JR有楽町駅からマリオン(旧日劇)を通れば数寄屋橋交差点。
旧電通通り(外堀通り)のスタートが
昭和の銀座を象徴していたソニービル銀座である。

1959年、ソニーの創業者のひとり故盛田昭夫氏がショールームを開設。
1966年にはビルとなり、世界的企業・ソニーの情報発信基地となり、
ピーク時には1日2万人が訪れた。
国際都市・東京の代表的なテーマパークであり、待ち合わせのメッカだった。

旧電通通りを新橋方面に向かうと、リクルートビルを終点とする、
銀座のクラブ街がある。
今も昔も赤い灯、青い灯が爛々と輝き“お出で、お出で”と妖しく囁く、
伝統・東京・銀座のクラブ街。
いい意味でも、悪い意味でも大都会・東京の風景ではある。

自分の大学入学“祝賀会”は、ソニービルの並び約80メートルほど
新橋寄りにあった(今は亡き)叔父のバーでの飲み会だった。
サントリーウィスキーのコーラ割り、コークハイを一気飲みし、
泥酔して有楽町駅までフラフラになって辿り着いた。
忘れ得ないほろ苦い思い出である。

ソニービル内の地下にあった高級レストラン「銀座マキシム・ド・パリ」は、
日本全国から金満家や有名人が押し寄せていた。
「あの店で食事する」ことが目標ともなった。
学生の身分で行けるはずもなく、
そこで食事できたのは30歳を超えてからである。

その銀座のテーマパークだったソニービルが、
17年3月で飲食店テナントの全館の営業を終え、
取り壊されてイベント広場「銀座ソニー広場」に変わる。
約700平方メートルの敷地はミニコンサートやチャリティイベントに解放される。
米NYの「タイムズスクェア」の階段広場のような雰囲気なるという。

ソニー側のコンセプトは
「銀座の真ん中に公園をつくるというソニーらしい大胆さを世界に発信する」
としている。
ただ東京五輪後には新たにビル建設を着手し、
22年秋にはショールームとして完成する予定であるとしている。

今年の3月、ソニービルの真向かい、旧東芝ビルの跡地には
東急不動産が1800億円を投じた「東急プラザ銀座」が開業した。
銀座中央通りが中国人に占拠状態になっている一方で、
東急プラザ開業以降、旧電通通りは“昔は若かった”カップルが溢れている。
いずれにしてもJR有楽町から始まる銀座の風景は、
東京五輪をめがけて劇的な変化を始めている。
1964年の東京五輪から、東京は勿論、日本全体が変わり始めたように。

今月に入って“舛添ショック”が日本全体を揺るがした。
代表質問で公明党の女性議員(松葉多美子議員)が
「公用車で湯河原に49回も行って」
「東日本大震災被災地になぜ1回も行けないのか」
の問いかけが全てだった。

猪瀬直樹と舛添要一。
老練ジャーナリスト・田原総一朗が主宰し、コメンテーターを選択、
そして論争させるテレ朝の長寿番組「朝まで生テレビ」の常連メンバーが
相次いで東京都知事となり、カネ問題に絡んで、任期を全うせず辞任した。

次の都知事は誰か。
1千万人を超える人口を抱える大都市東京で、
人気投票化が顕著になっている昨今の東京都知事選挙。
もう誰でもいいいや…
次なる都知事は誰かを考えるのも嫌になっているのは自分だけではあるまい。

変わりゆく東京と、相変わらずの政治の世界。
何か「皮肉なギャグ満載の喜劇」を見ている気持ちになる。


2016年06月11日

カシアス・クレイ。あなたは強いアメリカの象徴だった…

6月第1週末、突然のタイミングで訃報が飛び込んだ。
「ムハメド・アリ死去」。享年74。
またひとつ、よき時代が終わったような気がした。

戦後の日本が大きく転換するのは1964年の東京五輪からだったように思う。
TV文化が完全に定着したことが大きかった。
それまで情報は、“聞く”というツールだけだったが、
それから以降“目で確かめる”ことができるようになった。

そして海外からの映像がライブで見れるようになった。
米国発の最初のライブ映像が1963年11月22日の「J.Fケネディ大統領の暗殺」
だったのは皮肉と言えば皮肉だったが…
だが世界がごくごく身近なものになったのだった。

自分にとって1960年代の英雄と言えば、
若き米大統領J.Fケネディ、
1966年6月29日に来日するビートルズ、
そしてムハメド・アリだったと思う。

イスラム教への改宗と共にカシアス・クレイという本名を捨てる格好となったが、
1960年のローマ五輪でヘビー級(いわゆる無差別級)で金メダルを獲得した
カシアス・クレイの方が自分にとっては馴染が深い。

ムハメド・アリのボクサーとしての評価は勿論高い。
プロデビューした時の大統領はアイゼンハワー。
そこからレーガンまで7人の大統領の任期を通して戦い抜き、
通算3度の王座奪取と19度の防衛を成し遂げた。

ボクシングが15回戦制だった時代の、
ヘビー級王者が「王の中の王」であった時代に
「蝶のように舞い、蜂のように刺す」と自賛したように、
ボクシングのテッペンの無差別級に、美しさとスピードをもたらした。

1960年代初めの日本のボクシングと言えば、
ファイテング原田のフライ級、バンタム級の二階級制覇が全てだった。
ただフライ=ハエ、バンタム=ちゃぼ、フェザー=羽-
に揶揄される軽量級の世界に見慣れた自分にとって、
ヘビー級の、猛牛をも倒すドスンと音のするようなパンチに、
全く違う世界を見せられたような気がした。

それはビートルズ・サウンドで、
演歌中心の日本の歌謡曲とも、ジャズっぽいアメリカンポップスとは
全く違う世界を見せられたのと同じ感覚だった。
やっぱり世界は凄い、世界は広いんだ…と思わせた。

ムハメド・アリは「ベトコンと戦う理由がない」として徴兵を拒否、
67年に王座を奪われ、リングからも追放される。
ボクサーの旬の時期を法廷闘争に費やし4年弱のブランクをつくる。
しかし国家や世論を敵に回しても自由を求めた闘いに信念を貫いて勝利し、
キング牧師と並んで米国の黒人で最も大きな影響力を持つカリスマとなった。

試合前の相手選手への余りに横柄な“口撃”が話題となり、
その人間性を疑う向きがあるにはあった。
ただ根幹には昨今のセレブ化したスター選手にはない“やさしさ”があった。

1996年のアトランタ五輪の聖火点火の姿を見たのが最後になった。
カシアス・クレイ。あなたは1960年代の「強いアメリカの象徴」だった。
何か寂しい気がする。

2016年06月04日

ユニクロ一人勝ち!?-国際都市・東京のメンズ衣料事情-

早いものでもう6月。
梅雨の季節。そして衣替えの季節でもある。
上着とネクタイの着用はしなくていい。
では公的の場所でどういう格好をすればいいのか。
涼しげで、かつ失礼でない恰好….。
最近の男性軍の悩みのタネとなっている。

最近の東京、男性の衣料難民化が顕著になっている。
例えば、銀座のど真ん中の銀座・中央通りはまさに“女性の街”。
有名デパートや海外ブランド店が乱立する。
それらは100%ではないにしろ、ほぼ女性衣料専門店。
男性衣料専門店は、あるにはある。
が、“仕立て専門”の老舗高級店。
ン十万円が普通とあっては、簡単に敷居はまたげない。

また安価を謳うスーツの専門店もあるが、相応の歳になれば、
さすがに買った場所が推定できる安っぽい恰好はできない。
つまるところ“ないない尽くし”の中で、
10年以上前の着古しを使い回しするしかない…

衣料と一括りにするが、メンズ衣料にも種類があるのはご存じの通り。
公式のスーツに始まって、ワイシャツ、下着(靴下含む)、
寝具用品(パジャマなど)、カジュアル用品など、
女性用ほどではないにしろ、その種類は多岐にわたる。

経験値から言えば、この20年、
いわゆる消耗衣料品は、総合スーパーで賄うしかなかった。
だが、大概が「安かろう、悪かろう」のパターンだった。
洗濯が基本の消耗衣料品の消耗度が激しく、
使い捨てに近い状態がほとんどだった。

こうした最悪な環境の中、ユニクロが存在価値を高めている。
例えば、ワンコイン(500円)のTシャツ(下着用)。
バーゲンともなると350円あたりでゲットできる。
こうなれば(やけくその)大量買い。
一気に20枚。合計7000円也。
洗濯して着れなくなったら、ゴミ箱にポイだ….。
そう思ってガンガン洗濯しても、とりあえず着れるのである。
(気がつけば、ワンコインTシャツを2年以上着回している…)

「洗濯に強く(時には暴力的な)安価」というユニクロ製品を実体験し、
パジャマ(最近は部屋着と呼ばれている)だ、ジーンズだ、
いわゆる街着のTシャツだ、ポロシャツなどと、
必要品を次々に購入するようになっていった。
気がつけばユニクロ製品オンリーの世界になり始めている。

山口市に本社を置く地方企業・ファーストリフティングが躍り出た原動力は
「(服づくりの)革新性」。
1998年、当時1着1万円以上が当たり前だったフリースを1900円で発売、
「フリースブーム」を巻き起こした。
以降国内の衣料品市場ではユニクロが先行し、
他社が追随するという構図が続いている。

「服は部品」であり「究極の普段着を作る」とするユニクロの理念は、
プロゴルファーのアダム・スコット、
プロテニスの錦織圭や、帝王ノバク・ジョコビッチを広告塔にして、
そのポジションを確固たるものにしていった。
テニスの世界的大会の決勝で
「ユニクロVSユニクロ」の図はまさに驚異ではある。

かくして衣料難民が徘徊する国際都市・東京で、
ユニクロの一人勝ち状態が続いている。
恐るべしユニクロ、快進撃が続いていく…


2016年05月28日

トランプ米大統領が実現すれば…

2016年5月27日、
劇的な、現職オバマ米大統領の広島での平和宣言だった。
そして安倍晋三首相は、歴史にその名を残すことになった。
安倍晋三首相の演説は、美辞麗句の連発。.
今回はその内容に頓着すまい。しても仕様がない。
ただ、今は無き、父君・故安倍晋太郎元外相の“宿願”を果たしたという
満足感は十二分に感じられた。
アベノミクスは失敗だろう、多分。
でも「世界の名だたる政治家になる」という父君の宿願を果たせて、
ホントよかったね、安倍さん…心からオメデトウ!!.
….

この11月に米大統領選挙を控え、何やら怪しい雰囲気になり始めている。
当初は民主党・クリントン候補が有利と言われてきたが、ここにきて、
共和党トランプ候補がクリントン候補を支持率で上回ったとの報道も
なされるに至っている。
まさかとは思うが、
「あの金髪鬼が米大統領に当選したらどうなるか」について検討してみたい。

トランプ候補の数々の過激発言の中で、最も注目されているのは
「在日米軍駐留費の全額負担か、さもなくば撤退」発言、
「日本も核兵器を持っていい」発言だろう。
とりあえずこの2点に絞って考えてみたい。

まず現在の在日米軍の年間費用は5850億円。
これに対して日本は、基地従業員の給料など、
74.5%にあたる4300億円超を負担している。
その他沖縄の基地対策などで、7000億円を拠出している。
ところがトランプ候補は米軍人の給与や作戦費用などで、
さらに7000億円を出すべきだと言い始めている。

現状の自衛隊員は23万人。対して在日米軍は約5万人。
仮に米軍撤退となれば人員の補給は必要ないとの見方が大勢だが、
航空機や艦船など、相当な装備を追加で調達しなければならなくなる。

まず戦闘機。
現在はステルス戦闘機F-35Aで1機160億円。100機で1兆6000億円。
艦船に関しては、あたご型イージス艦1隻1600億円。
10隻で1兆6000億円。
通常動力型空母が1隻1兆3000億円。3隻で3兆9000億円。
監視衛星が5兆円。
その他、サイバー部隊の創設、各兵器の年間運用維持費や乗組員の人件費を
含めると軽く20兆円を超える勘定となる。

IAEA(国際原子力機関)によると、
核弾頭を作るにはプラトニュウムが8㌔必要であるとしている。
そして日本は、約48㌧ものプラトニュウムを保有し、世界で5番目とされている。
日本の保有する量では4000~5000発の核弾頭が作れる勘定となる。
例のトランプ発言はそうした情報を基にしていると言えなくもない。

「戦争をする国にしてはいけないから、軍隊の保持も武力の行使も許さない」。
日本におけるこれまでの一般論ではあった。
だがトランプ大統領の登場と同時に、
「日米安全保障条約をなくした日本」を想定せざるを得なくなった。

日本のお気楽政党の方々は
「アジアの全ての諸国と平和的な関係を結ぶ」。そして
「国民の圧倒的多数がもう『自衛隊なしでも安心だ』という合意にもっていく」
としている。
だが、在日米軍の撤退と同時に他国(特に中国・北朝鮮)が攻撃をしかけてくる
可能性は高い。

トランプ候補が体系的に考えているとは思えないが、
支持層に共通してみられるのはナショナリズムというより、
不公平という不満。
日本をターゲットにした発言が好意的に受け止められているのも事実。

絵空事の実のない論議のための論議はもういいだろう。
この際日本も、太平の眠りを覚まさなければならない、と思う。

2016年05月21日

名門ヤンキース低迷の理由 -MLBの経済学-

米大リーグ(MLB)が始まって約1カ月半。
「朝から野球の日々」が続いている。
だが例年のようにMLBだけに熱中することはない。
理由は簡単である。
MLBだけでなく、錦織圭のテニス、松山英樹のゴルフ等の中継が
混じるからである。

錦織圭や、松山英樹はもはや世界的なスターと言って言い過ぎではない。
ごくごく普通に優勝戦線にからみ、
従来では考えられなかった「世界のベスト10の世界」にいるからである。
優勝賞金が億円単位の高額であり、
ある意味で「世界の最高額の“ハンターの世界“」にいるという
“実戦的&戦闘的&ハングリーな”雰囲気が見る者を熱中させるのである。

昨今のサッカーもそうだが、
団体競技となると、最近では3年から5年の年間契約が普通であり、
その契約締結に代理人を混じえることで、
スポーツを介在したビジネスの色合いが濃くなる。
それが“今日はだめでも明日があるさ”の安易な雰囲気を醸し出す。
それが時には真剣さに欠けたダルイ感覚になってしまう。
致し方ないことではあるが。

1995年の野茂英雄を原点に、MLBに活躍する日本人選手は多くなった。
イチローや松井は別格として、すべからく投手が中心なのはご存じの通りである。
押し並べて甲子園で活躍したこと、甲子園時の体格から20㌔以上の増量を
している点もまた似通っている。

そして特に夏の甲子園で肩を酷使し、日本の球界での酷使を経てMLB入りし、
MLBのボールに馴染めず、肘や肩をやられる点もまた似通っている。
松坂、ダルビッシュ、田中など、全てそのパターンである。
下半身強化ではなく、上半身強化中心のトレーニングで無理に増量し、
結果的に肘・肩が悲鳴を上げるというのが最近のパターンである。

ヤンキースは
ゴジラ松井がMVPを獲得してワールドシリーズを制覇したのが2009年。
しかしそれ以降、12年の地区優勝を最後に優勝から遠ざかっている。
今年はリーグ最下位に低迷している。

原因は何か。それは巨額の不良債権を抱えるからである。
ドジャースとMLBの金満球団1、2を争うヤンキースの年棒総額は2億2600万㌦。
しかしそのうちの1億9000万㌦が長期契約で固定化しており、
実際に補強に使える費用は2700万㌦。
不良債権の筆頭は年棒2500万㌦のサバシア(35)。
そして2250万㌦のタシェアラ(36)、2100万㌦のエルズベリー(32)、
2000万㌦のA.ロッド(40)、1500万㌦のベルトラン(39)などと続く。
田中将大(27)の年俸も2200万㌦(約24億円)。

サバシアなどは体重が130㌔もあり、まさに日本のお相撲さん。
田中にしても100㌔あり、もはや野球選手のそれではない。
田中は肘を手術して以降は体にキレがなく、いかにも重そうに見える。
今や急速130㌔台中心の変化球投手である。

今のヤンキースは高齢・高給取りの“やる気ない”集団と化している。
“な~に格段頑張らなくても(超高額の)給料は変わらない…”
かくしてNYヤンキースの低迷は続き、試合も面白くない。

低迷の理由はMLBも一般企業も同じのようである。


2016年05月14日

伊勢志摩サミット目前に蠢く各国の思惑

黄金週間が終わりました。
本ブログにアクセスを戴いている皆様には如何お過ごしでしたでしょうか。

当方は読書三昧の日々でありました。
随分と前から気になっていた、故池波正太郎著「真田太平記」を読破しようと
単行本にして12冊、500ページ×12冊=6000ページにおよぶ大作を購入しました。
750円×12冊=9000円の出費でありますが、アホな酒を飲むよりマシと思って
エイヤッツ!で一気に買ってしまいました。

この真田太平記は「週刊朝日」に、
昭和49年(1974年)1月から57年(1982年)12月まで連載されたもので
449回およぶ、原稿用紙9千枚の大長編小説。
ただ40年前に書かれたものとは思えない清新さがあり、まずは飽きさせない。
ただ登場人物も多く、そう簡単には読みこなせない。
目いっぱいやって1週間で1冊。読破するには2カ月はかかるだろなと思われます。
ま、気長に楽しんで読んでいこうと考えております。

というわけで、本ブログの更新を1週間だけスルーさせて戴きました。
今後ともアクセスのほど、よろしくお願い申し上げます。

……………………………………………………………………

5月26日~27の両日、日本で8年振り6回目となる伊勢志摩サミットを控え、
各国の思惑が蠢いている。

ちなみにサミットの初会合は1975年11月。
日本、米国、英国、フランス、西独、イタリアの先進6カ国首脳が
フランス・パリ郊外のランブイエ城に集まった。
76年にカナダが加わり「G7(Group of Seven)」と呼ばれるようになる。
98年にロシアを加えて「G8」となったが、
2014年にクリミア半島の併合を強行したロシアを外し、
「G7」の枠組みに戻っている。

日本政府としては「アジアで8年振りに開くサミット」であり、
1年毎に首相が交代し「日本の首相は毎回サミット初参加」という時代も終わり、
また安倍晋三首相は今回でサミット参加が5回目となり、
議長国として「どのような(G7の)結束」を打ち出すかに期待がかかっている。

こうした一連の“お祭り騒ぎ”中で、
4月29日に米財務省が発表した「為替政策監視リスト」が世界を揺るがしている。
この為替政策監視リストは、
今年の2月に成立した「貿易円滑化・貿易執行法」に基ずいている。

① 米貿易黒字が年200億㌦超
② 経常黒字が国内総生産(GDP)の3%超
③ 為替介入による外貨買いがGDPの2%超
を条件に掲げ、部分的に抵触すれば監視リストに入れるとしている。
日本は①と②に該当しており、仮に巨額の円売り介入に動いた場合、
最悪の場合、制裁対象にされる。

今回の監視リストには、日本、中国、ドイツの他、
台湾、韓国の5か国・地域が指定されている。
日中独韓の4カ国は貿易収支や経常収支の対米黒字が巨大であり、
台湾は為替介入の規模が大きいと指摘している。

今更市場介入で巨大化した世界の市場を動かせると思えないが、
環太平洋経済連携協定(TPP)の大筋合意を受け、
米国が貿易相手国の通貨政策監視して対応措置がとれるよう、
法制度を強化したものと見られている。

こうした米国側の措置について、
麻生太郎財務相は「必要に応じて対応」との姿勢を崩してはいないが、
市場では「G7」のメンバーとして、
米国側の意向を無視はできないだろうとの見方が広がっている。

2012年12月の第二次安倍政権発足以来、
「金融緩和」「積極財政」「成長戦略」の三本の矢を掲げたアベノミクス。
株価は高騰し、ドル円は120円超の動きが続き、
市場も日本経済も沸き立っているかに見えた。

だが(事実上)ここ4年の日本政府の無理矢理の手法が
やり玉に上がることになった。
安倍政権も末期的な症状を見せ始めている。
今回の伊勢志摩サミットは“安倍政権の最後の花火”に見えて仕方がない

2016年04月30日

「パナマ文書」が暴く“不都合な事実”

約20年振りに“タックスヘイブン(租税回避地)”という単語が
マスコミを賑わせている。
中米パナマの法律事務所から流出した「パナマ文書」で、
世界の首脳らによるタックスヘイブンの利用実体が暴露されたからである。

名指しされたのは英国のキャメロン首相、ロシアのプーチン大統領、
中国の習近平・国家主席等々、錚々たるメンバーが名を連ねた。
強固な民主主義国家では政権そのものは揺るがないだろうが、
ロシアや中国といった独裁的国家におけるトップの“不祥事”は
後々影響を残しそうな気配となっている。

日本で“タックスヘイブン”がクローズアップされたのは、“原則自由”の時代、
日本の円が国際通貨として認知され始めた1980年~1990年代だった。
世界の金融市場はグローバルにつながる中、税制は国ごとに異なる。
ならば合法的に節税できるのにしないのは責任放棄である。
こうした(政府公認の)金融国際化のためとする“正当な”説明の下で、
猫も杓子も、取り残されてはならずと、イケイケムードとなった。

だがやがて、この“原則自由”の考え方が曲解され、
マネーロンダリング(資金洗浄)に使われるようになって、
話がややこしくなってくる。
複数のタックスヘイブンを組み合わせると、
捜査当局による犯罪の証拠集めや資産凍結が非常に難しくなるからである。

例えば、詐欺や麻薬売買で儲けた資金を日本の銀行口座にプールしたとすれば、
見つけるのは容易である。
だがタックスヘイブンに開設したペーパーカンパニーの口座に資金を移せば、
日本の司法当局は現地の警察に捜査依頼をしなければならない。

回答はすぐに来るはずもなく、大概が半年以上が必要である。
そして「そのペーパーカンパニーの持ち株会社は別のタックスヘイブンにある」
という回答があった場合、今度は別の警察に捜査依頼をする必要が出てくる。
かくしてあっという間に2年程度の時間がかかることになる。
そしてまた、犯罪者が捜査の動きに気付けば、
警察よりも常に一歩先の資金を動かせる。

国境を越えた司法の協力はハードルが高い。
各国での犯罪の定義や捜査の進め方が異なるからである。
そしてプライバシーの保護の観点からも情報の共有が難しくなっている。
最善策はオフショア企業の実質的なオーナーや利用者が分かる中央登録機関を
設置することだが、各国の国内法の整備の必要あり、実現は容易ではない。

かくして現在の日本では“原則自由”から“原則禁止”の時代に逆戻りしている。
モノの売買の裏付けのない海外への資金の移動は、ほぼ不可能になっている。
ロンダリングリスクがある以上、当たり前と言えば当たり前の措置ではある。

原理・原則論から言えば、
世界各国の税率がどこも同じなら租税回避の動きは起こらない。
税率の違いがあればこそ、国際的な資金の流れが歪むのである。

かくして、膨大な借金を抱え、国民の資産を当てにする日本政府が、
的確な方法がないまま、“(ガチガチの)守りに入る”のもまた致し方ない。
とは言え、真っ当な国民は右往左往するばかりである。

2016年04月23日

カリスマ経営者の退任に見る流通業界の転換期

自分の住まいする佃地区では、
大江戸線・有楽町線・月島駅から半径500メートル以内に
コンビニが6店舗、スーパー5店舗が乱立する。
そしてタクシーで5分、自転車で10分以内には、
イトーヨーカー堂、イオン、赤札堂の総合スーパーや、
ユニクロ、東急ハンズが店舗を構える豊洲ららぽーと、
そして東京ドーム1.5個分の面積を誇る日用品雑貨専門店もある。

コンビニに関してはどうしても“使い勝手”を中心に選択することに
なってしまうが、セブンイレブンは群を抜いていると思う。
店員の客扱いが丁寧で正確であり、公共料金の支払い等は
どうしてもセブンイレブンに行く結果になった。

だがセブンイレブン系列のイトーヨーカ堂はどうか。
この4月から始まったNHKの朝の連ドラ「とと姉ちゃん」の舞台に
なっている深川・木場の跡地を再開発した江東区・木場のイトーヨーカ堂は、
使い勝手はイマイチのような気がする。

種々のファストフードが勢揃いし、和洋中華イタリアンのレストランや
映画館まであり、まずは一大テーマパークである。
ならばそこで食事をし、食料品を買い、衣料や日常雑貨まで全て賄うか?
と問われれば、顧客の90%以上は「No!」と言うだろう。

衣料品から住居関連品まで揃えた総合スーパーはこの10年で
急速に競争力を失った。
ユニクロがその尖兵であり、
ネット通販の台頭もそうした動きに拍車をかけている。
総合スーパーのテーマ(品揃え)が曖昧で、専門店にはかなわないからである。

4月7日、セブン&アイ・HDの鈴木敏文会長が会長を退任、
経営から退く意向を表明し、19日の取締役会で承認された。
83歳。
コンビニエンスストアを日本に根付かせた「セブンイレブンの天皇」と称された
時代の寵児の退任劇だった。
1963年、現在のイトーヨーカー堂に入社した同氏は、
74年にセブンイレブン1号店ををオープンさせ、
コンビニトップを独走する一大チェーンと育て上げた。
92年にヨーカ堂社長に就任すると百貨店やスーパーなどの多くの業種を
まとめ上げ、2005年にはセブン&アイ・HDを設立し、会長に就任した。
ここ最近、退任を巡って内部の抗争があったことが大々的に報じられている。

セブン&アイ・HDは、コンビニを軸に激変する消費環境に対応してきた。
それが高度成長期の成功モデルであった「総合スーパー(GMS)」に拘って
敗れ去っていった、ダイエー、マイカル、長崎屋、ヤオハンジャパンなどとの
違いだった。

小売業界は創業者の強烈なリーダーシップのもとで、
全社一丸となって事業を推進することが多かった。
重大な意思決定は創業者が下すため、経営という観点を持つ後継者が育ち難い。
意思決定の積み重ねで人材が育っていく。結局、その環境が作れなかった。

流通のガリバー・セブンイレブンもこれまでか、の感がする展開である。
流通業も、強いリーダーシップと経営の透明性を両立させるモデルを探る時期が
到来したようである。


2016年04月17日

「世界で通用する」ことと「世界で勝つ」ことの違い

この2週間、世界中で行われたスポーツ観戦に熱中した。
水泳、ゴルフ、野球(MLB)と矢継ぎ早に、
ほぼ24時間絶え間なく続く熱戦に魅入られた。
とことん堪能したが、神経をすり減らすような激戦に、
自分がプレーしたように疲労困憊状態になった。

4月4日から始まった競泳の第92回日本選手権兼リオ五輪代表選手選考会。
若手選手の台頭が目立ち、新生ニッポンの活躍を期待させるに十分な展開と
なったが、
主役は日本競泳史上初の五輪5大会出場をかけた平泳ぎ・北島康介だった。

高校3年で五輪に初挑戦した2000年シドニー大会では100メートルで4位。
04年アテネ、08年の北京の2大会連続100&200メトール2冠の偉業は
「超気持ちいい」「なにも言えねぇ」の名言と共に人々の心に刻まれた。
12年ロンドン大会で個人のメダル獲得はならなかったが、
仲間たちが「康介さんをてぶらで帰すわけにはいかない」と奮起、
メドレーリレーの銀メダルを獲得した。

今回の選考会では100メトール準決勝で派遣標準記録を0秒01上回ったが、
同決勝では準決勝より0秒31落とし、そして200メートルでは5位。
「レベル高ェ~、マジで」のセリフを残し、散った。
リオ五輪出場はならなかった。

だが五輪の度に国民を驚かせ、喜ばせ、泣かせた、
記録にも記憶にも残るスイマーの引退記者会見はまことに爽やかだった。
競技している時の表情とは違い、底抜けの明るさがあった。
“西日暮里の肉屋のあんちゃん(長男)”といった、
あっけらかんとした下町的で清新な雰囲気がとても魅力的だった。

そして7日から始まったマスターズゴルフ。
日本からは松山英樹だけの単独出場だった。
世界ランク14位の松山は、優勝候補にも名前を連ね、
3日目までは出場全選手中ただひとりオーバパーを打たず、
最終日は首位と2打差3位発進だった。

結果的には7位タイで終わったが、
TV解説の中嶋常幸が番組中で何度も唸ったように
「ごくごく自然に優勝戦線にいる」
「グリーンジャケットを着れる位置にいる」雰囲気は、
マスターズゴルフ中継を見始めて40年ばかり、初めての経験で、新鮮だった。

2連覇を狙ったジョーダン・スピースの
後半の劇的な崩れ方(12番パー3の「7」)に、マスターズの怖さを見た。
伏兵の英ダニー・ウィレットの勝利となったが、それは無欲の勝利と思う。
オーガスタには“女神”が住んでいると真剣に思わせた。

「ジョーダン・スピース2連覇ならず」の報は、株式市場をも動かした。
契約先の米スポーツブランド大手アンダーアーマー株は
前週末比5%の下げとなり、S&P500種株価指数の採用銘柄で、
下落率の上位となったのである。

「世界に通用する」から「世界で勝利する」ことを目標とする時代になった。
敢然と世界と勝負した北島康介や松山英樹に、
今までと違う時代を見せてもらっている気がする。


2016年04月09日

賞味期限切れ!?アベノミクスの失速

4月。新会計年度に入って2週間。
諸般の専門誌に「アベノミクス相場失速」の文字が躍っている。
マイナス金利導入という“禁じ手”まで繰り出した挙句、
衆参同時選挙を控えて右往左往している。
アベノミクスの賞味期限切れの様相は否めない。

2012年12月の第二次安倍政権発足以来、
「金融緩和」「積極財政」「成長戦略」の三本の矢を掲げたアベノミクス。
株価は高騰し、ドル円は120円超の動きが続き、市場も日本経済も
沸き立っているかに見えた。

先鞭を切った施策は「黒田日銀総裁人事」だった。
13年3月に就任した黒田総裁は
「異次元緩和」と名付けた量的・質的緩和政策を打ち出す。
日銀がETF(上場投資信託)やREIT(不動産投資信託)を大量に買い、
市場にカネを流通させる仕組みだった。
この「黒田バズーカー」と呼ばれる手法で株価は急騰、円安も進んだ。

さらに就任から1年半が過ぎた14年10月には
「黒田バズーカー2」と呼ばれる追加緩和策を発表する。
“弾薬”となったのは日本国債だった。
だが「黒田バズーカー2」は「消費税増税を的確にやってくれ」とする
黒田総裁からのメッセージーだった。

ところが安倍晋三首相は消費税増税の延期を発表する。
財政再建は二の次。増税を実行して成長を壊せば元の木阿弥との考えだった。
結果的に「財政赤字を日銀が(自動的に&半永久的に)埋める」パターンを
繰り返す格好になり始めた。

振り返ってみれば、アベノミクスの尖兵となったのは為替相場だった。
日銀の大胆な金融緩和を先取りする形で、円相場だけが下落する展開となった。
それから3年半、15年6月に1㌦=125.86円まで円安が進行する。
ところが2016年明け、世界経済の先行き不安が先行、110円台での動きとなり、
4月新会計年度に入って110円を割り込んでしまった。

考えてみれば、先進国の中において日本ほど「円安=景気回復」という
(間違った)考え方が定着している国はない。
日本の輸出は自動車や弱電という裾野の広い産業製品が中心だったからである。

ところが現在、「円安=輸出増加=景気回復」とはならない。
大きな要因は
まず、日本企業の海外生産比率の上昇である。
2番目の理由としては世界経済の成長鈍化による輸入需要の低迷。
3番目の理由としては、円安により(日本の)輸入価格の上昇で、
消費が抑えられるからである。
現在の日本は、
円安を日本経済回復の起爆剤にしたがるアベノミクスの思惑とは違い、
円安も困るということになる。

ならば「ドル円相場、株式相場の適正な着地点」はどこにあるのか。
1973年の変動相場制移行41年の歴史的事実(結果)から言えば、
ドル円相場は日米両国の企業物価・輸出物価から計算された『購買力平価』
の動きに沿っている点は再認識すべきであろう。

諸般の結論は「ドル円は1㌦=100円に回帰」。
そして株価は
「13,500円が抵抗ライン、20,000円の半値の10,000円の可能性あり」
ということになりそうである。


2016年04月02日

「スポーツ賭博」の線引き

春はセンバツから。
センバツ高校野球が始まり、プロ野球が開幕し、
そしてMLB(米大リーグ)が始まれば“三役揃い踏み”。

CMがやたら多いお笑い番組が乱打される“暗黒の時”から、
サクラの開花と同時に(朝から)野球漬けの“黄金の日々”が復活する。
全部をシッカリ見るわけではないが、
BGMとして流しておくだけで何気に気持ちが華やいでくる。

昨年から今年にかけ、
盟主・読売巨人軍の選手による野球賭博問題が大きく取り上げられた。
昨年11月、巨人軍の3選手が無期失格処分となり、“後出し”でもう一人、
巨人軍の若手投手が3月になって1年間の失格処分となるなど、
球界全体を揺るがす展開となっている。

挙句、「声出し」と呼ばれる発声役に対して1人5000円を払っていたという、
「仕事場に金銭が出回っていた」という感覚が批判を浴び、
臨時理事会が開催される事態にまで発展した。
そしてプロ野球界は「賭博の温床か?」との言い方をされるに至っている。

ごく身近の賭博と言うなら、
思いつくのは賭け麻雀、賭けゴルフ、パチンコあたり。
“オトコの真剣勝負(!?)”には多少の金銭が絡んだ方が真剣度が増し、
ゲーム自体に迫力が出る(と思い込んでいる)。
それが罪になるなら、自分もこれまで幾多の犯罪を犯してきたことにはなる。

もう時効だから明かしてしまうが、
東京外為市場が電話だけの“ボイス・トレーディング”の時代には、
幾多の“賭博”が恒常化していた。
いくつかを紹介してみたい。

まずは現場担当者間の友好ゴルフ大会での賭けゴルフと、
大会優勝者を当てる“くじ”。
ご丁寧にも大会出場者に馬名までつけて、参加者を募った。
(口数自由で)一口500円程度だったと思う。

次に“一気通貫”ゲーム。
市場が全く閑散で10銭レンジだった場合に行われたゲーム。
例えば113円10銭から20銭のレンジを右往左往していた場合、
113.10円から113.20円まで1銭刻みの取引を完成させるという
暇だからできる単純ゲーム。
最後の“穴埋め”を誰が完成するかで賭けていた。
たしか一口5000円。
邦銀・外銀が入り混じって参加していた。
勝利者は受け取った掛け金で、
毎月一回の定例会合後の飲み代を出すことになっていた。

最近の“夢みたいな”賭けについて少々。
アメリカンフットボールと大リーグの狭間にあたる3月。
米国民は全米各地を勝ち抜いた68大学が参加する
大学バスケットボール・決勝トーナメントに熱狂する。
言ってみれば、日本のセンバツ高校野球と同じノリ。

「トーナメント全試合の勝敗を的中させたら10億㌦(約1130億円)」。
スポンサーはかの有名な世界的投資家ウォーレン・バフェット。
最初は全米国民を対象にしていたが、問題ありとされ、今年から条件を改め、
自身が率いる複合企業バークシャ・ハザウェイとその傘下企業の従業員30万人が
対象となった。
ついでに「トーナメントの「16強」を正確に当てれば、
生涯にわたって毎年100万㌦(1億1300万円)を支給する」としている。

組織ぐるみの、そして八百長がらみの賭博は最初から問題外。
世界中のあるとあらゆる場所に存在する「賭博」or「賭博もどき」。
さてどこで線引きをするか。

杓子定規の決め決めの“清く、正しく、美しく”の世界はあり得えないと思うが...


2016年03月26日

「1日8時間・週休2日制度」見直しの是非

1970年代の自分の“丁稚時代”の一日。
毎朝5時起床。
5時半の始発で新所沢出発(西武新宿線)→高田馬場乗換(山手線)
→新宿乗換(中央線)→神田到着が7時過ぎ。徒歩5分で職場到着。

終業は5時となっているが有名無実。大体が午後9時前後に終業。
朝と同じルートで新所沢帰着。
乗り継ぎの待ち合わせ等で帰宅が11時頃。
時間的に考えれば、新幹線で東京・名古屋間を毎日往復していた勘定となる。

そして当時は土曜日は“半ドン”。つまりは午前中が恒常的に仕事だった。
コンピュータ時代前夜のオフラインシステムの時代。
何でもかでも機械への手入力が必要な時代だった。
電話は固定電話のみ。
(国際電話が高価なことから)海外からの情報入手や通信はテレックス。
とてつもなく時間がかかった。
それが東京外為市場が始まった当時の国際資金部のルーティンだった。

8時間労働どころか12時間労働は当たり前。
残業代を請求するのは「本人の事務処理能力が問われる」ことから、
上から言われなければ請求しなかった(できなかった)。
英会話や実務試験にも備え、準備も怠りないよう言われていた。
やなら止めてもらって結構、の冷ややかな口調。で、睡眠時間は3時間。
今から考えれば“無茶な”時代。
だが、「世界金融の先端を行く外国為替に関わっている」という自負心が、
そうした無茶な流れに耐えられた。
若かったし、何より熱く滾っていた。

8時間労働が定着したのは20世紀初頭。
大量生産による長時間勤務で健康を損なうと、
1919年に国際労働機関が「1日8時間・週48時間」を労働基準として定めた。

それから1世紀。
「週休3日」や「1日の労働時間6時間」が論議されている。
北欧を中心とした“画期的で近代的な”動きとの論調。
同時に「同一労働、同一賃金」の流れも起きている。
“(労働者の)人間らしい生活”の追及は認めるにして、
そうした一連のシステムで、果たして企業が企業として成り立つのかどうか。

毎年決まった時期に新卒学生40万人を一括採用する日本。
一方で、欧米では横並びの就活制度はない。
職選びは個人に委ねられ、キャリアは自分の実力次第。
従って学生は知識と経験を得ようと必死に学ぶ。
「就職したら仕事の内容も働き方も会社にお任せ」の日本とは
最初から格段の差がある。

そうした“お任せ”の仕事に嫌気して、
新たなキャリアを求めて転職や復職する数は年400万人。
経済の不安定さが増大し、企業が生涯守ってくれない時代との思惑が先行、
(安易に繰り返す)転職も当たり前の時代とはなっている。

日本の高度成長時代を支えた
「会社の都合の配置転換や転勤を受け入れて、職務を限定せず働くこと」を
前提に「高い給与と終身雇用」を保証する終身雇用制度は崩れた。
そうした制度を嫌い、転職を繰り返しながら「同一労働同一賃金」を
要求する時代である。

はからずも自分の丁稚時代の様子を紹介してみたが、
自慢するつもりもないし、正しいとも思わない。
ある種異常だった。
ただ今の世の中全体が安易に流れてはいないだろうか。
「1日6時間労働?」「週休3日?」。
大きな間違いをしているように思えてならない。

2016年03月19日

災後5年の金融市場

ここ2週間、
「3.11東日本大震災から5年」をテーマにしたTV番組を見せ続けられた。
まるで絵空事のような「想定外の事実」を、これでもか、これでもかとばかり
脳裏に叩き込まれた。
いずれにしても2011年3月11日午後2時46分、
「『戦後』が終わり、『災後』が始まった」のだった。

その『災後』の5年、金融市場はどのように変化してきたか。
為替相場をベースになぞってみたい。
まず震災被害の未曽有の大きさが明確になってくるにつれ、
「日本の保険会社が保険金の支払いに備えて海外資産を売却して円を調達する」
との思惑が広がり、同年10月に戦後最高値の1㌦=75.32円をつける。

その後は徐々に円安基調へと転換していく。
原因は大震災が引き起こした日本経済の構造変化だった。
震災は製造業の供給網を寸断し、生産と輸出に急ブレーキをかける一方で、
原発停止により火力発電のへの依存が強まり、
液化天然ガス(LNG)の輸入が急増、貿易赤字が31年振りの赤字に転落し、
経常黒字も前年比半減したからである。

経常収支は、
製品輸出や海外投資の収益などをあわせた日本全体の“稼ぐ力”を示す。
震災後には(理論通りに)経常黒字の減少から円安が進んだ。
そして円安基調を決定的にしたのは、
2012年12月に安倍晋三内閣が誕生してからだった。

アベノミクスが始動し、日銀の大胆な金融緩和を先取りする形で、
円相場だけが下落する展開となった。
それから3年半、15年6月に1㌦=125.86円まで円安が進行する。
そして2016年明け、
世界経済の先行き不安が先行、110円台での動きとなっている。

大きな変化は、まずは日本の経済収支の急回復が要因だった。
経常収支は14年まで縮小が続いたが、原油価格の急落などで大きく改善。
黒字幅は震災前のレベルまで回復している。

もうひとつの要因は、
13年3月に就任した黒田東彦・日銀総裁が約束した「2年で2%」の物価上昇は
達成できず、「金融政策は行き詰まっている」との見方が広まったことである。
マイナス金利政策の副作用も明らかになっているのはご存じの通りである。

(欧州の二番煎じの)“禁じ手”、マイナス金利導入は銀行の融資を増やし、
経済を活気つけるのが狙いだったが、地方銀行等では融資先不足は明白だった。
地方再生どころか、金融システムの危機を煽る結果となっている。
結局、資本主義の常識から外れたマイナス金利は、勤倹貯蓄を旨とし、
伝統的な資本主義の発展を支えてきた“奇を衒わない日本経済”が袋小路に
入ったことを物語っている。

黒田日銀総裁は無類の読書家で知られている。
高校時代、図書館の本を全て読破したという驚くべき逸話がある。
後輩が真偽を確かめたところ「小説を除いて」という答えが返ってきたという。
今必要なのはマクロ経済の論理でなく「マイナス金利の心理学」であろう。
この際黒田総裁に(下々が好む、まことにくだらない)小説を読んでもらい、
「人間は理論通りに動かない」ことを確認してもらうしかない。

ともあれこの5年の動きは、余りにランダムで掴みどころがない。
何が正しくて、何が間違っているのか…
大震災の緊急事態の対応を巡って史上最悪と言われ続けている元首相の
“捨てゼリフ”のように
「評価は歴史の判断に任せる」しかないのかもしれない。

2016年03月12日

寒ブリの記録的不漁騒動 -北陸新幹線開通から1年-

3月11日が3.11東日本大震災から5年、
3月26日が北海道新幹線開通とあって、
今となっては全く存在感の薄い北陸新幹線だが、
3月14日は、北陸新幹線が開通して1年になる“記念日”。

それこそアッという間の1年だった。
確かに便利にはなった。
東京・富山間は2時間10分、東京・金沢間は2時間半で結ばれた。
越後湯沢or長岡で乗り換える必要がなく、本当に楽になった。

自分の地元富山には、
富山駅の他、「黒部宇奈月温泉」「新高岡」の3つの新駅が誕生した。
速達型の「かがやき」と、停車駅が多い「はくたか」(従来のL特急と同じ名称)
の他、富山・金沢間にはシャトル列車「つるぎ」も利用できる。

1年経過した後の反応は?と言えば、東京方面では総じて好評だった。
概評は
「伊豆方面に行くのと時間も運賃も大した差異はない」。
「どうせ同じなら目先を変えて北陸に行ってみるか」。
確かに在来線より5メートルばかり高い場所から見る日本海や立山連峰は
相変わらずの絶景。
旅客機並みのシートとの謳い文句の居心地もまずまず。

ビジネス面を考えれば、当初の予想通りだった。
北陸三県では大都市と比べ割安にオフィスや工場用地を借りられるのが
最大のメリットだったが、企業の進出の話は余り聞こえてはこなかった。
YKKが、その発祥地である黒部市に本社機能の一部を移転させた程度だった。

観光面に関しては、さすがに古都・金沢のイメージアップは予想以上だった。
だが、富山県の場合、新幹線開通で格段どうのこうのと言える状況にはなかった。
富山の観光としてのテーマとして思いつくのは以下の5点だった。
「立山黒部アルペンルート」、「八尾おわら風の盆」「五箇山集落」「ほたるいか」
そして「氷見ぶり」。

立山黒部アルペンルートの出発点である宇奈月温泉は、関係者に拠れば、
駅名にその名が載ったことで、“お陰様で…”の世界だったと聞く。
だが、実家方面の“滑川(なめりかわ)・ほたるいか”はサッパリだった。
千載一遇のチャンス、何でいつもそうなんだろ。
根幹の積極対応策欠如、つまりはヤル気のなさの問題なのだろうが、
何かガッカリ、である。

それにも増して全くの予想外だったのは「氷見ブリ」の
(日経新聞等に特集が組まれるほどの)記録的不振だった。
県内の漁業者が今季(昨年10月~今年1月)水揚げした寒ブリは21㌧。
昨期の10分の1。
これは2011年に商標登録して以降初めてのことである。

ブリ。主として春から初夏にかけ東シナ海や九州近海で生まれ、
夏に北海道沖まで北上する。冬になると越冬や産卵のため南下する。
毎年こうした回遊を続け、「ワラサ」や「イナダ」と呼び名が変わる。
冬に水揚げされる3歳魚が「寒ブリ」。

このブリは20~30年周期で好漁場が移動し、
越冬や産卵の場所もコロコロと変わる“つかみどころのない魚”とされている。
富山県内ででは1990年度以降、20㌧台から800㌧超まで、
シーズンごとに大きく変動してきた経緯がある。

「お~い気まぐれブリ、どこへ行った???」。
たががブリ、されどブリ、頼むよブリ!!である。

2016年03月05日

マイナス金利下で進む地銀の再編

マイナス金利発表から1カ月。
その影響が頓着される中で、「ふくおかFG・十八銀行(長崎)統合」が発表された。
ザックリ言えば、「九州一円の地銀がひとつになる」ということだが、
正直言ってインパクトの薄い、今更感の強い内容ではあった。

今回のふくおかFG・十八銀行の統合により総資産が18.7兆円となり、
地銀首位となるが、以下、横浜・東日本が統合して4月に設立される
コンコルディア・フィナンシャル・グループ(17.4兆円)、
常陽・足利HD(14.8兆円)、千葉(13.5兆円)、ほくほくFG(11.7兆円)と
続いていく。

1990年代の不良債権問題を経て、日本版ビッグバンが標榜され、
都市銀行・信託銀行・長期信用銀行の集約が進み、
3メガ銀行や巨大信託銀行が生まれた。
反面、地銀・第二地銀は全国に105行が乱立し、再編は遅れていた。

だが世紀が変わって地銀の再編が急速に進んでいく。
2005年前後までは経営の体力がある銀行が、不良債権に苦しむ銀行と
合併・統合する救済型が一般的だった。
しかし近年は、人口減などによる経営環境の厳しさに危機感を募らせて
結集する流れになっている。

日本の金融が3大メガバンク中心になった大きな理由は、
IT機器の爆発的な発展により、
「世界的な広域取引に対応する」ことが要求されるようになったこと。
そして「国際金融(為替)+株式+保険」をも含んだ総合的な金融機関のみが
「従来の銀行」として認知される時代となってきたからである。
今後は、潤沢な「人的資源+財的資源」をベースに、
「世界の金融市場に対峙できるか」がポイントになってくる。

ところが、未だに地銀は「地元に根ざす」ことを標榜する。
新幹線・高速道等の交通網の爆発的な発達により、
「地元意識」は次第に薄らぎ始めている。
預金の出し入れ、国内送金などの小口金融は、
全国に網羅された24時間・365日対応のコンビニのネット網の整備で、
「9時~3時の銀行の必要性」がなくなり始めている。

一連の地銀の再編は、
3大メガバンクによる全国の地銀系列化作業の一部だと思う。
「細かいのをまとめて、時期がきたら一網打尽にドカン」。
一連の地銀再編劇は、最終章の「3大メガバンク」による
「日本の金融機関の整備・統合」につながっていく。

この「3大メガバンクによる日本の金融機関の整備統合」は、
マイナンバー制度の整備による「日本国民一人一銀行口座」につながる。
税収に悩む日本国は、日本国民の資産をガラス張りにしたいのは明白である。

マイナス金利という劇薬を打った黒田体制も次の一手がなくなっている。
「総資産の増大」は経営リスクを増大する時代となった。
地銀にとって「総資産10兆円」は大きな目標となってきた。
だが考えてみれば、
総資産10兆円とは、世界の大富豪ビル・ゲイツの保有資産(8兆円超)並み。
今や何の意味もない。

地銀が消滅するのか???
消滅しても誰も驚かない、多分。


2016年02月27日

打つ手なし。彷徨する世界経済

マイナス金利??? 
クロダノミクス??? 
現世界は経済理論の実験場か???

何かおかしい。
経済が歪んで不安定だ。
そういった違和感は誰もが感じておられると思う。
それでは何が根幹の問題なのだろうか。
今更ながらとは思うが、まずこの20年の経済危機をなぞることから始めてみたい。

「世界経済の危機」という表現がされたのは、
1997年の「アジア通貨危機」がこの20年で最初だった。
ヘッジファンドを中心とした短期資金の流出で、
アジア新興国の通貨・株価が急落した。
このアジア通貨危機は、タイ・インドネシア・韓国がIMFの管理下に入り、
域内での資金融通の枠組みが整理されたことで収まった。

そして2008年のリーマン・ショック。
今更説明するまでもないが、米証券大手のリーマン・ブラザーズが破綻したこと
による世界的な混乱である。
FRBは量的緩和・ゼロ金利政策を導入し、金融機関に公的資金を資本注入する
枠組みが整備された。
以降は金融再編の動きが加速していくことになる。

2010年からは欧州債務危機が勃発する。
ギリシャの債務隠しをきっかけとしてユーロ相場が急落し、
南欧諸国を中心に財政危機が拡大した。
EUとIMFがギリシャ、アイルランドなどの財政支援し、
欧州中銀は量的緩和が拡大、マイナス金利が導入されるに至る。
だが欧州債務危機は収まったとは言えず、現在も継続している。

そして2016年初から始まった世界的な株式急落は、
新たな経済危機と表現するしかない状況になっている。
「市場との対話に不慣れな国家資本主義の中国が、
世界の近代金融に(複雑に)絡み合っている」
という点が、これまでと違う“新種の混乱”を巻き起こしている。

米国の約3分の2の経済規模という大きさと、
手荒い為替介入や朝令暮改の市場対応策が混乱を深めている。
金融市場の動きを力づくで抑え込もう、
あるいはできるとする中国が絡むことによって、
従来のような政策協調も困難を極めている。

そして、未曽有の原油安も世界経済に大きな影響を与えている。
資源安は資源輸入国の消費を刺激し、これまでは世界経済にプラスに働いてきた。
しかし資源収入に依存する新興国の存在が高まり、
その新興国の「資産売却=株式売却」の流れが明確になって世界は新たな局面に
入っている。

かって中国の雄・鄧小平は「可能なものから先に豊かになれ」とする、
経済成長を最優先する「先富論」を唱えた。
そしてこの先富論は「先に豊かになった者は途上の者を助けよ」と続いていく。
が、「途上の者を助けよ」という意味のはき違えが目立ち、
世界経済における中国のポジションが上がれば上がるほど
世界経済の混乱度が増大している。

リーマン・ショック直後に「米4兆㌦、中国4兆元」という
史上最大規模のカンフル剤が打たれた。
欧米の先進国が手詰まりの中、中国という異質な国が絡むことによって、
そのカンフル剤の後始末に立ちすくんでいる。

クラッシュ近しの感がしてならない。


2016年02月20日

目のつけどころがシャープでしょ?

学生時代の友人の話。
九州出身で柔道一直線。
中肉中背だが、九州男児はかくやの豪放磊落な性格。
そしてその性格とは真逆(!?)と思われるクラシックの熱狂的ファン。
中野にあるクラッシク専門喫茶に頻繁に出入りしていた。
(人のことをとやかく言えないが)要は変わったマニアックなヤツだった。

何故その話から始めたかと言えば、
情報が昔の話で断片的なので正確さに欠くが、
どうやらその友人の遠縁に、シャープの役員クラスの方がいたらしい。
なにかにつけてその遠縁の方の優秀さや、日本の弱電業界の企業としての強さを
披露してた(ような気がする)。
で、就職先が東芝。
結婚式にも呼ばれ出席したが前途洋々、輝いていた。
1970年代の日本の弱電業界の“黄金の日々”だった。

今月に入って、シャープが台湾の鴻海(以下ホンハイ)精密工業の買収提案を
受け入れる態勢に入ったとの報道が話題になっている。
最近の日本の弱電業界の惨憺たる状態を見るにつけ、
今は疎遠になったその友人のことを思い出す。

このホンハイは、スマートフォン(スマホ)や薄型テレビなどの電子機器を
受託生産する「EMS」と呼ばれる業態で世界最大手。
2014年の売上高は約15兆円。
最近は中国本土に建設した工場の人件費の拡大で収益が圧迫され、
下請けからの脱却を模索してきた。
シャープ買収は自社ブランドビジネスへの進出を意味することになる。

なぜ日本の有数の優良企業だったシャープが、外資に、
しかもアジア系振興企業に“身売り”されるところまで追いつめられたのか。
危機の直接の引き金は液晶投資の失敗だった。
加えて、経営危機発覚後の経営陣の「無作為」も大きかった。

同社が3760億円の最終赤字に転落した2012年3月期には、
ソニーも、パナソニックも巨額の赤字を計上している。
その後両社は経営改革を進め何とか業績を立ち直したが、
シャープはいつまでたっても危機モードを脱却できなかった。

業績が悪くなると希望退職や本社ビルの売却など、
“対症療法”的なリストラを打ち出すだけで、
生き残りに向けてどんな会社に変わるのか、
大きな方向感が示されることはなかった。
結局は抜本的な施策が練られることがなかったのである。

業績が悪くなれば悪しく言われるのは世の常。
シャープには「けったいな文化」があったとされる。
「社外の顧客と打ち合わせ中でも、上司に呼ばれると、顧客をほったらかして
飛んで行く」。
事実とすれば、それは“けったい”ではなく、異常である。

ここまでシャープの再建を指導してきた日本の産業革新機構の再生案は
「事業部ごとの切り売り・解体」を基本にしていた。
それに比べればホンハイの「一体再生」「ブランドも残す」という再生案は
余りに寛容である。
だが本当に実現するのか。

言い方に語弊あり、少々キツイかもしれないが、
「技術国・ニッポンを代表する有名企業がアジアの新興企業の軍門に下るのか?」。
至極残念である。
女優・吉永小百合のCMがいまだに鮮やかに思い浮かぶ。
「目のつけどころがシャープでしょ?」。


2016年02月13日

伝統的・古典的経済理論の限界

グーロバルな株安連鎖が続き、世界の株式時価総額が急減している。
直近での推計は約56兆㌦(約6400兆円)となり、
過去最大だった2015年5月末に比べて14兆㌦(1600兆円)減少した。
この9カ月で2割減少したことになる。

日経平均株価も急激な下落となり、今年の下落率は10日で17%に達した。
特筆すべきは2月10日の終値の15,713円は、
「アベノミクス相場」の平均買いコストを割り込んだ点であろう。
この「アベノミクス相場」の起点は、
野田佳彦首相(当時)が衆院解散した2014年11月24日。
そこから2016年2月10日まで3年3カ月の日経平均株価を平均すると
15,860円になる。

昨夏までの上昇は、円高や東日本大震災で割安に放置された日本株が
正常な評価をされた側面が強い。
日銀の異次元緩和による円安や、企業統治改革の導入も
海外勢の投資を呼び込んだ。
日銀の、乾坤一擲、マイナス金利政策発直後の大混乱だけに
皮肉と言えば皮肉である。

黒田日銀総裁の考え方は、
「マイナス金利を嫌って、銀行が融資を積極的に増やすようになる」
そして「ポートフォリオ・リバランス(運用資産の組み換え)が高まる」
しかしそうした効果は、
人々が景気や物価の先行きに期待感を抱いている時に限られている。

そしてまた、
日銀がマイナス金利を導入したにもかかわらず円高が急激に進行した。
先行き不安が高まる中での金利低下はかえって不安を煽り、
比較的安定している日本円に転換する動きが強まった。
日銀の金融緩和政策が限界に近いことを証明した格好となった。

リーマン・ショックから8年半。
先進各国は0.5%レベルの低金利政策を継続してきた。
「不況時には金融緩和」。
これが近代の資本主義経済社会の鉄則だった。
だがその金融緩和も、マイナス金利という異常事態にまで突入した結果、
次に打つ手がなくなり始めている。

リーマン・ショック後の世界経済の低迷時、際立ったのは中国だった。
4兆元という巨額な経済対策を実行して、見事な景気回復を遂げた。
誰もが感じた、
「民主的な手続きを重視していたらこれだけ大胆な手は打てない」と。

だがその4兆元の経済対策がバブルを生み、
そして国営企業の過剰設備や地方政府の過剰債務が後遺症と残るようになって、
国家資本主義への称賛は急速に色あせていった。
その主役はまたもや中国であり、今や中国が世界最大のリスクとなりつつある。

今年初めからの世界市場の動揺も、
中国当局の拙劣な対応に起因する部分が少なくない。
国家資本主義は剛腕を振るうのは得意でも、
市場との繊細な対話は苦手なのは明白である。

ここにきて、
黒田日銀総裁の掲げる金融緩和を最大のテーマとする施策(=クロダノミクス)
を疑問視する風潮が広まっている。
しかし黒田総裁を責めても致し方ないのかもしれない。
20世紀を通して世界経済を席捲した、
まず“不変的なもの”を設定して論理を展開する、
伝統的で古典的な経済学の限界なのだろう。
考えるまでもなく、“はやぶさ”のような壮大な宇宙探検が普通になった現代に、
不変的なものなど存在しない。

かくして絶対的な解決策が見つからないまま、世界は不安の連鎖の中にいる。


2016年02月06日

アクセルとブレーキを同時に踏んだらどうなるか

1月29日、
日銀は、同日開催された金融政策決定会合で、
マイナス金利政策の導入を、5対4の僅差で決定したと発表した。
2013年4月に導入した量的・質的金融緩和(異次元緩和)政策は
大きな効果が出ないまま、最後の切り札を切った格好となった。

マイナス金利政策を定義すれば
「中央銀行が政策金利をゼロ%よりも低い水準にする政策」である。
民間銀行が中央銀行に預け入れる預金の金利をマイナスにするのが一般的。
民間銀行は日銀に資金を預けると金利を支払うことになるため、
民間企業への融資や有価証券の購入に資金を振り向ける効果を見込む。

今回の政策の背景にあるのは
2014年6月、欧州中央銀行(ECB)が導入したマイナス金利政策である。
対ユーロでの自国通貨高を抑え込もうと、スイスやデンマーク、スウーェデン
も同調した。

かくして欧州では、マイナス金利政策をベースに、
ポルトガルやスペイン、イタリアではマイナス金利の住宅ローンが
登場して話題になった。
ただ一方で、資産を減らしたくない個人や企業間で現金志向が拡大し始めている。
端的に言えば、マイナス金利が続けば“タンス預金が増える”状態になっている。

脱デフレのためなら打てる手は何でも打つ。
劇薬の投与もいとわない。なぜマイナス金利が劇薬なのか。
「借りたい人と貸したい人がいて、借りたい人が代価を払って借りる」約束を、
「借りる人が代価を受け取る」とする、資本の論理から外れる方式だからである。
結局黒田東彦日銀総裁は、アクセル(金融緩和)とブレーキ(マイナス金利)を
同時に踏んだことになる。

当然ながらマイナス金利は「もろ刃の剣」である。
金利低下で銀行の収益力が悪化するため、銀行が積極的にリスクを採れず
中小企業向け融資が減る可能性を含んでいる。
それ以上に企業自体が借りたがっていないのが現実である。

特に地方では、海外進出を志向する企業は少なく、人口減で売り上げ伸びない。
結局マイナス金利の実施でコストを確保するために預金金利を下げるしかない。
ところが預金流出が怖くてそれもできない。
つまるところ「口座管理料手数料」という名目で預金者に請求するしかない。

貸出先がなく、日銀の口座に溜まった金額は、昨年末で230兆円。
そして無理矢理貸し付けた不動産向け融資残高は昨年9月末で83兆円。
平成バブル時を上回った。

今回のマイナス金利政策の目的はデフレ脱却だけでなく、
「株安・円高」を止めようとする狙いがあったに違いない。
マイナス金利政策が発表された時点で、円は対ドルで121円台、
日経平均株価も乱高下した挙句、2日間で823円上昇した。
しかしその効果も、ほんの“三日天下”だった。
年金資金を大量に流入した安倍内閣の最大の焦点・株価の頭は
予想以上に重かった。
結果論から言えば、今回のマイナス金利政策は全く効果がなかったことになる。

今年に入っての国際金融不安は、中国経済の失速、原油安、
米利上げによる新興国からの資金引き揚げに根差している。
特に中国からの資本流出は、人民元の下落と株式の動揺を通じて、
世界経済を揺さぶる。
そして最近、
「無敗の帝王・ジョージ・ソロス、中国売り=元売りで出動」の噂も飛び交う。
ソロスの戦法は、ポジションを構築した上で、おもむろにマスコミに露出する。
中国が混乱すればどうなるか?…想像するまでもないだろう。

すべからく、リーマン・ショック以来のクラッシュの再来を予感させる展開である。


2016年01月30日

「フィンテック」と呼ばれる金融改革の中で

本ブログで取り上げた経緯があるが、
NHKの朝ドラ「あさが来た」が絶好調である。
前作が余りに内容が薄かっただけに、本当に面白い。
いわゆるエキサイティングの展開である。
主題歌の「365日の紙飛行機」も、ヒットチャートの首位戦線で推移している。

江戸から明治という時代の大きな転換点で、没落して淘汰される両替商と、
時代の変化に機敏かつ柔軟に対応しながら、
業態を変えてたくましく生き残っていく両替商の姿が印象的である。
そして中央銀行としての日銀が誕生し、近代日本の金融システムが出来上がって
いく時代を的確に表現している。

その後の日本の金融業は、昭和の大恐慌等、数々の転換点があった。
近年ではバブル崩壊後の金融危機が発端となり、
96年に始まる「日本版金融ビッグバン」と呼ばれる金融制度改革が進行した。
結果的には銀行の統廃合が進み、「規制に支えられた金融システム」から
「市場原理に基づいた金融システム」への転換が図られた。

言ってみれば20世紀の金融の変革は政治主導だった。
だが現在進行中の金融改革は『フィンテック』と呼ばれる民間主導のものである。
フィンテックの語源はFinance(金融)とTechnology(技術)を
組み合わせた造語である。
インターネット、スマホ、クラウド、ビッグデータ分析、人工知能の発達が、
金融そのものを大きな変化に巻き込んでいる。
年初からの大波乱は、
そうした時代の変革を認識していないことが大きな要因に思える。

1月12日午前、
元売りに業を煮やした中国当局が大規模な元買いを実施した。
金融市場から元が消え、元の香港銀行間取引金利(翌日物)は
過去最高の66.8%に高騰した。
こうしたアナログの政治主導の力づくの論理がまかり通っているのも
現在の姿である。

結局、市場との対話に不慣れな国家資本主義の中国が、
世界の近代金融に絡み合っているという点が大きな問題には違いない。
米国の約3分の2の経済規模という大きさと、手荒い為替介入や朝令暮改の
市場対応策が混乱を深めている。
中国が絡むことによって、従来のような政策協調も困難を極めている。

そしてまた、未曽有の原油安も世界経済に大きな影響を与えている。
資源安は資源輸入国の消費を刺激し、これまでは世界経済にプラスに
働いてきた。
しかし資源収入に依存する新興国の存在が高まり、
世界は新たな局面に入っている。

「世界の債務は07年からの7年間で57兆㌦(約6700兆円)増加した」と
言われている。
米国発の「大量の緩和マネー は世界中の金利を引き下げ、
各国の政府や企業の債務が膨張するのを助長した。
中国が過剰債務を抱える要因にもなった。

本ブログで何度も申し上げてきたように、
「大きくしてはならない国(中国)を大きくしてしまった」感は否めない。
負の連鎖が行き着く先は見えていない。
時代の大きな流れに逆らう中国という存在がある限り、
世界経済の混乱は続いていくようである。

2016年01月23日

グーグルの野望 -急速に進む自動運転車の実用化-

1月14日、
米運輸省は自動運転車の実用化計画に今後10年で40億㌦(約4700億円)を
投じると発表した。
同支援策は、
オバマ大統領が2月に提案する2017年会計年度(16年10月~17年9月)の
予算教書に盛り込まれる予定である。

一連の支援策は、デトロイトでの北米自動車ショーでフォックス米運輸長官が
明らかにしたもので、同長官は
「自動運転は人命を救い、温暖化ガスの排出を減らし、交通を一変させる大きな
可能性がある」とし、
自動運転車の実用化が運転ミスによる事故の回避や二酸化炭素排出量の削減に
必至であり、自動運転車が公道を走るための指針策定を進めることを明らかにした。

同省は米自動車業界等と協力し、
車や道路に設置された機器同士が通信して運転を支援するシステムの実験計画を
推進する他、現在カリフォルニア州などが独自に策定している公道試験の指針に
ついてもひな型を策定する。
また自動車メーカー各社が開発している実用段階に近い技術が既存の安全規制を
満たすかどうかを確認し、自動運転技術の迅速な実用化を促進する方針も
明らかにしている。

こうした一連の流れの中心にいるのがアルファベット社(グーグルの親会社)。
同社の凄さは、行政をも巻き込んで実用化に向けたスピーディな展開を
繰り広げている点である。
もはや「IT企業の雄」ではなく、「次代の産業革新の雄」になり始めている。

安倍首相が「2020年の東京五輪までに実用化を目指す」と発言する中で、
日本においても(密かに)計画が策定されている。
昨年6月に閣議決定された「『日本再興「戦略』改定2015」がそれである。
同戦略の中で、
「完全自動走行(レベル4)を見据えた環境整備の推進」を
「日本産業再興プラン」のひとつとして掲げる。

こうした流れの中で、来月(2月)から神奈川県藤沢市で、
自動運転車に一般市民を乗せて走るという実証実験が始まる。
その実験では、公道における有人の自動運転(レベル3)を実施、
運転手や実験担当者も同乗して、安全確保やや緊急時の対応行う予定である。

この実験では、
買い物時に自宅とスーパーなどの往復や荷物の運搬が困難な高齢者も含まれる
予定となっている。
実験期間は2週間をメドとし、その後は利用者からの意見をも求めつつ、
断続的に実施されるとしている。

海外では
毎年年初に米ラスベガスで開催される世界最大の家電ショーで、
基調講演にダイムラーやフォルクスワーゲンといった自動車メーカーが
登壇するようになっている。
自動運転を始めとした近未来の技術をアピールするためである。

最近、何かにつけ「イノベーション(Innovation)」という単語が使われる。
その「イノベーション=(産業)革新」はある意味で「破壊的(Disruputive)」で
ある点は認識しなければならない。
既存の常識を完膚まで破壊し、通用させなくなるからである。
依然として、自動運転車??大丈夫か??と言われている。
だが自動運転車が世界を席巻する日が近いと思う。

原油安→株安に揺れ、中国発の第2のリーマン・ショックを恐れる現在の世界。
そんな時だからこそ、ググールの野望は一気に達成されそうな気配である。


2016年01月16日

原油は次世代でも主役足り得るか

まず現在の原油先物市場の実態について簡単に説明したい。
指標銘柄はWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)。
米シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)グループ傘下の
ニューヨーク・マーカンタイル取引所で取引されている。

NY市場の参加者は石油会社が2割弱、金融機関が2割強、ファンドが5割、
個人投資家は1割未満とみられている。
市場規模は0.1兆㌦に満たない額。
NY証券取引所の時価総額の約18兆㌦、東京証券取引所の4.6兆㌦等に
比較すれば問題にならない額であり、半数を占めるファンドの売買動向次第で
値動きが荒くなる傾向がある。

NY原油先物市場で1バーレル=30㌦割れが世界の金融市場を揺さぶっている。
原油先物が12年振りの安値に陥った原因は至ってシンプルで明確である。
需要の低迷と、産油国が制御不能に陥った供給過剰である。

2000年代の原油高は、中国やインドなどの新興国の旺盛な需要がけん引した。
中国が「新常態」と呼ぶ経済成長の減速の結果、
鉄鉱石や石炭などと同様の構図である。

ただ原油が1年半に4分の1の価格になった大きな要因は
米国のシェール革命だった。
米国発のシェール革命は、原油の需給バランスだけでなく、
地政学上のリスクも増大させた。
結果的に大産油国となった米国に対して、サウジアラビアやイランなどの
OPEC(石油輸出国機構)の足並みは乱れ始めている。

特にサウジアラビアは世界最大級の原油埋蔵量を持ち、
生産余力はダントツである。
だが1バーレル=30㌦を割り込めば国家運営にも深刻な影響を与える。
国際通貨基金(IMF)によると、サウジアラビアがこのままのペースで
金融資産を取り崩すと、5年で底をつくとしている。
福祉や教育を丸抱えしてきた往時の石油大国の面影はない。

「原油の暴落=金融資産の取り崩し=世界的な株安」の連鎖は、
オイルマネーで潤っていた世界の金融市場を一気に混乱に陥れている。
ここまでくれば「先物が現物をリードするのが正しいのか」という
単純な疑問は残るが、現在の金融システムがそうなっている以上、致し方ない。

年明けからデトロイトで北米国際自動車ショーが開催されている。
原油安で大型車の人気が高まっている、と(表面的には)言われている。
その一方で、米政府が燃費規制を強めており、2025年には米国内で売買する
車の平均燃費を53%向上させることを要求している。
要は「ガソリンをジャブジャブ使うな」という意味である。

結局、今回の自動車ショーの主役は新型電気自動車(EV)であることは
暗黙の了解である。
本欄では2020年を転換の大きな目標であるとしてきた。
同年に向け、
排気ガスをまき散らすガソリン車の時代が終わりに近づいているのだろう。

「石器時代は石がなくなったから終わったのではない」。
1970年代のOPECの時代を築いたサウジアラビアのヤマニ石油相の
残した警句である。
30㌦を割り込んだ原油はどこまで下落するか。
あくまで理論上ながら、大きな節目は10㌦台となるが….

石炭から石油へと主役が代わり、そして(多分)電気が主役の時代へ。
知らないうちに時代は変わりつつある。


2016年01月09日

大嵐の兆候・丙申年2016年

昨年12月、講演会に講師として招かれた。
大きなテーマを「円高」「株安」「中国」「金(GOLD)」とした。
円の売られ過ぎ、株の上がり過ぎ、不協和音満載の中国、下げ難い金
といった内容だった。
そうした講演内容が、新年早々揃って現実化した。

2016年最初の取引となった4日の金融・資本市場は大揺れとなった。
日経平均は600円近くの暴落、円の118円台等など…
要因は、実に簡単明瞭だった。
まず地政学リスク。
3日にサウジアラビアがイランとの外交関係の断絶を発表した。
「イスラム国」に揺れる中東は、サウジとイランの対立により
混迷を深めることになった。

そして中国。
4日に発表となった2015年12月の製造業購買担当者景気指数(PMI)が
好不況の目安となる50を下回る48.2となった。
また2011年5月以来の安値水準となった元安も投資家心理を急激に弱気に
傾けることになった。

そしてまた6日、
突然のタイミングで「北朝鮮が水爆実験成功」のニュースが飛び込んだ。
成功かどうかは定かではないにしても、北朝鮮の今回の暴走は
従来の「米国を対話に引きずり出す瀬戸際戦術」を超えたものだった。
怖いのは、
北朝鮮に核武装を許せば、核物質が中東にも流出しかねないという点である。

いずれにしても中東問題は奥が深くなり始めている。
サウジは世界屈指の産油国であるだけでなく、
メッカとメディナというイスラム教の二大聖地を領内に抱える。
その安定は中東域内だけでなく、世界の政治や経済の安定にとっても
極めて重要だった。

だからこそ米国の歴代政権はサウジと特別な同盟関係を続けてきた。
そこにはサウジが穏健なイスラム主義を維持し
、世界への石油の安定供給に責任を持つ代わりに、
米国が後ろ盾となる「暗黙の契約」があった。
ところがサウジなどの中東各国から見れば、
オバマ米政権がその約束を裏切ったと感じる出来事が相次いだ。

第1は2011年に中東各地に広がった民主化運動「アラブの春」で、
米国がサウジと親密だったエジプトのムバラク政権を見限ったこと。
第2には15年7月イランと米欧などが6カ国が達した核合意だった。
イランの核開発を一定期間制限する代わりに米国などの欧米各国が
イランに科している制裁を解除したしたことだった。
第3は米国発のシェール革命だった。
水圧破砕法(フラッキング)による石油増産で原油の需給は緩み、
価格が下がり、サウジは大幅な収入減に見舞われた。
かくしてオバマ政権の方針が場当たり的で一貫性がないと
中東各国が受け止め始めたのである。

こうした一連の動きの中心にいるのはやはり米国。
そして「米国の体力と気力の衰え」は否めない。
オバマ政権は「米国は世界の警察ではない」とも公言し始めている。
シリア介入をためらい、中国の人口島を巡っても及び腰。
結果的に米中の対立が深まれば、間隙をついて新興国経済も揺らぎ始める…

丙申年の2016年。大荒れ模様である。

2016年01月03日

謹賀新年

本ブログにアクセスを戴いている皆様、明けましておめでとうございます。
申年のお正月、如何お過ごしでございましょうか。

こちらは久し振りに東京での正月を過ごしております。
元旦が金曜日、2日が土曜日、3日が日曜日で、4日が仕事始め。
このような変則な日程で、例年の実家での正月はあきらめた次第。

北陸新幹線が開通し、以前に比べれば格段に便利になったとはいえ、
せっつかれるような日程では、単に疲れに行くようなもの。
こうなったら久し振りに東京で過ごしてみるか、ってなったわけです

今日は3日(日)になりますが、快晴の日々が続いております。
寒いのは寒いに違いありませんが、耐えられない寒さではない。
例年の隅田川のトレーニングでは、半袖1枚でも大丈夫といった具合です。
ランニングは当然ですが、
音楽番組を聞きながらバットの素振りを続けていますと、
しまいには汗ばんでくる。

こうした温暖な(!?)状況の中で、初詣は自転車で参りました。
最近、銀座(主としてビッグカメラ)、
築地界隈(行き付けの安価で美味い寿司屋)等、
近場の移動はもっぱら自転車を利用しております。
駐輪場の関係から、ここ2年、
もっぱら折り畳みのチャリを利用しておりますが、
最近の折り畳みのチャリは重量が10㌔程度で、組み立ても約30秒。
地下鉄の乗換やらエスカレーターの乗り降り、時間待ち等を考えますと、
チャリの移動は本当に便利です。

こうして考えてみると、とりあえず2020年の東京五輪までの最大のテーマは
「自動自動車」になるような気がします。
最近特に、高齢者のブレーキとアクセルの踏み違いの自動車事故が
問題になっておりますが、
「自動自動車」が世界的に普及すれば、世の中が一変します。
安全運転どころか、酔っ払い運転も可能になります。

米グーグルのGPS機能の精度の進捗や、
インド・タダ自動車の安価な一人乗り自動車の性能アップを考えますと、
高齢者中心の過疎地帯の“食料買い出し難”問題解決を含めて、
“革命”が起こるのも時間の問題のように思えます。
あり得ないと思われるかもしれませんが、あり得ないことが突然起きるから
革命なのであります。
年初早々小難しい話をしましたが、ここまでにしておきます。

ところで今年は雑煮にトライしました。
実家の雑煮にはほど遠いものの、
自己流の雑煮がそれなりに美味しく出来上がり、
餅が“ススム君”になって困っております。
この歳になると、過剰なカロリー摂取は強敵。
元旦にドンブリでデカイ餅を6個も食べたら、ウエストがスッときつくなりました。
従って運動せざるを得ないことになりますが、
今年もこうした“いたちごっこ”が続そうな気配ではあります。

本年も健康に留意して鋭意頑張って参ります。
変わらぬアクセスのほど、よろしくお願い申し上げます。

2015年12月26日

自由闊達ニシテ愉快ナル理想工場

2015年も大詰め。
今年も様々なことが起きたが、
印象的だったのは日本の電機大手の弱体化が明白になったことだった。
シャープ、東芝など、20世紀には栄華を誇った日本の電機大手が
世界から大きく遅れをとっていることが明らかになった。

最後っ屁は東芝だった。
12月21日東芝は、2016年3月末までに国内外でグループ全体の5%に
あたる1万600人を削減すると発表した。
そして16年3月期の連結最終損益は構造改革費用などで
5500億円と過去最大の損失になることも発表した。

なぜ東芝の構造改革は遅れたのか。
チャンスは2回あった。
1度目は00年以降のITバブル崩壊後、2万人の削減、DRAMからの
撤退などを進めたが、円安など追い風が吹いて不採算事業が温存された。
そして同時期、米原子力大手の巨額買収に踏み切っている。

2度目はリーマン・ショック時の09年3月期決算。
同業の日立は製造業で過去最大の7873億円の最終赤字を計上した。
財務基盤の強さを背景に「一気に膿を出した」のである。
一方東芝は「日立ほど膿を出せなかった」。
財務が日立ほど強くなかったからである。
不適切会計へとつながる低収益事業構造が温存されたのだった。

日本の電機大手は2000年代に軒並み苦境に陥った。
価格競争で収益が不安定になりやすいデジタル家電や半導体事業に傾注し、
韓国や台湾、中国などの新興国メーカーの追い上げを受けたためである。
そして08年のリーマン・ショックが追い打ちをかけ、
ソニー、パナソニック、シャープなどが相次ぎ巨額の赤字に陥った。

09年3月期に製造業最悪の赤字を計上した日立は、
不採算のハードディスク駆動装置事業の売却や
液晶パネル事業の分離を進める一方で、
社会インフラや情報システムに経営資源を集中し、収益が劇的に改善した。

またパナソニックはプラズマパネルの生産から撤退し、
自動車などの企業向け事業に軸足を移した。
ソニーはパソコン事業の売却やテレビ事業の分社化に取り組んだ。
各社はハードの単品売りからサービス提供へとビジネスモデルを
切り替えたのである。

タイトルはソニー創業者である井深大が設立趣意書に描いた一節である。
企業規模が大きくなるにつれ、組織は硬直的になりやすくなる。
それでもソニーは、トランジスタに続くヒット商品を生み出していった。
「トリニトロン」方式のカラーテレビ、
音楽を屋外に持ち出した「ウォークマン」、
CDを使った「ハンディカム」と系譜は続いていった。

そんなソニーも「井深大(97年)+盛田昭夫(99年)」の
二大巨頭が次々に逝った後は、ヒット商品の枯渇が顕著になっていく。
残ったのは「(往時を懐かしむだけの)ソニー神話」だった。
日本の電機大手は大概がこんなパターンだったと思われる。

2015年は確かに大きな転換期ではあった。
「技術のニッポン」の旗頭である電機大手の「リセット」から再生なるか否か。
いずれにしても時間がかかりそうである。


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