2018年01月13日

いつまで続く、FANG・MANTを中心にした快進撃

ここ2年ほどの国際都市・東京の日常風景。
通勤車両に乗り込んだ途端一斉に下を向く。
路上でも下を向いて歩く。
チャリに乗ってる時さえも前を見ていない場合がある。
その全てがスマホを手にした仕草である。

「皆と同じものを買い、食べ、そして生活したい」。
つまりは究極の“スマホ(頼りの)”社会となった。
皆と同じ情報を共有していないことがそんなに怖いのか?
一体何をチェックしてんだ??
とりあえず上を向いて歩こうや!!って言いたくなる….
そんな“歪な”世界がいつまで続くのか。

こうしたスマホ社会が完成する中で、米株式の快進撃が続いている。
新年早々の米株式市場ではNYダウが25,000㌦を突破した。
この快進撃の中心にいるのが
「FANG・MANT」の造語で表象される米大手IT企業8社である。

「FANG」は、フェイスブック(F)、アマゾン・ドット・コム(A)、
ネットフリックス(N)、グーグルの持ち株会社アルファベット(G)。
「MANT」は、マイクロソフト(M)、アップル(A)、エヌピディア(N)、
そしてテスラ(T)。

この「FANG・MANT」を始めとする米IT大手は、
情報技術や膨大なデータを駆使して新たな製品やサービスを生み出し、
人々の生活や産業構造を大きく変えた。
8社合計の時価総額は約3兆6千億㌦(約400兆円)。1年前の1.5倍。
メディアでは「浮かれる市場」の大文字が躍る。
「次は3万ドルだっ!!」。

日足や週足は勿論、月足までもが機能しない、ひたすら上げるだけの相場。
圧倒的でかつ歴史的な快進撃である。
上値目標をどこに置けばいいのか。
ただこうした一見「死角のない、棒上げ症状」の上昇の裏では、
徐々に大きなリスクが出始める。

実体経済の規模と比較した株価の割高感が目立ち始めた。
世界の株価の時価総額は過去最高の86兆5300億㌦(9800兆円)。
世界の名目国内総生産(GDP)の78兆㌦(17年推計値)の約110%の水準。
昨年7月に世界株の時価総額がGDPの規模を超え、
その差が広がり始めている。

市場全体の時価総額をGDPで割った指標。
今や伝説となりつつある著名な米投資家ウォーレン・バフェットが
重要視する投資尺度として知られる。
そして100%を超えると株価は割高とする。
08年のリーマンショックや、15年の中国・人民元ショックの直前に
同指標は100%を超え、ほどなく株価は急落した。

そんな相場理論なんてもう古い、信用しない、ほっとけ、との声もある。
だが如何にコンピュータが進化しようと、
「相場という大自然を屈服させること」はできない。
調整のない相場などあり得ない。急騰すれば必ず急落する。
溜まりきった雨水が、最後には滝の激流となって流れ落ちるごとく、である。

今年の年初から「ポストスマホ」が高らかに言われ始めた。
「人間は前を向いて歩こう」から始まる「AIイヤホン=万能執事」である。
スマホが登場して11年。
全ての人間がスマホ頼りの生活になって、飽き始めている。
「情報を享受しながら何かをしたい」
「他の人と違うことをしたい」との願望が出始めた。

どうやら時代の変わり目のようだ。
過去に幾度となく経験してきたように、
ある日突然、世界的な株高の大修正が起きる、
それも近いうちに。

2018年01月08日

明治150年

平成30年初の連休の富岡八幡宮。
例年なら、参拝客の行列が境内から溢れる。
今年は閑散。ザッと例年の5分の1の人出だろう。
人員整理の女性スタッフの地声が高らかに、そして空しく境内に響く。

かたやおとなりの深川不動堂。
例年よりはやや少ないものの、参拝客は永代通りから溢れる。
香具師(やし)の数も、富岡八幡宮は10店余り。
深川不動堂は目分量でその5倍。
ま、致し方ない、あのような殺傷事件が起きたのだから。

今年の年始のマスコミのテーマがいつのまにか「明治150年」になっている。
そうか、日本が近代国家になってから150年しか経ってないのだ…
今年のNHKの大河「西郷どん」も、そのイメージを追っかける。
なるほど、もう一度今までの150年の歴史を振り返れっ!てことか…
日本の国営放送NHKも深謀遠慮、味なことをやる…

原作が小池真理子、シナリオが中園ミホ。
主役の鈴木亮平は適役かと思う。子役もまた良好。
7日の初回放送もまずまずの滑り出し。
やっと、いつもの大河仕様となってきた。
とりあえず漲るエネルギーが感じられる。元気だ。何かホッとする。
1年という長丁場、今年の日曜ゴールデンタイムは何とか大丈夫そう。

ここ5年、故司馬遼太郎の著作にはまっている。
特に「坂の上の雲」は何度読んでも飽きない。
読むたびに新たな感動が生まれる。
全編に流れるテーマは、
「日本が日清・日露戦争に勝利してからおかしくなった」
つまりは“まぐれ”で勝って以降、
「『日本は神国である』という間違った概念が生まれた」とする。

昨年末NHKは、
第二次大戦史上最悪の作戦と言われ、悲惨な結果をもたらした、
「(実録)インパール作戦」を、くどいほど流し続けた。
間違いなく、当時の日本は異常だった。
根幹に「神国・日本ありき」の考え方があった。
NHK側の意図するのは多分、司馬遼太郎と同じだろう。

考えてみれば、150年という時間の中で、日本は二度の世界大戦を経験し、
二度目の世界大戦で原点回帰どころか、マイナスの世界に入った。
それを20年程度で盛り返し、
ごくごく当たり前のように世界の大国G7に入り込んでいる。

極東のちっぽけな島国が、世界の大国と言われる所以はない。
冷静に考えれば、アジアの大国は4千年の歴史を持つ中国だろう。
15億の人民を持つ世界の大国・中国があせり、日本を敵対視するのも、
まずはもっともな話である。
「一帯一路(ONE BELT ONE ROAD)」構想を打ち出してきているが
実現するか否かは別にして、
大国中国が、ようやく目覚めたといったところだろう。

平成時代の終わりが宣言されるのと時を同じにして、
世界的な株価の異常な上昇が目立っている。
トランプ政権の株価上昇を図る政策をバックにNYダウの上昇も異常だが、
ダブついた海外投資資金の流入と、日本政府の56兆円と言われる下支えで
上昇する日本の株価もまた異常と言わざるを得ない。

いずれにしても波乱含みの展開である。
一連のマスコミの論調に揺さぶられているわけではないが、
「明治維新150年」をテーマに、
もう一度「原点を探る作業」をしなければならないだろう。

2018年01月01日

謹賀新年

本ブログにアクセス戴いている皆様、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。

例年になく寒いお正月ですが、如何お過ごしですか。

ところで初詣に行かれましたか?
現在の住まいの初詣と言えば、至近距離にある(チャリで5分)門前仲町近辺の
富岡八幡宮か深川不動尊となります。
もうご存じかと思いますが、富岡八幡宮に関しては12月の宮司を巡る殺傷事件あり、
TVのワイドショーで見かけるレポーターも頻繁に出没する昨今、
年末年始の参拝客の減少は避けられないとの見方をされております。
“いつもの(通称)門仲”でないのは事実。
さてどうなりますでしょうか。

元々門前仲町は、永代寺の門前町として発展したと言われ、
永代橋から続く江戸・下町情緒が濃い町となっています。
また木場にも近く、戦前には深川芸者も闊歩していた場所柄で、
妙に妖しい飲み屋街は健在で、素人が立ち寄り難いエリアはあるにはあります。
“君子危うきに近寄らず”で、未だに“冒険”は致しておりませんが….

東京の平成30年元旦は、キンキンに冷えてはいますが、晴れ渡っております。
こんな晴れた日、
隅田川沿いの光景に634米の東京スカイツリーはとても似合います。
建設途中の日々、徐々に天空に伸びゆく様子もしっかり覚えております。
そんな身近なスカイツリーでありますが、
つい最近(12月中)の休日、知人に誘われ、行って参りました。
チャリで30分少々なので、直下までは何度も行っておりますが、
実際に入館したのは初めてでありました。

まず驚いたのは入館料です。
350米の展望デッキまで入場料2,060円也。
450米の天望回廊まではプラス1,030円也。
少し高くないですか??(ま、ドサクサ紛れに近い値段設定かと)。

そして入り口で、若い女性スタッフに「すぐに入れますよ」と言われ、
“フ~ン、(予想外に)空いてんだ”と思ったのが大きな間違い。
とぐろをまくようなラインアップになっており、混雑を巧妙に避けるように
してあるのがミソ。
結果、1時間ほど待たされ、満員列車のごときのぎゅう詰めのエレベータに
押し込まれ、350米の展望デッキへ。
ひと、ひと、またひとで、外を眺めようにもなかなか窓際に辿りつかない。

浅草から徒歩20分、立ちんぼで1時間を経ており、
それでもう完璧に疲れてしまって…
345米階、340米階にはレストランなどはありますが、待ちの行列を見たら
もうゲンナリ。
知人に「もう出ましょうよ」って催促する始末。
休日に行ったのが悪いんでしょうね、きっと。

確かにガラス床から見た下界には迫力がありましたが、ただそれだけ。
もう二度と行かないと思います。
美女に対応するのと同じで、外から眺めるだけで十分であります。

少々脱線(愚痴!?)致しましたが、
今年も淡々と更新していきたいと考えております。
よろしくアクセスのほど、お願い申し上げます。


2017年12月29日

寒中お見舞い申し上げます

今や決まり文句になってしまったが、週刊レポート50回。これが1年。
そして隣の有名肉屋に「(焼き豚買いの行列)ここが最後尾」との
プラカードを持ったバイトさんが立つ頃、それが年末。
ほんと1年が早い。残酷なまでのスピードである。

これもまた事あるごとに申し上げてきたが、
BGM(間接照明?)としてTV画面をつけっぱなしにしている。
ただ余りにぎゃあぎゃあ騒がれると頭に響くので、TV音声を消して
ラジオの音声を流すようになった。
関東地方では、ラジオ一般局がFM形式で聞けるようになったから、
音質が格段によくなった。そのせいもある。

年末なので、岡目八目、「今年のTV番組は?」についで少々述べてみたい。
正直言えば、スポーツ番組以外はほとんど見ていない。
特に今年はNHK大河が大ハズレ(!?)で、
日曜のゴールデンタイムには、スポーツ中継が少ないこともあって、
ラジオを無作為に流しておくことも多かった。

そんな自分が欠かさず視聴したのは以下の3番組だった。
(1)陸王(TBS)
原作は三菱銀行出身の作家・池井戸潤。
従って、貸すの、貸さないなどと、同氏の物語には必ず銀行が登場する。
そして現在の銀行の見識&判断が生々しくかつ専門的に披露される。

舞台が行田。劇中の「埼玉中央銀行」は、まず埼玉銀行だろう。
ドラマの「こはぜ屋」は実在の「きねや足袋」と言われている。
そして製品の「陸王」もまた実在の「MUTEKI」と言われている。

主人公の宮沢紘一(役所広司)、その息子宮沢大地(山﨑賢人)、
技術者の飯山晴之(寺尾聡)、準主役のランナー茂木裕人(竹内涼真)、
敵役の小原賢治(ピエール瀧)、その部下佐山淳司(小藪千豊)、
こはぜ屋・従業員正岡あけみ(阿川佐和子)、西井冨久子(正司照枝)。
上げたらキリがないが、まるでNHK大河仕様の豪華絢爛たるキャスティング。

老舗の中小企業の悲哀を表面に出しながら、
「丁寧な技術の国ニッポン」はどこへ行った?の大きなテーマが全編に流れる。
今年はデータ偽造事件が相次ぎ、総仕上げに技術ニッポンの牙城・新幹線にも
欠陥が見つかり、日本全体がアタフタしている。
そういった外観の変化も、陸王が大ヒットした理由だろう。

ベテラン役所広司や、「ルビーの指輪」で一世を風靡した寺尾聡の熱演や、
新人・竹内涼真もはつらつ・さわやかで、見応えがあった。
12月3日の福岡国際マラソンで、
体型が竹内涼真にソックリの大迫傑(すぐる)が2時間7分台の
歴代5位の記録で日本勢最高の3位になったことも、番組を後押ししたと思う。

(2)球辞苑(NHKBS1)
本ブログでも申し上げたが、野球好きには必見のマニアックな番組。
編集長は徳井義実(チュートリアル)、記者は塙宣之(ナイツ)、
ナレーターが土屋信之(ナイツ)のお笑い芸人トリオ。
その他、多士済々のアナリストや球界の重鎮ゲストが番組を盛り上げる。

謳い文句の「野球が百倍面白くなる」。確かにそう思う。
番組の内容が濃く、飽きさせない。
ナレーションの土屋が予想以上にグー。さりげない訥々とした言い方が秀逸。
お笑いコンビ・ナイツも、同番組出演で、定位置を確保した感。
派手さはないが名物番組になるような気がする。

(3)ブラタモリ(NHK地上波)
長寿番組「笑っていいとも」に代わる森田一義アワー。
ある種の旅番組だが、掘り下げ方がハンパでない。
理論的な説明も的確で、新発見も多く、キッチリ納得させてくれる。

オープニング曲が「女神」、エンディング曲が「MAP」でいずれも井上陽水。
ナレーションが元スマップの草薙剛。
MC(アシスタント)がタモリの孫娘仕様のチャーミング・近江友里恵アナ。
今後も日本全国、くまなくやってくれればいいな、と思う。
同じNHKの関西の落語家がMCの旅番組が余りにあざといので尚更そう思う。

国民的番組と言われた紅白歌合戦も、若者に余りに迎合的で、飽きる。
かくしてポスト平成では、TV離れが益々進んでいく気配。

最後になりましたが、
ことのほか寒い年末です。健康に留意され、よい年をお迎えください。


2017年12月22日

ポスト平成を考える

日経新聞最終面の名物コラム「私の履歴書」の12月は江夏豊。
最初は(一時は)薬物中毒で廃人同然となった江夏の登場は、
全くの場違いじゃないか、と最初はいぶかった。
だがコテコテの浪花の快男児(怪男児?)江夏の物語は、
日毎に面白くなっている。

特に入団2年目から6年間の大活躍は、
コンピュータ管理型の現代野球と異なり、まずは破滅型・酷使の残酷物語。
1年目の1967年(昭和42年)は12勝13敗、2完封、
投球回数230回3分の1、奪三振は225個。防御率2.74。
2年目の1968年は49試合に登板、37試合に先発、8完封を含む26完投、
25勝12敗。投球回数329回。401奪三振(世界記録)。防御率2.13。
日本の試合数が134試合の時代の記録である。
ちなみに当時のメジャー記録が162試合で382個。

3年目の1969年は15勝10敗。7完封。投球回数258回3分の1。
奪三振262個。防御率リーグ1位の1.81。
4年目の1970年は8完封を含む21勝17敗。投球回数337回3分の2。
奪三振340個。防御率2.13。
5年目の1971年は15勝14敗。6完封。投球回数263回3分の2。
奪三振267。防御率2.39。

以降は省略するが、江夏の生涯成績は829試合登板、投球回数3196回。
206勝158敗193セーブ。奪三振2987個。防御率2.49。

5年目の1971年に関しては以下の球歴は外せない。
7月17日、西宮球場でのオールスター第1戦の9連続三振。
前年の球宴からの奪三振を合わせると14連続三振。
この年の第3戦でも1個を奪い連続奪三振記録は15まで伸びた。
もはや永遠不滅の大記録である。

ここ3年、NHKBSの「球辞苑」という番組が大好評である。
何が面白いかと言えば、野球に関するデータを微に入り細に入り
なめまわすように分析し尽くすからである。
例えばバットと言えばその長さ、太さ、グリップまで、
そこまでやるかと、調べ尽くす。

現代野球において、投球回数年間200回超、ローテションの「5日間隔」を
完遂できれば超一流と言われている。
球辞苑は一貫して「投手の肩には寿命がある」との論理を通すが、
その点江夏は、論理もへったくれもない滅茶苦茶の“やってまえ”主義。
結果的に球辞苑は、「江夏は潰れるべくして潰れた」と結論付ける。

現実に江夏は、3年目から肩が壊れ、肘をやられ、最後には心臓をやられた。
「太く短く」の代表的な例だが、野球生活後年の江夏は「力から技へ」転換、
「先発完投型から抑え専門」投手へと変貌していく。
最たるものが、ご存じ広島カープ時代の「(伝説の)江夏の21球」である。

全く場違いの話から始めてしまったが、
ポスト平成は「人間の脳と機械が直結する時代になる」と言われている。
脳とコンピュータをつなぐブレーン・マシーン・インターフェース(BMI)技術の
進化で、頭に浮かんだ言葉や意思を機械が読み取って伝えたり、
自分の身代わりのロボットを念じて動かすことができるようになる、としている。

だが一方でBMIの技術は個々の人間の思考を「オープン化」する作用もある。
機械と人体の融合が、コンピュータやロボットに過度に依存する社会につながる
可能性を秘める。

きちっと締めるべき師走に「江夏豊という“不世出の化け物”」を取り上げたのは、
次代をしっかりと見据え、居直った日経新聞の、
現状の風潮に対する強烈なアンチテーゼなのかもしれない。

親方日の丸で、ややもすれば御用新聞の雰囲気が日常的な日経新聞も、
やる時はやるもんである。

2017年12月16日

ビットコイン狂騒曲

最近、株式の上昇と共に、ビットコインの急騰が騒がれている。
まずビットコインとは何か。
定義は「世界に1300以上あるとする仮想通貨のひとつ」となる。
では仮想通貨とは何か。
「インターネット上で流通する通貨」である。
そして1300種類以上ある仮想通貨の中で存在感が大きいのが
ビットコインである。
12月初旬の時価総額は約2800億㌦(32兆円)と最大で、
全体の6割強を占めるとされている。

いいか悪いかは別にして、特徴としては以下の4点とされる。
「全てデジタル情報で処理される」
「改ざんやハッキングが難しく、安定性がある」
「世界中で取引されている」
「発行元がない分散型通貨である」

では仮想通貨を入手するにはどうしたらいいか。
「仮想通貨取引所に口座を開設して日本円と交換する」ことが前提条件。
スマホ等で身分証明書を送付して本人確認ができれば、
最短1日で開設できる。
取引単位は1ビットコイン(BTC単位=12月8日現在では約160万円)。
但し小数点以下の取引も可能。

国際的な業界団体である先物業協会(FIA)は12月6日、
「裏付けとなる商品の透明性と規則が欠如している」と批判する書簡を
米商品先物取引委員会(CFTC)に送付した。
こうした不安感がある中で、このビットコイン、
12月10日、シカゴ・オプション取引所(CBOE)に先物商品として上場された。
金融商品として認知されたことにはなる。

先物商品として上場されたことにより、
これまでは「ビットコイン現物の売買だった」が、「空売りが可能になった」。
但し乱高下が予想されることから、
当初証拠金の比率は従来の33%から44%までに引き上げられている。

以上が現状のビットコインの現状だが、最大のポイントは
「中央銀行が介在していない点」、
そして
「現物とは言っても、所詮はコンピュター上のあくまで仮想である」
点だろう。冷静に考えてみればいかにも危うい。

背景にあるのは金融緩和後のカネ余り。
世界中のカネ余りが株価の上昇をもたらし、
乗り遅れた投資家が新たなリスク資産への不用意な傾斜が起きている。
ビットコインはそうした流れの氷山の一角とも言える。

ただここまで規模が大きくなって
「ビットコインは一連の(危険で無謀な)リスク資産の先頭にいる」
との様相を呈し始めた。
ビットコインの乱高下が、
07年のリーマン・ショックの住宅に絡んだ金融商品と同様に、
金融市場全体に影響を及ぼす可能性は否定できない。

NY株式は歴史的な高値に張り付いている。
「買わなきゃ始まらない」との安易な雰囲気が続いている。
NYの写真相場の日経平均も、23,000円前後をウロウロしている。
世界中で(末期的な)狂想曲が流れている。

ビットコイン相場は為替相場のようにスキムが完成された相場ではない。
君子危うきに近寄らず。
世界に名高き日本の主婦軍団の皆様、くれぐれもご用心下さいますよう。

2017年12月09日

消えた「銀行為替ディーラー」

「平成31年4月30日にて平成時代が終わる」
正式発表があって1週間。
ジワジワと時代の流れを感じる昨今である。
新たな年号はどうなるかは全く聞こえてこないが、
昭和生まれの人間が「明治時代を遠い時代」と捉えたように、
名実ともに「昭和の時代が遠くなる」日が近くなっている。

西暦1989年から始まった平成時代だが、
それを境に金融の世界も大きく変化し始めた。
1990年代に入ると世界的な金融自由化の波が押し寄せた。
特に1995年の阪神大震災から以降は怒涛の大波だった。
北海道拓殖銀行の倒産、山一證券の倒産と続き、
以降は都市銀行、長信銀の統廃合となっていく。

この流れは東京外為市場にも大きな変化をもたらした。
日本の銀行と在日外銀が乱立状態だった東京外為市場は、
日本の銀行が三菱東京UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行の三行に
集約されるのと並行して、スイス系銀行の全面撤退を先頭に、
在日外銀の撤退が相次ぎ、米シティを最後に東京には在日外銀が皆無となった。
当然ながら在日外銀からは相応の失業者が出ることになったが、
高給を食んでいた時代の花形・為替ディーラーも例外ではなかった。

21世紀にはいって本格的なIT時代を迎え、
東京市場と他の市場を区切る必要がなくなった。
取引時間を限定しない中で、
為替市場は世界中がランダムに入り乱れる世界になった。
1980年代に米シティの「シティは24時間眠らない」
とのキャッチコピーが評判となったが、
まさに24時間どこでも為替取引が可能になった。

金融自由化路線の中で、
個人が市場に参入できることになったことも市場の状況を一変させた。
スマホの画面上で、自由に取引が可能になった。
「個人の市場への直接の参加」が可能になったことで、
銀行の介在は必要としなくなる。
つまりは為替取引自体が銀行の専権事項ではなくなったのである。
と同時に、銀行為替ディーラー同様のアクションを一般投資家も
できるようになった。
その代表が、世界の市場で「ミセス・ワタナベ」と揶揄された
日本の主婦層だった。その取引量や動向が無視できなくなったのだ。
東京外為市場は大きく様変わりしたのである。

現在の為替市場の銀行間取引では、“小数点以下3桁”まで取引対象となる。
例えば「112.015-112.025」の表記である。
そして取扱い銀行の絶対数が激減する中で銀行間取引は、
1億㌦単位の「超高額・薄利・多売」形式が顕著となり、
「ミクロ・マクロの瞬間芸が基本」となり、人間の手に負えなくなった。
結果として、全てがコンピュータ任せのスタイルに落ち着いたのだ。

かくしてヴォイス時代の轟轟たる喧噪の中で活躍した
高給取りの銀行為替ディーラーは必要としない時代となった。
時として東京外為市場として短資会社(為替ブローカー)の現場がTV画面上で
映し出されることもあるが、単なる広報活動であり、実稼働していない。

1973年から始まった変動相場制は、始まってから50年は経っていない。
「電話の声」の時代から画面上の無機質な時代へ。
今から約25年前、
依頼原稿で「声のない市場」とのタイトルで為替市場の未来予想図を描いた。
あり得ない!!と笑われた。今は昔の話である。

「銀行為替ディーラー」が持て囃された時代は1980年代が頂点だった。
もはや昭和時代末期の「過渡期の遺産」だろう。
懐かしくもあり、寂しくもある昨今である。

2017年12月02日

金融新時代。重み増すCDOの役割

現天皇の31年4月の退位が正式に決定した。
一連の決定が正式となる前から、平成29年末は、
「平成の30年」を回顧する内容の記事が増えている。
新しい年号が何になるのか知る由もないが、
ミレニアムを含む平成の時代は、まさに激動の30年だった。

「稼げる者は残り、そうでないなら退く」。
ビジネスの当たり前の原理が銀行経営にも持ち込まれ、
「護送船団方式」と呼ばれる「日本の銀行不沈神話」が崩壊した。
平成30年という激動の時代の中でも指折りの大きな変化のひとつだった。

今から20年前の1997年11月17日、北海道拓殖銀行が破綻した。
「銀行が倒産する」という、それまでの絵空事が現実となった。
以降、大再編の2000年代へと続いていくが、
日本の金融界は依然として大きな構造調整にもがいている。

現在進行中の金融改革は『フィンテック』と呼ばれる異種のものである。
フィンテックの語源は
Finance(金融)とTechnology(技術)を組み合わせた造語。
インターネット、スマホ、クラウド、ビッグデータ分析、人工知能の発達が、
金融そのものを、既存の常識が通じない、大きな変化に巻き込んでいる。

こうした「フィンテックの時代」では、モバイル市場が急拡大し、
電子商取引の中国・アリババを先頭とする新興企業が急拡大する時代となった。
モノやサービスと結んだ自動決済や、顧客データを使った
新たなビジネスを切り拓くための能力・資本力が必要となってきたのだ。

既存の常識論に固執して、
100行超が乱立する地銀・第二地銀の再編は遅れている。
2000年以降の推移をみると、20005年前後は経営の体力がある銀行が、
不良債権に苦しむ銀行と合併・統合する“救済型”が一般的だった。
しかし近年は、中堅行が人口減などによる経営環境の厳しさに危機感を
募らせて結集する流れになっている。

本テーマに関して、15年超前から
「現代社会において地銀の使命は終わった」といい続けてきた。
止めようもない国際金融の大きな変化の中で、
金融庁主導による地銀の最終着地点は
「3大メガバンクによる全地銀の系列化」だ。

「3大メガバンクによる日本の金融機関の整備・統合」は、
「マイナンバー制度の完成」および「国民の一人一銀行口座」にもつながる。
税収に悩む日本国は、日本国民の資産をガラス張りにしたいのは明白である。

金融庁の本音は以下のようになろう。
「今後、能力のない銀行は生き残れない。特に地銀の生き残りは不可能に近い」
「少数精鋭体制にすることが急務。更なる吸収合併を勧奨する」
「不要な人材は極力出向させ、コスト削減・体質改善を目指す」

またぞろ英語の頭文字を使った新語の登場だが、
CDOとは(Chief Digital Officer=チーフ・デジタル・オフィサー)の略である。
もはや“攻めの金融”しか残れない。
その尖兵がデジタル戦略であり、CDOとはそのリーダーである。
いわゆる銀行屋ではなく、IT関連業種からのトラバーユ組がほとんどである。

現状の地域金融機関=地銀・第二地銀に関していえば、
いかなる主義主張があろうとも、結局は自己に都合のいい理屈にしか過ぎない。
ITの更なる進捗で、営業環境は悪くはなっても、よくはならない。
時代の大きな流れの中で、“見切り時”を見定める時期だろう。
残念だが、致し方ない。


2017年11月25日

急激にガタつく角界。一気に3横綱引退の危機

年6回の大相撲本場所。
この2カ月毎に15日の大相撲TV放送は、やはり人気のコンテンツである。
今年の本場所は90日間が全て「満員御礼」という、21年振りの盛況となった。
言葉を変えれば、その人気は少々異常だった。
こうした異常人気を支えたのが「相撲女子」の急増。
ブームの尖兵は“気まぐれな”若い女性という、いつものパターンではあった。

直径4.55メートル(15尺)の円形の土俵で
褌ひとつの裸の格闘技、それが相撲である。
頭蓋骨VS頭蓋骨の激しいぶつかりで、
“ゴツン”という生々しい音を立てて始まる壮絶な世界。
そして問題なのは、
6.7メートル四方の土台が34~60㌢の盛り土状態になっている点である。
0.2㌧×2=0.4㌧の肉塊が折り重なって落下する。
怪我をしない方がおかしい。特に下半身が悲鳴を上げる。
日本の相撲道が考えた伝統的なスペースでは
身長185~190㌢、体重は150㌔あたりが限界ではないのか。

今年の収めの九州場所は最初から何とはなしに雰囲気が怪しかった。
横綱鶴竜の4場所連続の全休、
両膝の全面崩壊で全休のサーカス相撲・業師・宇良、
全休明けの横綱稀勢の里への不安、大関陥落・照ノ富士の回復不安など、
不安感満載の場所開けだった。

案の定、稀勢の里も照ノ富士も途中休場、
横綱日馬富士も初日2日の連敗の後、休場となった。
4横綱が揃っての皆勤は平成4年九州場所以来全くない。
「横綱4人は尋常ではない=何かが起きる」とする
“不思議なジンクス”は生きていた。

そして、突如スポーツ紙にスッパ抜かれたのが
「日馬富士の貴ノ岩暴行事件」だった。
「ビール瓶で強打した」「貴ノ岩・頭蓋骨骨折」等々、
興味半分を生業とするワイドショーやニュース関連番組は、
格好の“ネタ”に飛びついた。

プロ相撲の大相撲は、今も昔も
番付によって絶対的な上下関係が制度化されたクラシックな世界である。
下位力士は上位力士には逆らえない。
権威を暴力として誇示されても泣き寝入りするしかない。
一方で、上位力士が下位力士に厳しい稽古をつける「かわいがり」がなければ
下位力士が成長しないのもまた確かだ。

今から3年くらい前だろうか、
飲み屋街のエレベーターで横綱日馬富士に出会った。
TV画面では小柄に見える日馬富士も、実際は筋肉隆々、小山のように見えた。
酔った勢いで「頑張って!!」と声をかけたら、
意外にも「ハイッ!」と大きな声で返事してくれた。
横綱という最高の地位にいても、一般的には30歳過ぎの“あんちゃん”である。
そんな“あんちゃん”に、
神がかりの「崇高な精神」を求めても無理なのではないか。

今回の事件の背景には、貴ノ岩の師匠・貴乃花親方の存在が取り沙汰されている。
どうやら「大相撲改革」を目論んでいるらしい。
ただ大相撲には、長い歴史の中で生成され、積み上げられてきたものや、
常識や習慣や制度には、一見不合理に映ったとしても何らかの意味を持つ重要な
ものが多く存在する。
何でもかでも早急に変えることは不可能である。

今回の事件を起こした日馬富士は勿論として、
成績不振の鶴竜、稀勢の里に同時引退危機迫る。
今やモンゴル勢に主導権を握られる日本の国技大相撲の
(本当の意味の)混乱は、九州場所後が本番である。

2017年11月18日

「今回の株高は少しヘン?」と思わない方がヘン!?

初めに断っておきたいのは
「日本の株価上昇の全てに懐疑的ではない」という点である。
日本の株式市場は、戦前も戦後もいわゆる株屋気質の色濃い世界であり、
煽りに煽って、結局はあらかじめ仕込んだ株式を投資家に高値で売りつけて、
大相場をスリ抜けてきた歴史だからである。
それが要因のない株高を快く思わない所以である。

今回の急上昇も、日足・週足が全く機能しない“棒上げ”相場。
理論的に根拠の薄い“人為相場”の匂いが充満している。
確かに現在の金融市場はコンピュータ主導型であり、
全てが無機質なコンピュータの仕業だとしても、
最近の「コンピュータ・オールマイティ」主義に沿って、
全く無防備にコンピュータに従えばいいというものではない。

まず現在の立ち位置を確認したい。
アベノミクスに喧伝され12年11月に始まったのが第1波で、
9,000円から15,000円に押し上げた。
14年の衆院選から15年6月の高値20,868円に到達したのが第2波。
そして今回は17年9月8日の19,239円を底に
23,000円(=11月9日23,382円)を上抜けた。これが第3波である。

この23,000円という値段はテクニカル的には重要な値段である。
ここ30年のスパンで考えれば、
89年12月(大納会)の高値38,957円から、底値の09年3月の7,021円の
半値戻しが22,989円≒23,000円ということになる。

ではこれ以上の上昇はないのかといえば、絶対不可能ではないにしても、
半値戻し以上の上昇には「???」がつく。
テクニカル的には相当無理をしている相場が、
このまま驀進するとはどうにも考え難い。
「相応の押し目があるから再上昇する」が相場の鉄則。
従って現在は「買っておけば安心」という状況にはない。

恒例の“後付け理由”を羅列してみる。
現在の景気は、
1965年11月から70年7月までの57カ月間の「いざなぎ景気」を超え、
2019年1月まで続けば、
02年2月から73月間続いた戦後最長期間を抜く勘定となる。

背後にあるのは09年7月から8年超続く米景気。
そして9年近く続く独経済、7年超の英経済、約5年の仏経済など、
世界の大国の好調経済である。
G7の大国日本が世界の列国に仲間入りしてもおかしくはない。

だが米アップルや中国・アリババ等を筆頭とするIT企業が中心の
現在の世界の株式市場において、日本の現状はいかにも貧弱である。
90年以降に上場した日本企業で時価総額が1兆円を超えるIT企業は、
ソフトバンク・グループや楽天など、ごく一部である。
時価総額上位にはトヨタ、NTT、メガバンク等の「旧来型」の大企業ばかり。

ここにきて
「その国の名目GDPを市場全体の時価総額を超えると株価は割高」とする
米ウォーレン・バフェットの「バフェット指標」が注目され始めている。
東証一部の時価総額は名目GDPを大きく上回っている。

23,000円到達後はさすがに急落模様とはなっている。
“当分の頭は打った”との見方が順当だが、予断は許さない。
ITの進捗で、不自然な急変が当たり前の世の中で、
「何か変だ」「何かおかしい」との見方はシッカリ持ち続けるべきだ。
「コンピュータの全てが一流ではない」のだから。

2017年11月11日

浸透し、日常化する世界のスポーツ

11月7日。立冬。
10月ギリギリまで襲来した巨大台風で実感はなかったが、
ラジオの深夜放送で、槇原敬之「冬がはじまるよ」のメロディが流れた時、
そうかまた冬が来るのか…我に返った。
ただ寒さより、2017年の野球シーズン終了を肌で感じる昨今である。

95年の野茂、01年のイチロー、そして03年の松井のMLB移籍からは格段に、
MLB(米大リーグ)にのめり込んでいる。
09年の松井のワールドシリーズMVP(最高殊勲選手賞)獲得で、
日本人選手の平成30年間のピークを打った感があるが、
自分のMLBへの関心は不変である。
MLBは、30年という時間を経過して、日本に完全に浸透した。

スポーツは筋書きのないドラマが展開されるから面白い。
だが世界のスポーツを見る機会はそうは多くなかった。
結果が分かったニュースを見る程度。
だが現在は違う。
野球ばかりでなく、ゴルフ、サッカー、テニスを始めとして、
アメラグ、バスケ、スキー、フィギュア・スケート等、
あるとあらゆるスポーツがライブで楽しめる。

17年のMLBのポストシズーンは日本にとって中身が濃かった。
理由は簡単である。
米東海岸・田中のヤンキース、
西海岸・前田&ダルビッシュのドジャースが勝ち上がってきたからである。
このパターンは初めてだった。
結果、東が午前8時頃から試合開始、そして西が11時あたりからという、
“過密”スケジュールになった。嬉しい悲鳴を上げた。

そしてこの時期は、日本シリーズがらみの時期に重なる。
結果、午前8時から、午後10時頃まで約14時間超、
野球オンリーの世界になることもあった。
自分の場合、基本的にはBGMとして流しておくだけだが、
17年10月は“ワールド・オブ・ザ野球”と相成った。

今年のワールドシリーズは、
ヒューストン・アストロズと、ロザンゼルス・ドジャースの、
がっぷり四つの獰猛な打撃戦になった。
150㌔超のスピードボールを、
事もなげにピンポン玉のようにスタンドに放り込む。
力勝負のガチンコは迫力あり、見応えがあった。

「頑張ろう神戸」「頑張ろう東北」と同じノリで、
「(大洪水から立ち直ろう)ヒューストン・ストロング」が合言葉となり、
球団創設以来56年で初めてアストロズがワルード・チャンピオンとなった。
大地震に見舞われた神戸や東北と同じで、
本拠地・ミニッツメイドスタジアムの観客の沸騰振りは異常だった。

ワールドシリーズに今一歩だったヤンキース・田中は面目を保つ格好となったが、
ダルビッシュも前田も、往時の日本を代表する大エースの面影は薄かった。
絶対的な力不足は明白だった。“滑るボール”は言い訳にできない。
二刀流・大谷を筆頭に、日本球界からMLB目指す選手が注目されているが、
ボロボロになった平成の怪物・松坂大輔、
次々に盥回しにされた青木宣親の例を見るまでもなく、
予想以上にMLBのレベルは高く、生き残り自体が楽ではない。

11月に入って、多少の虚脱感がある。
連日の野球放送がピタリと止まったからである。
確かにゴルフや大相撲や、サッカー、フィギュアスケート、バスケ、アメラグ、
そして平昌冬季五輪等が待っている。
だが、今年の野球の世界のような重厚な熱気の再来はどうだろうか。

つくづく思う。
スポーツとは偉大だ、世界が狭くなった、凄い時代になったと。

2017年11月04日

現代政治家のいう「改革」の本質は何か

10月22日の第48回衆院選挙の後、日本の世相はフラフラ揺らめいている。
「なぜ解散する必要があったのか」を明確にしないまま、
選択される政治家に明確な確信もなく、主義主張もないまま、
“就職活動のような選挙戦”に、“ふっきれない何か”が燻り続けている。
ここで整理しておかねばならないだろう。

日本人の「改革好き」は戦前、戦中、戦後を通して続いてきた。
歴代のNHKの大河ドラマでも
戦国時代の豊臣秀吉・徳川家康や、明治維新物等の、
筋書きが分かっていても「改革」がテーマになっているものが好まれている。
ある種の国民性だろう。

平成の30年間に関しても政治家は率先して「改革」を掲げた。
小沢一郎は「守旧派」のいう名で、小泉純一郎は「抵抗勢力」という名で、
民主党は「悪玉官僚」という名で、“政権奪取のための”標的をつくった。
こうした延長線上に安倍政権も希望の党もある。

近代西欧政治は二つのタイプの人間を生み出した。
「判断の責任を引き受ける個人=カリスマリーダー」と
「生半可な知識を持つ個人=大衆」である。
大衆は前近代的な社会的束縛から解放され自由になった反面、
不安に苛まれるようになる。
結果、自分達を心地よく守ってくれる
「世界観」「疑似共同体」「強力なリーダー」を求めるようになった。

政治を生業にする職業政治家は、こうした大衆のニーズを利用するようになった。
実現不可能な理想の未来を提示し、「改革気分」を煽れば、
大衆がなびいたからである。
「強いリーダーに縛られたい大衆と、そのニーズを利用する政治家」
という構図である。

折りしも「民の声を直接政治に反映する」ことを真髄とする
“ポピュリズム”という世界的な風潮も、こうした流れを増長した。
日本では「大衆迎合」と訳されているが、
ポピュリズムそのものは民主主義の一面性であり、今更目新しいものではない。
しかしプロの政治家は、
「大衆に直接訴えて、既存の権力構造に外から挑戦する」流儀として、
あたかも目新しい考え方のように強調した。

世の中には変えていいものと、変えてはいけないものがある。
先人たちの長い営みの中で生成され、積み上げてられてきたものや、
常識や習慣や制度には、一見不合理に映ったとしても
何らかの意味を持つ重要なものが多く存在する。
「改革」とうい名で、何でもかでも変えてはならないのである。

いずれにしても「改革」という美辞麗句はまことに便利なキーワードではある。
改革に失敗すれば、改革が足りなかったからだと言い訳し、
もっと改革しろと言い易いからである。
かくして選挙に勝たんがために、政権を奪取せんがために、
「改革」と声高に叫び続けるに至っている。

「大衆を扇動すれば何とかなる」との論理が先行する中で、
今回の衆院選挙での右往左往振りはひどかった。
主義主張のない有象無象の国会議員なんか税金の無駄遣い。
半分に減らしても何ら困らない。
これまでの「数の論理(=数さえ揃えばなんとでもなる主義)」こそ
真っ先に改革すべき点と思うが…


2017年10月27日

シャボン玉、屋根まで飛んだ。そして壊れ、消えるのか…

この10月、東京は15日間連続の雨。
127年振り(!?)の珍事だそうである。
台風21号が接近・上陸し、秋雨前線を刺激し、
日本列島全体に大量の雨を降らせた。
そんな中での22日の第48回衆院選だった。

近所の酒屋(タバコ屋)のおじさん、
本ブログでも登場した“佃の神輿が命”のおじさん。
その江戸前のおじさんは自警消防団の団長もしてるらしい。
選挙当日、偶然出会った。「選挙行った??」って聞いた。
「落下傘どころじゃネェよ」
「川が溢れてる!!」「今晩は寝ずの見張りだわ」。
おそるおそる見に行ったら、馴染みの隅田川遊歩道が完全に水没、
膝下10㌢の水位になっていた…

現状所の選挙区・東京2区は焦点がぼけ、
投票しようにも投票する相手が見えない状態。
午前からの激しい雨に、どうせ落下傘候補の世界、
行くのを止めようかと何度も思った。
が、午後になって雨も小降りになったので、スーパー買い物ついでにでかけた。
“白票投票”にした。
いい加減な投票よりはよほどましな正しい選択と思った。

帰りしな、出口調査の合羽姿の小奇麗なTV局派遣のおねえさんに声をかけられ、
(通常ならパスする)アンケート調査を素直に受けた。
「この雨んなか、ホントご苦労さん」と言ってしまった。

8時の投票締め切りと同時に自民300超えのテロップが出た。
事前の予想通り、希望の党の惨敗だった。
小池代表が口にしてしまった「排除」は
古いムラ社会の制裁のように受け止められた。
安保や憲法の改正に関する“踏み絵”も、
歴史のかなたの強権的な手法を思い起こさせ、予想以上に厳しい審判となった。

予想外の健闘となった立憲民主党は「判官びいき」の波に乗った。
筋を通し切ったことも共感を呼んだ。
では予想外の大勝となった自民はどうかと言えば、
マスコミで連呼されるように「(野党の)オウンゴール」に救われた。
与党への支持がある割には内閣支持率が低迷するという珍現象は、
結局は野党揃ってのドタバタ大混乱が原因だった。

基本的に言えば、
美辞麗句を並び立てる新政策に実現性がないまま日本国民は
「安倍晋三という人物」&「その言い様」に飽きたように見える。

怖いのは、そうした「安倍1強態勢維持」を相場材料にする金融市場である。
円安は進み、株価は15日の連騰となった。
「アベノミクス再来か!?わっしょい!」といったノリである。

昨今頻繁に言われ始めている「10年周期の危機説」をご存じだろうか?
1987年に世界的な株価大暴落の「ブラックマンデー」が起き、
1997年にはアジア危機が起こり、
2007年にはリーマン・ショックが起きている。
「バブル崩壊→危機対応としての金融緩和→新たなバブルの生成と崩壊」の
繰り返しである。
キチンと10年サイクルである。

1929年以降の大恐慌から脱出するのに主要国が平均10年かかかったことも
「10年周期」の論拠となっている。
2017年も「(リーマンから)10年で脱出」を裏付けるように、
経済の見通しは先進国を中心に上振れ気味である。
だからこそ同時に、危機を封じてきた金融緩和の終わりも米欧で始まっている。
「終わりの始まり」の様相である。

希望の党は結局はバブルだった。飛んで、壊れ、消えかけている。
「安倍1強の再来」も何かバブルっぽい。
10年サイクルは無視できない。考えても致し方ない、だが…

2017年10月21日

ソニー・イヌ型ロボットAIBO再び

身近の家族には絶対そうは見えなかったようだが、
実は猫好き、犬好きである。
特に実弟が長年犬を飼っていたこともあって、
犬を飼いたいと切実に思ったこともある。
だが、生き物には寿命がある。
その寿命の尽きる時や、日常の食料や排泄の世話を考え、
(特に酔った時の)衝動的・発作的な行動をギリギリで押しとどめていた。

そうした願望をかなえるべき“新兵器”が現れた。
ソニー・家庭用犬型ロボットのAIBOである。
(本物に近い)犬の鳴き声は出すは、迎えに出てくれるは、
何にも増して“何も食わない”“排泄もしない”のが最大の長点だった。
うるさいと思えばスイッチを切ってしまえばいい…
本気で購入を考えた。
確か通常価格は13~15万円。
だが量販店ビッグカメラの年末サービス価格で10万円を切った。
エイヤッツと買いに行った。だがすんでのことで完売になっていた。
今から約15年前の話である。

その隠れ人気のAIBOは06年、
当時のソニーの経営トップ・ハワード・ストリンガーが「非中核事業」として
生産を打ち切った。
当時のソニーは00年のITバブル崩壊で株価が急落、体力を落としていた。
また当時はAIが実用段階ではなく、ロボットの応用先を絞れず本格的な製品化に
向けてのロードマップが描けないでいたからである。

だが現在、技術が急伸したAIが世の中をけん引し、
今再びロボットブームが起きている。
ニューモノポリー(新たな寡占)と言えるアップルやグーグルなど、
米IT大手が巨大な資本をAIに投じ、開発を進めている。
その尖兵とも言える新製品が、
10月初旬に発売開始となったグーグルとLINEのAIスピーカーである。

概要は、日本語で話しかける天気予報や、登録した予定などを読み上げる。
音声認識技術で話しかけた人を特定できるのが特徴で、情報管理ができる。
また家族全員で使うことも可能である。
今後は外部の企業の機器やサービスとの連携も盛んになるとされる。
つまりはごく近い将来、冷蔵庫のような「白物家電」との連携も可能になるようだ。

だが、あくまで自分の考え方(希望)だが、
家庭用ロボットに“何でもできる”スーパーマン化は望んでいない。
行って来るよと声をかければワンワン、帰ったよでワンワン、
こっち来いよワンワン、酔ってまったよワンワンでオールOKだ。

幸いなことにソニーは、
「AIは積極開発する」
「だが、グーグルやアマゾンのように大量の個人データーは抑えきれない」とし、
「彼らとは同じ土俵では勝負しない」とする。
そして
「クラウド、AIなどここ10年で向上した技術を生かしたロボットを出す」
とする。
つまりは1999年登場の犬型AIBOの改定版をイメージしているようだ。

団塊世代が後期高齢者となり、要介護が大量に増えると懸念される
「2025年問題」がクローズアップされ始めている。
話し相手がいれば危機は間違いなく軽減される。
18年春予定の新型AIBOの登場が待たれる。

ベータ・VHS戦争でソニー・マニアは、小さくはない損失を被っている。
ソニーの関係者に切にお願いしたい。
出来る限りリーズナブルな価格(=できる限り安価)でよろしく!!

2017年10月14日

風が止んだら…就活化(!?)する衆院選挙

MLB(米大リーグ)のポストシーズン真っ盛り。
西にドジャース、東にヤンキースと、時間差ピッタリで、
東西の熱戦が楽しめる状態にある。
ドジャース・ダル先発→マエケンのリリーフ、
ヤンキース・田中マー君のここを先途の奮投で、
MLBが熱い!!

そんな状況の中で、
焦点のぼけた、“就職活動もどき”の第48回衆院選挙は、
10日公示、22日投票となった。

今回の衆院選挙はどうみても「不意打ち」の感は免れない。
国政選挙は日本の現在および将来に関する重要な政策の選択肢巡って、
政治の場では勿論、国民の間でも活発な議論があって初めて行われるものだ。

安倍晋三首相は2019年10月の消費税増税分の使途の変更を争点にするという。
ここから先2年の間に何が起きるか分からない。
何で今から??
まともに考える材料さえ与えられていないのに、
ウダウダ言わないで22日には投票しろ、という…

マスコミは過熱気味の報道に走った。
野党が再編し、新党が立ち上がり、
小池百合子都知事得意の劇場型の選挙戦になった。
だが一時の劇場型展開も、
小池都知事・都知事辞任せず→衆院出馬せずとなって、
一時の激情がスッと冷めていった。

次代のエース小泉進次郎・自民党筆頭副幹事長の弁舌が目立つだけで、
和製ジャンヌ・ダルク・小池都知事がさっぱり目立たない。
党首討論会での小池都知事も一時は新鮮だったが、
テーマが確としない論理を何度も繰り返されて、しまいにはシラケた。
それにも増して、今回の主役であるはずの女王が、選挙戦序盤で、
上から目線の「排除の論理」を真っ向から振りかざしたことが徐々に効き始め、
あれだけ強かった烈風が徐々に凪いでいった…

考えてみればとにかく日本は選挙が多い。
海外と比較してみよう。
日本の衆参両院の選挙はこの10年で今回を入れて7回目。
英国・ドイツ過去10年で3回。
フランスは大統領・議会選が2回。
米国は大統領・議会選挙が3回、議会中間選挙は2回の計5回。

日本の首相が毎年のように代わっていた頃、
それは日本の選挙が多いせいだという解説もなされた。
本来は政権選択選挙でないはずの参院選でも、
与党大敗の責任をとって首相が退陣する例があったからである。

ところが今回の衆院選挙、安倍政権は、
長期政権の維持・延命のために使っている感が強い。
首相の「専権事項」とされる衆院の解散権を制限すべし、
との議論が出るのも当然だろう。
英国は首相の解散権を制限するため、議員の任期を5年にし、
解散には下院議員の3分の2以上の賛成が要るように改正した(2011年)。

米国は大統領を交代させるには弾劾等を除けば4年に1回の大統領選挙しかない。
フランスも5年毎の大統領選、ドイツの首相交代も原則は4年毎の議会選挙だ。
ひとつの政権の出す政策が効果を表し、国民が評価するには
それぐらいの期間が必要だろう。

今回の衆院選挙では初めて18歳から投票できるようになる。
が、若者は就活もどきの選挙に冷め切っているらしい。
投票率が50%に届くかどうか危ぶまれている。
そうだよな、今回の選挙、
いい大人の高額給与を狙った就職活動にしか映らないよな…


2017年10月06日

スマホが変えた消費性向

最近見かけた消費関連データで、おや!?
と思わせるものがいくつかあったので、まずは羅列してみたい。

総務省の家計調査によると、
2016年の世帯消費額(1カ月)は310,389円。
これは日本のバブル絶頂期の88年(以下88年)の307,204円とほぼ同額。
16年の交通・通信費が48,947円で88年比57%増。
16年の保健医療費は11,316円で88年比46%増。
88年と16年の対比で大きく減ったのが
被服・履物費で39%減の13,153円。
家電製品を含む家具・家事用品は11%減の10,881円。

通商産業省の調査によると、
88年の百貨店売上高が9兆5518億円、16年は6兆5997億円(30.9%減)。
専門店売上は88年が6兆2219億円、16年が24兆4874億円(271.0%増)。
ここ30年で、日本に「専門店が完全に根付いた 」ことになる。

上記一連のデータから窺い知れるのは、
戦後所得水準の上昇と共に「消費は美徳」としての象徴が
“有名百貨店での買い物”だった。
往時は、三越や高島屋等の有名老舗百貨店の包装紙を見ただけで“高級だ”
とのイメージを持たせた。ある種の自己満足だった。

ところがバブル崩壊を経る中で、急速に台頭してきたのが
低価格ながら品質のいい商品を提供するユニクロ、青山商事、良品計画などの
新興の専門店だった。
銀座を例に挙げれば、銀座界隈、特に銀座ど真ん中の中央通りで、
メンズ関連商品を販売している店は5本の指に満たないし、超高価が“売り”。

1990年夏、世界最大の玩具専門店チェーン・トイザラスは
「規模が大きく成長力に富んでいる」として日本に進出した。
同じ理由でアパレルの米ギャップ(95年)、化粧品の仏セフォラ(99年)、
英スーパーのテスコ(03年)などが追随した。

ところが一連の外資系がここ数年のうちに日本からの撤退を宣言している。
その理由は揃って、
「バブル崩壊後の日本の消費停滞」を上げている。
しかし上記のデータから言えば、支出金額の大枠に大差なく、
彼らの上げる理由は単なる言い訳に過ぎない。

こうした一連の消費性向の中で、
忘れてならないのはスマートフォン(スマホ)の定着だ。
ワンタッチ検索で「安価で、良質で、近場の」専門店が
たちどころに見つけることができる。
かくして“有名百貨店に行けば何とかなる”との安直な考えは捨て去られた。
逆に“高いだけの、みかけだけの商品”を掴ませられるリスクを
考え始めたのである。
今後の大きなテーマは「モノ(物販)からコト(サービス)」になるようだ。

だが一方で、
スマホの代名詞だった米アップルの行き詰まりが明確になってきた。
スマホから得られる情報に限界が出始めたからである。
スマホの完熟でアップルの時代も終盤模様。

95年のウインドウズから始まる米国発のIT革命も、
アップルの行き詰まりで、次なるターゲットを模索し始めている。
今のところはAIを駆使した「EV(電気自動車)」あるいは「自動運転車」だろう。
だがここ数年のスピードを考えればそのテーマも10年保つまい。

我々はすざまじく急激な変化の中で生きている。
確かに便利になってはいる。
が、「そんなにガンガン進まれても、ついてけねぇ~よ」というのが実感である。

2017年09月30日

度胸千両・小池旋風再び

最初に、皆様にお知らせです。
青柳事務所の週刊「びー・だぶりゅー・れぽーと」が今週号(10月2日付)で
1000号になりました。
20年超、週1回、淡々と発刊してきましたが、区切りの1000号となりました。
今後も2000号目指して、変わらず淡々と発刊してまいります。
謹んでご報告申し上げます。今後もよろしくお願い申し上げます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

固定電話経由の情勢調査に初めて応じた。
通常なら「忙しいんで!」と断るところだが、
最初に名乗った調査会社の会社名を再確認できないまま、
試しにやってみっか、となった。

質問不可のコンピュータ化された番号タッチ型。
若い女性のツンと冷めた声の矢継ぎ早の質問が続く。
約5分。9月25日月曜日午前。
考えてみれば、それが激動の日々(!?)のゴングだった。

元々9月25日は、「9月28日召集の国会冒頭で衆院を解散する」との
安倍首相の午後6時の会見が予定されていた。
その約2時間半前、突然のタイミングで小池百合子都知事は都庁で記者会見をし、
新党「希望の党」を立ち上げ、代表に就任することを表明した。
イメージ動画も用意されていた。最初から仕組まれたシナリオだった。

安倍首相はその会見で、
「もりかけ問題のうやむや化」を図る“自己都合解散”ではなく、
「消費増税の使途変更、北朝鮮への対応」で信を問うのだと、“大義”を強調した。
しかし2019年10月予定の消費税増税に関して
2年前の今から信を問う必要などない。
あきらかに「もりかけ問題のなし崩し」が最大の目的の解散に違いなかった。

結局、9月25日午後の一連の攻防で、
安倍首相と小池都知事の対決色があらわになった。
両人は強いリーダーシップで同志をまとめ、
国政や都庁で「1強」と呼ばれる地位を築き上げた。
仮に衆院選で自民VS希望の対決となれば、
指導力や手腕が“議席数”という形でリアルに試される。

安倍首相は「国難突破」との時代がかった表現をしてはいるが、
さしもの北朝鮮では、石油高騰・電力不足が明確になり、
米機の動きを探るためのレーダーを作動させる電力がないとの噂も
漏れ始めている。
結果、ロシアが仲介に入り始めた。
予断は許さないが、世界からの兵糧攻めに北朝鮮が悲鳴を上げ始めている。
勝負あった!?の感はある。

結局、何のための解散なのか。
折しも、主義主張も明確でない、職業政治家の寄せ集めの集団であることが
明確になった民進党・解党の報も大々的に流れ、
希望の党がブラックホールになってしまった。
「国会議員」という“おいしい”地位を確保せんがため、
主義主張など全く関係なく、保身ファーストに走る議員が右往左往する。
政局は都議会選挙と同様の“度胸千両・小池劇場”再来の様相を呈している。

マスコミのここを先途の報道も度が過ぎている。
日本の主要紙は勿論、TV各局の、ニュース関連、ワイドショー番組等は、
政治評論家のオンパレードで、口に泡して“小池劇場”を煽りまくる。
小池都知事は知事を辞任して、衆院に立候補か…
日本の政治がリセットされるのか…
次なる都知事は、あの、かって169万票をとったそのまんま東か….
北朝鮮問題など、どこを吹く風の、“お祭り”の雰囲気である。

衆院議員選挙には概算で600億円かかるとされる。
これに東京都知事選挙が重なれば、
どのくらいの血税が注ぎ込まれることになるのか。

完全に劇画ゲーム化する国政選挙。
ここ1ヶ月はザワザワした“お祭り”騒動が続いていく。
小池旋風という烈風は吹いている、間違いなく…
では風が止み、祭りが終わった後、日本はどこに向かうのだろう.....

2017年09月23日

アップルの高級路線に陰り

9月12日、米アップルは11万円台からなるスマートフォン「iphone」の
最上位機種「X(テン)」を発表した。
マニアはともかく、一般消費者にとっては何が凄いのか知らないけど、
なんでそんなに高価なんだ?というのが第一印象だった。
スマホは2007年の誕生から10年が経過し、市場成熟化が言われる中、
自信満々の高価格が奇異に映った。

「ウンドウズ95」発売が起爆剤だったパソコン市場は、
その後16年でピークを迎えた。
スマホは10年を経過し、けん引役だった中国が今年初めて減少に転じるなど、
市場では“ピーク”を打ったとの見方も徐々に広がっている。

創業者スティーブ・ジョブズ亡き後、ティム・クック最高経営責任者(CEO)は、
腕時計端末、決済、定額音楽配信など矢継ぎ早な多角化に成功し、
アプリ市場での売り上げはグーグルの2倍で、
サービスの売上高はアップル全体の16%に達している。

だが売上高の5割以上占める主力商品のiphoneに関しては
ここ数年横ばいになっている。
機能向上が鈍化し、他のメーカーとの違いがなくなると、
消費者は割安さ求めるようになる。
この流れを食い止めようとアップルは、機能強化を活路としてきた。

今回の「X(テン)」はホームボタン廃止と顔認証導入、無線給電などの
新機能を盛り込んだ。
一般論から言っても、11万円の高価格の割には新機能に新鮮味はない。
結局、新機能をアピールする先は一般消費者ではなく、
ブランド力を土台にした継続顧客であり、彼らの「忠誠心」にすがるしかない。
こうした“曖昧であやうい”戦略が継続するか否か。

一連のIT関連機器に疎い者にとっては、
際限なく多機能化するスアホを使い切れないでいる。
電話ができ、メールが簡単に打てれば大概の事が済む者は多いと思う。
顔認証が絶対的に必要な機能なのか??
アップルのマニアになって、一体何の得がある!?

確かにここ10年、スマホは生活を大きく変えた。
情報源がインターネットになり、収集手段も会話から一家に1台のパソコン、
そして1人1台のスマホになり、
「こどもが親を通じて生きるすべを身に付けていく」という関係が崩れ去った。

最近では「卒婚(そつこん)」「卒母(そつはは)」などという新語が流行し、
「卒業シリーズ」が累計250万部の大ヒットとなっている。
スマホを中心にした新たな情報時代。そして100歳の超長寿時代。
まず「(定年となった)旦那から卒業」し、「子供からも卒業」しようとする
女性中心の“荒々しい大波”が押し寄せる。

いずれにしても、スマホは世界中の一般社会に完全に定着し、
成熟したと見るのが妥当なようである。
ITに疎い者はつくづくと思う、これ以上“奇を衒う”機能が必要なのか。
その(どうでもいい)機能を備えた高額の機種に追随する必要があるのか。

アップルの手法を疑問視する動きが出始める中で、
金融市場では「ITを中心とした米株高はバブルだ」との意見も出始めている。
至極当然だろう。22,000㌦超に張り付くNYダウ自体が異常である。

ではスマホ・ネクストは何か??
最近では「自動運転車」が大々的にクローズアップされ始めている。
スマホで十分潤ったアップル王国も、戦略を変えなければならないようである。

2017年09月16日

農耕型民族の肉体の限界

中学時代、陸上部に所属し、100・200米の短距離が専門だった。
それなりの素質はあったのだろう、1年から3年まで市大会を勝ち抜き、
県大会までは進出した。
だが練習方法も知らず、本格練習をしていない自分は、
当然ながら県大会での成績は芳しくなかった。
見るに見かね、同じ中学OBで100米の当時の県記録・10秒9(手動)を
持つ大学生Sさんががわざわざ教えに来た。

まともな練習をしていない自分に、初めて体験するハードなトレーニングに
ついていけるわけがなく、途中で完全にギブアップした。
ついでだと、最後の最後に100米のガチの勝負をした。
12秒台と10秒台にどのくらい違いがあるかを分からせようとする魂胆だった。
10秒台の走りはまるで別世界。
よ~いドンから最後まで、どんどん離れていく尻を見るばかり。
こりゃもうどう頑張っても、自分の力が及ばないはるか彼方の世界だな…
夏の終わりには決まって、中学校門前にあった“超有名店(!?)”の新村商店で
練習後にご馳走になった氷イチゴ+ハムカツ・セットのほろ苦い味を思い出す。

9月9日、
福井県営陸上競技場で行われた日本学生対校選手権の100米決勝で、
桐生祥秀(東洋大学・21歳)が、
日本人初の9秒台となる9秒98(追い風1.8米)を記録した。
1998年バンコクアジア大会で、
伊東浩司がマークした10秒00を最後に、
日本人が越えられなかった「10秒の壁」を破った。
すわ2020東京五輪でメダルか!と、日本中が湧きかえった。

(分かり易いように)あくまで単純計算だが、
100米を10秒で走るとして、1秒で10米、0.1秒で1米、0.01秒で10㌢、
つまり0.02秒更新したということは“20㌢の差”を超えたということである。
ついでに言えば、
世界記録ウサイン・ボルト(ジャマイカ)の9.58秒との距離差は
0.4秒=4.00米ということになる。

国際陸連の公式サイトに拠ると、
桐生は歴代126人目の9秒台のスプリンターとなる。
スプリントの世界はアフリカ系が圧倒的で、それ以外はごく少数。
アフリカ系が圧倒的優位に立つ要因に挙げられるのは民族性。
古来狩猟のために長距離移動を重ねる習慣が時代を超えて受け継がれ、
速く走るための筋肉自体が異なっている。

筋肉には「速筋」と「遅筋」があり、短距離走に必要なのは「速筋」。
アフリカ系の選手の筋肉は9割が速筋。
一方、定住型の農耕民族である日本人の速筋の割合は
せいぜい5割程度とされる。要するに最初から勝ち目がないのである。

現状できる最善策としては「体幹を鍛える」ことだが、
ウサイン・ボルトの最大の歩幅が2.8米で、
桐生が2.4米からも判断できるように、
“(肉体的に)絶対超えれない部分がある”のは否めない。
打開策は「新種のDNAを創る」しかない。
世界大会・短距離のファイナリストを排出するためには、
(最近活躍が目立つ)サニブラウン・ハキームやケンブリッジ飛鳥のような
混血型が不可欠なのである。

話は違うが、大相撲秋場所は、白鵬・鶴竜・稀勢の里の3横綱の他、
3日目から大関・高安や宇良が、そして6日目からは大関・照の富士が休場し、
残る横綱・日馬富士も5日めまで3敗し休場が危惧されるなど、
3横綱2大関不在の、よく言えば“(誰が優勝するかわからない)戦国場所”、
現実的に言えば“1918年(大正7)夏場所以来の異常事態”となった。

そのほとんどが膝を中心とした下半身の故障によるものである。
体重が限界を超えている。
200㌔超が珍しくもない、“デカけりゃいい”の論理では相撲は勝てない。
必要以上に上半身に筋肉をつけた=体重増加した結果、下半身に無理がきた。
本来のDNAの限界を超えれば、肉体、特に下半身は素直に悲鳴を上げる。

農耕民族の肉体に限界あり。
致し方ないが、認めざるを得ない。

2017年09月09日

「やってみなはれ」主義

日経朝刊を読み始めてかれこれ半世紀になろうとしている。
その日経朝刊の最終面には決まって連載小説が掲載されてきた。
日本で唯一の経済専門誌における連載小説と同面の「私の履歴書」は、
ビジネスマンにはとりあえず注目されてきた。
結果、過去も現在も、そして多分将来も、日経の連載小説を担当することが
“(日本の)超一流の作家”という冠をもらうための登竜門になったと思う。

ここ1カ月は伊集院静の「琥珀の夢」(9月5日最終回)。
鳥井一族=サントリーの現在までの流れを綿密に描いた大作だった。
赤玉ポートワイン→白→角瓶→オールド(ダルマ)→リザーブ→山崎
と流れる一連の動きを、明治・大正・昭和の日本の社会情勢を加える中で、
丁寧に描いてあった。
久し振りに読み応えある連載で、毎日楽しみに読ませてもらった。

その昔、老舗クラブでその店のベテランさんに
「オールドはないのか?」と聞いたら、
「オールド??」「何それ??」と返されたことがあった。
日本でウイスキーと言えばサントリーであり、
サントリーの最大のヒット商品がオールド=ダルマであることを知らないで
飲座で商売すんのかよと、その店自体の中身の薄さにあきれ、
以降、全く行かなくなってしまった。

サントリーの歴史は日本のウイスキーの歴史。
だが、今回、作者の最大に伝えたかったのは、多分、
「後継者をどう育てていくか」
「後継者にどのようにチャンスを与えるか」
ではなかったか。
「やってみなはれ」主義が有名な同社が、
若者をいかに育て、チャンスを与えるかという、
簡単に見えて難解なテーマにどう対処してきたかが明快に描かれていた。
伊集院静は、もはや誰もが認める“超一流の物書き”の仲間入りである。

8月31日のアジア最終予選B組の日本VSオーストラリア戦。
ここで勝てば6大会連続でW杯 に出場できる大一番。
ホームというアドバンテージはあるものの、
“(ビビって)シュートを打たないフォワード”
“打っても外しまくるフォワード(!?)”が売りの日本であり、
本田や香川が、ゴールを外して頭を抱えるシーンをまた見るのかと、
ヒヤヒヤしていた。

ところが“前半・後半それぞれ1発=合計2発”で勝利し、
ロシア行の切符を手に入れた。
先制ゴールは22歳浅野、21歳の井手口。
最初はハリルホジッチ監督の“やけくそ”の布陣かと心配したが、
ここを先途の若いエネルギー大爆発、最後までピッチを走りまくった。
本田も香川も出番なし。
まさに「時代が変わった=世代交代」と思わせる一戦だった。

8月31日から9月3日までの第45回フジサンケイクラシック。
どうせまたおざなりの日本的な、ゆるい大会だろうと高を括っていた。
が、今年は違った。
会場の富士桜カントリーが大改造され、
7566ヤードパー71の難関コースに生まれ変わっていた。
世界のメジャークラスの設定である。
結果、優勝スコアは3アンダーで、アンダーパーが最終的には6人。

大会ディレクターの日本のプロゴルフ界の影のドン・戸張捷が
自信満々に言うだけのことはあった。
そして付け加えれば、初日から最終日まで、
主催側のフジTVが早朝からフルカバーで放映したことも画期的だった。
「世界に伍してやるとはこうなんだ」
「やってみなはれ」のスタンスだった。

8月終盤から9月前半、各種のスポーツで
「後継者を育てたい」「やってみなはれ」との意思が明確に見え、
実に心地よかった。

まさかとは思うが、これも日経連載の伊集院静「琥珀の夢」効果かもしれない…

2017年09月02日

チャリ新時代

昔から自転車(チェリンコ=以下チャリ)が好きだった。
大敵は雨と強風。
だが、季節の移り目(=風の肌触りの変化)を感じるにはチャリが最高である。

今から約30年前、東京→富山をチャリで完走した。
体力なく、いずれも片道だけだが、1回目は上信越経由、2回目は名古屋→高山経由。
500㌔超を3日かけて走破するという壮大なる(!?)“冒険”or“実験”。

もはやあのような無謀なことはできなくなったが、
しかし、やっておいてよかったとつくずく思う。
如何に最新式のチャリでも、日本アルプスを普通の体力では登り切れない。
が、無理と思えばおっちら、おっちら、チャリ引いてひたすら歩く。
折り返して、風を切って下る坂道の爽快さは何にも代えがたい。
結局、終わってみれば合計でかかる時間に大差ない。
これぞいうところの“エコ運転”(!?)だし、
もう少しカッコよく言えば、人生そのものようにも思う。

前置きが 長くなったが、ここ5年、
半径3㌔以内の移動にはチャリを使っている。
都会ではチャリの置き場=駐輪場の確保も難しいが、
“折り畳み”式のチャリなら、軽量(約10㌔程度)だし、
部屋の中に納まり、ベランダに置いた時の錆のリスクもない。

この方法を採り始めたのは、
地下鉄や都バスに乗りたくなくなったからである。
地下鉄はエスカレータ完備でなく、地下階段の上り下りが結構しんどい、
特に荷物を抱えた時などは。
都バスは交通渋滞あり、時間が不定期で、利用者は無料パスの高齢者も多く、
乗ってるだけで気が滅入る。

こうした一連の流れの中で、最近注目され始めたのが「シェア自転車」。
中国のシェア自転車大手の摩拝単車(モバイク)が、
札幌市内で大々的な実験を開始した。
仕組みは至って簡単。
札幌市内のコンビニやドラッグストアなど数百か所に駐輪場を設け、
千台単位の自転車を貸し出す。

サービスの核となるのがスマートフォン。
開錠や課金も全てスマホ。
利用後は契約した駐輪場での、いわゆる“乗り捨て”。
競合社が次々に現れており、日本のNTTドコモも
ドコモ・バイクシェアなる子会社(東京・神田)を立ち上げ本格的参入の構え。
*江東区も同様の無料サービスを開始しているが、実数が極端に少ない

骨の髄までシボレーで/あとでひじてつクラウンさ…
団塊の世代の人間なら誰でも知ってる小林旭「自動車ショー歌」。
1964年の発表だが、
庶民の憧れの的だった内外の車の名前がちりばめられている。
小林旭独特の甲高い声は、ガソリンの匂いがムンムン匂う。

団塊の世代が若者の頃、スカイラインGTやフェアレディZなど
スポーティな乗用車がデート用の必須アイテムだった。
それから約50年、ガソリン車は徐々に廃止に向かい、
電気自動車(EV)や自動運転車の時代になり始めた。
考えてみれば、都内で若者が運転する乗用車はめっきり減った。
目立つのは、団塊の世代のオッサンが運転する乗用車ばかりである。

かくして2020東京五輪に向け、チャリ文化が花咲く気配。
困るのは、電動アシスト車に乗って荷物満杯で髪振り乱して疾走する
35歳前後の“ちょい昔は美人だった”主婦層と、
宇宙人のようなキャップをかぶった暴走チャリ族。
全てが思うようにうまくいくはずがなく我慢するしかないが…

時代の変わり目。
大都会・国際都市・東京の空気が格段に美味しくなるかもしれない。

2017年08月26日

野球が廃る!? -来年100回を迎える夏の高校野球-

日本の夏の風物詩、高校野球の熱闘甲子園。今年は99回目。
今年は、目玉の清宮幸太郎の早実が西東京決勝で敗退、
折からの不安定な天候もあって、注目度が低かった(!?)と思う。

自分の場合、ゴルフ・松山英樹が、日本時間4日から14日の約2週間、
ブリジストン招待→全米プロで熾烈な優勝争いをしたから、
早朝からのTV観戦で疲れ果て、高校野球を見る気力も体力もなかった。

しかし、さすがに準決勝あたりから注目せざるを得なくなった。
平成の怪物と言われた横浜高・松坂大輔投手を育てた渡辺元智前監督をして
「こりゃ(打者として)怪物だわ!」と言わしめた(BS朝日実況解説)、
広島・広陵高校の中村奨成捕手の活躍があったからである。
28打数19安打・打率6割7分9厘、6本塁打(新)、6二塁打(新)、17打点、
43塁打(新)等など、 劇画でもこうはいくまいと思われる記録づくめの大爆発。

PL学園・清原和博がそれまでの記録5本塁打を放った67回大会(85年)では、
実況アナに「甲子園は清原のためにあるのか~!!」と絶叫せしめたが、
今年の夏の甲子園は、「広陵・中村奨成のためのもの」になった。
100回目直前の大会の記録に残る活躍は、後世に残る伝説となるに違いない。

今年の観客は10年連続で80万人を突破。
しかし熱狂甲子園はこのまま続いていくのか。
日本高野連に拠ると、
「やまびこ打線」の徳島・池田高校や、桑田・清原のKKコンビの大阪PL学園の
活躍に沸いた1980年代は80万人で推移し、
90年には過去最高の92万9千人を記録する。

だが、サッカーJリーグが開幕した93年以降は徐々に減少、
96年には64万5千人まで減少する。
再び人気が上昇するのは2000年以降。
早実・斉藤祐樹と駒大苫小牧・田中将大両投手の決勝での投げ合い(06年)
などがあり、08年から今年まで10年連続で80万人を超えた。
統計が残る58年以降、初めてのことである。

だが一方で厳しい現実も待ち受ける。
日本の6歳から14歳の人口が2011年から2016年の間に6%減少。
同じ年齢層の競技人口は全日本野球協会の推計に拠ると、
約63万8千人から約49万2000人と激減している。

原因はスポーツが多様化したことによる、野球をする機会の減少。
そして野球をできるスペースの減少である。
確かに狭いスペースで楽しめるスポーツは数えたらキリがない。
グローブやバットなどの用具の改良と共に値段の高騰もあり、
野球じゃなきゃダメだと言う論理は成り立たない。

今回の全国大会で初優勝した埼玉・花咲徳栄高校は、
同じレベルの投手二人を仕上げることから始まり、
同等の力量を持つハイレベルの20人の集団を創り上げていた。
結果、1番であろうが、9番であろうがどこからもチャンスを作れるのだ。
私学だからできる、高校3年間=実質900日、ひたすら野球だけに打ち込む世界。
それが昨今の高校野球の実態である。
と言えば、反対論もあろう。
だが、学生野球の祖・故飛田穂洲の掲げた文武両道の球道精神は、
既に建前の理想論になっている。

最近、松山英樹を使った一面広告(なぜか、あのガリバー・野村証券)のキャッチ
「目指すのは、今まで以上の未来」が鮮烈で心に響いている。
果たして野球に未来があるのか?
自分が小学生の頃の実家方面では、各町内で野球チームが編成され、
夏には20チーム超が覇を競った。9人どころか、補欠も2~3人はいた。
最近では、蝉の声は聞こえても、子供の声は聞こえない。

来年は100回を記念して深紅の大優勝旗が新調される。
要は高校野球も新しい時代に入るということである。
9人が集まらないと始まらないゲーム、野球。
確かに団塊の世代がいてこれまでの野球が成り立っていたのかもしれない。

野球が廃る!?
あり得ない!!と言いたいが、反論し切れない。
時代の流れを受け止めざるを得ない、残念ながら。

2017年08月19日

最終局面を迎えたアベノミクス

トランプ米大統領の北朝鮮への
“この小僧がっ!!”型の「口撃」が断続的に続いている。
米国が本当に軍事作戦にカジを切るのか。
北朝鮮の軍事能力の増強が確実になる中で、
トランプVS北朝鮮のTV画面上での激しい応酬が、
世界の市場を揺さぶっている。

今回の事態と唯一比較できる事象は“キューバ危機”だろう。
1962年10月、旧ソ連によるキューバでの核ミサイル基地の建設を
きっかけに米ソは核戦争手前までいった。
今回の事象も、背後にロシア&中国がいるのも間違いなく、
結局は同じ構図だ。

そうした中でNYダウが22000㌦近辺の高値に張り付いている。
AI中心の世の中に移行する中で株式市場は、
米IT・ハイテク業界の好調が続き、
「人手不足が2050年まで続き、省力化やITへの投資を促す」との
(安直な)期待感に浸っている。

当然ながら、ITバブル崩壊のリスクは健在である。
来るべきAI全盛時代に勝ち残るのは、
従業員1人あたりの企業価値や収益が大きいなど、
賃金上昇の圧力に屈しない体質を持つ企業に限られる。
従って「何でもかでも、買っておけばいい」という論理にはならない。

市場では「ビッグ・ショート」という単語が使われ始めた。
米ベストセラーの「ザ・ビッグ・ショート(邦題:世紀の空売り)」
から採られた言い回しだが、
「市場の平穏がいつまでも続くはずがない」
との懐疑心が潜んでいるのもまた事実である。

コンピュター化が強烈に進捗した結果、
世界の金融がAI任せへとカジを切って久しい。
結果的にAIは、従来の現場担当者=人間を金融機関から徐々に駆逐し、
市場の「マーケット・メーキング機能」が顕著に低下した。
現在のAI中心の(人間の介在しない)金融市場は、
行くときは情け容赦なく、(地獄の果てまで)トコトン行く。

8月3日、改造内閣を発足させた安倍晋三首相は
「4年間のアベノミクスで雇用は200万人近く増え、
正社員の有効求人倍率は1倍を超えた」
「しかしまだまだすべきことがある」
とアベノミクス加速を訴えた。

だが、繰り出した政策と成果の関係は判然としていない。
3本の矢、新3本の矢、1億総活躍、働き方改革、そして人づくり革命。
どの政策がいつ、何に、どう効いたのか。
政治の世界では、過去も現在もそして未来も
「結果良ければれば全てよし」との安直な論理が先行する。
現在置かれた大きな問題は、AIの起こすであろう未曽有の大混乱に、
「如何に冷静沈着に、的確に対応するか」である。
一国の大将は、平穏な時には、いるのかいないのか、
大石内蔵助型昼行燈(ひるあんどん)でも構わないのだ。

戦後の日本で宰相の供給源は、
吉田茂、岸信介、池田勇人、佐藤栄作などの官僚機構だった。
やがて自民党が力をつけ、田中角栄や竹下登などの派閥の領袖が
内閣を率いるようになった。
近年は安倍晋三、福田康夫、麻生太郎など「世襲宰相」でしのいでいる。

トランプVS北朝鮮の対立が発端となり、
理想論・机上の空論が機能しない大混乱が起きる可能性は高い。
大異変が起きた時、何が、そして誰が必要なのかが分かる気がする。

2017年08月15日

50年という長い(短い!?)時間

今年のお盆ももう終盤。
日本の玄関東京駅は、一体どこからこんだけの人が集まるの??ってな混雑。
北朝鮮問題が深刻化してるものの、いつもの日本の平和な風景であります。

今年のお盆は、祖父の50回忌、祖母の27回忌に共同法事を執り行いました。
といっても、プロデュースはイベント慣れしている(!?)弟に任せっきり。
「お客さんじゃないんだから、それなりにやってくれよ」とのお小言。
下手に手を出すとイラつくだろ、お前は!?ってな、いつもの調子でありました。

とは言え、TV局のお偉いさんだった弟は、さすがに手慣れたもので、
50年超前の七五三の写真のリメーク版が出てくるやら、
母親の俳句集もどきが出てくるやら、まずは完璧でありました。
またなんかの拍子で、小学校時代に習字を一緒に習いに行ってた“年上の女性(ひと)”
に再会したりして、これもまた法事の引き合わせってやつでしょうかね。

帰郷の際、北陸新幹線を富山駅で降り、
あいの風とやま鉄道に乗り替えなければなりません。
「あいの風とやま鉄道」???なんか奇妙な不思議なネーミング。
その実、JRから地方の自主運営に代わっただけで、昔の通学列車。
通学列車に乗り込むと、どうしても昔の高校時代の想いになる。
時間など経ってないのじゃないか、オレってまだ高校生のままじゃないか、
といった不思議な感覚になる。

ただ現役の高校生の姿を見、話を漏れ聞くうち、ハッと現実に戻る。
そうかもう50年経ったんだよ、ごじゅうねん….
50年=18250日。これは長いのか短いのか。
過ぎればアッという間に感じます。

法事も無事終了し、帰京するその日の早朝(深夜?)から
フジ系列で全米プロ中継のTV観戦。

松山英樹VSジャスティン・トーマスの稀に見る死闘。
自分でやってる感覚になり、パットが入ると“ヨシッツ”とガッツポーズを
したりする。
午前3時から7時半くらいまで、自分を忘れる時間だった。

松山は「グリーンマイル(死刑台への道)」と言われる難関の上がり3ホールで
3連続のボギーで、惜しくも5位タイに終わった。
全米プロようなビッグタイトルにはJ.トーマスの“8秒待ちポトン・バーディ”
のような“運”が必要なようである。
松山は先週のブリジストン招待で(近場の)運を使い切ったのかもしれない。

この熱戦の中、テンション上がり、のどが渇きっぱなしで、
缶酎ハイ・レモン味・ストロングを7本ばかり飲って、終わる頃はヘロヘロ状態。
これで松山が優勝などしていたら、更に祝杯を上げて、帰京延長となったかも….

8月15日のスポーツ各紙は「松山 泣いた!!」の一面扱い。
そして「1月結婚、7月女児誕生」のビッグニュース。
なるほどなぁ、今年に入って顔が変わった、精悍になったものなぁ…
ま、神様は、松山に対しても日本のファンに対しても、
楽しみは来年までとっときなさい、と言いたかったのだろう。

以上、お盆“番外編”でした。来週からまたいつものパターンに戻ります。
よろしくアクセスのほど、お願い申し上げます。

【追伸】
母親の句集もどきの中で、グサッとささる秀逸な作品があったので、
本人に許可を得ないまま、紹介します。

なごり菊 生けてごまんざの 客を待つ

註:ごまんざ
富山県呉東地区の「郷土料理・いとこ煮」を供する伝統行事。
小豆(あずき)、里芋、大根、人参、油揚げ、など野菜中心の
イワシの煮干し出汁・つゆだく・味噌建ての煮物を「いとこ煮」と呼んでいる。
小豆(あづき)が入るのが最大の特徴。
冬直前の定置網を仕掛ける前に、豊漁を祈って供したものと聞く。
いろりで時間をかけてコトコト煮込むのが定番。

2017年08月10日

残暑お見舞い申し上げます

日頃から当ブログにアクセスを戴いている皆様、
暦の上では立秋を過ぎました。残暑お見舞い申し上げます。

日本の夏、異常な夏…. 如何お過ごしですか??
もはや日本は完全に亜熱帯、シンガポールや香港よりも酷い夏であります。
今回は特に超スローの台風が縦横無尽、日本中を荒らし回りました。
どうしてああも器用に、日本列島を縦断していくのでしょうか?
何らかのメカニズムはあるのでしょうが、住み難い国になってしまいました。

日本時間帯では通常の生活ができない(!?)ので、
最近では午後9時までに就寝、午前2時起床の自分の通常のルーティンを
キッチリと守って生活をしております。
夏以外でもNYタイムには起きて市場をウォッチしていましたが、
上記の時間帯は、避暑措置として、ある程度は効果があるようです。

お陰様で、酒を飲む機会も極端に少なくなり、曲がりなりにも三食摂り、
夏痩せどころか夏太り状態で悲鳴を上げております。

そうした時間帯で生活しておりますと、米MLB野球、ゴルフ、テニス、
最近では世界陸上など、世界水準のスポーツに接する機会も多くなっています。
観るのも疲れるので、BGMとして流しておく、といったパターンですが…

2年に1回の世界陸上。
織田裕二と中井美穂がMCをするTBS世界陸上ももう10年を超え、
二人が出てくると、またその時期か、と思うようになっております。
(中井美穂もおばちゃんになったなぁ…失礼!)

ただ「走る、跳ぶ、投げる」との基本中の基本の陸上競技って、
結局はDNAの問題だと思い、半分以上あきらめております。
無呼吸距離=100、200、400メートルは日本人には無理なようです。
100=10秒、200=20秒、400=44秒を切ることが20年経ってもできない。
最近ではマラソンもスピード化が著しく、世界のDNAには敵わない。
ハンマー投げの室伏は例外中の例外だが、彼には外国の血が混じってる。
200米で14年振りのファイナリストとなったサニブラウンもまた同じ。
まぁ、バトン技術で世界に肩を並べる男子400リレーあたりが関の山です。

ところで、日本時間4日(金)から7日(月)のゴルフ・ブリジストン招待、
ご覧になりましたか??

日本時間7日早朝の最終日、松山英樹のぶっちぎり、凄かったですね!!
7500ヤード・パー70って、サディスティックな設定、
一体どこの誰が考えるんでしょうね。
パー4が軒並み450ヤード超え、ショートも軽々200ヤード超え。
モンスターと言われる16番ロングに至ってはなんと652ヤード。
フェアウエイは狭く、ラフは長くて粘っこく、
グリーンはアンジュレーションもきつい。

そんな漫画みたいな異常なコースで、松山クンやってくれました!!
2番ロングで17メートルのチップイン・イーグルを放り込んでから
いわゆる“ゾーン”状態。
1イーグル・7バーディ・ノーボギーの9アンダー、
あのタイガー・ウッヅの持つコース記録61に並びやした。

NHKの実況アナの絶叫を聴いたのは、2009年のMLBワールドシリーズ、
MVPを取ったゴジラ松井のバカ当たり以来。
解説のプロゴルファー・田中秀道に至っては
「もう異次元。解説なんて要りませんわ」と完全にギブアップで黙り込む有様。

こんな中継、そんじょそこらでお目にかかることはないと、
BSの再放送、地上波の再放送と、都合3回も観てしまいました。
18番ホールに向かう際の、万雷の拍手に迎えられる中で、
キャディのシンドー君と並んで冷めた表情の松山の姿は生涯忘れません!!

日本時間11日(金)早朝からの全米プロ選手権でも優勝候補最右翼に。
日本のゴルフ界の悲願などと、過剰な期待しないで観たいと思っております。

すみません、残暑見舞いのつもりが、いつの間にか松山賛歌になってしまいした。

最後になりましたが、
異常気象の折、くれぐれもご自愛くださいますよう。
そして、本ブログへのアクセス、変わらずよろしくお願い申し上げます。

2017年08月05日

「野球なら8回」 -追いつめられる米トランプ政権-

この7月に行われたワシントンポストとABCテレビの共同調査による
トランプ大統領の「就任後半年の支持率」は、第二次大戦後最低の36%となった。
(どこか極東の島国の首相の支持率は30%を割り込んだが…)

内政・外政を含めて原因はいくつかある。
対内的には、まずロシアゲート疑惑。
昨年の大統領選挙でヒラリー候補を追い落とすために
ロシアと協力したのではないかとの疑惑。
この疑惑を捜査していたFBIのコミー長官を突然解任したことで
不信感が増幅した。

次に
オバマ前大統領が設定した「医療保険制度(通称オバマケア)廃止」の失敗。
米国には国民皆保険制がなく、医療保険に入れない470万人の国民を救おう
とする政策だったが、政府の支出を抑えるためとして廃止を主張していた。
下院では承認されたものの、上院では廃止に反対するが共和党員が続出、
「オバマケア廃止法案」の採決を断念、オバマケアは存続することになった。
結果、減税の財源に充てることが不可能になり、減税幅の見通しが立たなくなった。

「メキシコとの国境に壁をつくる」という主張も、
財源の当てがなく実現できないままになっている。
そして諸般の政策は不成立となる中で、報道関係者に対する暴言が続き、
対立が更に大きくなっていることも混乱に拍車をかけている。

対外的には、TPP(環太平洋経済連携協定)から抜けたことが
米国の立場を悪くする大きな要因になった。
挙句はG7が「6プラス1」、G20も「19プラス1」の構図になり始めた。
中心になり始めているのは独。
独アングラ・メリケル首相は「他国を頼りに出来た時代は終わりつつある」と
“脱米国”=「トランプ抜きの世界」をほのめかすまでになっている。

そして最大の問題は中国やロシアが、
「トランプ大統領を称賛しながら、実際には米国には従わないという手法」
を習得したことにある。

20世紀は「大西洋の世紀」だった。
大西洋の両岸に位置する欧州と米国に富と権力が集中した。
21世紀は中国の台頭が目覚ましい中で「太平洋の世紀」になり始めている。
中国の唱える「一帯一路」という絵空事も、
実は好戦的で孤立主義のトランプ政権の失政で、その実現性が見え始めた。

思い起こせば、9.11の同時テロ直後の世界は米国に好意的だった。
国際都市ニューヨークへの攻撃は、グローバル経済の挑戦と受け止められた。
ブッシュ大統領の「テロとの戦い」は「反グローバル化との戦い」とも共鳴した。
結局、この時が米国の終わりの始まりだったのかもしれない。

米金融市場では「野球なら8回」との表現がなされ始めている。
「大勝しているかに見える米国に何が起きるか分からない」との警鐘である。
景気循環調整後のPER(株価収益率)が30倍に近く、
中央値の16倍を大幅に上回っている。
30倍を上回ったのはバブルだった1929年と2000年しかない。

おそるおそる22,000㌦まで達したNYダウは余りに危ない。
ろうそくが燃え尽きる前の最後の輝きか?
危うし、経済大国・米国。

かくしてトランプ大統領は、
(グローバル化の尖兵だった米国を葬り去った大統領として)
歴史に燦然とその名を残すことになりそうである。


2017年07月29日

いつまで続く、加計・水掛け論議

さてここで質問です。
摂氏38度湿度30%と、摂氏30度湿度80%では、さてどちらが暑いか?
体質にも因ろうが、後者が余程耐え難い。
7月24~25日は、そんな異常に蒸し暑い日だった。

両日の、学校法人「加計学園」による国家戦略特区を使った獣医学部新設を
巡る衆参予算委員会の閉会中審査は、
「言った」「言わない」「記憶にない」「記録がない」
の水掛け論に終始した。
この一連の論議は、“歴史に残る”ような空しい凡戦だった。

国営放送NHKは両日、独占LIVE中継を行った。
「何も出ない 」のは解ってはいても、
とりあえずは観とく(聴いとく)かのスタンスだったが、
予想通り途中から疲れる内容に終始した。
両日合計10時間にわたって、手を変え品を変え、同じことの繰り返し。

この時期は夏の高校野球の代表決勝戦の時期でもある。
24日は千葉県代表を決める、木更津総合高校VS習志野高校の決勝戦だった。
木更津総合は最近実力を増した新進気鋭の高校で、
習志野は夏の全国大会で過去2回の優勝経験のある伝統校。

このような対決はよくある話で、木更津総合の辛勝となったが、
なぜ特に注目していたかと言えば、
習志野のブラスバンドが全国トップクラスの超優秀チームだからである。
210人の大編成から繰り出される演奏は、球場を揺るがすド迫力。
これを聴きたいがために球場に足を運ぶファンも多数。

千葉の地元局もNHK・Eテレも中継していたが、
習志野の演奏は今年も“これぞ日本のナツッ!!”の醍醐味を
十分味あわせてくれた。
高校レベルを超える演奏技術と共に、
若い力が迸る渾身のエネルギー発散の演奏は、一度聴いたら病み付きになる。

国会中継のよどんだ空気に疲れると、“裏の”高校野球中継に切り替える。
そんな作業を繰り返しながら、思った。
“偉い大人たちは一体何を繰り返しているのだ!?”。

国家戦略特区とは、
岩盤の規制の緩和という名目で、食物・農業・医療・教育などの市民生活を
守るために作り上げたルールを外し、全国に広げていこうとする趣旨である。

最終決定をする諮問会議の議長は首相なのだから、
多少なりとも首相の意向が働いて何ら不思議はない。
加計孝太郎理事長が首相の親友であり、多少の優遇をするのは致し方なく、
その脇の甘さは問われても致し方ない。
だが収賄でもない限り大きな問題にはならない。
しかしメディアは、ここを先途と必要以上大きく取り上げ、
安倍1強体制を血祭りにしている。

現状の世界は、北朝鮮の核ミサイルが我が国に照準を合わせる中、
裏から北朝鮮を支えようとする中国、
背に腹は代えられぬとその中国に近寄るEU、
実利だけに生きるトランプ政権の中国寄りのスタンスで、
結局は北朝鮮を核保有国として国際社会に入れようとしている。
また中国の南シナ海と東シナ海の狼藉も見て見ぬ振り。

かくして日本が世界の孤児となる危機が迫っている。
もりかけだ、豊洲だ、防衛大臣不在だと右往左往している時なのか。
野党も雲集霧散、全く頼りにならない。
迷える大人たち、一度習志野高校の怒涛の演奏を聴いてみたらどうだろう。
ガツンと目が覚めますよ。

今年の夏の甲子園でもう一度、彼らの怒涛の演奏を聴きたかったな…


2017年07月22日

“悲劇のヒーロー”はヒーローか

日本の夏の風物詩、甲子園球場での夏の全国高校野球。
今年が99回目の恒例「熱闘甲子園」も間近になってきた。
関東地方は19日に梅雨明け宣言。
だが異常気象が続きそうな気配が漂う中で、
甲子園という晴れ舞台に出る前の熾烈な予選が真っ盛りである。

東京都内では都内の予選ばかりでなく、
近県の神奈川・埼玉・千葉等の予選がライブで観ることができる。
4回戦あたりまではコールド・ゲームも多数。
鍛錬の違いは最初から明白。敗けるべきチームはどうあがいても敗ける。
そうした素朴で単純な試合もまた観てて楽しい。
とは言え現実は、7戦or8戦全勝しないと甲子園行きキップは勝ち取れない。
今も昔も、“明日のない”熾烈な世界ではある。

今年の西東京大会の選手宣誓は、
“怪童”の名をほしいままにしてきた早実・清宮幸太郎クン。
鳴り物入りの怪童も、もはや18歳。プロか、(ワセダ)大学進学か。
100本超の本塁打量産は確かに秀逸。だが素質は認めるにしても、
プロとしては、余りに幼く、隙だらけで実力不足の感。

で、そのセリフ。
「私たちは野球を愛しています」
「野球の神様に愛されるよう、全力で戦うことを誓います」。
6月22日に急逝した小林麻央さん(享年34)の最後の言葉に倣った
“らしからぬor大人びた”(いわゆるパクリ)表現。
記者会見では、「今まで以上に暴れて、早実の大会にしたい」と宣言。
だが西東京には日大三高という強敵もいて、予選突破も簡単ではない。
スター気取りもほどほどにしないと、
野球の神様に愛されて「清宮ファースト」とならないよ、幸太郎クン!?

いずれにしても、日本全国で将来有望な球児が競う夏の高校野球は、
予選から続く甲子園の本大会を通してプロ球団にとっては“宝の山”。
また球児にとっても、晴れ舞台・甲子園でのパフォーマンスが
プロへの門戸であるのも十分承知している。

今や“日本の宝”と言われるようになった
花巻東高校出身・現日ハムの大谷翔平投手も、
類稀な素質を持つ高校球児ではあった。
そして二刀流を頑固に主張し、打者としても、投手としても、
日本ばかりでなく世界でも超一流になると宣言をして、
ここまできた。
だが、野球の神様はそうした“(二兎を追う贅沢で傲慢な)夢”を
かなえるかどうか。

打者と投手では使う筋肉が根本的に違う。
トレーニング方法も全く異なる。
確かに高校生のような未完で柔軟な肉体なら多少は融通が効こう。
だが肉体は徐々に衰える。
男の肉体は25歳がピークと言われる。
どちらかに決める時期である。
なんでこんな簡単な理屈、周囲の人間が判断し、
方向を決めてやらないのだろう。

かくして、一時は時価10年・200億超と言われた至宝が壊れ始めてる。
メジャーどころか、日本のプロでも通用しなくなる。
「あの人は今」等のTV番組に出る大谷なんか見たくない。

壊れ始めていると言えば、19年振りの日本人横綱・稀勢の里もまた同じ。
左肩あたりの筋肉にくっきりと断裂面が見える。
間違いなく、筋が切れている。
横綱の使命というなら、できるだけ長い間綱を締めるのが筋。
「休むも仕事」そして「休む勇気を持つのが横綱」。
根本から丁寧に修理しないと使い物にならなくなる。

人間に超人はいない。
人の肉体に限界あり。
太く短くの玉砕は止めとこうや。
悲劇のヒーローなんてヒーローじゃない。

2017年07月15日

両者痛み分け!? -閉会中審査開催の中で-

7月10日、学校法人「加計学園」の、
愛媛県今治市への獣医学部新設などを巡る閉会中審査が、衆参両院で開かれた。
まことに失礼ながら、
官邸と中央官庁のガチンコ勝負というドラマ仕立てなので、
NHKのライブ中継を興味深く聞かして(観さして)もらった。

前川喜平前文科省事務次官は「官邸は動いた」、
官邸は「指示はあり得ぬ」と、両者全く譲らず、平行線のまま。
安倍首相がG20出席等の欧州歴訪中で、一方の主役不在のまま、
いつ尽きるとも分からない(不毛な)論戦が続いた。

だが最終的には、参院で参考人として出席した加戸守行前愛媛県知事の、
獣医学部の新設は地元の悲願だったとの説明が最も真に迫っていた。
同氏は旧文部省出身。
「岩盤規制で我慢させられてきた。歪められた行政が正されたというのが正しい」。
官僚は他省庁の領域に入ると何もできず、
これまでの岩盤と言われる規制を切り崩したのは官邸主導の強力(ごうりき)
だったのは間違いない。

官邸への権力集中は規制改革などプラスの面もあるが、
一方で、丁寧で綿密なバランスが求められる。
安倍1強&お友達内閣に、緩みがあったのは否めない。
誰がみても加計孝太郎理事長とは“なぁなぁのお友達感覚”あり、
「最初に加計ありき」のプロセスがあったのもまた否めない。

一方、(この際なので)前川さんを巡る環境を考えてみたい。
日本は「官僚自治王国」と言われてきた。
日本の内政は突き詰めれば“予算獲得競争”である。
どんな政治家も自分の関係者に予算を回したい。
霞が関の官僚は、こうした外部圧力から自らを防御すべく、
長年かけて考えた仕掛けが3つある、と言われてきた。

第1は大蔵省は無敵のスーパー官庁で、盾つくとまずいという幻想の構築。
外局には国税庁があり、その税務調査権を政治家は恐れるという幻想である。
第2は族議員の養成。
専門知識を持つ議員の「毒」で、他の議員の「毒」を消す。
第3は優秀な人材の継続的リクルート。
これは退職後の天下りと民間平均以上の生涯給与を保証する。

この長年の暗黙の社会契約が、
2014年の内閣人事局設置によって事実上完全に反故にされた。
前川さんの尋常でない怒りや執念は、
文科省という官僚自治王国が旧時代的な存続を許されず、
新しいスキームに呑み込まれ、
自分の代で崩壊しつつあることに我慢ならなかった。
それが官僚の頂点を極めたプライド高き生涯の悔恨にもなった。

自分の2歳上に、
同じ中学・高校→東大法学部→厚生事務次官に上り詰めた方がいる。
中学時代の陸上部(同氏は走り高跳び&短距離)主将で、指導も受けた。
何とはなしに前川さんと体格や面影(眼鏡も同じ)が似ている。
中央官庁の事務次官に上り詰めるのは並大抵ではない。
重要参考人として、国会・予算委員会等で姿をお見受けしたあの方は今、
何をしておられるかな?
TV中継中、ぼんやりそんなことも考えていた。

ここに至っての平行線の論争は今後、野党がどんなに騒ぎ立てようが、
関係者全てが満足に足る的確な解は出ないだろう。
最終的には喧嘩両成敗=痛み分け(安倍退陣&前川天下りせず)あたりが
落としどころか。
かくして慢心・安倍さんの政治命脈も尽き始めた。東京五輪まで持つか否か。

“だって(お互い)人間だもの…”(油断・慢心VS悔恨・怨念)致し方ないか…
面白うて やがて哀しき 鵜飼かな(芭蕉)
今回の国会中継、それぞれの人間模様を映し出し、最後には空しくなった。


2017年07月08日

風は強烈に吹いた。だが…

7月2日(日)東京都議選の投票日。
正直言えば、都議選に投票に行ったのは初めてだった。
少々傲慢な言い方をすれば、
大東京に蔓延る地元の(顔役&利権型)オッサンが中心の都議会選挙など、
全く興味が持てなかった。
候補者の主義・主張を聞く意志もなく、ただ漠然と投票に行くのも、
かえって無礼かなと思ったりしていた。

今回の都議選、投票に行くには行った。
が、候補者の名前すら知らず、最初から都民ファーストの候補に入れとくか、
といった、誠に無責任なやり方だった。
安倍VS小池の対決が色濃い中で、
街頭演説や立ち合い演説を聞く意志も機会もなく、
投票所で名前を確認するといった誠にイージーなスタンス。
自分のエリア・中央区の当選者(女性)は、旦那が西郷隆盛の直系であるなど、
当選してから知るという、まるで喜劇か落語の世界。

で当日は、
毎週楽しみにしていたNHK大河が今年は大不作で全く観る意志なく、
ナイター等のスポーツ関連番組もなく、しゃ~ないので、
フジ系列が他局に先駆けて6時あたりから始めた「都議選特番」を見るともなく、
流しておいた。
将棋天才少年の30連勝をかけた一番との二元放送だった。
何もかにもがとりあえず、って感じだった。

8時の投票締め切りと同時に、都民ファースト圧勝、自民惨敗が明確になった。
都民ファーストの候補一覧に当確の緑の花印が連発で並んでいったが、
方や自民は1時間経っても「ゼロ」のまま。
まさに見事な、まるで劇画のような流れだった。

個別に注目していたのは、
①都自民党のドンの千代田区の傀儡候補
②小池都知事の初登庁の日、握手を拒み、写真撮影を拒んだ都議会議長
③「ブラックボックスはお前(小池都知事)だ!」とのたまった都自民党幹事長
の動向だった。
三者とも、ものの見事に落選。

特番で特に強烈でインパクトがあったのは、
7月1日の選挙運動最終日、聖地・秋葉原での安倍首相の応援演説のシーン。
あろうことか「帰れコール」「辞めろコール」の大合唱となった。
そのシーンが映し出される度に鳥肌が立った。
本ブログでも再三「安倍1強体制」に対する危惧を論述してきたが、
「壊れる」「風が吹く」とはいかに強烈なのかが肌身にしみた。

敗因は巷間では、中谷元防衛相発案と言われる「THIS+A」。
これは並び替えで「SHIT(=シット=くそったれ!)+A」になる。
固有名詞を説明するまでもないが、
T=豊田真由子、H=羽生田光一、I=稲田朋美、S=下村博文、A=安倍晋三。
H、S、Aはともかくとして、(Sは菅義偉・官房長官との考え方もある)
豊田真由子衆院議員の大絶叫・暴行騒ぎの異常性に打つ手なし。
稲田朋美防衛大臣は、失言連発&資質に難ありで「任にあらず」。
 
確かに烈風が吹き、小池百合子都知事は「首都決戦」を制した。
だが、これからが大変だろう。
今回の都知事選でも、安倍首相が大勝した「政権再交代選挙」で
初当選を果たした通称・安倍チルドレン、別名「自民党・魔の2回生」が
自民党をガタガタにした。
一方の旗頭に上り詰めた小池さん、
タレント崩れやら、歌手やら、秘書上がりのアモーレの実弟やら、
問題を抱えた・ど素人集団を今後、どのように監督・教育されるのか。

世には「盛者必衰の理」あり。
政界は変わらず「一寸先は闇」である。

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