2017年09月23日

アップルの高級路線に陰り

9月12日、米アップルは11万円台からなるスマートフォン「iphone」の
最上位機種「X(テン)」を発表した。
マニアはともかく、一般消費者にとっては何が凄いのか知らないけど、
なんでそんなに高価なんだ?というのが第一印象だった。
スマホは2007年の誕生から10年が経過し、市場成熟化が言われる中、
自信満々の高価格が奇異に映った。

「ウンドウズ95」発売が起爆剤だったパソコン市場は、
その後16年でピークを迎えた。
スマホは10年を経過し、けん引役だった中国が今年初めて減少に転じるなど、
市場では“ピーク”を打ったとの見方も徐々に広がっている。

創業者スティーブ・ジョブズ亡き後、ティム・クック最高経営責任者(CEO)は、
腕時計端末、決済、定額音楽配信など矢継ぎ早な多角化に成功し、
アプリ市場での売り上げはグーグルの2倍で、
サービスの売上高はアップル全体の16%に達している。

だが売上高の5割以上占める主力商品のiphoneに関しては
ここ数年横ばいになっている。
機能向上が鈍化し、他のメーカーとの違いがなくなると、
消費者は割安さ求めるようになる。
この流れを食い止めようとアップルは、機能強化を活路としてきた。

今回の「X(テン)」はホームボタン廃止と顔認証導入、無線給電などの
新機能を盛り込んだ。
一般論から言っても、11万円の高価格の割には新機能に新鮮味はない。
結局、新機能をアピールする先は一般消費者ではなく、
ブランド力を土台にした継続顧客であり、彼らの「忠誠心」にすがるしかない。
こうした“曖昧であやうい”戦略が継続するか否か。

一連のIT関連機器に疎い者にとっては、
際限なく多機能化するスアホを使い切れないでいる。
電話ができ、メールが簡単に打てれば大概の事が済む者は多いと思う。
顔認証が絶対的に必要な機能なのか??
アップルのマニアになって、一体何の得がある!?

確かにここ10年、スマホは生活を大きく変えた。
情報源がインターネットになり、収集手段も会話から一家に1台のパソコン、
そして1人1台のスマホになり、
「こどもが親を通じて生きるすべを身に付けていく」という関係が崩れ去った。

最近では「卒婚(そつこん)」「卒母(そつはは)」などという新語が流行し、
「卒業シリーズ」が累計250万部の大ヒットとなっている。
スマホを中心にした新たな情報時代。そして100歳の超長寿時代。
まず「(定年となった)旦那から卒業」し、「子供からも卒業」しようとする
女性中心の“荒々しい大波”が押し寄せる。

いずれにしても、スマホは世界中の一般社会に完全に定着し、
成熟したと見るのが妥当なようである。
ITに疎い者はつくづくと思う、これ以上“奇を衒う”機能が必要なのか。
その(どうでもいい)機能を備えた高額の機種に追随する必要があるのか。

アップルの手法を疑問視する動きが出始める中で、
金融市場では「ITを中心とした米株高はバブルだ」との意見も出始めている。
至極当然だろう。22,000㌦超に張り付くNYダウ自体が異常である。

ではスマホ・ネクストは何か??
最近では「自動運転車」が大々的にクローズアップされ始めている。
スマホで十分潤ったアップル王国も、戦略を変えなければならないようである。

2017年09月16日

農耕型民族の肉体の限界

中学時代、陸上部に所属し、100・200米の短距離が専門だった。
それなりの素質はあったのだろう、1年から3年まで市大会を勝ち抜き、
県大会までは進出した。
だが練習方法も知らず、本格練習をしていない自分は、
当然ながら県大会での成績は芳しくなかった。
見るに見かね、同じ中学OBで100米の当時の県記録・10秒9(手動)を
持つ大学生Sさんががわざわざ教えに来た。

まともな練習をしていない自分に、初めて体験するハードなトレーニングに
ついていけるわけがなく、途中で完全にギブアップした。
ついでだと、最後の最後に100米のガチの勝負をした。
12秒台と10秒台にどのくらい違いがあるかを分からせようとする魂胆だった。
10秒台の走りはまるで別世界。
よ~いドンから最後まで、どんどん離れていく尻を見るばかり。
こりゃもうどう頑張っても、自分の力が及ばないはるか彼方の世界だな…
夏の終わりには決まって、中学校門前にあった“超有名店(!?)”の新村商店で
練習後にご馳走になった氷イチゴ+ハムカツ・セットのほろ苦い味を思い出す。

9月9日、
福井県営陸上競技場で行われた日本学生対校選手権の100米決勝で、
桐生祥秀(東洋大学・21歳)が、
日本人初の9秒台となる9秒98(追い風1.8米)を記録した。
1998年バンコクアジア大会で、
伊東浩司がマークした10秒00を最後に、
日本人が越えられなかった「10秒の壁」を破った。
すわ2020東京五輪でメダルか!と、日本中が湧きかえった。

(分かり易いように)あくまで単純計算だが、
100米を10秒で走るとして、1秒で10米、0.1秒で1米、0.01秒で10㌢、
つまり0.02秒更新したということは“20㌢の差”を超えたということである。
ついでに言えば、
世界記録ウサイン・ボルト(ジャマイカ)の9.58秒との距離差は
0.4秒=4.00米ということになる。

国際陸連の公式サイトに拠ると、
桐生は歴代126人目の9秒台のスプリンターとなる。
スプリントの世界はアフリカ系が圧倒的で、それ以外はごく少数。
アフリカ系が圧倒的優位に立つ要因に挙げられるのは民族性。
古来狩猟のために長距離移動を重ねる習慣が時代を超えて受け継がれ、
速く走るための筋肉自体が異なっている。

筋肉には「速筋」と「遅筋」があり、短距離走に必要なのは「速筋」。
アフリカ系の選手の筋肉は9割が速筋。
一方、定住型の農耕民族である日本人の速筋の割合は
せいぜい5割程度とされる。要するに最初から勝ち目がないのである。

現状できる最善策としては「体幹を鍛える」ことだが、
ウサイン・ボルトの最大の歩幅が2.8米で、
桐生が2.4米からも判断できるように、
“(肉体的に)絶対超えれない部分がある”のは否めない。
打開策は「新種のDNAを創る」しかない。
世界大会・短距離のファイナリストを排出するためには、
(最近活躍が目立つ)サニブラウン・ハキームやケンブリッジ飛鳥のような
混血型が不可欠なのである。

話は違うが、大相撲秋場所は、白鵬・鶴竜・稀勢の里の3横綱の他、
3日目から大関・高安や宇良が、そして6日目からは大関・照の富士が休場し、
残る横綱・日馬富士も5日めまで3敗し休場が危惧されるなど、
3横綱2大関不在の、よく言えば“(誰が優勝するかわからない)戦国場所”、
現実的に言えば“1918年(大正7)夏場所以来の異常事態”となった。

そのほとんどが膝を中心とした下半身の故障によるものである。
体重が限界を超えている。
200㌔超が珍しくもない、“デカけりゃいい”の論理では相撲は勝てない。
必要以上に上半身に筋肉をつけた=体重増加した結果、下半身に無理がきた。
本来のDNAの限界を超えれば、肉体、特に下半身は素直に悲鳴を上げる。

農耕民族の肉体に限界あり。
致し方ないが、認めざるを得ない。

2017年09月09日

「やってみなはれ」主義

日経朝刊を読み始めてかれこれ半世紀になろうとしている。
その日経朝刊の最終面には決まって連載小説が掲載されてきた。
日本で唯一の経済専門誌における連載小説と同面の「私の履歴書」は、
ビジネスマンにはとりあえず注目されてきた。
結果、過去も現在も、そして多分将来も、日経の連載小説を担当することが
“(日本の)超一流の作家”という冠をもらうための登竜門になったと思う。

ここ1カ月は伊集院静の「琥珀の夢」(9月5日最終回)。
鳥井一族=サントリーの現在までの流れを綿密に描いた大作だった。
赤玉ポートワイン→白→角瓶→オールド(ダルマ)→リザーブ→山崎
と流れる一連の動きを、明治・大正・昭和の日本の社会情勢を加える中で、
丁寧に描いてあった。
久し振りに読み応えある連載で、毎日楽しみに読ませてもらった。

その昔、老舗クラブでその店のベテランさんに
「オールドはないのか?」と聞いたら、
「オールド??」「何それ??」と返されたことがあった。
日本でウイスキーと言えばサントリーであり、
サントリーの最大のヒット商品がオールド=ダルマであることを知らないで
飲座で商売すんのかよと、その店自体の中身の薄さにあきれ、
以降、全く行かなくなってしまった。

サントリーの歴史は日本のウイスキーの歴史。
だが、今回、作者の最大に伝えたかったのは、多分、
「後継者をどう育てていくか」
「後継者にどのようにチャンスを与えるか」
ではなかったか。
「やってみなはれ」主義が有名な同社が、
若者をいかに育て、チャンスを与えるかという、
簡単に見えて難解なテーマにどう対処してきたかが明快に描かれていた。
伊集院静は、もはや誰もが認める“超一流の物書き”の仲間入りである。

8月31日のアジア最終予選B組の日本VSオーストラリア戦。
ここで勝てば6大会連続でW杯 に出場できる大一番。
ホームというアドバンテージはあるものの、
“(ビビって)シュートを打たないフォワード”
“打っても外しまくるフォワード(!?)”が売りの日本であり、
本田や香川が、ゴールを外して頭を抱えるシーンをまた見るのかと、
ヒヤヒヤしていた。

ところが“前半・後半それぞれ1発=合計2発”で勝利し、
ロシア行の切符を手に入れた。
先制ゴールは22歳浅野、21歳の井手口。
最初はハリルホジッチ監督の“やけくそ”の布陣かと心配したが、
ここを先途の若いエネルギー大爆発、最後までピッチを走りまくった。
本田も香川も出番なし。
まさに「時代が変わった=世代交代」と思わせる一戦だった。

8月31日から9月3日までの第45回フジサンケイクラシック。
どうせまたおざなりの日本的な、ゆるい大会だろうと高を括っていた。
が、今年は違った。
会場の富士桜カントリーが大改造され、
7566ヤードパー71の難関コースに生まれ変わっていた。
世界のメジャークラスの設定である。
結果、優勝スコアは3アンダーで、アンダーパーが最終的には6人。

大会ディレクターの日本のプロゴルフ界の影のドン・戸張捷が
自信満々に言うだけのことはあった。
そして付け加えれば、初日から最終日まで、
主催側のフジTVが早朝からフルカバーで放映したことも画期的だった。
「世界に伍してやるとはこうなんだ」
「やってみなはれ」のスタンスだった。

8月終盤から9月前半、各種のスポーツで
「後継者を育てたい」「やってみなはれ」との意思が明確に見え、
実に心地よかった。

まさかとは思うが、これも日経連載の伊集院静「琥珀の夢」効果かもしれない…

2017年09月02日

チャリ新時代

昔から自転車(チェリンコ=以下チャリ)が好きだった。
大敵は雨と強風。
だが、季節の移り目(=風の肌触りの変化)を感じるにはチャリが最高である。

今から約30年前、東京→富山をチャリで完走した。
体力なく、いずれも片道だけだが、1回目は上信越経由、2回目は名古屋→高山経由。
500㌔超を3日かけて走破するという壮大なる(!?)“冒険”or“実験”。

もはやあのような無謀なことはできなくなったが、
しかし、やっておいてよかったとつくずく思う。
如何に最新式のチャリでも、日本アルプスを普通の体力では登り切れない。
が、無理と思えばおっちら、おっちら、チャリ引いてひたすら歩く。
折り返して、風を切って下る坂道の爽快さは何にも代えがたい。
結局、終わってみれば合計でかかる時間に大差ない。
これぞいうところの“エコ運転”(!?)だし、
もう少しカッコよく言えば、人生そのものようにも思う。

前置きが 長くなったが、ここ5年、
半径3㌔以内の移動にはチャリを使っている。
都会ではチャリの置き場=駐輪場の確保も難しいが、
“折り畳み”式のチャリなら、軽量(約10㌔程度)だし、
部屋の中に納まり、ベランダに置いた時の錆のリスクもない。

この方法を採り始めたのは、
地下鉄や都バスに乗りたくなくなったからである。
地下鉄はエスカレータ完備でなく、地下階段の上り下りが結構しんどい、
特に荷物を抱えた時などは。
都バスは交通渋滞あり、時間が不定期で、利用者は無料パスの高齢者も多く、
乗ってるだけで気が滅入る。

こうした一連の流れの中で、最近注目され始めたのが「シェア自転車」。
中国のシェア自転車大手の摩拝単車(モバイク)が、
札幌市内で大々的な実験を開始した。
仕組みは至って簡単。
札幌市内のコンビニやドラッグストアなど数百か所に駐輪場を設け、
千台単位の自転車を貸し出す。

サービスの核となるのがスマートフォン。
開錠や課金も全てスマホ。
利用後は契約した駐輪場での、いわゆる“乗り捨て”。
競合社が次々に現れており、日本のNTTドコモも
ドコモ・バイクシェアなる子会社(東京・神田)を立ち上げ本格的参入の構え。
*江東区も同様の無料サービスを開始しているが、実数が極端に少ない

骨の髄までシボレーで/あとでひじてつクラウンさ…
団塊の世代の人間なら誰でも知ってる小林旭「自動車ショー歌」。
1964年の発表だが、
庶民の憧れの的だった内外の車の名前がちりばめられている。
小林旭独特の甲高い声は、ガソリンの匂いがムンムン匂う。

団塊の世代が若者の頃、スカイラインGTやフェアレディZなど
スポーティな乗用車がデート用の必須アイテムだった。
それから約50年、ガソリン車は徐々に廃止に向かい、
電気自動車(EV)や自動運転車の時代になり始めた。
考えてみれば、都内で若者が運転する乗用車はめっきり減った。
目立つのは、団塊の世代のオッサンが運転する乗用車ばかりである。

かくして2020東京五輪に向け、チャリ文化が花咲く気配。
困るのは、電動アシスト車に乗って荷物満杯で髪振り乱して疾走する
35歳前後の“ちょい昔は美人だった”主婦層と、
宇宙人のようなキャップをかぶった暴走チャリ族。
全てが思うようにうまくいくはずがなく我慢するしかないが…

時代の変わり目。
大都会・国際都市・東京の空気が格段に美味しくなるかもしれない。

2017年08月26日

野球が廃る!? -来年100回を迎える夏の高校野球-

日本の夏の風物詩、高校野球の熱闘甲子園。今年は99回目。
今年は、目玉の清宮幸太郎の早実が西東京決勝で敗退、
折からの不安定な天候もあって、注目度が低かった(!?)と思う。

自分の場合、ゴルフ・松山英樹が、日本時間4日から14日の約2週間、
ブリジストン招待→全米プロで熾烈な優勝争いをしたから、
早朝からのTV観戦で疲れ果て、高校野球を見る気力も体力もなかった。

しかし、さすがに準決勝あたりから注目せざるを得なくなった。
平成の怪物と言われた横浜高・松坂大輔投手を育てた渡辺元智前監督をして
「こりゃ(打者として)怪物だわ!」と言わしめた(BS朝日実況解説)、
広島・広陵高校の中村奨成捕手の活躍があったからである。
28打数19安打・打率6割7分9厘、6本塁打(新)、6二塁打(新)、17打点、
43塁打(新)等など、 劇画でもこうはいくまいと思われる記録づくめの大爆発。

PL学園・清原和博がそれまでの記録5本塁打を放った67回大会(85年)では、
実況アナに「甲子園は清原のためにあるのか~!!」と絶叫せしめたが、
今年の夏の甲子園は、「広陵・中村奨成のためのもの」になった。
100回目直前の大会の記録に残る活躍は、後世に残る伝説となるに違いない。

今年の観客は10年連続で80万人を突破。
しかし熱狂甲子園はこのまま続いていくのか。
日本高野連に拠ると、
「やまびこ打線」の徳島・池田高校や、桑田・清原のKKコンビの大阪PL学園の
活躍に沸いた1980年代は80万人で推移し、
90年には過去最高の92万9千人を記録する。

だが、サッカーJリーグが開幕した93年以降は徐々に減少、
96年には64万5千人まで減少する。
再び人気が上昇するのは2000年以降。
早実・斉藤祐樹と駒大苫小牧・田中将大両投手の決勝での投げ合い(06年)
などがあり、08年から今年まで10年連続で80万人を超えた。
統計が残る58年以降、初めてのことである。

だが一方で厳しい現実も待ち受ける。
日本の6歳から14歳の人口が2011年から2016年の間に6%減少。
同じ年齢層の競技人口は全日本野球協会の推計に拠ると、
約63万8千人から約49万2000人と激減している。

原因はスポーツが多様化したことによる、野球をする機会の減少。
そして野球をできるスペースの減少である。
確かに狭いスペースで楽しめるスポーツは数えたらキリがない。
グローブやバットなどの用具の改良と共に値段の高騰もあり、
野球じゃなきゃダメだと言う論理は成り立たない。

今回の全国大会で初優勝した埼玉・花咲徳栄高校は、
同じレベルの投手二人を仕上げることから始まり、
同等の力量を持つハイレベルの20人の集団を創り上げていた。
結果、1番であろうが、9番であろうがどこからもチャンスを作れるのだ。
私学だからできる、高校3年間=実質900日、ひたすら野球だけに打ち込む世界。
それが昨今の高校野球の実態である。
と言えば、反対論もあろう。
だが、学生野球の祖・故飛田穂洲の掲げた文武両道の球道精神は、
既に建前の理想論になっている。

最近、松山英樹を使った一面広告(なぜか、あのガリバー・野村証券)のキャッチ
「目指すのは、今まで以上の未来」が鮮烈で心に響いている。
果たして野球に未来があるのか?
自分が小学生の頃の実家方面では、各町内で野球チームが編成され、
夏には20チーム超が覇を競った。9人どころか、補欠も2~3人はいた。
最近では、蝉の声は聞こえても、子供の声は聞こえない。

来年は100回を記念して深紅の大優勝旗が新調される。
要は高校野球も新しい時代に入るということである。
9人が集まらないと始まらないゲーム、野球。
確かに団塊の世代がいてこれまでの野球が成り立っていたのかもしれない。

野球が廃る!?
あり得ない!!と言いたいが、反論し切れない。
時代の流れを受け止めざるを得ない、残念ながら。

2017年08月19日

最終局面を迎えたアベノミクス

トランプ米大統領の北朝鮮への
“この小僧がっ!!”型の「口撃」が断続的に続いている。
米国が本当に軍事作戦にカジを切るのか。
北朝鮮の軍事能力の増強が確実になる中で、
トランプVS北朝鮮のTV画面上での激しい応酬が、
世界の市場を揺さぶっている。

今回の事態と唯一比較できる事象は“キューバ危機”だろう。
1962年10月、旧ソ連によるキューバでの核ミサイル基地の建設を
きっかけに米ソは核戦争手前までいった。
今回の事象も、背後にロシア&中国がいるのも間違いなく、
結局は同じ構図だ。

そうした中でNYダウが22000㌦近辺の高値に張り付いている。
AI中心の世の中に移行する中で株式市場は、
米IT・ハイテク業界の好調が続き、
「人手不足が2050年まで続き、省力化やITへの投資を促す」との
(安直な)期待感に浸っている。

当然ながら、ITバブル崩壊のリスクは健在である。
来るべきAI全盛時代に勝ち残るのは、
従業員1人あたりの企業価値や収益が大きいなど、
賃金上昇の圧力に屈しない体質を持つ企業に限られる。
従って「何でもかでも、買っておけばいい」という論理にはならない。

市場では「ビッグ・ショート」という単語が使われ始めた。
米ベストセラーの「ザ・ビッグ・ショート(邦題:世紀の空売り)」
から採られた言い回しだが、
「市場の平穏がいつまでも続くはずがない」
との懐疑心が潜んでいるのもまた事実である。

コンピュター化が強烈に進捗した結果、
世界の金融がAI任せへとカジを切って久しい。
結果的にAIは、従来の現場担当者=人間を金融機関から徐々に駆逐し、
市場の「マーケット・メーキング機能」が顕著に低下した。
現在のAI中心の(人間の介在しない)金融市場は、
行くときは情け容赦なく、(地獄の果てまで)トコトン行く。

8月3日、改造内閣を発足させた安倍晋三首相は
「4年間のアベノミクスで雇用は200万人近く増え、
正社員の有効求人倍率は1倍を超えた」
「しかしまだまだすべきことがある」
とアベノミクス加速を訴えた。

だが、繰り出した政策と成果の関係は判然としていない。
3本の矢、新3本の矢、1億総活躍、働き方改革、そして人づくり革命。
どの政策がいつ、何に、どう効いたのか。
政治の世界では、過去も現在もそして未来も
「結果良ければれば全てよし」との安直な論理が先行する。
現在置かれた大きな問題は、AIの起こすであろう未曽有の大混乱に、
「如何に冷静沈着に、的確に対応するか」である。
一国の大将は、平穏な時には、いるのかいないのか、
大石内蔵助型昼行燈(ひるあんどん)でも構わないのだ。

戦後の日本で宰相の供給源は、
吉田茂、岸信介、池田勇人、佐藤栄作などの官僚機構だった。
やがて自民党が力をつけ、田中角栄や竹下登などの派閥の領袖が
内閣を率いるようになった。
近年は安倍晋三、福田康夫、麻生太郎など「世襲宰相」でしのいでいる。

トランプVS北朝鮮の対立が発端となり、
理想論・机上の空論が機能しない大混乱が起きる可能性は高い。
大異変が起きた時、何が、そして誰が必要なのかが分かる気がする。

2017年08月15日

50年という長い(短い!?)時間

今年のお盆ももう終盤。
日本の玄関東京駅は、一体どこからこんだけの人が集まるの??ってな混雑。
北朝鮮問題が深刻化してるものの、いつもの日本の平和な風景であります。

今年のお盆は、祖父の50回忌、祖母の27回忌に共同法事を執り行いました。
といっても、プロデュースはイベント慣れしている(!?)弟に任せっきり。
「お客さんじゃないんだから、それなりにやってくれよ」とのお小言。
下手に手を出すとイラつくだろ、お前は!?ってな、いつもの調子でありました。

とは言え、TV局のお偉いさんだった弟は、さすがに手慣れたもので、
50年超前の七五三の写真のリメーク版が出てくるやら、
母親の俳句集もどきが出てくるやら、まずは完璧でありました。
またなんかの拍子で、小学校時代に習字を一緒に習いに行ってた“年上の女性(ひと)”
に再会したりして、これもまた法事の引き合わせってやつでしょうかね。

帰郷の際、北陸新幹線を富山駅で降り、
あいの風とやま鉄道に乗り替えなければなりません。
「あいの風とやま鉄道」???なんか奇妙な不思議なネーミング。
その実、JRから地方の自主運営に代わっただけで、昔の通学列車。
通学列車に乗り込むと、どうしても昔の高校時代の想いになる。
時間など経ってないのじゃないか、オレってまだ高校生のままじゃないか、
といった不思議な感覚になる。

ただ現役の高校生の姿を見、話を漏れ聞くうち、ハッと現実に戻る。
そうかもう50年経ったんだよ、ごじゅうねん….
50年=18250日。これは長いのか短いのか。
過ぎればアッという間に感じます。

法事も無事終了し、帰京するその日の早朝(深夜?)から
フジ系列で全米プロ中継のTV観戦。

松山英樹VSジャスティン・トーマスの稀に見る死闘。
自分でやってる感覚になり、パットが入ると“ヨシッツ”とガッツポーズを
したりする。
午前3時から7時半くらいまで、自分を忘れる時間だった。

松山は「グリーンマイル(死刑台への道)」と言われる難関の上がり3ホールで
3連続のボギーで、惜しくも5位タイに終わった。
全米プロようなビッグタイトルにはJ.トーマスの“8秒待ちポトン・バーディ”
のような“運”が必要なようである。
松山は先週のブリジストン招待で(近場の)運を使い切ったのかもしれない。

この熱戦の中、テンション上がり、のどが渇きっぱなしで、
缶酎ハイ・レモン味・ストロングを7本ばかり飲って、終わる頃はヘロヘロ状態。
これで松山が優勝などしていたら、更に祝杯を上げて、帰京延長となったかも….

8月15日のスポーツ各紙は「松山 泣いた!!」の一面扱い。
そして「1月結婚、7月女児誕生」のビッグニュース。
なるほどなぁ、今年に入って顔が変わった、精悍になったものなぁ…
ま、神様は、松山に対しても日本のファンに対しても、
楽しみは来年までとっときなさい、と言いたかったのだろう。

以上、お盆“番外編”でした。来週からまたいつものパターンに戻ります。
よろしくアクセスのほど、お願い申し上げます。

【追伸】
母親の句集もどきの中で、グサッとささる秀逸な作品があったので、
本人に許可を得ないまま、紹介します。

なごり菊 生けてごまんざの 客を待つ

註:ごまんざ
富山県呉東地区の「郷土料理・いとこ煮」を供する伝統行事。
小豆(あずき)、里芋、大根、人参、油揚げ、など野菜中心の
イワシの煮干し出汁・つゆだく・味噌建ての煮物を「いとこ煮」と呼んでいる。
小豆(あづき)が入るのが最大の特徴。
冬直前の定置網を仕掛ける前に、豊漁を祈って供したものと聞く。
いろりで時間をかけてコトコト煮込むのが定番。

2017年08月10日

残暑お見舞い申し上げます

日頃から当ブログにアクセスを戴いている皆様、
暦の上では立秋を過ぎました。残暑お見舞い申し上げます。

日本の夏、異常な夏…. 如何お過ごしですか??
もはや日本は完全に亜熱帯、シンガポールや香港よりも酷い夏であります。
今回は特に超スローの台風が縦横無尽、日本中を荒らし回りました。
どうしてああも器用に、日本列島を縦断していくのでしょうか?
何らかのメカニズムはあるのでしょうが、住み難い国になってしまいました。

日本時間帯では通常の生活ができない(!?)ので、
最近では午後9時までに就寝、午前2時起床の自分の通常のルーティンを
キッチリと守って生活をしております。
夏以外でもNYタイムには起きて市場をウォッチしていましたが、
上記の時間帯は、避暑措置として、ある程度は効果があるようです。

お陰様で、酒を飲む機会も極端に少なくなり、曲がりなりにも三食摂り、
夏痩せどころか夏太り状態で悲鳴を上げております。

そうした時間帯で生活しておりますと、米MLB野球、ゴルフ、テニス、
最近では世界陸上など、世界水準のスポーツに接する機会も多くなっています。
観るのも疲れるので、BGMとして流しておく、といったパターンですが…

2年に1回の世界陸上。
織田裕二と中井美穂がMCをするTBS世界陸上ももう10年を超え、
二人が出てくると、またその時期か、と思うようになっております。
(中井美穂もおばちゃんになったなぁ…失礼!)

ただ「走る、跳ぶ、投げる」との基本中の基本の陸上競技って、
結局はDNAの問題だと思い、半分以上あきらめております。
無呼吸距離=100、200、400メートルは日本人には無理なようです。
100=10秒、200=20秒、400=44秒を切ることが20年経ってもできない。
最近ではマラソンもスピード化が著しく、世界のDNAには敵わない。
ハンマー投げの室伏は例外中の例外だが、彼には外国の血が混じってる。
200米で14年振りのファイナリストとなったサニブラウンもまた同じ。
まぁ、バトン技術で世界に肩を並べる男子400リレーあたりが関の山です。

ところで、日本時間4日(金)から7日(月)のゴルフ・ブリジストン招待、
ご覧になりましたか??

日本時間7日早朝の最終日、松山英樹のぶっちぎり、凄かったですね!!
7500ヤード・パー70って、サディスティックな設定、
一体どこの誰が考えるんでしょうね。
パー4が軒並み450ヤード超え、ショートも軽々200ヤード超え。
モンスターと言われる16番ロングに至ってはなんと652ヤード。
フェアウエイは狭く、ラフは長くて粘っこく、
グリーンはアンジュレーションもきつい。

そんな漫画みたいな異常なコースで、松山クンやってくれました!!
2番ロングで17メートルのチップイン・イーグルを放り込んでから
いわゆる“ゾーン”状態。
1イーグル・7バーディ・ノーボギーの9アンダー、
あのタイガー・ウッヅの持つコース記録61に並びやした。

NHKの実況アナの絶叫を聴いたのは、2009年のMLBワールドシリーズ、
MVPを取ったゴジラ松井のバカ当たり以来。
解説のプロゴルファー・田中秀道に至っては
「もう異次元。解説なんて要りませんわ」と完全にギブアップで黙り込む有様。

こんな中継、そんじょそこらでお目にかかることはないと、
BSの再放送、地上波の再放送と、都合3回も観てしまいました。
18番ホールに向かう際の、万雷の拍手に迎えられる中で、
キャディのシンドー君と並んで冷めた表情の松山の姿は生涯忘れません!!

日本時間11日(金)早朝からの全米プロ選手権でも優勝候補最右翼に。
日本のゴルフ界の悲願などと、過剰な期待しないで観たいと思っております。

すみません、残暑見舞いのつもりが、いつの間にか松山賛歌になってしまいした。

最後になりましたが、
異常気象の折、くれぐれもご自愛くださいますよう。
そして、本ブログへのアクセス、変わらずよろしくお願い申し上げます。

2017年08月05日

「野球なら8回」 -追いつめられる米トランプ政権-

この7月に行われたワシントンポストとABCテレビの共同調査による
トランプ大統領の「就任後半年の支持率」は、第二次大戦後最低の36%となった。
(どこか極東の島国の首相の支持率は30%を割り込んだが…)

内政・外政を含めて原因はいくつかある。
対内的には、まずロシアゲート疑惑。
昨年の大統領選挙でヒラリー候補を追い落とすために
ロシアと協力したのではないかとの疑惑。
この疑惑を捜査していたFBIのコミー長官を突然解任したことで
不信感が増幅した。

次に
オバマ前大統領が設定した「医療保険制度(通称オバマケア)廃止」の失敗。
米国には国民皆保険制がなく、医療保険に入れない470万人の国民を救おう
とする政策だったが、政府の支出を抑えるためとして廃止を主張していた。
下院では承認されたものの、上院では廃止に反対するが共和党員が続出、
「オバマケア廃止法案」の採決を断念、オバマケアは存続することになった。
結果、減税の財源に充てることが不可能になり、減税幅の見通しが立たなくなった。

「メキシコとの国境に壁をつくる」という主張も、
財源の当てがなく実現できないままになっている。
そして諸般の政策は不成立となる中で、報道関係者に対する暴言が続き、
対立が更に大きくなっていることも混乱に拍車をかけている。

対外的には、TPP(環太平洋経済連携協定)から抜けたことが
米国の立場を悪くする大きな要因になった。
挙句はG7が「6プラス1」、G20も「19プラス1」の構図になり始めた。
中心になり始めているのは独。
独アングラ・メリケル首相は「他国を頼りに出来た時代は終わりつつある」と
“脱米国”=「トランプ抜きの世界」をほのめかすまでになっている。

そして最大の問題は中国やロシアが、
「トランプ大統領を称賛しながら、実際には米国には従わないという手法」
を習得したことにある。

20世紀は「大西洋の世紀」だった。
大西洋の両岸に位置する欧州と米国に富と権力が集中した。
21世紀は中国の台頭が目覚ましい中で「太平洋の世紀」になり始めている。
中国の唱える「一帯一路」という絵空事も、
実は好戦的で孤立主義のトランプ政権の失政で、その実現性が見え始めた。

思い起こせば、9.11の同時テロ直後の世界は米国に好意的だった。
国際都市ニューヨークへの攻撃は、グローバル経済の挑戦と受け止められた。
ブッシュ大統領の「テロとの戦い」は「反グローバル化との戦い」とも共鳴した。
結局、この時が米国の終わりの始まりだったのかもしれない。

米金融市場では「野球なら8回」との表現がなされ始めている。
「大勝しているかに見える米国に何が起きるか分からない」との警鐘である。
景気循環調整後のPER(株価収益率)が30倍に近く、
中央値の16倍を大幅に上回っている。
30倍を上回ったのはバブルだった1929年と2000年しかない。

おそるおそる22,000㌦まで達したNYダウは余りに危ない。
ろうそくが燃え尽きる前の最後の輝きか?
危うし、経済大国・米国。

かくしてトランプ大統領は、
(グローバル化の尖兵だった米国を葬り去った大統領として)
歴史に燦然とその名を残すことになりそうである。


2017年07月29日

いつまで続く、加計・水掛け論議

さてここで質問です。
摂氏38度湿度30%と、摂氏30度湿度80%では、さてどちらが暑いか?
体質にも因ろうが、後者が余程耐え難い。
7月24~25日は、そんな異常に蒸し暑い日だった。

両日の、学校法人「加計学園」による国家戦略特区を使った獣医学部新設を
巡る衆参予算委員会の閉会中審査は、
「言った」「言わない」「記憶にない」「記録がない」
の水掛け論に終始した。
この一連の論議は、“歴史に残る”ような空しい凡戦だった。

国営放送NHKは両日、独占LIVE中継を行った。
「何も出ない 」のは解ってはいても、
とりあえずは観とく(聴いとく)かのスタンスだったが、
予想通り途中から疲れる内容に終始した。
両日合計10時間にわたって、手を変え品を変え、同じことの繰り返し。

この時期は夏の高校野球の代表決勝戦の時期でもある。
24日は千葉県代表を決める、木更津総合高校VS習志野高校の決勝戦だった。
木更津総合は最近実力を増した新進気鋭の高校で、
習志野は夏の全国大会で過去2回の優勝経験のある伝統校。

このような対決はよくある話で、木更津総合の辛勝となったが、
なぜ特に注目していたかと言えば、
習志野のブラスバンドが全国トップクラスの超優秀チームだからである。
210人の大編成から繰り出される演奏は、球場を揺るがすド迫力。
これを聴きたいがために球場に足を運ぶファンも多数。

千葉の地元局もNHK・Eテレも中継していたが、
習志野の演奏は今年も“これぞ日本のナツッ!!”の醍醐味を
十分味あわせてくれた。
高校レベルを超える演奏技術と共に、
若い力が迸る渾身のエネルギー発散の演奏は、一度聴いたら病み付きになる。

国会中継のよどんだ空気に疲れると、“裏の”高校野球中継に切り替える。
そんな作業を繰り返しながら、思った。
“偉い大人たちは一体何を繰り返しているのだ!?”。

国家戦略特区とは、
岩盤の規制の緩和という名目で、食物・農業・医療・教育などの市民生活を
守るために作り上げたルールを外し、全国に広げていこうとする趣旨である。

最終決定をする諮問会議の議長は首相なのだから、
多少なりとも首相の意向が働いて何ら不思議はない。
加計孝太郎理事長が首相の親友であり、多少の優遇をするのは致し方なく、
その脇の甘さは問われても致し方ない。
だが収賄でもない限り大きな問題にはならない。
しかしメディアは、ここを先途と必要以上大きく取り上げ、
安倍1強体制を血祭りにしている。

現状の世界は、北朝鮮の核ミサイルが我が国に照準を合わせる中、
裏から北朝鮮を支えようとする中国、
背に腹は代えられぬとその中国に近寄るEU、
実利だけに生きるトランプ政権の中国寄りのスタンスで、
結局は北朝鮮を核保有国として国際社会に入れようとしている。
また中国の南シナ海と東シナ海の狼藉も見て見ぬ振り。

かくして日本が世界の孤児となる危機が迫っている。
もりかけだ、豊洲だ、防衛大臣不在だと右往左往している時なのか。
野党も雲集霧散、全く頼りにならない。
迷える大人たち、一度習志野高校の怒涛の演奏を聴いてみたらどうだろう。
ガツンと目が覚めますよ。

今年の夏の甲子園でもう一度、彼らの怒涛の演奏を聴きたかったな…


2017年07月22日

“悲劇のヒーロー”はヒーローか

日本の夏の風物詩、甲子園球場での夏の全国高校野球。
今年が99回目の恒例「熱闘甲子園」も間近になってきた。
関東地方は19日に梅雨明け宣言。
だが異常気象が続きそうな気配が漂う中で、
甲子園という晴れ舞台に出る前の熾烈な予選が真っ盛りである。

東京都内では都内の予選ばかりでなく、
近県の神奈川・埼玉・千葉等の予選がライブで観ることができる。
4回戦あたりまではコールド・ゲームも多数。
鍛錬の違いは最初から明白。敗けるべきチームはどうあがいても敗ける。
そうした素朴で単純な試合もまた観てて楽しい。
とは言え現実は、7戦or8戦全勝しないと甲子園行きキップは勝ち取れない。
今も昔も、“明日のない”熾烈な世界ではある。

今年の西東京大会の選手宣誓は、
“怪童”の名をほしいままにしてきた早実・清宮幸太郎クン。
鳴り物入りの怪童も、もはや18歳。プロか、(ワセダ)大学進学か。
100本超の本塁打量産は確かに秀逸。だが素質は認めるにしても、
プロとしては、余りに幼く、隙だらけで実力不足の感。

で、そのセリフ。
「私たちは野球を愛しています」
「野球の神様に愛されるよう、全力で戦うことを誓います」。
6月22日に急逝した小林麻央さん(享年34)の最後の言葉に倣った
“らしからぬor大人びた”(いわゆるパクリ)表現。
記者会見では、「今まで以上に暴れて、早実の大会にしたい」と宣言。
だが西東京には日大三高という強敵もいて、予選突破も簡単ではない。
スター気取りもほどほどにしないと、
野球の神様に愛されて「清宮ファースト」とならないよ、幸太郎クン!?

いずれにしても、日本全国で将来有望な球児が競う夏の高校野球は、
予選から続く甲子園の本大会を通してプロ球団にとっては“宝の山”。
また球児にとっても、晴れ舞台・甲子園でのパフォーマンスが
プロへの門戸であるのも十分承知している。

今や“日本の宝”と言われるようになった
花巻東高校出身・現日ハムの大谷翔平投手も、
類稀な素質を持つ高校球児ではあった。
そして二刀流を頑固に主張し、打者としても、投手としても、
日本ばかりでなく世界でも超一流になると宣言をして、
ここまできた。
だが、野球の神様はそうした“(二兎を追う贅沢で傲慢な)夢”を
かなえるかどうか。

打者と投手では使う筋肉が根本的に違う。
トレーニング方法も全く異なる。
確かに高校生のような未完で柔軟な肉体なら多少は融通が効こう。
だが肉体は徐々に衰える。
男の肉体は25歳がピークと言われる。
どちらかに決める時期である。
なんでこんな簡単な理屈、周囲の人間が判断し、
方向を決めてやらないのだろう。

かくして、一時は時価10年・200億超と言われた至宝が壊れ始めてる。
メジャーどころか、日本のプロでも通用しなくなる。
「あの人は今」等のTV番組に出る大谷なんか見たくない。

壊れ始めていると言えば、19年振りの日本人横綱・稀勢の里もまた同じ。
左肩あたりの筋肉にくっきりと断裂面が見える。
間違いなく、筋が切れている。
横綱の使命というなら、できるだけ長い間綱を締めるのが筋。
「休むも仕事」そして「休む勇気を持つのが横綱」。
根本から丁寧に修理しないと使い物にならなくなる。

人間に超人はいない。
人の肉体に限界あり。
太く短くの玉砕は止めとこうや。
悲劇のヒーローなんてヒーローじゃない。

2017年07月15日

両者痛み分け!? -閉会中審査開催の中で-

7月10日、学校法人「加計学園」の、
愛媛県今治市への獣医学部新設などを巡る閉会中審査が、衆参両院で開かれた。
まことに失礼ながら、
官邸と中央官庁のガチンコ勝負というドラマ仕立てなので、
NHKのライブ中継を興味深く聞かして(観さして)もらった。

前川喜平前文科省事務次官は「官邸は動いた」、
官邸は「指示はあり得ぬ」と、両者全く譲らず、平行線のまま。
安倍首相がG20出席等の欧州歴訪中で、一方の主役不在のまま、
いつ尽きるとも分からない(不毛な)論戦が続いた。

だが最終的には、参院で参考人として出席した加戸守行前愛媛県知事の、
獣医学部の新設は地元の悲願だったとの説明が最も真に迫っていた。
同氏は旧文部省出身。
「岩盤規制で我慢させられてきた。歪められた行政が正されたというのが正しい」。
官僚は他省庁の領域に入ると何もできず、
これまでの岩盤と言われる規制を切り崩したのは官邸主導の強力(ごうりき)
だったのは間違いない。

官邸への権力集中は規制改革などプラスの面もあるが、
一方で、丁寧で綿密なバランスが求められる。
安倍1強&お友達内閣に、緩みがあったのは否めない。
誰がみても加計孝太郎理事長とは“なぁなぁのお友達感覚”あり、
「最初に加計ありき」のプロセスがあったのもまた否めない。

一方、(この際なので)前川さんを巡る環境を考えてみたい。
日本は「官僚自治王国」と言われてきた。
日本の内政は突き詰めれば“予算獲得競争”である。
どんな政治家も自分の関係者に予算を回したい。
霞が関の官僚は、こうした外部圧力から自らを防御すべく、
長年かけて考えた仕掛けが3つある、と言われてきた。

第1は大蔵省は無敵のスーパー官庁で、盾つくとまずいという幻想の構築。
外局には国税庁があり、その税務調査権を政治家は恐れるという幻想である。
第2は族議員の養成。
専門知識を持つ議員の「毒」で、他の議員の「毒」を消す。
第3は優秀な人材の継続的リクルート。
これは退職後の天下りと民間平均以上の生涯給与を保証する。

この長年の暗黙の社会契約が、
2014年の内閣人事局設置によって事実上完全に反故にされた。
前川さんの尋常でない怒りや執念は、
文科省という官僚自治王国が旧時代的な存続を許されず、
新しいスキームに呑み込まれ、
自分の代で崩壊しつつあることに我慢ならなかった。
それが官僚の頂点を極めたプライド高き生涯の悔恨にもなった。

自分の2歳上に、
同じ中学・高校→東大法学部→厚生事務次官に上り詰めた方がいる。
中学時代の陸上部(同氏は走り高跳び&短距離)主将で、指導も受けた。
何とはなしに前川さんと体格や面影(眼鏡も同じ)が似ている。
中央官庁の事務次官に上り詰めるのは並大抵ではない。
重要参考人として、国会・予算委員会等で姿をお見受けしたあの方は今、
何をしておられるかな?
TV中継中、ぼんやりそんなことも考えていた。

ここに至っての平行線の論争は今後、野党がどんなに騒ぎ立てようが、
関係者全てが満足に足る的確な解は出ないだろう。
最終的には喧嘩両成敗=痛み分け(安倍退陣&前川天下りせず)あたりが
落としどころか。
かくして慢心・安倍さんの政治命脈も尽き始めた。東京五輪まで持つか否か。

“だって(お互い)人間だもの…”(油断・慢心VS悔恨・怨念)致し方ないか…
面白うて やがて哀しき 鵜飼かな(芭蕉)
今回の国会中継、それぞれの人間模様を映し出し、最後には空しくなった。


2017年07月08日

風は強烈に吹いた。だが…

7月2日(日)東京都議選の投票日。
正直言えば、都議選に投票に行ったのは初めてだった。
少々傲慢な言い方をすれば、
大東京に蔓延る地元の(顔役&利権型)オッサンが中心の都議会選挙など、
全く興味が持てなかった。
候補者の主義・主張を聞く意志もなく、ただ漠然と投票に行くのも、
かえって無礼かなと思ったりしていた。

今回の都議選、投票に行くには行った。
が、候補者の名前すら知らず、最初から都民ファーストの候補に入れとくか、
といった、誠に無責任なやり方だった。
安倍VS小池の対決が色濃い中で、
街頭演説や立ち合い演説を聞く意志も機会もなく、
投票所で名前を確認するといった誠にイージーなスタンス。
自分のエリア・中央区の当選者(女性)は、旦那が西郷隆盛の直系であるなど、
当選してから知るという、まるで喜劇か落語の世界。

で当日は、
毎週楽しみにしていたNHK大河が今年は大不作で全く観る意志なく、
ナイター等のスポーツ関連番組もなく、しゃ~ないので、
フジ系列が他局に先駆けて6時あたりから始めた「都議選特番」を見るともなく、
流しておいた。
将棋天才少年の30連勝をかけた一番との二元放送だった。
何もかにもがとりあえず、って感じだった。

8時の投票締め切りと同時に、都民ファースト圧勝、自民惨敗が明確になった。
都民ファーストの候補一覧に当確の緑の花印が連発で並んでいったが、
方や自民は1時間経っても「ゼロ」のまま。
まさに見事な、まるで劇画のような流れだった。

個別に注目していたのは、
①都自民党のドンの千代田区の傀儡候補
②小池都知事の初登庁の日、握手を拒み、写真撮影を拒んだ都議会議長
③「ブラックボックスはお前(小池都知事)だ!」とのたまった都自民党幹事長
の動向だった。
三者とも、ものの見事に落選。

特番で特に強烈でインパクトがあったのは、
7月1日の選挙運動最終日、聖地・秋葉原での安倍首相の応援演説のシーン。
あろうことか「帰れコール」「辞めろコール」の大合唱となった。
そのシーンが映し出される度に鳥肌が立った。
本ブログでも再三「安倍1強体制」に対する危惧を論述してきたが、
「壊れる」「風が吹く」とはいかに強烈なのかが肌身にしみた。

敗因は巷間では、中谷元防衛相発案と言われる「THIS+A」。
これは並び替えで「SHIT(=シット=くそったれ!)+A」になる。
固有名詞を説明するまでもないが、
T=豊田真由子、H=羽生田光一、I=稲田朋美、S=下村博文、A=安倍晋三。
H、S、Aはともかくとして、(Sは菅義偉・官房長官との考え方もある)
豊田真由子衆院議員の大絶叫・暴行騒ぎの異常性に打つ手なし。
稲田朋美防衛大臣は、失言連発&資質に難ありで「任にあらず」。
 
確かに烈風が吹き、小池百合子都知事は「首都決戦」を制した。
だが、これからが大変だろう。
今回の都知事選でも、安倍首相が大勝した「政権再交代選挙」で
初当選を果たした通称・安倍チルドレン、別名「自民党・魔の2回生」が
自民党をガタガタにした。
一方の旗頭に上り詰めた小池さん、
タレント崩れやら、歌手やら、秘書上がりのアモーレの実弟やら、
問題を抱えた・ど素人集団を今後、どのように監督・教育されるのか。

世には「盛者必衰の理」あり。
政界は変わらず「一寸先は闇」である。

2017年07月01日

AIが駆逐する「規格&規格外」という概念

自分の学生時代、同じ大学に5万人の学生が在籍していた。
JR高田の馬場(通称:馬場)の街を闊歩するのはほぼ学生だった。
当時は学生運動の最盛期だったから、
ロックアウト(学生のキャンパス締め出し)も日常茶飯。
馬場は“学生とは名ばかり”のアウトロー(=暇人)でひしめいていた。
ありきたりのパチンコ・麻雀ばかりでなく、囲碁、将棋も盛んだった。

自分の“麻雀の師匠”に出会ったのは、
キャンパス至近では唯一のパチンコ屋だった。
当時のパチンコは、手動式&(椅子なし)立ち型&チューリップ型で、
喫煙あり(灰皿付き)の、もうもうとたばこの煙が立ち込める“霞が関”状態が
当たり前だった。

その日の師匠は、ドル箱(大入り箱)4台を重ね、黙々と打ち込んでいた。
球を入れる指技はまさに名人芸。余りに鮮やか。
で、側でチラチラ観ていると突然、「代わるよ、オレは2階でメシ」。
パチンコ屋の2階は、天丼が上手いが学生街にしては高価だと評判の蕎麦屋だった。

30分ばかりでタバコ20箱分=2カートンの戦果。
ちょい飲りのほろ酔いで、爪楊枝を口にしながら蕎麦屋から帰った師匠は、
これも持ってけよと、大きな袋からインスタントラメーンを10個ばかり
取り出し 、“お土産”にくれた。“オレは商学部のS。住まいは吉祥寺”。

ってことで、それから以降、キャンパスに徒歩5分の自分の下宿が、
通学に不便(片道1時間半)なSの別宅となっていった。
と同時にSは、ダバコやインスタントラーメンや缶詰、
飲み物類の(パチンコ屋経由の)食糧調達係となった。

そのSは、パチンコばかりでなく、麻雀や囲碁や将棋で、
相応の実力者と、初対面にして高額金を賭してやるセミプロだった。
ワセダ伝統の在野精神とは、つまりは「規格にはまり切るな」「規格外であれ」
という意味に捉えることもできる。
ヘンなヤツが集うワセダでも、Sは「超規格外のヘンなヤツ」だった。

だがそのヘンなヤツは、暇があると「定石集」を読み漁っていた。
「将棋や囲碁には定石がある」
「コイツを頭にシッカリ叩き込まないと、10~20手先が読めない」。

最近では頻繁に「規格外」という表現が使われる。
だが「規格外」という表現そのものが陳腐化し始めている。
AI(人工知能)の登場で、
人間が想定した「規格」をことごとく木端微塵にし始めているからである。
つまりは、人間の想定した「規格」さえマスターしないまま、
異例な事象を「規格外」と一括りし、放置しておける時代ではなくなった。

プロ将棋で14歳の少年の29連勝、卓球・13歳の少年の世界ランク入り、
同じく卓球17歳の少女たち(ダブルス)の金メダル獲得、
陸上男子短距離での18歳の若者の日本選手権100・200米制覇、
プロゴルフ松山英樹の世界制覇に近い成績は、
従来の考え方では「規格外」。
ただ明確なのは、もはや「日本の規格外」は世界に通用しないということだ。

AIが世界制覇を目論む時代。
全ての分野で「世界標準」がテーマになり、
「世界標準」がクリアすべき第一歩となった。

昨今、日本の10代の少年少女たちの活躍が目立ち、
規格内の大人たちは大騒ぎしている。
一方で、彼らのごくごく自然の冷静さが目立つ。
彼らは、とりあえず「世界標準がどこにあるのか」を掴んだ。
それだけのことなのである。

2017年06月24日

この際、どうせ見るならデッカイ夢を

6月20日、小池百合子都知事は臨時記者会見を開き、
築地市場を豊洲市場に移転した上、築地跡地は再開発する方針を明らかにした。
謳い文句は「築地は守る、豊洲を生かす」。
「一挙両得」となるのか「一兎も得ず」となるのか?
どっちつかずの、日本伝統の典型的な“折衷案”だった。

築地市場の移転問題は、6月23日公示、
7月2日投票の都議選の最大の争点とされてきた。
小池都知事が20日に示した「基本方針」は、確かに「豊洲ありき一辺倒」ではなく、
豊洲と築地をミックスするという(耳触りのいい)妙案ではある。
だが安全性を始め、今後の予算をどうするか等、問題山積で、具体性に欠ける。

ただ都議選の公示前に方向を示したことで今回の都議選では、
自民側は「決められない知事」の批判は使えなくなった。
そしてモリカケ問題、共謀罪の拡大、憲法改正等で、
土壇場になって支持率が急落した安倍政権に、微妙な影を落とし始めた。
あろうことか「首相の応援は迷惑」との声も出始めた。
もし「安倍VS小池」の構図の下で、小池支持勢力が過半数を得ることになれば、
世論は一気に「反安倍」→「安倍1強体制崩壊」ともなりかねない。

首相側では「都民ファーストは保守。議席を増やすならそれでいい」と、
戦う前から“戦意喪失”の様相。
東京五輪を控え、負けても安倍と小池は基本は味方だとする、
わざとらしい予防線を張る。
確かに小池都知事には、将来の国政復帰、首相への意欲があるのもまた周知の事実。

では築地市場跡地はどう運用していくか。
小池都知事は、2020年の東京五輪までは仮設駐車場として輸送拠点とし、
5年後をめどに再開発すると発表している。
そして「食のテーマパーク」案を出しているが、
市場としての中核機能は築地に戻さない構えである。

豊洲の事業費は総額で約5900億円。
債務は2017年度末見込みで約3600億円。
巨大な施設のため維持管理費もかさみ、
減価償却費を除いても年間20億円ほどの赤字が続く。
都は築地の貸付で、年間160億円で50年間貸し付けるとの試算をしているが、
計画通りに進むかどうか。
「4500億円(現時価)の跡地を売却しない限り永久に赤字」なのは明白である。

かくして巷間では、5年後は間違いなく諸般の事情も変わるだろうと、
築地跡地売却を前提に
「日本版ブロードウェイ」「カジノ拠点」「サッカー場」「ドーム球場」等の案が
出始めている。
どうせならデッカイ夢がある方がいい…

以降はあくまで自分の考え、というより夢物語である。
「開閉式ドーム球場=築地ドーム球場(仮称)」はどうだろう。
銀座から歩いていけるドーム球場+スポーツ関連の繁華街。
東京ドームが完成して30年、老朽化が目立ち、また神宮球場はアマチュア中心で、
世界に名だたる国際都市東京に、近代的な新球場はいかにも魅力的。
読売巨人の本社は大手町、ヤクルト本社は新橋で、新球場には異論はないはず。
建前上、巨人とヤクルトの相乗り形式だが、築地再開発プロジェクトということで、
賛成も得られようし、大企業からの大々的な資金参加も得られよう。
(ヤクルト球団買収の話が出てもおかしくない)
新球場に築地という名前をかぶせることで「築地の名」も残る。
この機会を逃せば、今世紀どころか200~300年経ってもそのチャンスはない。

新球場の杮落し(こけらおとし)は
長嶋茂雄永久名誉監督+55番ゴジラ松井秀喜・新監督の国民栄誉賞コンビ。
13連敗する球団などサヨナラだ。
新時代の野球を、そして新球場で燦燦と輝く巨人軍を観てみたい。

有楽町イトシア→銀座→築地→台場と流れる一連のルートに
築地ドーム球場が加わる。
考えただけで鳥肌が立つような話だが、やはり夢物語ですかね?...


2017年06月17日

数の力の限界

“もりかけ(森友学園&加計学園)”問題が収まらない中、
与党が「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案を
強行採決する動きで日本中が揺れている。
14日から15日にかけての徹夜国会は、
野党側が閣僚への問責決議案・不信任決議案を連発、
最後は内閣不信任決議案を出したりしたものの、所詮は時間稼ぎに過ぎず、
結局は政府与党の強力(ごうりき)に押し切られた。

百人が百人、誰が見ても明らかなのは、
金田勝年現法相が、法務大臣たる資質に欠けている点であり、
安倍政権はそれを十分承知で、法相をノーガードにした上、
きめ細かく論議することなく、無理矢理押し切ろうとするスタンスに終始した。
“裏に(国民に説明できない)国際的密約がある”と思われても致し方ない
展開だった。

一方、政官民の関係で違法性を問われる境目は
「政治家が職務に関連した権限を行使し、
見返りに民間側から金品を受け取っている場合」である。
しかし、もりかけ問題については「首相が見返りを得た」などの情報はない。
つまりは今回のもりかけ問題に根本的な違法性がないのだ。
それが野党が突っ込み切れない最大の原因だった。

一連の問題の根幹にあるのは、「安倍1強」の政治状況だった。
安倍政権の“数の力”が支配する中、
平成14年に発足した内閣人事局が、
部長・審議官級以上の約600人の人事を、
これまでの各省主導から官邸による一元管理にしてしまった。

結果的に各省庁が、
これまで以上に首相の意向を想定しながら業務に取り組むことになった。
過度で無理矢理な対応を迫られることもまた必然の流れではあった。
各政務分野に詳しい「族議員」が健在な時は、
政策決定過程で様々な議論があり、情報も出てきた。
現状では重要な過程がブラックボックス化しているのである。

安倍政権は、小泉政権を抜き戦後3位の長期政権となった。
そしてその長期政権となる過程で、
看板の政策を次々に目新しいものに切り替えてきた。
“骨太の方針”はそのショーウインドと化した。
結果、10年後、20年後の日本に何を引き継ぐか、全く見えなくなっている。
それどころか、憲法改正や、共謀罪の拡大化など、
国民が自覚しないまま、世の中全体の仕組みを変えようとしている。
巷間で「見えない化現象」と揶揄される状況に陥っている。

当然ながら現在の若者世代には絶望感が広がり、
今の生活が楽しめればいいという安直な考え方が蔓延し始めている。
一方で、これ以上の負担増を嫌う高齢者が、
高投票率で政治を動かす「シルバー民主主義」が日本を支配し、
皮肉にもそれが安倍長期政権を支えている。

野党が予想以上に弱体化する中で、
もりかけ問題も、共謀罪の論議も、憲法改正論議も、
全ては高支持率を維持する安倍政権の“数の力の論理”のライン上にある。
つまりは高い支持率を背景にした慢心は否めない。
安倍政権自体が徐々に陳腐化し始めている。

今回の一連の強行突破が国民にどう映ったのか。
言うまでもなく、失望感は明らかである。
注目の都議選が間近い。
小池都知事の「結論を出し渋る政局ファースト主義」にも飽きてはきているが、
現状の自民党が国民にどのような扱いをされるのか。
とりあえずは都議選の結果に注目したい。

数の力さえあれば何でもできるのか??
安倍長期政権に危うさが見え始めている。
というより、ある種の末期感が漂い始めた。
エンディングは予想以上に近いと思う。

2017年06月10日

たがが銀座、されど銀座。そして残酷なまでの銀座

2020年の東京五輪に向け、日本を代表する商業エリア・銀座の変革が
最終コーナーに差し掛かっている。
JR有楽町駅前のイトシアを出発点とし、
晴海通り沿いに銀座→歌舞伎座→築地→台場と流れる一連のルートは、
華麗にそして豪華絢爛な仕上がりを見せている。
もはや日本の銀座ではなく、
「世界屈指の商業エリア銀座」としての体裁を整えている。

昨年3月末に「東急プラザ銀座」、9月に「銀座プレイス」、
そして今年の4月20日に「GINZA SIX」が完成し、
銀座全体が完全に落ち着いた。
中国からの爆買いも終了、「大人の街」に回帰した。
と言っても、あくまで「リッチな女性の街」としてではあるが。

江戸から続く繁華街でも、老舗がけん引する日本橋に対し、
日本初の鉄道で横浜港と結ばれ海外からの玄関口新橋駅至近の銀座は、
戦前から新参者が新風俗を持ち込む街として発展した。

団塊の世代が銀座を意識するのは、数寄屋橋のソニービルの完成からだった。
「ソニービルで待ち合わせ」は
70年代の“(時代の最先端を行く)カッコよさ”の代名詞ともなった。

80年代にはOL層を狙い隣接する有楽町にマリオンが完成、西武百貨店が出店。
90年代になって地価がバブル期の3分の1に下がると、
経営に行き詰まった個人経営の店の跡などに海外高級ブランドが店を構えた。
ドラッグストアやファストファッションなどの低価格店も乗り込むようになる。
2000年前後からは、団塊ジュニア向けに、丸井や東急ハンズなど、
渋谷で成長してきた店やブランドが相次いで進出。
近年ではインバウンドの急増で、
外国人観光客を意識した店が目立つようになっている。

但し、来るものあれば、去るものあり。
一世を風靡した西武百貨店は7年前に撤退、ソニービルも今年3月に閉館した。
「時代の主役を引き付ける街」「廃れたとあれば即刻駆逐する街」、
それが銀座である。

余りご記憶にないだろうが、ソニービルの真向かいが東芝のビルだった。
80年代には、両巨頭ここにありと、銀座の玄関・数寄屋橋周辺に、
どっかりした存在感を見せていた。
ところが現在では、ソニーも東芝も、跡形もなくスキッと消え去った。
一旦衰えを見せれば、哀しいまでにすっぱりと消し去る街、
それがウツクシき銀座の実体である。

だがソニーは、平井一夫社長が2012年に就任して以降、
エロクトロニクス分野をはじめとして、金融やエンタテイメントと共に
バランスのよい収益体制=「リカーリング・モデル」が機能し始め、
18年3月期には20年ぶりの最高益が視野に入っている。
結果として4丁目の銀座プレイスにショールームを構える。
往年のソニー復活か!?

一方の東芝は、構造改革が行き詰まり、半導体メモリー事業の売却も難航し、
崖っぷちの状態が続いている。
古参型の経営者が居座り「国営企業たる東芝」を標榜するだけで、
打つ手なしの状態が続いている。
「光る光る東芝、回る回る東芝」。馴染んだCMソングが空しく聞こえる。

日本の美の伝統、桜の木は、
ウツクシイ花を咲かせるためには埋められた人体をも肥やしにするという。
考えてみれば銀座という虚飾の街は、結局は典型的な肉食系なのだ。

銀座に行き始めて40年。アッという間に時間が流れた。
世界の銀座は何事もなかったように意気軒昂、健在である。
たかが銀座、されど銀座。そして残酷なるかな銀座...

2017年06月03日

Sontakuに揺れる日本事情

5月29日のプロゴルファー・宮里藍の引退記者会見。
相変わらず言葉遣いが上手く、完璧だった。
大きな引退理由は「モチベーションがなくなった」だったが、
それは言い訳だろう。
選手生活15年、世界一にもランクされ、ロスにも居宅を持つ彼女は、
一生困らない資産形成が終わったと見るのが順当だろう。

そして31日は関脇・髙安の大関昇進伝達式。
「正々堂々精進します」。
兄弟子の横綱・稀勢の里に似て、表現的には少々ちぐはぐだが、
素直さやヤル気はタップリ伝わった。

何故に両人の挨拶がスッキリと心地よかったかと言えば、
最近日本で大流行りの「忖度=そんたく」が全くなかったからである。
蕎麦屋じゃあるまいし、昨今の安倍首相は、
「もり=森友学園」と「かけ=加計学園」で大わらわである。
かくして「忖度」という表現は、
今年の流行語大賞のベストテン入り確実の様相である。

「忖度」はアジア的な言葉である。
中国最古の詩集とされる「詩経」にも登場する。
つまり中国文化圏では3000年前から「忖度」が行われていたことになる。
最近の中国では国民全員が習近平の意向を忖度するのも、
つまりは中国古来の伝統である。

では日本ではどうか。
日本は基本的に単一民族であり、ムラ社会は同一の価値観で動く。
従って、あえて言葉にせずともお互いに察することが求められた。
言ってみれば「忖度」は日本の美徳であったのかもしれない。

日本文学も忖度で成り立っている。
和歌のように短い文章に豊かな意味を持たせるためには
受け取り手の想像力も必要となる。
俳句はもっと短い。
かくして受け取り手は詠んだ人の気持ちを忖度しなければならないことになる。

忖度を英訳すればどうなるか。
「read between the lines=行間を読む」
「conjecture=推測する」
「surmise=推量する」あたりだろうが、
「空気を読む」という感覚が説明できず、いまひとつしっくりこない。
結局はそのまま「sontaku」に落ち着いたようである。

森友学園問題が表面化した段階で、一部週刊誌は「加計学園問題」を取り上げ、
一連の忖度問題は、長期政権を目指す安倍内閣を倒す
大事件に発展する可能性を伝えていた。
特に加計学園問題に絡む「前川(=前川喜平・前文科省事務次官)の乱」は、
前高級官僚が政府に反旗を翻す構図になっており、簡単に収まりそうにない。

事務方の頂点・事務次官に上り詰めるためには
艱難辛苦のたゆまない努力と運が必要と思われる。
それが就任して半年もたたないうちに天下り問題で引責辞任させられたことも
ラグビー選手上がりの同氏の本気度・熱気度を高めているようだ。

「あったものをなかったとするわけにいかない」
「赤信号を青信号とは言えない」
とする同氏の論理は、至極正当である。
正当であるがゆえに、話をややこしくしている。
長いものにまかれるか、腹切り覚悟の刺し違え合戦の継続か。

一般人にとっては別世界の話であり、
ドラマ仕立ての展開は、連日の報道を聞いているだけで疲れる。
(後日、本当にTVドラマ等になるかもしれない)
「騎兵隊、前へ(=前川氏のブログのタイトル)」ってか…
いい加減どこかで手打ちすりゃいいじゃないか…
.
ある種の凄烈な狂気が漂う天下の霞が関村。
そこはやはり、天井人の住む世界なのだろう...

2017年05月27日

なぜ日経平均は2万円超えをためらう?

米NYダウ株価が21,000㌦近辺に張り付き、
日本の日経平均が20,000円寸前で上げ止まるなど、
金融市場全体が迷走・気迷い状態になっている。

そんな中、最近の金融市場で注目されているのが
「恐怖指数」と呼ばれる変動性指数(VIX)である。
余り馴染のない指数だが、
VIXとは米S&P500種株価指数を対象としたオプション価格から算出した
ボラティリティ(予想変動率)を指数化したもの。
ちなみに株価が底堅く、投資家心理が落ち着いていればVIXは下がる。

しかし「その状態が行き過ぎると反動が起きる」という経験値も、
市場は共有し、熟知している。
当該VIXが8日に9.77と、
1993年12月以来、23年振りの水準に落ち込んだ。
過去10を割り込んだのは同上1993年と2007年。
いずれも1年後にメキシコ通貨危機や、リーマンショックが起きている。
つまりは激動の“前触れ”というわけである。

相場の世界では、こうした状況を「嵐の前の静けさ」と表現をする。
かくゆう自分も、NYダウ相場のテクニカル分析で、
1年超前から「嵐の前の静けさ」という表現を使ってきた。
2009年3月の6,469㌦を底とする株高は8年にわたる長期になっており、
しかも6,469㌦×3=19,407㌦を突破し、21,000㌦に到達している。
確かに月足のチャートは完璧な右肩上がりの理想的な形態となっており、
「余りに完璧なのが難点」で、「それが逆に怖い」との論述をしてきた。

相場の世界は奇数倍が基本。
3倍を超えたから次は5倍。6,469㌦×5=32,345㌦となる。
過去では99年8月には90年10月の安値2,344㌦×5=11,720㌦を超えたが、
2009年に向け6,469㌦まで下落している。
いずれにしても底値から3倍以上は“神の領域”であり、
その領域を超えれば暴落がある。

昨今のアルゴリズム(自動)取引や超高速取引(HTP)等の
コンピュータ売買は、典型的な薄利多売方式であり、
株価の歪みを狙う一般投資家を市場から締め出した。
それが益々利ざやを小さくし、ボラティリティの低下をもたらしている。
現状の環境が正常な状況ではないのに、である。

ロシア疑惑を巡る捜査を進めた米連邦捜査局(FBI)長官の解任は、
同様の決定をして辞任に至ったニクソン政権を想起させる。
疑い深く、逆らう者には怒りに任せて罰を与えようとする。
政治の世界は、実業界のようなディール(取引)の世界、
つまりは「ユー・ア・ファイアード=お前はクビだ!」で済む世界ではない。

思い起こせばニクソン大統領は1971年7月(日本に知らせないまま)訪中し、
8月には金・ドルの交換停止や10%の輸入課徴金を決めた。
いわゆるニクソンショックである。
現状のトランプ政権はTPP離脱から始まって、中国の空前の絵空事「一帯一路」、
世界の最狂国・北朝鮮問題を抱え、そして「ロシアゲート」である。

“何か”が起きるための要因満載。
金融市場は、読めぬ米国を前に“ダルマさん=手出し無用”の状態が続く。
市場はトランプ退陣を前提に動いているとの見方もある。
が、従来通り同盟国・米国と歩調を合わせていればことが済むのか。

なぜか2万円超えを躊躇する日経平均。
コンピュータには真似のできない“第六感”の世界ではある。
つまるところ「嵐の前の静けさ」と表現するしかないのである。

2017年05月20日

ラジオの時間

大相撲5月場所が始まった。
浅草の三社祭りに重なるこの時期は、梅雨前の暑くもなく寒くもなく、
隅田川に吹く風に新緑の匂いがする、年内最高の時期である。
だが大相撲の予約は半年前に完売で、当日券が発売される午前8時には
長い行列ができ、両国国技館は連日札止めの盛況である。
19年振りの日本人横綱誕生による人気に違いないが、この相撲人気、
世相を反映しているようにも思う。

最近のTV番組の低俗振りは異常である。
地上波とBSに分別された結果、地上波はお笑い芸人を中心として、
エログロを売り物にする2時間程度の番組に席捲されている。
CMをランダムに乱打し、ただひたすら下品な笑いを狙う番組の中で、
無為に時間が流れていく。
この傾向は、今年のNHKの大河ドラマの大不作によって決定的になった。
毎週日曜日の大事な時間だった。
どうしてくれるんだっ、って気分である。

スポーツ中継番組も、民放が大事な局面でCMを乱打することによって
スポーツそのものの面白さも消すようになった。
金看板の巨人戦が冴えないのも、ゴルフ番組が不人気なのも、
全てはランダムなCMが原因である。
特に最近の女子プロゴルフの中継に至っては、
若い女子プロのボディコンシャスな姿を中心に映し出す番組となり、
地上波のエログロ路線を踏襲している。

振り返って日本古来の相撲はあくまで「儀式の世界」であり、
時代を超えて頑にルールを守っている。
土俵という“土&俵”が舞台になり、和装の呼び出しがいて、行司がいて、
大銀杏(おおいちょう=ちょんまげ)+褌という前時代的な格好から始まり、
20秒前後で勝負がつく前に、仕切りや塩撒きなどと、
全く無駄と思える所作を淡々と続ける。
こうした“伝統の(先を急がない)ゆったり感”が見る者を安心させるのである。

現代人がなぜ以前に増して全てに急ぐようになったのか。
それは21世紀に入って爆発的に進捗したIT(情報技術)が要因だろう。
日々進歩する人工知能(AI)が全てをリードし始めている。
その尖兵がスマホ。ある意味「スマホ万能時代」である。

2020年は東京五輪の年。
スマホの怒涛の勢いのまま、2020年まで突き進んでいくようだ。
大きな変化としてはまず自動運転車の定着。
自動運転と言っても以下の「レベル3」程度あたりか。
「レベル1」加減速やハンドル操作のいずれかをコンピュターに任せる。
「レベル2」加減速+ハンドル操作をコンピュータが行う。
「レベル3」主としてAIが運転する。但し状況に応じて手動可能。
「レベル4」条件限定版だが人が運転に関与しない。
「レベル5」全て自動運転。

次に大きなテーマはフィンテック=金融とITの融合。
スマホに専用アプリを搭載すれば「金融窓口」を持って歩いているようなもの。
つまりは支店不要の時代が来る。
金融機関に「装置産業」から「技術産業」への転換が求められる。
果たしていくつの銀行が残れるか。

好むと好まざると、これまで以上に即断即決の時代がくる。
油断すれば時代に置いていかれる。確かに焦りはある。
だがこうした時代だから尚更、ゆっくり時代を眺めてみたい。

最近BGM代わりor時計代わりにつけていたTV画面を消し、
ラジオを流すようにした。
音量を絞っても、キーキー声が耳障りになるからである。

最近都内では、TBS、文化放送、ニッポン放送等の主要局がFM併用にし始めた。
さすがに音質が違う。
「オールナイトニッポン=ANN」や「走れ歌謡曲」など懐かしの番組を流してる。 
アナログと笑って下さい。
でも予想外にゆったりできますよ。


2017年05月13日

悲喜こもごも、仏&韓大統領選挙

日本の黄金週間明けを待っていたかのような仏&韓国の大統領選挙だった。
まず仏では
中道系独立候補のエマニュエル・マクロン元経済産業デジタル相と、
極右・国民戦線(FN)を率いるマリーヌ・ルペン氏の決選投票。
事前の予想通り親EUのマクロン氏の大勝。

ただ今回の仏選挙では棄権・白票・無効票の多さが目立ち、
棄権にいたっては25.4%とポンピドー大統領が選ばれた1969年以来の高水準。
またマクロン氏への投票は2000万票超だが、全有権者(4700万人)の半分未満。
マスコミが「消去法の勝利」と報道したのも至極当たり前だった。

マクロン氏は39歳。
そして議員経験のない同氏が率いる政治団体「前進」が結成されたのは昨年4月。
基盤の脆弱さは明白。従って今後の仏国政リスクもまた明白。
EU存続のために仏のEU離脱とならなかったのが唯一の救い。
24歳年上の高校時代の教師が奥方で、マザコンの匂い(!?)のする新仏大統領の、
欧州の肝っ玉おばさん・独メルケル首相におんぶにだっこのイメージは拭えない。

マクロン氏は元々が投資銀行出身で、ミクロ経済学専門。
またルペン氏に関しては日本語の字面(じずら)で「ルンペン」に見え、
パッと見は「ミクロVSルンペン」。
そして、おまけは新大統領の64歳の奥方の「金髪+ミニスカ+ピンヒールの美脚」。
注目を浴びないわけがない。
かくして選挙よりも、別の意味でも世界の話題になった。

次が韓国。
これまた事前の予想通り文在寅(ムン・ジェイン)氏の当選となったが、
「寅」の字は「渥美清・男はつらいよ」の「車寅次郎=寅さん」を想起させる。
少々不謹慎だが、仏では「ミクロVSルンペン+α」、韓国では「寅さん」かよと、
全く無責任に、興味半分に、仏&韓双方の大統領選挙の経過を眺めていた。

文在寅氏は自他ともに認める「親北・反日」派。
日本のマスコミでは
「同じ弁護士出身の福島みずほ(社民)の男版」と言われる人物。
選挙公約では「慰安婦問題白紙撤回と竹島領土問題をドッキングした反日主義」を
大きな旗印のひとつにしていた。
いつまで続くか慰安婦問題….

韓国には「国民情緒法」なる言葉があるそうな。
韓国紙「中央日報」は以下のように説明している。
「韓国では罪刑法定主義を否定する『国民情緒法』という妙な論理がある。
実体はなく、文字で記録されているわけでもない。
長期にわたって蓄積された慣習法でもない。
だが国民情緒に合うという条件を満たせば、実定法に束縛されない不文律であり、
憲法よりも上位である」

かくして韓国では、この国民情緒法によって、
“ゴールポストを勝手に動かす体質=約束を守らない体質”
が堅持されるというわけである。
そして、
1965年の日韓基本条約、
1995年のアジア女性基金、
15年12月の日韓合意(10億円基金)をことごとく反故にする。

慰安婦像は1体300万円という。
2011年末の「ソウル像」から1年に10体ずつ増加し100体突破間近。
そして慰安婦像のブレスレット・バッグ・バッジ・ペンダント等が発売され、
収益は支援団体に寄付、またネットで大々的な募金など、
無限増殖の「ビジネスモデル」も出来上がっている。
真面目に付き合うのに疲れる国ではある。

一般社会でも隣人との仲違いは多いが、格差特権が罷り通り、
一般国民の不満が渦巻き、瞬間湯沸かしの隣国とどうお付き合いする??
安倍さんのご苦労が偲ばれる。

2017年05月06日

閑話休題(むだばなし)

9連休も可能だった黄金週間も、今日をいれて2日。
今週の土日を普通の週末と考えれば、実質的には黄金週間も終わり。
過ぎてしまえばアッという間ですが、如何でしたか???

ここ1週間、真夏日あり、日本の最高気温が北海道という珍現象ありで、
何かちぐはぐ。
最近の世の中、狂っているしか思えません。

で、今週は、趣向を変えて、“喝!!”のシーリズ。
あくまで自分の気分本意ですので、ご気分が悪い場合はあしからず。

●ママチャリ暴走族
ここ2年、都内では電動アシスト自転車が大流行。
特に30代の若いママさんの場合、10人中9人がそれ。
昔の乳母車のような幌をバックに、前は大きな荷台。
で、双方を満載にして疾走なさる。

そこのけそこのけ、ママチャリが通るとばかり、かなりのスピード。
電動アシストであるからにして、坂道でも息切れなし。
後ろから猛スピードで追い抜かれると、ドキッとする。
一触即発、大怪我のリスク大。

百歩譲って「若葉マークの若いママは大変なのよ」は解る。
だが無茶をするのは大概が小太りで、ジャージ姿。
髪振り乱し、最新技術を使っての疾走は
「我、スーパーマン(ウーマン!?)」との錯覚ありあり。

女は弱し、されど母は強し…
あんなに神経質だった昔のように、“オンナの部分”を少しだけ戻そうよ。
番茶の出がらしじゃ、しゃ~ないしょ。
居直った暴走族ってホント怖い。
旦那の顔が見てみたい!?

●禁煙原理主義
なんか最近、禁煙モードが異常である。
現厚労大臣が禁煙派なのもモードに拍車がかかっている。
「先進国では全域禁煙が常識」だそうで、
高らかに「首都東京全面禁煙目標 2020年!!」を宣言されている。

20年来のお友達の、近所の酒屋兼タバコ屋の、
佃大祭のおみこし担ぎ40年のベテランにして
頑固にハイライト(タール17度)を固守する江戸前のおじさんは、
「ふふん、やるならやってみな!!」の全面戦争(!?)の構え。

現在吸ってるタバコ、マルボロ・ミディアムを買う度に言われる。
「あんたも気弱だねぇ~、オトコのハイライトを捨てちまってさぁ」…

禁煙原理主義の皆様、
禁煙だ、分煙だの論議も、ここまできたら実に面倒なので、
いっそのこと禁煙法などをおつくりになったら如何ですか?

●中田英寿
昔サッカー選手、今は文化人(!?)
サッカーやってるでもなし、芸能人でもなし。
いわゆるコウモリさん。
つまりはサッカーに関わる(優雅な)文化人???

あのキツネ顔で、したり顔がどうにも好きになれない。
TV画面に出てくると、チャンネルを変える。

あの方の上から目線の言動が昔からムカついていた。
21歳にして「中田語録」などという、大それた本を出版。
21歳ですよ、21歳!?
弱冠21歳が人生観を語るかねぇ....

で、最近では妻夫木聡とプレミアムビールのCMにご出演。
めでたく40歳になられたそうで、
「40歳になって初めて大人の味が分かる」とのたまう。
誰のチョイスかしらないけど、中田で売り上げ伸びるかねぇ?

ま、ビールでも日本酒でも、洋酒でも、お好きなものを存分にどうぞ!!


自分本位の“喝”シリーズこの程度でおしまいにします。
多々のご無礼、ご容赦下さい。
機会があればまた、ということで。

来週からは普通に戻ります。
よろしくアクセスのほどお願い申し上げます。


2017年04月29日

ロボットに勝てますか?

桜散り、青葉・若葉の季節の到来と共に、
男女を問わず、街中には「紺のスーツ+白いシャツ」姿が目立つ。
入社試験シーズンの到来、というより最っ盛り。

そしてマスコミでは、学生人気ランキングなどといった、
百年一日の、興味半分(!?)の報道を繰り広げる。
相も変わらず商社、航空会社、大手金融、マスコミ関連等の企業が連なる。
転職が当たり前の時代。
ひとつの会社に骨を埋めるという考えもないようだが、
名前の知れた有名企業から、どれだけ内定をゲットできるかが若者のテーマ。
10年後はどうなるかは全く考えないまま、ゲーム感覚の日々ではある。

本ブログで繰り返して申し上げてきたが、
まず考えなければならないのは、文系理系の区分けが無意味になり、
理系有利の時代になっているという点である。
ここから先は人工知能(AI)を使ったロボットが主役になり、
理系思考が優先される時代だからである。

米マッキンゼー・アンド・カンパニーの調査によれば、
820種の職業に含まれる2069業務の710(34%)の業務が
ロボットに置き換え可能という。
19世紀の産業革命に始まる製造業の歴史は自動化への挑戦だった。
従って、モノ作りに関しては既に7割超がロボットに任しても
大丈夫な時代になった。

旧文系の宝箱だった事務職系の職場にも自動化の波は押し寄せる。
顧客の注文の文書化やデータ抽出や数値計算に関し、
人間はロボットに勝てない時代になっている。
特筆すべきは法律関係で膨大な資料から証拠を見つけ出す作業にAIを
使おうとする動きである。

ホワイトカラーの象徴とも言える金融でも自動化が進んでいる。
事務職では65%がロボットにとって代わられ、
相場売買の自動化システムの普及によって、外資系大手で100人単位で
存在した専門トレーダーが、いまや10人未満という場合が少なくない。

自分はここ25年超、ギャン理論のサイクル理論を研究してきた。
相場の変化するタイミングを類推するのがサイクル理論の根幹だが、
ここ3年のうちに、主要通貨、株式指標、主要商品の日足(日毎の動き)が
全て“10日サイクル”になった。
従来の相場の世界ではあり得ないことだが、これは自動売買システム、
すなわちコンピュータのなせる仕業なのだ。
週足や月足にはバラつきがあるが、これも時間の問題と思われる。

同上マッキンゼーの試算では、自動化が可能な業務の割合は日本が55%で、
米国の46%欧州の47%も上回る。
農業や製造業など、人手に頼る職業の比重が大きい中国(51%)や
インド(52%)をもさえ上回る結果となった。

一部の職場ではすでに雇用が失われ始めるなど、
ロボット化には負の側面も確かにあり、
「ロボット税」を取ろうとする議論も出始めている。
笑い話ではなく、「大量の失業に備え、新税制を考える時期」には違いない。
特に従来の文系が、このまま(営業中心の)文系スタイルを踏襲すれば、
“使い捨て”の運命が待っている。少々きつい言い方かもしれないが。

昨今、宅配クライシスが大きな問題になってはいるが、
宅配分野のトラブルは「AI時代前夜」の単なる一過性の一コマだろう。
世の中は大きな時代の激流の中にいる。

2017年04月22日

宅配クライシス

現在の住まいから徒歩30秒の距離(約80メートル)に
ヤマト運輸(ヤマトホールディングズ=通称・クロネコ)の支店がある。
現住所に移ってから20年超が経過したので、20年超の付き合いとなる。
従って従業員の方々とはごくごく自然に馴染みになる。
出来高制給与体制とはいえ、彼らは実によく働く。
朝は8時前から夜は10時過ぎまで。
飲みに出かける際に「チワー」と挨拶を交わし、
ほろ酔いで帰った時にまた「お休み~」といったパターンもよくある。
特に決められた休日もないようだし、いつ休んでるんだ? って状態。
その宅配システムが、過剰サービス(!?)にギブアップ状態になっている。

日本の21世紀に向けての流通革命の尖兵はコンビニと宅配だった。
1980年代後半あたりから拡大し始めたコンビニと宅配だったが、
両者の大々的な拡大・進出により、日本の小売が壊滅状態になっていった。
徹底的に、完膚なきまで小売りを地方経済から駆逐してしまった。

双方とも24時間営業。
食料品から日用雑貨まで大凡が賄えるコンビニという小売システムと、
TVの通販番組等で好みの商品を選択・配送してくれる流通システムは、
間違いなく画期的であり、“歴史的な”流通革命に違いなかった。

かくしてコンビニが日々の生活の中心になり、
ネット通販市場が爆発的に拡大していく中で、
商品内容や価格での差異化が難しくなり、
行き着いた先が「当日配送」だった。
「注文から最短2時間半で届ける」という極端なサービスが恒常化し始めている。

確かに「配送の時間帯サービス」は便利である。
「午前中」から始まり、午後は2時間おきに5時間帯に区分されている。
だが日本の宅配システムは
「相手に直接手渡してサインをもらう」ことで完了する。
結局は希望の時間帯に不在の場合も多く、
配達する方は何度も足を運ぶことを余儀なくされる。

最近ではコンビニや一部ファストフードが
調理品、端的に言えば“(昔の)出前”サービスも始めている。
食品には「鮮度のリスク」がある。特に夏場は怖い。
すしやラーメンやピザなどはともかく、
セブンイレブンやデーニーズに出前を頼むかねぇ??とは思うが、
高齢化社会で、結構需要があるらしい。

ヤマト運輸の場合、年間の取扱荷物は19億個。
そしてそのうちのアマゾン関係の「当日配送」の荷物が3億個(約2割)。
アマゾンの当日配送は夕方の便で大量に持ち込まれる。
午後5時に仕分けされれば配達の残り時間は4時間を切る。
そしてクロネコの平均単価が570円台に対し、
アマゾンは300円を切ると言われている。
かくして人手不足は深刻化し、ヤマトは未払い残業代200億円を払い、
営業益の5割減(580億円→300億円)となり、アマゾンから全面撤退した。

高齢者向けの食品を中心とした“ソフト商品”の即日配送は致し方ないにしても、
電化製品や家具などを中心とした“ハード商品 ”に「即日配送」は本当に必要か。
日本は“おもてなし”を“売り”にする国ではある。
だが、どんなに時代が変わろうとも
「過剰なサービスを無理押ししない」という日本的なやさしさが必要であろう。

米国ではロボットやドローンに置き換える計画が進んでいる。
「盗難補償より再配達の時間の方がコストがかかる」との論理である。
要は、相手が在宅しようがしまいが、基本は玄関先でOKというスタイルである。
かくして多少のトラブルがあっても宅配サービスは、
ドローンを基本にした米国式に集約される気配である。

結局、最近の動きは全て、好むと好まざると本格的に到来する、
「ドローン+自動運転車の時代」に向けてのプロローグなのかもしれない。

2017年04月15日

永過ぎた春!?戦後第3位「アベノミクス景気」

春爛漫。サクラ咲く日本の春。そんなさなかの4月10日。
突然のタイミングで「浅田真央引退」の報が流れた。
そして12日、都内での引退記者会見。
元来が欧米のスポーツ、日本には縁がないと思われていた女子フィギュアを
ごくごく身近なスポーツに仕上げた国民的人気スケーターの、さわやか会見。
“散るサクラ”はいつもはかなげで、ことの他ウツクシイ。
うざったい会見が続いていただけに、洗われるような清廉な姿に魅入られた。

その一方で“サクラ満開”を告げる報道もあった。
2012年12月に始まった「アベノミクス景気」が戦後3番目の長さになった、と。
第二次安倍政権が発足した12年12月に始まった景気回復は、
17年3月までで52カ月となり、
86年12月~91年2月の51カ月間のバブル経済期を抜き、戦後3番目になった。
今年9月まで続けば、65年11月~70年7月の57カ月間に及んだ「いざなぎ景気」
をも抜き去ることになる。

ただ戦後最長となった00年代の輸出は8割伸びたが今回は2割増。
設備投資も1割増と00年代の半分。
賃金の伸びは乏しく、個人消費は横ばい。
総合して考えれば、「緩やかな」あるいは「低温」と表現するのが妥当なようだ。

ともあれ“満開のサクラ”を謳歌する安倍政権だが、
「アベノミクス」という短期志向の格好だけの中身の薄い政策を、
手を変え、品を変え、積み重ねて継続する中で、
国民はそのシナリオに慣れ、近未来に控える「リスク」に鈍感になっている。
例えば2020年には3つの「2020年問題」が控える。

第1は「高齢化の圧力」。
20年前半には戦後のベービーブーム生まれの「団塊の世代」が75歳以上に達し、
社会保障の支出が急速に膨らむ。

第2は「東京五輪の波」。
消費や建設需要の反動減に加え、日本を取り巻く高揚感の後退で、
海外投資家が日本離れを起こし易くなる。
ギリシャの長い苦境は04年の夏の五輪を境に始まった。

第3は黒田東彦総裁のもとで日銀が始めた異次元緩和の「手仕舞い」を
考えなければならない点である。
発行残高の4割の国債を保有する日銀は、
年70~80兆円のペースで国債を買い続けている。
欧米で金利が上昇し、その圧力が日本に及べば、ゼロ金利を維持するためには
更なる強力な買取を迫られる。
「長期金利をゼロに留めておけば金利負担は軽い」。
従って「借金が巨額でも財政は悪化しない」との論理だが、
17年夏にも買い入れの限界を迎えるとの試算もあり、予断は許さない。

黒田総裁は
「物価が上がると思えば企業の資金は設備投資に、家計の資金は消費に回る」
との考え方が基本だった。
しかし最近では
「予想物価上昇率の引き上げには不確実性があり、時間がかかる」と、
ギブアップ状態になっている。
日銀の繰り出す金融政策は、論理に論理をかぶせる結果、分かり難くなる一方。

元来、経済学者の論理は実際の金融市場あるいは実世界にはそぐわない。
何故なら「基本数値を不変なものとする」論理だからである。
「コンピュータが描く理想的な美人と、生身の女性は全く別物」なのである。

森友学園事件から以降、絶対安泰かに見えた安倍長期政権に陰りが見え始めた。
確かに安倍首相本人の責任ではないかもしれない。
だが“満開のサクラ”に安心し過ぎた感もする。
散るサクラ 残るサクラも 散るサクラ 

“世界最狂”の北朝鮮を巡る緊張が高まっている。
本当に戦争が起きるのか?まさかな…


2017年04月08日

カルロス・ゴーンの流儀

ルノー・日産アライアンスの総帥、カルロス・ゴーン。
1954年3月9日生まれ63歳。レバノン系ブラジル人。
フランスで教育を受け、欧州・米国、
そして日本の自動車産業で成功を収めたことはご存じの通りである。

当初、あの見るからに濃ゆい顔は日本には馴染まないと思わせた。
年間給与が10億という超破格な待遇も、日本企業から猛反発を食らった。
だが、その腕前は年毎に見直されている。
CM上で、成り上がりを“売り”にする、うるさ型のロック歌手・矢沢永吉に
“やるな!!ニッサン”と代弁させ、納得させてしまった。

巷間では同氏は、
日々の業務管理や、キャッシュフロー経営に厳格と言われている。
一方で、その燦然と輝く成果から、同氏の掲げる長期投資や事業戦略が
欧米のビジネス界で研究対象になっている。
根幹の方針にブレがなく的確だからである。
社内の猛反発の中で進めた「中国進出と成功」や、
リーマンショックでも止めなかった「電気自動車開発」がその代表例である。

車には「移動価値」「体感価値」「所有価値」の3つの価値があるとされてきた。
だが、グーグルやアップル等のIT企業の新規参入で、
「(複数で保有する)カーシェアリング」や
「ライドシェアリング(乗合い)」の普及拡大は必至で、
従来から掲げてきたテーマが徐々に陳腐化し始めた。
結果的に自動車業界は、限られた販売台数をテーマにせざるを得なくなった。

最近のカルロス・ゴーンの最大のアジェンダ(論点)は、
「IT(情報技術)と自動車融合」。
IT技術の進捗により、
世界の自動車需要は現在の6割程度まで減少すると予想され、
また大型車が得意の米の自動車生産が半分以下に減少する予想されている。

産業界全体をみても、人工知能(AI)の進歩を背景に、
既存産業(=既得権益)を揺るがす破壊的技術(ディスラプション)が
生まれ易い状況にある。
自動車業界に関しても、自動運転車が中心になれば、
自動車産業から多分野に流出するのは止めようがない。
自動車産業もやはり100年に一度の転換期を迎えているのである。

今年1月、カルロス・ゴーンが仕事始めに向かった先は
恒例のデトロイトの自動車ショーではなく、シリンコンバレーだった。
日産が米航空宇宙局(NASA)と進める自動運転の共同実験の視察だった。

米大統領に就任したドナルド・トランプが、
日本の自動車市場が閉鎖的との議論をし、為替問題を蒸し返し、
大型車の多い米国自動車メーカーに配慮した燃費規制の緩和策まで
検討している中で、カルロス・ゴーンは、
「政権が変われば政策も変わる。それだけのことだ」と、
泰然自若としていたのは当然といえば当然の姿だった。
国内回帰を志向し、アナログな車の生産や、反グローバルを叫んだりしても、
結局は失敗するとの確信があるのだ。

16世紀以降の大航海時代を経て、東インド会社、蒸気機関などを中心と
したグローバル化やイノベーションの潮流は誰も止められなかった。
「国内回帰」を最大のテーマに、時代に逆流するトランプ流儀の運命は
言わずもがなであろう。

日本では巨象・東芝の行く末が憂慮され、連日の大報道である。
だが内実が明確になればなるほど見えてきたのは
戦後の日本を力強く支えた弱電の雄・東芝の姿ではなく、
あるのは原発事業で大きな損失を出した準国営企業・東芝の姿だった。
過去の栄光にすがる経営陣の、既得権保持に汲々としている姿だった。
ここまできたら潰すに潰せないだろうと居直る、慢心満々の姿だった。

「従来の常識が非常識」の時代。
新時代を生きる私企業は、時代の大きな潮流を見定めて先に進むしかない。
好むと好まざると、カルロス・ゴーンの流儀に学ばざるを得ない。
軍門に下る感は否めないが、それも時代の要請なのだろう。


2017年04月01日

ポスト真実(Post Truth)

現在の住まいから両国国技館まではチャリで15分ばかり。
国技館近辺には昼から営業している飲み屋が多数あり、昼食兼ねて軽く飲って、
末席も末席の最安価な最上段で、ほろ酔い気分で幕下あたりから相撲観戦する。
桜が散った後の青葉の季節の、隅田川を吹く五月の風が江戸前で実に心地よく、
酔いを醒ましつつゆったり帰る、というのが密かな楽しみだった。

その大相撲がいつの間にか超人気になって、満員札止めが続くようになった。
相撲はもはや日本ばかりでなく、国際的な人気である。
予約も即日完売とかで、当日券も手に入らない。
格段構えることなく、散歩がてらに国技館に寄り、相撲を観戦するという
“芸当”ができなくなった。

大阪での春場所。
表彰式で君が代の大合唱の途中から、稀勢の里は涙でくしゃくしゃになった。
13日目の日馬富士戦で左肩を痛打し、怪我には強いと定評のある稀勢の里の、
苦痛にゆがむ表情を初めて見た。
強行出場した14日目は鶴竜になすすべもなく寄り切られた。
まともな相撲を取れる状況ではなかった。
それが千秋楽に、怪物大関・照ノ富士に、本割と決定戦で2度勝利した。
紛れもない奇跡だった。

2001年夏場所、膝の大怪我を押して強硬出場し、優勝した貴乃花は、
その後7場所連続休場に追い込まれ、再び賜杯を抱くことはなかった。
優勝した事実をもって今回の稀勢の里の強行出場を「正しい選択だった」
とは言い難い。だが感動は、往々にして「正誤を超えたところ」で生まれる。
それもまた真実ではある。

最近、英オックスフォード大出版局が2016年の「今年の言葉」に選んだ単語、
「ポスト真実」が盛んに言われ始めた。
客観的な事実よりも、
「感情や個人的信条への訴えかけの方が世論形成に影響がある」ことを指すという。
英国の欧州連合(EU)離脱の国民投票と米大統領選挙で、英国民が離脱を選び、
米国民がトランプ大統領を誕生させ、その後双方間違いだったと考え始めている、
という状況を「ポスト真実」と位置付けるのである。

「死なばモロトモ?」と揶揄される日本を騒がす森友学園事件。
野党は、
「安倍昭恵首相夫人が名誉校長の小学校の開校を延長したら、
役所は首相に恥をかかせることになると考える」と指摘し、
一方安倍首相は、
「忖度(そんたく)の事実がないのにまるで事実かのように言うのは
典型的な印象操作だ」と反論する。

忖度。広辞苑は「他人の心中をおしはかること」とする。
しかし実際に使われる際には
「力を持つ上の者の気持ちを先取りし、機嫌を損ねぬよう処置すること」
になる。
今回の森友学園事件は
「重層的な忖度メカニズムが」働いたと見るのが順当だろう。

29日付の日刊スポーツは、
新横綱稀勢の里をモチーフにした錦絵版画がベネチア芸術展に出品され、
好評だと伝えた。なぜ白鵬でなく稀勢の里なのだろう。
19年振りの日本人横綱という意味もあろうが、
ある意味常識をはずれた無謀とも言える稀勢の里の一連の行動が
純日本的に映ったのだろう。
だが「横綱だから何がなんでも勝つしかない」とする、
単純明快なメカニズム=一途な必死感が、海外でも評価を得たと思われる。

日本中がどす黒い欲望をテーマにする「籠池劇場」に右往左往する中で、
救われるような、清々しい気持ちでいる。

【追伸】
全く蛇足ながら、チャリで7~8分の至近距離(=江東区清澄)に所在する
錣山(しころやま)部屋の阿炎(あび=元十両・現幕下=春場所全勝優勝)
の隠れファンである。
当初は堀切洸助という本名のしこ名が何気に可愛くて注目・応援していたが、
十両昇進時に、こともあろうに、阿炎政虎という、
聞いたら笑ってしまうような、ギャグっぽい、いかついしこ名にされてしまった。
だが本人は、187㌢の長身で、ジーンズが似合いそうなジャニーズ系美形。
力士にしては細身で不必要に足が長く、腰高で、なかなかメジャーになり切れない…
そんな隠れた魅力のある力士の成長を見守るのも大相撲の醍醐味と思うが…


2017年03月25日

平成才女・女傑考

暑さ・寒さも彼岸まで。
春分の日を見計らったように東京に開花宣言が出た。
そして“春はセンバツから”とばかり高校野球が始まり、
WBCで侍ジャパンとMLBオールスターズの死闘があり、
サッカーW杯のUAEでのアウエー最終予選があり、
新横綱・稀勢の里に沸き、連日満員札止めの大相撲ありと、
もはや“豪華絢爛・花見用・幕の内弁当”の様相を呈した。

こうした溌剌とした爛漫のスポーツの世界の一方で、
都議会では豊洲市場移転問題に関する百条委員会開催、
一方国会では森友学園問題に関して証人喚問があり、世の中がザワついた。

最近の政治の世界の特徴として女性が絡む点が上げられる。
現代は男女平等、女性の機会均等という大原則があるが、
これほどまでに女性が表舞台や裏舞台で活躍or暗躍する時期があったろうか。
気が付けば平成という時代も約30年。
ここで(後世まで語られると思われる)平成の才女・女傑について考えてみたい。

表舞台で活躍が際立つのは小池百合子東京都知事だろう。
その存在を決定的にするのは、1988年、
テレビ東京「ワールド・ビジネス・サテライト=通称WBS」の
初代メインキャスターになった時からだった。
当時は経済専門番組、特に相場情報番組が極端に少なかった時代であり、
携帯電話等の通信機器も貧弱で、
金融関係者ならずともその番組を見ざるを得なかった。
最近では「年増の厚化粧」と揶揄されているが、登場した当時はスタイル抜群で、
それなりの熟女オーラーを醸し出す“新時代の容色兼備の才女”に映った。
1990年には日本女性放送者懇談会賞を受賞する。

その後は名声を駆って1992年の参院選挙に日本新党から出馬し当選。
以降は1993年兵庫2区から衆院総選挙に出馬・当選
→1994年新進党結党に参加→1997年自由党結党に参加
→2000年の保守党結党に参加→2002年自由民主党に入党。
以降は環境大臣、内閣府特命大臣、防衛大臣等を歴任する華々しい活躍で、
巷間ではしぶとい政界の不死鳥渡り鳥と称される。
そのキャリアを活かして2016年に東京都知事に当選。
最終的には日本初の女性首相に駆け上がらんとする小池百合子女史の活躍は
戦国時代の太閤・豊臣秀吉の如くの勢いである。

そうした小池百合子女史の活躍を表舞台とすれば、
裏舞台で際立っているのが
アッキーの愛称で親しまれている安倍晋三首相の昭恵夫人。

歴代の首相は概ね3つのタイプ分類される。
第一が良妻賢母型。
地元の後援会や家庭をしっかり守り、3歩下がって夫に従う。
「妻であり母である」ことを徹底する。
日本の明治・大正・昭和の日本のファーストレディの基本形。
代表例が故橋本龍太郎首相の久美子夫人。

第二は夫も顔負けの政治家型。
代表例が、故三木武夫首相の睦子夫人。
改憲に反対する「9条の会」を立ち上げるなどリベラルな政治活動展開した。
菅直人元首相の伸子夫人もこのタイプ。政治好きで演説も上手いと評判だった。

第三が平成になって出現した自由奔放型。
政治家の“妻の枠”を超え「私らしさ」を追求し、夫も妻の行動を放任する。
元タカラジェンヌの鳩山由紀夫元首相の幸夫人がさきがけ。
人目を引くパフォーマンスを連発し、何かにつけ「風変りのファーストレディ」
と報じられた。
昭恵夫人もこの型に分類される。
「家庭内野党」を宣言し、政権と真っ向反対する主張や活動を展開する。
日本全国からの名誉職招致も拒まず、居酒屋も開店したりする。

森友学園問題に関する証人喚問の翌日の3月24日の参院予算員会。
アッキード事件は始まったばかり、これからが本番と、
ここを先途の野党の猛烈・熾烈な安倍降ろし作戦。防戦一方の安倍首相。
不沈艦と見られていた安倍政権が沈むのか!?まさかな…

「国政に携わる者を送り出すためには、自分の身を捨てても無我夢中でやる」。
故岸信介首相の長女で、政界のゴッドマザーと呼ばれる安倍首相の母・洋子氏の
言葉である。
何が正しくて、何が悪いかは歴史が証明してくれることにはなろう。
ただ自由奔放型ファーストレディなど、昭和の時代には考えられなかった。

「咲くサクラ、昭和は遠くなりにけり…」

2017年03月18日

「金融業の聖域」の消滅と文系金融の終焉

センター一極集中と人口減で地域経済が縮む中、地銀の再編が相次いでいる。
と言っても最近では、近場の銀行だけでなく“飛び地”の吸収合併もあり、
また(国際金融を目指す意味を込め!?)横文字のネーミングをつけることが
多いこともあって、“どことどこが合併してどうなった”ということは
全く興味を持たなくなっている。
銀行抜き、ましてや地銀抜きの生活が普通だからである。

最近金融庁は、地銀に対し運用部門に焦点を当てた特別検査を実施している。
マイナス金利政策の導入で投資し難くなった国債に代わり、
少しでも高い利回りを求め、外債や複雑な仕組みの運用商品の投資を
増大させたからである。
そして昨今の米金利上昇で、多額の含み損を抱えたり、
損失を計上している地銀が多いのが現実だからである。

また一方で、保険商品の銀行窓販が急減も目立つ。
2016年度の販売額は前年同期比4割減で、09年以来の低水準になる見通し。
金融庁が窓販の商慣行に厳しい視線を向け始めたことも響いている。
全面解禁から今年で10年。
専門知識が欠如した銀行の窓販が“全くのお門違い”が明確になり、
窓販は曲がり角に差し掛かっている。

こうした環境の中で、監督官庁たる金融庁の言い分。
「再編はあくまで経営手段であり、再編を促しているわけではない」
「ただ再編でムダなコストを削って経営を合理化すれば、
人口減で地方経済が疲弊しても銀行が仲介機能を発揮し易い」
「再編で生じた資金や人材、情報などの経営資源を地域経済に振り向けられる」

美辞麗句の建前はともかく、金融庁の本音は以下のようになろう。
「今後、能力のない銀行は生き残れない。特に地銀の生き残りは厳しい」
「少数精鋭体制にすることが急務。更なる吸収合併を勧奨する」
「不要な人材は極力出向させ、コスト削減・体質改善を指導していく」

金融とIT(情報技術)が融合した「フィンテックの時代」を迎え、
銀行業という業態自体が大きな曲がり角に差し掛かっている。
膨大な顧客データ、本人確認などの技術のノウハウ、社会的な信用力、
優秀な人材力など、銀行が抱えていた(orあったはずの)従来の銀行の武器を、
守りでなく、攻めに使えるか。

だが現状は、銀行の主業務の一つであった決済業務さえ、
必ずしも銀行である必要がなくなり始めている。
モバイル市場が急拡大し、
電子商取引のアリババやテンセントが急拡大する時代となった。
モノやサービスと結んだ自動決済や、顧客データを使った新たなビジネスを
切り拓く能力・資本力が、今の銀行、特に地銀にあるとは思えない。

戦後生まれの団塊の世代は「文系」「理系」に大別され、
またその主たる就職先は文系は金融、理系はモノ作りと進んでいった。
当時の文系・金融に「何かを創る」との発想は皆無だった。
「変化するもの」を極力避け、
「与えられた規則を完璧に習得し、準拠するための知識を会得する」ことが
最優先された。
株式・為替相場などの基本的な相場さえも忌避された。

地銀レベルでは未だに団塊の世代、あるいはそれに近い世代の文系の人間が
トップに張り付き、なんとかなるともがいている。
どうもがいても、もうどうにもならない。
何故なら、時代が金融に理系の先端技術を求めているからである。

「文系金融の終焉」。
「老兵は消え去るのみ」。
残念ながら。

2017年03月11日

安倍1強時代。だが一寸先は闇!?

2月5日の自由民主党大会。
何ら異論がないまま、自民党総裁任期の「3選9年まで延長」が認められた。
かくして安倍晋三首相の3選への道が開かれ、
2021年9月まで、約9年の歴史的な長期政権が可能になった。

安倍内閣の支持率は12年12月の政権発足後と13年4月の76%をピークに、
15年7月には38%まで下落する。
そのまま下落すればこれまでの政権と同じだった。
だが15年後半から再び上昇し、今年の2月でも60%台を維持している。
全体でみると「U字」に近い。

ではこの「U字型」回復の要因は何か。
支持政党なしの「無党派層」で高い支持率があるからである。
「U字の底」だった15年下半期の無党派層の支持率は10%台。
これが16年8月以降は30~40%に回復し、17年1月には43%に達している。

この支持率の高さの要因は何か。
まずは「やってる感」。
何かあれば即座に官僚に検討を指示する。
成果はともかく、その素早い姿勢が国民に「やってる感」を与える。
例えば、アベノミクス、1億総活躍、働き方改革など、
“途切れないスローガン”が有権者に期待感を与え続けた。
端的に言えば「実際の成果より、期待を先行させる」手法である。

もうひとつの理由。「よりマシ感」。
民主党ができなかったことを、安倍政権がどれだけやっているか、
分かりやすく伝えた。
考えてみれば、鳩山・菅・野田と続いた民主党政権は
史上最悪のパターンではあった。
まぁましか!?と思うしかなかった。

そして安倍長期政権は、外交面でも海外諸国に安心感を与えている。
「継続は力なり」。
考えてみれば、安倍政権が特別いいわけではない。
が、他が余りにひどかったし、各々の在任期間が余りに短時間に過ぎた。

かくして安倍晋三政権は、このままめでたく東京五輪を迎えそうな気配だった。
だが大阪・森友学園に関する“アッキード”事件が勃発して以降、
ごたつき始めている。
最初は“単なる軽い笑い話”だった。
だが、早々に完全鎮火しないと大火事にもなりかねない様相である。

2月の参院予算委員会はほぼ「森友学園問題」に終始した。
300回を超えたと言われる財務省・佐川宣寿理財局長の連日の答弁、
エリート然とした端正な顔立ちの高級官僚の、余りに必死の形相が印象的。
終いには名前も顔も覚えてしまった。

今回の森友学園問題、まず発端が異常だった。
突然目の前で教育勅語の大合唱が起きればビックリもするし感動もする。
だが、冷静になって考えてみれば、
幼稚園に通う幼児に教育勅語を無理矢理暗記させ、大合唱させる教育など
誰が何を弁明しようと、異常と言うしかないだろう。

安倍昭恵夫人は日本のファーストレディ。
全国から幾多の“お呼ばれ”や名誉職招致は致し方ない。
だが地元・山口や、東京・神田で飲み屋を開業したり、
(間髪の抑え込みで揉み消された)ロックギター奏者とのスキャンダルやらと、
天真爛漫・菓子屋の社長のご令嬢だから仕様がないという理由では
看過できない場面が多くなっている。“脇が甘い”と言われても致し方ない。
(*以降、その有名ロックギター奏者THは表舞台から消えた!?)

森友学園問題は次々と欠陥が露見しており、結局は完全に抑え込まれるだろう。
だが更に大きな問題は、飛び火して、「大疑獄」事件が飛び出す気配もあることだ。
長期安定に多少の油断があったのは否めない。

政界は一寸先は闇。
ここを先途の野党の方々の熱気が凄い。
もっと凄いのが「安倍ネクスト」を虎視眈々と狙う、いわば身内の自民党内の蠢き。

政界は相変わらず魑魅魍魎、常人が近づけないホントに怖い世界である。

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