2018年06月16日

日大アメフト事件の落としどころ

日本人の大半は、
国技・相撲の世界に「かわいがる」という隠語があるのは知っている。
本来の意味とは正反対の、
厳しい稽古に名を借りた制裁やいじめのことである。
日大アメフト部には同じような隠語があった。「はまる」という言い方だ。

関東学生連盟の調査により、以下が明らかになった。
「白いものを監督が黒と言えば黒」
「どんな理不尽でも実直に実行するのが掟」。
閉鎖社会では意味のない暴力が存在し、それを指す独特の隠語が生まれる。
日大アメフト部は、そうした閉鎖社会ではないかと薄々とは思われていた。
平成から新時代に移ろうとするこの時期にも、である。

現代の組織における欠かせないスキルは危機管理能力である。
それを高等教育にいち早く取り入れ、
危機管理学部を創設したのは日大だった。
「エキスパートの育成を目指す」が謳い文句だった。
余りにピッタリの、まさに笑えないギャグである。

第二次大戦で世界に怖れられた日本の特攻隊。
建前は志願制だが、実態はほど遠いものだったようだ。
生還する者は「次こそ死ね」と言われ続けたという。
「20歳そこそこの青年が絶対的権力を持つ上官の命令に背いて生きる」
のは想像を絶するものだったろう。

今回のタックル事件は「相手を潰せ」と命令されたとされる。
特攻隊の論理と同じである。
練習を干し、選手自らが反則するように追い込んだ。
繰り返すまでもないが、戦争から70年以上も経過した、
現代の大学での話である。

内田正人前監督は日大附属病院入院中に、常務理事の職を辞すと発表した。
ただ、相撲部の総監督でもある田中英寿理事長は
日本最大の学校法人・日本大学の頂点に君臨したままだ。
結局、一連の(暗黙の)権力・利権構造には何らの変化もないのだ。

自分が受験生だった頃、日本大学は、“ポン大”と呼ばれていた。
格段の受験勉強をすることなく“誰でも入れる(イージーな)大学”
との蔑称だった。
ただ芸術学部と理工系・航空学科は“別物”とされるに至り、
そうした蔑称はしなくなってはいった。
だが、
「大学の頂点にいるべき学長が理事長の下」という組織形態が露呈するに至り、
問題が大きくなった。

多分それはたまたまだとは思うが、今回のタックル事件以降、
諸般のマスコミが「日本の大学の質の低下」を特集し出した。
最近掲載されたテーマが「痩せる『知』」。
日本の大学の「論文の生産性」で、100位以内が
東大(94位)・京大(98位)・東北大(99位)・東京工大の(100位)4校に
なったと、嘆いてみせた。

何かにつけ面白おかしく論じるマスコミの論調は不変だ。
一部運動部の騒動で、日本の大学の質云々を論ずるのも早計だし、
筋違いだろう。
ただ今回のタックル事件は、日本全体の根本に抱える課題の象徴ではあった。

学生主導で、大学選手権9連覇中のラグビー・帝京大学、
箱根駅伝4連覇中の青山学院の例もある。
やればできる、任せればやるのだ、現代の日本の若者は!

日本版NCAA創設を含め、根本的な修正をするには絶好の時のように思う。


2018年06月09日

銀行員はどう生きるか

紙媒体の本の売れ行きがはかばかしくない、と言われて久しい。
とは言え、何かヒントがないかと、
暇ができれば有名書店に立ち寄ることにしている。
最近、ビジネス書(新書部門)で面白い(!?)本がヒットしている。
題して「銀行員はどう生きるか」(講談社現代新書)

現天皇の30年4月の退位が正式に決定し、
平成29年は「平成の30年」を回顧する内容の記事が増えている。
新年号が何になるのか知る由もないが、
ミレニアムを含む平成の時代は、まさに激動の30年だった。

「稼げる者だけが生き残る」。
ビジネスの基本原理が銀行経営にも持ち込まれ、
「護送船団方式」と呼ばれる銀行不沈神話が完全に崩壊した。
平成30年間という激動の時代の中で
「銀行の使命が終わった」のは、大きな変化のひとつだった。

今から20年前の1997年11月17日、北海道拓殖銀行が破綻した。
「銀行が倒産する」という、それまでの絵空事の出来事が実際に起きた。
以降、大再編の2000年代へと続いていくが、
日本の金融界は依然として構造調整にもがいている。

現在進行中の金融改革は『フィンテック』と呼ばれる異種のものだ。
フィンテックの語源は
Finance(金融)とTechnology(技術)を組み合わせた造語。
インターネット、スマホ、クラウド、ビッグデータ分析、人工知能の発達が、
金融そのものを、既存の常識が通じない全く異種の物(=業種)とすべく、
日々刻々変化している。

モバイル市場が急拡大し続ける中の「フィンテックの時代」。
電子商取引のアリババやテンセント等の新興企業が次々に現れる。
モノやサービスと結んだ自動決済や、デビット決済等など…
上げたらキリがないが、顧客データを使った新ビジネスを切り拓くための
人材・能力・資本力を潤沢に持つ企業ばかりだ。

一方、既存の常識論(特に貸出に拘る基本論理)をかざし、
依然として全国に乱立する地銀・第二地銀は断末魔の様相だ。
2000年以降の推移をみると、2005年前後は経営の体力がある銀行が、
不良債権に苦しむ銀行と合併・統合する“救済型”が一般的だった。
しかし近年は、中堅行が人口減などによる経営環境の厳しさに危機感を
募らせて結集する流れになっている。

本テーマに関して、
15年超前から「現代社会において銀行の使命は終わった」と
いい続けてきた。
止めようもないITの進捗と金融手法の激変の中で、
金融庁主導による地銀の最終着地点は、
「3大メガバンクによる全地銀の系列化」だ。

「3大メガバンクによる日本の金融機関の整備・統合」は、
「マイナンバー制度の完成」および「国民の一人一銀行口座」にもつながる。
税収に悩む日本国は、日本国民の資産をガラス張りにしたいのは明白である。
金融庁の本音は「地銀の生き残りは不可能に近い」だろう。

金融新時代とは「銀行を必要としない時代」を意味する。
後追いの参加型・追随型手法の導入は時間と費用の無駄だ。
リスクがあるから皆で、というこれまでの護送船団型方式はもう通じない。

銀行員はどう生きるか??
考えるまでもなく、答は簡単だろう。
「新たな活躍の場を求める」しかあるまい、時代が変わったのだから。

2018年06月02日

Let’s Make a Deal

「鉄・アルミ輸入制限」「エルサレムに米大使館移転」
「イラン核合意離脱」「パリ協定離脱」「TPP離脱」「大型減税」。
トランプ米大統領が行った最近の施策をランダムに上げてみたが、
全て異端のリーダー1人の人為的な決定である。

トランプ米大統領の行動には3つの法則がある。
第1に「相手に二者間の派手なディール(取引)を仕掛けて注目を集める」
第2に「過去の政権を徹底的に否定する」
第3に「迅速な結論を求める」。
こうした一連の流儀は、中国・習国家主席や北朝鮮・金委員長のような
絶対的な決定権を握るリーダーのそれである。

こうしたトランプ流手法が目立つ一方で、浮かび上がったのが
「面倒なルールや過去の経緯に縛られ、政治的な決定に時間がかかる」
(オバマ政権までの米国が加わってきた)西側の民主主義の手法である。
西側諸国が戸惑う(あきれる(!?))のも至極当然だ。

目先の雇用増となる鉄鋼輸入制限のように、
後にいかなる弊害が生じようとも、
「(米国民のためにと)闇雲に仕事をするトランプ」への共感が
米国内で出始めている。
確かに大型減税がなされた米経済は、表面的とはいえ好調に見える。
後にいかなる弊害が生じるかを考えないトランプ式に、
眉をしかめる者もいれば、賛同者もいるのが実情だ。

その実、トランプ政権への支持率は40%そこそこ。
格段、上がりも下がりもしない。
絶対的・安定的な数字ではない。
ただ米朝会談で「成功」を収め、中国から貿易面で譲歩を引き出したと
印象つけられれば、支持率上積みの可能性は否定できない。

大統領に就任以来この4月まで、
ランダムに発信してきた“情報=ツイート”は3千件を超えた。
驚くべきことは、ランダムに発信される大統領のツイートを、
直接・間接に見聞きする米国民は74%に及ぶとする世論調査もある。
正しいか、正しくないかは別にして、
大統領の発信を“楽しみ”にしている米国民は多いのだ。

こうした米大統領の下で大きなリスクが二つある。
まず、米国が自ら築いた世界秩序をないがしろにすればするほど、
その修復は困難になる。
二つ目は世界の至る所での武力衝突発生リスクである。
トランプ自身、過去の発言に縛られる傾向があるからだ。

ただこのリスクは、トランプ政権が1期で終わればリスクは軽減される。
一方で、仮に「歴史的な成果」の追い風を受け、
2020年に再選されることになれば、世界は民主主義の崩壊リスクと、
中露のような第三勢力の脅威に晒されることになる。

「自国優先」を掲げるトランプ大統領が誕生してから、
米国が営々と築き上げてきた戦後の秩序が崩れ始めている。
政治の世界に「make a deal」というやり方があっていいのか?
従来のように米国を頼り、そして信じていいのか?

世界も、そして西側や、中露のような新興勢力も、勿論日本も、
政権トップの動向で揺れ動いている。
現在の世界は、トランプ式やっつけ主義に右往左往する、
(世紀初め特有の)不安定な時期にいる。

2018年05月25日

今や経営資源とされる大学スポーツの限界

そもそも米国発のアメリカン・フットボール(通称アメフトorアメラグ)
なるスポーツは、
日本独自の定着を見せた英国発のラグビー・フットボール(通称ラグビー)と
似て非なるものであり、学生界には異端だった。
要は日本の大学の伝統的スポーツ、ラグビーで有名になり切れない大学が
始めた競技であると言っていい。
その双璧が
東の日本大学(1940年創部)、西の関西学院大学(1941年創部)だった。

そしてアイビースタイルが持て囃される1970年代に入ると、
急激な盛り上がりを見せる。
「アメフト独特のユニフォーム」
「観客が着用するスタジアム・ジャンパー+ジーンズ」
「ワンレングス+超ミニのチアガール」がテーマになり、
それまでなかった鮮烈な様式に、熱狂的なファンも出始める。

それは1973年の東京外為市場開設と時を同じにする。
つまりは、グローバルな様式が出始めた頃であり、
ラグビーのようなトラッドな(=全てどん臭い(!?))競技を尻目に、
“ジス・イズ・アメリカ”仕様のアメフトが時代の最先端を行くように映り、
急激にクローズアップされる。
日大フェニックス(PHOENIX=不死鳥)が有名になるのはその頃からだ。

徹夜が当たり前だった体力勝負の当時の外為市場にも
「剛毅果断」を掲げ、フェニックスOBが多数参入してくる。
当時の故篠竹幹夫監督は、
マスコミに「カリスマ」「時代の寵児」として取り上げられる。
だから採る側も、“新しい血=変わり者”を欲しがった。
現状の日大フェニックスOBは、篠竹イズムが骨の髄まで沁みわたっている。

フェニックスOBの外為市場参入組と頻繁に酒食を共にした。
とことん酒に強く、常に礼儀正しく、付き合い易かったからである。
そんな彼らは終始一貫「篠竹監督は神だ」と言い続けた。
当時はコンピュータによるフォーメーションが不可能な時代。
試合は全て監督の思い描いた通りに進められた。
「神は絶対的」であり、「神に従う」ことは至極当たり前だった。

175㌢・90㌔が下限の体格であるアメフトは、
その体に鎧を被せることによって、もはや完全な格闘技となる。
そうした大型の武装集団がぶつかり合う「フルコンタクト」な競技において、
通常のルール通りに戦っても半身不随となる者が続出した。
確かに“喧嘩もどき”のスポーツはリスクがあるから面白い。
やるか、やられるか…一歩間違えば「命さえ危ない」競技である。

アメフトの延長線上にあるのが相撲である。
現在「スポーツ日大」の頂点に君臨する競技種目は相撲であり、
現在の日本のプロ相撲(=大相撲)には日大相撲部出身の力士も多い。
日大の理事長は今やJOCの副会長の重責にある田中英寿元相撲部監督であり、
今回の事件で辞任した内田正人前監督は、
田中英寿理事長の直下(人事担当)の常務理事だ。

アメフトは、相撲と同様に、もはや通常の大学が取り組み難いスポーツに
なり始めている。
大きな利権が入り込んでしまって、ガチガチに固められているからだ。
結局、今回問題になった“危険タックル”事件は、
誰が何を言おうが、どう批判されようが、
強大な権力の下でうやむやのうちに揉み消される運命と思う。

少子化&大学全入時代を迎え、スポーツを経営資源にするため、
スポーツによる大学ブランド化が図られている。
そこに文武両道という“哲学”も“美学”もない。
所詮、きれいごとではないのだ。

今回の事件の根幹の問題が解決しないまま、世界的な選手も育たないまま
日本のアメフトは本家アメリカと違う流れで独自にセミプロ化し、
学生が取り組むスポーツではなくなることになろう。

2018年05月18日

武田薬品7兆円買収の是非

北陸・富山を表現する代名詞のひとつに売薬がある。
正確には薬品配置販売業。
辺鄙な農漁村を中心に様々な薬品を小さな箱に詰めて置かせてもらい、
使った分だけ支払ってもらうという「先用後利」方式。
全国津々浦々、「富山の売薬」として重宝されていた。

コンビニ時代となり、従来の方式は廃れかけてはいるが、
自分が小中時代には売薬を生業にする家庭の子弟が
クラスに2~3人はいたように思う。
「薬がいつでも手元にある」という安心感は、
17世紀後半の第2代富山城主前田正甫公の「反魂丹」の伝統だった。

こうした日本の薬の世界が大きく様変わりしようとしている。
1781年(天明元年)創業の武田薬品の7兆円のメガ買収が発表された。
創業以来230年余の歴史のある同社は、
明治に入って洋薬の輸入も手掛けるが、その流れの一環にも見える。

日本の医薬品は以下の5社の寡占状態になり始めている。
日本の医薬品売上高で第1位が武田(世界16位)、
第2位がアステラス製薬(旧山之内製薬+旧藤沢薬品工業=同18位)、
第3位が第一三共(旧第一+旧三共=同20位)、
第4位が大塚ホールディングス(同21位)、第5位がエーザイ(同29位)。

今回買収するアイルランド・シャイアーは、
売上高の6割以上を米国で稼ぐ大手企業。
買収が実現すれば、武田の米国売上高比率を半分に引き上げ、
国内市場が1割台に下がり、8割以上を海外で稼ぐ、
売上高3兆円を超える国際的な製薬会社になる。
また当然のように“世界のベスト10”入りは確実となる。

だが横たわる問題は小さくない。
現在の年間売上1兆8千億円から3兆円に、
純利益も4500億円から6000億円程度に膨らむ。
ただ年間3000億円の元金返済(利息は100億円程度)が
続いていくことになる。
そして薬品業界には、医薬品の副作用問題などの訴訟がつきもの。
企業体が大きくなればなるほど、リスクは大きくなる。

今回のメガ買収は、証券会社の“仕掛け”が見え隠れする。
武田側は、日本の証券界のガリバー・野村証券。
シャイアー側がゴールドマンサックス、シティ、モルガンスタンレー。
世界的な大物の揃い踏みで、報酬総額は200億円超。

武田の現社長は9代目でフランス人のクリストフ・ウェバー氏。
年棒10億円。これは日産のカルロス・ゴーン氏と同額。
老舗の武田の社長がフランス人というのも何か馴染めないが、
日産がフランス人・カルロス・ゴーン現社長によって再生したのは
ご存じの通り。
ただ武田の日産の後追いが、果たして成功するのか。

医薬品、特に新薬に関しては門外漢であり興味もない。
武田の製品で知っているのは、アリナミン、感冒薬ベンザ、ハイシー程度。
至ってシンプルに考える。
後先を深く考えず、“美味しいところ”には目ざとく寄ってたかって暗躍する
証券業界は致し方ないにして、
医薬品を扱う企業が、利益だけを追求するあまり、無理矢理の規模の拡大を
することが正しいのか。
「先用後利」を掲げて慎ましやかに世の中に貢献してきた富山の売薬を思えば、
たとえそれが時代の流れとはいえ、違和感を感じざるを得ない。


2018年05月12日

色濃い「安倍疲れ」

黄金週間も終わってみれば、あっという間。
今年は暑い日と、寒い日の温度差20度のゆさぶりをかけられた。
さすがに堪える。

そんな天候不順気味の黄金週間、
日経が(嵐を呼びそうな)2ページ見開き記事を掲載した。
大きな写真付き「岸田文雄大特集」。
“次の次の次”の次代のホープ・小泉進次郎自民党筆頭副幹事長も
このような大胆な扱いをされたことがない。
広島カープがどうの、趣味がどうのと、CM気味のイメージ戦略。
偏った記事を出さないあの日経が、見るにみかねての大胆な提案か(!?).

中国の習近平国家主席は任期の撤廃、
ロシアのプーチン大統領は選挙の圧勝で半永久的な権力を握った。
西側の経済大国ではメリケル独首相の12年がトップ。
そして我が日本の安倍晋三首相は5年と、堂々長期政権の仲間入り。
だが西側の二人は支持の低下に直面している。
政権の安定度で、国家主義が民主主義に勝るという珍現象だ。

1年前、総選挙前のドイツで難民政策に窮したメリケル首相に
海外のマスコミは「メルケル疲れ」という呼び方をした。
そして今度は「安倍疲れ(Abe Fatigue)」とし、
秋の自民党総裁選挙の動向を危ぶむ見方を明確にし始めた。
そして金融市場の「アベグジット(AbeとExit=退陣の造語)」は
既に常用化している。

もりかけ問題や決済文書の改ざんは、
時間と共にほとぼりが冷めるような簡単なものでない。
注目された連休明けの柳瀬唯夫元首相秘書官の参考人招致も、
高級官僚の頭脳明晰のありようが目立っただけの“柳瀬ショー”タイム。
翌日には「手渡した名刺の現物」が公表されたが、今更の感。
結局は国有地売却に“(官僚の)忖度”を通して、
安倍首相や夫人の関与は明白であり、政と官の歪みが明確になっている。
低下した信頼を戻すのは簡単ではない。

日本の景気は第二次安倍政権が誕生した2012年12月以来、
景気(主として株価)は拡大してきた。
根幹にあるのは黒田東彦日銀総裁主導の大規模な金融緩和。
だがアベノミクスと呼ばれる一連の政策が時間と共に変質し始め、
方々で息切れ感が目立っている。
結論的に言えば、「まず経済原論ありき」の方策が現実と乖離している。

働き方改革でも、入り口である裁量労働制の対象拡大を、
説明データの不手際で引っ込めてしまった。
あれもこれもと欠陥が目立ち始め、
「アベノミクスの終わりの始まり」という皮肉った言い方をされ始めている。

そして外交。
一時は持て囃されたトランプ米大統領とのゴルフ外交だった。
だが安倍内閣の足元の危うさを感じ取ったトランプ政権は、
秋の中間選挙を控え、日本を度外視した保護色の強い政策を
打ち出しそうな気配である。
最後の頼みの「(対北朝鮮の)拉致問題」も、
トランプ政権が本気になって取り組むとも思えない。
言ってみれば、四面楚歌状態である。

自民党総裁選挙で3選を果たし、
21年まで政権を維持する(=東京五輪は安倍内閣で)との宿願も風前の灯。
とは言うものの、
下馬評に上がる、岸田文雄政調会長、石破茂元防衛相、小泉進次郎筆頭副幹事長
のいずれが新首相になろうとも、現状が急速に変わるとも思えない。

だが、とりあえずはガラガラポンで「気分を一新したい」気分が蔓延している。
今年の秋に向け、大嵐は避けられそうにない。


2018年05月05日

実感じわり。平成最後の黄金週間

来年の5月1日から新しい年号になる。
従って、今年の黄金週間(正確には大型連休)は平成最後。
昭和の人間の明治・大正の位置付けが、新年号生まれの人間には、
昭和・平成の位置付けとなる。なんか不思議な感覚ではある。

平成最後の大型連休に向け、スポーツの世界にいろいろ異変。
時代(年号)の変わり目と関連があるような、ないような…

異変のきっかけは、プロゴルフ小平智。
マスターズの翌週、全く興味を持たれなかったRBCヘリテージで優勝。
優勝賞金は日本円にして1億3千万円。以降2年はシードされる。
6打差12位からスタート、上位がボロボロ落ちる中でプレーオフ。
ロングパットを沈めて優勝。NHKの中継アナもあ然調。
昨年結婚。相手の元賞金女王・古閑美保はいうところの“アゲマン”か??
(ちなみに、昔の彼氏の阪神タイガース・西岡剛に見る影なし)

ついで、誰もがあ然としたのは、
公務員ランナーの埼玉県庁・川内優輝のボストンマラソンの優勝。
瀬古利彦以来31年振り。賞金1600万円を懐に、勢いのままプロ化宣言。
2時間8分台の記録では、高速時代のマラソンには不向きと思うが….

プロテニス錦織圭の復活模様。
マスターズ・モンテカルロ大会で久方振りの準優勝。
決勝の相手、R.ナダルには余りに簡単にあしらわれたが、
とりあえずは復活基調ということで…

中日・松坂大輔、13年振りの勝利。
ただ依然として太めで、145㌔前後が精いっぱい。
なんか素人目にも走り込みが足らないような気がする。
四死球が多いのも、下半身がシッカリしないからと思う。

読売巨人8連勝。捕手小林誠司、一時首位打者に。
最下位に沈んだジャイアンツが、エース菅野の復調と共に上げ基調に。
8連勝はともかくとして、驚かされたのは、
規定打席最下位が定位置だった小林が、一時的とはいえ首位に立った。
終わってみれば2割5分あたりだろうが、これも“異変”だろう。

卓球世界選手権・団体戦。
14歳・張本智和が、元世界王者・ベラルーシのサムソノフ撃破。
42歳・1メートル98㌢の大男を相手に、ものの見事な忍者仕様。
中学3年生など、対戦相手にしたら“このガキが!”ってとこ。
ライブ中継を見ていて、ひたすら“凄い”と感心した。

大相撲・遠藤、念願の三役(小結)に。
日大相撲部出身の遠藤は、生まれは石川・能登半島・穴水町。
行き付けの築地の寿司屋が同じということもあり、
勝手に準地元として言うことにしている。
(富山商業出身の前頭・朝乃山がおります、念のため)
4回目の前頭筆頭から、念願成就。ともかくめでたい。

エンゼルス大谷翔平。二刀流は、全米でも認めているようだ。
日本のうるさ型評論家“喝”おじさんも、渋々認め始めている。
先発で球速100マイル超えは確かに魅力。打撃も対応力バツグン。
だが、投手と野手は使う筋肉が根幹から違う。
所詮“硝子細工”のショーヘイさんかな。
大谷の予想以上の活躍もそうだが、
清宮幸太郎の一軍デビューとほぼ同時のイチロー実質的引退も
全て“時代の変わり目”と考えざると得ないようだ。

ところでこの4月、「セクハラ」という単語が乱舞した。
セクハラには「作為のセクハラ」と「不作為のセクハラ」あり。
何度か「何もしないのもセクハラよ!」って言われた経験あり(!?)
言っておきますが、決して自慢話ではありません。
どうやら「女性を怒らすと怖い」のは時代には関係ないようです。

今回は深く考えず、ランダムに、メモ調で並べてみました。
さらっと読み流して戴ければ幸いです。

またのアクセスのほど、よろしくお願い申し上げます。


2018年04月28日

最強省庁・財務省はどう立ち直るか

大中小・有象無象の金融機関が乱立した戦後の日本が、
「銀行は一行たりとも潰さない」とする護送船団方式を採る中で、
各金融機関にはMOF担と呼ばれる重要な部署があった。
財務省が大蔵省という名であった頃で、
「Ministry Of Finance=MOF」の担当者という意味であり、
各金融機関のエリートが辿る出世コースだった。

キャリア官僚に日本の金融の実態を伝える中で、
天下国家も論じるという名目で、酒席の接待は
「通常業務」として日常茶飯に行われていた。
ところが1998年、
MOF担による大蔵省幹部に対する過剰接待が問題になり、
「贈収賄があった」として東京地検特捜部が大蔵省に家宅捜査に入る。
今や伝説の「ノーパンしゃぶしゃぶ」事件である。

「ノーパンしゃぶしゃぶ」という不可思議なネーミングを
マスコミがこぞって取り上げ、日本中に知れ渡った。
あの大蔵省のお偉いさんが….それも大きな要因となり、
「官民の不必要に緊密な連携は、癒着・馴れ合い」と糾弾された。
大蔵省幹部とMOF担との闊達で綿密な意見交換は、
グローバル時代到来直前の金融界には必要な業務ではあった。
だが、官憲は「官と民の過度の連携は必要としない」と断じた。
かくして金融の「官と民」の蜜月は劇的に終わりを告げ、
日本の銀行は一気に集約態勢に入り、大蔵省も財務省と名を変える。

それから以降の20年は、
「民と官」を離れ、「政と官」を巡る改革が続いていく。
2001年の中央省庁改革から官邸主導の改革が打ち出されたが
満足な結果が出ず、
そのうち「政と官の改革」を公約に掲げ、09年に民主党政権が誕生する。
民主党政権は、政治家を霞が関に送り込み「政治家主導」の政策決定を
実現しようとした。
だが官僚を排除しすぎたことで政策は停滞し、失敗に終わる。

再び自民党に政権が移り、
再登板した安倍晋三首相は「官僚を上手く使う」ことに注力し、
「細部の政策は官僚に任せつつ、内閣人事局を通じて幹部人事を掌握する」
という手法を選択した。
「いかなる既得権益も、私のドリルから無傷でいられない」との大見得。
しかし安倍首相の方式では“忖度”という(予想もしない)厄介な考え方が
出たのはご存じの通りである。

旧大蔵省、現財務省が最強と呼ばれる所以は、
「国家試験成績上位者のみが入省できる省庁」であり、
「鬼の国税庁を抱える」からである。
お上に盾突くとは、言葉を変えれば「財務省に刃向う」ことを意味した。
その最強省庁に、文書改竄やセクハラ事件が連続して起き、
(財務次官という)事務方トップ不在という混迷状態に入っている。

財務省の肩を持つもりはない。
だが、護送船団方式時代には、
財務省幹部のセクハラなど大々的な問題にはならなかったと思う。

確かに言葉上とはいえ、若い女性を侮蔑するような言動は看過できない。
酒席で、半分冗談で、上から目線の言動となったのだろう。
だがセクハラもどきをする場所も対象も違う。
現財務大臣のように、許容される場所で堂々とやるのが一流の男の流儀。
庁舎から天下のザギン村は車で5分の至近距離。
なんで有効活用しないのだろう。

セクハラを理由にトップの座を辞せねばならなかったことが
現状の財務省の立ち位置を示している。
超優秀な稀有な人材の喪失は、日本にとって大きな痛手だ。

安倍長期内閣に暗雲が漂う。
果たして財務省改革はなるのか。
どこに向かうか最強省庁・財務省…


2018年04月21日

「中国・国防動員法」の恐怖

自分が海外に行くようになって40年ばかり経つ。
最初に行ったのが金融センターNY。
当時は直行便はなく、アラスカ・アンカレジで給油が通常のパターン。
また当時は機内の喫煙が可能で、今では考えられないが、
長時間のフライトでは息苦しいほどの“霞が関”状態が続くことになる。

アンカレジでは機外にいったん外に出された。
が、外の冷気が殊の外心地よく、気分転換にはなった。
そして必ず30㌦也の「ソバ+いなり寿司2個」のセットを食していた。
実は、成田出発ロビー最上階(当時)の立ち食いも常用。
成田の値段は300円程度。アンカレジは“破天荒”な30㌦=約3500円。
生来の麺好き、それも立ち食い好きのD級グルメ。
アンカレジの立ち食いは、味も値段も生涯忘れられない。

80年代を通して使用したのが鶴丸マークの日本航空=JALだった。
バブル時代、ビジネスやファーストクラスを与えられたが、当然一時的。
当時の全日空=ANAは新興であり問題外。
親方日の丸の日本航空は、後になってエコノミー症候群で問題になるが、
機内は日本からの乗客でいつも満杯だったように思う。

そんな時代に、中国系や韓国系の航空会社を利用するのは、
よほど金欠と思われていた。
「遅延は当たり前」「機内食が極端にまずい」「日本語不可」
「事故多い」「事故が起きても補償金が格安」などで、
「日本人なら鶴丸だろ」と、完全に差別化していた。

ザックリだが、これが「自分の航空機事情」。
だが、 そんな中国の航空各社が、
世界の様々なランキングにおいて驚異的なスピ-ドで駆け上がっている。
中国で航空会社を利用する旅客数は
2007年の1億8400万人から17年には3倍の約5億5千万人。

人口が15億と言われているから10億人突破も時間の問題。
ここ数年のうちに米国を抜き世界最大の利用国となる。
この状況の中で、格安航空券は、これまでのように中東・ドバイ経由でなく
広州・上海・武漢経由になりそうな気配である。
中国当局は、乗り継ぎ客獲得に向け、
ピザ要件を緩和するなど、積極的に動いている。

こうした航空事情の中で、
最近の東京銀座における中国人の増加はもはや異常。
銀座のど真ん中を、ガラガラ族が団体で闊歩される。
銀座は中国の庭か??
2020年の東京五輪に向け、
中国人団体は以前にも増して東京に向かうのは必至。
「中国人による東京銀座占拠」もあながち否定できないのだ。
背景に中国の深慮遠謀があるとしたら…

中国は今や世界唯一の共産主義国。
従って中国国民は、同国内では土地不動産は所有できない。
だから中国国民は“異常なほど”中国外に不動産を持ちたがる。
大々的に報道されてはいないが、
北海道の土地を中国資本が買い漁っている。
ここで出てくるのは中国の「国防動員法」という厄介な法律。
端的に言えば、
「緊急事態には政府が国民資産を勝手に処分できる」ことを定める。

最悪日本と中国が交戦状態に入った場合、
日本にある中国資本の不動産が中国政府のものとなる。
つまりは中国政府の日本基地になるという、
考えるだに怖いストリーである。

もりかけ問題がどうの、忖度がどうの、
財務省の事務方トップがセクハラで辞職、
挙句、新潟県知事が買春しましたから辞めるのと、
日本中がもうグチャグチャ。

平和ボケもいい加減にしないと、気が付けば中国の属国(!?)か。
正気に返りたいものである。.

2018年04月14日

世界標準をテーマに、進化するスポーツ番組

センバツが終わると、プロ野球が開幕、
そしてゴルフ世界最大の祭典マスターズとなる。
では、日本の男子プロゴルフはどうかと言えば、
サクラも散った4月12日にしてようやく開幕。
スポンサー撤退の流れが続き、注目度は年々低下する。
女子は一応3月末から開幕しているが、実際のところ
「スポーツとして見る」のではなく、
「若い女性ゴルファーの美人コンテスト」の意味合い。

コースセッティングが社用族仕様でやさしく、あくまで日本標準。
賞金額は、日本の賞金王が1年かかって積み上げる額を、
世界のメジャーレベルでは一つの大会優勝で獲得する。
だから世界的な選手も集まらないし、
その実力も世界標準からどんどん離れていく。
従って、CMで中断ばかりの男子プロの中継は視聴率が上がるはずもなく、
最後には中継もしなくなる。

スパイラルに悪くなる日本の男子プロゴルフに対して、
世界の4大メジャーのひとつマスターズは、年々注目度が増している。
1938年に開始されたマスターズは、今年で80回目。
考えてみれば、尾崎将司・青木功・中嶋常幸のAONの時代から、
現在の松山英樹の時代まで、TBS独占の同番組を毎年、
40年ばかり観ている勘定になる。

未だに優勝グリーンジャケットを着た日本人はいない。
「(世界一流の証の大会に)出るだけで満足」のプレーヤーが大多数だ。
今年は日本から松山の他、小平智、池田勇太、宮里優作が出場したが、
結果は、世界ランク6位の松山19位を頭に、小平28位。
勇太・優作は(ごく当たり前のように)予選落ち。
松山は左手親指の負傷でこわごわの感じだったが、
他の3選手は“レベルが違う”のが歴然。

何の因果か、自分は優作と、身長・体重・胸囲等、体系がほぼ同じ。
そんな理由もあり、東北福祉大学在学当時からのファン。
未来の大器と言われた優作も、泣かず飛ばずの時期を経て、
16年かけてマスターズに初出場。

競技開催の前日、隣接の特設コースで、
出場者のみに許される両親、妻子、兄妹揃い踏みのラウンド。
これまでの幾多の苦労を思えば、親孝行も、子供とパットに興じるのも、
一族上げての物見遊山気分も致し方ない。

だがプロと名がつく以上、勝負となれば別、のはず。
結果はあえなく10オーバーで予選落ち。少々ガッカリ。
小平智のような粘りや真剣度が欲しかった。
予選を通過した小平も、体格面での貧弱さが目立った。
世界を舞台にするなら世界仕様に造り直す必要あり、と思う。
今回の勇太・優作は、世界標準には程遠い、もはや問題外のレベル。

前置きが長くなったが、そのマスターズ、
今年はTBSが第1日目(日本時間4月5日)から最終日まで
ライブで8時間超の完全中継。
日本時間深夜から早朝にかけての8時間超。確かに疲れはする。
だが世界標準の圧倒的な力量に“スゲー!!”の連発。
CMが入るのは民放だから致し方ないとして、
中嶋常幸+芹沢信雄の解説も理論的で実に分かり易い。
TBSがやれば、テレ朝も、「青木功+戸張捷」のセットで、
全米オープン、全英オープン、全米プロをTBS仕様でやるんだろうな。

地上波とBSに分波されて以降、地上波の番組の質の低下が著しい。
お笑い中心の、どうでもいい安直な内容の長時間番組が目立つ。
かくして筋書きのないスポーツ番組、
特にグローバルな世界標準の大会が選ばれる時代となった。
同時に「(ながら作業が可能な)ラジオ新時代」も叫ばれ始めている。

原点の感覚は全て同じだ。
「世界標準の凄さを見てしまった」
「もうバカな時間の使い方はしたくない」という点で。

2018年04月06日

FANG」中心のNY株高終焉模様

3月後半のNY株式は、2008年10月のリーマンショック以来の
1400㌦を超える大幅下げとなった。
米中の貿易摩擦から、通商政策の世界的な抗争激化の懸念が出たためだが、
根幹の理由は
フェイスブック(F)、アマゾン・ドット・コム(A)、ネットフリックス(N)、
グーグル(G)の「FANG」のビジネスモデルの欠陥が露呈したからだろう。

この3月、フェイスブックが保有する5千万人超のユーザー情報が
不正に外部に流出したことが明らかとなった。
フェイスブック側では、
「自社の管理が及ばない第三者の規則違反」だと反論してはいるが、
結果論として、知らぬ間に個人情報が悪用されることになった。
結局は「プラットフォーム・ベースの管理の脆さ」が露呈したのだ。

基本的な流れは、
フェイスブックを通じて(第三者の)外部企業のアプリサービスに登録すると、
同アプリを通じてユーザー情報が吸い上げられる。
多くのユーザーは自己情報が吸い上げられた事実に気が付かないし、
仮に外部企業が悪用しても防ぎようがない。
こうした構図は「FANG」等の他のIT企業も同様である。

一連のIT企業のビジネスモデルは
「まずユーザーを画面に釘付けにする」
「ユーザーの行動データを収集する」
「一連のユーザー情報を広告主に高額で売りつける」
といった三段論法。

根幹にあるのは「利益追求第一主義」であり、
「楽観的・自己陶酔的」な信念だ。
このビジネスモデルの欠陥は、フェイスブックの
「表面的な価値・4900億㌦VS有形資産・140億㌦」という、
実に歪な財務状況にも表れている。

トランプ米大統領はツイッターで
「米国中の街が傷つき、仕事が失われている」と吠え、
「零細の小売業者を窮地に追いやっているのは一連のIT企業だ」として、
課税強化等、IT企業への攻撃姿勢を明確にしている。
だがこうした一連の動きも、根幹の問題を解決しようとする意志はなく、
中間選挙を控えた人気取り作戦の一環に過ぎない。

先進テクノロジーは既存の社会にギャップを生む。
一般的に“産業革命”と呼ばれる現象だ。
だがこれから先の世界でも、
“次なる”テクノロジーが先鞭を切るのは間違いない。
従って、仮に「FANG」が廃れても、
新たな感性や感覚を持った企業家たちが「ネクスト」を狙って動いていく。
結局は次から次へと“(新たな)革命”が起きる。
トランプがいくら吠えようが、規制をかけようが、効果は一時的である。

こうした栄枯盛衰を横目に、不変なのは「相場という大自然の世界」だ。
今回の上昇相場でも2009年3月の6,469㌦×3倍=19,407㌦を超えたが、
6,469㌦×5倍=32,345㌦はもはや絶望的だ。
99年8月には90年10月の2,344㌦×5=11,720㌦を超えたが、
2009年に向け6,469㌦まで下落している。
結局、底値から3倍以上は、やはり“神の領域”というしかない。

昨今のアルゴリズム(自動)取引や超高速取引(HTP)等のコンピュータ売買は、
株価の歪みを狙う一般投資家を市場から締め出した。
一部の(天才と呼ばれる)人間は、
AIを使って人間の不明確で曖昧な考えを排除しようと躍起になっている。
だが今後、AIが如何に進歩しようと、人間の複雑怪異な思考構造を超えれない。
結局、この地球上に人間が存在する限り、AIは絶対的ではないのだ。

かくして余りに淡々とした上昇で、エンドレスな上昇に見えた米株式相場も、
幕引き模様である。


2018年04月05日

サクラと高校野球(番外編)

今年もサクラが咲いた。
そして当たり前のように散っていった。
例年通りの、キチンとした、いつもの世界だ。

隅田川沿いに住まいするようになって、
格段、花見という“儀式”をしなくなった。
サクラの開花と隅田川というセットが当たり前になったからである。

今年は、開花から花吹雪まで、雨らしい雨は降らなかった。
少しは降ったのだろうが、夜中のことであり、
朝になるとキッパリ晴れていた。

四分の一世紀も同じ場所に住んでいると、
周囲のサクラ木の微妙な変化も観てとれるようになる。
ひたすら上へ上への世界から、徐々に枝垂れになってくる。
全体的に柔らかさが出て、なんとなく女性の肉体の変化に似て、
なんかとってもエロなのだ。

しかとは覚えていないが、3月23日から4月4日まで、
それが“今年のサクラの季節”だったように思う。
なんで限定できるのか?
その期間、センバツ高校野球が開催されていたからである。

春はセンバツから。
そんな言い方をされてきた。
だがサクラに嵐は付き物で、必ず雨天順延があった。
ところが今年は全くない。こんなの初めてのように思う。

高校野球を、意識して観だしてから半世紀超。
この季節、毎年、毎年、野球少年の溌剌した姿を見てきた。
開会式はいつも感動する。
特に最後列を“一人で歩く”少年の姿を注目して見ている。
心細げで、誇らしげで…
青春!!って感じで、ほのぼの、胸が熱くなる。

また常連校の監督の元気な姿を見るのもひとつの楽しみになっている。
最近、優勝候補校の「監督のデブ度」が増している。
あれって、プロ連からの勧誘で、経費相手持ちの高級飲み食いが多いのが
原因じゃないか、などと、よからぬ思いを巡らせてしまう。
毎年、毎年、見る度に相撲部屋仕様が濃くなっている。
かりにも高校野球の監督でしょ、もちっとスキッとされたら如何?
とにかく成人病にご注意あそばせ。

今年は昨年の清宮幸太郎のような目玉も見当たらず、
試合そのものは聞き流す、見流すパターンとなったが、
準々決勝、準決勝をルーズベルトゲーム仕様で勝ち残った智弁和歌山高校は
注目せざるを得なかった。

高嶋仁監督は、同年代でもあり、もうかれこれ40年のお付き合い。
と言っても、こっちが勝手にTVの画面に向かって
“おおッ、久し振り”って言ってるだけの話。
「男はつらいよ」の故渥美清に対するのと同じニュアンス。

攻撃の際には両手を組んで、ベンチ前で仁王立ちとなるのがいつもの高嶋仁。
だが2008年の選手ヘの暴力沙汰事件で、約半年の間監督を辞任し、
四国巡礼の旅を経験されてから変わった。選手に対する目が優しくなった。
今回の大会の球史に残る逆転劇の連続も、
「また夏に来たらいいんや」「もう帰って練習しようや」のスタイルが
選手に実力以上の力を出させた。
優勝候補高校・監督連の、脂汗を流すようなネタネタの顔つきが目立つ中で、
自分の孫に言って聞かせているような“ごま塩頭”がとっても心地よかった。
いつの世も、シンプルライフ・イズ・ベストでございます。

かくしてサクラの季節も終わり、日本は酷暑の夏に向かいます。
皆様、どうかご自愛戴きますよう。


2018年03月31日

官僚の未来予想図

自分の出た高校は全国有数の典型的な受験校だった。
当時は東大・京大など旧六帝大に合格する者100人超。
早慶等有名私立は(学部を複数志願する結果)延べ合格数300人超。
公立高校とは名ばかりの、いわゆる大学予備校だった。

当然にして天下の東京大学は常に注目されるが、
身近に知る東大合格者は、ごくごく当たり前に合格していった。
見えないところでは努力はしているのだろうが、
そんな雰囲気は微塵もみせず、
“艱難辛苦”などといった雰囲気とは無縁だった。
休み時間にはスポーツ紙や漫画などを読んで見せたりした。

そんな彼らは、大学受験で持っているエネルギーを使い切っていないから、
大学に入っても“(勉強時間を含めた)普段通りの生活”をする余裕があった。
彼らにとって大学生活は、それまで通りの生活スタイルの継続であり、
その延長線上に国家試験があった。

中央官庁に入るための国家試験は、
司法試験や公認会計士試験と同レベルの難関。
その中でも、外務省・入省試験は別メニューであり、
また旧大蔵省に入省できるのは国家試験の上位合格者。
従って、その時ばかりはさすがの秀才連も真剣に“受験勉強”を強いられる。
外務省が“異端”、大蔵省(現財務省)が“最強”と言われる所以である。

現在、全国区でその名が知れ渡った
(福島県出身・東大経済卒の)佐川宣寿・前国税庁長官は82年入省組でも、
トップコースを走る逸材であったのは言うまでもない。
何とはなしに元ドリフターズの仲本工事に雰囲気が似通って(!?)おり、
国会の予算委員会中継等で再三見かけるようになって、
ある種のファンになってしまった。

3月27日、
その佐川前国税庁長官長が「文書改ざん」で国会証人喚問に招致された。
応答では「何かを守る」ことに必死になっており、悲壮感が漂う。
確かに国家の決済文書の改ざんは、国家を揺るがす“大罪”に違いない。
だが頭脳明晰な人間が、そんな基本中の基本を理解していないはずがない。
何らかの圧力がかかった、とみるのが自然だ。

一連の森友問題は、
財務省関係者間では「安倍首相マター(関連事案)」と呼ばれているようだ。
安倍首相の夫人昭恵さんが関わっているからである。
「善意の暴走」という表現をされ始めているが、
いかなる言い訳がなされようと、
準公人たる首相夫人の“暴走気味の”関与は誰の目にも明らかだ。

故岸信介元首相の長女で、故安倍晋太郎元外相夫人にして、
安倍晋三現首相の母堂である洋子さんが
「離婚の可能性を匂わした」と言われている。
確かに自分の細君が、闇雲にあちこちと動き回り、
旦那の仕事の邪魔をする(!?)、少々厄介だ。
大概のオトコなら一喝するパターンだろう。
趣味で飲み屋を経営する首相夫人など前代未聞だ。

政治家と官僚の関係は、故松本清張が描いたように、戦前も戦後も、
「権力を盾に生き残る政治家VS切り捨てられる官僚」の色濃い世界。
内閣人事局が官僚人事を仕切るようになって
「忖度(そんたく)」という言葉が乱舞する。

官僚の世界は、一般社会からは崇拝度が高い。
だが衆参計4時間超の喚問を終えた後の
声もかすれ、疲れ切る高級官僚・佐川宣寿の姿を見て思った。
果たして官僚の世界に未来図が描けるのか?
勉学に励み、目一杯身ぎれいに精勤して、挙句が….
相変わらず残酷な世界だな、と。


2018年03月24日

崩れ始めた世界のパワーバランス

日本が森友問題に大揺れとなったこの3月、
一方で世界情勢が大きく動き始めた。

中国の習近平国家主席、およびロシアのプーチン大統領が
長期にわたる強権支配を固めた。
両者は共に「歴史的な大国の復興」を掲げ、欧米中心の秩序に挑み、
地政学的な野心を露わにし始めた。
かたや世界の警察(であるべきorであった)米国も「米国第一主義」を掲げ、
中露に一歩も引かない構えである。

三国共に強大な軍事力を背景に、それぞれの主張を曲げようとしない。
中国は南シナ海での領有権を強硬に主張し、
ロシアはウクライナ領クリミア半島を併合して、国境を武力で侵した。
負けずとトランプ政権も核兵器重視の転換を表明する。
かくして「自国利益が優先するためには何でもあり」の様相を呈し始めた。
今回の混乱は、IT中心の“産業革命”を交えて、
イデオロギーで二分された冷戦時代よりも複雑さを増している。

中国は、欧米の市場を自国に向かせておく必要から、
地政学的な野望は抑え込んできた。
しかしAI時代を迎える中で、自国産業に自信を深め、
世界の大国・米国に対して、イデオロギーの面でも地政学的な面でも、
挑戦する姿勢を強めている。

この背景として、ここ30年の米国では過去30年間、
大半の労働者の実質賃金が横ばいか、あるいは減少してきたことが
大きく影響している。
米国が主張する
「グローバル化と自由貿易の推進が生活をより豊かにする」という考え方を
世界が信用しなくなったのだ。

そうした不信感の狭間に登場したのがトランプという異端の指導者だった。
トランプは、歴代の米大統領のように、自由主義的な国際主義を踏襲せず、
海外に民主主義を広めるような努力はしていない。
あろうことか「(時代に逆行する)米国第一主義」を掲げた。

こうした状況の中で中国は、
「米国主導の世界秩序はもう時代に合わなくなっている」と主張し始め 、
自国の新たな独裁主義を、中国に適した統治方法というだけでなく、
欧米の民主主義に代わる世界的な統治モデルとして提唱しようとしている。
それが「一帯一路」運動という、
ある意味で荒唐無稽な計画となって表れている。

強権支配をバックにした国家主義は、人権などへの配慮を後回しにし、
スピード感のある国家運営を演出し易い。
だが独裁が招く誤りは歯止めが効かず、
独善的な指導者の判断ミスがもたらす災危は格段に大きくなる。
現実にロシア経済は停滞に陥り、中国では過剰債務を抱え込む。
今後の世界は、いつ爆発するか分からない爆弾を抱え込んでいるのだ。

かくして(民主主義にとって異質の)保護主義と国家主義に転じた米国と
VS共産主義・中露という新たな組み合わせは、
「ある日突然に暴発する」リスクを秘める。
昨年完読した故船戸与一の渾身の遺作「満州国演義」が述べる如く、
第二次世界大戦直前の日本が現在の中露の姿だ。
始まったらどん詰まりまで、とことん崩壊するリスクを内包している。

民主政治&自由主義経済試練の時。
トランプという異端な米大統領作・演出の“第三次世界大戦”も否定できない。
トランプ頼みにしか見えない日本の方策は、果たして正しいのだろうか。

いずれにしても日本国第98代(63人目)内閣総理大臣安倍晋三の名は、
昭恵夫人の名と共に、日本の憲政史上は勿論、記憶にも残ることになりそうだ。

2018年03月17日

「QRコード」による金融革命 

商品パッケージ上に印刷された四角いゴチャゴチャした模様。
何だこれ??と思ってしまうが、実はこれが「QR コード」。
1997年、日本のデンソーが開発した世界的な技術で、
バーコードより多くの情報を格納できる2次元コードとして発案した。

ところがデンソーは、技術を囲い込みしなかった。
読み取り機を販売する際、コードを作るソフトウェアを無料で公開した。
今になってみれば有料にしておけば(例えば1コード10銭程度)との
声もあったが、無料にしたからこそ世界に普及した。
ちなみに米マイクロソフトは「QRコード」に似たコードを開発したが、
課金したため失敗している。

この「QRコード」が爆発的に普及し始めている。
大きな要因は、カメラで読み取れるからだ。
中国ネット通販大手のアリババが採用して以降、
わずか数年で毎日1億3千万回もの取引を生む強大スマホアプリに成長し、
審査が難しいクレジットカードを駆逐し始めている。

背景にはデビットカードの普及も見逃せない。
従来のクレジットカードは、買い物をした際にクレジット会社が一旦支払、
それを後ほど請求する。
それはすなわちクレジットカード会社の消費者に対する「貸付」であり、
相応の審査が必要となる。

一方、デビットカードは「預金から直接引き落とす」ことから審査は無用。
スマホを使った「QRコード」はその延長線上にある。
専用口座から直接引き落とすことになる。
残高がなければ、買い物はできない。キッパリ審査無用の世界である。

これまで日本の銀行は「社会の公器」だった。
ユニバーサルなサービスを提供するとの名目で、店舗の拡大を図ってきた。
しかし21世紀の爆発的なデジタル化で、
店舗の絶対的な必要性はなくなり始めた。
スマホの画面で、
日常的な大概の作業は全て完結できる時代になったからである。

銀行は、預金はあってもマイナス金利では付利しない(できない)。
つまり現在は「金庫番」。
で、逆に“(預金の)預かり手数料”を徴収する時代。
また金融技術の進歩で、資金調達方法が多様化し、
「必要な資金は銀行から借り入れる」という常識も、絶対的ではなくなった。
かくして
預金&貸出を主業務とする従来の銀行では生き残っていけない時代となった。

もう一つ、いわゆる「仮想通貨」の登場も見逃せない。
ただ仮想通貨には誤解が多い。
昨今問題となっている仮想通貨は
「ネット上の実体のないものを絶対的なものとして」取引する。
ある意味で先物取引の一種だが、リスクばかりの“まがい物”。
本来の仮想通貨とは、スイカやパスモのように
「現金に代わり、ある一定の世界でのみ流通する専用通貨=電子マネー」。
最近では『デジタル通貨』と呼ばれるようになり始めているが、
それが本来の姿である。
従ってこうしたデジタル通貨に対して「利鞘を狙った動き」が出る余地はない。

モノの売買やサービスを介在した“電子マネー”は、
キャシュレス化が進捗するにつれ益々拡大していくのは必至。
従来のクレジットカードも駆逐しそうな気配だ。
仮想通貨という不可思議で曖昧なネーミング(翻訳)自体がまずい。
ただ電子マネー自体は勿論有用だ。

日本の三大銀行(三菱UFG・FG、みずほFG、三井住友FG)も
統一QRコードを使った「スマホ決済19年実用化」に向け舵を切った。
かくして銀行業は、情報を提供を主とするサービス業になりつつある。
結果、現状のような有象無象の多くの銀行は必要でなくなる。
有無を言わせない金融業の自然淘汰の時代が到来する。
いや既に到来している。これも時代の流れだ。


2018年03月09日

権力集中・強大化する中国の恐怖

平昌冬季五輪での日本勢のメダルラッシュの大活躍に浸り、
世界が動きを止めたような錯覚に陥っていた。
だが、ここ1カ月の動きを振り返ってみれば、世界は確実に動いていた。

1960~70年代、文化大革命で中国が大混乱に陥ったのは、
建国の父・毛沢東の権力集中が行き過ぎたためだった。
改革開放で建て直そうとした鄧小平は、文革の悲劇を繰り返さないよう、
ひとりの人間に権力を集中し過ぎないための集団指導体制の制度化に注力した。
それは
「10年毎に秩序ある政権交代を実現するための仕組み」として完成した。

現在の世界の最高権威者のひとりと自他ともに認める習近平現国家主席は、
時間をかけて念入りに周囲を固め、国家主席の任期を撤廃する憲法改正を提案、
有無を言わさず実施する流れとなっている。
習近平が5年前に最高権力を握った時、
中国は憲法に基づく統治へと移行するものと多くが予想した。
だがその幻想はものの見事に砕け散った。

ソ連崩壊後、西側諸国はソ連に次ぐ共産主義国だった中国を、
世界経済に迎え入れた。
中国を世界貿易機関(WTO)等の西側機構に参画させれば、
第二次大戦後に成立した規則に基づくシステムで縛れると高を括っていたのだ。

確かに西側諸国は、中国を世界の市場に組み込むことには成功した。
中国は世界の市場をバックに、世界最大の輸出国になり、
全体の13%強を占めるまでになった。
進取的で機知に富む中国企業は、世界で時価総額の大きい上場企業100社の
12社を占める。

ただ当初の目論見の中で大きな誤算は
「経済統合で市場経済への転換が促進され、中国国民が豊かになるにつれ、
民主主義的な自由や権利、法の支配を渇望するようになるだろう」
との予測が外れた点だった。

そして中国は、米国と肩を並べる世界の経済大国にのし上げっていく中で、
独自のシステムを構築し始めた。
その代表例が「一帯一路」構想である。
100兆円超を投じると喝破する同計画は、最初は“眉唾(まゆつば)”的な
見方をされてはいた。
しかし時間が経つにつれ、
徐々に欧州の戦後復興を支えたマーシャルプランを凌ぐものだと言われ始めた。

中国は、急速に経済力を増強するのに並行して
軍事力の急速な強化と、近代化を図った。
こうした絶対的な軍事力を背景に、
参画する気があるどの国にも中国資本の網をかけようと画策し始めた。
かくして東アジアにおける米国の優位性は薄らぎ始めた。

現在の世界経済の軸となっているIT産業の勢力図は
「米国VS中国」を軸に動いている。
アップルやグーグルをテンセントやアリババ等の中国勢が猛追する態勢だ。
中国は2030年にAI(人工知能)で世界一になる国家目標を掲げ、
米国を超えを目指す。
「中国ITの成長は、所詮は膨大な人口を抱える自国頼み」の時代ではない。

本音は「やはりあの国は特殊だ」「あのやり方にはついていけない」。
が、事ここに至っては無視できない。
独裁体制に入り始めた中国に、瞬間クラッシュのリスクを秘める。
だが少なくとも現状の結果論から言えば、
経済大国(であるはずの)日本は、中国に2周~3周遅れになり始めている。

東日本大震災から7回目の春を迎えようとするタイミングで、
松本清張作サスペンスドラマ仕立ての展開を見せ始めた森友問題。
無敵だった安倍長期政権が崩壊するのか???

一寸先は闇。(平和ボケの)日本に油断があるように見えてならない。


2018年03月03日

現代スポーツ報奨金

2月25日(日)午前、所要あって門前仲町界隈に出かけた。
春は名のみの冷たい風が吹いている。
そんな中、季節外れの“神輿”が用意され、
短パン・生足のお兄さん連中がたむろっている。
なんで??考えてみればその日、東京マラソンの日だった。
永代通りは午後4時くらいまで全面通行止めになる。
この界隈は早く脱出しなければ…

同日は平昌冬季五輪の閉会式の日。
前日には“おまけ”のような女子スケート・マススタートの金、
女子カーリングの銅で日本中が沸き返っていた。
2020年の東京五輪を控え、格好の景気付けになっており、
日頃の憂さも晴れる思い…

そうした中での東京マラソンだった。
興味も期待も持たれていなかった。どうせまた平凡な記録だろう。
主催者側も選りによってこんな日に…。
五輪中継もほぼ終了で、マラソンでも見るかとTVをつけた。
まさに終盤の、ゴールの東京駅が射程距離に入った頃。
ところが中継アナが妙に興奮している。
はぁ??16年振りの日本記録更新だって!?

ご存じマラソンは42.195㌔を走る耐久レース。
単純換算で百メートルを18秒フラット以下で走れば
2時間6分台での記録になる。
2時間6分台の記録は1999年犬伏孝行(2時間6分57秒)、
2000年の藤田敦史(2時6分51秒)、
そして日本記録の2002年高岡寿成の2時間6分16秒の3名。

その日本記録を、設楽悠太が16年振りに5秒更新した。
16年振りというくらい、日本のマラソンは長期低空飛行の真っ最中。
設楽悠太(26)は東洋大学出身の箱根駅伝ランナー。
兄啓太と共に双子ランナーとして話題となった。
だが現在の本人は青白さが目立ち、一流アスリートのオーラは感じられない。
平坦なコースで、気温も走りには絶好の条件下で新記録を叩き出した。

まことにめでたいが、世界記録の2時間2分57秒にはほど遠い。
百米平均を18秒から17.5秒と、0.5秒短縮すれば事済む話。
だが、それを40㌔続けるとなると、簡単ではない。
今回の記録も、単なる“まぐれ”か、はたまた“一発屋”か。

東京マラソンの話はそれで終わり。の、はずだった。
ところがマスコミが騒ぎ出した。
日本記録更新で「1億円の報奨金が出る」というテーマになったからだった。
この報奨金は、東京マラソン第2位の賞金と日本記録更新のボーナスを合わせ
計900万円とは別に、日本実業団陸上競技連合から贈呈される。

日本の陸上陣は、男子400米リレーを除いては準決勝進出が目一杯。
マラソンが日本のお家芸と言われたのも昔の話。今や黒人選手の独壇場。
とは言え、2020年の東京五輪を控え、
“ニンジンをぶら下げても”記録向上に邁進しなければならない。
しかも、今回の平昌冬季五輪で、メダルラッシュとなっては、
手段を選ばず(!?)か…

今回の平昌冬季五輪のメダルラッシュで突然のように報奨金が話題になった。
日本オリンピック委員会(JOC)は、金500万、銀200万、銅100万。
日本スケート連盟はJOCに準拠して同額。
ただ加盟団体によって報奨金はバラつきあり、
一躍有名になった女子カーリングチーム・LS北見にはJOCの報奨金の他に、
選手各自に全農から米100俵贈呈だそうで…

過去の五輪は「アマチュアで金銭が絡まない」ことが前提だった。
それも今は昔の話。
選手の幾多のご苦労を思えば、多少の報奨金はごくごく当たり前。
選手生命も限られている。もらえる時にはもらっとく。

でも、ほんのチョッピリだけ、こんなんでいいんか、と考えてしまう。
スポーツに対する冒涜、なんて考えるのは時代遅れなんでしょうね。

2018年02月24日

世界にアピール“ニッポンの技術”-平昌冬季五輪-

2月9日から始まった平昌冬季五輪も終盤。
連日の熱戦・ライブ放送に、放送時間に沿った生活を強いられている。
フィギュアなどの人気競技は、欧米中心に時間が決められているから、
通常では考えられない時間に試合が開始したりする。
巨額の放映権料の問題もあり、致し方ないところだが、
競技をする選手は体調管理が大変だろう。

今回の平昌五輪で最大・最高の瞬間は、なんと言っても
羽生結弦の金・宇野昌磨の銀のワンツーフィニッシュの快挙が成った時。
その昔、フィギュア不毛と言われてきた日本の男子陣が、
名実ともに世界一となった。
羽生結弦の金は、66年振りの五輪連覇、冬季五輪1000個目の金ともなり、
まさに歴史的な“記録にも残る”活躍となった。

昨年11月のNHK杯・試合前の右足重症の怪我から約3カ月、
まさに劇的&感動的な復活・2連覇であり、世界からも称賛された。
世界各国の実際の中継模様も繰り返し報道されたが、まさに“神扱い”。
試合後、実は故障した部分は完治しておらず、痛め止めでごまかして、
気合で勝ち取ったことも明らかになり、“結弦伝説”は完結した。

最近のフィギュアは、技術点、構成・芸術点などを中心に、
部門別の得点経過が明確に見えるようなシステムが完成している。
結果、なんか凄い、なんかきれいだ、といった曖昧な部分がなくなり、
数字の表示で分かり易く明確に、そして対応し易くなっている。
体格で劣る日本にとっては、
“技術・ニッポン”の力量が発揮し易いパターンになっている。

競技スケート女子団体パシュートの金もまた“技術・ニッポン”の
面目躍如となった。
スケートを国技とするスケート王国・オランダを相手に、
個々の記録では劣るものの、団体競技として五輪新で勝利した。
陸上男子400米リレーと同じ論理の組み立て。まさに快挙だ。
チューチュートレイン仕様の整然とした動きで、
ワンラインで疾走する姿は誠に見事で芸術的でもあった。
“技術ニッポンここにあり”を世界にアピールした。

その他目立ったのは(自分が感動したのは)
スノボ・ハーフパイプで2大会連続銀の平野歩夢。
スノボと聞くと何やらチャらいイメージで捉えがち。
確かに見かけは渋谷系の、長髪&ピアスありの今風の容貌だが、
ショーン・ホワイトとの二度目の決戦時の冷静さや、
寡黙&醤油顔に、古武士を連想させた。
古典的美男子はまだ19歳。まだ最低でも2回は十分いける。

出場回数と言えば、五輪出場8回=32年超も競技に携わり、
今回の惨敗直後に(49歳になる)次回の北京五輪も出ると公言する、
スダレ髪・細面のジャンプのおっさんにはもうヘキヘキだ。
世界から(皮肉タップリに)“レジェジンド”と呼ばれ、スター気取り。
「五輪に出るため」の努力はしても、
「世界で勝つための戦略or技術の徹底研究」は如何に?
金狙いで9回目も出るって?
それはギネス狙いのおやじマニアの言い様だ。
五輪出場枠はおのずから限定版。オレがオレがじゃ余りに大人げない。
世界から2周~3周遅れ感の色濃い日本ジャンプ陣。
「次代を担う若者」を育て、世界の舞台に送り込むのが大人の急務だろう。

スケート女子500金の小平奈緒、ベスト4入りのカーリング美女軍団、
ノルディック複合・連続銀の渡部暁斗等々、金3銀5銅3の長野五輪超え。
メダリストたちの抜けるようなスカンとした笑顔に心が和んだ。

少々苦言を呈してしまったが、
とにもかくにも、極寒・平昌でのご健闘、選手の皆様本当にご苦労様でした。


2018年02月17日

小学校の制服8万円也-何やら漂うバブルの匂い-

西銀座・数寄屋橋交差点から旧電通通り(外堀通り)新橋方面に
右歩道100メートルほど行って、最初の角を右折すると、
コリドー街→JRガード→帝国ホテルにつながる通りになる。
そしてガードの手前約70メートルに、
半円形の連続窓・奇妙におしゃれな門扉など、
これって何屋さん??と思える建物に出会う。
それが泰明小学校である。

当然ながら銀座界隈に正式住居を構える者などほぼゼロだから、
校区以外から積極的に子供を受け入れざるを得ない。
あくまで噂だが、いわゆるお金持ちの保護者が多いとされている。
考えるまでもなく、わざわざ銀座の小学校に入れる意味なんかない。

その中央区立泰明小学校が突然マスコミの俎上に上がった。
同小学校の「アルマーニ制服」、
詳しく言えば「一式8万円也のイタリア高級ブランドの標準服」問題。
国会の予算委員会にまで取り上げられる問題となった。

小学生は体の成長が早い。
いわゆる育ちざかり・伸び盛りで、多少は大きめにするとしても、
ダブダブの制服では様にならない。
つまりは最低2~3回の買い替えや、着替え用のシャツ等も必要である。

ご存じ銀座は日本の最大・最上の繁華街。
そんな街に小学校があるのも不自然。
結局は、明治時代の遺産的位置付け。
1878年(明治11年)創立のブランド校。
とは言え、
通学する学童はブランド品を着なきゃならないとする理由にはならない。
学校側では「服育」という新語を使っているが、詭弁だろう。
そもそも小学校に制服など必要なのか?
最先端というなら、制服なんかやめてしまえばいい。

ついでにちょっとした小話(笑い話)。
ご存じないかもしれないが、銀座には中学校もある。
中央区立銀座中学校。
1984年(昭和59年)統廃合により開校。
朝日新聞社の裏側(=中央区銀座8丁目)にあり、
当然ながら現在では越境中心の中学校。
だが銀座のクラブ街の黒服連中の間では“格好の”ブランドとなっている。
「オレ、銀中(ぎんちゅう)出身」って具合に胸を張る(!?)。
ふ~ん、だからそれで??と、笑い飛ばすしかない話だが…

来年からは新しい年号となる。
一時は持て囃された平成生まれも、もはや中堅の年齢に達する。
その平成生まれに頻繁に聞かれた質問が
「日本のバブルってどんなだった?」
その代表的な回答が
「1万円札をヒラヒラかざしてもタクシーが素通りした」。
確かに深夜の酔客にはそうした人物がいたかもしれないが、
まずは誇張した神話の類。

結局バブルの雰囲気とは、カネ余り→株上昇から起こる様々な珍事象。
考えてみれば
「小学生がアルマーニの制服」という事象もバブルなのかもしれない。
もう少し突っ込んで言わせてもらえば、
いかに文化的遺産としての価値があろうとも、
小さな庭仕様とはいえ運動場も備えた、
それなりのスペースを保有する超高級不動産である。
高層の商用ビルを建てて運用すれば、相当額の利益が上がるはず。
文化的に貴重な遺産というなら、相応の場所に移転して保存すれば
いいだけの話。銀座に置いておかなきゃならない理由はない。
なんか論理がチグハグだ。

その小学校を卒業した子供はどうなる?
「服育」で、世界に通用するブランドを着こなす子供に仕上がるのか?
誠にトンチンカンな話。
問題は中身でしょ、中身!!
仕向ける学校も、認める親も完全にずれている。
結局、「だからバブルなのだ!」。

2018年02月10日

強烈な調整局面の幕開けか、絶好の押し目か

2月2日(金)の日経朝刊の(自分にヒットした)注目記事。
その1。「アップル売上高最高」「販売台数は減」との記事。
17年10~12月の売上高は
前年同期比13%増の883億㌦(約9兆6500億円。四半期ベース過去最高。
1台10万円を超える新スマホ「iPhoneX(テン)」が貢献した結果である。
ただ販売台数は前年比減少でX(テン)の減速が目立つ。

注目記事のその2。
米IDCの調査による
「世界のスマホの出荷台数が2017年に初めて減少」との記事。
スマホ市場は2007年に米アップルが「iPhone 」を発売して以来
成長を続けてきたが、15億台を目前に頭打ちとなった。
新機種が発売されても目新しい機能が乏しく、
米国や中国では買い替えサイクルが長期化している。

こうした一連の「米IT4強に陰り」の記事が出た同日のNY市場。
NYダウが急落、過去第6位の665㌦安。
そして週明けには過去最大の1175㌦の暴落。
単なる偶然か、一部で密やかに一連の下落の仕掛けがなされたのか。
いずれにしても(いつ終わるとも知れない)“ぬるま湯”の上昇相場に、
凍る寸前の冷水が浴びせられる結果となった。

こうした突発的な変動が起きると、
マスコミでは“後追い三味線=後付理由”の乱打が始まる。
やたら細かい数字を並び立て、“犯人探し”に躍起となる。
ここまでの株式市場は
「株価は心配の壁をよじ登る」という格言、
つまりは「懸念材料があった方が上昇相場が続く」という、
「否定的な材料をも買い材料にする」自己本位なスタンスで
「買い先行」戦略を採ってきた。
それがぶっ飛ばされただけのことである。

コンピュータ頼りの自動取引もこうした“突発的な”局面では機能しない。
無機質にゲーム感覚の相場構築で、相場で儲けた・損したという
生々しい感覚がないまま、ひたすら数字だけを追いかける。
一旦そうした状況になってしまえば、
人間が考えるところの“とんでもないこと”になる。
それが2日と5日のNYの株式市場だった。

いつの世も、相場に関わる者にとって週末は“鬼門”である。
金曜日は「週末くらいはユックリ」「リスクを少々減らしとくか」になり、
土日の休日は冷静になって自分のポジションを判断し始める。
市場が閉まっており、何もできないから尚更“危ねぇな”という感覚が
増幅し始める。人間はあくまで人間なのである。

さて今後の相場はどうなるか。
とりあえずは「頭は打った」と見るのが妥当なところだろう。
「スマホ時代」から「AI時代」への転換期であり、
新たな買い材料が見当たらない。
「押し目は買い」ではなく「戻りは売り」となったとみるのが順当なようだ。

世界の株価の時価総額は過去最高の86兆5300億㌦(9800兆円)と、
世界の名目国内総生産(GDP)の78兆㌦(17年推計値)の約110%の
水準になった。
市場全体の時価総額をGDPで割った指標は、
米投資家ウォーレン・バフェットが重要視する投資尺度。

本ブログでは、世界的な株高はごく近い将来修正されると強調してきた。
チャートから見る限り、異常な状態だったからである。
とりあえずは上記の指標が完全に修正されるまで下落するしかないのだろう。


2018年02月03日

「公益財団法人」とは何か

公益財団法人とは一体何か。
法的には「公益法人認定法の認定を受けた一般社団法人や一般財団法人をいう」
(公益法人認定法2条3号)。
ちなみに財団法人とは
「法人格を付与された財団であり、ある特定の個人や企業などの法人から拠出
された財産で設立され、これによる主要な事業原資として運営する法人」。
社団法人とは
「一定の目的を持った集団(社団)で、権利義務の主体となる法人の資格(法人格)
を認められたもの」

そして“公益法人の公益目的”の定義としては
「学術、技芸、慈善その他の公益に関する(別表23種の事業各号に掲げる)種類の
事業であり、不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与するもの」とし、
「収益事業課税ではあるものの、公益目的事業として認定された事業は
収益事業から除外される」としている。

法的な文言はいつの時代も難解である。
公益法人日本相撲協会の法的立場、
そして相撲協会がなぜ公益法人を目指したかを知るために、
あえて法的な部分から始めてみたが、
結論的に相撲協会は、国技と言う名の基に
「有利な税制を享受する」ことが最大目標にも見える。

昨年末から国技・大相撲を巡るトラブルが続き、
マスコミの格好のネタとなっている。
暴力事件、セクハラ事件、無免許運転事故等、多方面にわたる騒動は、
特にワイドショーのテーマとなり、折しも期限の到来した理事&理事長選挙にも
国政選挙以上の(!?)注目が集まった。

相撲は、日本に根付いた神事仕様の伝統文化ではある。
何のかのと言っても
元祖農業国たる日本の土=土俵を中心にした伝統的な格技であり、
「まげ+褌+さがり」のいでたちは日本特有のものである。

しかし現在も断然たる国技なのか、と問われれば??がつく。
何故なら国技と言う名の基に、
従来の排他的で旧態然とした「組織・ルール・組織内の暗黙の習慣」が、
近代の慣習に馴染まなくなっているからである。

ここにきて
「相撲の世界だから許せる」
「相撲界の常識は一般世界では非常識」
との行動・考え方が表面化した。
端的に言えば、「理事長は相撲界で活躍した者でなければならない」とする
不文律を改めれば済むことが多い。
横綱審議委員会や評議員会といった第三者からなる有識団体は存在するが、
絶対的な強制力がなく、またその意志もなく、本格機能していない。

ここ20年、日本の国技・相撲はモンゴル勢に占拠されている。
日本の相撲独特の情緒が崩れ始めたのは横綱朝青龍時代からではなかったか。
そして白鵬が次々に永遠不滅の記録を打ち立てていく中で、
ただでさえ「非常識な相撲界の常識」が更に助長されたような気がする。
旭天鵬(現友綱親方)のような柔軟な姿勢の人物がいるにはいる。
が、従来の日本人の根本的な考え方と乖離している場合が多い。

初場所では相変わらず途中休場を続ける横綱連を尻目に、
平幕の栃ノ心が優勝した。
平幕の優勝は6年振り、名門春日野部屋からは46年振りの快挙。
「ありがとう、うれしい」を連発する(モンゴル以外の)外人力士に、
何かホッとさせられている。

注目された2日の理事選で、(国民期待の)貴乃花親方は落選した。
貴乃花親方が最初から意図したものとの見方もあるにはある。
だが明らかになったのは、
事業税を免除された利益集団に固執・執着する人間模様だった。

日本相撲協会が取り仕切る相撲が、日本の公益事業たり得るのか?
大きな改革がない限り、日本の相撲に未来はないと思うが…..

2018年01月27日

今や平成の大きな遺産、スーパー中学生

1月21日・日曜日。
この日のTVは、スポーツ番組満載だった。
野球シーズンになれば、日米の野球で、
朝から晩まで野球漬けとなる日は珍しくもないが、
この日は種目がバライティに富んで、まさに豪華版・幕の内弁当の様相。
(古いギャグで恐縮だが)もう~どんだけ~、って言いたくなるパターン。

午前10時から全日本卓球選手権、
午後12時15分からは全国都道府県対抗男子駅伝、
午後1時からはゴルフSMBCシンガポールオープン、
午後3時:55分からはジャンプ女子ワールドカップ蔵王大会、
並行して午後1時から大相撲初場所、
日付がかわって午前12時10分からはテニス全豪オープン。

全部が全部LIVEで見ることなどできるわけなどないが、
同日、最も注目したのは全日本卓球選手権だった。
つい10年前までは卓球は地味でマイナーな競技であり、
テレビ東京が時たま国際中継していた程度。
それが今や人気の高いメジャーな競技となった。
理由は簡単である。
平成10年以降に生まれた中高生が主役になったからである。

今や日本の卓球は、
ここ20年、世界の王座に君臨し続けた中国を脅かす存在であり、
特に高校生が中心の女子は、美誠・美宇コンビを先頭に
世界ランクトップ10の常連が3~4人いるという、
昔の日本卓球を知るものにとってはまさに奇跡に近い成長を遂げている。
福原愛が築いた土台に、日本全国から次々にヒロインが現れ、
いまやサクラ満開寸前の様相を呈し始めた。
皆一様に3~4歳から始めており、
中学生ともなると経験10年のベテランになるという、まるで異次元の世界。

さすがに男子は遅れをとっているが、
張本智和という、両親がともに中国・卓球選手の日本帰化という、
類稀なDNAを持つスーパースターが現れた。
14歳6カ月(中学2年)で日本男子の頂点に立った。
チョレイ!!の掛け声はご愛嬌。まさに劇画以上の世界である。

張本智和の活躍で、所属するJOCエリートアカデミーがクローズアップされた。
2000年(平成12年)スポーツ振興基本計画が策定され、
2001年10月にナショナルトレーニングセンター開設、
JOC(日本オリンピック委員会)が「JOCスポーツアカデミー事業」を立ち上げ、
そのうちのひとつが「JOCエリートアカデミー」である。

住所は北区西が丘というから、要は昔の赤羽団地界隈。
当初は海のものとも、山のものとも分からないということで、
遠巻きにし、様子を見るという、いわゆる日本的なパターンとなった。
ただ「Eat Well Live Well」をテーマにする味の素が
栄養管理等で協賛を始める2010年頃から、
同上組織所属の選手の活躍が目立つようになった。

近代は「ゼネラリストよりはスペシャリスト」の時代。
「ゼネラリストを目指せ」と「浅く広く」を指導する中で
「昔は神童、今はただの人」のパターンが多いニッポンだった。
今後、才能ある者にはどんどん集中して注力するスタンスが必須だろう。
そう考えれば、「JOCエリートアカデミー」は最近にない大ヒットだ。

平成が終わり、新しい時代へ。
東京五輪もカウントダウン。
不透明な部分が多いが、卓球・張本しかり、将棋の藤井聡太しかり、
(少々残念ないい方になってしまうが)
平成の遺産たるスーパー中学生を大事に丁寧に育むのが
昭和生まれの人間の大きな課題だろう。

2018年01月20日

「パナソニックは何の会社?」-AI産業革命の本格始動-

平成30年1月11日。ソニーAIBOが発売。
マスコミも大々的に取り上げ、予想以上の人気。
予約完売で、量販店でもその“お姿“をお見せにはならない。

マスコミが注目するのは、
人間がAIBOを制御するのでなく、AIBOが人間を制御しようとする点。
嫌だったら反応しない(?!)という本末転倒の仕草が人気に拍車をかける。
何とかしてAIBOを手に入れたい。
が、価格は198,000円(税別)、年間20,000円のサポート料と、ちと高価。
そのうちに安くなるだろうが、大きな問題なのは、
我儘な自分にAIBOが寄りつかないかもしれぬ(!?)という点。

1月9日から始まった世界最大の家電見本市。
(CES=コンシューマ・エロクトロニクス・ショー)
1967年から米ラスベガスで毎年1月に開催される世界最大のもの。
当初は家電製品が中心だった。、
だが現在ではネット関連や自動車などが中心になっている。
日本の電機メーカーも出展ブースを構えていたが最近は縮小気味。

今回のCESで話題となったのがパナソニック(旧松下電器産業)。
同社の代名詞だった家電の出展がなかったことである。
創業100周年を記念し、ブースは昨年の1.6倍。
だが並んだのは車の運転席や車両電池と、お門違い(!?)の商品ばかり。

もともとパナソニックは車載のエアコンやラジオを手掛け、
最近は電気自動車(EV)向け電池など、
自動車部品の単品で存在感を増していた。
つまりパナソニックは従来の「家電の松下」ではない。
で、飛んだ質問は「パナソニックは一体何の会社なの?」

1月8日、CESに先駆けて世界のトヨタは、
全長4.8メートルのEV・E-Paletteコンセプト車(イーパレット・コンセプト)
を発表した。
同車はエリア限定で完全自動運転できる「レベル4」の技術を搭載、
移動型の小売店・物品運搬車・通勤のシェアリングカーになったりする。
つまりは変幻自在の万能車。
同社の公式の謳い文句は
「これまでの車やトラックの概念を超え、
消費者に新たなモビリティサービスの価値を提供する」

こうした一連の激動の中、
「今後5~20年で世界の石油重要が頭打ち」とする
石油ピーク論が台頭している。ピーク論の歴史は古い。
その根拠は「原油がいずれ枯渇する」という供給面の制約だった。
ところが約10年前のカナダのオイルサンド、
米国のシェールガスが本格的に商用化され、
地球には未使用のエネルギーが大量にあることが判明、
「供給ピーク論」は勢いは失っていた。

00年代以降、環境対策でエコカー導入や排ガス対策が本格化し、
EVシフトの波が一気に押し寄せている。
とは言っても、
大型トラックのEV化は難しく、航空機のジェット燃料は必要だ。
また石油化学製品に需要は多い。
だが現状の見込みよりは数倍速く、
2030年あたりでピークアウトと見るのが妥当な線だろうか。

かくして、東京五輪を格好のターゲットに、
世界中が一斉に「AI産業革命」に走り出した。
もう大きな流れは止めようがない。
すざまじい勢いで世の中が変わる….

2018年01月13日

いつまで続く、FANG・MANTを中心にした快進撃

ここ2年ほどの国際都市・東京の日常風景。
通勤車両に乗り込んだ途端一斉に下を向く。
路上でも下を向いて歩く。
チャリに乗ってる時さえも前を見ていない場合がある。
その全てがスマホを手にした仕草である。

「皆と同じものを買い、食べ、そして生活したい」。
つまりは究極の“スマホ(頼りの)”社会となった。
皆と同じ情報を共有していないことがそんなに怖いのか?
一体何をチェックしてんだ??
とりあえず上を向いて歩こうや!!って言いたくなる….
そんな“歪な”世界がいつまで続くのか。

こうしたスマホ社会が完成する中で、米株式の快進撃が続いている。
新年早々の米株式市場ではNYダウが25,000㌦を突破した。
この快進撃の中心にいるのが
「FANG・MANT」の造語で表象される米大手IT企業8社である。

「FANG」は、フェイスブック(F)、アマゾン・ドット・コム(A)、
ネットフリックス(N)、グーグルの持ち株会社アルファベット(G)。
「MANT」は、マイクロソフト(M)、アップル(A)、エヌピディア(N)、
そしてテスラ(T)。

この「FANG・MANT」を始めとする米IT大手は、
情報技術や膨大なデータを駆使して新たな製品やサービスを生み出し、
人々の生活や産業構造を大きく変えた。
8社合計の時価総額は約3兆6千億㌦(約400兆円)。1年前の1.5倍。
メディアでは「浮かれる市場」の大文字が躍る。
「次は3万ドルだっ!!」。

日足や週足は勿論、月足までもが機能しない、ひたすら上げるだけの相場。
圧倒的でかつ歴史的な快進撃である。
上値目標をどこに置けばいいのか。
ただこうした一見「死角のない、棒上げ症状」の上昇の裏では、
徐々に大きなリスクが出始める。

実体経済の規模と比較した株価の割高感が目立ち始めた。
世界の株価の時価総額は過去最高の86兆5300億㌦(9800兆円)。
世界の名目国内総生産(GDP)の78兆㌦(17年推計値)の約110%の水準。
昨年7月に世界株の時価総額がGDPの規模を超え、
その差が広がり始めている。

市場全体の時価総額をGDPで割った指標。
今や伝説となりつつある著名な米投資家ウォーレン・バフェットが
重要視する投資尺度として知られる。
そして100%を超えると株価は割高とする。
08年のリーマンショックや、15年の中国・人民元ショックの直前に
同指標は100%を超え、ほどなく株価は急落した。

そんな相場理論なんてもう古い、信用しない、ほっとけ、との声もある。
だが如何にコンピュータが進化しようと、
「相場という大自然を屈服させること」はできない。
調整のない相場などあり得ない。急騰すれば必ず急落する。
溜まりきった雨水が、最後には滝の激流となって流れ落ちるごとく、である。

今年の年初から「ポストスマホ」が高らかに言われ始めた。
「人間は前を向いて歩こう」から始まる「AIイヤホン=万能執事」である。
スマホが登場して11年。
全ての人間がスマホ頼りの生活になって、飽き始めている。
「情報を享受しながら何かをしたい」
「他の人と違うことをしたい」との願望が出始めた。

どうやら時代の変わり目のようだ。
過去に幾度となく経験してきたように、
ある日突然、世界的な株高の大修正が起きる、
それも近いうちに。

2018年01月08日

明治150年

平成30年初の連休の富岡八幡宮。
例年なら、参拝客の行列が境内から溢れる。
今年は閑散。ザッと例年の5分の1の人出だろう。
人員整理の女性スタッフの地声が高らかに、そして空しく境内に響く。

かたやおとなりの深川不動堂。
例年よりはやや少ないものの、参拝客は永代通りから溢れる。
香具師(やし)の数も、富岡八幡宮は10店余り。
深川不動堂は目分量でその5倍。
ま、致し方ない、あのような殺傷事件が起きたのだから。

今年の年始のマスコミのテーマがいつのまにか「明治150年」になっている。
そうか、日本が近代国家になってから150年しか経ってないのだ…
今年のNHKの大河「西郷どん」も、そのイメージを追っかける。
なるほど、もう一度今までの150年の歴史を振り返れっ!てことか…
日本の国営放送NHKも深謀遠慮、味なことをやる…

原作が小池真理子、シナリオが中園ミホ。
主役の鈴木亮平は適役かと思う。子役もまた良好。
7日の初回放送もまずまずの滑り出し。
やっと、いつもの大河仕様となってきた。
とりあえず漲るエネルギーが感じられる。元気だ。何かホッとする。
1年という長丁場、今年の日曜ゴールデンタイムは何とか大丈夫そう。

ここ5年、故司馬遼太郎の著作にはまっている。
特に「坂の上の雲」は何度読んでも飽きない。
読むたびに新たな感動が生まれる。
全編に流れるテーマは、
「日本が日清・日露戦争に勝利してからおかしくなった」
つまりは“まぐれ”で勝って以降、
「『日本は神国である』という間違った概念が生まれた」とする。

昨年末NHKは、
第二次大戦史上最悪の作戦と言われ、悲惨な結果をもたらした、
「(実録)インパール作戦」を、くどいほど流し続けた。
間違いなく、当時の日本は異常だった。
根幹に「神国・日本ありき」の考え方があった。
NHK側の意図するのは多分、司馬遼太郎と同じだろう。

考えてみれば、150年という時間の中で、日本は二度の世界大戦を経験し、
二度目の世界大戦で原点回帰どころか、マイナスの世界に入った。
それを20年程度で盛り返し、
ごくごく当たり前のように世界の大国G7に入り込んでいる。

極東のちっぽけな島国が、世界の大国と言われる所以はない。
冷静に考えれば、アジアの大国は4千年の歴史を持つ中国だろう。
15億の人民を持つ世界の大国・中国があせり、日本を敵対視するのも、
まずはもっともな話である。
「一帯一路(ONE BELT ONE ROAD)」構想を打ち出してきているが
実現するか否かは別にして、
大国中国が、ようやく目覚めたといったところだろう。

平成時代の終わりが宣言されるのと時を同じにして、
世界的な株価の異常な上昇が目立っている。
トランプ政権の株価上昇を図る政策をバックにNYダウの上昇も異常だが、
ダブついた海外投資資金の流入と、日本政府の56兆円と言われる下支えで
上昇する日本の株価もまた異常と言わざるを得ない。

いずれにしても波乱含みの展開である。
一連のマスコミの論調に揺さぶられているわけではないが、
「明治維新150年」をテーマに、
もう一度「原点を探る作業」をしなければならないだろう。

2018年01月01日

謹賀新年

本ブログにアクセス戴いている皆様、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。

例年になく寒いお正月ですが、如何お過ごしですか。

ところで初詣に行かれましたか?
現在の住まいの初詣と言えば、至近距離にある(チャリで5分)門前仲町近辺の
富岡八幡宮か深川不動尊となります。
もうご存じかと思いますが、富岡八幡宮に関しては12月の宮司を巡る殺傷事件あり、
TVのワイドショーで見かけるレポーターも頻繁に出没する昨今、
年末年始の参拝客の減少は避けられないとの見方をされております。
“いつもの(通称)門仲”でないのは事実。
さてどうなりますでしょうか。

元々門前仲町は、永代寺の門前町として発展したと言われ、
永代橋から続く江戸・下町情緒が濃い町となっています。
また木場にも近く、戦前には深川芸者も闊歩していた場所柄で、
妙に妖しい飲み屋街は健在で、素人が立ち寄り難いエリアはあるにはあります。
“君子危うきに近寄らず”で、未だに“冒険”は致しておりませんが….

東京の平成30年元旦は、キンキンに冷えてはいますが、晴れ渡っております。
こんな晴れた日、
隅田川沿いの光景に634米の東京スカイツリーはとても似合います。
建設途中の日々、徐々に天空に伸びゆく様子もしっかり覚えております。
そんな身近なスカイツリーでありますが、
つい最近(12月中)の休日、知人に誘われ、行って参りました。
チャリで30分少々なので、直下までは何度も行っておりますが、
実際に入館したのは初めてでありました。

まず驚いたのは入館料です。
350米の展望デッキまで入場料2,060円也。
450米の天望回廊まではプラス1,030円也。
少し高くないですか??(ま、ドサクサ紛れに近い値段設定かと)。

そして入り口で、若い女性スタッフに「すぐに入れますよ」と言われ、
“フ~ン、(予想外に)空いてんだ”と思ったのが大きな間違い。
とぐろをまくようなラインアップになっており、混雑を巧妙に避けるように
してあるのがミソ。
結果、1時間ほど待たされ、満員列車のごときのぎゅう詰めのエレベータに
押し込まれ、350米の展望デッキへ。
ひと、ひと、またひとで、外を眺めようにもなかなか窓際に辿りつかない。

浅草から徒歩20分、立ちんぼで1時間を経ており、
それでもう完璧に疲れてしまって…
345米階、340米階にはレストランなどはありますが、待ちの行列を見たら
もうゲンナリ。
知人に「もう出ましょうよ」って催促する始末。
休日に行ったのが悪いんでしょうね、きっと。

確かにガラス床から見た下界には迫力がありましたが、ただそれだけ。
もう二度と行かないと思います。
美女に対応するのと同じで、外から眺めるだけで十分であります。

少々脱線(愚痴!?)致しましたが、
今年も淡々と更新していきたいと考えております。
よろしくアクセスのほど、お願い申し上げます。


2017年12月29日

寒中お見舞い申し上げます

今や決まり文句になってしまったが、週刊レポート50回。これが1年。
そして隣の有名肉屋に「(焼き豚買いの行列)ここが最後尾」との
プラカードを持ったバイトさんが立つ頃、それが年末。
ほんと1年が早い。残酷なまでのスピードである。

これもまた事あるごとに申し上げてきたが、
BGM(間接照明?)としてTV画面をつけっぱなしにしている。
ただ余りにぎゃあぎゃあ騒がれると頭に響くので、TV音声を消して
ラジオの音声を流すようになった。
関東地方では、ラジオ一般局がFM形式で聞けるようになったから、
音質が格段によくなった。そのせいもある。

年末なので、岡目八目、「今年のTV番組は?」についで少々述べてみたい。
正直言えば、スポーツ番組以外はほとんど見ていない。
特に今年はNHK大河が大ハズレ(!?)で、
日曜のゴールデンタイムには、スポーツ中継が少ないこともあって、
ラジオを無作為に流しておくことも多かった。

そんな自分が欠かさず視聴したのは以下の3番組だった。
(1)陸王(TBS)
原作は三菱銀行出身の作家・池井戸潤。
従って、貸すの、貸さないなどと、同氏の物語には必ず銀行が登場する。
そして現在の銀行の見識&判断が生々しくかつ専門的に披露される。

舞台が行田。劇中の「埼玉中央銀行」は、まず埼玉銀行だろう。
ドラマの「こはぜ屋」は実在の「きねや足袋」と言われている。
そして製品の「陸王」もまた実在の「MUTEKI」と言われている。

主人公の宮沢紘一(役所広司)、その息子宮沢大地(山﨑賢人)、
技術者の飯山晴之(寺尾聡)、準主役のランナー茂木裕人(竹内涼真)、
敵役の小原賢治(ピエール瀧)、その部下佐山淳司(小藪千豊)、
こはぜ屋・従業員正岡あけみ(阿川佐和子)、西井冨久子(正司照枝)。
上げたらキリがないが、まるでNHK大河仕様の豪華絢爛たるキャスティング。

老舗の中小企業の悲哀を表面に出しながら、
「丁寧な技術の国ニッポン」はどこへ行った?の大きなテーマが全編に流れる。
今年はデータ偽造事件が相次ぎ、総仕上げに技術ニッポンの牙城・新幹線にも
欠陥が見つかり、日本全体がアタフタしている。
そういった外観の変化も、陸王が大ヒットした理由だろう。

ベテラン役所広司や、「ルビーの指輪」で一世を風靡した寺尾聡の熱演や、
新人・竹内涼真もはつらつ・さわやかで、見応えがあった。
12月3日の福岡国際マラソンで、
体型が竹内涼真にソックリの大迫傑(すぐる)が2時間7分台の
歴代5位の記録で日本勢最高の3位になったことも、番組を後押ししたと思う。

(2)球辞苑(NHKBS1)
本ブログでも申し上げたが、野球好きには必見のマニアックな番組。
編集長は徳井義実(チュートリアル)、記者は塙宣之(ナイツ)、
ナレーターが土屋信之(ナイツ)のお笑い芸人トリオ。
その他、多士済々のアナリストや球界の重鎮ゲストが番組を盛り上げる。

謳い文句の「野球が百倍面白くなる」。確かにそう思う。
番組の内容が濃く、飽きさせない。
ナレーションの土屋が予想以上にグー。さりげない訥々とした言い方が秀逸。
お笑いコンビ・ナイツも、同番組出演で、定位置を確保した感。
派手さはないが名物番組になるような気がする。

(3)ブラタモリ(NHK地上波)
長寿番組「笑っていいとも」に代わる森田一義アワー。
ある種の旅番組だが、掘り下げ方がハンパでない。
理論的な説明も的確で、新発見も多く、キッチリ納得させてくれる。

オープニング曲が「女神」、エンディング曲が「MAP」でいずれも井上陽水。
ナレーションが元スマップの草薙剛。
MC(アシスタント)がタモリの孫娘仕様のチャーミング・近江友里恵アナ。
今後も日本全国、くまなくやってくれればいいな、と思う。
同じNHKの関西の落語家がMCの旅番組が余りにあざといので尚更そう思う。

国民的番組と言われた紅白歌合戦も、若者に余りに迎合的で、飽きる。
かくしてポスト平成では、TV離れが益々進んでいく気配。

最後になりましたが、
ことのほか寒い年末です。健康に留意され、よい年をお迎えください。


2017年12月22日

ポスト平成を考える

日経新聞最終面の名物コラム「私の履歴書」の12月は江夏豊。
最初は(一時は)薬物中毒で廃人同然となった江夏の登場は、
全くの場違いじゃないか、と最初はいぶかった。
だがコテコテの浪花の快男児(怪男児?)江夏の物語は、
日毎に面白くなっている。

特に入団2年目から6年間の大活躍は、
コンピュータ管理型の現代野球と異なり、まずは破滅型・酷使の残酷物語。
1年目の1967年(昭和42年)は12勝13敗、2完封、
投球回数230回3分の1、奪三振は225個。防御率2.74。
2年目の1968年は49試合に登板、37試合に先発、8完封を含む26完投、
25勝12敗。投球回数329回。401奪三振(世界記録)。防御率2.13。
日本の試合数が134試合の時代の記録である。
ちなみに当時のメジャー記録が162試合で382個。

3年目の1969年は15勝10敗。7完封。投球回数258回3分の1。
奪三振262個。防御率リーグ1位の1.81。
4年目の1970年は8完封を含む21勝17敗。投球回数337回3分の2。
奪三振340個。防御率2.13。
5年目の1971年は15勝14敗。6完封。投球回数263回3分の2。
奪三振267。防御率2.39。

以降は省略するが、江夏の生涯成績は829試合登板、投球回数3196回。
206勝158敗193セーブ。奪三振2987個。防御率2.49。

5年目の1971年に関しては以下の球歴は外せない。
7月17日、西宮球場でのオールスター第1戦の9連続三振。
前年の球宴からの奪三振を合わせると14連続三振。
この年の第3戦でも1個を奪い連続奪三振記録は15まで伸びた。
もはや永遠不滅の大記録である。

ここ3年、NHKBSの「球辞苑」という番組が大好評である。
何が面白いかと言えば、野球に関するデータを微に入り細に入り
なめまわすように分析し尽くすからである。
例えばバットと言えばその長さ、太さ、グリップまで、
そこまでやるかと、調べ尽くす。

現代野球において、投球回数年間200回超、ローテションの「5日間隔」を
完遂できれば超一流と言われている。
球辞苑は一貫して「投手の肩には寿命がある」との論理を通すが、
その点江夏は、論理もへったくれもない滅茶苦茶の“やってまえ”主義。
結果的に球辞苑は、「江夏は潰れるべくして潰れた」と結論付ける。

現実に江夏は、3年目から肩が壊れ、肘をやられ、最後には心臓をやられた。
「太く短く」の代表的な例だが、野球生活後年の江夏は「力から技へ」転換、
「先発完投型から抑え専門」投手へと変貌していく。
最たるものが、ご存じ広島カープ時代の「(伝説の)江夏の21球」である。

全く場違いの話から始めてしまったが、
ポスト平成は「人間の脳と機械が直結する時代になる」と言われている。
脳とコンピュータをつなぐブレーン・マシーン・インターフェース(BMI)技術の
進化で、頭に浮かんだ言葉や意思を機械が読み取って伝えたり、
自分の身代わりのロボットを念じて動かすことができるようになる、としている。

だが一方でBMIの技術は個々の人間の思考を「オープン化」する作用もある。
機械と人体の融合が、コンピュータやロボットに過度に依存する社会につながる
可能性を秘める。

きちっと締めるべき師走に「江夏豊という“不世出の化け物”」を取り上げたのは、
次代をしっかりと見据え、居直った日経新聞の、
現状の風潮に対する強烈なアンチテーゼなのかもしれない。

親方日の丸で、ややもすれば御用新聞の雰囲気が日常的な日経新聞も、
やる時はやるもんである。

2017年12月16日

ビットコイン狂騒曲

最近、株式の上昇と共に、ビットコインの急騰が騒がれている。
まずビットコインとは何か。
定義は「世界に1300以上あるとする仮想通貨のひとつ」となる。
では仮想通貨とは何か。
「インターネット上で流通する通貨」である。
そして1300種類以上ある仮想通貨の中で存在感が大きいのが
ビットコインである。
12月初旬の時価総額は約2800億㌦(32兆円)と最大で、
全体の6割強を占めるとされている。

いいか悪いかは別にして、特徴としては以下の4点とされる。
「全てデジタル情報で処理される」
「改ざんやハッキングが難しく、安定性がある」
「世界中で取引されている」
「発行元がない分散型通貨である」

では仮想通貨を入手するにはどうしたらいいか。
「仮想通貨取引所に口座を開設して日本円と交換する」ことが前提条件。
スマホ等で身分証明書を送付して本人確認ができれば、
最短1日で開設できる。
取引単位は1ビットコイン(BTC単位=12月8日現在では約160万円)。
但し小数点以下の取引も可能。

国際的な業界団体である先物業協会(FIA)は12月6日、
「裏付けとなる商品の透明性と規則が欠如している」と批判する書簡を
米商品先物取引委員会(CFTC)に送付した。
こうした不安感がある中で、このビットコイン、
12月10日、シカゴ・オプション取引所(CBOE)に先物商品として上場された。
金融商品として認知されたことにはなる。

先物商品として上場されたことにより、
これまでは「ビットコイン現物の売買だった」が、「空売りが可能になった」。
但し乱高下が予想されることから、
当初証拠金の比率は従来の33%から44%までに引き上げられている。

以上が現状のビットコインの現状だが、最大のポイントは
「中央銀行が介在していない点」、
そして
「現物とは言っても、所詮はコンピュター上のあくまで仮想である」
点だろう。冷静に考えてみればいかにも危うい。

背景にあるのは金融緩和後のカネ余り。
世界中のカネ余りが株価の上昇をもたらし、
乗り遅れた投資家が新たなリスク資産への不用意な傾斜が起きている。
ビットコインはそうした流れの氷山の一角とも言える。

ただここまで規模が大きくなって
「ビットコインは一連の(危険で無謀な)リスク資産の先頭にいる」
との様相を呈し始めた。
ビットコインの乱高下が、
07年のリーマン・ショックの住宅に絡んだ金融商品と同様に、
金融市場全体に影響を及ぼす可能性は否定できない。

NY株式は歴史的な高値に張り付いている。
「買わなきゃ始まらない」との安易な雰囲気が続いている。
NYの写真相場の日経平均も、23,000円前後をウロウロしている。
世界中で(末期的な)狂想曲が流れている。

ビットコイン相場は為替相場のようにスキムが完成された相場ではない。
君子危うきに近寄らず。
世界に名高き日本の主婦軍団の皆様、くれぐれもご用心下さいますよう。

2017年12月09日

消えた「銀行為替ディーラー」

「平成31年4月30日にて平成時代が終わる」
正式発表があって1週間。
ジワジワと時代の流れを感じる昨今である。
新たな年号はどうなるかは全く聞こえてこないが、
昭和生まれの人間が「明治時代を遠い時代」と捉えたように、
名実ともに「昭和の時代が遠くなる」日が近くなっている。

西暦1989年から始まった平成時代だが、
それを境に金融の世界も大きく変化し始めた。
1990年代に入ると世界的な金融自由化の波が押し寄せた。
特に1995年の阪神大震災から以降は怒涛の大波だった。
北海道拓殖銀行の倒産、山一證券の倒産と続き、
以降は都市銀行、長信銀の統廃合となっていく。

この流れは東京外為市場にも大きな変化をもたらした。
日本の銀行と在日外銀が乱立状態だった東京外為市場は、
日本の銀行が三菱東京UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行の三行に
集約されるのと並行して、スイス系銀行の全面撤退を先頭に、
在日外銀の撤退が相次ぎ、米シティを最後に東京には在日外銀が皆無となった。
当然ながら在日外銀からは相応の失業者が出ることになったが、
高給を食んでいた時代の花形・為替ディーラーも例外ではなかった。

21世紀にはいって本格的なIT時代を迎え、
東京市場と他の市場を区切る必要がなくなった。
取引時間を限定しない中で、
為替市場は世界中がランダムに入り乱れる世界になった。
1980年代に米シティの「シティは24時間眠らない」
とのキャッチコピーが評判となったが、
まさに24時間どこでも為替取引が可能になった。

金融自由化路線の中で、
個人が市場に参入できることになったことも市場の状況を一変させた。
スマホの画面上で、自由に取引が可能になった。
「個人の市場への直接の参加」が可能になったことで、
銀行の介在は必要としなくなる。
つまりは為替取引自体が銀行の専権事項ではなくなったのである。
と同時に、銀行為替ディーラー同様のアクションを一般投資家も
できるようになった。
その代表が、世界の市場で「ミセス・ワタナベ」と揶揄された
日本の主婦層だった。その取引量や動向が無視できなくなったのだ。
東京外為市場は大きく様変わりしたのである。

現在の為替市場の銀行間取引では、“小数点以下3桁”まで取引対象となる。
例えば「112.015-112.025」の表記である。
そして取扱い銀行の絶対数が激減する中で銀行間取引は、
1億㌦単位の「超高額・薄利・多売」形式が顕著となり、
「ミクロ・マクロの瞬間芸が基本」となり、人間の手に負えなくなった。
結果として、全てがコンピュータ任せのスタイルに落ち着いたのだ。

かくしてヴォイス時代の轟轟たる喧噪の中で活躍した
高給取りの銀行為替ディーラーは必要としない時代となった。
時として東京外為市場として短資会社(為替ブローカー)の現場がTV画面上で
映し出されることもあるが、単なる広報活動であり、実稼働していない。

1973年から始まった変動相場制は、始まってから50年は経っていない。
「電話の声」の時代から画面上の無機質な時代へ。
今から約25年前、
依頼原稿で「声のない市場」とのタイトルで為替市場の未来予想図を描いた。
あり得ない!!と笑われた。今は昔の話である。

「銀行為替ディーラー」が持て囃された時代は1980年代が頂点だった。
もはや昭和時代末期の「過渡期の遺産」だろう。
懐かしくもあり、寂しくもある昨今である。

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