過ぎ行く2006年を振り返る(2)ホリエモン事件の考察
「株主から払い込まれた数百億円の資金を何に使ったらよいか」。
これがホリエモンことライブドア社長・堀江貴文の最大のテーマだった。
突然手に入れた大金を持て余した新興ネット企業は、信用内容のない企業まで
次々に買収していった。まるで劇画の世界だった。
ライブドアは1996年4月に、資本金600万円の有限会社として設立された。
2000年4月には(会社丸ごとの値段である)時価総額が572億円の企業として
証券市場にデビュー。
そして2005年12月の時価総額は約8,300億円。
機関投資家などは相手にせず「個人の投機的資金をどう呼び込むか」が
“錬金術”の基本だった。
内容のない企業を買い漁るライブドアと、企業価値など見向きもせず、
信用取引で短期売買を繰り返すネット投資家。
中身を吟味しない点で、両者はカネ余りが産んだ「負の相似形」だった。
ゼロ金利という異常事態の中で、再度バブルの風潮が先行した。
1995年から始った日本版金融ビッグバンから10年、不良債権処理が進み、
企業が体力を取戻す中で、個人のおカネは「貯蓄から投資」へ向かった。
リスク性資産の比率は10%台に乗せた。
個人投資家は日本経済が必要としていたリスクマネーを提供し、起業や
企業再生を後押しする結果となった。
バブルの崩壊からも10年、市場経由で日本経済は(表面的には)復調の兆しを見せた。
一方で、日本の個人投資家は、日本版ビッグバンが標榜した「自由な市場」という意味を
「手数料自由化=手数料がタダ同然」という意味に履き違え、挙げ句、
「儲かれば何でもあり」の土壌を形成していった。
こうした土壌を背景に、ネット取引を中心に個人投資家は急増していった。
オンライン証券大手五社の口座数は2003年末から2年間で163万口座増加した。
堀江貴文はライブドアのシンボルとして、個人投資家の“呼び込み”に専念していった。
球団運営、放送局買収、衆院選出馬等々。どれひとつとして成功はしなかったが、
個人投資家を呼び込むことには成功することになった。
自由主義経済の根幹の論理の中では、ライブドアショックは市場が成長する段階での、
避けては通れない一時的な現象であった。
短期のマネーゲームに走る個人株主ばかりが集まり、株主による有効な企業統治も
できない状況の中で、ライブドアの経営自体も「既成秩序への挑戦を装ったマネーゲーム」と
化していった。
改革と金もうけを掲げで市場に対峙するスタンスは、ベンチャー経営志望者やディ・トレーダー
の追随者を産んだ。
いわゆる『ホリエモン現象』である。
しかしそのホリエモン現象も、1月23日の堀江貴文逮捕劇で幕を閉じた。
一罰百戒。いわゆる“見せしめ”の意味合いが大きい逮捕劇だった。
だがホリエモンは極悪人だったのだろうか?
またホリエモンを極悪人に仕立て、責めたてることによって全てが解決するのであろうか。
今、日本が試されているのは21世紀に入って根付き始めた株式資本主義が、ライブドアと
共に全否定できるか否かという点である。
拝金主義や格差社会を非難する人は、当然のように全否定すべきだと言う。
では果たして日本が、グローバルな世界の潮流に背を向け、
(護送船団方式を原点とする)アナログの世界に戻ることが可能なのだろうか。
市場原理主義の時代と言われる。
全ての原理主義は危ういには違いない。
その一方で、市場原理を抜きにして経済の発展はおぼつかない。
人口減少社会に突入する中で、経済成長を促し得るのは、市場をベースにした
生産性の向上しかない。
ライブドア事件で日本が世界から問われているのは、米エンロン事件を機に
会計の透明性や市場の効率性を高めた米国の先例を学べるかどうかである。
ホリエモンをスケープ・ゴートにして、市場原理主義の可否を論議しても何も起こらない。
個人投資家にも大いに改善すべき点がある。
近代証券分析の父といわれるベンジャミン・グレアムは著書「賢明なる投資家」の中で、
「投機家と投資家は違う」と述べている。
『他の市場参加者を見て行動するのが投機家』。
『投資家は他の参加者には目もくれず、企業を徹底的に調べ上げて投資する』。
日本の個人投資家に、根幹の揺るぎ無いスタンスを根付かせるには絶好の機会ではある
2006年の一連のホリエモン事件はバブルの再来と思う。
だが30代前半のホリエモン世代と話しをすると、
「バブル?そもそも我々は知らない」と言う。
確かにバブル絶頂期の1989年(平成元年)には、彼らはまだ高校生だった。
中村草田男が「降る雪や明治は遠くなりにけり」と詠んだのは、
明治が幕をおろして19年後の1931年(昭和6年)。
「降る雪やバブルは遠くなりにけり」の感がしないでもない。
これまで「時代の寵児」と祭り上げ、本人をその気にさせた挙げ句、叩き落とす
現在の日本のスタンスがどうしても解せないでいる。
ホリエモンは端境期の犠牲者だと思う。
