真の中央銀行はどうあるべきか
日本銀行(日銀)は2月21日に開いた金融政策決定会合で、
無担保コール翌日物金利の誘導目標を年0.25%から0.5%に引き上げることを決定、即日実施した。
利上げはゼロ金利を解除した2006年7月以来、7ヶ月振りである。
ようやくといった感のある利上げではある。
こうした(決断力の鈍い・行動の遅い)日銀を巡る論争が盛んである。
曰く、「日銀は独立性を保っているか」。
世界的なグローバル化が進展する中で、
日本では依然として政治が中央銀行に圧力をかけ易い土壌にあるのは否めない。
金融政策決定会合が近づくにつれ、政府・与党から批判が繰り返される。
議決延期要求をちらつかせたり、日銀の独立性を明記した新銀行法の改正を求める声もある。
豪腕の名を欲しいままにする中川秀直現幹事長の、コワ持てする顔がチラチラする。
しかし日銀が政治圧力に屈するとなれば、東京金融市場の存在自体が否定されることになる。
グリンスパン米FRB議長が18年半も高い信任を得たのは「市場の人」だっただけでなく、
ある意味では(逆手に取った)「政治人間」だったからである。
財務長官との定期会合は勿論、歴代大統領には経済を講義してきた。
「市場」と「政治」を同時にこなせたからこそ、信任も高まり、FRBの独立性も強まった。
振り返って日本はどうか。
福井俊彦現日銀総裁に求められるのは「市場の対話」や「国際対話」だけでなく、
「政治との対話」も必要であろう。
高を括って、自分らは政治に全く関係ないとのスタンスが垣間見える。
そしてそれが日銀の信頼を損なっているように見える。
財務省が2004年3月に外国為替市場での介入を止めてから約3年。
介入実績を公表し始めた1991年以降では最長記録を更新中で、
04年7月に就任した渡辺博史・財務省財務官は、
「在任中に為替介入なしという“初の快挙”を成し遂げる」可能性が出てきた。
かねてから為替介入に批判的だった米国でも、
ポールソン財務長官やバーナンキFRB議長は「日本は口先介入すらしていない」と褒めちぎる。
果たして現実はどうなのか。
円独歩安の背景には、意図的な(政治的な)円安誘導があるのではないか。
介入なき為替市場の動向は何を物語っているのか。
よく指摘されるのは日本と米欧の金利差である。
しかし現状の円安にはもっと構造的な問題があるように見える。
米欧と日本の中長期の成長力の格差が背景にありそうである。
デフレ不況で過去10年、名目国内総生産(GDP)がほとんど増えず、
人口が減って潜在成長率の低迷が予想される日本経済の姿を、
現在の円相場が映し出しているのかもしれない。
円はアジア域内の決済通貨の地位さえ得られず、東京金融市場の地盤沈下も著しい。
現状の円安が日本の国力の低下であることが否定できないのである。
グローバルな時代は「信任競争の時代」でもある。
グローバルな成長力を取組むには中央銀行の信任が欠かせない。
独立した中央銀行は国民の財産である。
日銀の揺らぎが円の信任の低下をもたらしているように見える。
最近の日本、(巷間で頻繁に言われるように)安倍政権の力不足が目立っている。
良い悪いは別にして、ライオン丸・小泉元首相の突破力が懐かしい。
果たして日本はどこに向かっているのであろうか。
