2007年03月27日

能登半島地震

サクラ前線が頓着される3月25日(日)午前10時前。
テレビ画面に「能登地方に震度6の地震」のテロップが流れた。
能登半島に至近の富山県の寒村に生まれた自分は目を疑った。
「はぁ?能登に地震?」
「まさか?大したことはなかろう」と、最初は高を括っていた。

石川さゆり「能登半島」や森昌子「越冬つばめ」に表象されるが如く、
常に”ウラ寂れた”という形容詞を当てはめられる北陸の寒村は、
例年の如く遅いサクラが咲く、”何もない春”になるはずだった。
そして「能登は地震にも永遠に縁がないはず」だった。

気象庁の発表に拠れば、以下のようになっている。
3月25日午前9時42分、輪島市、七尾市、穴水町で震度6強を観測。
震源地は能登半島沖の深さ11㌔の海底。マグニチュードは6.9。
石川県で震度6強の地震は観測史上初めて。

晴れた日の富山湾からは、目の前に能登半島が眺望できる。
従って、富山の人間には「海イコール能登」のイメージも定着している。
能登半島は、昭和30年代に松本清張”ゼロの焦点”の舞台になった頃から観光色が濃くなったが、
元々は石川県民と富山県民の、手頃な観光地だった。

能登は、石川県民は勿論、富山県民の”日帰り”のドライブ&デートコースだった。
北陸自動車道が完成してからは、免許取立ての若い女性にとっては、最初にして絶好の”試し運転”
コースとなっていった。
そして2006年の能登空港開港を期に、能登+七尾・和倉温泉をベースとした全国区の観光地にしよう
と目論んだ直後の大地震だった。

今回多数の家屋崩壊が伝えられる輪島市門前町は、曹洞宗の名刹(めいさつ)総持寺の、
文字通りの門前町である。
ここ数百年、地震には全くの無縁のエリアであり、耐震化は勿論進んでいない。
従って築30年超の瓦葺・木造家屋が、ほとんどボロのように無残になぎ倒された。

輪島は朝市や輪島塗りなどで有名だが、能登地方は観光以外にさしたる産業もなく、
過疎化も極端に進み、70歳超のジイちゃんバアちゃんの世界が出来上がっている。
従って、今回の地震から回復するには、予想以上に時間がかかる可能性がある。

災害があった場合、回復には被害に遭った者の”何クソ”というエネルギーが必要である。
老齢化が進む今の能登にそうした”ヤケクソのエネルギー”が残っているのか。

今回の能登地震は、実家の目の前の”手が届きそうなムコウ”の話である。
これが実家方面であったらと思うとゾッとする。
電話が通じない”恐怖の時間”も初めて経験した。

幸運にも実家方面では然したる被害もなかったが、母親1人が実家に住む現在の環境を
今更ながら思い直させられた。
自然のチカラは相変わらず怖ろしい。
世界経済がどうの、為替がどうのという前に、大自然の前では人間は全くの無力なのである。


高校野球の経済学(2)

日本の春はセンバツから。
桜の開花と共に、23日(金)から春の全国選抜高校野球選手権大会が始った。
いよいよ待ちに待った野球シーズンの始りである。
以降半年は、野球という地球上の最大にして最高(と思っている)のコンテンツが楽しめることになる。

だが今年のセンバツは少々赴きが異なる。
直前になって、西武球団のアマチュア選手に対する金品供与問題が表面化し、大きな社会的問題に
なったからである。
しかし何故西武が発端になったのか。
栄養費という名の(前払い方式の)契約金問題は、問題にはならない問題。
多分に球団内部からのチクリに違いないと、西武球団の組織としての弱小化も頓着された。

プロ野球発足当時から、こうした裏金問題は衆知の事実だった。
例えば、Mr.プロ野球・長嶋茂雄・巨人軍永久名誉監督も、立教大学時代には、
関西・南海ホークスから栄養費という名の小遣いを、何の衒いもなく、堂々と受け取っていた。
これはプロ野球を表象する伝説的な話である。

東京ガスの木村雄太投手、早稲田大学の清水勝仁内野手がやり玉に上がったが、
彼らを責めるのは酷であろう。
高校・大学・社会人を通して、有望選手は多かれ少なかれ、金品授受があっても致し方ない。
何のジャンルにしても、一流と言われるまでになるには相応の資本投資をせざるを得ない時代。
今の世の中、キレイごとだけでは済まされない。

現在の高校野球界では「名門校=甲子園の常連校」との図式が出来上がっている。
特に私立の名門校では、生徒をA-Eのランクに分け、Aは授業料など一切の学費や寮費を免除は
勿論、生活支援費という名目の“給料”まで出る。
B以下は、ランクが下がるに従い自己負担が増える。
まさにプロのシステムができ上がっている。

日本学生野球憲章では「野球部員であることを理由にした金品の授受」を禁じる。
従って、野球の特待制度を公言する高校はなく、特待生のように見える選手も、学力や内申書など
総合評価によるものとしている。
建前は「学校教育の一環」という建前は保っていることになる。
だが、野球憲章は事実上骨抜きである。

春、夏にしても、100年にならんとする伝統の全国高校野球は、
球児は地域の誇りを担い、地元は郷土愛を胸に甲子園を見つめてきた。
単なる高校日本一決定戦でないところに高校野球の隆盛がある。
しかし現在の高校野球は「豪華な施設と他県からの優秀な野球留学生による世界」になっている。

アマチュア野球のプロ化を嘆く声もしきりに聞かれる。
しかし日本がWBCで優勝し、日本人選手が高額の年俸でMLBで活躍する時代になったことを
考えれば、“カネのなる職業=夢のある職業”として野球を捉える若者も認めざるを得ない。
野球を教育と考える集団と、ビジネスと考える集団が、同じ土俵でやる限り、根幹の問題は
解消されない。

ドラフト改革案が俎上に上がっているが、所詮は建前だけの話。
絶対的な解決案が出るはずがない。
「プロ球団が傘下に高校生クラブチームをつくり、甲子園とは別にユース大会を開く」とする
サッカーJリーグ方式を現実化する時期であろう。

2007年03月19日

中国金融市場の研究

2月27日の上海株式市場に端を発する世界同時株安は、
今後の中国金融市場の世界金融市場に対する影響度を示すに十分な状況だった。

同日、上海株式市場が97年以来の下落を記録すると、その余波は欧米市場にも広がり、
NY市場では2001年の同時多発テロ以降の最大の下げ幅となり、
株安の連鎖は中南米の新興国市場やアジア市場にも波及、
東京市場でも日経平均が550円の下げ幅を記録した。

2006年後半から2007年前半にかけての世界的な株高には、
海外の投機筋を中心に、低金利の日本から円を借りて、
それを高金利の欧米通貨に転換して株式や債券に投資する
「円キャリートレード」の活発化が大きく影響していた。

今回の世界的同時株安は、中国市場の異変に、
逃げ足の速い投機筋が素早く反応したことが要因である。
しかし大きな問題は、ブレーキ役となるべき米国市場がその役目を果たせなかったことにある。
それだけ中国の存在が大きくなっている証左でもある。

ところで、中国に株式市場ができたのは17年前の1991年。
中国には二つの株式市場が存在するが、上海市場が中心。
今回の急落局面で、最初に暴落を見せたのは上海市場の中でも、
中国人投資家向けのA株市場だった。

上海A株市場には約700銘柄が上場しているが、実態は資本主義の株式市場とは似て非なるもの。
企業判断基準は「中国共産党とのコネクションの強弱」。
要は中国で幅を効かす「コネ」と「カネ」が中心。
インサイダー取引も日常茶飯事で、市場としての信用度はゼロに近い。
要は安定株主である中国政府の意向に全てが左右される仕組みである。

企業も企業なら投資家も投資家。
相場が変動して損失が出た場合、追証(追加証拠金)を求められても、
ドロンする投資家が多いのが現実。
結局、中国国民にとっては、株式投資は所詮ギャンブルであり、
株式市場はカジノの意味合いである。

現在の中国金融市場に乱舞している投機資金の60%近くは海外からのリスクマネー。
その投機資金が株式市場ばかりでなく、不動産市場にもなだれ込んでいる。
上海のマンション価格は高騰、そしてビル建設ラッシュに拍車がかかったことで、
セメントや鉄板、アルミなどの建材の高騰も目立っている。
昨今の日本での窃盗騒動は、そうした中国の状況が背景になっている。

結果として上海には、40階建て以上のビルが2000棟、20階建てを入れると約5000棟が聳え立ち、
高層ビル数は東京を凌駕するに至っている。
2008年の北京五輪、2010年の上海万博は、中国の国威発動の絶好の機会には違いない。
しかしその後の中国の見通しは当然ながら楽観できる状況ではない。
「バブル崩壊=世界の爆薬庫」の様相である。

中国はGDPで10%の成長を続けてきた。
しかしその伸びは公共事業投資に支えられてきたものである。
公称13億、実質には15億という世界の四分の一の人口を抱える中国は未開の宝庫には違いない。

五千年の歴史を持つ中国は、21世紀に入って本来の”したたか”を見せ始めた。
これからの中国は、今までの組し易い素直な中国ではない。
単純に”未開の宝庫”と入っていけば、完璧に反撃を食う。

欧米に対抗し得る、華僑経済圏をベースとした一大勢力として、難敵には違いないのである。
中国の裏側に潜む、百年単位の民族的発想を念頭に置く時期である。

出世(栄達)と責任

高校時代の同期の者が、上場企業の社長になる時代になって、
単純にこう考えるようになっている。
「出世って何だ?」「責任って何だ?」

自分の出た高校は、全国的にも”受験校”として名を馳せた富山中部高校である。
団塊の世代の真っ只中で、今から考えると、天才的な人間がウヨウヨいた。
典型的な受験校であるからにして、先生も県内から選りすぐりの人材が集められていた。

例えば、時おり夢に見る数学の時間。
並外れて優秀であるはずの先生が、生徒に、「この問題の別な解き方をできる者?」
と問いかけると、それまで黙っていたヤツがスッと黒板に出て解き始める。
「なるほど」と先生が感心する。言うところの劇画の世界そのままだった。

こうした環境の中で、総合的なランク付けなどできるはずもないが、
有名大学への合格者の数という点では全国のベスト20位には入っていたと思う。
言っておくが、これは自慢ではない。
青春を謳歌すべき高校という環境としては異常であり、
「高校とは名ばかりの、大学受験専門の予備校だった」ということを言いたいのである。

そした高校を出た後、1学年550人の人間は全国の大学に散らばっていったが、
中間管理職から上級管理職になる頃になると、またぞろ消息が頓着されるようになっていった。
だれそれが、ドコソコの会社の部長になった、取締役になった等など...

そして極めつけは、富山県内の二大企業である北陸電力の社長と北陸銀行の頭取が
富山中部高校19回の同期生であるという点である。
確かに今の富山は、格差時代に取り残された典型的な裏日本パターンであるにしても、
こんなのはあり得ないと思う。空前絶後の出来事と思う。

ついでに言えば、富山県知事、(関係ないかもしれないが)北海道の女性知事、
そして富山市長も、年代こそ違え、全て富山中部の出身である。
だから自慢ではない。何かが違うのである。いや、違っていたのである。

東京電力や東北電力で原子炉の緊急停止の隠ぺいが発覚する中で、
3月15日、北陸電力の志賀原発1号機の臨界事故隠しが明らかになった。
「誰も見ていないから」「上には黙っていようと...」
経済産業省を訪れた同社の永原功社長は、現場の責任を強調する発言を繰り返した。
そして現場と経営陣との意志疎通が十分でなかったことについては、
「私は事務屋で...」という弁明を繰り返した。

北海道銀行、北陸銀行で構成される「ほくほくファイナンシャル・グループ」。
北陸銀行の頭取を兼務する高木繁雄社長は、公的資金返済を08年度に前倒しする方針を示している。
2005年9月と、2006年3月の二回で計200億円を返済したが、残高はなお1,200億円残っている。

1997年以降の日本版金融ビッグバン以降、日本の金融機関の再編成が急速に進んだ。
そして以来10年、都市銀行の整備が一気に進み”第一次ビッグバン”はほぼ終了した。
そして2007年10月から正式発足する郵便貯金銀行が、地域金融の整理統合を破壊的に進める
第二次ビッグバンの発端になろうとしている。

かたや電力の自由化の流れの中で、世界的な統合の嵐は、日本の電力業界とて例外ではない。
今回の臨界事故隠しは、統合の流れを加速させるに十分な要因になる可能性を秘めている。

出世とは何か、幸福とは何か、そして責任とは何か。
テレビや新聞上で時おり見かけるしかないが、
白髪に近い様相になった高木や、まるで同年代には見えない永原の姿に比し、
プータローor野良犬然とし、好きな酒を、好きな環境で存分に飲むことのできる自分の生き様に、
ある種の幸福を感じてしまうのである。

2007年03月15日

三角合併の解禁と日本的経営の変化

外国企業に、自社株を対価とする日本企業買収の道を開く「三角合併」の解禁が
いよいよ5月に迫っている。
名称からは解り難いが、要は株式交換による(強制的な)買収である。
ただ二社間でなく、子会社による吸収合併を通じて実施するのでこう呼ばれている。

元々は、州ごとに会社法が異なる米国で、株式交換が使えないなど、
技術的な要請から発達した仕組み。
合併制度がない英国等の欧州では、買収制度の中で株式を対価することが認められている。
2006年5月施行の会社法改正で可能になったが、“すわ黒船来襲”と、
日本の産業界から外資脅威論が出て、1年延期された経緯がある。

日本の企業が懸念するのは以下のようなシナリオである。
買収者はまず発行株の10%程度を市場から購入。
先回り買いしたヘッジファンドなどと組み、株主提案で揺さぶりをかける。
最終的には個人投資家等を取り込み、議決権のメドが建てば一気に三角合併に持ち込む。

買収される側の対抗策として、
買収者を厳格なTBO(株式公開買付)ルールで律する欧州、
新株発行などの毒薬条項(ポイズンビル)を取締役会決議で導入・発動できる米国に比して、
日本の買収防衛策としては、
株式取得に関して買収後の事業計画の提出を要求する「事前警告型」が一般的。

こうしたルールに従わない場合には新株予約権の発行などで対抗することになるが、
相手が外資の巨大資本の場合を想定していないなど、
M&A(企業の合併・買収)関連の法制整備の遅れが目立っている。

M&Aが多発する米国では、
買収後退任する経営者に多額の退職金を支払う「ゴールデンパラシュート」や、
重要な資産を社外に移す「クラウンジェル」など、
買収者の意欲を殺ぐ仕組みが発達はしている。

しかし日本の経営者の多くは、
そうした世界的な傾向は“まさか自社が”or
“(自分に関係ない)絵空事”と考えているフシがある。
それだけ調和・共生をテーマとしてきた日本的経営にはスキがあるということになる。

仮に自分が膨大な資金を持つ買収者の立場であれば、日本の製薬界が絶好の狙い目と思う。
漢方の技術を巧みに取り入れ、和洋折衷式の技術を持つ日本の製薬は、時価総額も総体的に低く、
M&Aを仕掛ければ一網打尽(と思う)。

門外漢の自分でさえそう思うのであるから、世界の鵜の目・鷹の目の投資ファンド筋、
世界のトップ10位・上位5社の製薬会社は当然にして狙っているはず。
日本のトップ10位の企業が2~3社集まったとしても到底かなわない。

3月6日、米銀最大手のシティグループが、日本の証券三強の一角・日興コーディアルグループに
TOB(株式公開買い付け)を実施、子会社化することを正式に発表した。
日本的な企業概念では通じない時代。

まさに黒船の到来。
さてどうなさいますか、日本の大企業のお歴々の皆様。

たかがサクラ、されどサクラ

気象庁は14日、全国56地点における第二回目の桜の開花予想を発表した。
その発表に拠れば、前回7日の第一回目の予想から、1~6日遅らせている。
3月に入ってシベリア方面から寒気が流れ込み、気温が低めに推移しているからとしている。

新しい予想で、全国でも最も早いのは、静岡、福岡の21日、東京は23日になっている。
全国では、平年より早い地点が45ヶ所にのぼるが、観測史上最も早くなりそうな地点はない。
一時は地球温暖化現象で、とてつもなく早くなりそうな気配だったが、それもないようである。

前回の発表では、最も早く咲く地域を静岡とし、開花予想を13日としていた。
気象庁によれば、各地の気温データを取り込むプログラムに不具合があったと説明している。
予想日の算出ミスは、1996年に現行方式を採用して以来初めてである。

昨日から今日のTV番組では、
気象庁の担当官の深々と頭を下げる姿が再三にわたって映し出された。
まるで企業の不祥事で、企業幹部が頭を下げるのと同様のスタンスである。
笑ってしまった。
皆様方、そんな悪いことはしていないっ、って!!
いいじゃないですか、地球温暖化現象が進んでなくて!

確かに桜祭りの関係者とか、弁当屋さんとか、隅田川の遊覧船関係者には
多少の被害はあるだろうけど、どうってことない些少な出来事。
桜は咲くまでが楽しみなのであって、咲いたら散るのを待つばかり。

日本の春は桜。しかに何故にサクラなのだろうか。
咲くまで待って、待って、そして咲いたら1週間も経たないうちパッと散る。
二分咲き、五分咲き、八分咲き、満開の桜と、順番に楽しませてくれる。

そして桜に嵐はつき物。
満開の桜が雪のように散る、花吹雪の中を歩くのもまた一興である。
日本的な”潔さ(いさぎよさ)”の代名詞には違いない。

入学式、卒業式にもサクラは不可欠。
日本の会計年度がサクラの開花に合わせたという説も根強い。
そして会計年度に合わせて、学校の卒業・入学も3月~4月にした、となっている。

欧米流に8~9月の卒業・入学にした場合、確かにしまらない。
暑い、暑いで、式にはならない。
例の合格電報の「サクラ咲く」は日本の伝統文化である。

自分の大好きな句がある。
「散る桜 残る桜も 散る桜」
特攻隊で戦死した方の有名な句だが、ものの見事に日本人の根幹の精神を表現している。

たかがサクラ、されどサクラ。
サクラは咲くのを待つ期間が一番楽しいのであります。
そして日本の春は近いのであります。


2007年03月11日

望みは何と訊かれたら

タイトルは、週刊新潮に連載の小池真理子の小説の題名である。
これまでも、小池真理子の覚めた、ある意味被虐的な表現の仕方が気に入っていた。
連載が始まって以来、毎週楽しみに読んでいる。

小池真理子とは年代も重なることから、ものの見方や考え方に共感することが多く、
特に今回の作品は、ヒシヒシ迫るような現実感がある。
多少のフィクション部分があっても、彼女の経歴から考えれば、たとえ彼女が否定しようとも、
ほぼ自伝的小説に違いないと思う。

時代は60年代後半から70年代前半。
当時は学生運動の最盛期である。
何故学生運動が盛んになったかと言えば、それなりの理由が存在する。

当時の日本は、田中角栄の「日本列島改造論」に象徴されるが如く、
日本経済の右肩上がりの高度成長時代。
そして戦後生まれの団塊の世代が基盤を支えるピラミッド型の人口構成であった。

当然ながら団塊の世代間の競争が激しかったが、その第一関門が大学受験。
そして大学合格という免罪符があれば、とりあえずは世間に認知された時代である。
最高レベルでもなくとも、言うところの一流と言われる大学に合格さえしていれば、
とりあえずは就職は約束されていた。

ただ大学合格という免罪符をもらった途端、自分たちが世の中を変えるといった、
意識過剰な若者も多く排出した。
今から考えれば、どう転んでも学生が世の中を変えることはあり得ないが、
そうした奢った、間違った風潮が蔓延した。

要は余りあるエネルギーのやり場に困っただけである。
机上の学問中心の自分本位の青臭い論理で、世の中を変え得ると行動に移していった。
いわゆるサークル・同好会の過激な集団、それが学生運動の本質である(と思う)。

かたやノンポリと言われる、極端に怠惰なグループも存在した。
Non-Policy=何も考えない怠惰な輩と、過激集団からは馬鹿にされ続けたが、
激しい受験勉強を終えた脱力感そのままに、怠惰な生活を送ったのは事実である。

自分は正真正銘のノンポリだった。
受験勉強を終え、ヤレ嬉やと、無駄にした青春を取り返そうと必死になっていた。
失った青春を取り返すのに、あたら強制は受けたくないといった単純な理由が先行した。

ただ学生運動の恩恵を受けたのもまた事実である。
何故なら、大学キャンパスは学生が占拠するか、そうした占拠を怖れた大学側が、
ロックアウト(=学生の締め出し)を図った。
結果的に、大学の授業もなく、また試験もないまま、論文提出だけで卒業が可能だった。

こうして4年間という”免罪符有効期間”は思う存分、自分たちの世界に埋没した。
自分たちの世界とは「酒・たばこ、オンナ、麻雀・パチンコ」の世界である。
アルバイトしては浴びるほど安酒を飲み、さながら煙突の如くタバコを吸いながら徹夜麻雀をし、
オンナの世界を追求していった。
その世界に勉強の”ベ”の字もなかった。なんとかなる、と思っていた。
当然ながらそうした”ツケ”は、就職してから思いっきり払わさせられることにはなるが...

本題に戻る。
小池真理子の今回の小説から、当時のドロドロして汗臭い、独特の匂いを感じとっている。
空調設備のない、暑い・寒いが明確な、季節のハッキリした世界、
風呂がなく、トイレも共同で、何気に不潔でそして匂いに敏感な世界、
(携帯電話・PC等の)情報・伝達機器がないまま、不安で、無性にイライラする世界、
そして動物的な性的衝動と、ただひたすら無闇に腹が空く飢餓の世界。

「望みは何と訊かれたら」、今の自分はどのように応えたらよいのであろうか。
小池真理子の(人生に対する究極な)問い掛けに、明確な答えが出せないでいる。


2007年03月09日

欧州統合通貨ユーロの10年

1997年1月、青柳事務所は株式立としてスタートした。
それと同時にスタートしたのが欧州統合通貨ユーロであった。
当然ながら偶然の符合だが、以来10年、ユーロの快進撃を見るにつけ、
ある種の運命的なものを感じでいる。

自分はここ10年、幾多の著作の中で、一貫して「ユーロの優位性」を取り上げてきた。
米国式資本主義経済が行き詰まり、中国・華僑経済が台頭すると予想する中で、
世界の大国・英仏独が集うユーロに絶大な信頼が出ると感じたからである。
戦国の武将・毛利元就の”三本の矢”の発想である。

ユーロはここ10年、国際通貨としての立場を強め、
世界の債券市場では2005年以来、ユーロ建て債の発行残高がドル建て債を上回っている。
米ドル本位の国際通貨システムを、第二次大戦後初めて塗り替えようとする勢いである。

ユーロがスタートした当時、ユーロの評判は良くなかった。
曰く、「寄せ集めに何ができる」
「欧州を旅行しても、元気なく、景気が悪そう」。

日本唯一の金融誌の日経新聞も、良いことはできるだけ小さく、
悪いことは大々的に取り上げるスタンスに終始した。
米国資本主義が日本の情報統制していると思わせるに十分な状況だった。

欧州統合の発想は、米中を標的にした百年単位での思想であった。
欧州統合の枠組みが決められたのは1957年3月のローマ条約の調印に端を発する。
同条約をベースに、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)、欧州共同体(EEC)、
欧州原子力共同体(ユーラトム)が創設される。

以来50年、欧州連合(EU)は深化と拡大を続けてきた。
ではEUは何故深化と拡大を遂げ、世界経済に大きな影響力を持つようになってきたのだろうか。

まず第一に東西冷戦の終結が上げられる。
米ソ緊張の舞台となった冷戦末期の欧州は、米の核ミサイルの配備と反核運動が高まる中、
「ユーロ・ペシミズム(悲観主義)」が蔓延したが、冷戦終結がEUを一気に蘇らせる結果となった。
欧州統合通貨・ユーロの創設は、東西ドイツ統合の代償としてコール独首相が受け容れたものだった。

第二に冷戦後の世界の多極化が上げられる。
グローバル経済化のもとで、中国・インドの台頭が目覚しい。
その一方で、イラク戦争を巡る混迷で、ブッシュ米大統領は孤立、超大国の威信は傷つき、
EUの存在感が相対的に高まっていった。

第三に、世界がソフトパワーを競う中で、文化・外交・構想力・提案力など、EUの強みが現れ始めた。
ソフトパワーの源泉は伝統文化ではあるが、その伝統文化を大事にすると同時に、
変革への政治的意志が強く、欧州統合は「変らないために変る」ことをテーマに、
欧州統合の組織が磨き上げられてきた。

翻って、日本の通貨・円はどうか。
「世界最大の債権国の通貨」「アジアの盟主たらん」と標榜してきた円は、
ユーロの「ローマは一日にして成らず」の精神を学ぶべきだった。
最終的に円は、結局は極東アジアのドメスティックな通貨にしか過ぎず、
ユーロあるいは米ドルに取って代わられる運命にあるようである。

銀座ホステスA子からのメール

3月某日、ここ3年付き合いのあるA子からメールが届いた。
「先生(青柳のこと)、4月より先生の後輩になります!」
それって一体どういう意味だ?

早稲田理工学部3年の編入試験に合格したとのことである。
ご丁寧にも早稲田大学のホームページのアドレスが載せてあり、
要は合格番号を確認せよとのリクエストもある。

以下はあくまで伝聞であるから真実かどうかは定かではないが、
本人の性格からしてまず90%超は真実であろう。

A子は30歳を過ぎている。
幼くして両親が離婚、某家に養子にもらわれていった。
大学受験時になり、養親は当然のように就職を勧めた。
しかしA子はそうした雰囲気に敢然と挑戦、大学を受験する。
いくつかの大学に合格したが、結局入学した大学が東京理科大。

学費等は全て銀座のホステス稼業で賄った。
そして大学卒業後、入社したのがリクルート。
ただ、当然ながら畑違い。
次第に理科大で学んだことを活かした生活をしたいと思うようになる。
目指したのは健康食品の分析。
そして再度理科大で学ぼうと決心する。それから彷徨が始まる。

20歳代後半、リクルート退社、銀座のホステス稼業一本に絞リ込む。
そして希望通り、理科大に再入学。
ただ二年次に進級の際、学費が工面できず、退学を余儀なくされる。
昨年1年間は、お茶ノ水女子大学で科目履修生として単位を取得しつつ、
学費稼ぎに勤しむ。
そして今年、早稲田の編入試験に合格。

素直だが、体が弱く、泣き虫。
そんな彼女に栄養をつけてやろうと、時には食事(和食中心)を共にする。
どんな場所であっても、(野良犬然とした)青柳といると楽しい、心が安らぐと言う。
(過分なお世辞にしても)ウレシイことを言ってくれるじゃないか!

B型系直情型性格の自分は、酔って虫の居所が悪いと、直ぐに泣かせてしまう。
何が問題なのか、そして何が癪に障ったのかは定かではない。
正気に返り、オイオイ止めろ、何がそんなに悲しいんだ、といった場面がしょっちゅう。
こうした付き合いが約3年。

それにしても執念というか、向学心というか、A子の持っているエネルギーには驚くばかり。
日ごろから、”人生、日々これ毎日が勉強”と言いつつ、
今の自分に果たしてそうした”燃えるような”向学心が残っているのだろうか。

早稲田理工学部は、JR高田馬場とJR新大久保の真ん中にある。
2008年中頃までには理工学部のまん前まで地下鉄が開通するが、
それまではJR高田馬場か、地下鉄東西線・早稲田からの歩きとなる。
所要時間は早くて20分、ダラダラ行くと30分はかかる。
こうした通学に嫌気さし、ドロップアウトした理工の同期生をヤマほど知っている。

晴れた日ばかりではない。雨の日も、風の日も、嵐の日もある。
本来が体の弱いA子には、まず通学(=参加すること)自体が試練である。
卒業まで3年かかるのか、はたまた4年になるのか...
学費を銀座で稼ぎつつ、学業を続けようとするA子にエールを送るしかない。

さすが世界に冠たる東京・銀座。人間の坩堝(るつぼ)である。
オメデトゥ、A子!そして頑張れA子!


2007年03月04日

六本木物語

六本木の名前の由来 。
そもそも現在の六本木界隈には長府藩(山口県)毛利氏の江戸屋敷があった。
後になって六つの小名、大名屋敷が周辺に寄り添ってきた。
それがみな、木の名前がつく。青木、一柳、上杉、片桐、朽木、高木。
(組み合わすと”青柳”の名前が出てくる!縁があるわけだ!)
そこで”六本の木=六本木”が定説になっている。

明治・大正を過ぎ、昭和になって六本木は陸軍の街になる。
現在の星条旗通りに新設オープンした国立新美術館あたりは
「陸軍第一師団歩兵第三連隊」の兵舎があった。
同連隊は2.26事件に連座者を出し、歴史に名をとどめることになる。

第二次世界大戦後は米軍の兵舎の街となる。
未だに外国の匂いがあるのは米・進駐軍の街になったためである。
当時は「東京租界」で、日本人は容易に近づけなかった。

六本木に日本人が混じるようになったのは米軍施設が徐々に返還されてから。
返還に前後して、以下のような有名店がオープンしている。
昭和21年「アマンド」
昭和29年「シシリア」
昭和35年「キャンティ」

そして21世紀になって六本木ヒルズが登場。
開業       2003年4月25日
総事業費    2700億円
高さ       238メートル
エリア面積   11万6000平方メートル
建物棟数    12棟
主たるテナント ゴッドウィル、楽天、ライブドア、リーマンブラザーズ、
ホテル      グランドハイアット東京
文化施設    森美術館
店舗数      230店舗

次いで2007年3月からは(旧防衛庁跡に)東京ミッドタウンの登場である。
開業       2007年3月30日(予定)
総事業費    3700億円
高さ       248メートル
エリア面積   10万2000平方メートル
棟数       6棟
主たるテナント ヤフー、富士ゼロックス、コナミ、USEN
ホテル      ザ・リッツ・カールトン
文化施設    サントリー美術館
店舗数      130店舗 

「東京ミッドタウン」タワーは東京で一番高いビルになる。
就業人口2万人。
ファッション関係では「リステア」「ハリー・ウィンストン」
飲食では「ボタニカ」「ビルボード ライブ トウキョウ」「ユニオン・スクエア・トウキョウ」

猛スピードで六本木の歴史を振り返ってみた。
東京ミッドタウンは、大江戸線六本木駅至近で、まさに一極集中の構えを見せている。
旧竜土町や、星条旗通りの復活の気配である。

我が行き着けの”六本木のりの”は、リッツカールトンから交差点を挟んで約30秒。
東京ミッドタウンタワーには相応の店が入るとは思われるが、値段・サービス等は未知数。
のりののスタッフは六本木新時代を控え、昼食を始めた。
値段も1,000円前後で評判が良いらしい。

夜専門の自分も、昼も寄ってみなければ。
何?宣伝って?
そうです、今回は、我がのりのの宣伝なのであります。


2007年03月02日

ハゲタカ

最近の日本の経済界では米系投資ファンドの活躍が頓着されている。
特に名声(?)を上げているのはスチール・パートナーズ。
日本のめぼしい企業を漁りまくっている。

1月に提出した大量保有報告書によれば、
同ファンドが発行株式数の5%以上保有する銘柄は28。
これらの時価総額は3月19日時点で約4,200億円。

最大の投資先はサッポロHDで、350億円(1株あたり463円)の投資簿価に対して、
時価は約2倍の660億円。
シチズン時計(投資簿価は392億円)の時価は458億円。
その他、日清食品、ブラザー工業、アデランス、江崎グリコ、ノーリツ、キッコーマン、
ハウス食品と続く。
概してオーナー企業で、利益率の高い企業を狙い込んでいる。

今週、某金融週刊誌とのインタビューを受けた。
くだんのスチールパトナーズの企業内容・役員一覧を見せてもらった。
住所は丸の内、そして役員は(予想通り)全て日本人である。

ここからは推定だが、
そうした日本人は、バブル時期に日本の企業から切り捨てられ、
捲土重来、米国に渡り、米国式M&Aを徹底的に学んできたものと思われる。
日本を買い叩くのは、結局は”切り捨てられた”日本人という図式である。

2005年から2006年にかけ、ホリエモン事件、村上ファンドが世間を揺るがした。
結果的にそうした人物は政治的に葬られることにはなったが、今回は違う。
何しろ親方・米国である。
ヒット・アンド・アウェイで、やることをやったら、ソソクサと米国に逃げ込む算段である。

外資系のインセンティブ・ボーナス(出来高制給与)は利益の10%が普通。
従って、50億円儲ければ5億円、100億円儲ければ10億円。
あくまでこれは最低限。場合によっては更に大きな金額を掴み得る。
ヤルッキャないし、また遣り甲斐があるに違いない。
(何でもありの)ハゲタカと呼ばれる所以である。

タイトルはNHK・土曜ドラマである。
久し振りの迫真の経済ドラマである。面白い。
日本の国営放送の乾坤一擲の濃い番組である
原作は真山仁の「ハゲタカ」&「バイアウト」。

主役の企業買収屋には、まだメジャーとは言えない大森南朋(おおもり・なも)
それに対抗する日本の銀行マンに(病み上がりの)柴田恭兵。
その他、出演者も全てシブイ。
銀行に捨てられ、ファンドに売り飛ばされる老舗旅館の経営者に宇崎竜童。
宇崎竜童の息子に(松田優作の長男)松田龍平。
バブルっぽい玩具メーカの社長に富士真奈美など。

このドラマはドラマには違いないが、ほぼノンフィクション。
金融の内情を知らない方々には、こんなことあり得るはずがないという内容だが、
長年金融業界にいた者にとっては、鳥肌が立つくらい現実感がある。

弱者切捨て、弱肉強食の時代が明確になってきた。
何でありのハゲタカは、ある種「時代の鏡」なのである。

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