欧州統合通貨ユーロの10年

1997年1月、青柳事務所は株式立としてスタートした。
それと同時にスタートしたのが欧州統合通貨ユーロであった。
当然ながら偶然の符合だが、以来10年、ユーロの快進撃を見るにつけ、
ある種の運命的なものを感じでいる。

自分はここ10年、幾多の著作の中で、一貫して「ユーロの優位性」を取り上げてきた。
米国式資本主義経済が行き詰まり、中国・華僑経済が台頭すると予想する中で、
世界の大国・英仏独が集うユーロに絶大な信頼が出ると感じたからである。
戦国の武将・毛利元就の”三本の矢”の発想である。

ユーロはここ10年、国際通貨としての立場を強め、
世界の債券市場では2005年以来、ユーロ建て債の発行残高がドル建て債を上回っている。
米ドル本位の国際通貨システムを、第二次大戦後初めて塗り替えようとする勢いである。

ユーロがスタートした当時、ユーロの評判は良くなかった。
曰く、「寄せ集めに何ができる」
「欧州を旅行しても、元気なく、景気が悪そう」。

日本唯一の金融誌の日経新聞も、良いことはできるだけ小さく、
悪いことは大々的に取り上げるスタンスに終始した。
米国資本主義が日本の情報統制していると思わせるに十分な状況だった。

欧州統合の発想は、米中を標的にした百年単位での思想であった。
欧州統合の枠組みが決められたのは1957年3月のローマ条約の調印に端を発する。
同条約をベースに、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)、欧州共同体(EEC)、
欧州原子力共同体(ユーラトム)が創設される。

以来50年、欧州連合(EU)は深化と拡大を続けてきた。
ではEUは何故深化と拡大を遂げ、世界経済に大きな影響力を持つようになってきたのだろうか。

まず第一に東西冷戦の終結が上げられる。
米ソ緊張の舞台となった冷戦末期の欧州は、米の核ミサイルの配備と反核運動が高まる中、
「ユーロ・ペシミズム(悲観主義)」が蔓延したが、冷戦終結がEUを一気に蘇らせる結果となった。
欧州統合通貨・ユーロの創設は、東西ドイツ統合の代償としてコール独首相が受け容れたものだった。

第二に冷戦後の世界の多極化が上げられる。
グローバル経済化のもとで、中国・インドの台頭が目覚しい。
その一方で、イラク戦争を巡る混迷で、ブッシュ米大統領は孤立、超大国の威信は傷つき、
EUの存在感が相対的に高まっていった。

第三に、世界がソフトパワーを競う中で、文化・外交・構想力・提案力など、EUの強みが現れ始めた。
ソフトパワーの源泉は伝統文化ではあるが、その伝統文化を大事にすると同時に、
変革への政治的意志が強く、欧州統合は「変らないために変る」ことをテーマに、
欧州統合の組織が磨き上げられてきた。

翻って、日本の通貨・円はどうか。
「世界最大の債権国の通貨」「アジアの盟主たらん」と標榜してきた円は、
ユーロの「ローマは一日にして成らず」の精神を学ぶべきだった。
最終的に円は、結局は極東アジアのドメスティックな通貨にしか過ぎず、
ユーロあるいは米ドルに取って代わられる運命にあるようである。

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