高校野球の経済学 その(3)

5月3日、日本高校野球連盟(以下高野連)は、
日本学生野球憲章に違反するスポーツ特待制度実態調査の最終結果を発表した。
憲章違反の申告は(高知を除く)46都道府県で計376校、
制度の適用を受けていた部員は7,971人となった。

日本学生野球憲章とは、高校、大学の野球活動に対する基本理念。
その経緯を辿ってみれば、学生野球は戦前、人気の高まりにつれ強豪校による選手の引き抜きが
相次いだ。
これを制限するために1932年、当時の文部省が野球統制令を制定した。

戦後になって学生野球界は、再出発にあたり野球統制令の廃止を働きかけ、これに代わるものとして
学生野球基準要項を作成、1950年1月の改正で現在の名称となった。

スポーツ特待制度を禁止する項目は第13条第1項で、
「選手または部員はいかなる名義によるものであっても、部員であることを理由に、学費、
生活費その他の金品を受け取ることができない」と定めている。

あらゆるスポーツ・イベントの中で、全試合が地上波放送で全国中継される大会は、
春・夏の高校野球しかない。
突出した報道量は新聞もしかりである。
野球部の広告媒体としての価値を、少子化対策を迫られる私学が見逃すはずはない。
甲子園に出場して校名を上げる競争が激化するのは自然の成り行きである。

高野連は、特待制度を野球留学の温床と指弾したが、高野連も甲子園大会等の収入で
潤沢な資金を享受できたのも事実。
90年代には預金額が15億円に達したこともあったという。
一芸尊重の時代になり、野球憲章が有名無実化する中で、“大人の利益優先の世界”があったのも
紛れもない事実である。

一方で利益を享受する高野連が、メディア・スポーツの最たるものである高校野球を
アマチュア精神の最後の牙城と主張するのは、どう考えても辻褄が合わない。
あらゆる競技スポーツがアマとプロの境目がなくなっている状況下で、一方で利益を保持しつつ、
“聖なる価値”を主張している。

ただ一歩譲って、高野連の危機感はある程度は理解できる。
野球少年を全国の分配するブローカー的な存在があり、その受け皿に特待制度がなっているので
あれば、何等かの対抗策を講じなければならない。

しかし一方で、競技によっては特待生どころか、高額なCM出演料を受け取る高校生がいる。
またサッカーでは、高校生プロが活躍する時代である。
こうした先進的な時代に、プロとの接触すら禁じる高野連は、時代に逆行するアナログ頑迷集団と
見えてくる。

MLBで活躍するイチロー、松井、松坂らが示す通り、高校野球は今や優れた選手育成機関に
なっている。
世界に誇る日本野球の一翼を担う「顔」でもある。
日本版ビッグバンと同様に、既存のシステムを叩き壊し、根幹から出直す時期のようである。


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