2007年06月27日

「駅前留学」という名のベンチャービジネス

英語を始めて45年超、幾多の海外出張や翻訳本の出版を経て、
まことに恥ずかしい話だが、
『「英会話は中学の教科書を完全にマスターすれば十分である」という伝承が正しい』
ということがようやくにして解り始めた。

「人間の頭脳には容量があり、新しいことを詰め込んだら、詰め込んだ分だけ直ぐに出て行く」、
言葉を変えれば、「人間とは忘れ去る能力を持った動物」である。
これを英語および英会話に当てはめてみると、
『根幹の基本』が習得できていないのに、新しい言い方や単語に数多く当たっても、
新たな事象を覚え込もうとした時点で、前に覚えた単語や言い回しを忘れ去ることになる。

そうした根幹のメカニズムを理解しないまま、
英会話という、グローバルな時代にマッチした“習い事”が日本では盛んである。
また語学留学という名目の、短期海外旅行も盛んである。
ただ「STAY=長期滞在=本格留学」と「VISIT=短期訪問」の違いが理解できれば、
この語学留学という便法がいかに馬鹿馬鹿しいものかがわかるはずだが...。

こうした語学留学ブームを背景に、
「駅前留学+NOVAうさぎ」をキャッチフレーズに急成長した英会話学校最大手のNOVAに対し
経済産業省は、6月13日、特定商取引法違反を重ねていたとして、
一部業務について業務停止命令を出すに至った。

NOVAを巡っては、途中解約に応じていない点について、
日本各地で受講料返還訴訟が起こされている。
国民生活センターによると、外国語・会話教室に関する相談件数は06年までの6年間で約19,000件。
そのうちNOVAに関するものが5,200件となっている。

経済産業省の調査によると、
06年の市場規模は前年度比0.8%減の1,261億円で3年連続のマイナス。
外国語学校市場は03年度の1,296億円をピークに減少が続いている。
ただ一方で、受講者数は増加。06年度は5.4%増の937万人で、03年度比14.8%増。

受講者が増えているのに市場が縮小している原因は料金競争の激化にある。
各社は幼児や高齢者を顧客として取り込みつつあるが、
自己投資を惜しまない十代後半から二十代の主力顧客層が少子化で目減りし、
NOVAを筆頭に激しい料金競争が展開されている。

全国に900以上の拠点を置き、41万人以上の受講者を抱えるNOVAは、
受講者にあらかじめ「ポイント」と呼ばれる受講権利を購入させ、
その権利に数量割引を適用、大量購入すれば1回のレッスン料が2千円以下になると説明、
受講者を集めてきた。

05年度の外国語学校市場でのNOVAの売上高シェアは47.0%。
2位のイーオン(岡山市)の12.6%、三位のジオス(東京・品川)の9.6%を大きく引き離している。

人間の頭脳システムを理解した上で、(基本のできていない)受講者に、
永遠に英会話という“習い事”を続けさせようとしたNOVAの猿橋望社長は、
確かにベンチャー事業の成功者には違いなかった。

しかし介護事業のコムスンと同様、根幹の“何か”を無視した戦略なき拡大路線は、
時と同じくして暗礁に乗り上げることになった。
ベンチャーという拝金主義の思想と、社会に貢献するという高大な思想の微妙な境界は、
簡単に交わることはないようである。

2007年06月18日

福祉事業とベンチャービジネス

自分の住まいから徒歩2分の場所に10階建ての高級介護マンションが存在する。
その分野では都内有数の有名なマンションらしい。
近所のご老人に拠れば、入居するだけで5千万円は下らないと言う。

入居人の隅田川沿いの散歩にも相応の年齢のベテランらしき介護士が付き添い、
またリクレーション(運動)スペースがガラス張りになっている関係から、
日々どういった“訓練”がなされているかが一目瞭然。
レベルは高く、その金額には納得させられる。

こうした状況を目の当たりにして、これからの高齢化社会において、
「完全看護には相当のカネが必要である」という点について、身につまされる思いをしている。
健康だ、頑強だと言いつつ、強いタバコをスパスパ、ストレートに近いウィスキーをカブカブ
やっているうちが華なのかもしれない。

ここにきてグッドウィルグループのコムスンの介護報酬の不正請求が大きな社会問題となっている。
コムスンは介護事業所の指定を取り消しされるに至った。
不正が横行する中、一罰百戒が狙いだった厚生労働省だったが、
業界全体に対する見直しにまで至っている。
スタートから7年を経た介護保険制度は大きな転換期に差し掛かっている。

全国八ヶ所で確認されたコムスンの不正の手口は、
事業所指定を申請する際、実際には雇用していない職員や、
別の場所で勤務している職員の雇用実態があるように装い、書類に記載するものだった。
不正請求金額は4億円とされている。

介護保険制度がスタートしたのは00年4月。
厚労省は将来拡大すると予想される介護人口を念頭に、事業者を可能な限り増やすことを
第一目標にしてきた。
コムスンもそのひとつで、約2,800の事業所を擁し、業界トップにあった。

一方、介護保健法では、一度指定を受けた事業者の指定を取り消すことは難しく、監督権限は薄弱。「悪いことはしないだろう」という性善説に立っていたため、法令遵守の姿勢が事業者側に
広がらなかった経緯がある。

グッドウィルの折口雅博会長兼最高経営責任者(CEO)は、90年代前半、
ディスコのジュリアナ東京やヴェルファーレを手掛けたベンチャーの旗頭。
グッドウィルとしての創業は1995年。
事業内容はイベント会場設備等の“軽作業”の請け負いで、“すき間の人材サビース”業として
成長してきたコムスンの介護事業に対して危ぶむ声も多かった。

昨今の日本では、「官から民」へと事業譲渡が進んでいる。
官に任せるとダラダラと時間がかかり過ぎるからである。
しかし短期間に利益を得ようとするベンチャービジネスと福祉事業は、その性格を考えれば
両極端に位置すると考えられる。

コムスン方式の
「ヘルパーという名の営業マンを老人のもとに送り込み、いろいろなサービスやモノを売りつける」
スタンスでは先が知れていた。
今回の問題は、今後の高齢化社会に重大な問題を提起することになった。
高齢化社会を目前に余りに深い問題である。簡単に解決しそうにない。

2007年06月12日

東京海洋大学"海王祭"

現在の住まいする場所から徒歩3分、隅田川にかかる相生橋を渡ると、東京海洋大学がある。
平成15年10月1日、東京水産大学と合併、東京海洋大学となったが、
元々は東京商船大学という、明治時代以来、日本の海の男を輩出してきた名門大学。
ランドマークはキャンパスに鎮座する明治丸という三本柱の帆船。

東京商船大学の前身は、明治8年(1975年)11月創立の私立三菱商船学校。
明治15年(1882年)4月に官立となり、東京商船学校と改称されている。
以来、125年、営々と世界の海に”(日本の)海の男”を送り出してきた。

海洋大学の最寄駅は地下鉄・門前仲町or月島。そして京葉線・越中島。
しかし、全く何もない越中島駅近辺はともかくとして
門前仲町(通称:門仲)の飲み屋街にも、月島のもんじゃ街にも、サッパリ学生らしき姿が見えない。
わざと目立たない格好をしているのか、はたまた寮に閉じこもって出てこないのか。
そしておかしなことに、海洋大学の正門前を通っても人影がサッパリ見えない。

そうした中で(必然的に)、隅田川を挟んで対面から、海洋大学”海への通用門”を注目することになる。
こうして、時折ではあるものの、カッターボートに乗った若者が墨田川に乗り出す英姿に出会うことに。
青い水面に白いボート、そして全員がお揃いの白い帽子。
さすがにカッコよい。まさに海の男の風情である。

中央区佃に住まいして10余年。
今年の6月3日(日)、その海洋大学の海王祭なる学園祭に初めて行った。
意識的ではなく、全くの偶然である。
門仲に買い物に行く途中、海洋大学の正門前に”海王祭”というデカイ看板を見たからである。

何気にキャンパスに入ってみて驚いた。
ほぼ全員が”青いつなぎ”の作業服姿である。
そして更に驚いたことに、”女子学生もいた”のである。

三本柱の帆船・明治丸前広場を中心として、模擬店も多数出ているテーマパークは新鮮だった。
いろいろな大学の学園祭に行った経験があるが、「”何かいいこと”ないか」という、
特有のガツガツ感がない。
(若い女性特有の、不似合いで無理矢理の)ケバくてエロい風景は皆無。
ほぼ全員が青いつなぎの作業服で、これ見よがしのミニスカも、化粧の匂いもしない。
あるのは、初夏の強烈な太陽に晒された新緑の芝生と、その芝生が発する独特の匂いだけ。
なるほど、これが東京海洋大学か...

ランドマークの明治丸にも乗船してみた。
明治天皇も乗船され、世界の海を走破してきた輝ける歴史を持つ明治丸。
長さ225フィート(68.6メートル)、幅30フィート(9.1メートル)、深さは22.6フィート(6.9メートル)。
見かけは小さく見えるものの、実際に乗船してみるとかなりなものではある。
そこには、世界を股に駆けてきた”日本の海の男の匂い”が充満していた。

明治丸の入口にいた、案内係の(えなりかずきに似た)おニイちゃんが秀逸だった。
おずおずと案内書をくれ、多少恥ずかしげに、「ごゆっくりどうぞ」とのたもうた。
いまどきの若者らしくない。
その”らしくないところ”に好感が持て、海洋大学が益々好きになった。

こうして偶然にも「東京海洋大学キャンパス探検の時間」を持つことになったが、
一般世間から隔離された”不思議な空間”のような気がした。
高校2年時、本気になって東京商船大学を受験しようとした、若かりし頃の自分を見た気がした。
この激動の時代に、海と共にユッタリ生きようとする若者がいることに、何か安心した時間だった。

「長引く円の独歩安」に関する考察

1997年5月の「新外国為替管理法の成立」を発端とする、
日本版ビッグバン(金融大改革)が始まってから10年経過した。

改革の根本目標は明確だった。
東京金融市場を、市場原理が働く自由市場(フリー)、透明で信頼できる市場(フェア)、
国際的で時代を先取りする市場(グローバル)にする。
確かに掛け声だけは新時代にマッチしていた。

とりあえずの目標としては2001年に東京をニューヨーク、ロンドン市場並みにすることだった。
諸般のマスコミもこぞって同調、大々的に喧宣した。
「世界の債権国・日本の立場は揺るぎない」とのスタンスは明確だった。

ところが欧米に追いつくどころか、年毎に差は広がっている。
確かにここ10年で、「自由な市場の考え方に基づく制度作り」は進んだ。
株式売買手数料を自由化し、銀行の窓販も解禁、金融商品への時価会計の導入も進んだ。

ただここ10年の動きで明確だったのは、日本の金融機関が従来からの考え方から脱し切れず、
世界の金融市場の動きに追随して、時代を先取りする気概に欠けていた点である。
日本の銀行は海外においても日本企業との取引に力を入れ、
急成長する外国企業との取引はリスクが高いと慎重だった。
デリバティブ(金融派生商品)など、IT時代に即した先進的な取引についても同じ論理の展開だった。

かくして、上場企業の時価総額で東京証券取引所は他のアジアの取引所合計に抜かれた。
進出している外国金融機関数においても、銀行は東京の69に対して、シンガポールは103。
外国証券もシンガポールの方が上。
アジア金融センターの地位は、名目的にも実質的にもシンガポールに奪われている。

こうした環境下で、日本はグローバルな経済とマネーの流れの“蚊帳の外”になりつつある。
それに伴なって円は、世界の主要通貨の地位から脱落する格好となっている。

20世紀をリードしてきた盟主・ドルは、主要通貨に対する貿易加重平均で最安値圏にある。
背景には、
米経済減速という循環要因と共に「世界第二から世界最強の地位」を窺うユーロの存在がある。
その最安値圏のドルに対しても後塵を拝しているのが円である。

対ドルでは122円台、対ユーロでは164円台に下落している。
(物価を加味した実質での)円の貿易加重平均は、
円高への為替調整で日米欧が合意した1985年のプラザ合意以前の水準となっている。

確かに円の独歩安は、日本の輸出企業の企業収益を押上げ景気を下支えしている。
しかし長い目で見れば、海外諸国との成長力格差という日本経済のもろさを映し、
アジア経済安定化のカギを握る主役も、日本から中国に移っている。

好むと好まざるとに関らず、
日本の金融行政が「新しいマネー経済に慎重な姿勢を根本から改める」スタンスにならない限り、
日本は国際競争には勝てない。

現状の予想以上に長引く円の独歩安の背景には、そうした重要な課題が見え隠れするのである。

2007年06月04日

現代住宅ローン考

現在住まいしている中央区・佃界隈は、大江戸線開通以降、高層マンションラッシュになっている。
最近では豊洲エリアも建設ラッシュになっているらしいが、この界隈も、車で銀座に5分、
東京駅に10分と、この上なく便利である。

ところが、そうした高層マンションは、完売御礼のデカイ看板とは裏腹に、半分も売れていない。
何故分かるかと言えば、夜間になっても明かりがつかないからである。
この界隈のマンションは、1F~5Fの低層階と最上階から売れ始める。
中間階は全くといっていいほど売れていない。

理由は簡単である。
低層階は値段が安く、最上階レベルは値段は高いが見晴らしが絶景だからである。
結論的に言えば、うたい文句とは裏腹に、若いサラリーマンが住める場所ではないのである。

ところで、日本の住宅の耐用年数は一般的には20年と言われている。
私はここ10年、
「耐久年収を超える年数の住宅ローンを組ませる日本の住宅ローン・システムは不合理である」
との論理を展開してきた。

最長35年という年数は、
「25歳にローンを借入れ、60歳定年で返済し終える」という、一見合理的なシステムに見える。
ただ現在の社会システムの中で、35年という長期にわたって安定的な職場を保持し、
かつ安定的な収入を得られる保証はない。
また20年という耐久年数を超えれば、建て替えの必要性も出てくる。

こうした究極の欠陥がある中で、何が何でも売らんとする営業スタイルの建築会社と、
長期的な安定した収入源と捉える金融機関の思惑がマッチして、
日本の住宅ローン残高は18兆円に積み上がっている。

その住宅ローン市場で、住宅メーカーやノンバンクを設立母体とする
住宅ローン専門会社(モーゲージバンク)がシェアを大きく伸ばしている。
背景にあるのは「フラット35」と呼ばれる新規の貸付制度である。

簡単に説明すると、「フラット35」とは公的機関である住宅金融支援機構(旧住宅金融公庫)が、
民間金融機関等と提携・販売する最長35年の固定金利型住宅ローン。
“フラット”とは全期間固定で金利が「平ら」になるという意味。
融資は民間側が行なうが、支援機構が債権を買い取って証券化し、機関投資家に販売する。

この「フラット35」の取扱が開始された04年度の終りあたりから、住宅ローン専門会社が相次いで
設立され、現在は21社。
06年度の専門会社の「フラット35」の取扱シェアは都市銀行の28.5%、第二地方銀行の15.8%を
大きく上回る46.9%となっている。

住宅専門会社が躍進しているのは、ローン金利が低いため。
銀行を含めた「フラット35」の2007年5月の平均金利は年3.028%。
専門会社だけを見ると平均金利は2.832%。
また購入時に支払う手数料も融資額の1~2%と、銀行よりも平均で0.5%ほど低い。

一方、大手銀行や地方銀行の多くは「フラット35」に頼らず、独自に長期固定の住宅ローンを
販売し始めており、公的機関の役割は縮小しつつある。
それでも一部の地銀や、中小金融機関にとってこの提携ローンは、依然として魅力的な金融商品と
なっている。

IT時代の進捗もあり、支援機構側では利便性を高めれば利用者のすそ野が広がるとの、楽観的な
見方をしている。
積水ハウスや大和ハウスなどの大手住宅メーカーは営業社員が住宅ローンの取り次ぎを兼ね、
楽天グループの楽天モーゲージなどは、申し込み窓口をインターネットに限定して事務経費を抑え、
金利を低く設定している。

こう考えれば、金融グローバル化に沿った住宅ローン新時代が到来しているようにも見える。
しかし日本の住宅ローンの背景には、「耐久年数を超えるローン年数」という“最大のリスク”を
始めとして、雇用問題など、諸般の問題はサッパリ解決されていないのである。

日本の格差社会が言われて久しい。
高層マンションが立ち並ぶ佃地区は、ある意味、そうした日本を象徴するエリアなのかもしれない。

2007年06月03日

祝早稲田優勝

3日の早慶戦で早稲田が勝利し、4日の早慶3回戦を待たずに早稲田の優勝が決まった。
39回目の優勝である。
昨日の1回戦で敗北し、10戦全勝の偉業はならなかったが、とにかくヤレヤレである。

大方の予想通り、1年生の斉藤祐樹が先発、5回までは完全に押さえ込んだ。
ただ6回には、慶応4年生を中心にした執念のヒットが続き、4点をとられ、
5回まで8点をとった早稲田の楽勝ムードが吹き飛び、緊迫したゲームとなった。

結局は9対5で早稲田の勝利、優勝決定となったが、
1年生に手玉にとられてなるものかと、慶応の4年生組の執念が凄かった。
さすがの伝統校・慶応である。
久し振りに日本の学生野球の醍醐味を味わった。

3日の神宮球場は36,000人超の満員御礼状態。
ああいった人の溢れかえる満杯の神宮を見るのは何年振りだろう。
ヤクルトが学生野球のメッカたる神宮を本拠地にして以来、何か腑に落ちないまま、
神宮にはスッカリご無沙汰している。

テレビで熱戦を観戦していたが、初めて神宮球場にいった日々を思い出していた。
梅雨直前の今の季節、神宮外苑は緑がキレイである。
そうした神宮の緑と、早稲田「都の西北」「紺碧の空」や、慶応「陸の王者」が繰り返される空間には、
数十年という時間の流れが止まっているようにも思える。
誠にお恥ずかしい話だが、早稲田大学校歌「都の西北」、代表応援歌「紺碧の空」を完全に覚えた
のは早慶戦だった。

それにしても祐ちゃんフィーバは凄い。(斉藤祐樹の宣言通り)神宮球場を満員にしてしまった。
今年からの早稲田は、20年に1回の黄金時代を迎える気配である。
斉藤祐樹だけでなく、横浜桐蔭・原、今治西・宇高など、甲子園のスター揃い踏み。

それにしても(と、連発せざるを得ないが)今の選手、とにかく体格がいい。
180センチ超は当たり前の世界となっている。
そして(関係ないかもしれないが)チアリーダーの女性軍がウツクシ過ぎる。
あんなキレイな女の子、昔のワセダにいたっけな?
日本のプロ野球が”いまサン”の状況の中、いろんな意味でほんと楽しみである。

古来から(!?)早稲田の本拠地と称されてきた、新宿・歌舞伎町の今日は果たしてどうだろうか?
コマ劇周辺で一升瓶を廻し飲みし、一気に泥酔し、噴水に飛び込んだりしたものだが、
今の学生(=若者)はホント醒めてるから...
たかが六大学リーグ戦、優勝したからって、バンザイ、バンザイも空しいってか...

とにもかくにもワセダ優勝はめでたい。
6月中に予定されている全日本学生野球選手権でも頑張ってもらわねば...


2007年06月02日

追悼

末弟が急死して約2ヶ月。
葬儀、法事等、アッという間に時間が過ぎていった。
5月の黄金週間を挟んで、毎週のように実家に帰っていた。
東京・富山間を、通常の1年分以上往復をした勘定になる。

末弟は骨になり、先祖や親父の庇護の中にいる。
この世に残された写真はいつもにこやかに笑っている。
あの世とやらで、如才なくやっているのだろうか...

ここにきて有名人の死が相次いでいる。
松岡利勝農相が自殺した。
相変わらず「政治とカネ」が問題になった。
政治にはカネが絡む。何故なら選挙にカネがかかるからである。
キレイごとではない。出ていったカネは回収しなければならない。
そこに政治と利権が絡む土壌ができる。永遠不滅のテーマではある。

エリートでない土着の政治家は虚勢を張る。
その(本来の姿でない)虚勢を張ることによって顔が変わっていく。
松岡農相は見るからにヒール(悪役)顔だった。
しかし二千数百万円と言われる光熱費問題が遡上に上がって以降、徐々に怖さが消えていった。
「法的に適切に処理しています」と繰り返す答弁も、次第に弱々しくなっていった。

松岡農相亡き後、35年来の仲間ということで、新党大地・鈴木宗男議員がマスコミに頻繁に登場した。
鈴木議員の発言全体に奇妙なやさしさとそして説得力があった。
最近の鈴木議員の容貌や話し方に、新党大地の盟友・松山千春の歌のイメージがダブって見える。
考え過ぎとは思うが...

そして同じ28日、ZARDのボーカル、坂井泉水さんの転落死が伝えられた。
昨年6月から子宮頸がんで入退院を繰り返し、肺に転移していたことが明らかとなった。
40歳という年齢も初めて知った。
新宿・慶応病院の避難用スロープ・1階踊り場から約3メートル転落したことになっている。
マスコミではすわ自殺かと騒いでいる...
そんなのはもうどうでもよいのではないか...

1991年にZARDとしてデビュー、93年の「負けないで」でブレークしたのは周知の通り。
「揺れる想い」など、ミリオンセラー多数。
メディアの露出を極端に控えることで、”謎の美女”として関心を高めていった。
その後、89年に本名(蒲池幸子)でデビューし、レースクィーンなどをしていたことが発覚、
当時のグラビアやテレカが高値で取引されたこともあった。

彼女独特の澄み切った高音は、聞く者に癒しを与える。
酔っては彼女の持ち歌を歌った。不思議に元気が出た。
「負けないで」は発表から14年が経過した今でも、人生の応援歌として愛され続けている。

ZARDの坂井泉水は、素顔を一切隠して人生の幕を引いた格好となった。
「幻の歌手」と呼ばれた彼女らしい、ミステリアスな生き方・死に方には違いなかった。

末弟の死後、頑張ろうとする自分と、何かスッキリしていない自分がいる。
これまで以上に「人間の死の意味」について考えるようになっている。
多分こうした経緯の中で、人は深く練られ、老成していくのだとは思う...

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