2007年10月30日

ブラックマンデーから20年

1987年10月19日。
その日のNY株式市場は、IBMやGM等の主力株に売り注文が殺到、
ダウ工業30種平均(NYダウ)は前日比508㌦安(21.6%)の大幅安となった。
下落率は大恐慌の最中に記録した1929年10月28日の12.8%を超え、過去最大となった。

(後に財務長官になる)ブレディ氏が率いる大統領調査特別委員会が88年1月にまとめた報告書は、
多少の相場材料があったにせよ、特別な大きな要因がないままこうした歴史的な株価暴落に至った
主犯に、「コンピュータを使ったプログラム取引」を挙げた。

ブラックマンデーと名付けられた1987年10月19日は、
「株価が下落すると(プログラムが)自動的に損失限定目的の売りを出すため、
「下げが下げを呼ぶスパイラルな事態になった歴史上最初の日」であったことになる。

確かに「ある日突然株価の急落が始り、コンピュータ取引を通じ世界の株式市場に連鎖する」
事態は、世界が初めて体験した現象には違いなく、
「1930年代の大恐慌を招いた1929年の株価暴落の再来になる」とし、
「コンピュターを中心とした混乱の時代の始まり」と考えたのだった。

1980年代末の米国では貯蓄金融機関(S&L)危機なども起き、
米株式市場がブラックマンデー前の水準を回復するには約2年を要した。
IT(情報技術)よる生産性改善が、息の長い景気拡大と株高を支える「黄金の90年代」前夜だった。

そのブラックマンデーからちょうど20年。
今度は(満を持したように)米国の信用力の低い個人向け融資(サブプライムローン)問題に
端を発し、世界市場に混乱が起きている。
但し、2007年8月から突然表面化した混乱は、
20年前のブラックマンデーよりも実体経済に深刻に影響を及ぼす可能性がある。

20年前当時は株式市場だけの混乱だったが、
今回は銀行システムの弱体化を伴なう可能性があるからである。
大きな問題は、
「銀行を中心とした金融機関が、リスクの所在を十分に理解しないまま、証券化商品や
金融派生商品を抱え込んだ」ことにある。

サブプライムを組み込んだ金融商品が、
世界各国にどの程度広がっているかが誰にも掴めていない中で、
ファンドや個人を始めとして市場参加者がのすそ野が一気に広がった現在、
金融当局が市場介入等で混乱完全に押え込むことは不可能になっている。

今から20年前、金融機関がディーリングルームと呼び、飛行機のコックピット(操縦室)にも似た、
最新設備を要した“要塞”と自画自賛した空間は、もはや要塞ではない。
IT時代の進捗で、各家庭にも(持とうと思えばいとも簡単に)かってのディーリングルームの諸設備を
装置できる時代だからである。

今回のサブプライム問題は、G7各国の金融当局によって無理矢理押え込まれるとは思う。
しかし「金融機関の転換期」という大きな潮流は、押え込むのは無理なようである。

2007年10月27日

ヤンキース・トーリー監督の退任と松井秀喜

ボストン・レッドソックスとアリゾナ・ロッキーズのワールドシリーズが佳境である。
WBCに敗れた米国が、
自国の勝者を決定する戦いをワールド・シリーズと呼ぶのは確かにおかしいが、
とりあえずは、「米国流ベースボールの世界最高峰の勝負の場」には違いない。

そして、松坂+岡島VS松井稼頭央(リトルマツイ)の対決が日本でも注目されている。
しかし、である。実は自分はこの対決を冷めて見ている。
理由は簡単である。ゴジラ・松井の姿がないからである。

両膝を痛めた後半戦、特に9月の公式戦やポストシーズンの松井は精彩がなかった。
精彩がないというより、痛々しかった。
そうだ松井は33歳になるんだと、星稜高校時代から松井を知る自分が、初めて松井秀喜の
年齢を考えた。
そうだった。松井は鉄人でも、不死鳥でもないのである。年相応にガタが来る...

チャンスに打てない松井を見て、何かガッカリした。そして疲れた。
自分が監督なら、多分、松井はスタメンから外したという場面が多かった。
しかしトーリー監督は、マスコミの集中砲火に遭っても、これでもかと松井を使い続けた。

そのトーリー監督が18日、ヤンキースから退団すると発表した。
同監督は1996年に監督に就任。
12季連続でチームをプレーオフに導き、4回のワールドシリーズ優勝を達成した。
しかし2001年以降は頂点から遠ざかり、今季を含め3年連続でプレーオフの地区シリーズで敗退、
解任圧力が強まっていた。

同監督の手腕は、一般的に受け止められているイメージとは多少異なる。
ヤンキース以前に指揮したメッツ、ブレーブス、カージナルスを合わせた監督生活は計26年。
ヤンキース以外の14年で地区優勝したのは1982年のブレーブスの一度だけ。
メッツでは3度の最下位がある。
要は、「勝てる監督」or「戦略家の監督」ではなかったのである。

ただスタインブレナーという”狂犬のオーナー”が支配するヤンキースでは特異な手腕を発揮した。
カネにあかせて集めたキラ星のスター選手たちと、狂犬のオーナーの間に立ち、対話を通じて
非常にうまく扱った。その調整能力は他人にはできない”離れ業”だった。

松井も日本の球界を代表するスター選手には違いなかった。
松井自体も、そのトーリー監督の期待に応えようと、本来の長距離打者の本分を捨て、
チームバッティングに徹する中距離打者としての役割に終始した。

松井の不調とトーリー監督の退陣の符合は、MLBの厳しさを感じると共に、一抹の寂しさを
感じられずにはいられない。
来期の松井には名将・トーリー監督の後ろ盾はない。
従って、MLB特有の突然のトレードにも応じざるを得ないのである。

松井がヤンキースに入団して5年。
早朝4時あたりからの業務を終了し、毎朝8時頃から始まるヤンキース戦をおかずに、
いつも美味しい朝食を取らしてもらった。
来年からはそうした楽しみがなくなるかもしれない。
そう考えるだけで、何か寂しさが募るのである。

だから、現在のワールドシリーズの喧騒が、逆に癪にさわったりするのである。

2007年10月24日

進化する(?)銀座に関する考察

「あこがれの銀座...」だの「たそがれの銀座...」などと、
日本の代表的な繁華街として君臨してきた東京・銀座が、
「(フランク永井)有楽町で逢いましょう」の有楽町まで取り込んで、進化(?)し始めている。

ザッと時系列に新店舗のご案内。
9月1日、銀座二丁目に「マロニエゲート」開業。地上12階・地下1階建て。
核テナントはセレクトショップ大手の「ユナイテッドアローズ」。
これは従来の東急ハンズの銀座初出店で、天然成分を活用した化粧品類など、
女性向けに品揃えを充実。

9月14日、プランタン銀座が1983年の開業以来、最大規模の20億円をかけた大改装が完成。
キャリアウーマンををターゲットにバッグ売り場を充実させたほか、食品売り場を充実させた。

10月12日、有楽町2丁目(要は有楽町駅前)に複合商業施設「有楽町イトシア」が開業。
入居数は45店舗で、核テナントは「有楽町マルイ」。
「駅のソバのマルイ」が謳い文句のマルイも遂に銀座進出。280台収容の駐車場完備。

海外高級ブランド各社も、日本の秋に合せ、積極出店も目白押し。
11月7日、アルマーニは、銀座並木通り入口に、日本法人本社と店舗が入るビルを完成する予定。
「多様な国から訪れる人が行き交う銀座のエネルギーは非常に魅力的」だそう。

11月30日、イタリアの高級宝飾ブランド・ブルガリは
銀座2丁目に日本法人の本社機能を持つ世界最大店舗「ブルガリ銀座タワー」をオープン予定。
「グループ全体の売り上げの26%を占める日本市場の重要性を更にアピールできる」とのたまう。

都内では今年、東京ミッドタウン(港区)や新丸の内ビルディング(千代田区)などが誕生した。
周辺の再開発に背中を押されるように、老舗が集まる銀座も一気に様変わりの様相ではある。

銀座の目抜き通り(中央通り)の最大の特徴は、歩きタバコの罰金を取るご時世に、
50米間隔でデカイ灰皿が置いてある点。
最近は若い女性も歩きタバコをするご時世ではあるものの、
要は男性の皆様、愛煙家の皆様、どうぞ銀座にお出で下さいとの積極アピール。
だがここまで女性中心になっては、男性の足は遠のくばかり。

かくして世界に名高き東京・銀座は、4丁目の交差点を境に、東京駅側が女性用、
新橋駅側が“世界で最高に高い値段の酒”を出す(いわゆる夜のクラブ街の)男性用と、
完全に大別されるようになっきた。

自分の場合、夜はともかくとして、
昼の銀座に用があるのは、文具の伊東屋とPC関連小物のビッグカメラのみ。
男性用下着売り場を見つけ出すのが困難になった昼の銀座、
もはや90%以上が着飾った女性が闊歩する街と化した昼の銀座は、
とにかく男性には場違いの街になってしまった。

これも進化? と考えても致し方ないが、
とかく世の中は(財布を握る)女性を中心に回っていくのであります。

2007年10月16日

沢尻エリカ症候群(シンドローム)

女優orタレントの沢尻エリカを巡って騒動が起きている。
主演映画の舞台挨拶で、司会者を全くシカトする態度に出たことが発端。
その舞台挨拶をきっかけに、これまでの行状に対する不満が一気に出たという格好である。

しかし沢尻エリカってそんなに魅力的な女性なのか?
女性というより、”突っ張りの女子高生がそのまま、20歳を過ぎたオンナの子”といった風情(ふぜい)。

沢尻会とか言う、そのスジもどきの会を作り、勢力を強めてるとか何とか ...
よく理解できないが、女子高生は何事につけても群れたがり、
そしてその群れの中には他の介在を許さない仲間うちのルール(=仁義が)あるらしい。

確かに女子高生ひとりが歩いてもいても大したことはないが、
3人以上の集団で向かって来られると、それはそれで威力はある。
頭の悪いマイクロミニ軍団と解ってはいても、所構わずぶっ放すフェロモンは確かに威力あり、
とりあえずは無視はできない。
そうした環境の中で、群れた場合の威力を知った結果、群れるためのルールを作るといった
パターンになっている。

そういう、まだひよっこの、大人でもない、また子供でもない、
体だけが世の中に(=頭の悪いオトコに)対応できる年代が現在の沢尻時代であろう。
ただそうした時代は長くはないのである。
「花の命は短くて」というキレイなものではない。
「新鮮な野菜は直ぐに腐る」そして「出来の悪い野菜は腐りも早いが、加工(=料理)もできない」
という論理である。

現代のような情報化時代の中で、女性の成熟化も驚異的に進展し、
「オンナの子から女性になる=男性に対して臨戦態勢になる=子供を産める=生理になる」
のは大概が小学校4~5年と言われている。
そして怖いことに、「生理になった自分は立派なオンナ」と自覚しつつ、
「自分の出すフェロモンに大概の男性は注目する」と錯覚するのである。

そして、「自分は魅力的な女性である」がゆえに「遅くとも高校1年程度初体験を済まして当然」と
いう風潮が出来上がっている。
要は、高校1~2年から、22歳程度の5年間、日数にして300日×5年=1,500日が、
一連のマイクロミニ軍団の”第一次勝負時”となるのである。

従って、最近の高校時代にかけ妊娠→出産という早婚パターンは、この1,500日に
”オトコがひっかかった”場合となる。
要は、その時代の短絡的な組み合わせは、もとより”ヤル”ことしか考えていないから、
「ヤルことに飽きる→早々の離婚→子育て放棄」という最悪パターンにつながっていく。

そうした一番やりたい時に、やりたいことを我慢して、自分の進むべき道に研鑽するスタンスが
大事なのだが、大学全入の時代になり、受験勉強もせず、また目標もないまま、手近の人間と
本能的に交わってしまえば、結果的に「当然のような結果」しか残らない。

「電車の中で平気で化粧をする」「ワンピースの下に昔の人力車夫の股引みたいのを着る」
「後ろからみたら(=しゃがんだら)パンツ丸見えのジーンズを履く」...
こんなのがウツクシイと思っているのだろうか。
こうした一連のマイクロミニ軍団は、要は「男性のための格好をする」のではなく、
「群れと同じ格好をし、群れを納得させる」ことで納得しているようにも見える。

ただ哀しいかな、新鮮野菜は下から次々と生産されてくるのであります。
昨今のような新陳代謝が激しい時代においては、気がつけば単なる”オバさん”と呼ばれる時期が
アッという間に来るのであります。

「知的な美しい女性になって下さい」とは、口が裂けても申しません。
とりあえず「自分は今人生で一番良い時にいるのだ」ということを実感してください。
お解りにならないだろうから、識者に「番茶も出花」という意味を聞いて下さい。

沢尻エリカが騒がれるのもあと1年か2年。
今の様子だと、沢尻エリカの行く末は、”不機嫌なリンゴ”だか何かで、
昔のオトコを暴露しまくった石原真理子の二代目になるのは必至。

書いていて馬鹿馬鹿しくなってきました。これで止めます。

米シティの日興完全子会社を巡る大きな潮流

10月2日、米シティグループは、
傘下の日興コーディアルグループを完全子会社化すると発表した。
シティは日興の経営権を完全に掌握し、本体の東証上場も視野に、個人金融を核とした
対日戦略を加速させる。

子会社化のための手法は「日興株にシティ株を割り当てる株式交換方式」が採用される。
これは5月に外国企業に解禁された三角合併(国境をまたいだM&A(合併・買収)をする際、
合併や買収の対価として現金ではなく株式を使う手法)の事実上、初の事例となる。

シティは日興の個人顧客向けに、銀行業務を組み合わせたサービスの提供を検討している。
例えば日興がシティの銀行代理店になることで、日本の銀行で扱う預金商品や、
シティが開発した投資信託を日興の店舗でも販売できるようになる。

「貯蓄から投資へ」の大きな流れの中で、外資では英HSBCも日本の個人金融ビジネスに
本格参入する計画を発表している。
HSBCはご存知のように華僑資本である。
かくして現在の世界の根幹を牛耳る世界的な資本が入り乱れ、1,500兆円と言われる
日本の個人金融資産を巡る金融機関間の競争が、更に激化する流れになってきた。

今回のシティの日興の完全掌握も、華僑金融資本と鎬を削るユダヤ金融資本の、
10月1日に発足したゆうちょ銀行を含む日本の金融機関の、完全掌握に向けての第一歩と
考えることができる。

良い機会なので、ここから以降の米国金融資本(=ユダヤ金融資本)の戦略を想定してみる。
1997年から始まった第一次日本版ビッグバンは、90年代前半の
「住友商事銅先物損失事件」
「大和銀行NY支店債券先物差損事件」
に端を発しているのはご存知の通りである。

日本は、米国の借金(=米国債)の40%弱を保有している。
その大口顧客(=日本)の財務内容を明確にするために、手始めとして日本の大手銀行の
不良債権を明確化しようとしたのが97年から始まった(第一次)日本版金融ビッグバンだった。

日本の金融政策の“いい加減さ”に気付いた米国は、
「不良債権を抱え困窮した大口顧客である日本が米国債売却に走る」リスク回避に走り、
結果、ここ10年、日本の都市銀行は3行にまとめられ、
バブル時期に発生した大手銀行の不良債権は大方は片がついた。

日本の不明瞭なカネの流れを掴んだ米国(=ユダヤ金融資本)は、
(本丸である)第二次大戦後営々として“垂れ流された”財政投融資に係る不良債権の明確化に
着手する。
この財政投融資の大元の資金源が郵便局(=ゆうちょ銀行+かんぽ生命保険)だった。

そして、”魑魅魍魎で、腐れ切ってもはや崩壊寸前の日本の公的資金を巡るシステム”を、
完膚なきまで解明するため、
“遠くても確実な道”である「郵便局の民営化→外資化」戦略を選択する。
この一連流れの、外堀を埋める作業が「日興買収=シティの日本の本格進出」と見るのが
妥当だろう。

こうした一連の流れは、
確実な証拠も得られないまま、また明確な意志表示もされないまま、粛々と実行に移されている。
背後には日本政府さえ手出しが出来ないような、とてつもない大きな力が働いている。

今回のシティの一件は、今後の日本の金融界の行く末を暗示している。
かくして米国主導、引いてはユダヤ金融資本主導の第二次日本版金融ビッグバンにより、
好むと好まざると日本の金融界は、ユダヤ金融資本の完全支配下に入っていくのである。

こうしたマクロ的かつ遠大な戦略をベースに考えてみれば、
現在の日本の中小の金融界が標榜する”地域に密着した金融”などといったスタンスが
如何に陳腐なものかが分かるはずである。
それが現在の日本の金融界の現実の姿である。

2007年10月15日

ネス湖のネッシーの始動

10月1日、日本郵政株式会社(JP)が本格的に発足した。
JPは(Japan Post)の略称。
ロゴの仕様はJR、JT(日本たばこ)に続くor類似するものである。

特にその影響を心配されるのが「ゆうちょ銀行+かんぽ生命保険」。
ゆうちょ銀行の資金量は約180兆円、かんぽ生命保険の資金量が110兆円。
合計すれば約300兆円の資金が“野に放たれる”ことになる。

こうしたJP金融部門に関する論評は、「ゆうちょ銀行はネス湖のネッシー」。
その心は「誰も見たことはないが、実際に出現すれば巨大で飲み込まれかねない」。
あるいは次のような表現も。
「ゆうちょ銀行の参入はプールに突然クジラが飛び込んでくるようなもの」。
「泳ぐ場所を決めておかないと、皆が溺れてしまう」。

日本の銀行界は、97年から始まった日本版金融ビッグバンから10年を経て、
「三大銀行(東京三菱UFJ+三井住友+みずほ)+α」の世界に入っている。
そして、その「α」がゆうちょ銀行である。

その「α」に入ろうと、地方銀行が必死になっている。だがその可能性は限りなく小さくなっている。
20世紀後半から始まったIT社会および少子化社会の進捗は、
既存の中小の金融機関の存在価値を限りなく限定的なものにし始めている。

中小の金融機関の現在の謳い文句は、「地域社会に貢献する」とはなっている。
ただ驚異的なスピードで進歩するIT時代において、
「国と国or中央と地域の垣根」がなくなっているの現実。
そして銀行・証券・生損保の垣根がなくなってしまった現在、「銀行業単体で生き残る」こと自体が
無理になっている。

1945年の第二次世界大戦以降、日本の銀行は“守られた世界”の中で生きてきた。
全国津々浦々、与えられた条件が平等の中で、日本国の通貨だけを扱っていればよかった。
しかし日本国の通貨である円が国際戦略の遅れで弱体化し、「円が国際通貨である」とは
言えない状況となっている。

その上、世界に類希な日本の年金制度が完全に崩壊し、
「(日本的な)真面目に働くだけでは暮らせない時代」となり、
「(生活のための)投資を考えなければならない」時代となる中で、
中小の金融機関は投資という点(=相場)に関して、戦略研究は勿論、人材の育成を怠ってきた。

中小の銀行の生き残る道は極めて少ないと言わざるを得ない。
例えば“付け焼き刃”的に始めた投資信託について言えば、
「運用リスクはすべて客が負い、窓口はまず売った段階で手数料が得られ」、
「相場が上がっても下がっても毎年一定の手数料が入る」ような
“自分勝手で美味しい”システムが早々長続きするはずがない。

「銀行が扱う商品だから大丈夫」との認識は当の昔になくなっている。
確かにゆうちょ銀行も、三大銀行の狭間で苦戦は必至。
しかし130年にわたって築き上げた膨大なネットワークは伊達ではない。

残念ながら、いかに中小の銀行があがこうとも、ここ10年で中小の金融機関は自然淘汰に入る。
JPの本格始動は、実は「第二次金融ビッグバンの始りでもある」のである。

2007年10月08日

西銀座「現場」の話

西銀座の「現場」。
それって何の現場??交通事故の現場?それとも...
そう聞かれるのが普通と思う。
正解は「西銀座にある『現場』という名のバー」である。

な~んだと言うこと勿れ、
実はこれが70~80年代に大人気だったTBS「巨泉のクイズダービー」の問題にもなった。

問題は以下の通り。
報道記者間の会話で
「今どこにいる?」の問いに
「ハイ、現場です」の答の「現場」とは
「一体何で、どこにあるか?」ってのが問題。
今考えればヒジョ~に下らない問題ではありました。

その現場を経営していたのが今は亡き叔父。
1Fがカウンター席で、2Fがテブール席。
と言っても、満席になっても全部で20人が収容できたかどうかという程度。

叔父は(予想に違わず)根っからの大酒飲み。
酔った叔父が大学に入ったばかりの自分を”現場”に呼び出し、入学祝いだ、さぁ飲めと
出してくれたのがコークハイ。
説明するまでもないが、コークハイとはウィスキーとコーラをちゃんぽんした和製カクテル。
コーラの味も馴染んでいない時期、当時は高級酒だったサントリー・オールド(通称ダルマ)を
組み合わせた”カクテル”に、訳の分からないうちに酔っていた。
初体験のトラウマか、それ以来「サントリー系のウィスキー+炭酸水+レモン」を常用している。

幼な馴染みの健作と連れ立って、”自費で最初に行った銀座”も現場だった。
たまたま申し込んだNHKの”シャープさんフラットさん”という曲目の題名を当てる番組に、
当時は内幸町にあったスタジオで、健作と共に出演。
完全に上がってしまった自分は全くのダンマリだったが、音楽通の健作の活躍により、
2週連続の出演と相成った。
その時のギャラ、2週間分計で5千円だか7千円だかを握り締め、勇躍現場へと向かった。

ついでだからダメモトでと、番組アシスタントの、とってもキレイな女の子を誘ってはみたが、
ものの見事に空振り三振。
それはそれでご愛嬌。青春時代の貴重な思い出にはなっている。
今や地元の市役所で、ナンバースリーの地位にいる健作は、
酔っては必ずこの一連の「現場を巡る話」を披露する。

その現場も、当然ながら今はない。
叔父は、赤倉にロッジを建てるためにその現場を売却した。
銀座ソニービルの並び、銀座旭屋書店の真向かいにあった現場は今は空き地になっている。

いつの間にかとんでもない時間が流れ、ようやく”銀座の酒”も肌に沁みるようになってきた。
しかし時代は流れても、その時の現場の雰囲気を時々思い出す。

秋は酒が沁みる季節である。
時折、今は亡き親父と飲みたいと切実に思う時がある。
そして亡き叔父との秋の銀座も、やはり同様である。

日本の国技(と呼ばれる)相撲に対する考察

日本の国技、と呼ばれる相撲。
その相撲界が存亡の危機に陥っている。

しかしふと考える。何故日本の国技が相撲なのか?
国技を「国民が最も親しみ、競技人口の多いもの」と定義するなら、国技は野球だろう。

諸般の関係書に拠ると、相撲が「国技」と呼ばれるに至った経緯には大した根拠がない。
明治時代に新しい興行館を造る(旧両国国技館)際、
某作家が書いたお披露目文の文言から「国技館」と命名されたのが始まりである。

その後は昭和天皇の絶大な寵愛を受け、戦後のテレビ中継と共に人気を拡大、外交的な役割も
果たすようになって「日本の国技は相撲」との言い方が定着した。

その日本相撲協会は、転換期というより、存亡の危機に陥っている。
国技とは言いつつ、その競技人口は時代の流れと共に減少、
角界と呼ばれる相撲の世界に入る新弟子は若貴フィーバーに沸いた92年の200人台をピークに
減少の一途。06年は87人。
今年の事件の連続の影響下では、その数がもっと少なくなる気配である。

大きな問題は現在の”タコ部屋”に似た相撲部屋のシステムにあると思う。
要は幼少から個人の部屋を与えられ、幼くして”プライベート・ゾーン”を確保してきた若者が
4年も5年も、ひょっとしたら10年超もタコ部屋生活をするのかと思えば、
親にしても”相撲に行け”とは言えない状況になっている。

そして数百人に一人とか千人に一人とか言われる相撲の頂点、横綱になっても、
その身入り(=年収)はせいぜいが5億円。
サッカー、プロ野球、プロゴルフなどのメジャーなスポーツの世界が万人に門戸を開かれ、
年収数十億円を得る日本人アスリートも出現する時代となった結果、
”苦労多くして、チャンスの少ない”(ように見える)相撲の魅力は、少なくとも日本人の間には
消えてしまっている。

結果的に日本の通貨・円が相対的に優位な国、
例えばモンゴルとか旧東欧諸国から人材をスカウトせざるを得ない、という状況に陥っている。
そうしたチャンピオン=横綱=モンゴル人の構図の中で、果たして国技相撲という言い方を継続
するのが正しいのか否か。

今回の時津風部屋のリンチ殺人事件にしても、朝青龍事件にしても、時代の趨勢を無視した
角界独特の古い体質から起因しているに間違いないのである。
ただ世界的に通用するグローバルな考え方ができるほど、力士上がりの理事連中の頭は
訓練されてはいないし、能力もないように見える。

朝青龍にしても、”日本的なor日本人が考える横綱”の考え方を押し付けるのは無理である。
答は簡単、彼は「出稼ぎスタンスのモンゴル人」だからである。
日本の伝統を守ることは相撲の魅力のひとつである。
しかし世は移り変わる。
角界は、古い体質に根ざす閉鎖性を払拭すべく、好むと好まざると外部から強力な助っ人を
求めねばならないだろう。

吉葉山から始まって、栃錦・若乃花、大鵬・柏戸、千代の富士、若貴と推移してきた
自分の相撲に対する関心は、朝青龍の時代になって、プッツリ切れてしまっている。

NHKからの絶大な支援や、(なぜか)文部科学省の支配下で、
税制面でも優遇を受ける公益法人としての日本相撲協会の行く手には問題が山積している。
相撲界以外では生きられない”頭の悪い単なるデブの集団”のままでは、今後の存亡は危うい。

2007年10月02日

世界的な商品高に対する考察

8月から表面化した、米国のサブプライムローン(信用力の低い個人投資向け住宅融資)は
依然として世界の金融市場を揺さぶっている。

サブプライムローンの残高は約1兆3千億㌦。
円換算で約150兆円。
問題なのは金額の額だけでなく、サブプライムローンが様々な金融商品として加工され、
リスクの所在が見え難くなっている点である。

この8月、世界の投資家はまず安全な米国債に逃避を試みた。
しかし米国の利下げ観測からドルが下げ足を速めると、「ドルの代替通貨」としての金にシフト、
次いで投機性の強い原油などの実物資産に資金をシフトし始めた。
こうした実物資産への資金シフトの流れは小麦・大豆など穀物にも連鎖、
主要な商品は軒並み上昇基調にある。

一方、外国為替市場では、米の再利下げ機運が燻る中、
最大の受け皿となるユーロが最高値を更新、1.4㌦台に突入している。
そしてユーロが導入以来の高値となったことで、
原油や鉱物資源の算出国通貨の連れ高を醸成している。

こうした一連のドル安下で、原油の高騰からインフレに強い金が更に買われるという
スパイラル現象を起こしている。
NY金は750㌦台に迫り、原油は80㌦台に突入。

金に関しては、
買い手として常に登場している新興国は、ドル安による自国通貨高でドル建て価格の上昇分を
帳消しにしすることで、購買力を増大する構図になっている。
例えば、買い手として最大国のひとつであるインドの金需要は4~6月、前年同期比91%増の317㌧。

原油高の要因に関しては、
産油国である中東諸国やロシアの輸出入構造が問題視されている。
一連の国々は「ドル建てで輸出収入を得る」。
一方、「製品を輸入する場合は主として欧州からユーロ建てで購入する」。

こうしたねじれた通貨構造の下では、ドル安・ユーロ高は収入減と出費増を同時にもたらす。
結果的に「ドル安は産油国の高値姿勢を強める要因」となっている。
一連の状況を相場的に眺めてみれば「ドル安下では高値でも原油に対する需要は衰えない」。
そして「構造的にアンバランスな状態下には、投機資金が入り込む余地がある」ことになる。

ただ今回のような“チャートが機能しない”上昇局面では、
上昇の流れに買い追随するには大きなリスクがある。
膨大な投機資金でぶち上げた相場が、その大量な資金が引き上げられた場合、暴落になり易い。

余りにも“当たり前”の論理だが、世界の投機資金が行き場を失ってウロウロしている場合、
過去の経緯からは“逆張り”が有効である。
例えば、
「金は700㌦を中心にした売り上がり」、
「原油は75㌦超からの売り上がり」、
「ユーロは1.4000㌦台での売り上がり」など、
“相場の流れに逆らう”戦略で対応した方がよさそうである。

いつもながら相場は難しい。
今回の場合でも、当然ながら高値リスクを認識し、
逆張り手法の基本である「資金配分は慎重にしなければならない」が...


2007年10月01日

日本の首相の交代と金融市場

いよいよ今日から10月。福田新政権がスタートした。
「安定政権」or「緊急時の暫定政権」と言いつつ、国民の誰もがサプライズを期待していない。
それを知ってか知らずか、例の鉄仮面の福田康夫新首相のスタンスは、立派と言えば立派である。

8月12日、安倍首相が突然のタイミングで辞任した。
昨年9月、「美しい国日本」や「戦後レジウムからの脱却」を掲げ、
長期安定政権と目された安倍政権は、わずか1年足らずで幕を閉じた。

「戦後生まれの初の首相」として自民党総裁選に大差で圧勝した安倍首相の、
理想論に過ぎる一連の政策は、政界という厳しい政治闘争の場において全く空回りし、
安倍内閣は「お友達内閣」として呼ばれるしかないまま姿を消した。

安倍首相が首相に就任する以前から、
内臓を中心にした持病が頓着され、虚弱体質を危ぶむ声も多かった。
退陣の記者会見で「決断は早い方がよいと思った」と述べたが、
その決断が「なぜ参院選直後でなかったのか」という点については、
政治家ならずとも誰もが思う疑問だった。

ところで日本の首相が変る毎に金融市場の動向が頓着されるが、
過去も現在も、そして多分将来的にも、本質的な動きにはほとんど変化がない。
「日本が抱える問題に変化なく」
「日本の首相が変って変化するほど金融市場は単純でない」からである。

根幹の問題を羅列してみると
「景気は表面的には上昇軌道にあるが、日本経済には構造問題が横たわる」
「先進国最悪の財政赤字を抱えながら、少子高齢化に突入している」
「現在は年金改革・税財政計画・成長戦略の合わせ技が求められる時である」

上記の環境に照らし、金融に関する諸問題を上げてみると
「グローバルな金融・資本市場では、米国発のサブプライム問題を発端にする変調が続いている」
「改革路線の後退など政治リスクが高まれば、外国人投資家の日本売りを招き、市場の混乱を
増幅しかねない」。
残念ながら、日本の首相が誰になろうとも大きな流れを変えれるとは思えない。

今回の突然の安倍退陣は、相場用語で言う「Selling Climax」に近い状態にある。
従って、新首相が福田さんになろうが、麻生さんになろうが、日本はそれ以上の下落はし難い。
但し、急速な回復もままならない。要は膠着状態のままだろう。

日本は“長年かけて形成された膿”に病んでいる。
一連の諸問題が、政権交代で変るor変えれるなら、不必要にゴチャゴチャしないで、
小沢・民主に日本を任せるべく、衆院解散を早めてみたらどうだろう。

但し金融市場は、動くべくして動く方向へしか動いていかない。
極東の小さな島国に過ぎない日本の首相交代or政権交代の影響はその程度である。
政治家が目指す日本の権力の頂点・日本国首相の座は、実はそれほど”儚いもの”なのである。

カテゴリー

アーカイブ

最近のコメント