ブラックマンデーから20年

1987年10月19日。
その日のNY株式市場は、IBMやGM等の主力株に売り注文が殺到、
ダウ工業30種平均(NYダウ)は前日比508㌦安(21.6%)の大幅安となった。
下落率は大恐慌の最中に記録した1929年10月28日の12.8%を超え、過去最大となった。

(後に財務長官になる)ブレディ氏が率いる大統領調査特別委員会が88年1月にまとめた報告書は、
多少の相場材料があったにせよ、特別な大きな要因がないままこうした歴史的な株価暴落に至った
主犯に、「コンピュータを使ったプログラム取引」を挙げた。

ブラックマンデーと名付けられた1987年10月19日は、
「株価が下落すると(プログラムが)自動的に損失限定目的の売りを出すため、
「下げが下げを呼ぶスパイラルな事態になった歴史上最初の日」であったことになる。

確かに「ある日突然株価の急落が始り、コンピュータ取引を通じ世界の株式市場に連鎖する」
事態は、世界が初めて体験した現象には違いなく、
「1930年代の大恐慌を招いた1929年の株価暴落の再来になる」とし、
「コンピュターを中心とした混乱の時代の始まり」と考えたのだった。

1980年代末の米国では貯蓄金融機関(S&L)危機なども起き、
米株式市場がブラックマンデー前の水準を回復するには約2年を要した。
IT(情報技術)よる生産性改善が、息の長い景気拡大と株高を支える「黄金の90年代」前夜だった。

そのブラックマンデーからちょうど20年。
今度は(満を持したように)米国の信用力の低い個人向け融資(サブプライムローン)問題に
端を発し、世界市場に混乱が起きている。
但し、2007年8月から突然表面化した混乱は、
20年前のブラックマンデーよりも実体経済に深刻に影響を及ぼす可能性がある。

20年前当時は株式市場だけの混乱だったが、
今回は銀行システムの弱体化を伴なう可能性があるからである。
大きな問題は、
「銀行を中心とした金融機関が、リスクの所在を十分に理解しないまま、証券化商品や
金融派生商品を抱え込んだ」ことにある。

サブプライムを組み込んだ金融商品が、
世界各国にどの程度広がっているかが誰にも掴めていない中で、
ファンドや個人を始めとして市場参加者がのすそ野が一気に広がった現在、
金融当局が市場介入等で混乱完全に押え込むことは不可能になっている。

今から20年前、金融機関がディーリングルームと呼び、飛行機のコックピット(操縦室)にも似た、
最新設備を要した“要塞”と自画自賛した空間は、もはや要塞ではない。
IT時代の進捗で、各家庭にも(持とうと思えばいとも簡単に)かってのディーリングルームの諸設備を
装置できる時代だからである。

今回のサブプライム問題は、G7各国の金融当局によって無理矢理押え込まれるとは思う。
しかし「金融機関の転換期」という大きな潮流は、押え込むのは無理なようである。