2008年02月26日

国際商品高騰に関する考察 その(2)

「世界の国の垣根を取り払う」とする「グローバル化の潮流」の発端となったのは
「1989年のベルリンの壁の崩壊」だった。

以降米ソ冷戦は終了し、唯一の超大国となった米国は、
「経済成長が民主主義と自由化を促す」というシナリオで、市場経済を拡大していった。
しかしそのシナリオには米国の“奢り”があった。

世界の貿易の頂点に君臨すると標榜する米国は、世界中の国々からあるゆる商品を
無制限に受け容れていった。
一方で、輸入品の代価は当然の如く米ドルで支払われ、その支払われたドルは
「米国債という名の米国の借金」に還流してきた。

一方で「世界の警察」を標榜する米国は、こうした一見合理的に見えつつも、その実、
全く不合理なシステムを世界の国々に押し付けていった。
その代表例が日本だった。

日米安全保障条約という、軍事力を担保とした貿易システムは、
「モノを造って、売って、もらったドルは結局は買い主(米国)に返す」中で、
次第に製造元(日本)が疲弊するに至った。
何故なら、買い主(米国)が困れば、「為替調整という名の借金の棒引き」を
させられたからである。

ところが、カネや人材、資本の自由な移動が進むと、グローバル経済は米国の思惑とは
違う方向に動き始めた。
中国を先頭とする新興国は、先進国の成長を凌駕し始め、世界の輸入増加の半分以上を
担うようになっていった。

元々中国を中心とする新興国は、「世界の警察としての米国の軍事力」は必要とせず、
「余ったドルは米国の借金に充てる=米国債購入」システムに難色を示し始めた。
それは、一方で欧州統合通貨の台頭があったのは否めない。

そうした一連のギャップが出始めた時点でのサブプライム(信用力の低い個人向け住宅ローン)
問題だった。
サブプライム問題で経営が揺らぐ米欧の主要金融機関は、アブダビやシンガポールなどの
国営ファンドに支援を求めた。
現在の支援額は7兆円で、米欧の主要金融機関の株式資本約130兆円の5%程度にしか
過ぎないが、損失額が確定できない現状を考えれば、更に膨らむと考えるのが自然である。

2008年に入っての1バーレル100㌦に及ぶ高騰相場で、三代先までの必要資産を形成した
と思われる産油国や、未開拓な資源が豊富な新興国の急成長は、
結果として資源や食料の需要を拡大させ、一次産品の価格を押上げていった。

産油国や新興国は、自国の利益を全面に出した成長モデルを追う。
一連の手法は一時的との見方もあるが、一方で、
「先進国で稼げなくなった富は高い収益を目指して動き、非民主的な存在とも共存する」との
見方が先行、国営ファンド(SWF)の存在が大きくなっている。

かくして、金、白金、大豆、トウモロコシなどを中心とする国際商品は、適正価格を求めて
漂流している。
短中期の分析では、今後の動向が見えないのは道理である。

2008年02月24日

ご興味ある方はどうぞ その(4)

最近の国際商品市場はまさに異常な状況を呈している。
原油の高騰が先頭を切っているのは間違いないにしても、
ここにきての貴金属関連銘柄の高騰は勿論、「農産物総買い」状態は異常である。

今回は、「ご興味ある方はどうぞ」シリーズその(4)として、
青柳事務所の発行する週刊『びー・だぶりゅー・れぽーと』平成20年2月18日付第539号の
「東京白金の長期的分析」を掲載します。

●東工取白金の長期的分析
今週はここにきて突発的な動きとなっている円建て白金(東工取白金)を取り上げてみました。
白金は東京主導型の貴金属として、世界の市場をリードする傾向にありますが、
いかに貴金属全体のブームとは言え、理論的根拠の乏しい急上昇となっており、
不自然さが漂う展開となっています。

-01年10月2日の1,408円を底とした歴史的上昇態勢。6,000円突破。
理論的根拠の乏しい急上昇。仕手筋の存在が見え隠れする展開。
背後の上昇する先行スパンの形態目立つも、乖離明らかに拡大。
7,000円目指しの買い追随にリスクはないのか-

①白金は11ヶ月サイクルが機能しているようです。本銘柄はサイクルおよび理論的な値段を
  几帳面に守ろうとする習性があります。
  2001年10月2日の1,408円を底にし た歴史的な上昇は、6年かかって5,000円に到達しています。

②理論的な上値のメドは、
 99年9月2日の1,128円と04年4月19日の3,127円の波動倍返しの5,126円。
 04年12月10日の2,674円と06年5月29日の4,658円の波動倍返しの6,642円。
 06年10月6日の3,967円と07年7月20日の波動倍返しの6,639円。

③ここ10年の底値から高値を割り出してみると、
 99年9月2日の1,128円×7=7,896円。
 01年10月2日の1,408円×5=7,040円。
 02年7月18日の1,817×3=5,451円。
 03年5月2日の2,085円×3=6,255円。
 (奇数倍が基本になります)

④01年10月2日の1,408円を底とする上昇は、
02年7月18日の1,817円、
 03年5月2日の2,085円、
 03年9月29日の2,338円など、
 適宜の押し目を入れつつ、サイクル転換月を絡めて04年4月19日の3,127円で
 一旦は頭打ちとなっています。

⑤その後安定した先行スパンが現われた結果、
 04年12月10日の2,674円を底にしたジリ高から、
 04年4月19日の3,127円が天井、同9月29日の3,014円が二番天井レベル上抜け後、
 騰勢が増幅する展開となっています。
 従って、3,127円×2=6,254円も上値のメドとなるようです。

⑥一方、下値に関しては01年10月2日の1,408円を中心に、
 00年9月27日の1,773円と02年7月18日の1,817円で典型的なトリプルボトムが形成されており、
 今後は歴史的な下値ゾーンとして機能する態勢となっています。

⑦07年は、06年10月の安値3,967円を底として5,000円を突破する展開となりました。
 流れるように上昇する先行スパンの形態は買い材料には違いなく、
 07年3月の4,286円、同8月の4,883円と、適宜押し目を交える展開となっており、
 ある意味では理詰めな上昇態勢となっています。

⑧ただ08年初からの続伸、というより急上昇は、「急激に過ぎる作為的なもの」となっており、
 正常な相場ではない点が散見されます。
 あくまで私見ですが、6,000円超は買い追随し難く
 「(7,000円台までの高値を想定しつつ)売り上がってみたい」展開です。


2008年02月18日

東京マラソンというお祭り

2月17日(日)の第二回東京マラソン。
朝から晴天に恵まれた。10度を切っており、少々寒いものの、昨年の氷雨状態を考えれば、
まずは絶好のコンディション。
市民ランナーの参加者は32,000人。沿道の応援は(公表で)226万人。
日本国が、そして東京都が後援する、日本有数のお祭りではある。

自分の住んでいる佃界隈は、ゴールとなる台場・ビッグサイトに向けての最終コーナー。
朝から何気にザワザワしている。

用事があって、といってもPCの周辺機器を買いに有楽町・ビッグカメラに行っただけだが、
地下鉄(有楽町線)が通常のウィークデーのラッシュ状態。
17日が東京マラソンの開催日と知っており、こんな日にワザワザという感もしないではなかったが、
エェイッ!ままよ!、と出掛けた。
案の定、ビッグカメラはガラガラ。
しかし周辺の状況がまさかこんなとは思っていなかった。

銀座・浅草・台場など、東京の観光名所を巡る東京マラソンは、
スポーツというよりは「東京の繁華街を開放区にする」との意味合いが強い。
確かに、例えば銀座の中央通りを走る(歩く?)というのは快感には違いない。
今後も定例ビッグ・イベントとして定着するには違いない。
そして、石原東京都知事の念願or執念の「2016年東京五輪招致」に向けての絶好のアピールの
場所には違いないのである。

ただ4時間超の長時間の交通規制や、近郊から集う応援客(or観光客)による混雑など、
マラソンコース周辺の住民の全てが一連の状況に満足しているとは言えないようだ。
「あの佃大橋が揺れている」と苦笑いするしかないのである。

かくゆう自分は、市民マラソンが最高潮を迎えた時間帯は、いつもの場所で、
いつものトレーニングを致しておりました。
ちなみに“いつもの場所”とは、マラソンコースから300米も離れておりません。
しかし“いつもの場所”では、いつもの日曜日のように、不必要にベタベタくっついたバカップルが
来ることもなく、近来にない静かな日曜日ではありました。

陸上競技を正式な競技スポーツとして、少々とは言え齧った者にとっては、
「今回の東京マラソンの、フルマラソン完走率は(昨年を上回る)97.4%となっているが、
『完歩率を含めて』と訂正すべきではないのか!」、
「もう少しトレーニングをしてから参加しろ!」、
「競技の途中でモノを食うな!」、
「走りながら携帯TELするな!」などと思うが、
この際、無粋なことを言うのは止め、平和な国日本を言祝ぐ(ことほぐ)こととしますか...


国際商品高騰

国際商品の高騰が目立っている。
日足・週足が全く機能しないまま、短中期のチャートだけでは、先行きの予想が難しく
なっている。それだけ“桁外れ”の高騰相場になっているということになる。

国際商品主要銘柄の(円建て・先限)先物価格レベルは、金が3,000円、白金が7,000円、
大豆が70,000円、とうもろこしが35,000円等、ここ20年の価格の2倍3倍が当たり前の世界と
なっている。
中には一連の商品ブームに目をつけたいわゆる仕手筋の人為的・作為的なかち上げ相場に近いもの
もあるが、先頭を切ったのは1バーレル=100㌦をつけた原油である。

こうした原油を先頭とする商品相場の高騰を、1970年代との類似性を指摘する声も多い。
70年代は商品価格が劇的に修正され、「商品革命」とも呼ばれた。
70年代は二度にわたり石油ショックの印象が強いが、実は原油に先立って非鉄金属や穀物が
急騰している。

大豆の需給が逼迫した米国が輸出を禁止、日本では納豆や豆腐の原料が手に入らない
「大豆パニック」が起きている。
結局、石油ショックを引き金に商品全体の価格上昇に波及したのではなく、
食料を含めた基礎的原料を巡る需給構造に大きな変化が起きていた。

変化を生み出したのは、
第二次大戦後の復興を果たし高度成長を続けていた日本と西独(当時)だった。
60年代に低位安定したままだった商品が、70年代に入っての成長と所得の向上で
拡大する商品の需要に、供給が追いついていかなかったのである。

2000年代に入っての商品を巡る基本構図もほぼ同じ。
70年代の日本と西独に当たるのが中国を始めとするBRICs(新興国群)。
30億近い巨大な人口を抱えるBRICsの成長で、世界の成長率は3%前後から5%前後に
跳ね上がっている。

これまでの20年間、商品価格が低迷してきた結果、需給逼迫を招いた事情も酷似している。
「20年前後のサイクルを持った世界の景気変動の波は、新興国の先進国へのキャッチアップによる
成長の喚起が原因」とする説が主流になりつつある。

70年代を振り返って、もうひとつの大きなポイントは“ドル安”。
71年、ニクソン大統領(当時)がドルと金の交換停止を突如発表する。
以降、通貨の固定相場制が崩壊、変動相場制へと移行していく。
それに伴ない、1トロイオンス=35㌦の固定相場で推移してきた金は3年後には5倍に上昇している。

ここで大事なのは「ドルの下落は生産国には収入の目減りとなる」点である。
下落分を補填するためには値上げをせざるを得ない。
2000年に入ってユーロの台頭もあり、基軸通貨としてのドルが揺らいでいる。
ドル建て商品の上昇は必然的とは言える。

そして、70年代と現在のもうひとつの類似点は「資源の制約」が強く意識されている点である。
70年代にはローマクラブが「成長の限界」を提起した。
そして現在は、地球環境問題の深刻化で、「際限のない資源の利用に対する危機」が合い言葉に
なっている。

一方、ここにきて、サブプライム問題から米経済後退→原油の需要減退が言われ、
農産物も世界経済の不透明感による需要減退が言われ始めている。
「大々的に取り上げられた時点で相場は頭を打つ」というジンクスが頭に浮かぶ。
商品全体の上昇は五合目なのか、八合目なのか。

2008年に入って商品相場は、適正価格を摸索しつつ漂流している。
相場としては20年に一度の難しい局面には違いない。

2008年02月12日

IT帝国・マイクロソフトの最後の賭け

1月31日、米マイクロソフトは米ヤフーに対し、1月31日のヤフー株の終値より62%高い31㌦での
買収を提案した。買収総額は(日本円換算)4兆7千5百億円。

昨年2月の交渉決裂から1年。
ネット業界を主導するグーグル追撃に向け、20世紀後半からの米国発のIT業界をリードしてきた、
IT帝国・マイクロソフトが最後の賭けに出たことになる。

パソコンで世界の王者として君臨してきたマイクロソフト(以下MS)だったが、
ネット・メディア・携帯電話等、ITのあらゆる分野で猛烈に勢力を拡大するグーグルは、
無料ネットサービス普及の尖兵であり、そうした普及が更に本格化すれば、
MSの牙城である基本ソフト(OS)を完膚なきまでに無用のものとしてしまう。

「強い企業ほど成功モデルを壊す革新は難しい」。
最近頻繁に引用される「イノベーションのジレンマ」である。
MSは90年代後半から始まるパソコンの世界的な普及の過程で、
基本ソフト(OS)の事実上の“標準の座”を獲得、ここ20年、ワープロや表計算などのソフトで、
IT業界に君臨してきた。

しかし21世紀に入って、ネットの能力が飛躍的に向上し、MSの中心商品である一連のソフトを
「サービス」として、無料または安価に提供するモデルが出現し始めると、
「MS中心のIT業界の力学」は一気に変っていった。
この変化に先頭を切ってリードしたのが1998年創業のグーグルだった。

グーグルの成長スピードは突出している。
創業から年商100億㌦に達するまでMSは22年かかったが、グーグルは8年。
時価総額は1765億㌦(約19兆4千億円)で、MSの3034億㌦(33兆3700億円)には劣るものの、
04年の上場から3年余りで18兆円を突破し、日本の雄・トヨタさえも軽々と凌駕した。

MSの創業者で現在会長職にあり、08年内の引退を表明しているビル・ゲイツは52歳。
そして現在の最高経営責任者(CEO)のスティーブ・バルマーは51歳。
一方のグーグルの共同創業者であるラリー・ペイジ、およびセルゲイ・ブリンは共に34歳。
客観的に考えれば、MSのヤフー買収提案は、
新世代に追いやれようとしている旧世代の経営者のあせりに見えなくもない。

2月8日(金)、フジの8:00AMからの朝番組「とくダネ!」では、
そのグーグルの直接取材を特集して取り上げていた。
同特集は20分程度のものだったが、日本の企業と比較するのが馬鹿らしくなるくらい圧倒的で
中身の濃いものだった。

シリコンバレーに、これでもかと馬鹿デカイ敷地を誇るグーグル本社は、
若者特有の、既存の世界の大企業に対するギラギラした挑戦の表象に見えた。
そうした若者特有のわきの甘さ、考え方の稚拙さを見せつつも、
世界から優秀な頭脳を招聘し、その頭脳が最も機能すべき環境を造ろうとする、
新時代に生きんとする若者たちの旺盛なエネルギーに満ち溢れた世界だった。

当然ながらスーツ無用・ジーンズ常用の世界であり、(日本で言えば)アキバ系のメタボも多く、
勤務中のゲーム自由・食後の昼寝自由の世界は、言ってみれば大学のキャンパス以上の、
(日本の頭の固いジィ様経営者達がひっくり返るような)全く異次元の世界だった。

そうした全く自由で、一見マニアの集まりに見えるその世界を評して、MCの小倉智昭は、
(さも無念そうに)
「日本はどうして遅れてしまったんだろうネ?」とのたまった。
小倉さん、日本は遅れるべくして遅れたんですよと、苦笑するしかなかった。

日本では地上波の全面廃止、および総デジタル化となる2011年7月24日に向け、
あと何日とカウントダウンさえし始めている。
同日は21世紀最初の“文化革命”が完成する日と位置付けるべき、劇的な日となることは
否定できない。

壁掛け式・超薄型大画面をベースに、世界の情報どころか、銀行取引や、買い物が自由にできる
日は近い。それでまに20世紀のIT帝国・MSが生き残っているか否か。

今週に入ってヤフーから買収金額の増額要求もあり、MSは苦戦している。
個人資産が7兆円を超えると言われるIT帝国の雄・世界の大富豪ビル・ゲイツは
どうみても敗色濃厚である。

祇園精舎の鐘の声、盛者必衰の理を表す...


日本の株価は下げ止まるか

本来自分は、チャーティスト(チャートを中心に客観的に今後を推定する主義)で、
ファンダメンタル面からはできるだけ考えないようにしている。
特に株式は、思惑と噂のみで仕掛けが入り、仕手戦も日常茶飯事の極端な世界であり、
ファンダメンタルから動向を想定するのは極力避けてきた。

しかし年初からの株式の下げが余りに強烈となり、多くの方々から
「日本経済はどうなる?」「株価は?」という質問を受けるので、
ファンダメンタルというよりはマクロ的見方から今回の株価下落を考えてみたいと思う。

「年初からの世界的株価の下落の要因は米国発のサブプライムローンである」
とするのが一般的論調である。
米国および欧州の金融機関に巨額の損失が発生しているのは事実であり、
従って上記の説明は一見筋が通っているかのようも思える。

ところが、07年初と08年初の株価指数を比較すると、
ダウ平均は3%程度の下落であるのに対して、日経平均は20%を超えるものとなっている。
結果的に「破綻し始めているのはむしろ日本経済である」ということになる。

05年頃、
「日本経済は長いトンネルをやっと抜け出し、新しい成長を始めた」と言われていた。
それは、
「日本の企業が厳しいリストラを経て、高収益体質になった」からだと説明されてきた。
仮にそうであれば、日本企業に直接関わりのないサブプライム問題で、日本の株価が
いとも簡単にクラッシュするのは、どうにも筋が通らない。

日本が60年代(昭和30年代)に実現した高度成長時代は、人類の歴史でも類を見ないほど
目覚しいものだった。
また70年代後半から80年代初めにかけての石油ショックに対しても、日本は主要国の中で、
最も上手に対応することができた。

ところが90年代以降の日本経済は完全に機能不能に陥った。
この原因はバブル崩壊による不良債権の圧力だとされた。

考えてみれば、80年代までは勿論、今になっても日本経済は
『大量生産の製造業を中心とした経済であり、巨大組織の構成員は与えられた業務を忠実に
かつ効率的に遂行する「組織人」になることを要請される“戦時体制”を基本とするシステム』
のままである。

一方、90年代以降の世界経済では技術体系に本質的な変化が生じ、グローバル化という名で
表象される大々的な構造転換がなされた。
規律よりは創造性が、巨大さよりはスピードが、そして安定性よりは革新とリスク挑戦が
求められるようになった。
こうした一連の要請に適合するには(好むと好まざると)市場を中心にするものにならざるを
得なかった。

バブル崩壊による重症がようやく癒えたと言われる中で、
世紀が変った現在に至るまで続く日本経済の長期的で根幹的な不振orフラつきは、
日本型経済システムの基本が90年代以降に生じた世界経済の大変化に適合していない
と考えるのが自然である。

90年代以降の日本では、口先だけの「改革」は叫ばれたものの、
世界に流通する市場メカニズムを嫌悪し、閉鎖性と内向きの姿勢が強まるばかりだった。

日本は企業もまた経営陣も、
根幹の常識、つまりは「戦時体制を基本とする経済システム」を中心とした根幹の
考え方を払拭しようとしてはいないのである。
従って今回の“(日本人には)不可解な”株価下落は、根が深く、深刻なのである。


2008年02月04日

進化する電子マネー

2月3日の節分の日曜日、東京に雪が降った。
雪が降った、大雪だとTVなどでは騒いではいるが、結局は3㌢程度の積雪。
雪国育ちの自分にとっては、そんなの雪かよ、大雪かよといった程度のものではあるが...

ただみぞれから雪になる間際、つまりは氷雨状態が一番寒い。
完全な雪の状態であれば、衣服に雪がついても勝手にパラパラ落ちていってくれるが、
氷雨となれば衣服に染みてくる。だから寒いのである。

そんな寒い日、タバコを買いに出た。
オオッ、ありました、ありました、「taspo(タスポ)」の申し込み用紙が...

タスポとは未成年者防止のため、自動販売機に導入される成人識別カード。
通称「たばこカード」。
申し込みは無料だが、名前や住所を記入し、身分証明書のコピーと顔写真添え、
日本たばこ協会に送付する必要がある。
昨年12月、宮崎・鹿児島・神奈川の三県では、各県に先行して発行が始まった。

今回のカードの発行理由としては、
「このカードは成人だけに発行されるので、未成年者の購入防止が期待される」。
しかし昨今の若者は高校時代に喫煙を経験し、成人式を期に禁煙する、といった風潮も
あり、今更とりたてて“未成年の喫煙防止”を叫ぶのもアナクロではある。

では今回の「たばこカード」発行の本当の目的は何か。
よくよく読んでみると、事前に現金をチャージしておけば、電子マネー「Pidel(ピデル)」
が使えるとある。
なるほど、仕組みは「エディ」「スイカ」「ナナコ」「ワオン」と同じというわけか...

20世紀後半に流通したクレジット・カードは、料金後払い方式、つまりは消費者が
使用した金額を一旦クレジット会社が支払、後日クレジット会社が(手数料を加算して)消費者に
請求する方法を採っていた。
だから事前にカード保有者の身元調査が必要であり、カード発行には審査が行なわれた。

しかし事前の現金チャージがあれば、言葉を変えれば、現在流通し始めている電子マネー方式では、
事後の請求・不払いリスクは一切必要なくなるのである。
現在の電子マネーシステムでは上限が定められてはいるが、その内青天井になるのは
目に見えている。

なぜなら、電子マネーを扱う企業には全くリスクがないからである。
また現金をチャージしたまま、全く使わず放置される場合も多々あると思われるので、
扱う企業にとっても、ある意味では“棚からボタ餅”状態には違いない。

一連の電子マネー・システムが完成するのは、2011年7月24日と見る。
その日は何か。
はい、日本から地上波がなくなり、完全デジタル化になる日であります。

かくして2010年までに、銀行および、銀行系クレジット会社が享受してきた、
預金口座を基本とした利益システムは、完全に崩壊するのであります。
そしてクレジットカード発行ごときに、慇懃無礼に、重箱の隅をつつくように、
ああだこうだとウルサク注文をつけてきた銀行は、電子マネーの世界からも
駆逐されるのであります。


中国製ギョーザ中毒問題に関する考察

中国製冷凍ギョーザによる中毒問題が日本を駆け巡っている。
原因が原料・素材にあるのか、流通過程において毒物が意図的に混入されたのかは不明
だが、日本人の食の中国依存に不安が高まっている。

貿易統計によると、06年に中国から輸入した生鮮品や加工食品などの食料品は
前年比9%増の約9300億円。あくまでこれは仕入れ値で、市場価格は2兆円規模。
中国依存度の高さは冷食でさらに鮮明。
06年の中国からの輸入額は、野菜と調理済み加工食品を合せて1420億円。
市場全体の15%を占め、ここ10年で共に3倍になっている。

ところで、中華料理は異常に強い火力で調理するのが特徴となっている。
「強い火力で短時間で調理することにより、素材のうまみを閉じ込める」というのが
表面上の理由だが、果たして本当はどうなのか。
では日本料理のように弱火で長時間“コトコト”煮詰めるといった、微妙な調理方法を
採る料理が少ないのは何故か?
自分の経験から言えば、中国では「元々原料・素材には(人体に)危険物が混入している」ことを
前提にしているからではないのだろうか。

80年代、外資系の金融機関・現場担当者としてバリバリの頃、頻繁に香港に行っていた。
隔月で週末に行なわれるアジア全体の会議に出席するためだったが、
そこで中国の実態or本当の姿を見たような気がしている。

当時の香港は、英国に返還される前の香港であり、従って治安や衛生面では応分に
整理・整頓されていたように思う。
但し、英国を中心とした欧米人が住む地域と、中国現地人の住む地域は、公的にも、
そして必然的にも完全に分離されていた。

百万ドルの夜景と謳われ、東洋の真珠と言われた香港は、確かに美しかった。
しかし実態は、欧米人が自分達の住み易いように勝手に構築した地域を確保しており、
逆に欧米人の支配から外れた地域では、全く別の香港があった。

香港という島は面積が限定的だったから、必然的に居住空間は上へ、上へと伸びていった。
日本風に言えば高層マンションだが、日本と異なるのは、どの階の窓という窓に、
満艦飾に洗濯物が干されていた。
ある意味では圧巻で、人間の生命力なり息吹きは感じられた。

しかし、驚くべきことは、「天から汚水が飛んでくるから注意しな!」との
(冗談半分、茶化し半分の)警告が、日常茶飯に起きたことである。
お茶の飲み残しや、洗い物をしたあとの汚水が、天(窓)からドバッと吹っ飛んできた...

当然ながら食文化も欧米は勿論、日本とは異なっていた。
自分が定宿にしていたのはマンダリンホテルだったが、多少は馴れたと高を括り、
そうした欧米流の一流ホテルから抜け出し、冒険をしてみようなどと甘い考えで、
現地人のみが行く飲食店などにいけば、全くの別世界が待っていた。

クチャクチャ、ズルズルと音を立てるのは序の口。
食べたもの(多分食べカス)を、ペッペ、ペッペと吐き出すは、
痰は吐き出すは(当時は“痰壷”なるものが用意されていた)、
全く傍若無人に食べ散らかすはで、これが元来の中国式食事なのかと、ヘキヘキした。

当然ながらそうした店のトイレには、いくら酔っていたとしても怖くて行けなかった。
(中国独特の)仕切りもない「開放トイレ」は見るからに不衛生で、出るものも出ず、
また用を足している最中、後ろからいきなり襲われる事件が頻発していたからである。
最大のメリットといえば、エッというほど安価ではあった点であるが...

北京五輪が決定してから中国ブームが起き、日本企業の中国本土への進出や資本投下が
行なわれてきた。
ここを先途と北京五輪に沸く中国では、全体にバブル現象となっている。
しかし、そうした中国の本当の姿を、現実を、そして国民性を知っての中国進出なのか。
誰が推奨したかは知る由もないが、「中国に五輪を」という発想自体が、とりあえず
20年は早かったと思う。

結論的に言えば、欧米式の日本資本主義と、97年の香港返還以降、独自の拡大をして
きた中国の社会資本主義は、根幹から違うのである。
そして同じアジア人ではあるものの、長期間欧米式に慣らされた日本と、そうではない
中国とは、国民性も根幹から異なる。

かくして、今回の冷凍ギョーザによる中毒問題は、日中関係に根深くて深刻な問題を
提起する可能性を含んでいるのである。

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