2008年03月30日

北京五輪6ヶ月前のサイクル(異変)

12年振りに円は1㌦=95円台に突入した。
(東京外為市場の円の最高値は3月16日の95.77円)
ドルはユーロに対して最安値を更新するなど、主要通貨に対して底抜け状態となっている。

急激なドル安・円高と株安の背景にあるのは、米経済への不安を映したクローバルマネーの
変調である。
信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)問題で米国経済への信頼が揺らぎ、
ドルから逃げ出した資金はユーロを中心としたドル以外の新興通貨や、原油、金などの実物資産にも
向かう展開となっている。

こうした“負の連鎖”が目立ち始めたのは昨年夏からである。
サブプライム問題で金融機関が相次いで損失を発表、市場の不安を増幅していった。
投機資金がまず向かったのがユーロ。1ユーロ=1.3700㌦台だったユーロは
最高値を更新し続け、この3月に入って1.6000㌦に肉迫している。
投機マネーはカナダドル、豪州ドル、ブラジルなどの新興国通貨にも向かい、軒並み対ドルで
高値を更新した。

ドルからの投機資金は、外国通貨だけでなく、原油・金・穀物にも流入している。
NYMEX原油(WTI)は1バーレル=111㌦台に乗せ、昨夏の70㌦から前半から5割近く上昇。
NYMEX金も史上初の1トロイオンス=1000㌦に到達している。

こうした動きに米の金融緩和が拍車をかけている。
FRB(米連邦準備委員会)は昨年9月以降、政策金利を5.25%から3.0%へと大幅に引き下げ、
また昨年12月と3月11日の二度にわたり、海外の中央銀行とも連携し、市場への大量資金供給
を実施している。

今回の円買いの動きが(当然ながら)日本評価の動きではない。
その証拠に、外国人投資家日本株売り越しの流れが続いている。
福井俊彦日銀総裁の後任人事も難航、総裁不在という未曾有の事態が発生、政策不在を
要因として円高・株安の流れが続いている。

ただ95年の円高局面に比べた大きな違いは、
「新興国の台頭」、「グローバル化の進展」という世界の環境の変化である。
かっては輸出と言えば米国=ドル依存が強かったが、現在の日本の貿易相手国は多様化している。
07年は対中貿易が暦年ベースで初めて米国との貿易額を上回った。
ロシアやアジア各国との貿易も急拡大している。

また円高は日本の輸入購買力を強めるプラス面もある。
資源を海外に頼る日本企業は、最近の資源高も大きな収益圧迫要因になっているが、
ここにきての円高は原料・エネルギーなどの輸入価格を下落をもたらす結果、
ある程度は和らげる効果もある。

「びー・だぶりゅー・れぽーと」ではここ1年、
『北京五輪の6ヶ月前、逆算すれば08年3月あたりから相場全体に変調をきたす』
と論述してきた。
ここにきての北京五輪ボイコットの動きや、3月中旬以降のドルの全面安、
および商品全体の頭打ち・下落傾向は無視できない症状である。

今年の焦点はやはり中国になるようである。
北京五輪ボイコットが本格化すれば、世界の市場がガタガタになるのは必至。
マスコミは100円割れだけを殊更大きく取り上げているが、ここは全体を冷静に見渡し、
沈着に対処したい局面である。

女性アスリートの引き際

3月24日、シドニー五輪金メダル・高橋尚子が、今秋の東京国際(11月16日)を手始めに、
来年の大阪国際(1月25日)、名古屋国際(3月8日)と、国内三大マラソンに連続出場する
意向を表明した。

2000年シドニー五輪優勝、01年ベルリンで世界記録を樹立した走りには深く感動し、
“Qちゃんスマイル”と言われる明るい笑顔からはたくさんの元気をもらった。
北京五輪には出られなかったが、その名は日本のスポーツ史にしっかりと刻まれたことは
間違いない。しかし「誰もがやっていないことへの挑戦」と称して、三大大会連続出場表明には
首を傾げざるを得ない。

マラソンにベストの状態で出場するのは、基礎練習に3ヶ月、実戦向きに3ヶ月と、合せて半年の
準備が必要とされている。
それをほぼ2ヶ月おきに出るという。完走だけが目的ならともかく、
「楽しんで走るわけでなく、ひとつひとつ準備万端、全力で出る」というのである。
無謀としか言い様がない。

本人の「まだまだ、こんなはずではない」という思い込みと、
「もう、そろそろだろう」とする見る側のギャップは益々広がっていく。
年齢的に衰える中で、全盛時のイメージを一人で追っている感じがしてならない。
三大会連続出場は高額な出場料目当ての「最後の一稼ぎ」と指摘する声もある。
「やるならどうぞ」と、日本陸連を始めとしてマスコミ関係の見方も冷ややかである。

あのQちゃんがどうしてそうなったか。
キレイごとで言えば、「客観的に判断できる指導者がいない」ということになろうが、
忌憚なくズバッと言ってしまえば、“安心して相談できる異性=オトコ”がいない、と思う。

35歳という年齢は、歳相応の好きな異性がいて、歳相応の行為があって自然である。
今の高橋には女性としての輝き&ツヤがない。完全に“ひからびて”いる。
要は、そうした“(一般女性のやるような)余計なこと”は一切やってないし、
また必要しないとする、宗教に近い自己中心的な世界に入り込んでいるように見える。

30歳を過ぎると、特別な異性を必要とする度合いは「男より女の方が上」になっていく。
それが自然のメカニズムだし、それに逆らえば正常な考え方もできなくなる。
「10代~20歳代前半の正常」と「30歳超の正常」は意味が異なるのである。
かくして、このままだと、日本のスポーツ史上に燦然と輝いている高橋尚子の名声も、
晩節を汚すことになるのは必至である。

同じことが、今や世界のトップに君臨する日本のフィギュア・スケートにも言える。
安藤美姫が完全におかしくなっている。
20歳になった彼女の動きが確かにヘンである。怪我も多い。
ここでもまた忌憚のない言い方をすれば、「初体験を済ました安藤美姫がヘンになった」と
見るのが正当だろう。
体全体から女性ホルモン=女性特有のオーラ=色気が出始めている。
それが重要にして繊細で難しい演技=ジャンプ等に影響を与え始めている。
女性のオーラと、繊細で難しいアスリートとしての技術は逆相関関係にある。

かくして、今年の世界フィギュアで優勝(=辛勝)した浅田真央も、これからが難しい。
オトコを意識し始めると、女性としての身体が変化し始め、それが微妙に技術に影響を与える。

「真央ちゃんの初体験の相手は誰か」などと下賎なことを考えても仕様がないが、
2年後のバンクーバー五輪での金メダルが期待されてはいるが、最大の敵は、
そうした「女性としての自然のメカニズム」にあるようである。

“花の命は短い”。確かになぁ...


ゴジラ松井結婚

ヤンキース・松井の結婚が騒がれている。
「球界の最後の大物も遂に結婚」のノリだが、確かに年収15億+α=20億超の
独身男性がそう多いとは思えず、その意味からは確かに大物には違いない。

一部関係者間では「青柳は松井の熱狂的ファンである」ことが定説になっている。
飲んだ時、野球の話題になれば必ず「最近の松井は...」などと「松井マター」を喋り出し、
そして枕詞に「北陸の星」をつけるものだから、
最近では「また松井かよ...」といった顔をされるのが常。

しかし自分の生れた富山を含め、北陸地区にはメジャーなスポーツ関係で名前を言えば
誰でも分かるスターがいなかったのは事実である。
北陸は、過去も現在も、そして多分将来的にも、日本海側の雪国であるという、
気候のハンディキャップを言い訳にするしかない、いわゆるスポーツ僻地ではある。

富山出身で言えば、代打専門で多少は知れていた浅井樹(富山商業→広島カープ)以外
にはここ20年、目立った選手は出ていない。
サッカーの日本代表・柳沢敦もいるにはいるが、大事な国際試合などで、
「シュートを打たないフォワード」として“有名(=酷評された)”になった程度。
地元じゃ負け知らずのラーメン屋の息子だけど、世界の大舞台じゃなぁ、といった具合。
そんな土地柄なので、実は石川県出身の松井は、富山とは関係ないと言えば関係ないが、
文字通り「北陸の期待の星or希望の星」ではあった。

松井を最初に見たのは松井が高校1年の夏の甲子園。
「1年生で4番。身長が185㌢超。ニキビ面。」
「オオッ、1年生で名門・金沢星稜の4番かよ。さすがにデカイな」
大体がヒデキという名前は(必然的に?)歌手・西城秀樹を連想させ、「秀樹」が定番。
「秀喜」はいかにも北陸らしい“田舎っぽい”付け方だなと思ったのが最初。

そのうち甲子園でバカスカ本塁打を量産、伝説となった「対明徳義塾高校戦の5連続敬遠」を経て、
長嶋さんのドラフト抽選での、これも伝説の「得意満面の松井引き当てポーズ」となっていく。
長嶋→松井への伝承は、確かに歴史的なものには違いなかった。

「巨人の4番」を経てFA宣言し、「ヤンキースの4番」になっていく時期、
自分が米ウォール・ストリート・ジャーナルの日本語版制作に携わっていた時期に重なる。
早朝3時から始まる連日の翻訳作業は、確かにギャラも高かったが、質量共にレベルも高かった。

お陰で、現在では英語→日本語の翻訳作業が苦にはならないが、その時の最大の楽しみが
翻訳作業が一段落する8:00AM頃から始まるNHK・BSのヤンキース戦だった。
キツイ作業後に食べる朝食の、最大にして最高の“おかず”になった。
「松井がどうした、滑った、転んだ...」との話が多くなったのはその頃からだと思う。

松井の結婚は、寅さんシリーズの満男役・吉岡秀隆の結婚と同じ感じを持っている。
小さい頃からその成長を見ており、他人事とは思えない。
相手は決して知りはしないが、(勝手に)まるで身内のことのように感じる。

ただ残念だったのは、松井の(結婚報告)公式記者会見。
相手の出自を公表せず、「元会社員」などと、わざとらしく似顔絵などを見せびらかすものだから、
巷間では、いろいろな噂が飛び交っている。
相手の女性は170㌢の長身で、長沢まさみ似の美人で、ついでに富山出身か(!?)といった
“おまけ”もついている。

最後に(勝手に)松井への祝辞。
松井、ようやくエロ・ビデオ・キングから卒業できてオメデトウ。
ただ素直に相手を見せろって。奥さんが可哀相だよ。
そんなことをしてると、ほんと、永遠にマスコミに追っ掛けられるよ。

2008年03月23日

サクラ咲く...

気象庁は22日、東京と静岡、熊本で桜(ソメイヨシノ)が開花したと発表した。
全国で最も早い開花で、平年より6日早かった。
気象庁が開花を観測している千代田区の靖国神社の標本木の桜が咲いているのを
同庁職員が確認した。約1週間で満開になるという。

そう言われても、自分の住む佃界隈ではまだ蕾(つぼみ)の状況。
でもまぁ、いいじゃないですか、この際多少のことは...
サクラ咲く!はるッ!が来た...

サクラ咲くと同時に、“春はセンバツから”の選抜高校野球が開幕。
第80回の記念大会は、「21世紀枠」と守備力重視の「希望枠」で、例年より4校多い36校が参加。

毎年楽しみにしているのが入場式。
今年の行進曲はコブクロの「蕾(つぼみ)」。
春晴れの下、ハツラツとしたユニフォーム姿の若者の行進の様子を見ていると、
オシッ、これで日本の将来も大丈夫だッ!と(毎年のように)思う。

そして相も変らずの選手宣誓。
目一杯シャウトしているのは分かるが、一体何を言ってるのか解らないのも例年通り。
元気なのは分かるが、もう少しユックリ、解るように言ってもらえないだろうか...

今年は80回記念大会ということで、谷村新司が特別出演。
大会歌「今ありて(作詞・阿久悠、作曲・谷村新司)」の独唱。
今や中国・上海の音楽大学の先生をしている谷村新司は、アリス時代の谷村新司じゃない。
知的オーラが滲み出て、歌自体もさすが、といったベテランの貫禄。

大会歌が歌われ始めて16年になるという。
歌詞も昭和の言葉の魔術師・阿久悠の作で、根幹のテーマは「50年経っても新鮮」。
毎年聞いているが、確かに毎回新鮮で、心に染みてくる。

かくして「春はセンバツ」から始まったが、
それと時を同じくして、プロ野球のパ・リーグ開幕。
そして今年はMLBレッドソックスの開幕戦(対アスレティックス)が東京ドームで開催。
松坂・岡島が日本に凱旋。

だが自分的には少し物足らない。
何故かと言えば、ヤンキース・松井がレギュラーを外れる危機にあるからである。
手首をやり、膝をやりいでの、満身創痍。
日米通算2000本安打も達成したのだし、もう日本に帰っていいのじゃないか...

日本に帰ったら現在の年俸15億円はもらえないかもしれないが、
半分になってもいいじゃないか...
どれだけもらっても、松井の親父が石川県の長者番付に乗るだけの話だから...
そう考えると、今年のMLBの放送は余り楽しくないな、なんて考えてる。

サクラが咲いた、春が来た、センバツが始まった。
かくして、いつもの通りの日本の3月なのであります。


武士の商法

東京都が1000億円を出資して設立された官営銀行・新銀行東京が破綻寸前の状況に陥っている。
「官から民へ」の流れに逆らい、石原東京都知事の肝入りで設立された結果、
“石原銀行”と揶揄される同銀行は、石原都知事の政治生命をも危うくし始めている。

新銀行東京は、
買収したBNPパリバ信託銀行を母体に東京都が1000億円を出資、2005年4月に開業。
店舗は都内に六ヶ所。従業員は1月末時点で450人。
都庁出身者二人を含む六人が執行役を担う。
貸出残高は07年9月末で約2200億円。
原則無担保・無保証で上限が5000万円の融資が柱。預金残高は約4400億円。
預金者は約9万7千人。

東京都が新銀行設立に向けて動き出したのは、
不良債権処理に苦しむ民間金融機関の貸し渋りが目立った2000年代初頭。
石原都知事が03年4月の再選時の公約である、
「民間が貸せない中小企業に貸し出す」が根幹理念になっている。

実際の開業はその2年後の05年4月。
不良債権処理問題もほぼ終息し、民間金融機関は地方都市の中小企業を含め、
融資攻勢をかけ始めた時期だった。
従って新銀行の融資先は、そんな民間でさえ貸し出さない経営力の弱い中小企業に集中した。

3月10日に出された報告書に拠ると、
旧経営陣は、融資実行から6ヶ月以内に融資が焦げ付かなければ、
仮に半年過ぎて倒産しても、担当者には最大200万円の「成果手当て」が支給されていた。
結果、「6ヶ月以上融資先が存続すればマイナス評価にならない」との風潮が生まれとしている。

金融庁のチェックも甘かった面は否めない。
新銀行東京は既存の銀行を買収して免許を取得したため、銀行設立の認可審査はなかった。
また大株主が大きく動いた場合に当局が点検する主要株主規制も、
地方自治体を例外扱いとする銀行法の規定で、審査対象から外れた。

新銀行の今3月の累積損失は1016億円と資本の85%が棄損する見通しとなっている。
来期に関しても既に126億円の赤字が予想され、今回俎上に上がっている400億円の追加出資が
否決された場合は、資本が枯渇、存続は難しくなる。

金融新時代を迎え、原則自由の雰囲気が広がる中で、
「素人感覚で安易に銀行という(実は難しい)業務が開始された」感は否めない。
これまでの経営陣のお歴方も、銀行実務に詳しいとは言えず、
いわゆる“武士の商法”的なシステムが出来上がってしまっている。

東京都は他府県が羨むような膨大な税収を誇る。
しかし「だから銀行を」といった発想は、いかにも安易だった。
「損失を1000億円に止める」のか、「ズルズルと損失を拡大する」のかは、
誰が考えても答は同じである。

確かに現状の日本の金融機関には問題は山積している。
だからと言って、素人が安易に営むほど銀行業は簡単ではない。
理想と現実の狭間で、石原都知事の正念場である。

石原さんに物申すのもおこがましいし、恐れ多くて直に言えはしないけど、
石原さん、やっぱ「ロスカット(=損切り)は早目に!」じゃないかなぁ...


2008年03月16日

ご興味ある方はどうぞ その(6)

円が(対米ドルで)12年振りに100円を突破している。
今後の円は果たしてどうなるのか。

今回は“特別サービス”として、
青柳事務所の発行する「びー・だぶりゅー・れぽーと」2008年3月17日付第543号の“早刷り版”と
して同号掲載の「ドル円のテクニカル分析」を掲載致します。

●ドル円のテクニカル分析
(日足から=20日サイクル)
-円続伸。100円割れ。
先行スパンの下落に沿って、頭がジリジリ重くなる。
当面の下値を見定める動き。とりあえずは97円前半が下値目標か-

① 先行スパンの支配下に入り、下押し先行、100円を割込んでいます。
1月22日の105.62円を中心に、1月16日の105.97円と1月28日の106.00円で
構成されるトリプルボトムを下抜けたことで、当面の下値を探る動きとなっています。

② 理論的な下値メドは
07年12月27日の114.38円と08年1月16日の105.97円の波動倍返しの97.56円。
08年2月26日の108.14円と同3月3日の102.61円の波動倍返しの97.08円。
07年10月15日の117.83円と同11月27日の107.29円の波動倍返しの96.75円。

③ 現先行スパンは下落しつつ徐々に厚みが増しています。
100円を割りこんだ結果、「90円台のどのレベルが当面の下値になるか」を見定める動きと
なってきました。
上記②で検証したようにとりあえずは97円前半が目標となるようです。

④ 12月27日の114.38円を頭に、1月10日の110.10円、2月26日の108.14円と
いう節目をつくることで、急落地合いが理詰めになり始めています。
下に張出す先行スパンが目立ち始めており、更なる下押しに要注意すべき局面のようです。

⑤ 長期的に見れば100円割れは「買い下がり」のレベルですが、下落に勢いがついており、
下値を慎重に見定めたい局面です。
08年第一四半期の正念場を迎えたようです。

(週足から=13週サイクル)
-続落。105円下抜けた結果、ジリジリ100円割れ。
2006年5月17日の109.02円下抜けで、底抜け感。
大きな空間の中で、手探りで下値を摸索する展開-

① 大きな空間の中で、手探りで下値を摸索する展開となっています。
背後の下に張出す先行スパンが目立ちますが、現状では影響軽微。
依然として先行スパンが本格機能しない状態が続き、転換期の様相は否めません。

② 週足からの理論的な下値のメドは、
07年6月17日の124.14円と同8月12日の111.60円の波動倍返しの99.06円。
07年12月27日の114.38円と08年1月16日の105.97円の波動倍返しの97.56円。
07年10月15日の117.83円と同11月27日の107.29円の波動倍返しの96.75円。

③ 本欄では、「10月15日の117.83円と8月12日の111.60円の波動倍返しの105.37円を下抜ければ
100円割れ」と想定してきましたが、まずは想定通りの動きとなっています。

④大きなな空間が目立ち、理論的には「買い拾い」有利と見るしかありませんが、
先行スパンが機能せず、アク抜け感のない展開で、下押しが先行しそうです。
まさに08年の正念場の様相です。


ユーロ新時代

外国為替市場でドル安に拍車がかかっている。
円は12年振りに100円を突破している。

その中でユーロは、2月から3月に月代わりするタイミングを見計らったように、
これまで強力なレジスタンスとなってきた1.5000㌦を突破、連日過去最高値を更新している。

米連邦準備委員会(FRB)が算出するドルの実力指標の「名目実効レート」
(対主要通貨、1973年3月=100)は70前後となり、昨年11月と並ぶ過去最安値圏で推移している。
米の景気後退と物価上昇の同時進行(スタグフレーション)の懸念が高まっているのが背景。

現状のドル安基調は、信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)問題が深刻化した
昨年夏から鮮明になった。
今年に入ってドルが買い戻される局面もあったが、景気減速を示す指標が続出、再びドル売りが
活発となっている。

国際通貨基金(IMF)に拠れば、世界の外貨準備に占めるドルの比率も、01年の71%から
07年には64%にまで下落している。
「ドル離れ」が一気に進むとの見方は少ないものの、基軸通貨としての米ドルの土台が揺らぎ
始めているのは確かである。

米ドルに代り世界の基軸通貨にならんとしているユーロの動きを大まかに眺めてみると、
「発足した99年~00年にかけてのドル高・ユーロ安」
「01年の小康状態」
「02年の反発」
「03年以降の独歩高状態」

「99~00年のユーロ安」は、欧州から米企業に対する出資や買収に伴なう直接投資や株式投資が
膨らんだことが要因。
米国の情報技術(IT)革命に乗ろうとした欧州企業が、雪崩を打って大西洋を渡った。
しかし01年になってITバブルが崩壊したことで、それまでのユーロ流出に急ブレーキがかかった。
以降は順調に過ぎる流れとなっている。

「1989年のベルリンの壁の崩壊」以降米ソ冷戦は終了し、唯一の超大国となった米国は
世界に米国主導型の市場経済を拡大していった。
世界の貿易の頂点に君臨するのが米国であることを前提に、米国は世界中の商品を無制限に
輸入していった。

米国は輸入品の代価は当然の如く米ドルで支払い、
そしてその支払ったドルは「米国債という名の米国の借金」に還流する流れ=システムに
まさに傲慢に固執した。

一方で「世界の警察」を標榜する米国は、こうした一見合理的に見えつつも、その実全く不合理な
システムを世界の国々に押し付けていった。
しかしそうした米国流システムが、07年夏のサブプライム問題が表面化して以降、
機能しなくなり始めている。

世界の市場が、次回の米大統領選挙の結果に対して不安感を持っているもドル安の要因である。
市場は、オバマ、クリントン、そしてマケインのいずれになろうとも、
米国主導の既存の経済システムを固守できるとは考えていない。

かくして「米ドル一極通貨時代の終焉、ユーロ躍進の未来図」が描き易くなっている。
大きな時代の転換期ではある。


2008年03月09日

ご興味ある方はどうぞ その(5)

ドル全面安の様相で、日本では100円を割込む円高に対する報道が盛ん。  
テーマ的には年初から予想された流れであり、今更という感のする展開ではあります。
「ご興味ある方はどうぞ」シリーズ その(5)では、ドル円の長期的分析を掲載します。

以下は青柳事務所の発行する「び・だぶりゅー・れぽーと」2008年3月3日付け第541号の
第一面の「ドル円の長期的分析」です。                      

●ドル円の長期的分析
-105円割れ直前でのもみ合いから下押し先行。
背後の萎む形態を意識。理論的には反発し易い地合い。
 ただここ3ヶ月は先行スパンが蓋で、上値は重い。
  当面の下値を確認に行く動き。100円割れの可能性を含有-

① ドル円の月足は12ヵ月サイクルが機能しているようです。
 07年6月22日の124.14円を頭に長めの陰線を引いて先行スパンに突入から3ヶ月のもみ合い
 を経て、下押しが先行しています。
 結果的に「99年11月以降の上昇の流れ」が途切れています。
 105円を割り込み、当面の下値を見定める展開となっています。

② 99年11月30日の101.35円と04年12月2日の101.83円で長期ダブルボトムを形成、
超長期的な下値は固まっています。
中期的に重要な分水嶺は、(2003年後半から2005年前半までの高値であった)
2004年5月14日の114.80円と、安値の4月2日の103.68円の半値の109.24円、
03年8月1日の120.69円と03年5月19日の115.10円の波動倍返しの109.51円。

③ 06年5月の下落局面では同上レベルの05年8月の109.05円と同9月の109.08円で構成される
 ダブルボトムを試しに行く動きとなっています。
2007年の上昇は同上ダブルボトムに近似する同5月17日の109.02円をベースとして いますが、
 同上124.14円で頭打ちから、上昇の原点を下抜ける展開となっています。

④ 05年12月4日の121.40円、および07年1月29日の122.20円に面合わせから上抜けたことで、
 02年6月の125.85円、10月の125.65円、12月の125.55円を目指す流れになりました。
 しかし同上レベルは頑固に機能する結果となっています。

⑤ 理論的に重要な下値のメドは、
 07年1月29日の122.20円と同3月5日の115.19円の波動倍返しの108.18円。
 07年6月22日の124.14円と同3月5日の1115.19円の波動倍返しの106.24円。
 07年6月22日の124.14円と8月17日の111.60円の99.06円。

⑥12ヶ月サイクル転換直後の、急激な下押しとなっています。
105円を割り込んだことから、
05年5月6日の104.47円、04年4月2日の103.68円が下値のメドとはなりますが、
結局は上記②の101円台のダブルボトムを目指す動きになるようです。

⑦総体的には02年後半から03年以降の反落地合いの再現の可能性を秘めています。
形態的には反発し易い地合いですが、12ヶ月サイクルが転換した直後でもあり、
また下落に勢いもあり、当面の下値を見定めたとは言えない状況になっています。
 理論的には「買い拾い」パターンですが、100円割れの可能性は否定できず、
 ここ1~2ヶ月は安易には買えないようです。


政府系ファンドに関する考察 その(3)

世界各国政府による投資は、以下に大別される。
「外貨準備を含む国際準備」
「公的年金基金」
「国有企業」
「政府系ファンド(ソブリン・ウェルス・ファンド=SWF)」

政府系ファンドの場合、裏に債務のある他の基金に比べ
「より大きなリターン(配当)を摸索する場合が多い」とされている。

2007年以降、突如として脚光を浴び始めた感のある政府系ファンドではあるが、
世界の数十ある政府系ファンドの運用資産は、ヘッジファンドの運用資産よりは大きいものの、
年金基金などの機関投資家の運用資産に比べるとはるかに小さい。
歴史的みてもクウェートの基金が1953年に設立されるなど、格段目新しい存在ではない。

にもかかわらず急激に注目されてきた背景には、
産油国の原油高による余剰資金の急増や、中国やロシアなどの政治大国によるファンド設立の動き、
そしてファンドの投資戦略がこれまでの米国債中心の国債運用から、株式取得を通じた多国籍企業
への経営参加などに広がってきたことがある。

日本でも日本版政府系ファンド創設の是非を検討する動きが始まっている。
福田康夫自民党総裁(首相)直属の機関である国家戦略本部内に「SWF検討プロジェクトチーム」が
設置されている。

ファンドの原資になるのは日本の外貨準備。
円売り・ドル買い介入で積み上がった資金で、08年1月末の残高は9960億㌦(約100兆円)。
現在は米国債を中心に運用されているが、安全運用の観点からは投資先を分散すべきだとの指摘
も多かった。

一方で、日本の米国債の安定購入を通して米経済を支えている側面もある。
外貨準備の運用構成を変えれば、日米関係にヒビを入れかねない。

こうした一連の危惧に対して、検討チームの座長である山本有二前金融相は
「外貨準備の運用益(2006年は3兆円強)だけを原資に使う分には米国からの理解を得られる」
との見解を示している。

そして肝心の運用に関しては
「国内外から優秀なファンドマネージャー約10人を募り、地域・商品別に運用する」
「競争原理を導入し、運用成績が悪い担当者を毎年入れ替える」
としている。

日本の外貨準備は規模は世界最大級だが、元々が政府短期証券で調達した資金が原資。
運用で損失を出せば国民負担になりかねない。
しかしリスクがあるからと言って尻込みばかりしていると、日本は世界の波に乗り遅れ、
結局はジリ貧である。
そして何より怖いのは、(日本的なリスクを嫌う国民性が表面化し)日本の市場が
閉鎖的でかつ成長性がないと見なされ、国際資本が日本から離れていく事態である。

日本も政府系ファンドを遠巻きに眺める姿勢から、海外の政府系ファンドと積極的に
連携して海外進出するといった積極姿勢があってしかるべき時期のようである。

2008年03月02日

日本の制服考

もう3月である。
受験の季節も終り、まもなく入学シーズン。
真新しい制服に身を包んだ若者が闊歩する季節がまた巡ってくる。

しかし最近の高校生の制服は、制服とは名ばかりで、少々崩し過ぎるような気がする。
「スカートが短いため、階段ではカバンで尻を隠す」
「ネクタイは締めずに弛める」
「シャツのすそは外に出す」

こうした一連の“新時代の制服”姿が珍しくなくなったのは、1995年頃、安室奈美恵が人気を得た
頃からだったように思う。
(門外漢なので、間違ったらゴメンだが...)
安室奈美恵のファン=アムラーの目指すスタイルとは、
「スラッと長い足を強調するための短めの上着+ミニスカート+足元の細身のブーツ」
これがルーズソックスなどで表現され始めた。

勿論彼らにとって制服は普段着でもある。
電車やバスで通学する生徒は街にいる時間も長い。
しかし現在では、学校でも着崩しで通し、時と場面をに応じた身だしなみをするという意識自体も
なくなっているように見える。

Uni・Form=制服は、本来はフォーマル・ウェアとしてデザインされている。
そして「制服=束縛」のイメージがあるのは否めない。
しかし衣服にはその場に相応しい身だしなみというものがあり、制服はそれを学ぶルーツではある。

昨今の若者は成熟年代が早まっており、女子高生に至っては、年齢不祥の「メスの一群」に
なっている点は否めない。
要は、肉体的には「少女と大人の女の中間からやや大人になった」時期に当たっており、
しかも無意識とは言え、「自分たちの年代は各年代層を凌駕する」との考えがある。

その上、そうした年齢不祥の一群を嗜好する(飽きずに繰り返し逮捕され続けているどこたらの
大学の元先生に表象される)マニアな大人のオトコの一群があるから、
尚更女子高生の一連の考え方が増長していくのである。

自分達の高校時代は、学校の方針の「勉学に邁進せよ」に沿って、
「詰め襟+帽子+五分刈り」の、現在考えれば、ダサイを代表するスタイルではあった。
「他のことを考えれば脱落する」と、口を酸っぱくするほど言われていた。
“他のこと”とは、当然ながら異性のことであり、
「もしハマったら、死ぬよ(=有名大学には行けない)」と言われ続けてきた。

あたらの大事な青春時代ではある。
尾崎豊の歌の世界のように、思う存分青春を謳歌すればよかったと思う時もある。
しかし一方では、富山での高校時代に青春を謳歌したとすれば、その後の「世界を見る」ことも
なかったorできなかったように思う。

マイクロミニ化した制服を着た女子高生が尻をカバンで隠して、エスカレーターを上がっていく場面
によく遭遇する。
そんな時、全く意味もなく、無性に腹立たしく思うことがある。
そんなスタイル、格好いいと思ってんのかよ。
どうせ見るならもっとスタイルのいいのを選んで、ジックリ鑑賞させて戴きます...

いつものようにまたそんな時期が巡ってくる。
たかが制服、されど制服ではある。


東京・銀座の明るい農村

最近は固い題材が続いていたので、久し振りに柔らかいヤツを..
ご好評戴いている(!?)「ネオン街の研究」シリーズである。

世界最大と言われる東京・銀座のネオン街。
その実数は不明だが、巷間では約3000店と言われる飲み屋・クラブが氾濫する。
そして(関係者からは)銀座村と呼ぶ狭い一帯には、約10,000人の関係者が働き、
少なくともその5倍の人間(客)が日々蠢くと言われている。

銀座に関する“由緒正しき古典”と化した松本清張原作「黒皮の手帖」が、
米倉涼子主演でテレビ・ドラマ化されたことで、再度クローズアップされた感のある銀座だが、
大中小、松竹梅、LMSと、値段・規模・性格の様々な店がある。

今回は、昨年夏の終り、知人に紹介されて行くようになった不思議な店、
東京・銀座はリクルート近くにある、明るい農村「W」の話である。

一言でその店を表現するとすれば“アナログな空間“である。
間違ってもデジタルではない。
言葉を変えれば、客側に“(隙あらば)やってやろう”という、銀座独特の「“ハンターの”気概」が
全く見られない。
対する接客側の“簡単にはやらせない”とする、ある種の緊張感もみられない。
「何をやるか、何をやらせないか」の解釈は読者の勝手だが、怠惰なダルイ感じが蔓延している。

要は、「“いいこと”なんかこの店では絶対有り得ない」と諦め切っている(ように見える)客と、
かたや「この店で(最初から)“そんなことは有り得ない”」とキッパリ決め込んでいる接客側との、
“(距離を置きまくった)なぁなぁ”の雰囲気ができ上がっている。

最初はそのダルイ感じが、野良犬のような性格の自分にとっては、かえって疲れたりもした。
銀座だから値段は安くはない。
そんな高い銀座の酒を、こんな雰囲気で飲んでいいのだろうか...

結局は、店の雰囲気は経営者=ママさんによって決まる。
秋田生まれのママさんは、体形は(漫画の)“Qちゃん”。
着物の着方はさすがに洗練されているが、接客専用の椅子に坐ると、時間の経過と共に
(後ろから見た)尻の形が長方形に見えてくる。

顔(の形)は常に笑っているように見える。
しかしその目は、(絶対に)笑っていない。これはネオン街のママ連中の定型パターンではある。
面白いのは、店ではママさんの二代目(!?)と称される、前からも後ろからもまずソックリの
女の子がいることである。
着物の着方も同じだし体形も全く同じ。ついでに話し方もママさんそっくり。
「ひょっとして親子か、はたまた姉妹か?」などと(冗談めいて)質問すると、
「私はそう思ってるけど、ママが嫌がる」という。おぃおぃ漫才かよ...

そして驚くことに、店のドアの横に(一応は目立たないように)長テーブルが置かれ、
そこには自家製のパンやらチーズやらが山積みとなっている。
そして収穫時期には袋詰めの秋田の新米が並ぶことになる。
(帰り際は当然ながら酔っているので)定かではないが、これまでパンやら米を
どれだけもらったことか...

最近では、この店だったら今は亡き親父を連れてきても大丈夫だな、ある種の供養だな、
などと思ったりもしている。
結局は安くはない酒を飲むための言い訳にしか過ぎないが...

最近飲みに行った時の帰り際、エレベーターホールにまで送りに来たママさんが秀逸だった。
「どうも有り難うございました」「はい、そんじゃまた!」って紋切り型の挨拶を交わしている最中、
他の客も出てきた。
その一群にも深々とお礼してる。「どうも有り難うございました」
おぃおぃママさん、そのお客さん、他の店のお客さんだよ...

少々無礼な言い方をしてきたかもしれないが、実は「W」の経営方針に感心し始めている。
フラフラすることなく、幾多の経験を踏まえ、経営方針をキチッと定めた明るい農村「W」は、
確固たる客層を掴んで、栄枯盛衰の激しい東京・銀座でも安泰のように思う。
「これもまた銀座」なのである。


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