女性アスリートの引き際

3月24日、シドニー五輪金メダル・高橋尚子が、今秋の東京国際(11月16日)を手始めに、
来年の大阪国際(1月25日)、名古屋国際(3月8日)と、国内三大マラソンに連続出場する
意向を表明した。

2000年シドニー五輪優勝、01年ベルリンで世界記録を樹立した走りには深く感動し、
“Qちゃんスマイル”と言われる明るい笑顔からはたくさんの元気をもらった。
北京五輪には出られなかったが、その名は日本のスポーツ史にしっかりと刻まれたことは
間違いない。しかし「誰もがやっていないことへの挑戦」と称して、三大大会連続出場表明には
首を傾げざるを得ない。

マラソンにベストの状態で出場するのは、基礎練習に3ヶ月、実戦向きに3ヶ月と、合せて半年の
準備が必要とされている。
それをほぼ2ヶ月おきに出るという。完走だけが目的ならともかく、
「楽しんで走るわけでなく、ひとつひとつ準備万端、全力で出る」というのである。
無謀としか言い様がない。

本人の「まだまだ、こんなはずではない」という思い込みと、
「もう、そろそろだろう」とする見る側のギャップは益々広がっていく。
年齢的に衰える中で、全盛時のイメージを一人で追っている感じがしてならない。
三大会連続出場は高額な出場料目当ての「最後の一稼ぎ」と指摘する声もある。
「やるならどうぞ」と、日本陸連を始めとしてマスコミ関係の見方も冷ややかである。

あのQちゃんがどうしてそうなったか。
キレイごとで言えば、「客観的に判断できる指導者がいない」ということになろうが、
忌憚なくズバッと言ってしまえば、“安心して相談できる異性=オトコ”がいない、と思う。

35歳という年齢は、歳相応の好きな異性がいて、歳相応の行為があって自然である。
今の高橋には女性としての輝き&ツヤがない。完全に“ひからびて”いる。
要は、そうした“(一般女性のやるような)余計なこと”は一切やってないし、
また必要しないとする、宗教に近い自己中心的な世界に入り込んでいるように見える。

30歳を過ぎると、特別な異性を必要とする度合いは「男より女の方が上」になっていく。
それが自然のメカニズムだし、それに逆らえば正常な考え方もできなくなる。
「10代~20歳代前半の正常」と「30歳超の正常」は意味が異なるのである。
かくして、このままだと、日本のスポーツ史上に燦然と輝いている高橋尚子の名声も、
晩節を汚すことになるのは必至である。

同じことが、今や世界のトップに君臨する日本のフィギュア・スケートにも言える。
安藤美姫が完全におかしくなっている。
20歳になった彼女の動きが確かにヘンである。怪我も多い。
ここでもまた忌憚のない言い方をすれば、「初体験を済ました安藤美姫がヘンになった」と
見るのが正当だろう。
体全体から女性ホルモン=女性特有のオーラ=色気が出始めている。
それが重要にして繊細で難しい演技=ジャンプ等に影響を与え始めている。
女性のオーラと、繊細で難しいアスリートとしての技術は逆相関関係にある。

かくして、今年の世界フィギュアで優勝(=辛勝)した浅田真央も、これからが難しい。
オトコを意識し始めると、女性としての身体が変化し始め、それが微妙に技術に影響を与える。

「真央ちゃんの初体験の相手は誰か」などと下賎なことを考えても仕様がないが、
2年後のバンクーバー五輪での金メダルが期待されてはいるが、最大の敵は、
そうした「女性としての自然のメカニズム」にあるようである。

“花の命は短い”。確かになぁ...