2008年04月28日

東京・佃 5月の風

ここにきて、新刊本・CDの発売、サイン会やらで、何気に慌ただしい日々を送っております。
おかげさまで、新刊本の出足もまずまずのようで、本当に有り難く、今後も変らず、
絶大なるご支援を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

最近連発しているCMもどきのブログばかりでは何ですので、一服の清涼剤として、
東京佃・月島界隈に吹く5月の風(=5月の風景)をお伝えしたいと思います。

ここにきての佃・月島界隈は、NHKの朝の連続ドラマ(通称:朝の連ドラ)「瞳」効果抜群で、
目に見えて来られる人の数が増えているようです。
佃・月島は、門前仲町・深川界隈とは(地下鉄大江戸線)の一駅区間で、ユックリ歩いても30分程度。
格好の散歩コースになります。
要は、「佃・月島と、門前仲町(通称:門仲)と深川エリア」を“ひと括り”にし、デートコースとなる結果、
平日はお年寄り軍団、週末は若者軍団で賑わいを見せております。

お年寄り軍団で元気なのは、やはり女性。
要はバアちゃん軍団ということになりますが、背中にナップザックを担ぎ、背筋をピシッと伸ばし、
颯爽と闊歩されております。
一方男性といえば、何気にツラそうで、何でこんなとこ歩いてんだ、疲れたなァ、といった風情。
どこの世の中も、結局は女性を中心に回っているのであります。

週末の若者軍団については、何度も書いているので省略します。
ただ一言。
若者・バカップル様、ベチャ・ベチャいちゃつくのは勝手にやって戴いてよろしうございますが、
持ち込んだペットボトルやお弁当の残りはキチンと所定の場所に捨てるか、持ち帰ろうね。
それが最低の礼儀だから。

ところでNHKの連ドラ「瞳」は、20歳のヒロイン一本木瞳(榮倉奈々)を中心に、
その祖父である一本木勝太郎(西田敏行)や、「男はつらいよ」「渡る世間は鬼ばかり」シリーズの
前田吟、バアさん役をやらせたら現在の日本では三本の指に入りる菅井きんを絡め、
里親制度を根幹のテーマに、佃・月島界隈の日常生活を綿々と綴っています。

ヒロインの瞳はヒップ・ホップのダンサー志望ということになってはいますが、
正直言えば、その方面には全く興味がありません。
またドラマの中の西田敏行は、朝には不向きではないかと思わせるくらい暑苦しく、
ヒロインの母親役である飯島直子(一本木 百子役)も、かのバブル時代、巷間で言われ続けた
彼女の所業を考えれば、何やら無理がある。
従って、今後はドラマがどのように展開していくかについては余り興味がない、というわけです。

ただ10年超住んで馴染んでしまい、勝手知ったる月島・佃界隈や、
勝どき橋、佃大橋、中央大橋の風景、そして大東京の台所・築地の様子など、
「オオッ、あそこか」などと楽しんでおります。
今年は佃の守護神 ・住吉神社の三年例大祭年に当たっており、その風景を何度も見ているだけに、
NHKも完全に“受け”を狙ってる、などと考えております。

最後にひとつ秘密(!?)情報。
中央区と江東区の境にかかる相生橋の遊歩道が、好評だった結果、延長工事に入っております。
6月完成予定となっておりますが、豊洲のビル街も目の前に、益々風光明媚となる気配です。
私自身は、そうした遊歩道の一角をトレーニング・エリアにしており、毎日の変わり行く風景を
楽しんでおります。

余りに混雑するのも困りものですが、隅田川を渡る5月の風は絶品であります。
一度散策されたら如何でしょう。

2008年04月27日

青柳孝直、遂にCDデビュー!?

今は関西在住の、シカゴ帰りで、スラングならまかせとけの、元部下のSに電話した。
「おいSよ、オレもついにCDデビューだ。それもド演歌で!」
「ハァ....?? 青柳さん、昼間から酔うとるんですか??」
「ハハハ...10年前の本のCD化だよ」

関西訛りが完全に板についてしまったSに、素っ頓狂な声を出させたCDとは「ソロスの55の言葉」。
今から10年前の1998年、総合法令出版(株)から刊行、中ヒットした経緯がある。

ソロスとは、言うまでもなくジョージ・ソロス。
1980年代から90年代にかけて世界のヘッジファンドの先駈けとなった金融界の大立て者。
大英帝国相手にポンド売りを仕掛け、歴史的な大勝利したことでも有名。

そのソロスの壮絶な生き様が世界的に知れ渡り、日本語翻訳も盛んだった。
自分はソロスが知れ渡る前から、ソロスの主宰するヘッジファンド(=ソロスファンド)の研究をしており、またギャン理論のW.D.ギャンと共に、ソロスの相場哲学にも傾倒していた。

ソロスの相場哲学にはキリスト教をベースとした
「神はすべての人間に対して平等である」が根幹にある。
もう少し詳しく言うとすれば
「人の運命(=幸福)の絶対量は平等である」になる。

これを相場に当てはめると「百戦百勝は有り得ない」ことなり、従って、
「相場で連戦連勝し、大勝ちを続けた場合、その余りある“浄財”は、世の中の困った人にお裾分け
しなければ、次は負ける」という発想になる。
こうした根本理念でソロスは、東欧を中心に1千億円単位の寄付を繰り返すことになった。

そうしたソロスの相場理念を、自分が翻訳した文章の中からピックアップし、
当時の事象に当てはめたのが「ソロスの55の言葉」だった。

ちなみに55をピックアップした理由とは、
(これを明かすと、出版社から“ふざけてる”とお叱りを受けそうだが、もはや時効ということで
お許し戴いて)
「GO!GO!(ゴーゴー)」と語呂がよかったのと、
当時、読売巨人軍4番に定着した北陸の星・松井秀喜の背番号が55だったからである。

その10年前の本が、今回、Pan Rolling社によりCD化され、発売されることになった。
10年前の本がCD化されるということは「内容が普遍である」ことになり、
物書きの端くれとすれば、望外の喜びである。
平素から、桑田圭祐や山下達郎のような、10年以上の前の楽曲が、未だに新鮮さを失わない
スタンスに、ある種の“憧れ”を抱いていた自分にとって、鳥肌が立つほど嬉しい。

同CDのジャケットから、これぞと思われるものをいくつか紹介したい。
自画自賛的に言わしてもらえば、汗臭く、ガチガチしているが、一所懸命さが伝わるものばかり。
翻訳した本人が言うのも何だが、新鮮さは失っていないと思うが、どうだろうか?

「『市場は間違っている』というのは私の強い信念である」
「三菱地所によるロックフェラーセンターの買収もあった。しかしこの時の日本は自らの限界を
超えていた」
「社会現象の研究は、むしろ『錬金術』と称するのが適切かもしれない」
「単純な認識論的な構造を持つ伝統的思考形式は、現実とは全くかけ離れた信念に陥りがちである」
「普遍的な理念というものは大概は評判が悪い。人々は自分が生きることに精一杯である。
集団的な生存に対する真の脅威、あるいは仮想の脅威がなければ、人々が共通の命題に
目覚めることは有り得ない」
「市場は常に弱者、つまり確固たる信念を持たない投資家を完膚なきまで叩きのめす」

同CDはPan Rolling社のホームページにアクセス、直接購入する方式で販売されています。
また有料でダウンロードする方法もあります。
現物を手にとってご覧になりたい方は、(青柳の行き付け)“六本木のりの”のカウンターへどうぞ。
(和食・六本木のりの TEL:03-3401-7200)

エンジに白抜きのジャケットは、“のりの”の名刺の配色と同じで、ものの見事に同化して、
パッと見は分かりづらいかもしれませんが、シッカリ鎮座してます。

今回のタイトル、”受け”を狙ってエイヤッツとやってしまいましたが、少々大袈裟でした。
どうかご容赦下さい。
最新刊「2009年世界バブル大崩壊」共々、絶大なるご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。

2008年04月20日

新刊本の発刊とサイン会開催について

この度、私、青柳孝直は、約1年半振りに新刊を出します。
今週25日(金)頃から全国有名書店にて発売される予定となっています。
タイトルは『2009年世界バブル大崩壊』。
値段は1,300円(税別)となっております。

ここ1年、多くの皆様から「もう本は出さないのか」とのご質問を戴いてきました。
積極的に書く気がなかったのも事実ですが、(少々偉そうですが)何とはなしに、
本を出すことに空しさを感じておりました。

原因はハッキリしています。
同郷で、しかも同じ高校を出た坂東真理子女史が、「女性の品格」で250万部突破という、
考えられないような超メガヒットを飛ばされたことにあります。
ものの見事に真っ白にシラけておりました。

藤原正彦氏「国家の品格」のパロディと考えていた「女性の品格」は、
その発行部数で“本家の品格”を超えた段階で、分家が本家を批判されるに至って、
もはや昨今の出版界は完全にオカシイとさえ思っておりました。
“勝てば(売れれば)何でもアリなのか”などと、憤慨しておりました。

まぁ、250万部どころか、100万部も夢の数字には違いない自分にとって、
ある種の妬みもあったには違いなく、ここは自分なりにジックリいくしかない、
と考えておりました。

今回の新刊本は、米国のサブプライム問題に端を発し、チベット問題から北京五輪開催が
危ぶまれる中国を絡めた今後の世界経済の状況を綿密に分析したものです。
諸般のマスコミが入り切れない(=書き切れない)部分を丹念に見直してあります。
これまでに溜めたものを吐き出した結果、280ページ超の大作になってしまいました。

全国の皆様、どうかよろしくご支援のほどお願い申し上げます。

そして、今回の新刊本刊行と共に、自分の生涯で初めてのサイン会を、故郷・富山で
開催することになりました。
懇意にして戴いている、総合法令出版(株)・仁部社長の肝入りで実現の運びとなりました。

同じ早稲田出身の仁部社長との、飲み会での冗談が本当になったといったところですが、
よく言えば在野主義、普通に言えば野良犬主義を通してきた自分にとって、
こうした華やかな表舞台にそぐわないのは承知の上の、大決断であります。
大袈裟でなく、自分の生涯で、最初にして最後のものと考えています。

詳細は以下の通りです。

開催期日:平成20年5月10日(土)
開催時間:午後2時30分
開催場所:大和富山店内 紀伊国屋書店・富山店

主催の紀伊国屋書店では、「富山県で一番本を出している人、それが青柳孝直である」を
謳い文句にされるそうです。
誉め言葉がない、誉めようがないからそう言って戴いているようですが、
そんな恐れ多きこと、心底考えておりません。

「ブログを見て来てやったよ」などとサラッと言って戴けば、これ以上の激励の言葉はありません。
どうか全国の皆様、そして富山近辺の皆々様、
どうか絶大なるご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。


中国の異変 その(3)

4月10日の上海外国為替市場で人民元の対ドル相場は1㌦=6.9916元で取引を終えた。
人民元の対ドル相場は昨年11月から上昇ペースが加速、今年初めからの上昇率は既に
4.5%となり、07年の年間上昇率6.9%の三分の二に達している。

中国の中央銀行である中国人民銀行がこの時期に「1㌦=6元台」を容認したのは、
世界の市場は、4月11日からワシントンで開催された7ヶ国財務省・中央銀行総裁会議を
意識したものと解釈している
ちなみに同会議には周小川総裁もオブザーバー参加している。

4月中旬にはポールソン米財務長官の訪中があった上に、
北京五輪に絡み、聖火リレーに関して各国でトラブルも頻発、
「果たして北京五輪が開催されるのか否か」と、国際的な注目が集まる中での決断だった。

人民元は05年以降、「管理変動相場制」という、
現在のグローバルな世界では異例の市場システムを採用している。

元々為替市場とは、株式市場のように実体があるものではなく、
電話線やコンピュータを経由する“バーチャルな世界(=実体のない世界)”である。
そして上海外国為替市場と言われても、邦銀は勿論、欧米の銀行が参入しているという話を
一度も聞いたことがない。
簡単に言えば、中国元の交換市場は名目上は存在していることにはなるが、
その実「中国政府の世界に対する見せ掛け」あるいは「ニセモノ」の市場と位置付けるしかない
シロモノである。

こうした名目上の市場で中国政府は、輸出への影響を抑えるために大規模な市場介入を実施、
元相場を実勢よりも低く抑えてきた。
しかし元売り・ドル買い介入は中国国内のカネ余りを助長し、株式や不動産の価格高騰を招いてきた。
そうした一連の状況は、超円高時代、大規模な円売り・ドル買い介入を繰り返した1990年代半ばの
日本のバブル時代と全く同じ構図である。

いずれにしても唯我独尊・異質の国・中国も、ここにきてのドルの全面安もあり、
元高を容認する以外に選択肢がなくなったと言える。
市場介入を縮小し、人民元の上昇を容認すれば、カネ余りの解消につながる上、
輸入物価の下落を通じて消費者物価(CPI)の上昇を抑えることにもつながる。

ただ一方で、人民元高が中国の輸出産業の収益を圧迫し始めているのもごく自然の流れではある。
労働のコスト高・原材料高・優遇税制の見直しなども響き、“世界の工場”と化した中国の環境が
急激に変化し始めていることも見逃すことはできない。

2008年の北京五輪開催、2010年の上海万博開催を根拠に、
雪崩を打って中国に進出してきた日本の企業も、大きな転換期に入っている。
“皆で渡っても怖い”のが中国である。

世界の経済システムに完全に絡んでしまった結果、欧米流のそれとは相容れない不条理な部分が
露呈し、成長が鈍化し始めた中国は、逆に居直ってその異質な本性を剥き出しにし始めている。
“こうなったら矢でも鉄砲でも持ってこい”の風情である。

世界の爆薬庫・中国から目が離せない。

2008年04月13日

外国為替という最高難度の金融取引への過信

日本で外国為替取引が正式に開始されるのは1973年。
日本の外為市場は約35年の歴史ということになる。

外国為替は本来、銀行のみが取引を認可されてきた。
証券や生損保も、そして商社や輸出入業者も、為替取引は全て銀行を通して為替市場に
参入していた。

外国為替業務は、文字通り外国通貨を扱うことから、銀行では行員を選抜し、
銀行業の基本は勿論、英語力、為替市場のメカニズムを徹底して教育するシステムを採っていた。
言ってみれば、外国為替業務に従事できたのは“選ばれた行員”であった。
従って、80年代から90年代の為替ディーラは、まさに時代の花形と持て囃された。

ところが金融のグローバル化およびITが進捗する98年頃から、
まず銀行と証券・生損保の垣根がなくなり、証券・生損保が子会社形式で銀行を保有するように
なってからは、原則自由の流れが爆発的に拡大していった。
こうした原則自由の流れの延長線上に、現在の為替の個人取引(外国為替証拠金取引)がある。
そこには従来の銀行の影はない。

要は全くの素人でも為替取引が可能だし、外国為替取引を仲介する業者になることも可能である。
確かに外国為替仲介業者として営業するには金融庁への届け出が必要であり、
それなりの条件はクリアする必要はある。
しかし原則自由というお題目の中で、従来の銀行に対するような厳しい条件は付されていない。

こうした諸環境の変化と共に、ここ3年ほど続いた円安・ドル高の流れが為替人気に拍車をかけた。
要は「円を売って他の通貨を買う」取引さえ続けていれば、ごく当たり前に儲かった。
円安がこのまま続けば皆がハッピーだった。

ところが、昨年6月に1㌦=124円だった円は、この3月に95円台(3月17日の95.77円)の
急激な円高・ドル安になった。
マクロ的な見地から要因を考える前に、大きな損失にショックを受け、おかしい、そんなわけがない、
とオロオロしている。

書店では、20のOLや30代前半の主婦の書いた
「わたしにもできますFX」
「FXで1000万円を儲ける法」等のノウハウ本が並び、
タレントのブログでは、
ただでさえオバカ・キャラと思われている女性タレントの「こうして儲けたFX」云々などと、
相場を愚弄するにもほどがある話の、まさにオン・パレードである。

一方、個人取引を扱う業者=仲介業者にも大きな問題が露呈している。
顧客からの預託金と、自己資金とを分別して管理するのが原則中の原則だが、
客のカネは自分のカネとばかり、顧客の資金を使って相場を張り、大きな損失を出す
業者が続出している。
昨年10月以降、FX業者の倒産数は4社に上り、今後も増えるのは必至の状況。

かくして、円安・ドル高局面では海外市場からミセス・ワタナベと揶揄され、
“相場をナメ切った”た日本のOL・主婦層の損害は、
今回の円高局面で(推定で)5,000億円を超えると言われている。

過渡期には違いない。
そして今年は北京五輪も控え、世界経済自体も波乱含みである。
相場に対して真剣に対峙しようとしない個人投資家は当然のこととして、
万端の準備もせず、全く不用意に営業を開始しようとするど素人の仲介業者にも、
退場勧告(レッドカード)を出す時期である。


世界から孤立し始めた異質な国・中国

自分でも確かな理由は分からないが、外資系金融機関に在籍した当時から、
中国という国に対して得も言われない不安感を抱いていた。
同じアジア民族であり、同じ企業に勤務しているという親近感を持って対応すると、
ある時、そういう感覚をものの見事に、一気に引っくり返される。
普通の状態であれば通用語である英語を使うが、何か“異変”があると、
中国語をまくし立てる。
かれら一流の論理および国民性がどうにも理解できなかった。

中国のチベット自治区ラサで大規模な騒乱が起きた3月14日、北京では米CNNテレビ放送が、
チベットの映像が流れる度に画面が消えたとされている。
現在のようなグローバルな世界にあって、あってはならない当局の報道管制である。

共産党による統治と、その統治を脅かす勢力が現れれば、国際社会の軋轢を覚悟で封じ込める。
メディアを管理し、都合の悪い情報は流さない。
そのような時代錯誤の国が、世界の経済大国になった。
これが現状の世界経済の現実である。

1989年6月の天安門事件を受け、日米欧は先端技術の中国への移転を止め、世界銀行の融資を
凍結するなどの経済制裁に踏切った。
89年の中国の貿易総額の伸びは8.6%と、前年の三分の一に落ちた。
しかし当時の中国はまだ影響力が小さく、世界経済にはほとんど影響はしなかった。

しかし現在ではそうはいかない。
07年の世界経済全体に輸入額に中国が占める比率は9%を超え、89年の4倍に膨らんでいる。
中国が世界から孤立し、貿易が滞れば、世界経済も無傷では済まされない。
影響は中国に進出している日本企業にも当然及ぶ。

07年10月に6000を超え、バブルが危惧された上海総合指数は、
08年3月17日までに4割強も下落した。
ネットには株安の悲観して自殺した人の話が溢れている。

中国は07年まで5年続けて10%以上の経済成長を遂げた。
北京五輪開催という追い風受け、世界が中国の経済力の力強さを認めた途端、
歯車が狂い始めた。
チベット騒乱はその北京五輪まであと5ヶ月というタイミングで起きた。

中国の経済成長を牽引してきた輸出の伸び率は2月に前年同月比で6.5%に鈍化した。
貿易黒字の最大の稼ぎ相手である米国向けは5.2%減となった。
チベット騒乱が長引けば、外国企業の中国への投資にも影響は否めない。

共産党による統治システムが、中国国内でいくら絶大でも、グローバル経済に組み込まれた
自国の経済を思い通りにはできない。
もし米国に続いて中国経済が変調し、政治が揺らげば、世界経済の大きなかく乱要因になる。

自分は1年超前から、ことある毎に「中国での五輪開催は20年以上早かった」との論調を通してきた。
中国の国民性は、欧米のそれとは簡単には相容れない。
融合するには、二世代が交代する程度=50年の時間の経過が必要である。

かくして、北京五輪ボイッコットの風潮が本格的になりそうな気配の中で、
中国は世界の爆薬庫になり始めている。
北京五輪がもし開催されなかったら、怒り狂った中国は世界経済をズタズタにする。
いとも簡単なシナリオである。
まず手始めに、世界最大の保有国となった米国債を売り飛ばせば、
サブプライム問題でガタガタになった米国が完全にクラッシュするのは目に見えている。

一体誰が「北京五輪開催」を推奨したのか...
ほんとに浅はかな考えだった、と言うしかないが...


2008年04月05日

日銀総裁空席というドタバタ

その昔、自分が小学生の頃、母親に「日本銀行ってどんな銀行?」と聞いた。
母親からの答は「銀行の銀行」、そして「お札を刷っている銀行」だった。
「銀行の銀行」の意味は解らなかったが、確かにお札には「日本銀行券」と刷ってあった。
なるほど...

自分が金融市場の最前線で働くようになって中央銀行=日銀の存在を初めて意識した。
彼らのサジ加減(=失言に近い発言)で市場はどうにでも、面白いように動いた。
小学生の頃に説明された「銀行の銀行」という意味、および「お札を刷る」意味とは、
結局は「金融政策を司る」意味であることを切実に実感した。

「衆院と参院で責任政党が異なる」というねじれ国会のもとで、日本銀行総裁の座、
言葉を代えれば「日本の中央銀行総裁の座」が、第二次大戦以降初めて空白となっている。
米国発の金融危機は、グリンスパン前FRB議長が「第二次大戦以降最悪」と警告するほど
深刻化している。金融乱気流の中で日本は機長が不在なのである。

国という大きな組織の中で考えれば、中央銀行の権威と政治権力は相関関係にある。
しかし両者は、根幹の重要な位置を占める。
従って日銀の危機は日本の危機である。

今回のドタバタで日本の国際的な信任は失墜した。信任回復は簡単ではない。
とりあえずは日本経済の操縦かんを握る日銀総裁を早急に決め、失墜の度合いを弱める
必要がある。

「財政と金融の分離」を理由に、財務次官経験者の就任に反対した民主党は、
百歩譲って「政権を倒すのが野党の責務」とする言い分は認めるにしても、
参院での責任政党であるとの慢心が先行、政治を弄んでいるにしか見えない。

政党間の権力闘争には、国民の誰もが納得する大義名分が必要である。
日銀総裁を政治の道具にするのは、与党も野党も関係なく、政治そのものの信頼性を失う
禁じ手である。
政治不信というよりは政治不在にしか見えない。

国家の金融政策を司る中央銀行は、いわば通貨の守護神である。
従って財政政策(=政治)と分離するのが原則である。
しかし財政政策を含む経済政策全体の中で金融政策を考えるからこそ、独善に陥らず、
金融政策の独立性が確保される。
経済・財政の幅広いキャリアこそ中央銀行総裁の条件となる。
それが米欧の常識である。

東西冷戦後の世界経済の潮流は
「国際的資金の自由な動き」
「企業経営のグローバル化」
「情報通信技術の普及」
「新興国の急成長と企業間競争の激化」
「新金融技術」に代表される。

こうした多面的な波に上手に乗れればいいが、間違えば溺れる。
金融技術で最も進んでいると見られた米国ですらつまずいた。

中央銀行に信頼のない国からは世界的な資金は逃避する。
当然経済力は疲弊する。
信頼ある中央銀行を持つことは国民全体の利益である。
一連の政争を「仕様がない」と高を括れば、日本は世界の孤島となる。

今回のドタバタは日本崩壊の前兆と見えてならない。

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