2008年08月31日

北京五輪後の中国と世界経済

北京五輪閉幕後、
誠に有難いことに、8月7日発売の自著「中国大崩壊」が注目を集め始めている。
久し振りに週刊誌・数社からの取材依頼も来ている。
特に、グラビア・アイドルの裸体が最大の売りの、若者向け老舗・週刊誌からの取材依頼には
少々驚いた。

ところで、北京五輪開催で中国は何かが変わったのだろうか。
中国が獲得したメダルは、金51を含む100。
最多だった前回アテネ大会の63を大幅に上回った。
1ヶ国・地域の金メダル数が1大会で50個を超えるのは戦後では5度目で、米国と旧ソ連以外では
初めてのことである。

今回の中国の躍進は16ヶ国・地域から招かれた38人の外国人指導者の存在抜きには語れない。
そうした指導者によって、世界に通じるスタンダードなスポーツ文化が持ち込まれたことにはなる。
世界が中国を知り、中国も世界を知ることにはなった。

しかし「中国の窓」は本当に開かれたのだろうか。
マスコミから伝え聞く世界は、“(中国的な)わざとらしい世界“のオンパレードである。
五輪公園と各競技場は、フェンスに囲まれ、出入り口は兵士が監視する。
絢爛豪華な施設、随所に配置されたボランティアの「スマイル」。
記者会見では8ヶ国語での同時通訳。

そうした人工的で技巧的な世界は、開会式の見栄え重視の偽装演出で明らかになった。
特に開会式で歌った少女の歌声が「口パク」で、少数民族として登場した子供は、
実は漢民族だったことで、海外から「偽装五輪」のレッテルを張られるに至っている。

インフラ整備だけで北京に4兆5千億円の巨費が投じられた(一見すれば)高品質な
五輪ではあった。
しかし国家の優位性をアピールするという点で、その額に見合う効果があったのだろうか。
「中華民族百年の夢」だった五輪は、(共産党一党支配の)中国という国家の特殊性を生かして
運営されたことは明らかである。

巨額の投資と過剰なまでの演出。
挙国体制による金メダルの量産で、中国国民に自信を与え、人民の団結を促したことにはなる。
しかし五輪後の中国経済には様々な困難が待ち受けることは中国国民ならずとも、世界中が
認識している。

貧富格差や腐敗、少数民族政策。
祭典中も顔を覗かせた社会矛盾は、五輪というタガが外れれば、一気に不満が噴出する。
五輪の成功で自信を深めた政権側が、一連の不満を力で抑え込むスタンスになり勝ちである。

中国で改革開放政策が始まって30年。
「市場経済化を進めながら政治的な自由は封じる」という、自由主義経済社会の通常のスキムを
考えれば、非常識であり得ない、”禁じ手”を使った政策が限界に近づいている。

自分は4年以上前から、北京五輪後の世界経済を危惧してきた。
これまでのイケイケの論調が、アッという間に急変している。
「世界全体の運命を、決して信じてはいけない国に委ねた」結果に、戦々恐々としている。
これまでの「希望の大地」「輝ける大地」等の表現は、一体何だったのか...

さてこれから何が起きるか。
2008年後半は波乱含みである。


2008年08月24日

過ぎ行く2008年夏を惜しんで

自分のカラオケの十八番(オハコ)に、舟木一夫の「高原のお嬢さん」って曲がある。
知ってる人は知ってるが、知らない人は全く知らない。
当たり前と言えば当たり前だが、舟木一夫は、橋幸夫、西郷輝彦と共に(元祖)御三家と言われ、
昭和30年代に一時代を風靡した歌手。
だが、今や平成の時代においてナツメロ歌手には違いない。
「そんなナツメロ歌手の楽曲はほぼ全部、正確に歌えます」と言っても自慢にはならない。

だが、その「高原のお嬢さん」の歌詞が昨今の気候にピタリとはまる。
「あの人に逢いたい、たまらなく逢いたい…」
「東京の空の下、あの人は住んでいる…」
「せめて一度逢って聞きたい、あの日の恋は嘘かと…」
「…東京の秋は寂しい」
ご存じない楽曲の歌詞を紹介しても詮無いが、最近の東京は一気に秋の風情である。

自分にとって、2008年の夏は同窓会、同期会の夏だった。
まずは県立富山中部高校の同期会。

今年は5月に、地元の紀伊国屋・富山店でサイン会を開催した。
高校同期の多くの方々にも随分とお世話になった。
だによって、「チューブの同窓会や同期会はどうにも苦手で」ってな、いつもの調子の
逃げ口上は通じるはずもなく、半強制的に出席することになった。

自分たちのチューブの同期は、自分でいうのも何だが、とっても優秀。
地元の銀行の頭取や地元の電力会社の社長が同期ときている。
従って、同期会も彼らの一番都合の良い日が開催日として決定される。

天下御免、一本独鈷の野良犬には、まずはその“力関係”が嫌だったが、
ああたら、こうたら、有無を言わせない状況。
銀行の頭取の司会で始まり、最初の挨拶が電力会社の社長、そして乾杯の音頭が県会議員。
まぁ言ってみれば世の中の常、致し方ありませんなぁ。

それから始まったのが、組別で、各自の自己紹介兼現況報告。
誠に恥ずかしい話だが、自分が一体何組だったかも忘れてしまっているという体たらく。
皆それぞれ、オジさんやらオバさん、孫がいれば当然にしておジィさん、おバァさんだが、
誰が誰だかわからない。
紅顔の美少年・美少女も、時間の流れには逆らえないのであります。
乾杯の済んだ後、酒が入った後では、各自の自己紹介・現況報告など、聞いてるんだか、
聞いてないんだか…

そしてお決まりの記念撮影。
最前列は、くだんの頭取、電力会社の社長を中心に、(昔は美少女だった)女性群。
「私ごときの野良犬は、後段の隅っこ」といった定番の位置付け。
当然にして、当然のようなシュツエーションではありました。

次なるは小学校の同期会。
自分の生まれた土地には中学校は二校しかなく、小学校も大きく分けて二校。
ところが、一方の小学校OB&OGはイベント開催には熱心、かたや自分の出た小学校はサッパリ
という、言うところの“格差社会”。
今回の同期会は、その“イベント熱心側”の同期会。
小学校の同期会と言いつつ、中学校の同期会ではないので、関係ないと言えば関係がない。

しかし、“中学校の生徒会長は、特別参加すべし”との一部参加者の要請で、
やむなく参加することに。
午後2時からの本ちゃんの同期会終了後の二次会からの参加とあって、
会場となっている同期が経営するスナックに到着した頃には案の定、皆出来上がってる。
これは追いつくしかないと、濃い目のウィスキーカブ飲み。
後は、自分が何を言われてんだか、自分も何言ってんだか分っからない、いつもの
“朧(おぼろ)の世界”。

かくして、いつものように、いつものごとく、時間が過ぎて行きました。
ただ考えてみるに、皆が元気で今度はいつ会えるのだろうか、などと考えると、
フト寂しくなるのでありました。

高原のお嬢さんの歌詞にあるように「東京の秋は寂しい」のであります。


幸福の黄色いバトン

中学時代は陸上競技をやっていた。
百・二百の短距離を中心に、走り幅跳び、走り高跳び、砲丸投げなど、オール・マイティの
スーパースター(!?)だった。
そして中学在学中、市内の大会では、総合優勝三連覇という偉業(!?)を成し遂げた。

と、ここまで書くと如何にも凄いように見えるが、その実、市内の中学校は二校しかなく、
しかも選手と言えば、陸上専門にやってる者がほとんどおらず、“寄せ集め”の中での
大会開催だった。
要は、中学の運動会では絶大な花形スターではあったものの、その実は“なんちゃって陸上選手”
だったのである。

陸上競技を選んだのは、というより、選ばさせられたのは母親のお陰(!?)である。
長男の自分に勉学中心の生活をさせようと、集団競技は練習が厳しいからダメ、
かと言って、ひ弱な少年になってもダメ、結果的に自分勝手に練習時間が選べる競技、
それが陸上競技だった。

自分が生まれるまで、その中学の先生をしていた母親は、自分が中学に行く頃にも
当時の先生方に知り合いが多く、そして当時の体育の先生とは数年間の同僚だった。
自分がやりたかったのは野球か、あるいはバスケットだったが、そうした運動部に入部しようと
すると、その体育の先生から職員室に呼び出された。
「青柳、やめとけ!」。「陸上やれ!」。何でだ?

こうした一連の流れがあったと知ったのは、後年になってからではある。
時折、特に自分が酔って母親に質問すると、母親は“しつこい!”と頑強に否定するが、
要は、中学時代の自分は母親の“操り人形”だったというわけである。

前置きが長くなってしまったが、とりあえずは市代表として3年連続で県大会まで進出し、
正式な競技場で、正式の試合を経験したから、陸上競技の“競技をする心”および
“陸上競技の雰囲気”は知っている。
県営陸上競技場でスタートラインに立ち、マイクで名前を呼ばれ、ヨーイ、ドンの中の
緊張した雰囲気は知っている、というわけである。

そうした経歴から、日本選手権や世界選手権などのメジャーな陸上競技の試合中継は
欠かさず見るようにしてきた。
特に百・二百の短距離は、秒単位の世界だからなおさら、興味をそそられた。
ただ日本人と、外国選手、特に黒人選手とののDNAの違いからくるパワーの違いは、
まさに絶望的だった。単なる努力だけでは超えられないと実感していた。

今年の北京五輪も、もはや参加するのが無駄と思えるくらい、陸上のトラック、フィールド競技では
惨敗の嵐だった。
末続や、為末など、世界選手権でのメダリストたちが、何やかやとTV番組では取り上げられては
きたが、まるで“ダルマさん(手も足も出ない)”の予選敗退。
世界記録を連発し、軽々と金メダルを連取するジャマイカのボルトって、
あいつは実は人間じゃなくて、最高の技術を駆使して作られたロボットじゃないか、
なんて、ヤケッパチに眺めていた。

ところがである。日本の“職人の技術”がサイボーグを打ち負かした。
他国の選手たちが馬鹿にして無視したバトン練習を繰り返し、体力の違いを
“(日本伝統の)職人技術”で凌駕して、400メートル・リレーで銅メダルを獲得した。
日本のトラック種目の五輪メダルは1928年アムステルダム大会女子800メートル2位の
人見絹枝以来80振りの快挙。男子トラック種目では初。

塚原→末続→高平→朝原などといった、トップクラスの選手が複数揃うことも難しいだろうが、
とりあえずは黒人DNAに対抗するための糸口は見つかった。
最終ランナーの朝原がゴールし、日本三位が確定した時、朝原は持っていた黄色いバトンを
空へも届けと思いっ切り放り投げた。

「金メダルを持って帰る、それが日本の使命だ」などと高言していた日本野球が惨敗し、
疲れて果ててしまっていた自分は、日本のリレーチームの銅メダル獲得を見て、
なぜか(山田洋二監督、高倉健主演の)“幸福の黄色いハンカチ”から連想する
“幸福の黄色いバトン”という文字が浮かんだ。不覚にも涙が出そうになった。
日本のリレーチーム、最後の最後に感動をほんとにありがとう!!



ドル安の流れは変化したか

8月に入って、原油・金・穀物などの国際商品の価格が軒並み下落し、調整色を強めている。
商品相場は2007年秋からほぼ一本調子で上昇してきたが、米国の投機規制強化の動きを
嫌って、商品相場から米ドルに流入し始めている。

下げ幅が最も大きいのがシカゴ先物市場の小麦。今年2月の最高値から40.8%の下落。
また150㌦に肉薄した原油は、20%超の下落。
こうした原油を中心にした商品相場は03年あたりから上昇を始め、今年に入ってからは
金融不安を背景にドル安が進行し、投機資金が商品市場に流れこんで、相場は上げ足を速めた。

相場の基調が変化し始めたのは7月。
市場全体に欧州経済の悪化を懸念する見方が台頭、ドル安・ユーロ高から、ドル高・ユーロ安に転じ、
ファンド筋がドル売り・原油買いのポジション解消に動き始めた。
米商品先物取引委員会(CFTC)が投機資金の監視を強化し、7月下旬にはオタンダのファンドを
相場操縦容疑で訴追したことも投機資金離散に拍車をかけることになった。

そうした相場の転換点を迎える中で、
これまで無視しがちだった中国や米国の需給材料にも敏感に反応するようになっている。
例えば銅相場。7月2日の最高値から20%の下落となった。

中国の1~7月の銅輸入が12%減となり、北京五輪後の景気悪化懸念が強まったことが要因。
原油価格下落も、世界の消費の四分の一を占める米国で、ガソリン需要が急減していることが
一因になっている。

為替市場では、日本のお盆休暇の間に、約7ヶ月振りとなる1㌦=110円を突破、
また対ユーロでも1ユーロ=1.5000㌦を割り込む展開となっている。
豪ドルなどの高金利の資源国通貨に対しても強含み、ドルの全面高の様相を呈している。

ドルは昨年来のサブプライム問題が表面化して以来、金融不安を背景に売られてきた。
米景気の減速観測は変わらないが、米国以外の国や地域の景気減速が目立ち始めたこと
がドルを相対的に浮上させる要因となっている。

欧州中央銀行(ECB)のトリシェ総裁が「欧州景気は2008年半ばに弱くなる」と指摘するなど、
欧州経済も万全とは言えない。
また資源高を追い風に高成長を続けてきた豪州にも住宅問題が波及している。

ただ米経済は雇用や住宅市場が落ち込んだままで、低空飛行を続けている。
住宅金融公社の支援法が成立したことでドル買いの安心感を高めたが、
米国の“底の底に巣食う問題”が簡単に解決するとは思えない。

恒例の“8月の異変”の様相ではある。
しかし一連の異変は、市場参加者が方向を見失い、疑心暗鬼になったことで起きる。
米国を巡る根幹の問題に、絶対的な解決策が出ているわけではない。
北京五輪後の中国が、相場の波乱要因になるのは必至の状況。

相も変わらず、市場の論調は「今日は買い」「明日は売り」ランダムな論調になっている。
特に日本では、市場に関する情報・論評は、一誌独占の状況である。
情報を客観的に判断すべき評論家諸氏も、大資本の組織に属するサラリーマン評論家ばかり。
組織の思惑に沿ったポジション・トークに終始する。

そんな日本も相変わらずだが、こうした混乱の時代は、ランダムな論評に惑わされることなく、
与えられた状況を冷静に眺めたいものである。


2008年08月16日

コースケ、コーヘイあんどサトシの夏

残暑お見舞い申し上げます。
今年も暑い夏になっております。
アクセスを戴く皆様方、お元気でいらっしゃいますか?
そして、どのようなお盆をお過ごしですか?

自分は今、富山の実家おります。
海の見える離れの一軒家の2Fの自室から、海を横目で見ながら書いております。
時間が止まった状態で、相も変わらず“何もないナツッ”の風情です。
これ以上この状態にいると、都会のスピードに随いていけなくなるので、明日の
一番列車で帰京する予定です。

今年の夏は北京五輪の夏で、とりあえずは退屈しない時間を過ごしております。
北京五輪も中盤で、どこの国がメダルを何個取った、が話題になっておりますが、
大勢は既に決しております。
“絶対的・熱狂的ホーム”の中国が、メダル数でも第一位になるのは確実な状況。

我がニッポンと言えば、「コースケ、コーヘイあんどサトシの夏」になる気配。
まずは、水泳・北島康介。
予想通り、百・二百平泳ぎ、五輪連続二冠。もはや立派というしかありません。
かの昔、マラソンの瀬古が醸し出した“哲人オーラ”も出て、もはや誰が見ても
世界のスターであります。
出始めの百メートル優勝インタビューで、涙ぐんだ挙句、強制され仕様がなく、
小さな声で“チョー気持ちいい”と言い放った風情には、オトナを感じてしまいました。
もうあなたは日本水連の幹部の座が約束されております。
いかに世界のスターだとは言え、引き時を間違わないで戴きたい。
今、世界のコースケに言えるのはそれだけであります。

そして突然、彗星のように飛び出した“体操界のニコニコ王子”、内村航平。
あなたの鉄棒&床の演技は、昔のサーカスのようで、クルクル回る様は三次元の世界。
もはや“天才”というしかありません。
あん馬が苦手なのも、今後の成長のための“糊しろ”を感じさせる、いわばご愛嬌。
笑顔がとっても素敵で、“あんな孫を持ちたい”と、日本全国のオばぁちゃん連中から
絶大な人気を得るのは確実。
滅多に褒めない自分のお袋も絶賛しておりました。“笑顔がとても可愛い”って…
4年後のロンドン五輪が楽しみです。
日体大2年生とかで、グラマテスなオネェさん連中から“猛毒”をもらわないかと、
今はそれだけが心配です。
過去に高校生で五輪出場し、予想以上のスピードで汚れていった人間を見ているだけに、
その純粋なステキな笑顔を持ち続けて戴きたいと、切に願う次第であります。

そして柔道、無差別級の石井慧(さとし)。
「常に一本を狙う日本的なウツクシイ柔道」を嫌悪し、
ポイント狙いであろうが何であろうが、何が何でも勝つという“あざとい柔道”が
遂に世界を制覇しました。お見事です。
日本選手団の主将の大任というプレッシャーに負け、初戦敗退した鈴木桂治の“敵討ち”とばかり、
鍛え抜かれた“鋼(はがね)の肉体”は肉体的なハンディをものの見事に跳ね返しました。
これからの日本の柔道界は“石井時代”or“サトシの時代”の到来です。
ただ国士舘大学に在学中であるという理由から、“国士舘の柔道は最高だ!”と連呼するのは
どうかと思います。
あなたは世界のイシイ、世界のサトシなのだから、もう少し言い方には気をつけてもらいたいな、
と思う次第であります。

かくして2008年の夏、北京五輪の夏は徐々に終わろうとしています。
昨日の夜、集中的な雷雨の後、実家方面では虫が鳴いておりました。
暑い、暑いと言ってるうちに、季節は秋に移ろうとしています。
ただ、残暑も厳しく、アクセスを戴いている皆様、くれぐれもご自愛戴きますよう。


2008年08月10日

8月新刊「中国大崩壊の衝撃」について

8月8日、北京五輪が始まった。
だが今回の五輪を見つめる日本を始めとした世界の国々の見方は冷ややかである。
中国に古くから根付く多民族に絡む厄介な事件が多発し、かつ表面化したからである。

日本の場合、7日に飛んだ日航のチャーター便の搭乗率は33%だった。
競技への関心は抱いても、その舞台への好奇心はソウル五輪当時の韓国ブームに比しても、
問題にならないくらい薄い。
1964年の東京五輪は“はるか彼方の遠景”となり、欲しいものを見いだせないニッポン人の
虚無感を物語っているようである。

オリンピックは中国語で「奥林匹克」と記すそうである。
5000年の歴史を誇り、古代から世界各地から多くの文化が到来した中国史上初の五輪だが、
自分は別の意味で危機感を感じている。
今回の北京五輪後の世界経済を考えば、中国のバブル崩壊が本格化する可能性を含んで、
五輪を楽しむといった状況にはないからである。

世界唯一の共産主義国・中国が、改革・開放政策を導入以降、
“金さえ儲かればいい(=利益至上主義)”が強まり、特に北京五輪開催が間近になって
その風潮が激化、中国全体に「短期的な利益しか考えない」体質が出来上がってしまった。

現在の五輪は、政治よりも経済に密接に結びつき、その根幹の意味さえ変えてしまった。
そこに現れたのが、世界最大の人口を抱える中国だった。
近代国家としての存在を誇示したい中国は、五輪は魅力的なイベント(=興業)であり、
北京五輪は「スポーツとビジネスの更なる蜜月を、世界に誇示するもの」であるはずだった。

1997年の英国の香港返還以降、英国人が香港から姿を消した。
以降は完全に中国人=華僑の世界となった。
最終的に中国的な思想・スキムが先行する社会では、表面的にはともかく、根幹では世界的な
グローバルな概念が通用していない。

15億人と言われる人口を抱える大国・中国は、2008年の北京五輪を控え、異常な盛り上がり方を
してきた。
「中国株はいずれ劇的に収束する」。
グリンスパン米連邦準備委員会(FRB)前議長はそう予言した。

07年10月に6000を超え、バブルが危惧された上海総合指数は、08年6月までに5割強も下落した。
人民元の上昇抑えるためのドル買い介入を続けた結果、外貨準備は1兆2千億㌦を超え、
対価として人民元が市場に過剰供給されたことで、極端なカネ余り現象が起き、
非効率な投資の増大や株式市場の過熱を招き、中国に未曽有のバブルが起きた。

共産党による統治とその統治を脅かす勢力が現れれば、国際社会の軋轢を覚悟で封じ込める。
メディアを管理し、都合の悪い情報は流さない。
そのような時代錯誤の国が、米国、日本、ドイツに次ぐ経済大国になった。
これが現状の世界経済の現実である。

07年の世界経済全体に輸入額に中国が占める比率は9%を超え、89年の4倍に膨らんだ。
中国が世界から孤立し、貿易が滞れば、世界経済も無傷では済まされない。
世界最大15億人の人口をバックに、良く言えば“おおらか”、悪く言えば“大枠から外れ、
自分本意でいい加減”の中国的な常識は、世界を崩壊させる可能性を含有する。

北京五輪開催という追い風受け、中国は07年まで5年続けて10%以上の経済成長を遂げた。
しかし世界が中国認め始めた途端、歯車が狂い始めた。
共産党による統治システムが中国国内でいくら絶大でも、グローバル経済に組み込まれた
自国経済を思い通りにはできない。

米国に続き中国の政治・経済が変調すればどうなるか。
かくして北京五輪終了後は、世界経済クラッシュの可能性を含んで波乱含みである。

8月7日、自著『中国大崩壊の衝撃』(総合法令出版刊)が刊行されました。
お気づきの通り、8月8日の北京五輪を意識したものです。
やっとのことで間に合いました。
よろしくご一読下さい。

米経済危機の深層

最初は貝殻や毛皮。次に金や銀。
言うまでもなく“おカネ”の歴史である。
希少な材料だからこそ価値があった。
しかし現代の通貨は、単純に言えば印刷を施した紙切れである。
なのにどうして世界中の人間が大切にするのだろうか。

誰もが信じているからこそ「印刷を施した紙片」がおカネになる。
しかし、その価値を疑う者が出始めたら、魔法が解けたように“ただの紙切れ”に戻るかもしれない。
自他共に世界の基軸通貨と認知するドルの価値も、結局はおカネを使う側の人々の「思い込み」に
かかっている。

超大国・米国が輝き続ければ、ドル紙幣が色あせることはない。
しかし経済・政治を含めて今の米国の姿は世界の目にどう映っているのであろうか。

米連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)と、連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)の
経営不安を受け、米政府は公的資金の注入も選択肢とする救済策を打ち出した。

しかし両社は経営規模が巨大な上に、業績・財務に下振れリスクが拭えず、
米政府と議会がまとめる救済策も抜本的な解決につながるかは不透明である。
両社は海外から多額の資金を調達してきており、時間の経過と共に、日本を含めた世界の
金融市場に混乱が飛び火する恐れが濃くなっている。

1938年に政府系機関として設立され、1968年に民営化されたファニーメイ。
そして1970年に同社を補完するためにできたフレディマック。
共に民間上場企業ではあるが、政府の監督下にある。
発行する債券には「暗黙の政府保証」があると受け止められ、最上級の格付けを維持してきた。

「半官半民」のあいまいな位置付けのまま、
住宅ローン債権の買い取りや保証を手掛ける住宅金融の担い手として規模を拡大してきた。
両社が保証・保有する住宅ローン担保関連資産は5兆2千億㌦(約556兆円)にまで膨らんでいる。
うち1兆5千億㌦(約160兆円)超を海外の中央銀行や金融機関が保有する。

住宅の値下がりと共に保有資産が目減りし、経営が悪化する構図は民間金融機関と変わりがない。
ルーズベルト大統領が掲げたニューディール政策の一環でファニーメイが発足して以降、
住宅市場が冷え込むたびに政府と議会は公社の機能や資金枠を拡大するお墨付きを与えてきた。
バブル崩壊後の景気対策で脚光を浴びた日本の財政投融資の積み増しと同様の構図が長い間
続いてきている。
抜本改革を巡る論議はなされていない。

米議会は支援策を盛り込んだ法案を通過させた。
結果、市場はひとまず落ち着きを取り戻している。
しかし危機の根源である米住宅価格には底入れの兆しが見られない。
両公社の経営問題が市場に第二、第三の衝撃波をもたらす懸念は消えていない。

「20世紀の最終勝者・米国に対する常識」を変えなければならない時期のようである。







2008年08月03日

明暗分けるイチローとゴジラ・松井

また夏の甲子園が始まった。
溜まりまくったエネルギーを発散させるような青臭くて、汗臭い若者の祝宴、夏の甲子園。
かくして、また今年も“日本のナツッ!”がやってきた。

いまを時めくメジャーリーガーのイチローもゴジラ・松井も、そうした甲子園OBである。
名古屋・愛工大名電高校と金沢・星稜高校。
東海と北陸の名門校は、練習試合も恒例となっていた。
そうした宿縁のライバルが、ここにきて明暗を分けている。

7月29日、アーリントンでの対レンジャーズ戦。
1回、第一打席、第一球目。イチローは詰まり気味に左中間にポテンヒットを放つ。
米一部マスコミがモスキート(蚊)と呼ぶに相応しい(!?)、
日米通算3000本安打達成の瞬間だった。

日本のオリックスで1278本、マリナーズの8年で1722本。合計3,000本。
日本のプロ野球選手で3000安打達成は、今や“喝ッツ!!”オジさんと化している張本勲の3085本
に次いで二人目。
張本が39歳2618試合で到達したのに対し、イチローは34歳281日、2175試合で達成。

米大リーグでは過去27人が3000本安打を記録。
最速は34歳231日、2135試合のタイ・カップ。
日米を単純に比較はできないが、34歳、2200試合以内で達成したのはタイ・カップとイチローだけ。

今後のイチローは、「記録コレクター」として、日本記録更新は当然のこととして、
米大リーグにも二人しかいない4000本安打に向け、再スタートすることになった。
内野安打が多く、豪快無比なメジャー・ベースボールとイメージが異なることから、
モスキート(蚊)と揶揄されてはいるが、何か文句あっか、といった、野球殿堂入り確実の成績である。

かたや北陸の星・松井は、「引退危機」に見舞われている。
昨年11月に右ひざを手術し、活躍が危ぶまれていた松井だったが、今シーズンは6月までは絶好調
だった。
打率はイチローを上回るチームトップの3割2分3厘。一時はリーグの首位打者だった。
打撃のタイトルの獲得までも期待されていた矢先の6月18日、左ひざに水が溜まり、試合を欠場。
その後3試合に出場したものの、6月28日に故障者リスト入り。
それから1か月超、地球儀大のアイシングをした(ロボットに似た格好の)松井の写真に象徴される
ように、一向に回復のメドが立っていない。

日本のマスコミでは「今季中に復帰」と見る論調が目立つが、
地元のマスコミや関係者間では「ゴジラのひざは予想以上に深刻」という意見の方が主流。

松井にとって、左ひざ痛は、巨人時代の98年から抱え続けてきた10年来の古傷。
93年から06年かけて、日米通算1768試合の連続出場記録を持ち、試合に出続けることに
強いこだわりを持つ松井は、これまでシーズンを棒に振りかねない手術などの荒療治は避け、
ひざ周囲の筋肉を強化し、その筋力でひざ痛をごまかす療法を選んできた。

ところがメジャーに移籍して、パワー不足に気付き、これまでとは違う筋力トレーニングをやり出す。
そのため体重が急激にアップ、100㌔を超えるようになり、ひざが悲鳴を上げるようになった。
「痛みをこらえても試合に出続ける」という日本流美学も、状態を悪化させるマイナス要因になった。

ヤンキース側では松井の年内手術を勧めている。
「来年の開幕に間に合うよう今のうちに手術をしてひざを直しておき、高く売ろう」
とする思惑であることは明白。
要は松井はトレード要員!ってことである。

(冷たい言い方をすれば)、球団サイドでは以下のようなスタンスらしい。
「松井は使えるだけ使ったら切り捨てるだけの選手。スーパースターでもなければ、チームに絶対
必要な選手でもない。すでに松井の関連グッズ等で元は取った」

ここ2か月、
あれだけ”朝食のおかず”として、楽しみにしていたメジャーの野球中継を全く見なくなっている。
ダントツの最下位を突っ走るマリナーズの試合など、面白いはずがない。
レッドソックスの松坂、カブスの福留、アストロズの(リトル)松井、レイズの岩村など、
日本選手の活躍も目立ってはいる。
だが名門ヤンキースに、北陸の星・ゴジラ・松井がいてこそのメジャーだった。

今年3月、富山界隈から嫁さんを娶り、「嫁さんを”サゲマン”と言われたくない」と、
死ぬ気になって頑張ろうとしている松井が目に見える。
でもそんな松井に、
「ケガは仕様がないって... もう日本に帰ってくれば...、(楽天)野村再生工場があるさ!」
って言いたくなっている。 

かくして、夏の甲子園の試合を眺めるともなく眺めながら、何か元気のない自分がいるのであります。






転換期の様相・原油相場

「原油価格を引き下げたい」。
この6月、サウジのニアイミ石油鉱物資源相は、並々ならぬ決意での産油国と消費国の
緊急閣僚会合への参加国に呼び掛けたという。

NYMEX原油先物(WTI)は150㌦に肉薄した後、急激に値を下げている。
ここにきての大きな下げ要因は、今から40年前に40年分と言われた原油の埋蔵量が、
40年経った今、まだ40年分あることが判明したからである。
まさに笑い話である。

英BPによると、07年の確認埋蔵量は1兆2400億バーレル。
より深く、広い地域での生産が進めば、枯渇は遠のいていく。
今後は東シベリア、北極海沿岸などが有望とされている。

そして空前絶後の歴史的な原油高を背景に、従来利用されなかった原油代替資源の開発に
弾みがついている。
その代表格とされるのがオイルサンド。
重質油を含む砂の層のことで、カナダやベネズエラなどで生産される。
砂から油を分離するのにコストがかかるため、原油価格が1バーレル=70~80㌦にならないと
採算に合わないとされてきた。
欧米石油メジャーが開発を進め、日本企業でも、国際石油開発帝石ホールディングズが事業に
参画している。

オイルシェールにも注目が集まっている。
シェールというのは堆積岩の一種である「けつ岩」のことで、
文字通り岩石に油が含まれており、この岩を粉砕して熱分解し、原油を抽出する。
三井物産は、ブラジル国営石油会社ペトロブラスと共同で、米国中西部ユタ州の開発に参画する。

海底下の地層に存在し、「燃える氷」と呼ばれるメタンハイドレードも有望視されている。
メタンガスが低温高圧の状態で、水の分子に閉じ込められシャーベット状態になっている。
日本近海にも天然ガス約100年分が埋蔵されているとされ、
独立行政法人の石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が産出実験を行っている。

商品先物の怖いのは「先物の動き(=高騰)に現物価格が追随する」点である。
1バーレル=10㌦から始まった原油相場は、その15倍の150㌦に肉薄することで、
原油産油国は三代先までの資産を形成したと思われる。

しかしそうした“歪な資産形成に待ったをかける“のが人間の英知である。
本欄では再三にわたって、今回の高騰相場は劇的な修正局面を迎え可能性を指摘してきたが、
米議会も年金基金の商品投資に規制をかけ始めており、今後の内容次第では一気に売りが出る
可能性は否定できない。

はからずもJ.ソロスが指摘したように、“ブームの終焉”は近いのかもしれない。
先物主導の歴史的な化け物相場は、一気に崩壊に向かう気配も見られる。

北京五輪の開幕が最終カウントダウンとなっている。
まさに嵐の予感。“嵐の8月”は油断ならない。


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