2008年09月28日

ようやくにして秋...

ようやく決算事務も一段落。
缶チュウハイ片手に、ゼイゼイ肩で息をしながらの決算処理も、9合目を過ぎております。
青柳事務所の会計を見てもらっているY会計事務所のIさん、もう少しで終わりますから、
どうか一息つかせて下さい。

ってことで、ようやくにしてブログを書こうという、心の余裕が出てまいりました。
いやぁ、突然にして秋の様相であります。
10月直前にして、いわゆる季節の変わり目であります。

生まれつき暑がりの自分は、 6月からクーラーつけっ放し。
そうした亜熱帯の生活から、ようやく開放されつつあります。
今日はクーラーを切り、窓を開け放してこのブログを書いております。

誠に他愛無いことではありますが、最近非常に感動したことを書いてみます。
いつものように、いつもの場所でトレーニングをしておりました。
そこに、ほぼ毎日、ほぼ同じ時間帯に、どうやらウォーターフロントの最高級マンションに
お住まいらしい、いつも小ぎれいにしたおばぁちゃんと会うことに相成りました。

そのうち、何気に挨拶を交わすようになり、
「コンニチワ」
「いつも精がでますねぇ」なんて、挨拶を交わすことになっていきました。
イヤイヤやってるわけでもないが、トーレニングをしておかないと、まず第一に酒が美味しくない。
そして酒が残ると諸般の内臓疾患につながる。
そして今や猛毒としか言われないハイライトなどいう、アナログのタバコを常用している自分にとって、
仕事の一部として1時間程度のトレーニングを課している。
ただそれだけのことではありますが、傍目には少々異常に映るらしい。

ブツブツ言いながら、時には“バカヤロウ”などと叫びつつ、体を動かしている様は、
確かに尋常ではない。
しかし隅田川沿いにあるそのトレーニング・エリアは、人がどう思おうと自分のためにやるんだ、
といった決意満々(!?)の“変な”方々が集まってきております。
例えば妙齢のご婦人が上半身ほぼ裸で走っていたりする。
但し、ダンナか恋人と思われる方と一緒ではありますが…

前置きが長くなりましたが、その小ぎれいなおばぁちゃんから、ある日、1本のお茶を
プレゼントされてしまいました。
“これ、どうぞ”と言われた時、それこそキョトンとしてしまった。
「あなたの一心不乱の姿をみると、こっちも元気が出る」
そうですか。そんなに無心にやってるんですか、自分は…

CDを聴きながら、体を動かしながら、景色を見ながら、頭の中では全く別のことを考えてる自分が、
一心不乱に見えるのか…

そのお茶は飲まずに机の上に飾ってあります。
野良犬だ、変わり者だと言われることに慣れてしまった自分も、妙齢の方々には青々しい、
若々しい青年に映るんだ…
なるほどなぁ...

今回の最後に(たばこ吸いの言い訳に近い)北原白秋の詩をご紹介。
この詩はとっても気に入っておりますです、ハイ。

  煙草のめのめ、空まで煙せ、
  どうせこの世は癪のたね。
  煙よ、煙よ、ただ煙、
  一切合切、みな煙。

  煙草のめのめ、忘れて暮らせ、
  どうせ、昔はかへりやせぬ。
  煙よ、煙よ、ただ煙、
  一切合切、みな煙。


金融の世界再編に日本勢参入の意味

一体いつになったら金融危機は終息するのか。

「ヤンキースも米政府のベイルアウト(救済)が必要だ」。
1923年に開場、9月21日に最後の試合を迎えた老舗・ヤンキースタジアム。
14年連続のプレーオフ進出がならなかった名門チームへのいらだちと、
公的救済への複雑な思いを重ね合わせた標語が、ヤンキースタジアムに掲げられた。

最大の問題は、米国発の金融危機が基軸通貨であるドルの信任に結びつくことである。
ドル急落につながれば一次産品を中心にグローバル市場で再び負の連鎖が始まる。
日米欧の中央銀行が大量のドル資金供給で協調したのもドル防衛の一環である。

市場の論調は、
「結局は住宅市場の動向次第。住宅市場が安定しない限り、金融市場に不透明感は残る」。
「住宅市場は更に20~30%は下落する」。
こうした米金融危機をきっかけに、米欧の大手金融機関が世界的な大型再編に乗り出している。

そしてまた日本の大手金融機関も、救済役として資本の出し手になり出している。
三菱UFJファイナンシャル・グループがモルガン・スタンレーに9000億円出資。
また野村ホールディングスがリーマン・ブラザーズのアジア部門などを買収(約200億円)する。

バブル景気に沸いていた1980年代後半、日本の大手金融機関は、米金融機関に買収・出資
攻勢をかけ「ジャパンマネー」と恐れられた。
86年住友銀行は、当時米証券三位だったゴールドマン・サックスに共同出資者として資本参加。
当初は合弁証券会社構想などもあったが、米当局が認めず結局は住友銀行の「純投資」となった。

次いで、富士銀行が金融会社ヘラーファイナンシャル、第一勧業銀行がCITグループを買収する。
また三菱、東京、三和、東海の(当時の)都市銀行4行は、いずれもカリフォルニア州の地銀を買収、
米国の金融リテール(小口金融)に進出した。

87年、ブラジルなどの累積債務国向けの不良債権増で経営難に陥ったバンク・オブ・アメリカへの
日本の共同出資は、米国の金融安定にジャパン・マネーが使われた典型だった。

邦銀が当時、対米進出を積極化したのは、業容の拡大と共に、米金融市場の進んだ技術や
ノウハウを吸収するのが狙いだった。
ただ今回の再編は根本的な問題が異なる。
総額100兆円とも言われる負債を抱える米金融への救済である。

諸般のマスコミの論調は「日本勢、世界市場で攻勢」などと、景気のよいことを言ってはいるが、
ようやくにしてバブルの負の遺産を整理し終わった現在の日本の金融に、そうした救済に乗り出す
ほど余裕があるのか。

結局は、米政府の日本政府に対する“奉加帳”形式によるゴリ押しのように見える。
日米安全保障条約という“足かせ”のある日本は、またまた米国の言いなりになるしかないのか。
冷静に状況を見据え、足元をシッカリと固める時と思うが…


2008年09月23日

リーマン・ブラザーズ倒産の波紋

亜熱帯・東京もようやくにして秋めいてまいりました。
ブログにアクセスを戴いている皆様には如何お過ごしですか?

私はここ1週間ばかり、決算業務に追われ、日常業務の大半が数字との睨めっこ。
ブログのアップもままならない日々が続いております。

元々は銀行員だろ?はい、確かに銀行員ではあります。
が、そうは言われましても、“冷たい数字”との格闘は、さすがにつらいものがあります。
なかなか突合しない数字にキレてしまって、エイヤッと缶チューハイを飲むパターンで、
スパイラルに作業が進まない毎日ではあります。
とにかく頑張りマス。

「荒れ狂った週末」「ブラック・サンデー」。
9月16日付けの欧米主要紙は、リーマン・ブラザーズ救済を巡る協議の決裂、
そして起きた倒産劇に対し、上記のようなキャッチ・コピーをつけた。

米ワシントンポスト紙は、
「政府の公的救済が正当化されるのは、金融システム全体への利益が潜在コストを上回る時だけ」
と断じ、
また英紙ファイナンシャルタイムズの論調は、ポールソン財務長官らの行動を「勇気ある決断」と
称える一方で、「成功と断定するのはまだ早い、前代未聞の事態だ」

ここ5年、欧米の証券会社は借金を膨らませて住宅ローンを購入、証券化して投資家に販売する
手数料ビジネスで高収益を上げてきた。
しかし担保となる住宅等の資産下落をきっかけに逆回転が始まることになった。
サブプライムローン関連商品が売れ残り、証券会社は不良在庫を抱えることになった。

預金など安定的な資金源のない証券会社は、総じて逆境に弱い。
日本でも山一破綻の後、大和証券、日興証券が相次いで銀行に出資を要請、信用補完に動いた。
それと同じ構図が10年後の米国で起きたことになる。

米政府は大恐慌の反省から、銀行・証券の業務分離政策を採ってきた。
しかし1999年、その分離政策は事実上撤廃され、銀行・証券の融合を認める路線に転換した。
金融サービスの充実が狙いではあったが、その後は住宅投資の過熱などバブルを加速、
グリンスパン前FRB議長の云う「リスクに甘い時代」となっていった。

証券化をテコに信用創造をしてきた米金融業は、米経済の付加価値の源泉でもあった。
その先鋒を担った証券の行き詰まりは、米経済そのものの行き詰まりを表しているとも言える。

いずれにしても現在の米国の金融情勢は、1990年代の日本の金融危機に酷似してきた。
97年日本の金融危機も証券会社の破綻から始まった。
11月に三洋証券が上場証券で初の会社更生法を申請。
そのおよそ20日後に、山一は自主廃業の申請を決断している。
三洋証券がベア・スターンズ、山一証券がリーマン・ブラザーズの位置付けである。

三洋破綻から約2週間後に大手銀行のひとつであった北海道拓殖銀行が破綻。
98年には日本長期信用銀行と日本債券信用銀行が破綻。
その後は生命保険会社の破綻も相次いだ。
米大手地方金融機関の破綻や米大手保険の資金繰り危機の様子も酷似している。

「世界からモノを買い、代金をドルで支払い、払ったドルを(米国債として)米国に還流させる」
米国式資本主義経済システムが完全に行き詰まっている。
世界は次なるスキムを求め、右往左往している。

米国でもなく、また中国でもなく、当然ながら日本でもない。
残るは欧州連合=ユーロしかない。
「ユーロ新時代」の到来と思う。


2008年09月16日

虚城となるか、六本木ヒルズ

9月7日、ポールソン米財務長官は、
経営難に陥っている連邦住宅供給公社(ファニーメイ)と連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)を
政府の管理下に置くと発表した。
二社合計で2千億㌦の優先株購入枠を設定、段階的に公的資金を注入することになる。

二公社への救済策は7月末に成立した住宅公社支援法に基づくもので、米財務省は二社それぞれと
総枠1千億㌦ずつの優先株の購入協定を結んだ。
二公社は約5兆3千億㌦(約540兆円)の住宅ローン債権を保有・保証する巨大金融機関。
不動産市場低迷を受け損失が拡大、株価も急落するなど、経営難が深刻になっていた。

世界各国の金融機関や中央銀行が保有する両社発行の債券や関連商品は約1兆6千億㌦。
(約160兆円)。
両社の破綻は世界各国に波及するおそれがあった。
各国の中央銀行は米連邦準備理事会(FRB)のバーナンキ議長らを通じ、米政府に両社の
支援要請をしていた。
また市場からも公的資金注入を含む抜本策への圧力が増していた。

米政府は信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)問題が深刻化した昨年夏から
1年強で、公的資金投入を決断したことになる。
日本がバブル崩壊後、住宅金融専門会社の処理を経て、銀行への公的資金の本格注入まで
ほぼ10年を要したのに比べ、けた違いに迅速な対応を迫られたのは、世界の市場経済に及ぼす
影響がそれだけ深刻なことを示している。
ただ今回の米政府の一連の施策が、現状の市場に蔓延る金融不安を払拭するかどうかは不透明。

市場関係者間では、2003年から続いた世界的な株高局面が終了したの見方が大勢となっている。
NYダウ、中国・上海総合指数など、米欧アジアの主な株価が、過去5年の平均値である
「60カ月移動平均線」を相次いで割り込んだためである。

株価を見るまでもなく、世界同時景気後退の流れが鮮明になっているのは事実。
株安と長期金利低下、原油・貴金属・農産物などの商品下落という「新たな(同時)三低」は、
市場全体が世界同時不況の影に身構え出したことを示している。

サブプライム問題に揺れる米の消費減が米国向け輸出減という流れにつながり、
それがアジア等の新興国の経済減速につながり、そして外需依存を強める米経済に回流する。
いわゆる“負(=景気減速)の連鎖”である。

こうした資源多消費型の米経済を原点とする負の連鎖は、02年以降の歴史的な商品高を転換
させる格好となっている。
一時は150㌦寸前まで上昇した原油は急激に下落、100㌦を割りこんでいる。
市場の一部では、株価の下落から再度の資金流入→再上昇の予想も出されているが、
「米国発の世界景気低迷を背景にした石油需要減退」ムードの中で、果たしてどうか。
いずれにしても、こうした商品相場の下落は、世界の投資ファンドの不調へとつながる。

サブプライム問題が米政府の公的資金注入で収束するほど簡単ではないことは、
市場関係者間での常識。
今回の米政府の迅速な動きは認めるにしても、問題は市場の奥深く潜行する。

日本の連休最終日の9月15日には米四位の大手証券会社、リーマン・ブラザーズ倒産のニュース
が世界を駆け巡っている。
リーマンと言えば、例のホリエモン事件の後ろ盾ともなり、六本木ヒルズを拠点にし、
ヒルズ族の代名詞ともなった代表的な外資証券会社である。

六本木交差点から麻布方面を見ると、サーチライトに明々と照らされ、まさに大江戸を見下ろす
巨城にように聳え立つ六本木ヒルズ。
その巨城が虚城のように見え始めている。
それにしても栄枯盛衰、IT時代の世の中の移り変わりは人間の領域を超えている。

世界は21世紀初頭最大の難関に差し掛かっている。
果たしてどこに向かうのだろうか。



新聞記者K君への手紙

(9月中間の連休最終日の)老人の日、15日の東京は深夜から雨になっています。
何か夏の終わりを告げるようなシトシト雨です。
夏の終わりはいつも寂しい。
でも今年の夏の終わりは特に寂しく感じています。

返事の来そうもない便りを出すより、いつも自分のブログを楽しみに読んでると言ってくれてた
新聞記者K君に、公開で手紙を出すことにしました。

K君、本当ですか先週の新聞記事は…
所用で東京を離れておりましたが、K君の所業が複数の方々から携帯に伝えられてきました。
当然ながら、そんなの嘘だ、人違いだと思った。
ただK君が勤務する新聞社の名前、そしてK君の滅多にない名前が明記されている、
ということから、ホントに残念ながら本当だと信じるしかなかった。

そして東京へ帰ってその新聞記事をこの目で確認した時、“何か”がガラガラと音を立てて崩れて
いく感じがした。
東京都迷惑防止条例違反容疑の現行犯、要は痴漢行為を働いたって??…
そしてその容疑を認めたって…何かの間違いだろうよ…

エロい格好をしたオンナたち、ひたすらフェロモンを振り撒くだけのバカなオンナたちに、
オトコたるもの、クソッ!この野郎、って誰でも思ってる。
しかし、そうした感違いのオンナたちも人間。人間の尊厳ってものがある。
どんなバカな人間だって、その人間の意志に反した行為をすれば、当然ながら罰せられる。
そんな簡単な理屈、K君だって知ってたはずだろ?

K君の嫌いな至極イージーな言い方だけど、カネで解決のつく風俗の世界もゴマンとあったのに…
こんな繰り言をいくら書いても仕様がないのは十分承知してる。
しつこいけど、あれだけ正義感の強かったK君の所業とは思えないんだよ…

思えば、飛び込みで「本を読みました。いろいろ教えて下さい」って事務所にTELが来たのは
今から約3年前。
正義感に溢れた新聞記者特有のヤル気マンマンの青年だ、って、「暇なら一緒に飲る?」って、
ことで始まった付き合いだった。

時には目をうるませて激しく突っかかってきたK君。
記事の内容に関する議論となり、一度だけ大泣きさせ、没交渉になった時期もあったけど、
付き合いが途切れることがなかった。

そして今年7月、為替業界の特集を組むということになり、
「キャップも本気」「青柳さん、一回勝負させて下さい」って本気モードになり、
自分の知ってる限りの事実関係を伝え、裏取りに奔走したK君だった。

そしてその記事が出て約1か月。
関係者諸氏からはよくぞやってくれた、K君に心から感謝、との声がしきりだった。
ただ自分にとっては、その記事の中で、思いっ切り「青柳」って名前を連呼され、
「おいおいK君、やり過ぎ!!」って苦笑いしたけど、「今回限り、まぁK君なら仕様がないか」
なんて思ってた。

K君、これからどうする?って聞いたって詮無いことか。
自分の人生、自分で決着つけていくしかない。
今日の雨が涙雨のようで、真夜中に目覚めてこんな文章書いてる。

でもK君、何か寂しい。また一緒に飲ろうや!!


2008年09月07日

日本代表監督の品格

藤原正彦氏「国家の品格」から始まる「品格」シリーズが、21世紀初頭の日本の出版界を
席捲している。
何かあれば、これでもかとばかり「品格云々」である。
私も、そのシリーズに沿って、「日本代表監督の品格」について論じてみようと思います。
やっぱり青柳も「品格」でやるのか、ってですか?はいその通りです。楽だからです。

0勝5敗。
これが北京五輪でメダルを獲得した参加国(韓国、キューバ、アメリカ)に対する、
野球日本の代表の戦績である。

2006年にワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本が世界一になって、
2年余りが経過した。その間に世界の野球は大きく変わっていった。
その変わり様を、星野JAPANは北京五輪でこれでもかと、思いっ切り突き付けられた。

肉体的には欧米人や中南米選手に及ばない日本が勝つためには、繊細な技術、そして
きめ細かい戦術・戦略で相手を凌駕するしかない。
アメリカ生まれの「ベースボール」を独自の「野球」へと進化させ日本は頂点に立った。
しかし北京で見せた星野JAPANの野球には、従来の日本らしさ、日本野球の持ち味は
全く見えなかった。まさに完膚なきまでの惨敗だった。

代表監督の仕事とは何か。それは「チームを勝たせること」。
つまりは「結果が全て」である。それが世界のスポーツ界の共通認識である。

そうした共通認識の中で、「金メダルしかいらない」と公言しておきながら、
銅メダルすら獲れなかった監督が、“次”に向けて続投する理由はない。
これが王監督だろうが、野村監督であろうが、はたまたバレンタイン監督だろうが、
0勝5敗では、もはやいかなる言い訳も通じない。
ところが、その星野監督を来春に行われるWBCまで続投させようとする動きがある。

少々難しい表現をすれば、日本代表は「公共財」であり、代表監督は「公職」である。
そうした権威を守るためにはある程度の公平性が担保されなければならない。
そして大事なことは、代表監督に必要な資質は「あくまで(勝つための)能力」である。
具体的には「短期決戦に強いこと」「国際試合の経験が豊富なこと」である。
その点を見誤ると、日本野球の「国益」を損することになる。

北京五輪、野球日本代表監督、星野仙一の現役時代の戦績は146勝121敗34S。
決して(歴史に残るような)超一流の投手というわけではなかった。
中日・阪神の監督時代に3度のリーグ優勝をしているが、日本一の経験はない。
結論的に言えば「短期決戦に弱い」のである。
それがどうして「人気とカリスマ性で、長嶋、王に次いで球界の盟主になれるのは星野」と
言われるようになったのか。

一般的には「そうした風潮を醸成したのはNHKの解説者時代である」と言われている。
その解説者時代に、“熱血漢”とか“闘将”とのイメージが作り上げられ、
星野仙一の代名詞ともなった。

そして曰く、
「星野仙一には、どうすればメディア受けするかというセンスに長けている」
「理屈でなく、情熱的あるいは感情的な発言で大衆にインパクトを与えることができる」
「星野流のやり方とは、野球人というよりは政治家のパフォーマンスと共通している」
「だから他のプロ野球監督で星野仙一のような人物は見当たらない」

ただ忘れてならないのは、次回のWBCは北京五輪と違って、米大リーグの選手も出場し、
ベースボールの本場、アメリカで開催されるという点である。
前回のWBCで日本を世界一に導いたイチロー(マリナーズ)を始め、前回優勝メンバーの
松坂(レッドソックス)、岩村(レイズ)、福留(カブス)、黒田(ドジャース)など、
日本人メジャーリーガーの参加は必至。
(まことに残念ながら、オフに手術が予想される松井(ヤンキース)は出ないだろうが...)

「闘将・星野にリベンジの場を」との声もある。
しかし日の丸を背負って戦う国際試合は個人のリベンジの場ではない。
そうした国際的な戦いの場に、日本的な(カネの匂いのする)政治家も必要ではない。

本当に日本野球が心から好きで、たまらなく好きで、(本当の意味で)命を賭けて一生懸命に
なってくれる人がいい。
長嶋さんは無理にしても、世界の王さんか、あるいは「老人力」の野村さんがいい。

嫌な上司に説教をされつつ、無理矢理安酒を強要された揚句、二日酔いした感覚に似た
北京五輪のガッカリ感を、もう二度と味わいたくないのである。



ジャパン・バニッシング(消滅)の危機

9月1日、福田康夫首相は首相官邸で緊急記者会見を開き退陣を表明した。
9月22日の自民党総裁選で新総裁が決まり次第、正式に内閣総辞職する。
福田首相の辞任表明は就任後342日目。安倍前首相の在任期間は366日。
二代連続で約1年での「政権ポイ投げ」となる。

福田首相は、昨年9月、突然辞意を表明した安倍晋三前首相の後を受けて首相に就任した。
総裁選では「安定感がある」との評価から、麻生派以外の全派閥の支持を受けて大勝した。
しかし小沢一郎代表の率いる民主党との大連立構想は頓挫し、年金記録漏れ問題への対応を
きっかけにした支持率低迷を打開できなかった。

衆参ねじれ国会という厳しい状況の中で、衆院解散で局面を打開できない福田首相は早晩、
退陣に追い込まれるとの見方が大勢だった。
百歩譲って、政治空白を最小限にとどめるために、国会召集前に辞意を固めた首相の判断は、
ある程度は理解できる。

しかし前任の安倍首相が1年で政権を投げ出し、福田首相も衆院選の洗礼を受けぬまま、
1年で退陣する。
次期首相には、麻生太郎幹事長の就任が有力視されてはいるが、
結局は与党内の政権たらい回しで、三人目の首相が誕生するのは極めて異常な事態である。

今回の福田首相の退陣表明で、衆院解散・総選挙は年内に行われる可能性が強くなった。
次期衆院選は、文字通り政権選択をかけた歴史的な選挙となる。
果たして今後のニッポンはどうなるのであろうか

「バッシング」→「パッシング」→「ミッシング」。
いずれも海外のマスコミが日本を評価した言い方である。

ジャパン・バッシングは「日本叩き」、
ジャパン・パッシングは「日本素通り」、
そしてジャパン・ミッシングは「日本は行方不明」。

大枠で眺めてみると、1980年代の日米経済摩擦の頃がバッシング、
90年代がパッシング、
そして21世紀に入ってからがミッシング。
ミッシングという表現は、英紙フィナンシャル・タイムズに初めて使われたが、
ポイントは「主として政治面で、日本が何を考え、何をやろうとしているのか分からない」
という点にあった。

「自己主張ができない」のか「自己主張すべき中身がない」のか。
表面的とは言え、世界の経済大国に数えられ、製造技術や品質管理はトップレベル。
そして日本発のアニメ、マンガ、コスプレが世界に蔓延している。
しかし、当然ながらそれが日本国の存在感にはつながらない。

21世紀に入って、日本の国力が相対的に低下していることは明らかである。
そして日本は「何もしない国」というイメージを持たれてしまっている。
つまり現在の日本には、対外発信競争においても、完璧においてきぼりをくらっているのである。

「ジャパン・バニッシング(日本消滅)」の危機である。
7人の候補者が出て茶番の大騒ぎをしているが、誰が次期首相になっても同じである。
永田町界隈の“お祭り”騒ぎのガタガタは無視し、日本国民各自が自覚を持って、
現状の危機的状況に対峙すべき局面である。

2008年09月01日

料理する心

外資系金融機関に在籍していたお陰で、好むと好まざると海外に行く機会が多かった。
必然的に世界の各地でいろんな料理に出会ってきた。

今までで一番記憶に残っているのが、NYでのガーデン・パーティ。
週末、業界関係者が50人ほどが集まって、午後イチからグラス片手にワイワイやる、
いかにもアメリカ的なパーティだったが、出てきた料理には驚いた。
牛一頭の丸焼きである。
2~3㌧はあるかと思われるデッカイ牛を、鼻の穴から、ケツの穴までブットィ棒で通して、
グルグル回して丸焼きにするという、大西部時代の米国はさもあらんと思える豪快なヤツ。

焼き上がるまでにゆうに3~4時間はかかると思われるが、その焼いていく段階で、
レア、ミディアムレア、ウェルダンの順番で、肉を頬張っていくヤツである。
大概の者は最低でも4~5㌔を食わされる勘定となる。

もうこれでもか、と思いっ切り食わされた。
それまで、何かあれば肉だ、肉だ、と叫んでいたが、以降は肉はもうこりごりと思うようになった。
その時のサディスティックな満腹感は今でも覚えている。
いわゆる“トラウマ”ってやつである。

で、辿り着いたのが(当然のように)日本料理である。
醤油があって、味噌があって、漬物があって、ダシを採って調理する微妙な感覚。
似たような料理に中華料理があるが、強い火力で一気に仕上げる中華料理の調理方法の
理由を聞いて、日本国外での中華料理を食べるのが嫌になった。
要は肉でも魚でも野菜でも、素材に自信がないから、強い火力で一気に滅菌しようとするらしい。
だから中華料理には刺し身のような“なま物”を食する慣習がないのである。
なるほど…

そうした状況から幾星霜、諸般の事情(!?)から、自分で料理をせざるを得ない状況と相成った。
最初は、いい歳をした男が、スーパーに買い出しかよ、そして調理かよ、そして後片付けかよ、
と思っていたが、そのうち料理すること自体が楽しくなっていった。

好きなCDを聴きながら、そして一杯飲りながら料理をしていると、頭が真っ白になって、
何気に和んでいくのである。
不思議な感覚だった。
例えば、ジャガイモの皮を剥きながら無心になっていると、フッとアイデアが湧いてくることもあった。
さてこれはどの感覚だっけ、と考えていたら、それはパチンコをしている時の感覚でありました。
喧噪の中の静寂、何かをしながら無心になることの楽しみ、そうした環境がことの他新鮮だった。

かくして以降は、その日に作る料理を決め、買う予定のモノをメモしてスーパーに行き、
一杯飲りながら、粛々と料理することが楽しみになっていったのであります。
「ナヌッ!青柳が料理するっ?スーパーに買い出しに行くっ?」
そう言われる方々ばかりではあります。
しかし、一旦入り込んだらハマりますって。料理の世界は…

蛇足ながら、つい最近、シャンパンの世界に入り込んでしまいました。
ウィスキー一辺倒だった自分にとって、仏原産のシャンパンなど、女性の飲み物だと思って
おりましたが、これが何気に奥がふか~い。
桃とシャンパンのカクテル、ベリーニと言われるカクテルにはまり、飲みすぎで泥酔し、
“酒乱”とまで言われる行動をするに至って、これじゃいかんと、一念発起致しました。

今ではミキサーまで購入して「ベリーニを美味しく飲む研究」を致しております。
モノの本に拠れば、シャンパンにはキャビアが合うとは言われておりますが、
和風の何が合うのかを発見すべく研究中。

秋は食欲の季節。そして実りの季節。料理素材には事欠きません。
「男子、積極的に厨房に入るべし」。
今後も「料理する心」を大切にし、楽しみながら料理をしていきたいと考えております。

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