2008年12月31日

謹賀新年

明けましておめでとうございます。
日頃から当ブログにアクセスを戴いている皆様には、輝ける2009年の元旦を如何にお過ごしで
いらっしゃいますか。

本ブログは、10月以降金融関連の内容ばかりとなり、アクセスを戴いている一部の方々からは
「いつものように、いつもの内容を、いつもの調子で書いてよ」とのリクエストを戴きましたが、
諸般の環境からどうしてもその気になれず、自重しておりました。

以下は少々暗い話となりますが、2008年を回顧する時、どうしてもそうした暗い内容は避けようが
ありません。申し訳もありません。

2008年前半に「世界バブル大崩壊」を始めとする三連発の刊行をした際、
「北京五輪以降、世界は激動する」と述べてきましたが、書いた本人が驚愕するような
(=苦笑せざるを得ないような)激動の年となりました。

はからずもグリンスパンFRB元議長が「100年の一度の大恐慌」と表現しましたが、
世界の金融界ばかりでなく、自分の周囲も大きな変化が起きました。
あの盤石・不動と思われたトヨタ自動車でさえ赤字に転落するという、100年に一度の未曽有の
激動の中、乞われるまま関わってきた会社の危機にも立ち会うこととなりました。

そして
「人間が最悪の状況に陥った時、どうような行動を採るか」
「会社が危機に陥った時、周囲はどのような反応をするか」
「人間が正々堂々と生きていくとはどういうことか」
というごくごく基本的な、そして当たり前のことを改めて考えさせられました。

幼き頃より「騙すより騙されろ」と教えられてきた自分には、(人間として)到底実行できない行動を
起こす人間がいたことに、今更ながら自分の認識の浅さ、脇の甘さを感じております。

そうした環境下、ザケンナよと、10月以降は(銀座・六本木とは全く無縁な場所で)ヤケ酒・安酒を
呷る日々が続いて参りましたが、
しかし一方で、幸運にも確固たる将来的計画をベースに、希望に燃える方々との新たな出会いもあり、
「青柳本来の性格を変えられないまま、青柳らしく正々堂々と生きていくしかない」と達観するに
至っております。

「2009年は新たな出発の時」と考えております。
青柳がどのような行動を起こすかは、現状では具体的には申し上げられませんが、
「(微力でも)世の中のためになることをする」ことを念頭に、鋭意邁進していこうと
考えております。

今年の年賀状には以下のように書きました。
誠に僭越ながら、本ブログにアクセス戴いている皆様にも、同様の賀状を差し上げたいと思います。
よろしくお受け取り戴きますよう。

   謹賀新年
   「100年に一度の大恐慌」を
   「100年に一度の大好機」と捉え、
   鋭意努力して参る所存です。
   本年もよろしくお願い申し上げます。

      平成21年元旦  
                 青柳孝直

2008年12月21日

「百年に一度の大恐慌」を検証する その(1)

2008年もカウントダウンに入っている。
相変わらずアッという間の1年だった。

今年の最大のテーマ、というより、世界の流行語大賞は「100年に一度の金融危機」。
その「100年に一度の金融危機」は「最悪の事態が実は最悪でなく、更に悪化し続ける」
格好で世界中に広がっていった。

1929年の金融恐慌時、米国の平均株価の最安値は11月の224㌦。
9月のピークからほぼ5割の下落で、多くの人々は底値と判断した。
それが3年後の32年7月には58㌦にまで下落する。
33年の米国の国民総生産(GDP)は29年の三分の二になり、4人に一人が職を失った。

今回の金融危機の要因となったサブプライムローン残高は1.3兆㌦。
住宅ローン市場の約1割。
2007年春のG7財務相・中央銀行総裁会議で、ポールソン米財務長官は
「経済全体を揺るがす問題ではない」と力説した。
次いで07年7月の議会証言で、バーナンキFRB議長は
「サブプライム関連の損失は1千億㌦(約10兆円)」と発言する。

ところが、
07年8月の仏BNPパリバによる傘下ファンドの資産凍結で始まった信用収縮は、
08年9月の米リーマン・ブラザーズ破綻に発展していく。
危機の波は時間と共に増幅していくことになった。

米金融機関による保守的な査定をベースにすると、米国で400兆円、欧米合計で600兆円と
されている。
うち金融機関の損失がこの半分として300兆円。
世界の金融機関は100兆円を処理しているものの、潜在損失の三分の一にしか過ぎない。

こうした米国発の金融危機をもたらした投資銀行の原点は1935年のモルガン・スタンレーの
開業からである。
銀行と証券の兼営を禁じたグラス・スティーガル法を受け、金融界を牛耳っていたモルガン財閥は
証券業を分離。
預金を集めて貸し出す商業銀行に対し、証券業を営む投資銀行が業務として確立した。

転機は1975年の株式手数料の自由化だった。
経営は揺らぎ、新たな収益源が必要となった。
辿り着いた経営モデルは「仲介手数料を稼ぐ」のではなく、
「自ら市場で資金を調達し、投資して利益を稼ぐ」ことだった。

少ない元手(資本)で大きく投資して利益を上げる「レバレッジ(テコ)」と呼ぶ手法は、
資本市場を活気づけ、収益のけん引役となっていった。しかしこの転換が危機の伏線となった。
投資の拡大で負債が膨らみ、財務体質が脆くなっていった。

そして次第にレバレッジには欠点が目立つようになる。
最大の誤算は証券市場規模拡大に対する見通しだった。
30年前には世界のGDPと同じ規模だった金融資産は、現在ではGDPの3倍を超える。
結局は金融資産の伸び自体が“バブル”だった。
そして「証券化で資産を小分けにすれば誰でも買える」という安直な論理が通じなくなっていった。

更なる誤算は資金調達の不安定にあった。
市場が委縮すれば資金の出し手はいなくなり、資金繰りが行き詰まることが米大手証券の破綻劇で
明らかになっていく。
(この項続く)


2008年12月14日

末期的症状の原油相場と日本の政情の類似点

投機マネーのはげ落ちた商品価格は、景気の先行指標に他ならない。
2008年を象徴する相場と言えば「原油相場の急騰→暴落」。
一連の動きを醸成したのは、投資マネーの動向だけではなく、世界経済の底割れ懸念が市場を
支配したからであった。

2008年春頃から「原油相場はいつ下落に向かうか」という質問を頻繁に受けてきた。
日足・週足・月足のチャートが揃って崩壊していたことから、サイクル的に見ても
「多分(日本の)お盆過ぎでしょう」と答えていた。
確かにお盆時点では頭打ちとなってはいたものの、下落傾向が顕著になったのは9月も中旬に
なってからであった。

7月の取引時間中に記録した1バーレル=147㌦台の史上最高値は、
世界の実体経済が米国の住宅バブルと過剰消費にかさ上げされていたところに、
住宅・証券化バブルがはじけて行く先を失ったマーネが流れ込んだ結果であった。

2007年後半から商品市場へ移転した最後のバブルは、米国経済が悪化しても、中国などの
新興国に余り影響を受けないとするデカリップリング(非連動)論も後押しした結果ではあった。

また歴史的な高騰相場になった大きな要因には市場規模の違いもある。
15兆円規模の原油市場に、7千兆円規模の株式市場や5千兆円規模の債券から資金が出入り
する様子は、「小さなプールにクジラが出たり入ったりする」流れだった。

かくして金融危機が深刻になると共に、商品市場から投資マネーは撤退した。
2006年頃の経済の強さがあれば、2006年当時の高値であった70㌦台(=最高値の半値レベル)
で「実体経済と均衡する着地点」として認識されるはずであった。

しかしその着地点は、世界的な自動車販売の不振も加わり、下落が加速する流れになっている。
最大の消費国・米国では、車を買いたくとも消費者がローンを組めず、物流も停滞して燃料需要の
減少に歯止めがかからない状態となっている。

こうして10月以降、原油は70㌦を割り込み、7月の150㌦に迫る高値から半値以下どころか、
三分の一(50㌦)を下抜け、五分の一(30㌦)も視野にするに至っている。
株式市場等からシフトし、未曽有の商品高を演出した世界の余剰マネーは、金融危機や実体経済
の悪化で行き場を失ったのである。

ここ2年、世界を揺らした余剰マネーは「損失」という形で市場から消え去ったのである。
かくして“皆で渡った(歴史的な)高騰相場”も、相場関連の教科書に載るような劇的な暴落の様相
を呈している。

2008年は「先物相場の持つ怖さ」「現在のシステム売買の盲点」を見せつけられる結果となった。
確かにヘッジとしての先物の機能は認めるにしても、市場の容量を超え、冷静な判断を見誤った
時のマネーゲームは、まさに“凶器”となったのである。

振り返って、現在の日本の政情はどうか。
2008年の原油相場に似通っていると考えるがどうだろうか。

突然のタイミングで麻生内閣の支持率が危険水域に突入している。
今週発表された読売・朝日・毎日に新聞各社の世論調査はどれも21%前後。
政界再編すら囁かれるようになるとは、二ケ月前の麻生内閣誕生時に、一体誰が予想しただろうか。

麻生首相が(巷間の予想通り)10月3日に衆院を解散し、11月2日に総選挙を断行したとする。
その間、10月から始まった異常な株安と円高が顕著となり、「100年に一度の恐慌」と言われる中で、
日本の通貨・円が世界最強の通貨になっていった。
実はこの状況こそが(麻生首相にとって)絶好のチャンスだった。

麻生首相は直ちに参院の緊急集会を開いて国民生活安定法案を提出する。
解散中だから一院制であり、民主党が参院で法案を拒めば、国民の反発を受け、衆院選挙では
勝てない。
仮に民主党が賛成しても、結局は麻生首相の手柄となり、自民が圧勝したはずである。

人気低迷に喘いでいたサルコジ仏大統領やブラウン英首相が、金融危機への大胆な対応で
国民から支持されていく姿とは全く逆である。
結局は政治判断も冷静な客観的な状況判断であり、これを麻生首相は見誤った。

かくして、
客観的な相場判断(状況判断)がなされないまま、日本は更に混迷を深めていくようである。
日経平均株価の5,000円到達、ドル円の最高値79.75円更新も、あながちアニメの世界ではない
のである。

2008年12月07日

「百年に一度の大恐慌」は「百年に一度の好機」という考え方

古来から、「歴史とは“人間の愚かさの記録”である」と言われてきた。
懲りずに同じ過ちを何度も繰り返す。それでも歴史が続いてきたことを考えれば、
歴史は「愚かさを正し、歩みを進めようとする人間の営み」には違いない。

1929年の大恐慌前、米国ではウォール街が編み出した消費者に借金をさせて株を買わせる
「マージン取引」が流行した。
市場参加者は貪欲になり、金融機関も市場の過熱を感じながらも、最後は中央銀行が何とかする
と過信し、無謀な取引を続けた。
マージン取引をサブプライム・ローンにに置き換えれば、大恐慌と現在直面している危機がいかに
似通っているかが分かる。

当時より今の危機が深刻なのはIT機器の劇的進歩から、危機が瞬時に世界に広がった点である。
リーマン・ブラザーズ破綻などの一連の「9月米金融危機」の後、
「暗黒の10月(ブラック・オクトーバー)」が世界を襲った。

世界の株式市場は10月だけで、日本とドイツの国内総生産(GDP)合計を超える9兆㌦(約850兆円)
の時価総額が失われた。まさに驚異的な天文学的な数字である。
確かに「100年に一度の恐慌」である。

かくして世界中が、「時間との勝負だ」「日本の『失われた10年』を繰り返すな」などと騒ぎたて、
各国政府が先を争って「思い切った政策」を打ち出し、まるでバーゲンセールの様相を呈している。

80年代以降、金融業は20世紀の最終勝者となった米国経済を支える大黒柱となり、投資銀行は
世界経済を牛耳る存在となった。
今回の金融危機による金融機関全体の損失は550兆円に達するとの試算がある。
急速に進んだ金融の市場化とグローバル化が、危機増幅装置になっているのは否めない。

ただ今回の金融危機の原因が、それに先立つ“550兆円のバブル”から発生しているとの見方が
できないわけではない。
従って、その収縮を戦争や地震による被害と同様に、殊更以上に騒ぎ立てるのも今更という感は
否めない。

要は「100年に一度の恐慌」には違いないが、将来を見据えてリスクを取る者には
「100年に一度の好機」と見ることもできる。
過度のリスクを取る必要はないが、「(リスクに敢然と対峙する)勇気」が必要な時期のようである。

複数の通貨に対する円の総合的な価値を示す名目実効為替レート(1973年3月=100)が
この11月に364.8となり、過去最高だった95年4月(対ドルで79.75円を付けた月)の360.4を上回った。
円は実質的に世界最強通貨になっている。
(麻生太郎・現日本国総理大臣のお好みの)まるでアニメの世界である。

言いたかったのは「100年に一度の恐慌」というセリフに世界の市場がビビリまくり、歪みまくっている
という点である。
「100年に一度の好機」には違いない。

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