2009年07月26日

暑中お見舞い申し上げます

日本各地から花火大会開催のニュースが飛び込んできております。
本ブログにアクセスを戴いている皆様、暑中お見舞い申し上げます。
曲がりなりにも、週一のブログ更新を続けてこられたのも、偏に皆様のご支援があればこそと
感謝致しております。
今後も絶大なるご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。

ところで、暑中お見舞いをしなければならない夏が本当にやってきているのでしょうか。
東京地方で梅雨明け宣言がされてから1週間程度が経過しておりますが、またぞろ梅雨状態に
逆戻りしております。
スカッと晴れ、入道雲がモクモクと沸く“日本のナツッ!”はいつ来るのでしょうか。

昨日(25日)は隅田川の花火大会でしたが、梅雨独特のムシムシ感あるだけで、夏という感じが
全くしませんでした。
九州・中国方面などでは豪雨により多数の死者が出たり、連日甚大な災害の様子が大々的に
報道されており、こんな時“たまやッ~”などと、(日本の)夏を謳歌していいものか、などと、
真剣に悩んでおります。

ところで、(東京界隈の)花火大会の雰囲気はいつもの通りであります。
「花火+浴衣」は日本の夏の必須アイテム。
しかし浴衣とは、その名の通り風呂上がりに着用する“寝間着”であります。
その寝間着を“粋に着こなして”夏の夜を楽しむ、というのが本来の姿でありますが、
最近では猫も杓子も浴衣、浴衣で、挙げ句、グチャグチャに着て、まさに寝起きの様相。
悪いことに、そのグチャグチャな状態を、着ている本人が気がついていない。

(その道の専門家ではありませんが)特に気になるのは男性では帯の位置、
女性の方については後ろから見た尻のシワであります。
男の帯の位置は腰骨周辺が基本。最近の傾向としては、腰骨から上の場合が多い。
それって七五三です、って。
また女性の後ろからの尻のシワが気になります。一旦浴衣を着用し、トイレに一回行くと、
一気に着崩れます。女性の浴衣の尻周辺のシワは見苦しい。

あたかも専門家のごとく、“うるさい”言い方をしてスミマセン。
ただ浴衣は胸元を締め付けることから、見た目以上に暑い。暑いから汗をかく。
汗をかくからヨレヨレになる。そのヨレヨレ姿は、見ている方が暑くなるという、悪のスパイラル状態と
なるから申し上げた次第。
そして花火大会は通常7時PM。それを何故午後イチから浴衣姿にならなきゃならないか。
勘違いもいい加減にしてよ、という状態であります。
(夏は)浴衣を着りゃいいというものではありません。
「TPOをよろしく!」ってことで。

自分が現在住まいしている佃界隈は、“月島もんじゃ”を町興しテーマとする地域であります。
最近では、週末ともなれば最寄りの(大江戸線&有楽町線)月島駅は、駅自体が“油臭く”なる
状態になっています。
そして夏の月島界隈は、「油+汗の世界」と相成ります。
ただでさえ暑いのに、“火を使う”ことから、汗みどろになってもんじゃを食す、そして汗をかくから、
炭酸系のアルコールを呷るという格好になります。
要はスポーツ感覚で、もんじゃを食すということになるわけで、そこに浴衣に表象される“粋”とか
“ウツクシサ”という感覚は全く皆無なわけであります。

8月8日には東京湾華火大会(なぜか花火という単語は使われておりません)も開催予定となって
おりますが、当日の“悲惨な状態”が目に浮かぶようです。

かくして暑中見舞いと称して、最近の若者の浴衣姿にイチャモンをつける格好となりましたが、
暑き折、他の方々に迷惑にならないように(他の方々に暑さを感じさせないように)気をつけたい、
という、自戒をこめて申し上げてみました。

2009年07月25日

暴れマンモス・中国を制御するのは誰だ

7月15日、中国人民銀行(中央銀行)は、
6月末の外貨準備高が前年比17.8%増の2兆1316億円(約198兆円)になり、四半期末ベースで
初めて2兆㌦を突破した、と発表した。
人民元相場を低めに抑えるために、人民元売り・ドル買いの市場介入を続けた結果、
ドルが積み上がり、日本の2倍超の外貨準備を抱えることになった。

中国の外貨準備は2006年2月、日本を抜いて世界一になった。
同年10月には1兆ドルの大台を突破している。
またその外貨準備の7割をドルで運用しており、米国債の保有額も08年9月には日本を抜いて
世界一になっている。

中国は2005年7月、
それまで事実上のドルとの固定相場制だった人民元の為替システムを「管理相場制」に移行し、
一定の範囲内で相場が変動するようにしている。
しかし、為替政策を所管する中国人民銀行は、制度変更後の輸出への影響を抑えるため、
大規模な市場介入を実施、元相場を実勢より低く抑えてきた。

こうした環境下で、中国政府は(表面的には)人民元の制度改革を進めている。
但し、ドルやユーロ並みに取引を自由にし、国際通貨にしようと急いでいるわけではない。
「通貨の動きや相場を管理したまま、いかに人民元を使い易くするか」に力点がある。
いかにも中国らしい”虫のいい”話である。

1974年、旧西独のヘツシュタット銀行が突然破綻した。
同銀行は外国為替取引でマルクを受け取った後、ドルを払わなかったことで、相対した銀行も
甚大な損失を蒙ることになった。
通常ドルは米国の営業時間中に決済されるため、時差の関係で支払が遅れた結果だった。

こうした「時差リスク」を軽減しようと日米欧の銀行は、ロンドンに専用の決済機関を設けた。
交換する双方の通貨が入金されてから同時に決済する。
しかし人民元にはこのシステムは使えない。
中国外での取引が制限されているからである。

中国は人民元を徹底的に管理する一方で、世界の金融システムが揺らぐ中、外為リスクを
放置しておきたくない。そこで人民元を
「国際化せず」「国際的な枠組みにも加わらず」「リスクを軽減する」という、これまた(虫のいい)
手立てを考えた。
それがこの7月から上海で始まった人民元を使った貿易決済だった。

中国の提案するシステムでは、取引に参加できる銀行や企業を、中国政府が厳しく管理する。
表面的には国際化の第一歩である。
しかし真の国際化とは、国外での自由な流通と、他の通貨との交換を認めることを伴う。
為替相場と金利を市場に委ね、資本の自由な出入りを認める必要もある。

今年に入って、中国人民銀行の周小川総裁が、ドルを基軸とする現状の通貨体制に対し、
しきりに疑問を投げかけている。
「人民元をドルと並ぶ基軸通貨にしようとする思惑」と見るのが自然である。
そのための現在の中国の、中途半端で自分勝手な自由化は、市場を歪め、投機マネー乱入による
経済の混乱を招きかねない。

世界の常識を一切無視し、自国の都合ばかりを考え、ドスンドスンと突っ走る、暴れマンモス中国。
(米ドルを腹一杯詰め込んで)栄養満点、エンジン全開となった凶暴マンモス・中国を、もはや誰も
止められなくなっている。恐るべし、中国。

世界は「決して託してはいけない国」に、運命の一端を託してしまったようである。

2009年07月18日

「強者連合」の時代

自分の酒の歴史は、サントリーと共にある。
「サントリー・ホワイト」→「サントリー・レッド」→「サントリー角瓶」→「サントリー・オールド」→
「サントリー・リザーブ」→「サントリー山崎」→「バランタイン12年」
(バランタインはサントリーが輸入元となっているスコッチ)」。

とりあえず人並み(!?)に酒を飲めるようになったのは、大学に入って早々、
サントリー・レッドのコーラ割りを、(あたかもコーラを飲むように)大き目のグラス3杯の一気飲みをし、
強烈な三日酔いを経験して以降である。
創業者・鳥井信治郎の「とりいさん」からもじった「さんとりい=サントリー」は、
ウィスキーの炭酸割り(=ハイボール)を主食(主飲)とする自分にとって、酒の代名詞となってきた。

自分が大学に入った当時、「寿屋トリス→サントリー」にブランド名が変わったばかりであり、
何気に最先端を行く(!?)ように見えた。
当時の学生間では、トリスのストレート(小さいグラスで1杯50円)と、ピー缶(缶入りピース)の
セットで、トリス専門店のスタンドバーで飲むことが“通である”とされていた。
(この場合、スタンドバーであり、妙齢の“美人のママ”がいることも必須条件)
そして自分の大学時代、東京六大学野球で唯一の優勝した折、サントリーが記念会堂前で
“さぁ飲め、飲め”と、ビールの飲み放題というご褒美をくれたことで、その後の“自分の酒の人生”を
決定的にした。

そのサントリーとキリンの経営統合のニュースが、7月13日朝刊の第一面に躍った。
その日は都議選での自民大敗がトップニュースになるはずだったが、
日経新聞では自民大敗のニュースを押しのけ、第一面トップに“デカデカ&衝撃的に”報道された。
国内食品最大手・キリンの創業は1907年。08年12月期連結の売上高は2兆3,035億円。
連結従業員は3万6,500人。
国内食品第二位のサントリーの創業は1899年。08年12月期の連結売上高は1兆5,129億円。
連結従業員は2万1,000人。

今回の統合が完成すれば、売上高4兆円、従業員が6万人に及ぶ日本食品界のメガ企業が
誕生することになる。
言うまでもなく両社は、世界的な不況下でも増収増益を続ける「勝ち組」。
それでも統合に踏む込む理由として
「少子高齢化に伴う国内食品市場の縮小に対する危機感が強まったため」とされている。

サントリー・佐治信忠社長とキリン・加藤壹康社長が慶応の同窓。
従って、多分飲んで酔った挙句の冗談から始まったのではないかなどと、と勘ぐっている。
今回の話、余りにデカ過ぎて、考え過ぎるほどに手が出なくなる。
従って、単純な瞬間芸「一緒になってやるか?」程度から始まったのではないかと思う。
それほど今回の統合は“簡単に口できない”話のはずだった。

ただ今回のような「強者連合」は今後、珍しくなくなるかもしれない。
最近では、新日本石油と新日鉱ホールディングスの経営統合、パナソニックの三洋電機買収、
トヨタとマツダの業務提携など、「強者」が業界再編を主導し、特定分野に強い企業として一体化する
流れが本格化し始めている。

日本は人口減という大きな構造問題を抱えている。
従って、どの分野においても“世界に通じるグローバル企業”が合言葉になる。
「勝ち組」であるからこそ、そのアドバンテージを活かし、世界に目を向ける企業が増えそうな
気配である。

しかしあのサントリーが... 時代の流れを感じざるを得ない。

2009年07月12日

加山雄三が若大将と呼ばれていた頃の話

7月に入って、日本経済新聞・最終ページの有名コラム「私の履歴書」に、加山雄三が登場している。
最近では海外の著名人が登場することもあるが、同コラムは日本の政財界を始め、
各界の「功成り名を遂げた著名人」が登場する日経伝統の有名コラムである。

各界の著名人が「そのコラムに登場することを目標にしていた」といった話をよく聞く。
かく言う自分も、月刊・文藝春秋の「同級生交歓」と共に、“夢のような&生涯の”目標として
掲げている有名コラムである。

加山雄三との出会い、それは1960年代の高校時代だった。
加山雄三の若大将、田中邦衛の青大将がコンビを組む「東宝・若大将シリーズ」は、
当時の東宝が多大な宣伝費をつぎ込んだ、社運を賭けた期待のシーリズだった。
「60年代を驀進する男」という猛烈なキャッチフレーズで登場した加山雄三は、
大都会・東京の匂いを、片田舎にこれでもかと思う存分振り撒いた。
スタイル抜群のハンサムボーイ。スキーや水泳、陸上など何でもござれのスポーツ万能。
音楽の才能も豊かで、エレキやピアノを自由に操り、作詞作曲もこなし、歌っても上手い。
食欲は(見ていて気持ちが悪くなるくらい)旺盛、1日5食は当たり前。
(有島一郎演じる)少し頼りない頑固な親父や、
(飯田蝶子演じる)チャキチャキの江戸前おばぁちゃんがいる。

東京の老舗すきやき屋「田能久(たのきゅう)」(イメージでは銀座・京橋界隈)の若大将こと
田沼雄一の世界は、当時高校生だった自分にとって、大都会・東京という未知の世界の強烈な
匂いを存分に嗅がせてくれた。
星由里子や酒井和歌子という、当時としては絶世の美女にモテモテの田沼雄一に、
ただただ口をあんぐりと眺めていた。本当にあんな世界があるのだろうか、と。

当時の東宝で大ヒットしていたもうひとつのシリーズに「(植木等の)無責任シリーズ」があった。
こちらは1960年代の右肩上がりの高度成長時代を背景に、平のサラリーマンが、大言壮語を
繰り返しながら、夢のような出世街道を驀進するという“大人の漫画”。
当時の田舎の世界では、サラリーマンはネズミ色のスーツが基本。
ところが(植木等演じる)主人公「平等(たいら ひとし)」は、普通のサラリーマンでありながら、
白色に近いもの、あるいは派手なチェックを着るやらで、まずは田舎の世界では考えられない
世界が広がっていた。

当時の富山で唯一の東宝直営館は、富山のど真ん中・西町にあった大和東宝。
大和デパートという富山の老舗のデパートの並びにあったその映画館は既になくなっているが、
所用があって西町界隈に行くと、目が自然と大和東宝があった場所を探っている。
いずれにしても「若大将」シリーズ+「無責任」シリーズのセットメニューは、
砂を噛むよな味気ない世界にいた(と思っていた)自分にとって唯一のオアシスだった。

随分と後になって、あの厳しい受験校でも(密かに)男女交際があったと聞いて驚愕したが、
当時は男女交際など思いもよらなかった自分は、決まって土曜日の午後、
母親には「図書館に行く」「本屋に寄る」と称して、制服・着帽のまま一人で大和東宝へとでかけた。
当時の高校が映画鑑賞を禁止していたかどうかは定かではないが、入場券を買う際、
断られた記憶がないから、まずは大丈夫だったのだろう。
いずれにしても至福の時だった。

ただ、「図書館に行く」云々というのがウソであることは、母親にはバレバレだった。
何故なら、あろうことか、入場券の半券を「ワイシャツのポケット」に入れたままにしておくことが
しょっちゅうだったからである。
なぜ半券を取っておく必要があったのか。
今もってその(アホで間抜けな)行動は謎である。

かくして、日経新聞「私の履歴書」に加山雄三が登場して以来、そのコラムを読むたびに、
何故か高校時代を思い出している。
そして、果たして何の因縁か、通常は旧盆あたりに開催される高校の同期会が、この7月18日に
繰り上げて開催されることになった。
日程的には微妙に難しい時期とは思ったが、とにかく出席させてもうらうことにした。

はぁ?何かあんのか?などと、あらぬ推測するのは止めておこう。
今回の場所は、某ホテルのフランス料理店となっている。
果たして俺らの時代の人間に、フレンチやワインなどがマッチするのか?
とまた余計なことを考えてしまったが、素直に高校時代を思い起こし、昔話に花を咲かせ、
ワインだろうが焼酎だろうが、ウィスキーだろうが、美味い酒を飲めばいいじゃないか、
などと考えている。

2009年07月11日

通貨改革を迫る中国の蠕動

遅くとも来年、早ければ今年にも、日本が中国に国内総生産(GDP)で抜かれることが
大きな話題になっている。
中国が名実共に「アジアの雄OR世界の雄となる時代」が迫っている。

世界を取り巻く経済圏で考えても、
「(中国を中心とした)東アジアが米欧をしのぐ時代の到来」が現実味を帯びている。
東アジアの貿易・投資の相互依存はEUに匹敵する水準にある。
つまりは、事実上の経済圏が出来上がっていることになる。

にもかかわらず、域内の貿易決済の7割は米ドルに依存し、膨らむ外貨準備の大半は
米ドル資産に向かっている。
こうした歪な環境の中、今や世界経済危機打開の先導役を担う中国から、国際通貨改革を巡る
発言が目立っている。

08年夏から表面化した米国発の世界経済危機が「多極通貨時代の到来」を明確にした。
米欧経済回復が遅々として進まない中で、中国を先頭とする新興勢力の、基軸通貨・米ドルに
対する揺さぶりを阻止できないのが現状の姿である。

20世紀後半まで、「その人の発言に世界が耳をそばだてる」と言えば、
ボルガー、グリンスパンといった、歴代の米連邦準備委員会(FRB)議長のことを指したものだった。
ところが現在その役割を演じるのは周小川中国人民銀行総裁になっている。
「周総裁が何かを語れば市場が動く」状態である。
まさに様変わりである。

その周総裁の
「ドルに代わる基軸通貨を創造すべきである」
「国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)を活用すべきだ」
との、今年に入っての発言は世界を驚かせた。

ここにいうSDRとは、米ドル、ユーロ、円、英ポンドで合成される通貨単位。
金(GOLD)やドルなどを補完する準備資産として1969年に創設されたものの普及せず、
IMF等の国際機関の経理上の計算単位にとどまっていたという経緯がある。

中国は今年3月あたりからドルに代わる基軸通貨としてのSDRの活用を提案し、
それと並行してIMFと債券発行に関する交渉を重ねていた。
そして7月早々、IMFはSDR建て債の発行を決定し、中国の意向を部分的に受け入れた。

とは言え「一連のSDR基軸構想が実現味に乏しい」のは中国自身が熟知している。
中期的に現実味がある見方は「米ドル・ユーロの二極通貨時代」。
その中で中国は、9月・ピッツバーグ金融サミットに照準を合わせ、次の戦略を練っているように
見える。

現在米ドルが基軸通貨の座を保っていられるのは“ユーロ圏低迷”のおかげである。
08年以降の金融危機ではユーロの構造問題が露呈した。
しかしユーロという“安全地帯”がなければ、今回の世界経済危機は更に深刻化したのは
紛れもない事実である。

7月8日からイタリア中部・ラクイクで開催された主要八カ国(G8)首脳会議(ラクイク・サミット)は、
サミット史上に例を見ない、全く意味のないものになった。
ある意味で主役の中国が、新疆ウイグル自治区で起きた暴動で中途退席した後、焦点が完全に
ぼけてしまった。

誠に残念ながら、我が日本国代表・麻生太郎首相は、ことあるごとく(必要以上に)ニコニコと、
まるでピエロに見えた。
帰国すれば退陣必至であり、先進各国首脳に「麻生は思い出作りに出席している」と思われても
仕様のない、惨憺たる展開だった。

因果関係はともかく、
ラクイク・サミットが開催された8日以降、円を中心にドルが急激に売られている。
世界市場が中国の意図を察したとしか思えない展開だった。

残念ながら「新興国の雄・中国を誰も止められない」ことが明確になった。
果たして混迷・日本の役目、居場所はあるのだろうか。


2009年07月04日

末期的ドタバタ

月曜・午後9時からのテレビ朝日系「たけしのTVタックル」を毎週欠かさず見ている。
日本のお笑い界の旗頭、というより今や“世界のたけし”こと、北野たけしがMCをする
正統派・辛口系の政治番組である。
現職の国会議員や政治関連の(マジ系)論客を交え、MCのサブを務める大竹まことや
阿川佐和子も入り乱れ、口に泡して侃々愕々、ほんと面白い。

そのたけしの直弟子である(元タレント・そのまんま東)東国原・宮崎県知事(以下東知事)の
発言が注目を浴びている。
6月29日の同番組では、
東知事が公式発言の直前、たけし氏にTEL相談したことが暴露されている。
(東)「自民党から衆院選・出馬要請があったらどうしましょうか?」
(たけし)「自民党総裁候補として扱ってもらえるなら出ます、とでも言っとけ。」
「どうせ“しゃれ”なんだし、“だめもと”なんだから」
しかしこの“しゃれ”or“だめもと”の条件提示が、マジに取り上げられるところが今の日本の
怖いところである。

未成年者淫行容疑で芸能界から追放された格好になった東知事は、早稲田・二文(第二文学部)
から政治経済学部への転部を経て、宮崎県知事に就任したことはご存じの通り。
「どげんかせんといかん」のキャッチは、日本を席捲した。
自民党の迷走が続き、「(ぐちゃぐちゃになった)日本(の政界)を、どげんかせんといかん」のは
日本全体が知っている。
だらだら引き延ばすだけで、既得権を保持するのに汲々となっている現在の日本の政界は、
まさに末期的である。

県知事が実績を踏み台に国政に打って出たり、政党を揺さぶった例がないわけではない。
1990年代、非自民連立政権を担った細川護煕首相と武村正義官房長官(いずれも当時)は
熊本と滋賀の県知事経験者だった。
また今世紀に入り、前三重県知事の北川正恭・早大教授や、前岩手県知事の増田寛也元総務相が
地方分権を訴えて「改革派知事」を名乗り、マニフェスト(政権公約)選挙の旗を振った経緯がある。

今年に入って、30歳代前半の市長も続々誕生している。
最近では、政令都市・千葉市の新市長は31歳。
そして小泉純一郎元首相のお膝元、横須賀市の新市長は33歳。
共に早稲田出身というのも何か“面映ゆい”が、千葉は県知事が青春の巨匠・森田健作、
県庁所在地の市長が弱冠31歳という、“おぃおぃ大丈夫か”コンビ。
合言葉は揃って「Change」。だが「Change」させる前に、本人の人間的基礎や学問的基礎の
「Change」ができているのか。

自分のことを考えてみれば、30歳代前半は(無駄に)エネルギーがあり余っているだけで、
周囲がサッパリ見えない、分からない、単なる“ひよっこ”。
そんな方々が、地域行政を本当にまとめ上げることができるのか。

こうした(どさくさにまぎれて)“何でもあり”のムードを醸成したのは東知事。
東知事を、あえて悪者にしようとは思わない。
だが今回の一連の“騒動”は、ムードに乗っかった“悪ノリ”としか思えない。

東・自民党総裁&日本国総理大臣という、(喜劇でも漫画でもこうはいかない)絵空事が、
「実現する可能性は全くない」と言い切ることができない状態はホントに怖い。
こうなったらヤケのヤンパチ、
(どこたらのドラマのように)SMAP・木村拓哉の総理大臣というのはどうだろう!?…。

どさくさにまぎれ、喜劇もどきのドタバタを繰り返す日本の政界はいつ落ち着くのだろう。
麻生首相のワンパターン「しかるべき時のしかるべき措置」とは一体何なのか。
日本が世界の笑いモノにならなければいいが、などと真剣に危惧している。


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