2009年12月30日

月島もんじゃストリート

激動の2009年もカウントダウン。
残酷なまでにドンドン時間が流れていきます。

日頃、当ブログにアクセスを戴いている皆様、今年もお世話になりました。
来たるべき新年もよろしくお願い申し上げます。

今年の最後に、新着の(!?)タウン情報をお伝え致します。

自分の住まいしているのは中央区佃。
と言っても漠然とし過ぎて、お分り戴けない場合が多い。
そのような場合、
“もんじゃ焼の月島界隈です”と説明することにしております。

月島もんじゃは街は、NHKの朝の連ドラ“瞳”が放映されてから、
目に見えてヒトが多くなりました。
昼間は中学・高校の修学旅行と思わしき大型観光バスが何台も横づけされ、
夕方には若いカップルで溢れ、
夜の10時過ぎには、芸能人ご一行と思わしき派手な車がご到着。
なぜ芸能人と分かるかと言えば、夜なのにサングラスをしてる…
スタイルが極上で、一発で只者ではないと分かる …

週末ともなれば、最寄り駅・地下鉄・有楽町線&大江戸線・月島駅は
脂っぽい臭いが満ち溢れます。
そんなことあり得ない、と思われるかもしれませんが、
一度経験されれば、なるほどと納得されるはず。
そんだけ街全体が“もんじゃ臭く”なるのであります。

ところで、月島もんじゃ通りは、月島駅下車約30秒、全長約500メートル。
4ツのブロックに分けられております。
ワン、ツー・ブロックは若者の世界(簡単に言えば、ガキンチョの世界)。
スリー、フォー・ブロックがやや大人の世界。

こんな状況の中で、もんじゃ街でもんじゃを食するのは年に一度あるかないか、
といった状態でありました。
ガキンチョのカップルはああだこうだと、ことの他ウルサク、
また3人以上の女性グループなどは、
なんでまたそんなに連発銃みたいに喋んなきゃいけないの、といった状態。
店内では(当然ながら)濛々とした煙が充満し、いうところの“霞が関”状態。
独特の匂いは衣服や髪につくのは当たり前だし…
そんな喧騒の中で、食事をする(=酒を飲む)のもなぁと…考えておりました。

ところがつい最近、フォーブッロクに、従来にないテイストの店を発見(!?)
してしまいました。
この店、何か違うな、と思って、ある時意を決して入ったところ…
ドンピシャリの大当たり!!

鉄板焼を中心としたサイドメニューが豊富で、そのサイドメニューを肴に酒を
飲んでから、“シメ”に、もんじゃ、お好み焼き、焼きそば、焼きウドン等を
オーダーする。
(隠れメニューの)デザートもことのほか美味しい。

ファンキーな店長(実はオーナーの息子)と、イケメンのバイト君がいて、
頼めば美味しく調理してくれる。
ファンキー店長は、どんだけ夜遊びしてんだか、スリムなまさに遊び人風。
笑顔が魅力的なイケメンのバイト君とファンキー店長とのコンビは絶妙。

江戸前“おやつ”だったもんじゃを焼く場合、慣れないと(知ったか振りをすると)
“とんでもない”ことに相成ります。
恥ずかしながら、焼いてもらって初めてもんじゃの美味しさを知りました。

オーナーは長く美術業界にいた方で、店内にはアレッと思うような作品が飾って
あります。
ついでながら、そのオーナー、自著を10冊も読んで戴いていたという、
ウソのような本当の話。
こんな奇遇は滅多にない!! と、感動している次第であります。

江戸前の下町情緒もタップリで、最近では、忘年会などで喜ばれております。

竹久夢二って(大正時代の)詩人&画家をご存じですか?
せっかく“(自分の)隠れ家”的存在になったので、正直、店の名前まで
明かしたくはなかったのですが致し方ありません。
その店は“そういう名前”です。


2009年12月27日

年末特集 その(3)NYMEX原油の長期的分析

年末特集として、2009年12月28日付「びー・だぶりゅー・れぽーと」第632号の
長期分析特集の一部を掲載します

-09年2月12日の33.55㌦を底にした反発も、上げ渋る。
08年7月11日の147.27㌦を頭にした急落の影響簡単に払拭できず。
同上147.27㌦の半値回復で達成感と共に気迷い。
上昇する先行スパン追随は至難。「戻り売り」と見るのが自然-

①10ヶ月サイクルが機能しているようです。
2001年後半から始まった歴史的な大相場は、150㌦を目指す展開となりました。
07年1月の50.28㌦を底とする高値摸索の展開は、
08年7月11日の147.27㌦を頭に劇的な急落となっています。

②理論的な上値のメドを探ってみます。
まず基準となる歴代の底値としては、
98年12月の10.65㌦。
01年11月の17.12㌦。
03年9月の26.72㌦。
04年12月の40.25㌦。
05年11月の55.72㌦。
07年1月の50.28㌦。
一方、基準となる高値としては、
04年10月の55.67㌦。
05年8月の70.85㌦。
06年7月の78.40㌦。

③底値から考えられる上値としては、
10.65㌦×15=159.75㌦。
17.12㌦×9=154.08㌦。
40.25㌦×5=201.25㌦。
55.72㌦×3=167.16㌦。
50.28㌦×3=150.84㌦。

④高値・安値の組み合わせから考えられる高値としては、
40.25㌦と78.40㌦の波動倍返しの116.55㌦。
26.72㌦と78.40㌦の波動倍返しの130.08㌦。
17.12㌦と78.40㌦の波動倍返しの139.68㌦。
10.65㌦と78.40㌦の波動倍返しの146.15㌦。

⑤一方、重要な下値のメドとしては
03年9月19日の26.72㌦と、04年10月25日の55.67㌦の半値の41.20㌦。
また03年2月27日の39.99㌦も大きな下値のメドになります。
そして2005年5月の47.60㌦と2007年1月の50.28㌦で構成されるダブルボトム、
2003年の踊り場を形成した40㌦も重要な下値ポイントになるようです。

⑥08年の急騰相場は
40㌦×2=80㌦をクリア以降騰勢が増幅する結果となっています。従って、
40㌦×3=120㌦を上抜け、40㌦の奇数倍(5倍)の200㌦が浮上しました。
ただ08年7月から始まった強烈な陰線6連発は、
2001年から始まった「押し目を形成しつつ上昇する歴史的な上昇相場の終焉」を
明確に見せています。

⑦09年は2月12日の33.55㌦で底打ち、反発しましたが、
年末に向けては先行スパン上限でのもみ合いとなっています。
ただ上昇する先行スパンに息切れ感が出ています。

⑧08年7月11日の147.27㌦の半値を回復したことで、気迷っています。
結論的には08年7月からの陰線6連発の影響は簡単には払拭できず、
戦略的には「戻り売り」と見るのが妥当なようです。
更に言えば、“原油の黄金時代が終わる”気配が漂っています。

年末特集 その(2)COMEX金の長期的分析

年末特集として、2009年12月28日付「びー・だぶりゅー・れぽーと」第632号の
長期分析特集の一部を掲載します

-1,200㌦到達後反落。
08年3月17日の1,014.6㌦上抜けで騰勢増幅も、頭打ち感。
重要な高値のメド1,250㌦に接近で警戒感。
形態を無視する動き。2010年は年初から荒れ地合い-

①月足は10ヶ月サイクルが機能しているようです。
2005年末からの本格的な上昇態勢となっています。
ここ5年、87年12月14日の502.3㌦到達以来、約17年振りに500㌦に到達した
流れが継続、700㌦でもみ合った後、900㌦、1,000㌦という大台を突破しています。

②上昇過程で、600㌦~700㌦台を時間をかけて“練り込んだ”結果、
600~700㌦が固くなり、現状はサポートして機能しています。
08年10月には700㌦を割り込んでいます(10月24日の681.0㌦)が、
反発しています。

③99年7月20日の253.2㌦と、01年2月16日の255.1㌦で構成される
ダブルボトムが原点となっている関係から、理論的な高値は250㌦の倍数と
見てよさそうです。
従って250㌦×2=500㌦、250㌦×3=750㌦、250㌦×4=1,000㌦、
250㌦×5=1,250㌦となります。

④歴史的な高値を拾ってみれば、
上記87年12月14日の502.3㌦、83年2月15日の514.0㌦、
80年9月の729.0㌦、そして極めつけは80年1月の875.0㌦。
同上875.0㌦を上抜けたことで、未知の領域に入っていることになります。

⑤ここ2年の動きから理論的な高値のメドを探ってみれば、
08年10月の安値681.0㌦と09年2月の高値1,007.7㌦の波動倍返しの1,334.4ドル。
同681.0㌦と08年3月の高値1,033.9㌦の波動倍返しの1,386.8㌦。

⑥上記③で検証したように、
長期的な下値は完全に固まったと見てよさそうです。
99年7月20日の253.2㌦、99年7月20日の253.2㌦、01年2月16日の255.1㌦
で完璧なダブルボトム形成、「20年単位で下値が確定した」と思われます。

⑦高騰相場にありがちな形態を無視する動きになっています。
乖離の拡大が顕著で無理矢理感が目立つ展開です。
先行スパンは機能していません。
伸び切り感が目立ち、下落し始めれば、急激な下押しになり易い地合い。
大きな上値のメド1,250㌦に迫りましたが、崩れ始めれば大きな動きになりそうです。
2010年は波乱含みです。

年末特集 その(1)ドル円の長期的分析

年末特集として、2009年12月28日付「びー・だぶりゅー・れぽーと」第632号の
「長期分析特集」の一部を掲載します。

-11月27日の84.76円を底にした反発。
 10ヶ月サイクル転換で、大きな空間を意識し始める。
 一方で、08年10月の大陰線の余熱残る。
 下値リスクやや薄れる。形態的には「買い拾い」パターン-

①ドル円の月足は10ヵ月サイクルが機能しているようです。
09年初からの下押しの流れは11月27日の84.76円を底打ち、
年末に向け反発しています。
10ヶ月サイクルが転換した直後で、大きな空間を意識し始めています。
一方で08年10月の大陰線の余熱が残ってはいますが、下値リスクは
やや薄らいでいます。

②とは言え、07年6月22日の124.14円を頭にした2年超の下押しの流れが
払拭されたとは言えない状況です。
特に08年9月からの陰線5連発はここ10年来なかったもので、
簡単には払拭できないようです。

③99年11月30日の101.35円と04年12月2日の101.83円で構成される
(長期的に重要な)ダブルボトムを下抜けています。
同レベル下抜けの影響が後を引いています。
結果的に同レベルがレジスタンスとして機能する態勢です。

④長期的な下値のメドは
04年5月14日の114.80円と04年12月2日の101.83円の波動倍返し88.86円。
08年8月の高値110.62円と08年3月16日の95.70円の波動倍返し80.78円。
07年6月22日の124.14円と04年12月2日の101.83円の波動倍返し79.55円。

⑤上記④で検証したように80円が大きなポイントとなりますが、
08年12月18日の87.19円を下抜ける同上11月27日の84.76円に底打ち感が
あるのは否めません。
大きな空間が目立ち、形態的には反発し易い地合いで、100円回復が大きな
ポイントとなります。
4月6日の101.43円を頭にした逆V字型の下落態勢が転換期を迎えています。

⑥ドル円は「拡大した乖離は時間がかかっても修正する」性格があります。
形態に安定性のないまま、乖離が拡大しており、
形態的には「買い拾い」パターンと見るのが自然ですが、
本格反転にはもう少し時間がかかるようです。

⑦10ヶ月サイクル転換直後の反発は要注目材料。
但しこのまま一方向に上伸することも考え難い。
全体的な基本戦略は「95円超の売り、80円台の買い」。
2010年の予想レンジは「85~105円」と見ます。




2009年12月20日

「ギャン理論入門」DVD発売に向けて

激動の2009年もアッという間に年末です。
その激動の2009年末に向け、今回、パンローリング社から
『青柳孝直のギャン理論入門 サイクル理論と自然法則』
と題するDVDを発売することに相成りました。

ここ20年、日々研究してきた「ギャン理論」を論じたものです。
今更申し上げるまでもなく、講演者は、恥ずかしながら私、青柳孝直です。

W.D.ギャンは1878年6月7日、アメリカのテキサス州・ラフキンに生まれ、
1955年6月14日、満78年の誕生日の直後にその生涯を終えます。
彼の残した遺産は5000万ドル(現在価値で50億㌦)と言われています。

では、W.Dギャンの「ギャン理論」とは一体何なのでしょうか。
2009年11月15日(日)9:00PMから放映されたNHKスペシャル
「素数の魔力とらわれた人々-天才数学者たちの150年」をご覧になりましたか。
私はこの番組を見て、驚きました。
これこそまさにギャンの説く、相場の世界だと。

詳しくは再放送等を見て戴くとして、同番組は、
大まかに言えば「大宇宙と数字(素数)の世界」という難問を解読し得ず、
苦闘する、世界の天才数学者たちを克明に描いていました。
数学の専門的な言い方をしても仕様がないので、簡単明瞭に言えば、
「素数の世界を完全に解読できれば、コンピュータの世界をも抑え込むことができる」
ことになるようです。

別の言い方をすれば、相場の世界は、
実は「(人間が解読し得ていない)大宇宙の素数の世界」に収まるようです。
はからずも私の信奉するW.D.ギャンは、「相場を大宇宙(大自然)」と捉えることから
始めています。

ITの進捗と共に、昨今では株式投資や外国為替取引が当たり前になっています。
そして、コンピュータを駆使した、様々な(日計り中心の)テクニカル手法が溢れ、
それが時代の先端を行くがごとく言われています。
結果的に金融取引は、大きな流れは関係なく、コンピュータ技術の開発競争となり、
“市場のゆがみ”に気付き、到達する競争は、千分の一秒単位のミリセカンドから
百万分の一秒単位であるマイクロセカンドの世界になっています。
そして、そうした“瞬間の誤差”を狙うことが最先端の金融取引だと誤解される
ようになっています。

考えなければならないのは、一般の方々は本来の仕事をお持ちであり、
金融関係のプロではないという点です。
本業をおろそかにして、マニアックな相場の世界に熱中する必要はないのです。

最近、 「相場を追っかける」のではなく、「相場に追いかけられている」方々を
数多く見かけます。本末転倒です。
要は「常に相場をする必要などない」のです。
「大宇宙の一部である数字の動き(相場の動き)」を大まかに俯瞰し、
ごく自然に大宇宙に入り込んでいけばいいのです。

W.D.ギャンは
『「大自然(市場)から果実(利益)をおすそ分け戴いている」という感謝の気持ち
が大事である』
『大自然を無視し、無理矢理強奪するような暴挙をすれば、必ず仕返しを受ける』
と説いています。

こうした考え方は、短期勝負を避け、中長期的で膨大なポジションを持つ、
世界に名立たる投資家・ウォーレン・バフェットや、
ヘッジファンドの雄・ジョージ・ソロスの考え方・やり方に符合します。
そして彼らは「自然からの恵みをお返しする」として、
一般人が驚くような膨大な資産の寄付を、ごくごく自然に繰り返しています。

ここ20年、ギャンの説く「サイクル理論」と、
そして「相場を大自然と捉える」と同意義の一目均衡を併用した相場手法は、
3ヶ月超の中期的な流れを的確に捉えてきました。

10年単位で、淡々と、継続して「市場から果実を戴く」ためにどうしていくか。
サブプライム問題が燻ぶり「100年に1回」と言われる不安定な時代だからこそ、
W.D.ギャンが説く、相場に対峙するための「根幹の知識および精神」を知って
戴きたいと考えます。

画面に登場して講演するなど恐れ多いと思いつつも、目一杯頑張ってみました。
よろしくご支援のほど、お願い申し上げます。

PS.
ご購入の節は、以下にアクセスして戴ければ便利です。
『DVD 青柳孝直のギャン理論入門 サイクル理論と自然法則』
http://www.tradersshop.com/bin/showprod?a=10043&c=9784775963005
よろしくお願い申し上げます。


2009年12月19日

立ち往生する鳩山首相と混迷する日米関係

ドロドロした政治問題にあまり触れたくはない。
が、しかし最近の日本の政情は余りにガタガタで、不安定である。
現状の政情について私見を述べてみたいと思う。

いつの間にか、日米関係は、首脳同士が胸襟を開いて話し合うことが
できないほどの迷路にはまりこんでいる。
政界には早くも首相の進退を巡る憶測まで出始めている。
政権交代への万来の拍手喝采と、その効果を過大視した結果であろう。

日米関係悪化の引き金となった米軍普天間基地の移転問題。
鳩山首相はオバマ大統領に年内決着を約束したはずだった。
ところが、数日を経ずして「大統領はそう思いたいのだろうか…」と、
あっさりと前言を翻した。
社民党が連立離脱を匂わせると、決着先送りを明確にした。
当然ながら米側の鳩山不信は一気に火を噴いた。

鳩山首相は、
元々在沖米軍撤退論とも受け取られる「常駐なき安保」が持論だった。
中国の胡錦濤主席に「東アジア共同体」を提唱し、
温家宝首相には「日本はややもすると米国に依存しすぎていた」と言い切った。
いずれにしても米国には寝耳に水の話だった。

日米安全保障条約論議に絡んで、
ある時、沖縄出身の友人に質問をしてみたことがある。
「第二次大戦で沖縄県民が甚大な犠牲を払ったことは知っている」。
結果的に「戦争反対は解る」。
しかし
「米軍出ていけ!と騒いでいるけど、果たして米軍が撤退した後、沖縄県民は
生活していけるのか?」
と質問した時、その友人は答えに窮した。

現状の沖縄の男性失業率は20%にならんとしている。
結局現在の沖縄は、年間1500億円を使ってくれる駐留・米軍依存型、
そして女性主導の観光経済なのである。
確かにそうした“歪な経済”は改善しなければならない。
が、こと米軍基地問題に関しては(特に沖縄県民は)後先構わずの感情論が
先立っているように思う。

また社民党の「憲法第9条」を盾にした“清く・正しく・美しく”の持論の固執は
病的であり、その言い様は百年一日である。
日米安全保障条約によって、表面上は軍隊を保有できない日本は軍事的に
キッチリ守られている。
確かに戦後60年を経て、積年の障害は出てきてはいるが、こと軍事に関しては
キレイごとばかりでは済まされない。

普天間基地問題に限らず、連立政権にありがちなゴタゴタが続いているが、
もう少し大局的見地に立って、モノを考える必要があるのではないだろうか。
現在の鳩山首相の対応は余りに日和見的で、頼りなく映る。

現在の鳩山首相ほど恵まれた首相は希である。
半世紀以上に及んだ自民党政治への不満と飽きを背景に、記録的高支持率を得た。
実際には小沢傀儡政権には違いない。
が、党内には政敵とみなされる有力者は見当たらず、誰が見ても長期政権の条件を
十二分に備えている。
政権交代という勢いに乗れば、前政権時代の日米合意を白紙に戻すことなど簡単だ、
と高を括ったふしがある。

鳩山首相の足元を見透かした社民党、国民新党の両連立与党は、
切れるものなら切ってみろ、とばかりに自己主張を始めた。
豪腕・小沢一郎幹事長は、こうした状況を十分知りつつも「連立重視」に
固執している。
「鳩山首相を見限った」と噂される一因である。

生き馬の目を抜く外交の世界でも「友愛」を標榜する鳩山首相は、
ある種の理想主義者なのかもしれない。
しかし現実を見失った理想主義は空虚である。

2009年12月13日

遼と勇太

11月6日、
東京都稲城市の東京よみうりCCで行われた男子ゴルフ・日本シリーズJTカップで、
高校三年生の石川遼(18)が世界主要ツアーを含め、史上最年少の賞金王となった。

国内男子ツアーで、これまでの最年少は1973年尾崎将司の26歳。
米ツアーでは97年のタイガー・ウッズ(米国)の21歳、
欧州ツアーは76年のセベ・バレスレロス(スペイン)の19歳、
豪州ツアーでは2000年のアーロン・バデリー(豪)の19歳。

2007年、15歳のアマチュアとして初出場したプロの大会で史上最年少優勝。
翌年のプロ転向後の獲得賞金1億円到達に続き、2年連続の1億円突破(史上8人目)
と共に10代で賞金王に輝いた。
「2年目のジンクス」という言葉は、石川遼には無縁だった。

如何に若いとは言え、移動日の月曜日、火・水の練習日を経て、木から日へと続く
プロ・トーナメントの17週連戦。
その連戦には、日本ばかりでなく、海外での試合も混じっていた。
移動日も含めれば、ほぼ毎日が試合。そのスケジュールは過酷という一語に尽きる。

ただ今年の石川遼は、マスターズや全英オープンなどで、ウッヅを始め、
世界の一流の技を目で盗み、ロブショット、ランニング・アプローチなどを
宿題として持ち帰った。
ただ若さゆえの“引き出しが空っぽ”状態は、いろいろな高等技術を、
乾いたスポンジのように吸収していった。

一般論から言えば、15歳での優勝は単なるフロックと見られても致し方なかった。
16歳でプロ転向を宣言したが、そのままプロに転向することで、あたらの才能が
消滅してしまうリスクがあった。
しかしそのリスクは、賞金王になったことで完全に雲集霧散した。
ここに至って、素直に(世界に通じる)天性の才能を認めざるを得ない。

石川と最後までつばぜりあいを続けた池田勇太もまた見事だった。
2003年の世界ジュニアや日本オープン・ローアマ(03年、07年)など、
ジュニア時代からその潜在能力については定評があった。
事実、ツアーデビューした昨季は、10試合でシード権を獲得した。

その潜在能力の高い23歳が今季、あふれる才能を一気に開花した。
彼自身が尊敬し、目標とする尾崎将司を真似た(スリータック)スタイルのダボダボの
ズボンは、最初見た時、今時の若者が何であんなアナクロのスタイルを、
と笑ってしまったが、次々に結果を残していくうちにトレード・マークとなり、
かえって人気を増幅した。
ピン位置から逆算してコースマネジメントを考えるスタイル、そして厳しい状況では耐え、
行けると判断したら積極的に攻めるスタイルは、職人肌あるいは勝負師とまで称された。

かくして「華麗な遼」と「ダサイ勇太」のコンビは、
日本の(潜在的な)ゴルフ・ファンを、特にバブル期の接待ゴルフ漬けで食傷気味に
なったゴルフ経験者を、よしっ、もう一度、という気にさせた。
ある意味で、デフレ不況にあえぐ日本経済界の一服の回復剤になった。

巷間では、「18歳と23歳の才能は日本ツアーからはみ出している」と言われている。
マスターズ制覇という(日本のゴルフ界念願の)大目標に向かって、なるべく早い時期に
米ツアーに本格参戦すべきであろう。
現在、下半身スキャンダルにまみれ、9ホール連続のOBで、18ホール連続のOBの
可能性が濃厚の、世界の雄・タイガー・ウッズが、無期限出場辞退を表明している。
絶好のチャンスには違いない。

来季も、また若い二人に夢を託したい。
世界を舞台に頑張ってほしい。
ただ“引き出しが空っぽ”状態の若い二人が特に気をつけなければならないのは、
いつの世もヒーローに付き纏い、あたらの才能を腐らせてしまう、
(扱いが難しく、とてつもなく厄介な)”オ・ン・ナという名の魔物”だろうか。


2009年12月06日

「ドバイ・ショック」を検証する

11月25日、アラブ首長国連邦(UAE)が、
政府系持ち株会社「ドバイワールド」と傘下の不動産開発会社「ナキール」が、
債権者に対し債務支払猶予を要請すると発表、同国の信用不安が表面化した。

両社の債務総額は590億㌦(約5兆円)とされ、
今年12月以降に返済期限を迎えるイスラム債などの償還が難しくなった。
ドバイ政府や政府系企業が抱える債務は総額800億㌦になるとされている。

産油国に囲まれながら石油資源をほとんど持たないドバイは、
20世紀中ごろまでは、ペルシャ湾岸の入口に位置する漁村に過ぎなかった。
しかし1970年代に大々的なインフラ整備に着手、自由貿易特区が開設されて以降、
湾岸戦争やイラク戦争など、域内の戦争のたびに大きく飛躍し、
現在では世界の6000社が進出する世界的な規模になった。

第二次大戦後、中東の「へそ(=ヒト・モノ・カネの集散地)」は、
ベイルートからカイロに移り、バーレーンを経てドバイになった。
そうした「へそ」の移り変わりは、地中海世界からペルシャ湾へと、
中東政治の中心の移動を映し出している。

今回の信用不安の最大の原因となったドバイワールドは、
ムンハンマド現首長が産油国マネーを背景に「ハコモノ行政」に拍車をかけた結果、
未来都市のような摩天楼が林立する(アニメ調の)金ピカ国家を創り上げた。
それはあたかも“アラジンと魔法のランプ”の世界であった。

その主たるものを紹介してみれば、
「世界一の高さを誇る818メートルのブルジュ・ドバイ」をシンボルに
「400メートルを超える高層ビル群」
「(全世帯が海を見渡せるように建物全体が回転する)ダイナミックタワー・ドバイ」
「ヤシの木をかたどった人工島・パーム・アイランド」
「英豪華客船クイーンエリザベス2世号の買収」
「米高級衣料バーニーズ・ニューヨークの買収」
「(イスラム教が禁じている)カジノの運営会社への出資」等々。

ここまで言えば、
ドバイ・ショックの概要は「ドバイ・バブルの崩壊」であったことは一目瞭然である。
そして根幹の問題としては
「原油相場の下落、および景気後退の中で、湾岸産油国に対する不安が表面化した」
ことになる。

総論的に考えれば、地球温暖化現象が言われる昨今、
「電気自動車の世界的で大々的な開発→石油(ガソリン)時代の終焉」が根底にある。
08年につけた原油価格1バーレル=147㌦が「Buying Climax」との見方が広がって
いるのも見逃せない。

それにしても、景気の足取りが悪く、主要市場で株価が最も低迷している日本の円が
なぜ積極的に買われたのか。
大きな理由は
「米金利の低下で、日本の短期金利が高くなった」
そして
「デフレを放置してきた結果、日本は物価変動を加味した実質金利が割高になった」
からである。
あくまで“金融市場のシステム的問題”ではあった。

今回の円高局面で明らかになった大きな問題は、日本当局の無頓着振りだった。
藤井裕久財務相がオウム返しに繰り返した「有事には適切な措置を採る」とは一体、
如何なる意味なのか。
仮に適切な措置とは、市場介入という”(アナクロな)竹槍戦術”を意味するのであれば、
日本は先進諸国から”イエローカード”or”レッドカード”を提示される。
市場介入で世界の市場を制御できないのは今や常識である。

“青葉マーク”が取れず、ガタガタしている民主党政権。
今後も混乱は避けられそうにない。

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