バンクーバーの伝説

2月27日付け韓国各紙は、
バンクーバー五輪のフィギュアスケート女子で、世界歴代最高得点をマークし、
同国にフィギュア初の金メダルをもたらしたキム・ヨナ選手の歴史的な快挙を
大々的に報じた。
特に朝鮮日報では、今回の圧倒的な勝利を「バンクーバーの伝説」と報じた。

韓国・キム・ヨナと、日本・浅田真央。
年齢は同じで、生まれた月(9月)も同じで、体つきもほぼ同じ。
巷間言われるように、二人は、文字通りの“伝説のライバル”ではあった。
ただ今回の勝負、誰が見てもキム・ヨナの圧勝だった。

今回キム・ヨナが叩き出した、ショート・プログラム(SP)の78.50、フリーの150.06、
合計228.56点は、キム・ヨナ自身の記録を10点以上も上回った。
演技時間および演技点の計算方法が違う男女の得点を単純比較はできないが、
男子の世界記録でも13位に相当する驚異的なものだった。

どこで何が違ったのだろうか?
ザックリ言ってしまえば、キム・ヨナ側の「総合戦略の勝利」だった、と思う。
持っている7~8割の力でのびのびと、パーフェクトにやった、という感じだった
精神的なストレスもなく、得意なものを高い精度でこなしてプラス評価を得ようとする、
キム・ヨナを最終勝利者としようとする関係者の、“したたかな計算”がうかがえた。

特に構成の面では、キム・ヨナ側の圧倒的勝利だった。
SPでの「007シリーズ」のインパクトは絶大だった。
決めポーズの、「ミステリアスな女スパイが最後にピストルを放つ」姿は妖艶で、
“おぼこい”浅田真央とは、大人と子供、と思わせる違いがあった。

確かにトリプルアクセル(3回転半)の、SPで1回、フリーで2回、合計3回の成功は
ジャンプ技術では世界一の感を強くはした。
しかし、SPの「(ハチャトリアン作曲)仮面舞踏会」、
そしてフリーの「(ラフマニノフ作曲)前奏曲『鐘』」は、
芸術性は高くとも、時代遅れのアナクロ感は否めなかった。

下から突き上げるような重厚な調べの「鐘」は、タチアナ・タラソワ・コーチが
推薦・主導したと言われているが、「盛り上がりに欠ける、暗くて、重たい感じ」を
醸し出し、浅田真央の本来の良さを消してしまっていたように思う。

全くの門外漢が言うのも僭越だが、テーマ曲については提言がある。
坂本龍一、久保田利伸など、
日本独特の感性と国際感覚を併せ持つ、世界一流の日本人ミュージシャンに
なぜ担当させないのだろう。
彼らに依頼すれば、まずは喜んで応じたと思う。
(自分としては、ファンキー・TOSHINOBUに是非やらせてみたいが…)

そこに古い伝統に固執するフィギュア界の限界を見たような気がする。
そして今回の敗戦は、日本のフィギュア界に大きな宿題を残したように思う。

それにしても、キム・ヨナ、浅田真央のワンツーフィニッシュにとどまらず、
両親が日本人の長洲未来(米国)の4位も含めると、5位の安藤美姫を合わせ、
上位5人中4人をアジアが占めた点は時代の流れを感じさせた。

伝統的に欧米勢が強かったこの種目で、アジア勢が台頭したのは1990年前後。
1989年の世界選手権を制した伊藤みどりが1992年アルベールビル大会で銀メダル、
それがアジア選手初の五輪表彰台だった。

それから約20年。
キム・ヨナにしても、浅田真央にしても、そして安藤美姫にしても
伊藤みどりを代表例とする(従来の)アジア人体型から完全に脱皮している。
20歳を過ぎれば“無駄な肉”が目立ち、無理矢理のダイエットを感じるさせる欧米勢に
比較すれば、アジア勢は、顔が小さく、手足が細くて長く、まるで人形である。

キム・ヨナと浅田真央は、体型はほぼ同じ。
だが、今回の浅田真央には残念ながら女性独特のフェロモンが感じられなかった。
要は、キレイはキレイでも、浅田真央は“少女or幼児”体型(!?)だった。

浅田真央は、金確実と言われた前回のトリノ五輪で、年齢制限に87日足らず、
出場を断念せざるを得なかった。
今回の五輪は19歳。そして次回のソチ五輪ではまだ23歳。

結果的に大きな宿題が残されたが、世界有数のスケーターとしての修練だけでなく、
同年代の女性と同様の(ある種ランダムな)“普通の社会体験”or”人生体験”を経た
“大人の真央”ちゃんに期待したい。
ヨナ・真央伝説は、序章が終わったばかりである。