2010年03月28日

球春

「サクラサク」。
この表現の合格電報が初めて登場したのは、約50年前、
早稲田大学だったとされている。
携帯やネットに押され、電報文化は姿を消しつつあるが、
この一文の持つ強さ、美しさに変わりはない。
日本人たるもの、桜の花を頭に思い描くとき、生命の勢いを感じざるを得ない。

東京ではその桜が三分咲きになっております。
桜の開花には違いない。
またサクラの季節の到来、春の到来には違いない。
しかしマフラーをして桜見物でもなかろうて…

サクラの季節の到来と同時に、日本では野球の季節が到来した。
お笑い芸人中心の、くだらない番組ばかり見せつけられてきた“暗黒の季節”の
お・わ・りである。
パリーグだろうが、セリーグだろうが、高校野球だろうが、メジャーだろうが、
とにかく野球なら何でもいい。野球なら…
筋書きのないドラマが始まって、何かホッとしている。

春はセンバツから。
3月21日から始まった選抜高校野球大会。
大会第三日。第三試合に地元代表・高岡商業高校の登場。
相手は、(よりにもよって)
歴代勝利新記録(59勝)を目指す高嶋仁監督率いる智弁・和歌山高校。
スクール・カラーのエンジをベースにした(もろワセダ・スタイルの)ユニフォームの
高岡商業は、氷雨の中の善戦健闘も、6対1の敗戦。
炎天下だろうが、雨中下だろうがベンチの前で仁王立ちする姿が象徴的な高嶋監督に、
歴史的な1勝を献上することになった。

以上が表面的な言い方だが、
“甲子園に出るだけが大目標”の地元チームは、負けるべくて負けたというのが実感。
途中から、「あ~ぁ、またいつものワンパターンか」になり、
しまいには、「テンション上げて応援しても疲れるなぁ~」といった展開になる。

いまや日本の野球は、日本どころか世界を目指せるスポーツになっている。
しかしスポーツ僻地(!?)では、相変わらずの狭い世界を対象にした、
アナクロな(指導者の)考え方が浸透しておりますデス。
目指すものが違うような気がするが、考え過ぎでしょうか…

ところで、大会第二日、22日に行われた一回戦で、対向陽(和歌山)に敗れた
開星(島根)の野々村直通監督の
「21世紀枠のチームに負けるなんて末代までの恥。腹を切りたい」
「やめたい。腹を切りたい。死にたいですね。もう野球を辞めたい」
「こんな恥をかくことは二度としたくない」
といった発言が大問題視されている。

今回21世紀枠で出場した向陽高校の前身は、戦前の伝統校・海草中学。
「あのチームごときに…」と言われる筋合いはない。
がしかし、日本全国の高校野球ファンの中には、この発言に対し、
拍手喝采まではいかなくとも、同感したファンもいたはず。
何を隠そう、その中のひとりが自分でした。

野々村監督の謝罪会見における、
何気に“ミズっぽい”or“その筋っぽい”ファッションが少々気になったが、
勝とう、勝ちたい、勝たせたいという熱血スタイルは現在の高校野球、
引いては日本のスポーツ界全体に一石を投じたと思う。

良い機会なので、東京六大学野球リーグ戦における、
早稲田VS東大戦でのバックネット裏の状況を暴露します。
大体が(神宮)球場がガラガラで、バックネット裏の特等席には余裕で座れます。
で、そこに座ってるのが、たいがいが(暇を持て余した、酒癖の悪い)ワセダOB。
彼らの楽しみは、酔って、ワセダの大勝で憂さを晴らそうとする、不埒の輩(やから)。
試合が始まる前から、ビール、ウィスキー、ポン酒と、何でもあり。

で、ワセダが勝ってるうちはいいが、ヒットを打たれ、一時的にもリードされると、
「お前らアタマで負けて、野球でも負けんのかッ!!」
「馬鹿はもう田舎へ帰れッ!!」
などと罵詈雑言、言いたい放題の世界であります。
それが“アマチュア野球の大本山”と言われる世界の実態であります。

振り返って、“甲子園で楽しく野球をしよう!”とする“きれいごと”のスタンスは、
確かに教育上(高校生レベルではある程度)必要ではあろうが、
選手のレベル向上にはつながらない、と思うのであります。

長々と、かつ小難しく申し上げてきましたが、
とにもかくにもサクラの季節、野球の季節の到来を、心より寿(ことほ)いでおります。

「英国の欧州における立場」の検証

英国は欧州を代表する国のひとつ」と見られている。
だが誇り高き(常に上から目線の)大英帝国は、欧州とは一線を画している。

そしてその英国では、
「欧州統合は英国のためにならない(ユーロ・スケプティシズム=欧州懐疑主義)」
との考え方が依然として根強い。
こうした考え方は、EUの前身で1985年に発足した欧州経済共同体(EEC)への
加盟問題あたりから広がり始め、99年の通貨統合に加わらなかったのもこの考え方が
根幹にある。

また大陸側でも独仏は「英国は欧州ではない」との論調があるのも事実である。
大陸側では、「英国は米国と特別な関係にある」と一定の距離を保つスタンスにあり、
一方英国では「社会民主主義志向の強い大陸には最終的には馴染めない」と標榜する。
双方の根幹の考え方は、縮まりそうでなかなか縮まらない。

60年代初頭に、英国がEEC加盟を最初に希望した際、ドゴール・仏大統領が
「英国は(欧州に影響力を行使しようと米国が差し向けた)トロイの木馬である」
と反対した、という有名な(今では伝説の)話がある。

今回のギリシャ金融不安に関してEUの対応が遅いのは、
頑固一徹・独の「まずはギリシャの自助努力があるべき」との筋論が先行すると同時に、
単一通貨ユーロを扱う世界最大の市場が(表面的にはユーロ圏外にある)英・ロンドンに
あるのも大きい。

世界最大の金融センター・ロンドン市場では、
リーマン・ショック、ドバイ・ショックを経て、財政赤字国の信用力に過剰なまでに
敏感になっている。
ドーバー海峡を隔てた大陸側では、今回の流れを
「英米関係者が(関係ないところで)過剰に騒ぎ、市場をグチャグチャにしている」
と批判的である。

今回のユーロを巡るドタンバッタンを見て、英国では
「だからユーロに加盟しなくて正解だった」との論調が先行している。
だがその英国も、財政赤字への不安から英ポンドも“叩き売り”状態になっており、
英国経済自体も盤石ではない。

97年に就任したブレア前首相は、政権発足直後にユーロ加入を検討したが、
身内の労働党からも反対が起こり挫折した。
6月までに実施する英総選挙では接戦になりそうだが、
キャメロン党首率いる保守党が13年振りに政権を奪還するとの見方が大勢。
保守党は(伝統的に)欧州統合には慎重なスタンスにある。

2008年の米国を中心にしたリーマン・ショックが21世紀前半の第一次危機、
今回のギリシャ問題に端を発する2010年・欧州混乱が第二次危機と位置付けられ、
ある意味で「歴史的な場面」に遭遇していることにはなる。

巷間では「欧州なのに欧州ではない」と見られる英国は、「本当にアジアの一員なのか」
と懐疑的に見られている日本と同じ立場にあると言われる。
しかし“友愛主義”という曖昧な看板を掲げつつ、現実的には米国傘下にあることで、
今や世界の経済大国にのし上がった中国にも距離を置かれ、結局は右往左往するばかり
の日本が、英国のような誇り高い国であるわけがない。
日本が「欧州の英国である」と標榜するのは、英国に失礼千万の話かもしれない。

ごく近い将来、今回の欧州混乱は収束する。
その時、英国はどう反応するのか。
誇り高い英国の対応が、けだし見ものである。

2010年03月21日

「ユーロのガタつき」その後

東京外為市場で2月のユーロの対ドル取引での売買高が、円を上回った。
ギリシャの財政不安が大きな関心を集めたことが主たる要因だが、
1999年にユーロが発足して以来初めてのことである。

日銀の集計によると、2月の1日あたりの売買高は円・ドル取引は74億1000万㌦で、
09年ピーク時の約7割。
一方ユーロ・ドルの取引は75億8800万㌦。
集計額は東京市場の銀行間での現物の売買高。
これにユーロ円取引等を合算すれば、ユーロ絡みの取引は従来のドル円取引の
1.5倍にはなっていると思われる。

東京外為市場は、全通貨の現物売買で、ロンドン、ニューヨーク、シンガポールに
次いで第4位に陥落している。
日本の金融機関は、都市銀行を中心にした吸収・合併の嵐、
また地方銀行は外為市場に参入できない状態で、
日本の個人投資家の頑張りはあるものの、地盤沈下は自然の流れではある。

ユーロはここ1か月、1ユーロ=1.3550㌦近辺を何度もトライしたが、
どうしても下抜け切れない状況が続いている。
(あくまで私的な感想だが)同レベルでのユーロ買いがあまりにしつこく、
表面化してはいないものの、“介入”臭い感じもする展開となっている。

最近の短期売買はコンピュータが自動発信するシステムとなっており、
前もってインプットしたデータが異常な感度で反応する。
それが市場を予想以上に荒っぽくしている。
EU(欧州連合)当局は、
そうした30歳代前半グループの“(コンピュータ主導の)何でもあり”のやり方に、
暗黙のうちに警告を発しているようにも見える。

ただEUも“市場を仕切る”だけではなく、具体的な施策を掲げ始めている。
ユーロ圏16ヶ国は15日夜(日本時間16日未明)の財務相会合で、
財政危機の直面するギリシャの資金繰り難に備えた支援策で基本合意した。
ユーロを導入する各国が、緊急時に2国間でギリシャに融資する仕組みと見られる。

またメルケル独首相と、フィヨン仏首相は、
欧州域内版の通貨基金、「欧州通貨基金(EMF)」創設で合意した。
ユーロ圏の財務相会合も支持を表明している。
EMFはフランスが提唱したものの、ドイツの反対でお蔵入りした経緯がある。

通貨はひとつで金融政策は欧州中央銀行(ECB)に一本化しているが、
財政政策はバラバラという、歪な通貨制度の矛盾が火を噴き、
巨額の財政赤字を抱える他の南欧諸国に飛び火しそうな気配になっていた。

ただ一連の流れは、EU全体の気持ちの緩みを是正し、結束を固めるという意味では
将来的には好結果につながるに違いない。
誇り高きバイキングの末裔を小馬鹿にすれば、3倍返しでその“仕返し”を受ける。

それにしてもコンピュータを中心に、
データに敏感に反応し過ぎるシステムに依存する現状の金融界は、どこか歪である。
「闇雲の大量の資金で瞬時に市場を崩壊し、儲けをむしり取る」とする
いわゆる“リーマン的手法”には(当然ながら)限界があると思う。

いずれにしても「困った時の円買い」に流れ、
結果的にいわれのない円高になっている現在の状態は、
近い将来“大ドンデン返し”に遭う運命にあると思う。

2010年03月14日

「北陸」と「能登」

週末になって、突然のように懐かしい列車がTV画面上で連呼されていた。
ジス・イズ・ザ・ホクリクを表象するかのような「北陸」と「能登」。
上野23:05発・寝台特急「北陸」、そして同じく上野23:33発・夜行急行「能登」。
50年の歴史を持つ両列車が、平成22年3月12日夜でラストランを迎えた。

一部の者のマナーが問題視されている「撮り鉄」と呼ばれるマニア群でごった返す
上野駅の様子が再三画面に映し出された。
そんなに残念なら、もっと利用しとけよっ!!と、マジ切れになりそうになった。
一方で、そうかこれもまた時代の終わりなのか、などと少々感傷的にもなった。

受験のため、大都会・東京の第一歩を踏み出したのは上野駅18番ホームだった。
当時はSLで、煤で薄汚れたままの詰襟学生服の紅顔の美少年(!?)は、
上京にあたり、生き馬の目を抜く大都会は怖い、といったことを何度も言われてきた。
ホントに生き馬の目を抜くのかよ??
冗談だろと疑いつつも、やはり緊張していた。

今は亡き井沢八郎の「あぁ上野駅」が日本の高度成長時代を象徴する楽曲であると
時代を超えて歌われ、上野駅には故郷の匂いがすると言われてきた。
しかし初めて上京してから幾星霜、始発が東京駅になってから、
上野駅に下車することがなくなった。
東京→越後湯沢(上越新幹線)、越後湯沢→富山(L特急)で3時間ちょい。
そんな行程を夜中とは言え、6時間半かかる列車に乗ることは現代では“時間の無駄”。

だが学生時代、上野行夜行急行が豪雪で東京まで16時間超もかかり、
母親が緊急用にと持たせてくれた、大盛りどころか、エベレスト盛りのとろろ昆布を
巻いたデカイおにぎり10個、甘めの卵焼きの三段重ね(多分卵を10個は使ってた)、
好物の牛肉甘辛炒め+奈良漬けが詰まった大き目のパックを列車内で完食したのも、
今となってはなつかしい思い出である。

思い出と言えば、双方の列車には(苦い)思い出が詰まっている。
寝台特急北陸は、A寝台とB寝台に区別されていた。
A寝台とはいわゆるグリーン車で、B寝台は普通車。
当然のようにB寝台を常用していたが、カプセルホテル仕様で、3段ベット×2、
つまりは、ひとつのスペースを6人で使用する形態になっていた。
天井に近い(最上段の)3段目などは、当然にして横にはなれるが、まずは圧迫感と
戦わなければならなかった。
そして当時はスチーム使用の暖房だったから、なぜだかドカン・ドカンと音のする、
安眠妨害の“今考えても不思議な雑音”に悩まされた。
そしてまた異常にのどが渇いた。これも異常な暖房設備のせいだったように思う。
やむを得ず何回か乗ったが、(当時の)国鉄は人間を荷物扱いしてるな!
と思ってからは、極力避けるようにしてきた。

そして夜行急行「能登」。
石川さゆりの大ヒット曲「津軽海峡冬景色」の出だしに出てくる、文字通りの
「上野発の夜行列車」である。確かに“誰もが無口”だった。
これもまた楽ではなかった。
たまたま固い4人掛けの座席に座れても、眠れるはずがなかった。
当時は禁煙ではなかったから、もうもうとした“霞が関”状態の中で、
列車内のあちこちから響き渡る、いびきや歯ぎしりに悩まされた。
本来がそんなに繊細な神経に出来てはいないが、狭い空間のじゃがいも状態に
完璧に翻弄された。とにかく“先に寝た方が勝ち”状態だった。
先に寝れたとしても、起きたら、どこかしこが痛かった。いわゆる寝違え症状である。

年末などの混雑期は、通路に新聞紙を敷いて寝たり、列車上部の荷物置きネットに
寝る“豪傑”もいたりして、現在では考えられない“何でもあり状態”となった。
まんじりともせず、朝を迎えるのが通常のパターンだった。

上野を出て、東京・北の玄関・赤羽を過ぎると、後は真っ暗な空間が続くことになる。
そして踏切を通過する時の警報機のチンチンチンと鳴る音が「北へ帰る」という、
(上京とは逆の意味の)“負けor敗北”という単語を連想させ、何気に寂しくなった。
こんな環境では、ヤル気とかモチベーションを下げる、と思うようになった。
結果的に、上野発・夜行列車は、緊急時でも敢えて避けるようになっていった。

時代が過ぎ、夜行列車、またブルートレイン(通称ブルトレ)に必要以上に過大な
ロマンティックなイメージを膨らませるマニア的流行に、
“あんたら本当に夜行列車の本質を知ってんのか”と反発したりもした。

とは言え、能登も北陸も、それが自分にとって“トラウマ”だったとしても、
自分の人生の中の貴重な1ページには違いない。
またもや昭和が遠くなっていく。
人生って、こんなもんなのでしょうか…


日本国債という爆薬

金融市場では、「(旧)大蔵省はオオカミ少年だ」という声は30年前からあった。
「やがて財政は破綻し、金利は上昇する」。歴代の官僚たちが言い続けた。
しかし危機はやってなかった。
国民は安心し、警告に耳を貸さなくなった。

ここにきて、
鳩山政権の財政規律は読めない、経済成長率や貯蓄率の低下、人口減など、
環境は全て悪い方向に動き出した。
そして「どのくらい凶暴なオオカミが、いつやってくるか」という大きな問題が
真剣に議論され始めている。

財政赤字の拡大から国債の格下げをされたギリシャや、格下げ懸念のあるスペインでは、
海外資本が国債から逃げ出し、長期金利の上昇を招いた。
かたや日本では外貨建ての国債を発行しておらず、
また国債の93%は国内の金融機関や個人が保有する。
従って日本はギリシャのようにはならない、だから安全だ、
というのが一般的な見方である。

ところが海外の投機筋は、日本を“新衰退国”とみなし始めている。
日本を衰退国と見るのが妥当かどうかは別にして、
日本国内だけで日本国債を消化できなくなる日が近づいているのは事実である。

日本の個人の金融資産は、個人の負債を除き1,065兆円(09年10月現在)。
一方で、国と地方の長期財務残高は825兆円で、今後も増え続ける。
家計貯貯蓄率は1990年代には10%を超えていたが、07年には2.2%に下がった。
貯蓄を取り崩して生活費に充てる高齢者の割合が増加したからである。
個人が抱える(住宅ローン等の)負債を勘定に入れれば、
日本国民の資産と日本国の借金がトントンになったとの見方が妥当である。
そして2010年代に入れば、日本国民の個人資産の全部を充てても、
公債を買い切れない事態に陥る。

こうした状況を背景に、市場では、早ければ来年(2011年)から
日本国債の長期金利が上昇し始めるとの見方が台頭している。
現在1.2%台の10年物国債利回りが米国と同様の3.6%台の上昇したとすれば、
利払費は(新規国債を発行しなくても)約12兆円に膨らむ勘定となる。
これは09年度の消費税額9.4兆円を上回る額となる。

今や日本国・借金のGDP比は199%と、今問題になっているギリシャの111%を上回り、
先進国では最悪(世界の第一位はジンバブエ。日本は総合第二位。米国は61位)。
またこの数字は太平洋戦争末期と同水準である。

悲観的材料ばかりに焦点を当て、日本を敢えて悲観的に見るつもりはない。
ただ会計年度末の3月になればあちこちで意味もないような道路工事が始まり、
与えられた予算を使い切ろうとする“百年一日”のスタンスがどうしても解せないでいる。

ギリシャ、ギリシャと騒いではいるが、
「ギリシャは“明日の日本の姿”」である。
もう少し現実的に、冷静に日本の実態を見るべき時期のように思うが…

2010年03月08日

「龍馬伝」という青春ドラマ

ここ1週間の東京の天気は不順過ぎる。
半そで(トレーニング用)短パンで運動をしていても汗ばむ日があるかと思えば、
シトシトした氷雨が降り、12月初旬の初冬のようなうすら寒い日もある。
初春にありがちな三寒四温状態だが、6日(土)・7日(日)の週末が、
その氷雨・シトシト状態だった。

カラッと晴れれば、多少の屈託もすっ飛ばせるが、
シトシト&ジメジメで来られると、ほんと、気分も滅入ってしまう。
こんな時は、ジトッとしたまま、自室に籠って一杯飲るしかない。
3倍返しを狙った義理チョコ(冷蔵庫のチルド室にキッチリ保存)などを取り出し、
缶チューハイや、バランタインのハイボール等をチビチビ飲っておりました。

今の自室は12畳程度の2Kを全て取っ払ってワンルーム形式で使用している。
まず10年も超えてしまうと、タバコのモクモクで、全体が灰色っぽくなってる。
この部屋は天井が高目にできてはいるが、壁には資料や本が天井まで積み上げられ、
洋服ダンスやら、スポーツ用品やら、ついでに遠距離用・チャリが鎮座してたりして、
“けもの道”のような細いスペースを行ったり来たりしている状態。
大地震があったら、一体どうすんだ??

酔って神経が過敏になってくる(!?)と、突然そんな周囲の環境が気になり出す。
あぁ~、なんでオレはこんなにキッタネェ部屋にいるんだ~、なんて…
徹底掃除をする意志もなく、そんなジメジメした日は“トホホの状態”であります。

前置きが長くなってしまったが、さて本題。
日曜日午後8:00の、通称「NHK大河ドラマ」。
今年は司馬遼太郎シリーズに則った「坂の上の雲」に続く「龍馬伝」。
「坂の上の雲」が史実に沿った正統派・ノンフィクション・ドラマとすれば、
「龍馬伝」は、主人公の坂本龍馬の人物像をより浮き立たせるためか、
女優陣も目立つ、いうところの“フジ・月9”バージョンに仕上がってる。

土佐では平井加尾、江戸では千葉佐那。
遠距離恋愛のせい(!?)か、涙ポロポロのシーンが多い。
携帯などは夢のまた夢の時代。土佐・江戸間が徒歩・30日間が普通の時代。
シナリオ的には致し方ないとは思うが、司馬遼太郎の原作は、
もちっとサラッとしていたはず。

青雲の志を持った希代の英雄には女性が付き物。
ただ、平井加尾役の広末涼子や、千葉の小天狗・千葉佐那役の貫地谷しほりには
存在感あり過ぎ。
第二部には、お龍役で真木ようこ、長崎・出島の愛人役で蒼井優が出演予定とあって、
この先のストーリ(orシナリオ)が読め始めた。
要は今回の大河ドラマは、若い女性をも狙った青春ドラマ仕立てなのであります。

とは言え、岩崎弥太郎を演じる香川照之が秀逸。
照明を抑え、しかも青や茶のフィルターもかけるから、役者連の顔が浅黒く映ってる。
それが、ツバを飛ばしまくり、喚きまくる香川照之の怪演に拍車をかける格好と
なっている。
彼は「坂の上の雲」でも俳人・正岡子規役で登場。
東大出の異色俳優は乗りに乗ってる。

また武市半平太役の大森南朋も相変わらずの“冷め具合”で、とってもよい。
彼は同じNHKの経済物・連続ドラマ「ハゲタカ」でその存在感を示したが、
今回の黒船来航・尊王攘夷・下級武士、といったテーマの中で、同様の存在感を
キッチリ見せてる。

主人公・坂本龍馬役の福山雅治は、まんまの“ふくやま”。
木村拓哉をイメージして作られたと言われるシナリオに、何らの違和感なく
溶け込んでおります。
しかし坂本龍馬って、あんなソフトタッチのハンサム顔をしてたんだろうか…

とにもかくにも、最近の民放のドラマがジャニーズ系中心の薄っぺらいものが多い中、
確かに重厚に仕上がっております。
地上波の日曜日・午後8時から見て、同日曜日のBS1で午後10時から見て、
その週の土曜日の午後1:05分から見て、って都合三回は見ることになりそうです。

2010年03月06日

「揺れるユーロ」の検証

ギリシャ財政危機を引き金に、冷戦終結で生まれた欧州単一通貨ユーロが揺れている。
21世紀に入って以降の世界経済危機では、まず基軸通貨の米ドルを直撃し、
続いて第二の基軸通貨ユーロを直撃する格好になっている。

“第一次攻撃”で、世界市場が基軸通貨・米ドルを直撃した時点では、
ユーロはその存在感を明確に示した格好となった。
もしユーロが存在しなかったら、欧州経済は大混乱に陥ったはずである。
とりあえずは第一次危機を乗り切り「ユーロという安定帯に守られた」として、
各国の規律が緩んだ。

特にユーロ圏内の「弱い輪」、PIIGSと呼称される
「ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペイン」諸国の財政難が露呈し、
「金融政策は一元化しても財政政策は別々」とする、ユーロの構造問題が露呈する
格好になった。

では不安の連鎖が拡大をはらんだユーロ不安をどう打開していくか。
現在のところ、明確な施策は見えてはいない。
ただどの加盟国にも「ユーロ離脱という選択肢」は考えていないようである。
なぜなら、それは欧州経済崩壊と同義語であるからである。

多極時代にあって、ユーロが揺れ続け、EUが停滞し続ければ、世界経済全体に
与える影響は計り知れない。
先頭に立たざるを得ないのは、やはりユーロを創設した独仏であろう。

ここ1週間、水面下の動きが始まっている。
まず欧州主要国では、ユーロ売りを主導する投機筋への規制強化に向け態勢を
整えつつある。
メルケル独首相は「市場が世の中の全てを決めるわけではない」、
ルクセンブルク・ユンケル首相は「市場がギリシャを攻撃するのは間違いである」とし、
「金融機関が資金の出し手として投機に参加する」のを厳しく監視する姿勢を
打ち出している。

また2月26日、
オバマ米大統領、ブラウン英首相、メルケル独首相は三首脳のテレビ会議を開催、
ギリシャ財政問題など、経済・外交問題について協議した。
詳細は公表されてはいないが、三首脳はギリシャ問題への対応で連携を図ったもの
と見られている。

また同2月26日、
国際通貨基金(IMF)のストロスカーン専務理事は、ギリシャ問題について
「EUで対処できると」としながら、「要請を受ければ支援する」と発言した。

打開に向け手探り状態が続く中、リスク回避目的の円高基調が続いている。
なぜ円が選択されるのか。

それは日本の長期金利が低位安定しているからである。
国内投資家の日本国債保有が9割を占め、安定して市場で消化されているからである。
個人資産が預金に向かい、資金需要不足に悩む銀行が日本国債を買い支えていると
いう百年一日の構図である。

だが、1500兆円と標榜されていた日本の個人資産は「昨年9月、1080兆円になった」
との試算がある。
これは日本全体で1000兆円と言われる日本の借金と並んだことを示す。

「国家予算が税収を上回り、不足分を国債で補う」という“日本伝統の”手法の
行きどまり地点が視野に入っている。
今年はトヨタのリコール問題が長期化の様相を見せる中で、50兆円の赤字国債発行を
余儀なくされている。

ギリシャ、ギリシャと騒いではいるが、
今回のギリシャ問題は、実は日本が抱える“深刻な”問題なのである。

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