2010年04月24日

政局混乱、立ち往生するニッポン

最近のNYでは、以下のような“強烈な冗談”が流行っているという。
「日本人が鳩山首相のことを“サギ”と言ったら、アメリカ人は“チキン”という。
中国人は“カモ”だと言い、ヨーロッパ人は“アホウドリ”と言う。
本人は“ハト”だと言っているが、本当は“ガン”ではないのか」

日本が立ち往生している。
経済大国の残像にとらわれ、変身をためらい、内にこもったままである。
中国やインドの伸長、しつこいデフレ、少子高齢化に財政不安。
考えれば考えるほど深刻な問題が山積している。

世界の投資家の、現在の日本に対する最大のテーマは
「日本の財政はいつ行き詰まるのか」という点になり始めている。
「債券相場の下落で儲けようする『リスク投資』の対象国」
になってしまっているのである。

郵便貯金の預入限度額が2倍になれば、家計の金融資産が「暗黙の政府保証」に
吸い寄せられる。
そしてその集められた資金は、リスクが小さいが収益性も低い国内の公的事業に回る。
結果、日本国の借金(表面的には現在約1000兆円)が、
家計の金融資産(表面的には1500兆円だが、現実には「?」がつく)を上回る時、
それが「日本の財政が行き詰まる時」になる。

あくまで単純計算だが、年間50兆円の赤字国債を発行し続けたとして、
余裕枠は500兆円、従って正解は「10年後には日本の財政は破綻する」。
つまりは(どんな遅くとも)2020年には日本はギリシャのようになる…

日本は国内総生産(GDP)2位の座を中国に譲る。
世界のGDPに占める割合も1990年の14.3%から2008年には8.8%になった。
国際競争力は90年の第1位から17位に。
航空貨物取扱で、成田は00年の4位から8位に。
港湾インフラで、横浜は94年の10位から29位に。
全てがスパイラルに悪くなり始めている。

1億人の成熟した市場、誇れる技術、そして勤勉さ。
1980年代には世界が驚くような高度成長を遂げた日本だった。

国内にいると総体的な地位の下落に気付きにくい。
日本は世界から完全に取り残されてしまっている。おおよそだが、まずは2周遅れ。
そして世界に打って出る積極姿勢にも欠けている。

日米安全保障条約は今年が50周年。
その記念すべき年に「普天間問題」が暗礁に乗り上げている。
米国側のいらだちは明らかである。
“若葉マーク”の民主党の外交折衝は、門外漢の自分にさえ幼稚に見える。

閣内には“(時代遅れの)女学生”のような非現実的な考え方をする大臣もいたりして、
内閣そのものがチグハグで全く機能していない。
5月に最終結論を出す、と言う。
「そんなことができっこない!」ってことは、国民の大多数が感じている。
仮に日米安全保障条約が破棄されれば、日本は軍事的に全くの丸裸になってしまう。
どうすんだ?誰がニッポンを守るんだ??

結論的に言ってしまえば「世界の中の日本」は、日本では分からない。
世界と生きるための「新たな開国」、それが今の日本に求められる最大のテーマと思う。

そうした「(混乱の)クライマックス」状態の中で、新政党ラッシュ。
「国民新党」「新党日本」「たちあがれ日本」「日本創新党」「新党改革」…
よくよく整理して考えてみなければ、誰がどの党だったか思い浮かばない…

何が何だか、サッパリ解らない。
江戸末期も多分このようなグチャグチャの状況だったのだろう。
(とりあえず)開国は間近だっ!!と(笑って)我慢するしかないのかもしれない。

2010年04月17日

「安定志向」という名の弊害

4月7日、
リクルートが2011年春卒業予定大学生の就職希望ランキングを発表した。
首位はJTBグループ、第二位JR東海(東海旅客鉄道)、
三位JR東日本(東日本旅客鉄道)と旅行・運輸関連企業が続き、
第4位は日本郵政グループ。

今回は特に、不況に強いとされる鉄道会社の人気が目立った。
JR西日本(西日本旅客鉄道)を含むJR三社が20位に入った他、
前年96位の東京地下鉄が65位、昨年は100位圏外だった
小田急電鉄や東京急行電鉄も100位内にランクインしている。

金融関連企業の人気も根強く、三井住友銀行、みずほファイナンシャルグループ、
三菱東京UFJ銀行、東京海上日動火災保険など有名企業もトップテンに入っている。
これを称して巷間では“安定志向が更に強まった”とい言い方で説明している。

ではこの「安定志向」とは、一体どういう意味なのだろうか。
結局は「倒産の可能性が極めて少ない」「リストラの可能性が少ない」
という意味なのだろう。だが本音ベースでは、
「会社にさえ真面目に出ていれば、格段仕事をしなくても給料がもらえる」
に聞こえる。

現在の大学生は、02年からスタートした“ゆとり教育”を受けてきた年代である。
この新しい教育路線は、
「詰め込み教育から解放し、子供の個性と創造力を豊かに育てる」という、
一見すれば何とも理想的な考え方が基本になっている。

この定義の中で、授業時間が劇的に変化した。
例えば小学3年生の国語は、80年度には年間280時間→02年度235時間、
算数は175時間→150時間、社会は105時間→70時間、理科は105時間→70時間。
中学校も同様に大幅に授業時間が減った。

現実を度外視した、空想に近い机上論のもとにスタートしたゆとり教育だったが、
その結果は惨憺たるものになっていったのはご存じの通りである。
OECD(経済協力開発機構)が行う15歳児の学習到達度調査(PISA)で、
日本は各分野で軒並みランキングを落とした。
科学的リテラシーは00年2位→06年6位、読解力8位→15位、
数学的リテラシーは1位→10位。

古来日本の教育は、
「天才こそ生まれ難いが、誰でもが読み書きや計算ができる」といわれてきた。
しかしゆとり教育が始まって、その伝統が崩れ始めた。

そうした状況下で、私立の中高一貫教育への受験熱が高まったのも自然の流れだった。
私立の中高一貫教育を受けるには親の経済力が必要である。
その結果、子供の上位と下位には大きな差が生じ、学力の二極化現象が顕著になった。

結局、“ゆとり”ではなく“ゆるみ”だった。
そしてその“ゆるみ教育”は、知的レベルの低い人間を大量に生み出し、
結果的に日本国は、国の責任として、停職に就くこともできないニート群を
将来に亘って養っていかなければならなくなった。

(信じがたいことだが)最近の文科系の大学生には、
分数のできない、約分や通分のできない学生がいるという。
確かに、「円周率を3」と教える環境は、人間の成長を止めてしまうのかもしれない。
そんな知的レベルの低い若者にもあまねく職を与えるほど、現在の日本は楽ではない。

自分が20代の頃、
「青年は荒野を目指す」という言い方に憧れ、果敢に実行に移していった。
「(極寒の地・南極でもしぶとく生き残った)南極犬・タロー」のようだと揶揄されながら、
周囲の者の多大な迷惑をも顧みず、さながら野良犬のように世界中をうろつき回ってきた。
今から考えれば、甘っちょろい、ノスタルジックでアナクロな考え方だったかもしれない。
しかし「世界の人間に伍して仕事をしてみたい」「世界に通じる勉強をしなければ」という、
真っ赤に燃たぎる気持ちだけはあったと思う。

「100年に1回の大恐慌」と言われ、その煽りで不況の日本では、老いも若きも、
「(格段の努力もしないで)安定した生活を望む」スタンスがごく当たり前になっている。
どこかの女性議員が言い放ったような「イチバンでなきゃいけないんですか?」という
考え方で推移してきた空白の10年のツケは、ゆるみ教育が即座に改善されたとしても、
倍以上の20年かかっても取り返せるかどうか。

ここ2ヶ月、欧州はギリシャの金融危機に揺れまくった。
しかし最近では、米国発で、
「日本はギリシャの二の舞どころか、それ以上の衰退国」と言われ始めている。
日本の置かれた現実を真剣に考える時期である。


2010年04月11日

サクラチル

今年のサクラも終盤である。 
とは言え、今年のサクラの季節は例年とは違ったように思う。
「花冷え」という言い方があるにはあるが、とにかく寒かった。
御殿場では、サクラの季節に17㌢の積雪があったとか…
サクラだか雪だか分かんない、って風景。少々異常である。
都内でも「マフラーしての花見」状態。シャレにもならない。

自分の住まいする隅田川界隈では、4月1日が満開だった(ように思う)
ところが、4月1日深夜から4月2日午前にかけて強風が吹き、3割方が散った。
とは言え、それからは、折からの寒さもあり、10日を過ぎてもしっかり咲き残ってる。
例年のように葉桜にならない。

古来サクラの花は女性に例えられてきた。
その生命力はほんとに凄いと思う。
都会の排ガスにも負けず、強風にも負けず、寒さにも負けず…
なにやら“生きる”“生きよう”という執念を感じさせる。

実社会でも、最近はとみにオンナの強さを感じる。
オトコは、定年退職して、組織の枠、もう少し明確に言えば、
××会社の××部長というタイトルがなくなった(取り上げられた)途端、
「からっきし何もできなくなる」or「しなくなる」。
いうところのインポテンツ(無気力状態)。

結果的に、飲めない酒を無理矢理流し込むものだから、体が悲鳴を上げる。
挙句、持病の悪化→余病併発→入院、という典型的パターンを辿る。
高校時代は超スーパーな成績で、超一流と言われる大学→超一流会社のルートを
辿った者ほどその傾向が強いから始末に負えない。

病(やまい)は気から。
どんだけ優秀な人間も、“(生きようという)気”がなくなると、一気に老ける。
ハゲだろうが、デブだろうが、人から何を言われようが、何でもよくなる…
言動にも躁鬱症状が顕著になり、アイツは一体何を言いたいんだ?
って具合になる。

その点、女性は強いわなぁ…
世の中の動きに全く関係なく、あくまで健康で、あくまで前向きで…
ダンナが退職した途端(!?)、前にも増して肌ツヤが良くなり、キラキラしてる。
何なんだ、あんたたちは…やっぱ化け物か??

巨人・木村拓也コーチがくも膜下出血で急死した。
37歳の若さだった。
Smapの木村拓哉に模され、球場アナウンスでもわざわざ「キムラタクヤ」と
フルネームで呼ばれてた。
最初は何でイチイチフルネームでと、可笑しくもあったが、
終いには「野球選手のキムラタクヤ」に慣れさせられてしまった。

アテネ五輪で活躍もしたが、体格にも恵まれずスーパーサブとしての位置付けで、
総じて地味な選手ではあった。
だが引退した昨年、延長戦で選手不足になり、急遽捕手までやって、投手を除いて
全てのポジションを守ったことでその存在感を示した。

新築なったマツダ・スタジアムでノックをしている最中、突然倒れた。
日ハム→広島→巨人の経歴で、広島での選手生活も長かった。
“役者は舞台の上で死ぬのが本望”という言い方はあるが、
その意味では“晴れ舞台”での死ではあったかもしれない。
「サクラはパッと散るから美しい」。
とは言え、余りに若過ぎた。

戦中の有名な句に
「散るサクラ 残るサクラも 散るサクラ」というのがある。
内容が解れば解るほど、切々とした哀しい気分にさせる。
今年のサクラは、そんな気分にさせるサクラだった。

”黒船襲来”に揺れる日本の出版業界

今からかれこれ3年前、
関係出版社の編集幹部に「21世紀の電子書籍の脅威」について警鐘した。
頭から一笑に付された。
「時代はどうあれ、ごちゃごちゃ策を弄さず、いいものを作れば売れるんですよ」と。

確かに内容の優れたものは時代を超えて読まれている。
たとえば司馬遼太郎の「坂の上の雲」。
文庫本・八部作建てにして1800万部が売れている。
これこそ時代を超えた大ヒット作である。
しかしそういう作品は簡単には生まれない。簡単に生まれないからこそ、
そういう作品を生み出すのが編集者としての醍醐味なのだろうが…

21世紀以降の出版界では、
一方では「(ズブの素人でも)本を書こう」と自費出版を募り、
かたやヒット作を狙うとする、両面作戦の事業モデルが定着した。
多面化経営の一環としての作戦ではある。
確かに、2003~2005年は、ミニバブルの流れに沿って自費出版が流行した。
しかし正直言って自費出版された本を、その作者の身内or関係者以外の者が購入し、
本気になって読もうとするはずもない。
そして不況の折の昨今、数百万円を出して本を出そうという奇特な者が増加するとも
思えない。

出版科学研究所に拠ると、
2009年の書籍の販売金額は8429億円で、ピークの1999年の四分の三。
逆に新刊数は25%増の8万点弱に増加した。
その(粗製乱造の)結果が40%台の返品率だった。

そうした不況に喘ぐ日本の出版業界が、今度は電子化の大波に揺れている。
5月には米アップルが新端末「iPad」を日本でも発売し、
同時に、米アマゾン・ドット・コムも、電子書籍端末「キンドル」の日本語版を
発売する構えである。

端末の進化が書籍の電子化を加速させ、日本の出版社は事業モデルの再考を
迫られる。
ただでさえ不況にあえぐ業界は、本格的な電子時代を生き残れるか。
だが(残念ながら)、出版社の大概が冒頭で説明した通りの考え方である。

日本発の新機軸であれば、日版・東版を中心にした日本の書籍取次大手を中心に
水際で阻止も可能だった。
しかし今回の流れは江戸末期の“(開国を迫った)黒船の到来”である。
江戸幕府が右往左往しても、結局は開国させられた流れに似ている。

外資主導で進む電子書籍の電子化の流れの中で、出版社が恐れているのが、
作家と配信会社が直接契約する「中抜き」。
現在の法律に「中抜き」を防ぐ手立てはない。
レコード会社や放送局は「著作隣接権」と呼ぶ権利を持ち、ネット配信を拒否したり、
対価を請求したりできる。
しかし今の出版社にそうした権利はなく、交渉で決めるしかない。

3月17日、総務省・文部科学省・経済産業省を中心に電子書籍の統一規格を定める
ための懇談会が発足した。
また3月24日、日本電子書籍出版社協会が発足、設立総会には主要出版社31社の
代表が終結した。
他社との連携に消極的だった大手が重い腰を上げたのも中抜きへの危機感からだった。
だが事態は既に“奥深く”進行してしまっている。

現在のところ電子書籍の8割を占めるのは携帯コミック。
確かにコミックが電子化されれば読み易いには違いない。
デジタルマンガ協会(東京・豊島)に拠れば
「出版社を通さずに配信される作品が2009年から激増した」としている。
だが今後は、小説や実用書も、実力のある作家ほど直接配信に傾く可能性は
高いと見られている。

「電子化が進んでも“紙の本”の文化はなくならない」とは思える。
しかし価格の差が広がれば節約志向の消費者は電子書籍に流れる。
過去のしがらみや既得権益を捨てなければ変化する市場には対応できない。
出版界を襲う黒船の到来に日本の出版界はどう対応していくか。
どの業界もそうであろうが、21世紀前半の大きな転換期である。


2010年04月04日

米国再生への尖兵・ビル・ゲイツ

これまでは“(若さからくる)ひ弱さ”を感じさせたオバマ・米国大統領ではあった。
ところがどっこい、極東アジアのどこかの島国の首相と違い、
大見えを切って宣言した計画を着々と実行に移し始めている。

2009年9月、
オバマ大統領は「新しい雇用、企業、産業を育成する」を主旨とした
「米国イノベーション(革新)への戦略」を発表した。
その中で、先進的な環境対応車、安価な太陽電池、次世代バイオ燃料などの
開発費に1000億㌦(約9兆円)の公的資金を投入する宣言している。

発表当初は(日本と同様の選挙対策用の)キレイごとの羅列に見えた計画ではあった。
しかしここ半年の流れを客観的に眺めてみれば、
2008年のリーマン・ショックに端を発する金融危機で、再起不能とも思われる深傷を
負った米国が、新産業創造への国家戦略をベースに、新事業への積極的な取組が
目立ち始めている。

特に環境分野を中心とした成長分野への育成に官民の密接した協調スタンスが目立つ。
世界から流れ込む「知」と「マネー」を原動力に、新分野での起業を促す機運が
米国全体で盛り上がり始め、ここにきてNYダウの堅調さも目立ち始めている。
「アポロ計画」や「情報スーパーハィウェー構想」など、
米国はこれまでも政府の積極関与が新産業創造を促してきた経緯がある。

2009年までに、栄華を誇った自動車王国としての米国は完全に没落し、
同時に、21世紀の最終勝利者としての米国の存在自体が薄れ始めていた。
しかし、2010年に入って徐々に“世界の大国・米国復活”の流れにある。

3月23日の日経朝刊一面に
「ビル・ゲイツ氏、東芝と次世代原発を共同開発」との大見出しが躍った。
ビル・ゲイツ。
米フォーブス誌に拠れば、ゲイツ氏の資産は530億㌦(約5兆円)で世界第二位の大富豪。
2008年にマイクロソフトの経営から退いたゲイツ氏は、資産運用会社を通じ、
鉄道・通信・バイオ・素材などの幅広い企業に資金支援している。

原子力という途方もない世界の話で、門外漢が説明しても仕様がないが、
ゲイツ氏の資金支援する米原子力ベンチャーが開発中の新型炉に、東芝の持つ技術を
融合すれば、核燃料を交換せずに最長100年間の連続運転を実現できるという。

米国の無名のベンチャーの申し出でなく、世界の大富豪、そして20世紀後半の世界を
席巻したマイクロソフトの創始者・ビル・ゲイツが尖兵となっての登場である。
数千億円単位の投資も厭わないとするゲイツ氏の申し出を、東芝側も無下に断るわけに
もいかない。
考えてみるに5兆円の資産があるゲイツ氏にとって数千億円の投資は、我々一般庶民が
50万円程度を出資するようなものかとも思う。
ともかくも、今回の技術提携の申し出は、ビル・ゲイツが東芝の技術力を認めたことに
なり、東芝側にも有形無形の恩恵があるのは否めない。

ゲイツ氏だけではなく、
アマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス最高経営責任者(CEO)が
宇宙船開発に投資するなど、経営者や投資家が私財を技術開発に投資する流れも
目立っている。
「世界の大国・米国が、国を挙げての再生に向けてのダイナミズム」が感じられる。

トヨタ・ショックに揺れ右往左往する日本。
「ガソリンを効率的に使う車の開発」に血道を上げている(ように見える)トヨタと、
「ガソリンを使わない車の開発」に大々的に動き始め、
2010年がEV(電気自動車)元年と言われる世界の流れに、大きなギャップがある。
米国はEVを最大テーマに、着実に「世界の経済大国再生」に向けて動き始めている。

政治とカネ問題だ、普天間だ、参院選挙だ、新党立ち上げだ、などと、
世界の動きからはどうでもよいことにガタガタし続けるニッポン。
好むと好まざると、日本はまた置いていかれる気配である。
本当に、こんなんでいいのか…

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