2010年05月30日

世界経済のパラダイムの転換と普天間問題

政治問題を頓着するのは好きではない。
論理もへったくれもない。
必ずカネとドロドロした人間関係が絡み、“生臭い”からである。

今回の普天間問題を巡るスッタモンダも、”典型的日本の政治パターン”となっている。
今後の日米関係をどうするかという以前に、間近に迫った参院選挙への思惑が絡んで
最終結論を出すのに手間取っている。
「国民のための政治」なのか「選挙のための政治」なのか。
“青葉マーク”の民主党政権が右往左往する姿、というよりは、宇宙人と揶揄される
鳩山首相の発言を巡るドタバタは、まるで喜劇である。

ここ5年の(末期的症状の)自民党政権もひどかったが、今から考えればよほど筋が
通っていた。「できないものはできない」とするキッパリ感があった。
理工系出身の鳩山由紀夫首相の思考回路は複雑怪奇で、一般人には理解不可能である。
何が言いたいのか、一体どれが本心なのかサッパリ解らない。

日米安全保障条約が締結されて50年。
日本は米国という“世界の警察”の庇護の元で、表面的には軍隊を持たない国として生きてきた。
仮に日米安全保障条約が破棄されれば、日本の平和は日本国民の手に委ねられることになる。
端的に言えば、“日本は丸裸になる”ということである。

日本の周囲には、世界の無法者と位置付けられる北朝鮮、今や世界の大国にのし上がった
中国が控えている。
そして同盟国(と見える)韓国でさえ、領土問題を巡り、いちゃもんをつけ始めている。
米国の庇護がなくなった場合、
日本はそれら隣国との諸問題を自力で解決していかねばならない。
果たして日本国政府は機能するのだろうか。

現状で冷静に受け止めなければならないのは、
米国に20世紀後半のような全盛時の国力がないこと、そして人口大国・中国の台頭である。
そして困ったことに、日本の産業にとって中国が欠かせない存在になっている点である。

21世紀の日本は、中国抜きの成長戦略は考えられない。
その中国を仮想敵国とする片務的な軍事同盟は時代遅れであるという考え方にも一理ある。
しかし現在の中国が全面的に信頼する状況であるかどうかは、誰が考えても答は同じである。

21世紀に入って、日米関係も希薄化し始めている。
経済停滞による日本の存在感が低下しているからである。
そして中国が世界の経済大国としてのし上がっていくに従い、
あれだけ激しかった日米経済摩擦も、いつの間にか自然消滅している。
米国にとって日本は、もはや頓着するような相手でなくなっている。

ここ50年の日米関係は、まぎれもなく太平洋戦争の戦勝国と敗戦国の主従関係だった。
その50年という長い年月を経て、これまでの関係を改めるには絶好の時期ではある。
とは言え「憲法第9条」を盾に、軍隊を保持することを頑強に拒むのであれば、
日米安全保障条約を”リスクヘッジ”として保持していかねばならない。

「攻められて被害が出てから次の措置を(外交を中心に)考える」とする、
きれいごとの論理、どこかの弱小政党の党首の、まるで女学生のような非現実的な
考え方で日本の国土を守ることは不可能である。
「日米安全保障条約保持」か「(日本が)軍隊を持つ」か。

今回の普天間問題はそのような根底的で重大な問題を含有している。
確かに沖縄県民には”太平洋戦争の最大の被害者”であるという、
消そうとしても消せない”トラウマ”がある。
だが米軍抜きの沖縄経済もまた考え難い。

小手先で済まそうとするから混乱するのである。
21世紀前半、世界経済のパラダイム(理論的枠組み)は完全に転換している。
日本は重大な決意をする時期である。

2010年05月24日

たゆたえど沈まず

外資系金融機関の現場最前線にいた時代、
フランクフルトで、西ドイツ(当時)の現場担当者と酒を酌み交わしたことがある。
「食用ガエル(の足)&(やわらかい)蟹の丸焼き」をつまみに、
火がつくような強いアルコールをビールで薄めて飲むという、
バイキングの末裔そのものの強烈な歓迎を受けた。

なにしろ“敵”は2メートルの大男。
飲みには自信のあった自分がいくら必死になって頑張っても、勝負は最初から見えていた。
遠くなる意識の中で、その大男が何度も繰り返した言葉を今でもはっきり思い出す。
「我がドイツ民族は世界最強である!!」と。

ユーロ創設の原点は、冷戦終結を受けた東西ドイツ統合である。
巨大化するドイツをEUの中にいかにとどめるか。
当時のミッテラン仏大統領の主張を受け、コール独首相が選択したのは
「ドイツの欧州」ではなく「欧州のドイツ」だった。
その証が最強通貨マルクを放棄するユーロ創設だった。

第二次大戦後、欧州統合が順調に進展してきた背景には、
日本と競うように世界の経済大国となったドイツの存在があった。
そのドイツの譲歩は欧州統合の根幹の原動力となり、
結局はドイツの国益にもつながった。

ギリシャの財政不安から始まった欧州金融動乱。
欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)が、7500億ユーロ(89兆円)の緊急支援を
打ち出し、欧州中央銀行(ECB)が「最後の貸し手」として国債買い入れに動いて、
とりあえず最悪の事態は避けられた。

金融危機への公的資金枠としては2008年の米国(7000億㌦)、
1998年の日本(60兆円)に匹敵する。
今回の欧州金融動乱で、20世紀の経済大国と言われた国々が揃って金融危機を迎え、
公的資金支援を受けることになった。

今後EUは大きな三つの構造問題を解決しなければならない。
第一に金融政策はひとつだが、財政政策はバラバラという構造の改善。
第二にECBの機能強化。危機管理のためには金融監督を含め守備範囲を広げ、
日米英の中央銀行並みの機能を備える必要がある。

そして第三に、非加盟の英国のユーロ加盟である。
キャメロン新首相は5年間はユーロに参加しないことを表明しているが、
サッチャー流の反EU路線はもはや時代遅れである。
EU再結束のカギを握るのは英国の若い連立政権かもしれない。

1999年のユーロ創設から10年。ユーロの伸長は順調だった。
順調過ぎた故に、油断があったのは否めない。
この金融危機を脱するための数々の施策の実現は、口でいうほど簡単ではない。
強烈な試練の時を迎えていることになる。

そして巷間では「ユーロ消滅」も言われ始めている。
マスコミでは「ユーロ資産が消滅する」がごとくの論調だが、
「統合通貨ユーロを廃止し、元々の各国通貨に回帰する」という意味である。

確かに唯我独尊・ドイツが、ギリシャ等の“弱者”を切り捨て、
世界最強と言われたマルクに回帰すれば、問題は一気に解決する。
確たる金融政策もなく、また主たる産業もないまま、役人天国と揶揄される
観光立国・ギリシャの救済に、ドイツ国民のイラつきは至極当然である。

しかし「たゆたえど沈まず」というEUの精神に則って、ドイツは“筋を通す”、
もう少し日本語的に言えば「ドイツは仁義を切る」と思う。
今回の欧州金融動乱は、ある意味で、ドイツの底力を見せつける良い機会のように
見える。

今回の金融動乱をクリアするにはもう少し時間がかかるとは思う。
だが一旦クリアすれば欧州は更に強くなっていく。
そして昨今の日本のグチャグチャの政情不安を見るにつけ、
「本当に危ないのは欧州ではなく、実は日本である」という点を再認識している。


2010年05月16日

欧州金融動乱の本質

銀行、証券、投資会社を問わず、金融界の投資部門と呼ばれる部門の大前提は
「相場で儲ける」ことにある。
利益至上主義の中で、上昇であろうが、下降であろうが「儲かればいい」のである。

有名金融機関になればなるほど「儲からない投資部門」という表現は禁句である。
「儲ける」ためには人の入替も頻繁に行う、先進機器を積極的に取り入れる…
法的に問題がなければ(時には抵触しても)、それこそ「何であり」の世界となる。
そして与えられた最大の使命は「自ら市場を動かして儲ける」。
こうした基本的な考え方に沿って、世界の有名金融機関は競って(短期的に)大量の
資金を市場に投入する。

21世紀に入っての(必要以上の)乱高下は、現場の最前線の30代前半の人間、
特に男性が草食系であることも、市場の動きを激しくさせている。
草食系は自分から積極的に仕掛けることは余りない。
要は(勝ち負けの)責任をとりたがらない。

必然的に、コンピュータ任せの取引スタイルが出来上がった。
種々のデータをきめ細かくインプットし、
「種を蒔く(仕掛ける)のも、刈り取るのも、撤退するのも全てコンピュータ任せ」
というスタイルが全盛となっていったのである。

こうした方式を市場では「アルゴリズム取引」と呼んでいる。
巷間では
「市場に与える影響を抑えて効率的な取引をするためのシステム」と説明されてきたが、
投資部門の考え方に大きな相違があるはずがなく、動き出すと全く同じ方向に動き出し、
結果的には市場の容量を超えた上昇、あるいは下落を呼び込むようになっていった。

アルゴリズムをベースとした投資関連機器は、欠点が見つかった対象には徹底して
仕掛けを入れる。
通常、長期的な見方は必要とされていないし、現在では不可能である。
長期的に見るためには可変的な膨大なデータが必要となってくるからである。
結果、利が薄くとも量で勝負、長期でなく短期で一気に勝負をつけようとする。

ギリシャ国債が売られ始めたのは、欧州中央銀行(ECB)がリーマン・ショック後に
実施した非常時対応の資金供給を絞り出し始めた09年秋からである。
ECBがタップリ供給するユーロ資金を元手に、ギリシャ国債を大量に買っていた米欧の
金融機関、あるいは投資家はハシゴを外される結果となった。

そしてギリシャ財政の粉飾も明らかになっていく。
問題を直視せず、過小評価し、小出しの対応が後手に回った。
バブル崩壊後の日本の不良債権処理のパターンに欧州がはまり込んだ。
これは“誰もが一度は通過しなければならない道”ではある。

長期的に見れば、独仏そして英が中心となった「ユーロは買い」と思う。
だが現状の市場は「買い材料」には反応せず、「売り材料」ばかり敏感に反応する。
下落相場の特徴だが、売りが売りを呼び、長期保有者もロスカットを強いられる状況
になり、また売りを入れる。
これが今回のギリシャ問題を発端とする欧州金融動乱の本質である。

「日本国債は9割以上を国内投資家が保有するから、欧州の問題は日本には関係ない」
との安心感から円が買われている。
重要なことは、「この考え方は決して長期的なものではない」という点である。
超短期に、一時避難的に円が買われているだけでのことである。

現在の日本の政情を考えれば、現状は“つかの間の安息期間”である。
今回の欧州金融動乱が示す課題は、世界中で日本が一番重いのである。


2010年05月08日

若葉の季節

何とはなしに黄金週間も終わった。
これまで“いつまで冬が?”春はいずこ?“といった天候不順の日々が続いたが、
突然のように春が、そして初夏が到来した。
黄金週間の到来と共に、まるで図ったように、ドピーカンの晴天の日となり、
それが1週間も続いた。

ところで、最近の若い方々には、
和様英語のゴールデン・ウィークの、これまた(無理矢理の?)和訳である黄金週間、
と言っても理解してもらえない場合がある。
要は、休みが続く”黄金の日々”であるとの日本語的意味には違いない。
しかし果たしてこの黄金週間は、本当に“黄金の日々”と言えるのだろうか。

以前ほどではなくなったが、列車はどれもこれもほぼ満席。
空いていれば(多少の不便覚悟で)即決、ってことになる。
朝イチはさすがに空いている場合が多いが、休日に朝からバタバタするのもなぁ…
いつも思うことだが、
「休みになれば実家に帰る」という農耕民族独特の不思議な習性(=帰巣本能)は、
日本人のDNAに組み込まれているに違いない、と思うのであります。

自分の場合、日本が休みでも、海外は休みでなく、海外市場は開いている。
従って最小限の用意をしていかねばならない。
結果的に(通称)ガラガラ車のついたカバンを引いて列車に乗り込まねばならない。
実家周辺の駅にエスカレーターがあるはずもなく、ヨッコラショと、これが結構の重労働。

母親などは「たまには頭を空っぽにしてユックリしたら」と言ってはくれるが、
そのためには相応の準備をしていかねばならないのであります、母上様。
特に今年の黄金週間はギリシャ問題が燻り続け、金融市場が大荒れになった。
見慣れた風景、馴染んだ環境にいても、心はロンドン、NY市場であります。

ところで、余り気にもしていなかったが、最近の実家周辺の風景が変わり始めている。
実家の至近距離(約30秒の距離)に不思議な喫茶店がある。
“下手な小説の出だし”の風景描写っぽいが、
寂れた老人の街にある、川沿いの古くて小さなコンクリート2階建て1Fの喫茶店。
ジィちゃん、バァちゃんが恒常的に通うはずもなく、いつ店を閉めてもおかしくない状態。
だが、何気に続いている。

休日などにはその喫茶店、若い女の子の行列ができている。
県内ナンバーは勿論、県外ナンバーの車もあり、
大概が3~4人がお乗りあそばして当地に来られ、
横縦隊になってワィワィとばかりお出ましになる。

「ありゃ一体何だ?」と聞いたら、地元の人間も分からない、という。
事情通に聞いてみると、
その喫茶店の店主が“占い”をし、その占いが当たるのだと言う。
老人の街に若い女の子が来ると、空気が変わる。
(変な趣味はないが)
若い女の子の放つ独特の化粧の匂いや体臭が、老人の街の空気を変える。

都会では当たり前の匂いだが、老人の街と化した実家周辺に3日もいれば、
その独特の匂いにとみに敏感になる。
オオッ~!何かが違う、と敏感に感応する。
哀しき“動物の習性”ではあります。

ところで、女の子が“占い”をしてもらう目的とは何ぞや?
まぁ恋愛が中心だと思うが、所詮は“(命短い)花の時間”。
思う存分、悩んでくださりませ。

かくして黄金週間が終われば若葉の季節。
目に染みる新緑の中で、心も新たに、精一杯頑張りたいと考えております。

2010年05月02日

米経済に復調の兆し

最近、ITベンチャーが主体のプロジェクトに参加して、今更ながらIT(情報技術)の
進捗に驚かされている。
ICコーダで音声を収録しながらライブ画面を作成、メール形式で相手方に送付する。
パーソナル・コンピュータ(PC)を中心に、自室がスタジオに化けてしまった…

これでもかと、怖いくらいの猛スピードで進化を続けるIT機器。
とりあえず目標を3周遅れに置いて、それ以上は離されまいと必死にはなっている。
そんなアナログな自分でも、自作自演の作品を単独で制作できる時代になっている。

こうした驚異的なIT技術の進捗と共に、米経済に復調の兆しが顕著になっている。
4月後半に発表された、マイクロソフトやIBM等の米IT大手1~3月期の純利益の合計は、
前年同期比69%増の149億㌦となり、金融危機の水準を4割近く上回った。

けん引役となったのは企業の情報設備投資の回復。
巷間では、一般企業は勿論、一般個人間でも老朽化したパソコンの買い替えブームが
大きく寄与したと説明している。
半導体最大手のインテルは、売上高が44%増の102億㌦と、1~3月期としては過去最高
を更新。純利益が前年同期3.9倍で、いわゆるV字型回復となっている。

そして高機能携帯電話「iPhone」の好調さも際立っている。
パソコン並みの性能を備えた携帯電話の普及が進み、一連のIT機器を使った業務や
ネット消費は右肩上がりの状態になっている。
発売元のアップルの純利益は前年同期比90%増。

アップルの強みはiPhoneだけではない。
単価の高いパソコン「マック」も台数で33%増。、販売額では27%増。
小型・低価格の「ネットブック」が定着したパソコン市場で、アップルは全方位で
攻勢をかけている。

またインターネット検索大手のヤフーの1~3月期の決算では、
売上高が前年同期比1%増の15億9696万㌦、純利益が2.6倍の3億1019万㌦。
増収増益は8四半期振り。
広告収入が復調した他、米マイクロソフトとの検索・広告事業での提携に伴う収入も
収益を押し上げた格好となった。

ザッと最近の米IT企業の決算状況を述べてみたが、米経済に安心感が出始めたのは、
米自動車の不況が聞かれなくなっているのも大きい。
「トヨタおろし」効果絶大であり、今後のトヨタの業績が上向きになったとしても、
過去の事故に関する“集団訴訟”が待ち受けており、「世界でイチバンになったツケ」は
これから以降、暫時払っていかねばならない。

狩猟民族国家・米国は、「昔ながらの価値観を変えない米国」と
「世界の情報革命をリードして変化する米国」の両面があると言われている。
要は、米国企業は新陳代謝を繰り返しながら「世界」と「変化」を追いかけている。

あくまで私見だが、
今後10年の最大のテーマは「IT」と「電気自動車(EV)」になると考えている。
ガソリンの代わりに太陽電池を使うEVを、
ITで正確無比に動きをコントロールする時代が到来する。
つまり、ボタンひとつで、酔っ払ったままでも目的地に行ける時代の到来である。

20世紀の最終勝利者米国は、世紀が変わって一旦は躓いた。
しかしその米国は、ITを武器に本格復活する日は予想外に近いのかもしれない。


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