2010年08月28日

超円高再来はニッポン崩壊の序章か

8月24日の為替市場で円は83円台突入、円高、円高と日本中が騒いでいる。
確かに80円割れの可能性を秘める流れではある。
とは言っても、ここにきての85円台から5円ばかり円高になるだけの話ではある。

80円割れの円=70円台の円とは、1995年4月19日の79.75円、
ラフに言えば1㌦=80円になった局面を指す。

大局的に最大の円高リスクを考えてみたい。
戦後、米財務省の指示によって1㌦=360円と定められた。
なぜ「360という数字」が出てきたかは諸説あるが、
ギャン理論を取り入れたとする説が有力である。
「相場は宇宙」
「相場の展開は360度の円で考えれば解り易い」
とするギャンの論法が取り入れられたとされている。

とすれば、360円から始まった円の大きな節目は、素数の「1,2,3,5」で考えれば解り易い。
360÷2=180円。
360円÷3=120円。
360円÷5=72円。

日本が変動相場制に移行し、東京外為市場が始まるのは1973年。
以来約37年、確かに180円や120円は大きな節目となってきた。
そして次なる大きな節目は72円、ということになる。

日本の現政権、民主党政権には専門家(相場のプロ)がいないどころか、
今回の円高局面を軽視しているようにさえ見える。
菅首相は「断固たる措置を採る」と言っているが、“断固たる措置”って一体何だ??

久し振りに聞いた“(百年一日、日本政府伝統の)紋切り型”の言い様に、
クスッと笑ってしまった。
超デフレの日本で、内需拡大だ、市場介入だと騒いでみても、
さしたる効果は期待できないんじゃありませんか?菅首相!!

ただ1980年代以降、円高局面を何度もくぐり抜けてきた大企業(大手製造業、商社等)は
無力ではない。
無策の日本政府にとうに見切りをつけている。

明確に言えば、「必要な生産拠点の海外移転」がほぼ終了している。
言葉を変えれば、円高によって損失が出ないどころか利益が出る態勢が出来上がっている。
円高によって、日本国内の輸出関連企業は損失が発生、結果的に、日本国の税収が減る
という流れにはなる。
ただ企業側は、日本国内の損失は海外拠点での利益でチャラにする。
至極簡単でシンプルなシステムである。

こうして考えていけば、今回の円高・株安はある程度は自然の流れではある。
円高によって日本の産業の空洞化の進捗、特に地方の空洞化が進む。
イコール日本の税収減、イコール日本株安である。
そして残念ながら、日本の産業の空洞化によって、雇用の拡大はあり得ない。
最近、菅首相が口を酸っぱくして叫んでいる、新卒者の雇用も同様である。

今や隆盛を極める自動売買システムも、日本の円高に寄与しているのも間違いない。
ドルも怪しい、ユーロも怪しい、といった世界的な通貨不安の中で、
自動売買のアルゴリズムが、先進国で唯一の無策の(=とりたてて何もしないorできない)
日本の円がマイナス点が少ない(=表面的な欠点データが少ない)から買わせているだけの話。
市場関係者が「日本に魅力を感じているわけではない」のである。

こうした状況下で、目標値の72円に向かって70円台に入った途端、
円が一気に売られる可能性を秘めている。
大きなテーマは、
「1㌦=70円時代に、日本国内にしか拠点を持たない企業は生き残れない」。
それは日本国全体の衰退を意味する。
イコール日本の円の衰退、というシナリオである。

民主党代表選を巡って、日本の政界がガタついている。
今のニッポンに“血みどろの覇権争い”をしている暇などあるのか??
今回の円高局面、ニッポン崩壊の序章に見えて仕方がないのである。

2010年08月22日

ほんのちょっぴり秋の気配

8月21日の土曜日。
いろんなことがありました。日記調で書いてみます。

まず午後1時からの夏の高校野球決勝戦。
沖縄・興南VS神奈川・東海大相模。
終わってみれば13対1で、沖縄・興南高校の圧勝。
春・夏連覇の偉業。沖縄の皆さん、本当にオメデトウ!!

ひ・ふ・みという、一回聞けば絶対に覚えらる名前の東海大相模の一二三投手。
連戦の疲れがアリアリ。緊張が抜けた途端、滅多打ちされたが、これは致し方ない。

一方、優勝投手となった興南・島袋は、投手として小柄な173㌢。
とにかく後ろ姿が細い。
炎天下の連投(51イニング・783球)で、日に日に頬がこけていった。
その無駄な脂肪が一切ないように見える容貌は、かっての日本軍隊仕様。

その細身の体を捩じって投げるトルネード投法は、早実の斎藤祐樹バージョン。
これからの進路を巡り、やいのやいのと煩いだろうが、さてプロではどうかな。
高校の先生向きと思うが、さて…

かくして夏の高校野球が終われば、夏も終わり、のはず…
以下は同日に起きた(悲惨な)笑い話。
自室のエアコンが、突然ポロポロ泣き出した(!?)
詳しく言えば、水漏れ状態になってしまった。
残された酷暑の日々、一体どうしたものかと途方にくれたが、ガタガタやっているうちに、
ひょっと原因を発見した。
ゴム管に水がたまり、それが逆流していた。それだけのこと。
よくぞここまで、と思うくらい、ドバッと水が出て、それでおしまい。
要は便秘症状だったというわけ。めでたし、メデタシ。

そして7:30PMからのNHK「思い出のメロディ」。
スポーツ番組もないことから、まぁいいや、って見出したが、
ところがどっこい、さすがは天下のNHK。
夏の紅白歌合戦かと思えるくらいの豪華メンバー。

出てくる歌手、およびその持ち歌は、当然ながら昭和の時代のもの。
昔美人だった、昔はアイドルだった歌手のオンパレード。
飲みながら見ていたら、気がついたら自然に一緒に歌ってた。
(自慢じゃないが)ゼ~ンブ歌えた。

特に「霧の中の少女」の久保浩や、「みずいろの雨」の八神純子、
「雪が降る」のアダモ、「愛燦々」の小椋佳などなど…
また熊倉一雄の「ゲゲゲの鬼太郎」の主題歌は、生で始めて聞いた。
“ジス・イズ・ザ・ベテラン”って味がタップリ。ある種感動した。

目立たなかったが、中村雅俊が耳に調整機のようなものを入れ、音程も微妙に
狂っていたように思ったが、長男の薬物使用事件が後を引いているんだろうか…
余計なことだが少々気になった。

かくして“夏はお・わ・り”のイベントが続き、あと1週間もすれば9月。
同日の隅田川沿いは、秋風らしき涼風が吹いておりました。
少々涼しくなれば、高校生と思しきカップルのいちゃいちゃ模様も目につきます。
そんなことしてる暇はないだろ?受験じゃないのか?
オス・メス仕様の若いカップルは、もはや猛然と作業に熱中って、次第でありました。

かくして、2010年の夏も終盤戦。
ホッとするような、少々寂しいような、なんか複雑な気持ちであります。


2010年08月21日

無策ニッポン、恒例・円高の夏

ここ10年、1㌦=100円以下の動きが続き、
1973年から始まった自由変動相場制の中で、20世紀中に日本で醸成されてきた、
「(日本的言い方の)円高の概念」が曖昧になってはいる。

ただ「8月の円高」、もう少し専門的に言えば「8月の円高・ドル安の流れ」が
恒例になっている。
8月1ヶ月の動きをみると、円高に振れたのが過去30年で19回、過去20年では15回、
この10年に限定すれば8回。
要は21世紀に入って以降、「8月になれば円高になる」というのが定説になり始めている。

大きな要因として説明されてきたのが以下の2点。
「8月は米国債の償還額が多く、国内の機関投資家が償還・利払いで得たドルを、
 円に換えて還流させ易い土壌にある」
「市場の主役である海外勢が長期の夏休みに入り、日本でもお盆休みが絡むことから、
 市場全体が手薄になり、少しのインパクトで市場が動き易い」。

一方で、市場の波乱要因が8月に起きることが多かったのも事実である。
古くは71年のニクソンショック。
97年にはアジア通貨危機が深刻化。
98年にはロシア金融危機が起きている。
近くでは2007年8月、米住宅ローン問題(=サブプライム問題)が深刻化している。

1㌦=85円という数字に慣れてしまい、
ごくごく自然に80円割れの可能性が出ている現状において、
「円高・他国通貨安」という意味を考えてみたい。

ここにきて米国および欧州の金融緩和策が目立っている。
その狙いは、論理的には「デフレ防止」と「金融不安封じ込め」である。
しかし根底にあるのは「自国通貨安による外需の拡大」と見て間違いない。

例えば米・オバマ政権。目指すのは、個人消費から外需と設備投資に軸足を移す
「ニューミックス(新しい組み合わせ)」。
5年間の輸出倍増計画はその象徴だが、「金融緩和+ドル安」はニューミックス達成の
政策手段である。

ではなぜ日本が狙われ、円高になる(=日本が買われる)のか。
いまや日本の政界は、派閥間の主導権争い、総裁(代表)下ろしから始まり、
挙句の果ての離党、除名、新党結成など、“何でもあり”の権力争いが延々と続けられている。
そして日本国民は、半ばあきれながらもその争いを楽しんでいる。
日本経済、引いては経済を率先して先導すべき政府当局や、
国民すらも末期的症状を呈している。

海外の論調は強烈である。
「金融政策に根幹の考え方がない」
「参院選で与野党逆転したが、9月の民主党代表選もあり、新たな政策が出る可能性は皆無」
「先進国で最大の巨額の財政赤字を抱えているが、ここ3年でパンクする可能性は少ない」

本来なら政策不在は「売り」材料。
米欧が動き始めても、(良く言えば)泰然自若・動かざる日本、
(有体に客観的に言えば)米欧に追随できない日本(=日本円)は、
ある種の“安全パイ”には違いない。

ただこうした無策の日本政府に対し、ニッポンの大企業は「もう日本国政府には頼まない」
とばかり、生産や設備投資の海外シフトを加速させている。
表面的には困る困る!と連呼しつつも、超円高どころか、メガ円高、実は大歓迎!
といったところが本音であろう。

80円割れ近し。
と言うと、大概の方々が「エエッツ!」と驚かれるが、
現状から5円ばかりの円高・ドル安になればいいだけの話。
その表面的な数字に驚くだけだけでなく、その意味を少し丁寧に、
かつ正確に理解したいものである。

2010年08月15日

地域の活性化って何だろう

全国的にお盆。
日本の一大イベントにつき、今は実家におります。
台風一過、スカーンと晴れた日々が続くと思いきや、突然の豪雨があったりして、
家に居座ざるを得ない日々が続いております。

そして余りに刺激が少ない環境の中、TVは24時間つけっぱなし状態。
その中で、夏の高校野球は唯一の救い。
特に14日の早稲田実業と中京大中京の古豪校同志の対戦を楽しみにしておりました。
結果は21対6という、予想外のスコアで早稲田実業の勝利。

緊迫した接戦を予想していただけに、余りに大味の試合経過に完全に気抜け。
甲子園に響き渡るワセダ伝統の「紺碧の空」や「コンバットマーチ」の連発で、
ワセダ出身の自分としては随分と元気付けられました。
が、最後には中京側が少々気の毒になりました。
元々は六大学野球・神宮球場仕様の、応援曲としては日本を代表する曲。
あれを高校野球でやられたら相手はビビるにきまってる、なんて考えてました。

前置きが長くなりましたが、さて本題。
ここ5年、ひたすら寂れ行くだけの実家周辺の状況に危機を感じ、
これじゃいかんと、有志を募って、再生化運動を起こして参りました。
当初はサッパリ。
ところが、今年に入って、近所の旧家が国指定登録文化財に指定されて以降、
どこから来られるのか、有象無象の意味不明な団体がガンガン押し寄せる状態に。

結果論から言えば、
衰退化を止められれば“何でもいいじゃん”ってことにはなります。
が、全く関係のない人間がワイワイ来られてもなぁ、って状態。
勿論、地元全体に壊滅的な閉塞感あり、きっかけがあればそれを機会に、ってことには
なりますが、関係のない方々が面白半分に来られても、後が知れております。

やるなら最初からキッチリやれよ、ってな怒りにも似た気分。
将来的な展望がないまま、きれいごとのオンパレードでは、
結局はいつもの(暇つぶしの)“飲み会”仕様で終わってしまいまする。

この地方独特の“口は出すけどカネは...”ってな状態は不変。
この5年、マクロ経済をベースに、地域活性化という大きなテーマに向かって試行錯誤を
繰り返してして参りましたが、万策尽きてのギブアップ状態。

母親などは、何でもいいから賑やかになればいい、とは申しております。
が、夏の花火のようにドカンと打ち上げ、パッと消えていくような状態ではなぁ、
といった悲観的な状況ばかりが目に浮かんでまいります。

JR駅前にある、若者に人気(と言われている)焼き鳥屋で旧友との待ち合わせ。
安くて、美味くて、足の便もよいと評判の、その焼き鳥屋は、
アルコールを飲み始めの若者で、満員の盛況。
お盆という時期もあり、予約を入れなければ入れないんだとか…

地元にこんなバリバリの若者がいたのか、と思わせる状況であります。
多少アルコールが入ってテンションも上がり、各自が思いっきりシャウトされております。
オーダーも、デカイ声でシャウトしなければなかなか通らない状況。
この街に、こんな場所もあるんだと、その他の飲み屋との“格差に”愕然。

こうした元気な若者は地方には居つかないんだろうな、という悲観論の一方で、
“置いて行かれた大人たち”が、何かいいことないかと探し回る状態に、
今後の地元の状況を見るような気がしております。

地域の活性化って一体何だろう。
本当に活性化のためには一体どうしたらいいんだろう。
地元の“本当の大人”の方々は、
「いつものこと。そのうちキッチリ収まる。ほっとけ!」と至極冷静に申されます。

市長でもなく、何らその責を負う立場にもない、一介の金融アナリストの自分ではありますが、
今更ながらその難しさを感じております。


2010年08月07日

「ミセス・ワタナベ」その後

8月1日、外国為替証拠金取引の上限倍率を50倍とする規制が実施された。
「過度の投機的取引」を防止するために出された規制である。

21世紀になってタケノコのように排出した関連業者は、
この2年で急激に自然淘汰されている。
それはバブル時代に栄華を極めた消費者金融(=サラ金)が、20世紀後半から、
監督庁による数々の規制により、業界全体が壊滅していったのと同じである。

元々外国為替取引は、銀行だけが取扱いのできる高度な取引のはずだった。
ところが自由化の大波に乗って、“誰にでも簡単にできる”取引として拡大していった。
「株式投資は是とし、先物と名のつく取引は極悪」とする日本の風土において、
銀行が扱ってきた正当な取引と位置付けられ、「株式と先物の中間」として
個人の為替取引は認知されるに至っている。

勿論、そうした一連の位置付けは単なる“こじつけ”にしか過ぎない。
自分が現場の最前線にいた時代、そして現在でも、少数とは言え友人の一部から、
「まだそんな“危ない”仕事をしているのか」などといった言い方をされる場合もある。
そういう当人は株式投資をしているにも関わらずである。
株式だろうが先物だろうが、為替取引だろうが、市場に対峙しリスクをとることには
変わりはない。

市場という概念を“捻じ曲げて醸成してきた”のが日本だった。
そうした一連の感覚が、IT時代の進捗により一気に様変わりしたのである。
最近のコンピュータの進歩は“凄い”というしかない。
一般家庭の食卓に居ながら、金融機関のディーリングルームと全く同様の情報を
得ることができ、世界の市場と取引が可能になっている。

パチンコにのめり込むよりは、またはキッチンドランカーになるよりは、
「世界の市場と知恵比べするのが正しいに決まっている」という論理だった。
確かに正論ではある。
そうした“安易な正論”の中で拡大していったのが為替の個人取引だった。

2005年から急拡大した背景には、
「円売り・外貨買いをしていれば勝てる」時代だったことも大きい。
経済の基礎知識もないまま、相場情報を解釈することもなく、テクニカル分析をすることもなく、
ただひたすら外貨を買っていればよかった。

ただそうした安易な状況は、リーマン・ショックで一気に暗転する。
市場は残酷である。数字だけの世界に現実感はない。
相場が大暴落して大損をするとは「ビルの屋上から札をばらまく」のと同じなのである。
その論理を現実として体感することになった。

その反省からか、世の中には種々の自動売買ソフトがあふれ、
そして遅まきながらテクニカル手法の研究も盛んになり始めている。
ただ大同小異のアルゴリズムを使用する自動売買ソフトに欠陥も多く、
その欠陥をつく研究もまた盛んである。いわゆる“いたちごっこ”である。

そして古今東西に存在する、種々のテクニカル手法の研究も盛んになった。
但し、勝率10割のパーフェクトな手法はあり得ない。
いつの日からか自分は、日本のギャン理論における第一人者と言われてきたが、
間違いないのは、時代の変遷と共に進化し続ける市場という“怪物”と対峙するには、
「付け焼刃の知識では対峙できない」ということである。

入り込んだら益々“奥が深くなっていく(ように実感せざるを得ない)”相場の世界では、
相場の基礎知識は勿論、経済の基礎知識や、情報を読み取る能力等、種々の基礎能力が
要求される。そして負けを最小にし、総合点で勝利するための、「既存の手法の改善」や
「既存の手法の複合手法」を生み出す戦いは永遠に続けていかねばならない。

とは言え、100年に1回の大変動の中で、内外の機関投資家や輸出入業者、
そしてヘッジファンドと並ぶ世界の外為市場の主要参加者とまで言われるようになった
ミセス・ワタナベ(日本の主婦層中心の市場参加者)は実にしぶとかった。
研鑽と(特に惨敗の)経験を重ねて、レベルが数段上がったのは間違いない。

大手業者・外為ドットコム総合研究所に拠る「外為白書」に拠れば、
上限が50倍になってもミセス・ワタナベはビクともしないという。
考えてみれば、大正時代の米騒動も主婦層が中心だった。
日本経済がドロ沼にはまって久しく、政局も混迷を深めているが、
そうしたザワザワした環境の中で、
日本の主婦層はますます逞しく、賢くなっていくようである。


2010年08月01日

紀元2030年の日常生活

日本の夏って、こんなに暑かったっけ?というような、酷暑の日々が続いております。
何度も申し上げておりますが、東京の35度とは、街中では40度を超えます。
少々外出しただけで、Tシャツがビショビショになりまする。

こんなクソ暑い中で、31日には恒例の隅田川の花火大会。
この不景気な折、一発につきン十万円とおぼしき花火が誠に景気よく、
ドカン、ドカンと打ち上げられておりました。

“江戸の華”の大花火大会ということで、浴衣姿の若い女性も目立っておりました。
浴衣とはその名の通り寝間着あるいは、風呂上がりに着る着物ではありますが、
多少は気をつけて戴かないと、周囲の人間が暑苦しくてかないません。

まず背丈に合わせた長さにして戴き、襦袢もシッカリつけて戴かないと…
また下駄にも、そしてヘアスタイルにも、少々気をつけて下さいませ。
スキッと着た浴衣姿は日本の夏の風物詩ではありますが、周囲の者に暑苦しさを
感じさせてはどうにもなりませぬ。
銀座のおネェ様方の熟練した浴衣姿を見慣れているせいもありましょうが、
若い女性の皆々様、どうかもう少し勉強なり研究なりをして下さいませ。

ってことで、こんな猛暑の時期、周辺のギラギラした話題ばかりでは余りに暑苦しいので、
少々趣向を変え、これから20年後の2030年の日常生活を想像してみます。

以下の内容は実母との会話によく出る話題。
実母はあり得ないと、大笑い致します。
ただ現代の科学はそこまで進んでいるという話であります。

2030年には実用化すると見られる現時点における研究テーマは、大きく分けて三点。
「医学の進歩=ガン撲滅と再生治療の発達」
「ガソリン時代の終焉と電気自動車(EV)の大々的拡大」
「宇宙旅行」

自他共に認める辛党の自分がこれぞ、と思うのが「電気自動車(EV)の大々的普及」。
自宅の食卓あるいは飲み屋の席からボタンひとつで、玄関前にEVがスタンバイ。
EVに乗り込み、専用マイクで行き先を告げると、ハンドルを握ることなくスイスイと
目的地に到着する。

全地球測位システム(GPS)機能が格段に進歩する結果、渋滞や事故の心配もない。
EVが前後のEVとの距離を測り、一定間隔を保ちながら同じ速度で移動する「車間通信」が
格段に進歩するからであります。

また燃料も、道路から電磁波で送られるため、停車して燃料を補給する手間はない。
ガソリン車のような二酸化炭素の排出の心配もない。
要は「(実際は運転しないが)酔っ払い運転はOK」という具合。

家庭では自動翻訳機つきの「五感通信」仕様の大型画面で世界中の番組が、
日本語で楽しめる。
「五感通信」仕様であるからにして、立体デスプレーで品物を確認でき、
食品は香りが確認できるだけでなく、舌でなめると味も確認できる。
要は、世界中のブランド品や食品を家庭にいながら体感できる、というわけです。

「お~い、お茶」は20世紀の遺産となります。
「人工知能」の発達によって、“絶対に文句の言わない”家庭用ロボットが、
家事全般をこまめにやってくれる。
愚痴をこぼしても飽きずに相手になってくれる。

またロケット技術の発達によって、気楽に宇宙旅行が楽しめる。
パスポートも20世紀の遺産となる。「個人認証技術」も進歩して、
光彩などの生体情報から本人かどうかを正確に判断してくれるからです。

ただ問題がないかと言えば、あるにはある。「科学技術の発展に社会がついていけない」
あるいは「変わりゆく社会に、これまでの科学技術が陳腐化あるいは不必要となる」、
の双方の場合を考えねばならないからであります。

具体例を上げればキリがないのでこのへんで止めておきますが、
「現在の常識は、2030年の常識ではない」。ごくごく当たり前のことですが…
講演会などでは「どの会社の株式を買えばよいか」との質問を必ず受けます。
その答として「2030年の日常生活を考えてみましょうよ」ということにしております。

ただ、科学が急速に進歩し、世の中が驚異的に変化したとしても、
若い女性の着物や浴衣に対するスタンスは変わらないように思いますが…
言い過ぎでしょうか…


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