2010年09月26日

「市場介入」に関する考察

9月15日、日本政府・日銀は、
2004年3月16日以来、6年半振りとなる円・売りドル買いの介入を実施した。
同日の介入規模は2兆円程度と見られている。

ここで「為替介入」を定義してみたい。
「各国の中央銀行など、通貨当局が為替相場の急激な変動による経済の影響を抑えるため、
外国為替市場で通貨の売買をすること」。
「単独での介入」の他、複数の通貨当局が一定の目的を持って行う「協調介入」もある。

これまでの大規模介入としては、
1995年の急速な円高時の円売り・ドル買い介入(=日米欧の協調介入)、
2003年~2004年の円売り・ドル買い介入(=単独介入:日本・小泉首相と米ブッシュ大統領の
盟友関係が後ろ盾になったとされる)がある。

日本の場合、
介入原資は外国為替資金特別会計(=通称・外為特会)から引きだすことになっている。
総枠は150兆円。
但し、その枠は既に100兆円は使用済とされている。
そして現状値換算で、推定約30兆円の為替差損が出ているとされている。

振り返って、現状の世界の為替市場で、
l日に動く金額(デリバティブ関連を除く直物取引=2営業日後に決済する取引)は
総額300兆円~400兆円と言われている。
そのうち円絡みの取引は7%~10%前後と見られているから、
1日に動く金額は概算で30兆円~40兆円。

デリバティブを含めれば、一体どの程度の金額が動くか不透明な現在の金融市場で、
直物取引全体の1%にも満たない金額で市場を支配できるか否か。
米欧の関係当局は、介入そのものを“効果のある手段”としては見ていない。
それは現在の市場を、国家権力で抑え込むことができない“化け物”と考えるからである。

昨今の米欧が介入を避けるもうひとつの理由としては、
介入による為替差損が表面化した場合、介入を指示した政府当局がその損失の責任を
負わされるからである。
「介入資金は結局は(国民の支払う)税金」との考え方が浸透しているのである。

結局、日本政府の“(水戸黄門の)葵の御紋”のごとく繰り返す“断固たる措置”云々は、
日本政府の意向を世界に向けて表明することにはなっても、
現代の金融市場においては絶対的な切り札にはならないのである。

最終的に、現状のような円高の流れを止めるには、
「(世界の市場が)日本の円がこれ以上強くなったら困る」と思わせる手段を
考えなければならない。
「(日本政府が)これ以上の円高は困るとして採る一時的な手段」に永続的な
効果はないのである。

少々乱暴なことを言えば、現状の「輸出関連の大企業を中心としたピラミッド型」の
日本の産業システムを根幹から考え直し、新たなスタートをするチャンスには違いない。
国富ファンドを組むなり、海外の高資源産業を買収するなり、
“待ち”ではなく“攻め”の戦略が採り易い土壌には違いない。

360円から始まった円の大きな節目は、
素数の「1,2,3,5」の順で、360÷2=180円、360円÷3=120円、360円÷5=72円。
市場の現状を知らない(or実際に取引をしたことのない)大学の先生方を中心に、
「1ドル=50円の可能性がある」といった論調が出始めているが、
そうした素っ頓狂な考え方が出始めると最終段階。

政府が頼りにならないなら、日本国民が「20世紀の日本の常識を変えてしまう」
ためのチャンスと思う。

2010年09月21日

暑さの品格

本ブログにアクセスを戴いている皆様、残暑お見舞い申し上げます。
この3連休、いかがお過ごしだったでしょうか。
9月も中旬から下旬になろうとしている時期に、こうした“季節外れ”の挨拶をするのも
少々奇妙ですが、現実が現実だけに致し方ありません。

ただ暑さ寒さも彼岸まで。
ここにきてようやく30度を割りこむ日々が続いております。
体が楽になっております。ホッと一息、って状態であります。

この夏、体重が3㌔程度増加致しました。
(知人がここぞとばかり、面白がって指摘するように)いわゆる夏太りであります。
原因はハッキリしております。
40度を超えるコンクリート・ジャングルで、体が自然に運動を拒否したからであります。

つまり、「食べるもの&量がほぼ一緒、但し運動量の減少=体重増加」
と、至って簡単な数式で“夏太り”が起こりました。
ただ食べるものにほんとに変化がなかったか?と言われれば、
そうとは言えない状態でありました。
スポーツドリンクのカブ飲みや、酔った挙句の酔いざめの夜中のかき氷が、
“体を徐々に蝕んだ”のであります。

夜中のかき氷って、ほんとに喉ごしが良く、ついつい3連発~5連発ってなり易い。
例年、夏になれば、コンビニで売っている、100円均一の白くまクンやイチゴ味のかき氷等を
冷蔵庫に常時20個ほど用意するように致しております。
ただ今年の夏はその消費量が爆発的に拡大致しました。
そうした冷菓は、冷やすと甘みが薄くなるから、必要以上に甘味料を多くしてあります。
それを連発して食すればどうなるか。今更申すまでもなく、結果は見えております。

このままだと、冗談でなく、秋から冬へのズボンが入らなくなるリスクが…
正直いってこれはヤバイ状態。体を絞り込んでいかねばなりませぬ。焦っております。
ほんと「品格のない暑さ」の影響は重大であります。

今年の夏、日本の夏ってこんなに暑かったっけ? と何度も思いました。
マスコミ報道では36~37度となっておりますが、
東京の街中の気温はゆうに40度を超えていたと思います。

日が陰り始める6時頃から一旦は涼しくなってはいきますが、
それから以降、気温が盛り返します。
実際は上がってはいないのだろうけど、とりあえず下がりはしない。
とにかく今年の東京の暑さには“品格がなかった”のであります。

物理学方面には至って不案内の自分ではありますが、自分なりに理論付けしてみます。
コンクリートで風の通路を塞ぎ、太陽の光を大地が全く吸収せず、かえって乱反射させる。
かって東京は川の街だったのに、それを次から次へと地下排水化した。
公園の樹木もおざなりで、何かあるとすぐに切り倒す。
東京という国際都市の規模を考えれば、森林公園が圧倒的に少ない。

この際、理由などどうでもいいですよね、ホントに。
いつ終わるかも分からない熱帯日の連続に、エアコンを1日中つけっぱなしにして、
午後5時頃までは外出を極力避ける日々が続いておりました。
ようやく、ほんとにようやく、午後イチでも普通に外出できるようになりました。

夕暮れの隅田川沿いに、セプテンバー独特の“夏の終わりの一抹の寂しさ”を
感じさせる風も吹き始めております。
ところで来年の夏もこんな“品格のない夏”になるのでしょうか。
南国・沖縄よりも暑い東京に、恐怖を感じている次第であります。

2010年09月18日

「民主党代表選」というお祭りの後で

9月14日に開催された民主党臨時党大会での代表選挙で、
菅直人首相が小沢一郎前幹事長を破り、再選を果たした。

党所属国会議員、党員、サポター、地方議員による投票で、菅首相は721ポイントを獲得、
491ポイントの小沢氏に予想以上の大差をつけた。菅首相の圧勝だった。

今回の代表選挙で、これまで「豪腕」と呼ばれてきた小沢一郎という政治家の「実像」が
露呈する結果となった。
この20年、日本の政界では「反小沢か、親小沢か」が大きなテーマになってきた。
しかし今回の代表選の惨敗により、この構図そのものがメディアを含めて過大評価だった
ことが明白になってしまった。

小沢一郎という伝統的日本型の政治家は、自民党時代の終盤から、
小選選挙区制等の政治制度改革に意欲を燃やしてきた。
最大の成果は、政党助成金制度の確立だった。
そして同制度の下で、絶対的な権力を握るようになったのは「幹事長」というポストだった。

国から政党に渡った資金を一手に握り、自分の裁量で好きなように党内に配る。
その権力によって党内での生殺与奪の権を握る。それが小沢政治の本質だった。

経歴を見れば、47歳の若さで自民党幹事長に就任するが、
閣僚経験と言えば中曽根内閣の自治大臣兼国家公安委員長だけだった。
あとは竹下内閣での官房副長官程度で、実際の行政に責任を負ったことがほとんどなく、
閣僚としての実績も政策上の理念もないまま、
「カネとポストの小沢」というのが「豪腕」の実態だった。

その豪腕・小沢率いる民主党は、昨年8月、衆院選で大勝、政権交代を実現、
鳩山由紀夫政権がスタートした。
その鳩山政権も迷走に迷走を重ね、最後には「政治とカネ」を理由に、
幹事長の小沢氏と共に政権を投げ出した。

そのわずか3ヶ月後、当の小沢・鳩山両氏が手を携えて政治の表舞台に立ち、
菅首相に主役交代を迫った。
しかしこうした”何でもあり”の違和感が、菅首相にとっては絶好の追い風になった。
菅首相はこの3ヶ月、鳩山政権から受け継いだ、デフレ下の円高・株安問題、
沖縄・普天間問題、中国の領海侵害問題など、内政・外政の重大な問題に政治決断を
することなく先送りした。
結局菅首相は、就任以来、代表選しか念頭になかったのである。

9月14日のNY市場で、円は1995年5月下旬以来、15年振りに82円台(82.87円)に到達した。
代表選挙というお祭り騒ぎ血道を上げ、何等の行動も起こさない日本は、
世界から完全に“なめられている”状態だった。

15日、6年半振りに乾坤一擲で実施された市場介入ではあった。
日本政府の矜持を示した格好となったが、手遅れ感は否めなかった。

14日の代表選の最終演説で、菅・小沢両氏は、米国の黒人公民権運動の指導者、
キング牧師の歴史的な演説になぞらえ、「私には夢がある」と語った。
百歩譲って、確かに今の日本には夢が必要である。
しかしそれは「現実問題を解決した後の展望」という意味で語られるべきであった。

現在の日本の政界は、往時の学生運動のような、現実感のない軽薄なノリで動いている。
今後の日本が心配である。


2010年09月13日

名古屋版「ギャン理論」 

「ギャン理論」を上梓してから15年超、「新版ギャン理論」を上梓して2年が経過している。

そして気がつけば、
理論研究ばかりでなく、同理論に沿った実践的相場分析を続けること20年超。
お陰様で「ギャン理論」は、「相場に関する必須の理論書」としての定評を戴き、
いつの日からか、著者である自分は「日本のギャン理論の第一人者」と言われている。

ただ一方で、これまで数多くの読者から「ギャン理論は難しい」と言われ続けてきた。
なぜ難しいのか。答は簡単である。
「この理論をマスターすれば、(勝率100%の)相場の勝利者になれる」と考えるからである。
それは錯覚以外の何物でもない。

ギャン自体も「相場で100%勝利できる手法はない」、
ただ「どうしたら負けを少なくするかの方法はある」という。

このあたりの単純な理由が理解されていない。従って書かれている内容を、
「その内容以上に難しく考える、そして益々迷路に入っていく」というのが
通常のパターンのようである。

昨年10月頃から名古屋のベンチャー企業とタイアップして、
IT時代に即応した「ギャン理論とその実践」に関する事業を始めた。
商品化するのにほぼ1年かかっている。
なぜそんなに時間がかかったかと言えば、(相場に関しては素人同然の)担当のK氏に
ギャン理論を説明するのにそれだけ時間がかかったからである。

K氏は(よく言えば)異常に仕事熱心、普通に言えば“しつこい”。
同じ部分の説明を何度も求めるK氏のあまりのしつこさに音を上げ、
「じゃぁKさん、自分の好きなように書いてみなよ!最終責任は自分が持つから」
って出来あがったのが、このブログの右側に添付してある(少々派手な)紹介文である。
クリックすれば即座に見れるようになっております。

K氏は名古屋方面で長年業務をしてきた関係から、いわゆる“名古屋テイスト”である。
あの“エビフリャ~”に表象される名古屋である。
全体の“味付け”を考えてよと何度もリクエストしたが、仕上がりがどうしても名古屋風に
なってしまう。変えようとすれば全部書き直しするしかない。ここに至っては致し方ない。

念のために言っておきたいが、名古屋に偏見を持っているわけではない。
名古屋には長年お付き合いをさせて戴いている方もいて、
(名古屋風にいう)“アッタさん(熱田神宮)”に参拝するのも年中行事である。

ただ名古屋は、JR名古屋駅前周辺の雰囲気を見れば分かるように、少々変わってる、
というより少々ヘンである。
忌憚のない言い方をすれば、
“ミズ系”の女性が普通の格好をして、普通のOLが“ミズ系”の格好をしている。
東京と大阪という二大経済圏の中間に位置している関係からか、文化の醸成が独特。
ハデな原色系が当たり前。派手というよりは、ミスマッチ。

今回のK氏の力作である紹介文、そうした名古屋独特のテイストを前提に、
そういう考え方もあるのかと、違う観点から読んでもらえばいい。
要は名古屋版「ギャン理論」である。

世の中には種々の自動売買ソフトがあふれ、
そしてテクニカル分析の研究も盛んになり始めている。
ただ大同小異のアルゴリズムを使用する自動売買ソフトに欠陥も多く、
その欠陥をつく研究もまた盛んである。いわゆる“いたちごっこ”である。

そして古今東西、あらゆるテクニカル手法の研究も盛んになっている。
但し、勝率10割のパーフェクトな手法はあり得ない。
間違いないのは、時代の変遷と共に進化し続ける市場という“怪物”と対峙するには、
「付け焼刃の知識では対峙できない」ということである。

入り込んだら益々“奥が深くなっていく(ように実感せざるを得ない)”相場の世界では、
相場の基礎知識は勿論、経済の基礎知識や、情報を読み取る能力等、種々の基礎能力が
要求される。そして負けを最小にし、総合点で勝利するための、「既存の手法の改善」や
「既存の手法の複合手法」を生み出す戦いは永遠に続けていかねばならない。

こうしたグローバルな時代、いろいろな観点からギャン理論を眺めてもらえばいい。
今回の名古屋版「ギャン理論」、言い方がギクシャクし、本題から外れそうになるのを
必死に堪えている部分もあるが、ギャン理論の拡大版と捉えれば納得がいく。

あれやこれやで、どうかよろしくお願い申し上げます。

2010年09月11日

30年振りの「株式の死」

「株式の死、再来か」。
米メディアで最近、このような論調が目立っている。
今から約30年前の1979年8月、
米経済誌・ビジネスウィークは「株式の死(ザ・デス・オブ・エクイティーズ)」
と題した巻頭記事を掲載した。

1970年代の米はインフレが進み、高い失業率に苦しんだ。
大型優良株のバブルが崩壊し、米国株は長期低迷を余儀なくされた。
デフレ不安に悩む現在の市場環境は、当時とは土壌が全く逆である。

ただ個人を含めた投資家が上値の重い株式投資に魅力を感じられなくなり、
株式に対するリスクを敬遠する動きが広がっている点は似通っている。
相場用語でいう「戻り売りパターン」に嫌気さしているのである。

そして日本の株式は、米国以上の悲惨な状況になり始めている。
日米株式市場は連動していると言われてきた。
しかし6月4日の菅直人首相指名と前後して、
日経平均株価はNYダウ平均についていけなくなった。
そして6月27日のトロント・サミット以降は、
米欧が自国通貨安の容認のスタンスを見せたことで円高が加速した。

「菅首相は市場への感度が鈍い」とみて進んだ円高&株安。
それに続き壊し屋・豪腕・小沢の登場で、長期金利上昇を危惧する声が広がり、
日本の金融市場は悲観材料のオンパレードとなっている。
包括的な閉塞感が蔓延している。

「雇用、雇用、雇用」と菅首相は連呼する。
しかし雇用を生み出すための確たる政策は提示されていない。
経営者の多くは、生まれ育った日本にいたいという「感情」はあっても、
「勘定」の上では完全に日本から離れてしまっている。
言葉を変えれば、日本の企業が「日本にいること」に懐疑的になってしまっている。

戦後の日本では「勤勉で安価な労働者の確保」という意味では優位性があった。
しかし現在では、安価な労働力を潤沢に持つ新興国の台頭で、
いつの間にか日本は高コストの国と位置付けられるに至っている。

一方、市場としての日本を考えれば、少子高齢化と人口減が進展する中で、
国内だけの事業展開では、有効な生き残り策は見い出せなくなっている。
円高の煽りで、外国に生産拠点を置き、労働者が外国人、出荷先も海外であるなら、
高い法人税を徴求される日本に本社を置く理由がない。
そして、その状況の中では(日本人に対する)「雇用が生まれる」はずがない。

昨今の円高への対応の遅さや、バラマキ優先の経済政策で、
現政権に対する経済界の失望感は明白である。
政治主導を進めるはずの政治家は優秀な人物のはずだが、
机上の理想論が論議されることはあっても、金融をはじめ経済、
とりわけ市場に対する感覚が鈍く、危機感が薄いように映る。

かくして、米国で言われ始めた「30年振りの株式の死」は、実は空洞化現象が顕著で、
再上昇のキッカケを掴めない日本で深刻になり始めているのである。


2010年09月04日

プラザ合意から25年。日本の蹉跌

1985年9月22日。
当時のG5(日米英独仏)の蔵相と中央銀行総裁が、
ニューヨークの名門ホテル、プラザ・ホテルに一堂に会した。
そして歴史的にその名を残すプラザ合意が調印された。
それから25年。四分の一世紀が経とうとしている。

日本側の蔵相は竹下登。
同氏は「日本に消費税を導入した首相」としてもつとに有名だが、世界の金融史上では、
日本に超円高時代を演出した「円高大臣」として後世に名を残すことになろう。

会議を招集したのは米・ベーカー財務長官。
同長官は、米議会内の保護主義を封じ込めるためにドル高是正を進言する。
しかし「強い米国」「強いドル」を標榜してきたレーガン大統領は、
「ドルを弱くする」というG5声明の表現を承知せず、「主要非ドル通貨の上昇」という
表現でしぶしぶ納得した、というエピソードが残されている。

こうして以降の世界は、
「基軸通貨ドルの負担を軽減し、通貨協調体制を目指す」プラザ合意体制に入っていくが、
それから25年を経て、「(深刻な)協調なき多極通貨体制」を迎えている。

東西冷戦終結を受けて誕生した欧州統合通貨ユーロや、
中国経済の台頭を背景にした人民元など、本家の米ドルを含め、主要通貨の国々が、
目先の自国の利益だけを考え、「通貨切り下げ競争」に入っている。

(日本が主要国かどうかという問題は別にして)
主要国が通貨安を求める中で、日本は、参院選後の権力闘争に政策の空白を招き、
無為無策の「円高放置」状態になっている。

考えてみれば、確かにプラザ合意体制自体、完璧なものではなかったと言える。
プラザ合意後、
米独間の協調のきしみが87年秋のニューヨーク株の暴落(=暗黒の月曜日)を招き、
そして律儀に政策協調を守ろうとした日本はバブル時代を迎えることになる。

従って日本は、世界の趨勢がどうあろうとも、またどう批判されようとも、
必要と考えた時には「断固たる措置」を断行すべきである。
つまりは単独であろうが、効果は一時的であろうが、
それこそ“(なめんなよ!!とばかり)断固として市場介入をする”必要がある。
それが日本政府としての矜持であろう。

「市場はわがままな女のようだ」。
菅首相の伸子夫人がその著書で、言うことを聞かない市場に対してぼやく菅首相の様子を
明かしている。
一国の首相夫人が、公的情報を開示してよいものかどうかは別にして、
自民党政権の「小泉・竹中路線」の市場原理や構造改革路線を否定するのと、
世界に真っ向対峙するのとは全く別の次元の問題である。

こうした超円高という“異変時”に決まって出てくるのは、“アジア版ユーロ構想”等の
理想論である。しかし「絵に描いた餅は、所詮は食えない」。
日本が、今やアジアの大国から世界の大国になり始めている中国の経済文化圏に
入ることができますか?

外為市場に携わって35年。
知れば知るほど「市場という“化け物”」の難しさを知るに至っている。
しかし逃げればその化け物は、ますます手に負えなくなるのである。


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