2010年10月31日

国際空港・成田は必要だったのか

10月21日、
羽田空港の4本目の滑走路と新しい国際線ターミナルが開業した。
10月末からは32年振りに本格的に国際定期便も復活し、国際的なハブ(拠点)空港に向け、
第一歩を踏み出すことになった。羽田の国際線網は17路線。
ただ一方で、韓国・仁川空港など、海外のハブ空港との競争も激化する。

1966年4月、日本政府は、成田に国際空港を建設することを正式に決定する。
そして1978年5月、成田国際空港が完成する。
その間の約12年、当時は学生運動の最盛期で、学生を絡めた地元の農民と政府の間で、
世に言う「三里塚闘争」が繰り広げられた。

なぜ成田だったのか。
日本政府の主張した論理は、結局は(利権がらみの)ご都合主義の空論だった。
結果論から言えば、都心から至便の羽田を拡張すればいいだけの話だった。
成田に決定された理由、それは「まずは利権ありき」の政治力学だった。

青っぽい論理を展開し続けた学生運動を支持するつもりはない。
しかし「代々の農地を守ろう」と必死に闘った成田界隈の農民の方々の苦労・苦悩は
当時も十分理解していたし、論理的に正しかったと思う。
日本政府当局のやり方が強引に過ぎたのは否めない。
「成田である必然性」は全くなかった。

自分は外資系金融機関に勤務したこともあって、海外渡航の機会も多く、
頻繁に成田を利用した。
しかし、都心から成田までは特急で1時間超、待ち時間等を入れれば1時間半の行程。
そして深夜便がなく、到着が深夜になれば成田周辺で一泊せざるを得ない状況は、
(国際都市・東京の玄関としても)どう考えても不合理だった。

羽田の整備と航空ビジネスの転換は時期を同じにして起きている。
「日本国民を飛行機に乗せてやっている」という慇懃無礼なスタンスで、
「乗客を鶏小屋仕様に詰め込む」ことを平気でしながら、
高額な運賃を要求してきた日本航空は既に瀕死の状態である。

世界的にグローバル化が進む現在は、単なる交通機関としての航空ビジネスである。
格安運賃が常識になり始めている世界の航空業界では、戦後の日本航空の採った
殿様商売ができるはずもない。

羽田と成田と違い。当然ながらアクセスである。
東京モノレールでJR浜松町駅から、そして京浜急行で品川駅から、最速13分で接続する。
成田も京成電鉄「スカイアクセス」開通で、日暮里駅間を36分に短縮したが、
運行頻度を考えれば、羽田優位は歴然。
バスでも東京駅発で羽田が25分、成田とは80分。まず問題にならない。

現在の住まいする佃界隈からは、
日に日にデカくなる東京スカイツリーの雄姿が見ることができる。
そして羽田空港での離着陸も手に取るように見える。
手の届く距離に国際空港がある。まるで夢のようである。

世界的な禁煙ブームで海外旅行は避けてきたが、
成田からでなく、羽田から海外に行けるなら再度考えてみるか、という気になっている。 

2010年10月27日

秋を飛ばして冬が来た!?

本ブログにアクセスを戴いている皆様、お元気でいらっしゃいますか?
真夏日がようやく終わったと思ったら、突然の冬の到来模様。
どうぞ風邪など召されないよう、ご自愛戴きますよう。

かくゆう私は、つい先週まで夏の衣類を着用しておりました。
薄手のTシャツの二枚重ね。そしてジーンズの半ズボン。
それでも暑い、暑いと、ポケット・タオルなどを使用しておりました。

ホントは飲み過ぎ(特に缶チュウハイ=キリン・ストロング仕様)が一因ではありますが、
何でこんなに汗をかくんかいなと思うくらい、いつも汗をかいておりました。

それが10月も半ばになって、突然の冬の到来。
札幌、青森は雪模様。札幌などでは30㌢の積雪。
これを見せられてはたまりません。
慌てて冬の衣類を引っ張り出しております。

私の場合、冬の衣類、特にズボンがギリギリでセーフって状態。
長かった夏の間に、体がゆるい方、ゆるい方に流れ、なかなか戻りません。
頑張ってトレーニングしないと、着るものがなくなります、冗談でなくて。
少々焦っております。

焦るって言えば、実は熊が焦っているのではないか、
今年は秋が短く、長い冬を迎える前兆を、熊が感じ取っているのではないか、
などと考えています。

最近、全国的に熊の出没が報じられております。
実は今から数年前、ごく近い親戚の者が熊にやられて亡くなっております。
早朝の散歩の途中、パンチ一発でやられてしまった。
ちょうど時期も同じだった。

実家のある富山では海岸まで熊が出没。
出没した岩瀬海岸は海水浴場で、地元では有名な場所。
そこまで出てこられては、もう冗談ではなくなっております。

でもホントにこれで冬になってしまうのでしょうか。
完全に冬支度をしてしまっていいのでしょうか。
確かに銀座界隈を闊歩される女性群は、冬用マフラーなどを召されております。
一方で、台風14号の接近を報じられ、
また暑い日が来るのではないかと迷っております。

とにかく今年の夏は異常でした。
日本が亜熱帯になったかの感を強くした夏でした。
日本には秋がなくなるのでしょうか。
物思う秋、酒が美味しくなる秋、そんなウツクシイ秋はもう日本にはないのでしょうか。

ああたらこうたら言っても、来るべき冬に備えるしかない。
最近、佃界隈からもその雄姿がくっきり見え出した東京スカイツリーを見ながら、
トレーニングに励むことと致します。


2010年10月23日

就活支援のための予備校

少々余計なことから始めてみたい。
最近の若者のファッションで大嫌いなタイプがある。
(勝手に)ピノキオ・ルックと呼んでいるファッションである。
髪の毛をこれでもかとそば立たせ、細身の(大概が紺の)スーツに、極端につま先が長い靴。
歩く姿はまさに(アニメの)ピノキオそのものである。
その三拍子揃った姿を見た途端、コイツ、バカじゃないのか?と思ってしまう。

そうした極端なファッションが流行する中で、春休みが終わる頃からから、
街中には濃紺の正統派・リクルート・スーツを着た若い男女が目立つようになる。
そうか、そうか、御苦労さまと、何かホッとしてしまう。

しかし最近では大学の夏休みが終わる9月末頃からもその傾向が目立つようになっている。
大学3年生が就職活動に入るからである。
こうした一連の状況について分析してみたい。

2012年春卒業予定の大学生の就職活動が本格的になっている。
そして諸般のマスコミでは、「就職活動を支援する予備校・家庭教師の隆盛」について
伝え始めている。
「最短距離で内定を得るためのテクニックを伝授する」とある。
“何でもあり”の現代社会とは言え、本当にそのような予備校が存在するのか否か。
実のところ半信半疑だった。”そんなことやっても、無駄だろ??”

以前から、マスコミ(特にTV局)や航空会社のような特殊で難関な業種向けの予備校が
あるやには聞き及んではいた。
しかし、一般学生の就職のための予備校が隆盛を極める時代になってきたという状況に
驚き、少なからずガッカリしている。

いろいろな疑問が浮かぶ。
まず「何のための大学なのか」「大学で何を学ぼうとしたのか」。
「3年から就職活動に血道を上げれば、大学での学問・研究はどうなるのか」。
そして「将来的に何の仕事をしたいのか」「名の通った企業であれば、どこでもいいのか」

日本の企業への就職が難しくなってきた大きな原因は、
「日本の(ほぼ全入の)大学で学んだ学生を必要としなくなった」。
更に「時代遅れ(三周~五周遅れ)の日本の大学での知識を必要としなくなった」
からである。

ゆとりの時代の弊害で、
「極力競争を避け」「イチバンにならなくてもいい」と教えられ、
「(どこでもいいから)内定だけを得ることに必死になってきた」人材を、
ただでさえ厳しい環境にいる日本の企業が必要とするはずがない。

戦後の日本では終身雇用制が崩れ、ピラミッド型の組織体制も崩れた。
「いい大学に入って」「いい企業(=名の通った)に就職し」
「格段何もしないまま、エスカレート式に階段を上っていく」
という日本的な常識が完全に崩れ去った。

なぜか最近、子息の進路相談を受けることが多くなった。
概ね次のように答えている。
「とりあえず大学に入学する」
「何がしたいか大学時代に考え、大学院へ行く」。

次に「選んだ大学院の更に上級の、海外等の大学院に行く」
「人間の寿命90年の時代。つまりは人生の三分の一の30歳までは学業に励む」
「但し、学費は自分で働いて捻出し、親には頼らない」

民主党・菅内閣は、「雇用、雇用、雇用」と連呼している。
そしてその雇用は福祉関連から生み出すという。理想論に過ぎないと思う。
技術立国・日本はどうなるのか。教育を含め、本質論に入りこんでいない。
ガッカリするばかりである。

世界の有名グローバル企業は
「大学で学問もせず」「ひたすら企業に縋り付こう」とする人材など必要としていない。
現状のような本末転倒で深刻な問題は、子供ではなく、実は親の問題なのかもしれない。


2010年10月17日

激化する通貨戦争

円がジリジリと(1㌦=)80円割れに向かっている。
馴染みの飲み屋に行っても、酔った自分に、為替に関する質問が必ず来る。
「ところで青柳さん、円高ってどこまで行くの?」

「360円÷5=72円が歴史的な大目標であります」
「それを過ぎれば、360円÷7=51.43円。1㌦=50円も全く可能性がないわけではない」
「つまりは1、2、3、5、7の素数に関わる問題です」
「そして我々は今、歴史的な場面にいるのであります」

概ね以上のような会話になるが、既に80.88円に到達しているので、
80円割れと言っても、もう1円ほど円高が進行すれば、70円台に突入する。
80円から70円へという”大台”が変わることで、一般的には世の中が変わる、
ってイメージがあるらしい。
確かに、世の中が大きく変化し始めていることだけは間違いなようである。

「我々は通貨戦争の真っただ中にいる」。
ブラジルのマンテガ財務相が言明して以降、欧米の有力紙には「通貨戦争」との
見出しが躍るようになった。

1985年9月、財政と貿易の赤字に苦しむ米国はドル安誘導で不均衡の是正を図った。
いまや伝説になり始めている「プラザ合意」である。
膨大な黒字を貯め込んでいた日本と独は全面的に同意せざるを得ず、国際協調が
演出された。

それから25年、
巨額の貿易黒字を抱える中国が最大のターゲットになっている。
しかし情勢はプラザ合意時とは大きく異なる。
現在の中国は強大な軍事力を保有する経済大国になり、
世界の警察・米国の力を必要としなくなっている。

2008年のリーマン・ショック以前の世界経済は
「米国に輸出し、余ったドルを米国債に投資する」
「投資が増えることによって米金利を押し下げる」
「低金利で米国の消費は刺激されるが、経常赤字は拡大する」
「スパイラルに国際的な不均衡が拡大する」
という大きな枠組みの中で成り立っていた。

しかし2008年、突然のようにリーマン・ショックが起こり、
以降、後遺症に悩む世界各国は、財政出動の余力に乏しいまま、
通貨安で輸出を拡大する手段に出始めた。

最大のターゲットとなっている中国は、日本の通貨政策を反面教師としているように映る。
プラザ合意でドル安誘導を受け入れた日本は、円高不況から資産バブルを経て、
デフレに突入していった。中国はこうした状況を避けるため、元の大幅な切り上げを
頑なに拒みつつ、通貨や決済の自由化を緩やかに進める戦略を採っている。

対決色を深める米欧と中国の一方で、
中国を中心としたアジア諸国で大きな変化が表れ始めている。
アジア各国の重要な輸出先が、米国から中国に移り始めた。
2000年初頭15%超だったアジア新興国から米国への輸出は、現在10%を割り込んでいる。

代わって中国向けの輸出が19%に上昇。
韓国や台湾では中国向けが25%を占めるようになっている。
こうした貿易上の変化でアジア各国は、自国通貨をドルに連動させる「ドルペック制」から
「中国元ペック」に移そうとする動きも見られる。

中国が運用する外貨準備は200兆円超と見られている。
これは世界のヘッジファンドが運用する資産の1.6倍に相当する。
注目すべきは、その中国が4月から7月にかけ保有する米国債の残高が7%の減少を
見せている点。

中国は民主運動家のノーベル賞受賞決定もあり、先進国からの批判に神経を尖らせている。
政治・安全保障面で先進国と角を突き合わせる機会が増える中で、為替問題で融和的な
姿勢を採るとは考え難い。

「強いドル政策」を放棄し、なりふり構わず金融緩和を進める米国に対し、
中国を核とした新興国が結束して反発する中で、今回の通貨戦争は簡単に終わりそうにない。

2010年10月10日

強硬・中国に対する処方箋

与党・民主党の内ゲバに似た代表選を経て、ようやく臨時国会が開幕した。
主演・民主党の永田劇場の幕開けである。

しかし目立つものと言えば、一体何を訴えたいのか全く不明な、
ダラダラと読み上げられるだけの施政方針演説。
確かに眠くなるような内容には違いないが、実際に居眠りする閣僚などがいて、
与野党逆転のねじれ国会という異常事態に危機感が全く見られない。
批評するのは得意だが、迫られるとイライラする「イラカン」から、
全てがカラカラという意味で「アキカン」と言われ始めた首相を中心とした現政府に、
前向きの発言は一切聞こえてこない。

今回の尖閣列島・領海侵犯問題から、
今後の日中関係の現実を明確に炙り出すことになった。
経済力および軍事力増強に伴う自信、15億人という巨大市場への日本側の必要以上の
期待の高まり、そして日本の国力の相対的な衰退など、中国は完全に“上から目線”で
日本に対応し始めている。

中国側の考え方は極めて明確である。
日本からの新規円借款も2007年で終了、もう日本に遠慮しなくてもいい。
明確に言えることは「日中関係は歴史的な転換点にいる」という点である。
従って外交戦略の見直しをせざるを得ない。
中国の成長にあやかろうとする、日本の官もそして民も、脇が甘かった点は否めない。
弱みだった経済が強みに変わり、それを外交にも使い始めた中国。
そんな強硬・昇竜・中国にどう対応していくか。

今回の尖閣問題が起きて、中国は希土類(レアアース)の輸出制限で日本に圧力をかけた。
確かに日本はレアアースの必要量の9割を中国からの輸入に頼っている。

現在の世界では人口が爆発的に増大し、同時に経済は豊かさに向かって突進している。
しかしこの「経済的な豊かさへの道」には大きなネックがある。
それは「地球の限界が見えた」ことである。
無尽蔵と思われていた大気や水でさえ不足する状態になり、鉱物資源や農産物等の
一次資源の不足が言われ始めたのはごく自然な成り行きだった。

ただ金融のグローバル化が進捗し、生産技術とその技術を実用化させるための資金は
世界中に行き渡ろうとし始めている。
結局今後の世界経済においては
「一次資源の希少価値の増大」「その加工品である工業製品の価値の低下」が
更に明確になっていく。

こうした環境の大きな変化の中で、世界各国の通貨安競争が起こり、
現在の日本の円は実力以上に高く評価されている。
資源戦略を立案し、実現する千載一遇のチャンス到来である。
チャンスは民だけではない。官にも同様のチャンスが訪れている。

日本政府には国民の財産というべき1兆㌦超の外貨準備や、
120兆円超の公的年金の積立金がある。
そしてこうした巨額の国民の財産が内外の国債で運用されている。
しかし国民の貴重な財産を、低金利の国債に塩漬けしたままにしておく余裕は
現在の日本にはない。

例えば、こうした外貨準備や公的年金の一部を使って戦略ファンドを設定、
資源保有国(中国以外という限定版だが)と友好関係を築き、資源開発に投資する。
一般的には国富ファンドと呼称されているが、世界各国が前向きで取り組んでいる
国富ファンドの創設は、今後の日本が今後の活路を見い出すには不可欠である。

折も折、日本の学者のノーベル化学賞受賞のニュースに、久し振りに日本全体が
明るくなっている。
こんな時「(国民の資産を活用する)責任・意志・知恵」を政府が強く訴えるなら、
日本国民は熱く指示するはずである。

内憂外患の大荒れの中で、「世界で一番にならなくちゃいけないんですか?」と公言する
頼りにならない政府は当てにせず、日本国民自身で大きな決断をすべき時期のように思う。


2010年10月03日

そして10月

暑い、暑いと言っているうちに10月になりました。
気温も25度を下回るようになり、ようやくにして“人間らしい”生活をしております。

酒がようやくにして美味しくなり始めました。
とは言え、ここ2か月続いた酷暑の中で、ウィスキーがさほど美味しく(!?)なくなり、
焼酎の梅割りかウーロン割りが中心になっております。
何故なんでしょうか、あれだけしつこくこだわっていたハイボール(炭酸割り)が
何気に美味しくなくなってきたのであります。
体が炭酸がキツイと言い始めています。これって、年齢のせいなのでしょうか??

そしてタバコの量も目に見えて減ってきております。
これは10月1日からの値上げに合わせたものではありません。
ハイライトという、今や時代遅れの、単なる“毒”に近いタバコに、
体が悲鳴を上げるようになってきております。
“もう止めとけ!”と、体が受けつけなくなってきております。

それにしても、“困った時のタバコの値上げ”には、少々頭にきております。
“絶対に買わない”という値上げではなく、“どうしようかな?”って迷う程度の
小刻みな値上げに、日本政府の思惑が見え隠れします。
「1箱410円?ウ~ン」って状態。
どうせなら、1箱800円でどうですか?絶対に止めます(止めてみせます)。

ところで、10月2日(土)8:00PM、NHK・BS2の「J-POP 80’S」を
ご覧になりましたか。
大友康平がMCで、五十嵐浩晃、稲垣潤一、大橋純子、辛島美登里、
もんた&ブラザーズ等、J-POPというより、80年代は確かニューミュージックと
言われた曲のオン・パレード。
ある意味「10月の紅白歌合戦」のノリ。2時間半にわたる“豪華版”。
NHKもやりますなぁ、ほんとに。10月の声を聞いた途端、これですもん。
グラス(缶チュウハイです、ハイ)片手に、聞き入ってしまいました。

五十嵐浩晃の「ペガサスの朝」、辛島美登里の「サイレント・イブ」
稲垣潤一の「ドラマティック・レイン」&「クリスマスキャロルの頃には」、
大橋純子の「シルエット・ロマンス」などは、80年代の自分、というより、
正直言えば、当時自分の周囲にいた女性群を思い出させてくれました。
確かに“黄金の日々”ではありました、ハイ。
そんな過去のことを思い出してどうすんだ? 確かにそうであります。
現実を見つめて、シッカリ生きていかねば…

切ないと言えば、エンジェルスの松井、いよいよ?ってですか。
「打率270、本塁打20本、打点80」は確かに合格点ではあります。
ただエンジェルスが求める松井と、松井の出した結果にギャップあり、
1年契約の更新はしないと言明されてる。

最近では左投手が出てくると、代打を出される始末。
“あの巨人の4番松井に代打???”(馬鹿にスンナ!!)
ガッカリする、というより疲れてしまいまする。
イチローが「10年連続200本安打達成!」で、快挙、快挙と騒がれているだけ、
松井がみじめに見えます。
55番、帰ってこいや!巨人がだめなら阪神もあるさ。何なら楽天だっていい。

かくして10月、そして2010年も100日を切ってしまいました。
ようやく秋の空になり、けだるい日曜の朝。
やることがイッパイあるのに、ダラダラと書いてしまいました。
お粗末さまでした。

昇竜・中国の脅威

今から5年ほど前、地元紙の正月特集で、
「希望の大地・中国」と銘打った座談会の記事が大々的に掲載された。
高校・大学が同期の地元の銀行の頭取が出席しており、
「活路は海外に見出すべきだ」
「当行はそうしたチャレンジ精神の旺盛な企業を応援する」
云々といった、地方銀行としての施政方針演説調の内容だった。

この話は自著で何度も紹介しているが、
金融機関が海外に進出するには、クリアすべき大きな問題が三つある。
「語学」と「外国為替」、そして「(組織として)金融市場と闊達に取引できる能力」である。
とりあえず世界の基本流通語である英語と、外国為替の管理は必須条件である。
そして何よりも金融機関の大命題として、金融市場に参入できなければ何も始まらない。
では地方銀行はそうした実情を知った上で、本格的な活動をしてきたか否か。

世界の金融の拠点であるニューヨークやロンドン、
そして今や世界の大国にのし上がった中国に支店を作るだけでは全く意味がない。
本部機能としての市場に対峙できる能力&人材、および英語を駆使してビジネスが
できる能力&人材の確保が必須課題である。
こうしたグローバルで有能な組織・人材を育成するには最低20年はかかる。

1970年代後半から80年代前半以降、地方銀行は皆で渡れば怖くないとばかり、
ニューヨークやロンドン、そして香港・上海等に進出していった。
とは言え、日本の地方銀行は、金融市場に本格参入することもできないまま、
実際の仕事は「地域企業の海外視察の折の接待」が全てだった。
残念ながら世界の国々は、日本の地方銀行など相手にしなかったのである。
結果、21世紀に入って、海外からの撤退が相次ぐことになった。

今回の尖閣列島・領海侵犯問題は、21世紀の対中問題を明確にしている。
15億人と言われる人民を養っていくために、中国政府は“何でもあり”の戦略を
明確にし始めた。
今や世界第二位の経済大国にのし上がった中国と、世界第三位(と言われる)日本の
軋轢に、世界の警察を標榜する米国も簡単に手を出せないでいる。
もはや20世紀の最終勝利者・米国さえも、昇竜・中国を制御できないのである。

尖閣列島は、日本政府が1985年以降現地調査を繰り返し、清朝の支配下にないと確認、
1895年の閣議決定で正式に領土に編入している。
中国と台湾が領有権を明確にし始めたのは、
国連調査で周辺海域で石油が存在する可能性を指摘した1970年代以降である。
特に中国は、1992年、尖閣列島を自国領と明記した領海法を制定している。

今回の一連の流れの中で、
「日本政府の危機管理がほとんど機能しなかった」ことは衝撃的だった。
そして国内外に「日本は圧力を加えれば妥協する国だ」と思わせたことも大きい。
日本は世界の国々から“なめられ”始めている。
そして「日米安全保障条約が危機に機能しないかもしれない」というリスクも
認識せざるを得なくなった。

百歩譲って、
“青葉マーク”の民主党政権を多少は大目に見なければならないのかもしれない。
しかし“昔だったら戦争”の事態に際しても、的確な措置のできない現政府に、
日本国民が底しれない不安感を持ったのは事実である。
政治は学生運動ではない。キレイごとでは済まされない。
喧嘩をすべき時は正々堂々と喧嘩をすべきである。

巷間の論調の通り、
菅政権の行く末は見えた、もう少し明確に言えば「菅政権の命脈は長くない」と、思う。

日本の官もそして民も、同じアジアだから中国は安心という安易な考え方が根幹にある。
そして米欧よりはやり易いという間違った概念もある。
しかし昇竜・中国は簡単に相手にできる国ではない。
今回の問題は後を引きそうである。

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