2010年11月28日

日本の商品先物業界の夜明け

これまで刊行した種々の自著の中で、
「日本人の根幹には『相場は悪』の概念」があると繰り返して述べてきた。
そして古来、日本人の言う「相場は悪」の中心となってきたのが、
米相場を原点とする「商品先物相場」だった。

確かに情報の少ない時代には、「思惑」と「詭弁」の中で相場を捉えざるを得なかった。
相場が動く「市場」と、「(ひとやま当てようと)相場をする者」の仲介をしたのが、
現在は商品取引員と呼ばれる商品先物専門業者(=ブローカー)だった。

手数料第一主義の商品先物業界の中で、商品先物という金融商品を扱う営業マンは、
独自の情報分析能力やテクニカル分析能力もないまま、またそうした能力を必要と
されないまま、結果的に相場の方向付けが正しいかどうかを考えることもなく、
経営者側からの指令で(強引な)セールスをせざるを得なかった。

結果的に営業マンは、顧客が利益を上げれば他の相場に勧誘し、
損失が出れば追加証拠金(追い証)を顧客に誅求する作業に追われた。
取扱手数料の目標値を達成せんがためには、顧客に損失をさせる作戦も頻繁に採られた。

一方で、証券業界もほぼ同じような状態ではあった。
ただ株式相場は、日本ではなぜか「相場ではなく将来的な投資」という言い方をされ、
是認されていた。
実態は同じであったにもかかわらず、商品相場だけが「相場は悪」の代表として
位置付けられていた。
それが20世紀までの(日本の)商品先物業界の実態だった。

ところが、20世紀後半から始まった金融工学(フィナンシャル・エンジニアリング)と
ITの進捗で、まず外国為替取引(外為取引)が主婦層を中心に一般的となっていった。
外為取引が日本の個人投資家に定着するにつれ、概念的に外国為替取引と商品先物取引
との間に、何等ギャップがないことに気付き始めた。
外国為替と商品先物は同列に位置する金融商品であり、そして現在の世界経済には
不可欠なヘッジ機能を持つものだと、ようやくにして理解され始めたのである。

平行して、(世界の趨勢に沿って)取扱手数料の段階的なダンピングが行われ始めた。
そうした複合要因が相俟って、先物業者の営業マンが、無理矢理な強引なセールスを
するだけの“果実”が得られなくなっていった。
結果として、関連業者の統廃合が急速に進んでいった。

現在は、日本政府の総合取引所構想に沿った、証券取引所の商品EFT(上場投資信託)
の上場ラッシュの中で、商品先物と証券・金融の市場統合の流れにいる。
特に三菱UFJ信託銀行が管理する「金の果実」シリーズが好調で、
日本の商社の雄・三菱商事も介在することで、
従来のような商品先物に対する“暗いイメージ”が払拭され始めている。

『「相場は悪」or「商品先物は悪」の概念は近い将来払拭される』と述べ、
最初は“異端児”扱いされた。その論調を頑固にし続けて約15年。
日本の商品先物業界が変わろうとしている。
そして、ようやくにして商品先物が認知され始めた。

「(NHK・大河ドラマ・龍馬伝のセリフのように)日本の(商品先物の)夜明けぜよ」
と思う。誠に感慨深い限りである。


2010年11月21日

日本のプロ野球中継の行く末

11月18日、明治神宮野球大会最終日。
早稲田は東海大学を2対1で破り初優勝した。
早稲田野球部100代目主将・斎藤祐樹は9回、抑えとして登板、有終の美を飾った。
これで2010年に予定された全ての野球が終わった…

来年の2月まで、野球ファンにとっては、つらい“冬眠の日々”に入っていく。
何かのかのと言っても、今年の自分の生活も野球中心、もう少し正確に言えば、
国内外の野球中継を見るために仕事の段取りを合わせる生活だった。

11月6日と7日、名古屋ドーで行われた日本シリーズ第6戦と第7戦。
希に見る熱戦だった。第6戦が延長15回引き分け、所要時間5時間43分。
そして第7戦が延長12回、所要時間が4時間56分。
NHKではなく、在京キー局のフジテレビの生中継だったが、珍しく試合終了まで
完全放映した。

中日ドラゴンズVS千葉ロッテ・マリーンズという、少々地味な(!?)対戦だったが、
この2試合は通しで全部見てしまった。
試合自体が面白かったこともあるが、もうひとつの大きな原因としては、
6日の試合では延長12回からCMが全くなかったのが大きかった。
7日もCMが少な目だったような気がした。多分に気分の問題とは思うが...

結局、「野球を見ているのか」「CMを見せ続けられているのか」分からない従来の生中継と
ひと味も、ふた味違っていたからである。
後で知ったことだが、この2試合、フジ側の支払った放送権料は、日本プロ野球機構が
提示した9000万円から、大幅ダンピングした5,000円で妥結したらしい。

日本の高度成長時代の1960年代後半~1980年代中盤あたりまでは、
「プロ野球中継を見ながら自宅でビール」が最高の娯楽だったような気がする。
しかし21世紀に入って日本のプロ野球の視聴率低下が顕著になっていった。

特に「ドル箱」だった盟主・巨人戦の人気低下が目立っている。
2010年の関東地区の平均視聴率は8.4%。
これまで最低だった2006年の9.6%をも下回った。
黄金時代は常に20%を軽く超えるゴールデン・コンテンツだった。
それがいつの間にか、地上波のゴールデンタイムで放映されなくなり始めている。

大きな原因はいくつかある。
まず第一に、主要な広告主である飲料や化粧品関連企業が訴求した対象は若い女性層だが、
現在の視聴者は50歳以上の男性が中心になったこと。
第二に、効果が明確になっているネット広告の普及で、広告主はTV広告についても費用対効果
に厳しくなっていること。
第三に、サッカー、ゴルフ、バスケット、アメフトなど、世界的なスポーツ番組が、BSを通して
視聴できるようになったこと。

結果的に、
「日本のプロ野球も他のスポーツ番組と同様に、地域放送や衛星放送に向いている」との
考え方が主流になり始めている。
そうした環境の中で、在京キー局も中継を傘下のBSやCSにシフトしつつある。
そうなれば「CMが少な目になり」そして「(恒例の)尻切れトンボ」状態はなくなる。
2011年7月の地デジ化完成を控え、TV番組も様変わりし始めている。

巨人のON時代からズッと巨人中心のプロ野球に馴染んできた者にとって、
現状の様変わり(日本のプロ野球の不人気化)は少々寂しい気がする。
しかし時代の流れは止めようがない。
日本のTV業界も開始から約60年。いよいよ大きな転機を迎えるようである。

2010年11月17日

イマダ モッケイニアラズ

大記録は予期せぬタイミングで潰えるらしい。
大相撲九州場所2日目。たまたまNHKの相撲中継を見ていた。
相手は万年大関候補の平幕・稀勢の里。多少は苦戦しても、今日も白鵬が勝つだろう…
しかし横綱白鵬は敗れた。そして連勝記録は「63」で止まった。

2010年の最後を飾る九州場所は、初日も2日も客席はまばらだった。
NHKも必死になって工夫をしていたが、ガラガラの様子は明白だった。
その言い方が正しいかどうかは別にして、相撲は日本の国技と言われてきた。
しかしその日本の国技であるはずの相撲は、モンゴル出身の力士が中心になって久しい。
そして今年は、野球賭博問題など不祥事が続いた。
当然と言えば当然のように、往時の熱気は見られない。

九州場所前までに62連勝を続け、新記録に挑戦する白鵬は、
双葉山の生家を詣で、心を整理し、万全の備えで九州場所を迎えたはずだった。
しかし角界の「神の領域」に立ち入ることへ、ほんの少しとは言え、おびえがあったのは
否めない。「自分でいいのかな」と…

太平洋戦争の足音が迫る1939年、
4年越しの双葉山の連勝は、平幕の安芸ノ海に敗れ、「69」で止まった。
その「69」という数字は、「いまだ木鶏(木彫りの鶏ように心が動かないこと)足り得ず」
という当人の言葉と共に、今に伝えられている。
陽明学者の竹葉秀雄氏の「サクモヨシ チルモマタヨシ サクラバナ」との電報に
「ワレ イマダ モッケイニアラズ」と返電したと伝えられている。
まさに伝説である。

時は移り、双葉山を含む当時の力士たちが鬼籍に入ると、「69連勝」は神代の事跡として
日本人の記憶の奥底にひっそりとしまわれた。
しかし21世紀になって、日本人が誇りとしてきたその領域に、モンゴル生まれの
25歳の横綱に一歩づつ迫られた。

正直言えば、日本人のスーパー力士が出現し、神の領域に迫るというシナリオなら、
国技を相撲と位置付ける日本人は、しぶしぶながらも納得はしただろう。
しかしその神の領域に迫ったのは、モンゴル生まれの若い横綱だった。
日本人は、そのモンゴル生まれの横綱が、神の領域に入る、あるいは超えることを想定し、
「時代が違う」「土俵が違う」「現在は年6場所制」などの“言い訳”を用意したのだった。

連勝という(単純な)意味であれば、
柔道男子・山下泰裕の203連勝(7引き分けを含む)、
男子フリースタイル・フェザー級・渡辺長武の189連勝、
日体大・男子水球部の376連勝
という、驚異的な数字が並ぶ。
 
ではなぜ相撲の「69」が「神の領域」なのか。
それはやはり「相撲が日本古来の米文化を基本にした宗教に則った神事である」
という言い方でしか説明しかできないことになる。
そうした根幹の宗教的な意味も加味すれば、相撲は日本の国技には違いない。

「偉大な記録が守られ、正直ホッとしたが、何か寂しい」
これが一般的な考え方だろう。
「69」が破られていたら、日本人の相撲離れはもっと明確になったと思う。

今年の横綱白鵬は、野球賭博に代表される角界の数々の不祥事を一人で浄化しようと、
孤独な戦いを続けてきた。そしてその結果が連勝記録だった。
しかしその連勝が「63」で止まったことで、日本人の奥底に潜む、説明のできない
微妙な感性を守ってくれたのである。
そんな白鵬は、「平成の大横綱」と呼ぶに相応しい力士であると思う。

2010年11月14日

TPPに揺れるニッポン

11月9日、10日に開かれた衆院予算委員会。
NHKのライブの中継。最近の軽いお笑い番組よりもよほど面白い。
主役は仙石由人内閣官房長官。現役の弁護士とあって、答弁も法的用語を巧みに交え、
まさに老獪。オールラウンドの“妖怪”のように映る。

ただ民主党政権の外交は、素人目にも稚拙に見える。
米中の狭間で、双方の顔色を窺うばかりで、断固とした結論を出せずにいる。
菅首相は全く内容のない曖昧な答弁を繰り返し、“影の首相”仙石官房長官の答弁も、
最後の最後には結論を欠いている。

そうした中、TPP(トランス・パシフィック・パートナーシップ=環太平洋経済連携協定)
が大きくクローズアップされている。
最近のマスコミ界では、EPA(経済連携協定)、FTA(自由貿易協定)など、
同じような横文字の経済協定が乱舞し、無理矢理日本語に訳してしまうものだから、
どれがどういう内容なのか、それぞれがどう違うのか、字面からは全く見えてこない。
ただ今回のTTPが重要視される最大の理由は、
原則として「全ての関税を即時または10年以内に撤廃する」協定だからである。

同協定は、2006年、シンガポール・チリ・ブルネイ・ニュージーランドの4ヶ国が、
貿易や投資、人の移動など、幅広い分野の自由化を目指して締結。
そして今年に入って、米国、オーストラリア、マーレシア、ベトナム、ペルーの
5ヶ国が参加を表明している。

1980年代以降、日本は、米欧との貿易摩擦に直面し、農産物以外の幅広い分野で
様々な規制を迫られた。
現状のTPPは米国主導の自由貿易圏構想をベースに拡大交渉が進んでおり、
場合によっては米国との関係が悪化しかねないとの懸念が根幹にある。

大きなポイントは「郵政事業」「農産物問題」「人の自由の移動」。
郵政事業に関しては、国の後ろ盾がある日本郵政と外資系保険との競争条件に
格差があるのは従来から問題視されていた。
農産物については、輸入制限が撤廃されれば、日本国内の専業農家に大きな影響を
与えるのは必至。
また人の移動に関しては、移民を受け入れ続けてきた米国からの圧迫があれば、
一段の開放に追い込まれる。

私見だが、農産物問題が最大のポイントと思う。
農水省はコメなどの主要19品目で全て関税を撤廃すれば、毎年4.1兆円の生産額が減り、
自給率は40%から14%に下がると試算している。
中国・北京のスーパーで、最安価の米は5㌔で300円なのだという。
国際的にも高品質とされる日本のコメだが、通常で2000円弱。
何がなくとも、とりあえず食い物があれば生きてはいける。
大々的な農業革命が起った挙句、日本が世界から孤立した場合、一体どうなるのか…

法人を含む日本の農業者数は今年までの5年間で16%減り、耕地面積も1.5%減少した。
一方で法人数は16%増加し、しかも規模が大きい農業者ほど数が増えるという傾向にある。
農産物に関する最大の解決策は「農業経営者を育成する」しかないことにはなる。

しかし「プロの農業者は圧倒的に少ない」のが現状である。
現在の農業就業者の平均年齢は65.8歳。
平均年齢はこれからどんどん上がっていく。
そうした農業者が引退した後、耕地と技術を引き継ぐ経営者を早急に育成できるか否か。

「TPPは米国主導の第二の開国」と呼ばれ始めている。
“青葉マーク”の民主党政権が、一連の“危機”を乗り切れるか否か。
誠に心許ない限りである。


2010年11月07日

外食デフレ第三の波

何が原因なのか、翻訳作業をしていると無性に「吉野家の牛丼」が食べたくなる。
そしてなぜか真夜中にそういう現象が起きる。
無理矢理寝ようとしても、寝付かない。で、ジャージ姿でご出陣ということになる。
(タクシーの基本料金)710円×2+(牛丼並)380円=1,800円の出費。
作業が続く限り毎日のようにそうした現象が起きるから、馬鹿にはならない出費となる。

ということで、通販で「吉野家の牛丼セット」を大量に購入し、冷凍庫に収めている。
不思議なもので、いつでも食べれると思うと、食べたくなくなる。
あまのじゃくと言うか何というか、人間の性向とは摩訶不思議である。

いつの間にか外食産業が日本に定着している。
振り返ってみれば、1980年代中盤あたりから、24時間営業を謳い文句に、外食産業は
徐々に浸透していった。
「安価で、いつでも、好きな時間に食べれる」という状況は、確かに画期的だった。

ファミリーレストラン(通称ファミレス)も完全に定着してしまっている。
自分の一番のお気に入りは(デニーズの)和風ハンバーグ(おろし付き)。
これにシェフサラダと生ビール(中ジョッキ2杯)で、ハイ、一丁上がり。
味は今ひとつの感は否めず、「毎日がファミレスで食事」は勘弁願いたいが、
和洋中華イタリンアンのメニューを選択でき、酒も飲め、デザートメニューも豊富で、
しかも安価である。

その外食業界がこれまでに二度、低価格化の波が起こっている。
第一の波は1990年代前半。93~94年にかけ、大手の「すかいらーく」が、
客単価1,050を770円に値下げした「ガスト」に転換した。
それをきっかけに低価格の出店が相次いだ。
業界では「ガスト現象」と呼んだ大きな波だった。

第二の波は00年前後のファストフード業界。
「すき家」「吉野家」「松屋」の牛丼三社が、00年から01年にかけて相次ぎ値下げし、
牛丼(並)を200円台にした。
しかしその後BSE(牛海綿状脳症)問題が発生し、安価な米国産牛肉の仕入れが
できなくなり販売を休止。販売再開時には300円台に戻った。

そして2010年9月、牛丼チェーン大手三社の主力商品が、軒並み200円台となった。
業界三位の松屋フーヅが期間限定で、牛めし(並)を250円にした他、2位の吉野家は
牛丼(並)そのものは380円だが、新商品「牛鍋丼」を280円で販売開始した。

業界一位のゼンショーの「すき家」と三位の松屋は09年12月に値下げを実施し、
現在の並盛りの通常価格はそれぞれ280円と320円。
ただ2010年4月以降、並盛りを250円とする期間限定値下げを毎月のように実施している。

三社とも2010年の9月の既存店売上は前年同月を6~17%上回った。
結果的に消費者の支持は明確になっている。
これが第三の波と言われる現象だが、この現象は果たしていつまで続くのか。
ワンコインどころか200円台の商品で、利益が計上できるのか。
通常であれば“消耗戦”といっても言い過ぎではない、異常な現象である。

一連の状況の中で怖いのは、消費者が一旦安い価格を知ってしまった以上、
景気が戻っても簡単に高い商品を出せないという点である。
21世紀前半の異常現象というしかないが、さてどうなりますか。
たかが牛丼、されど牛丼といったところである。


2010年11月05日

ワセダの風

歴史的に11月3日の文化の日は晴天になるという。
そして2010年11月3日もこれ以上ない、ドピーカンだった。
その日、早慶両校による優勝決定戦が行われた。

ドラマの主人公はやっぱり斎藤祐樹だった。その理由。
①早稲田大学野球部第100代主将・エース斎藤祐樹の先発
②50年振りの早慶両校による優勝決定戦
③20年振りの36,000人、満員札止め
④史上初めて、早稲田からドラフト第一位指名選手3名

10月31日、11月1日の早慶戦で早稲田は連敗し、慶応が同率首位に並んだ。
結果から考えれば、11月3日文化の日の優勝決定戦に持ち込むために、
早稲田はわざと連敗したかにも思えた。まさにドラマか劇画のような筋書きだった。
ただ劇画でなく現実だった証拠に、8回1アウトまでノーヒット・ノーランの斎藤が
エラーがらみで突然崩れ、5点を取られたことだった。
1年の春の開幕戦で勝利投手となった斎藤が、最後の最後の優勝決定戦で
ノーヒット・ノーランを達成すれば、それこそ劇画だった。

優勝インタビューで斎藤が、まるでゴルファーの石川遼のように淀みなく、
「自分には何かがあると言われてきたが、自分が何を持っていたかを確信した」
「それは仲間だった」
このセリフを、3日と4日のニュースで10回以上聞いたと思う。
少々出来過ぎ、優等生過ぎとは思うが、間違いなく歴史に残る名セリフだった。

考えてみれば、たかが東京六大学リーグ戦である。
1弱(東大)5強(早慶明立法)の、ごくごく限られた世界である。
そんな世界を見るために、なぜ神宮球場が満員になるんだ…
42回目の優勝したからって、何でそんなに騒ぐんだ…
そこに一体何があるんだ…

一般論としてはかくのごとくである。
しかしワセダに入れば、多少の例外があっても、一連の雰囲気に完全に呑み込まれる。
神宮の森、校歌、応援歌、応援のための手の振り上げ方が自然に身についてしまう。
酔う前は絶対に歌わないぞ、と誓っていても、いざ酔えば、
「都の西北」「紺碧の空」「コンバットマーチ」等を自然に歌ってしまう。

50年振りの早慶による優勝決定戦。
50年前とは1960年秋、早稲田のエース安藤元博の今や伝説の六連投のことである。
サブマリン(下手投げ)の安藤の姿は、白黒のTVでシッカリ見ていた。
来る日も来る日も投げ続けるその姿を、今でもハッキリ覚えている。
その伝説のエースも、既にあの世に旅立ってしまっている。
50年に1回しか早慶による優勝決定戦がないとすれば、
次回の早慶による決定戦を見る可能性は限りなくゼロに近い…

神宮球場から早稲田キャンパスまでの優勝パレード。徒歩で1時間半かかる。
学生時代、1度だけだが経験している。
キャンパスに到着後、パレード参加者全員で、サントリーから贈呈されたビール2万本を飲み干し、
キャンパス界隈の飲み屋のただ酒をくらい、明治通り沿いに高田馬場から新宿へと向かい、
一升瓶の回し飲みをし、コマ劇前の噴水に飛び込んだりした。
バカの限りを尽くした。何よりも狂気じみたエネルギーがあった。
ワセダ、ワセダと叫びつつ…

翌4日、
ドラフト第一位指名を受けた、詰襟にWマークと学部マークのついた学生服姿の
斎藤祐樹、大石達也、福井優也の三名のインタビューを見ながら、
ワセダに吹く風を感じていた。
100代目主将、50年振りの早慶による決定戦、なんだかんだでこりゃ一生残るわな、
と思わずにいられなかった。
たかが早慶戦、しかし今年の早慶戦は格別だった。


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