大卒内定率57%の現実
約2ヶ月前、本ブログで「就職活動支援のための予備校が隆盛する異変」をテーマに、
現状の就職活動(就活)の様子を分析してみた。
そして11月16日、
文部科学省と厚生労働省から発表された10月1日現在の就職内定率57.6%の波紋が
広がっている。
大卒者の約半分しか就職できないという現実に慌てふためいている。
この57.6%という数字は「就職氷河期」と言われた2000年代前半を大きく下回り、
現在の方法で調査を始めた1996年以降で最悪。
厚生労働省では「(採用活動で)卒業後3年は新卒扱いにする」という指針を出しているが、
「企業が新卒扱いで受け付けても、最終的に採用するかどうかは別の話」との見方が
一般的である。
マスコミ間では、20~30社応募するのは普通で、100社を超えるのも珍しいことではないと
伝えている。
履歴書を書く(最近ではエントリーというらしいが)だけでも大変ではある。
しかし内定を得んがために、3年の後半から就活に血道を上げるとなれば、
「何のための大学なのか」「大学で何を学ぼうとしたのか」
「大学での学問・研究はどうなるのか」「将来的に何の仕事をしたいのか」
といったことを、考えることさえしないことになる。
一方、学生を受け入れる企業の立場になって考えれば、「君は一体何を考えてるんだ?」
ということになる。
面接などでは口を揃えて「御社の将来性云々..」などと、“紋切り型”の格好のいいことを
羅列されても、数十社も受け、全く同じように答えているとすれば、一体何がやりたいのか、
というより、究極的にはバカにしてんのかと思われても致し方ない。
百歩譲って、先の見えない混乱の時代に、
「(将来的な)安定」を徹底追求する気持ちは解らないでもない。
しかし振り返って、自分の実力は果たしてどうなのか、安定企業というなら、その安定企業に
相応しい人材なのか、ひょっとして給料をもらいながら、懇切丁寧に実践教育をしてくれると
でも思っているのだろうか、などと考えるのも普通であろう。
日本の企業への就職が難しくなってきた大きな原因は、
「日本の(ほぼ全入の)大学で学んだ学生を必要としなくなった」。更に
「時代遅れ(三周~五周遅れ)の日本の大学での知識を必要としなくなった」からである。
ゆとりの時代の弊害で、「極力競争を避け」「イチバンにならなくてもいい」と教えられ、
「(どこでもいいから)内定だけを得ることに必死になってきた」人材を、
ただでさえ厳しい環境にいる日本の企業が必要とするはずがない。
20世紀後半から日本では終身雇用制が崩れ、ピラミッド型の組織体制も崩れた。
「いい大学に入って」「いい企業(=名の通った)に就職し」
「格段何もしないまま、エスカレート式に階段を上っていく」という、
日本的な常識が完全に崩れ去ったのである。
こんな時代だからこそ、(居直って)ユッタリ構え、
「何がしたいか大学時代に考え、大学院へ行く」。
次に「選んだ大学院の更に上級の、海外等の大学院に行く」
「人間の寿命90年の時代。つまりは人生の三分の一の30歳までは学業に励む」
「但し、学費は自分で稼ぎ、親には頼らない」
といった流れがどうして思いつかないのだろうか。
前回申し上げたように、現状のような本末転倒で深刻な問題は、子供ではなく、
実は親の問題と思う。
