2011年の展望その(4)ユーロの動向

第二次世界大戦後欧州各国は、戦争への反省を含め、様々な形で経済共同体構想を
試行してきた。
1950年代の欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)を手始めに、欧州経済共同体(EEC)、
欧州共同体(EC)を経て、現在の欧州連合(EU)へと引き継がれている。

この一連の共同体構想の中で、70年代に単一通貨構想が生まれ、
90年代の初頭のマーストリヒト条約につながり、99年のユーロ導入に至っている。
結局、経済共同体の歴史は約60年であるものの、単一通貨の歴史は10年を超えた
ばかりではある。

二ケタを超える国々の通貨を統合するという、近代経済社会においてはある意味で
“無謀な”試みであった結果、誕生に際して妥協があったのも否めず、
また必ずしも完璧な形態でなかったのもまた事実である。

そうした中で、欧州各国首脳の発言が時として「総論賛成、各論反対」となり、
市場がその度にユーロに懐疑的になる局面も多々あった。
しかし個々の発言は十人十色であっても、大きな方向性は同じであった点は見逃せない。

2008年のリーマン・ショックは、新生・ユーロに対する熾烈な試金石ではあった。
域内では複数の銀行が国営化され、欧州各国の経済活動も大幅に落ち込んだ。
仮に域内各国が独立した通貨体制であったとすれば、
大々的に独マルク買い・欧州通貨売りが起こったと思われる。

結果的に域内経済の牽引車である独経済は大きな打撃を受け、域内全体の経済回復が
遅れたことは容易に想定できる。
結果的にリーマン・ショックという“百年に一度”の大津波から、ユーロは欧州の防波堤の
役目を担ったことになる。

2009年後半から突如浮上した感のある「ギリシャ財政問題」も、ユーロがクリアすべき
大きな試練ではあった。
結果的に、国家の制度にまで踏み込む劇薬(財政再建策)を強要することにはなったが、
EUは緩衝剤として、国際通貨基金(IMF)の関与を選択した。
ギリシャ国民の反発を、EUに集中することを回避するための戦略だった。

市場では、次なる欧州のリスクはスペインであり、ポルトガルであるとしている。
その2ヶ国国は「不動産バブルが弾け、銀行が不良債権を抱え、国家が出動せざるを得ない」
状況になったのは同じである。
ただ上記2ヶ国の公的債務は国内総生産(GDP)の範囲内であり、絶望的状況ではない。
今や世界的な大国にのし上がった中国が、ギリシャを始めとして、スペインやポルトガルの
国債購入を積極化しているのはその証左と言える。

2010年の日本では、“ユーロ消滅”をテーマにしたセンセーショナルな論調が流行した。
「ユーロ資産が突然消滅する」かのような表現が目立っていた。
仮に統合通貨ユーロが解消されたとしても、ユーロ資産が消滅することはあり得ない。
欧州各国の元の通貨に戻るだけの話である。
そうした“大衆受け”だけを狙った悲観論は余りに安易だと思う。

歴史的にみれば、10年という時間は“ほんの一瞬”である。
現在テーマになっている欧州危機やその後の一連の対応は、ユーロの弱点を改善する
過程でもある。

“たゆたえど沈まぬユーロ”。
これが今後のユーロの動向に対する答であろう。