「100年に1回の大地震」体験記
3月11日・金曜日午後、いつものように週刊レポート作成に取り掛かっていた。
TVはBGMのようにいつもつけっ放し。
NHKの参院予算委員会の中継が流れている。
石川県選出議員の少々だるい質問と、ヤル気があるんだかないんだか、
菅首相の答弁がダラダラ続いていた。
内容は、菅首相に在日の方からの政治資金受け入れ問題。
予算委員会と言いながら、予算に関係ない質疑応答ばっかかよ、などと、
気の遠くなるような世界の情景が映し出されていた。
その日、午前中は輝くばかりの晴天だった。
しかしふと窓外を見たら薄い雲が出て、何気に怪しい雰囲気になっている。
何かやだな、薄気味悪いな、って思った瞬間、グラッと来た。
画面には地震警報を告げるテロップがデカく映ってる。
そしてNHKのアナウンサーの絶叫。
「このままTVを消さないで下さい!!」「冷静に行動して下さいッ!!」
最初は笑っていた。
そうか、こんなダルイ国会に、さしもの神様もお怒りになったか?
そのうち揺れが大きくなってくる。オオッ、まじかよ!
横揺れがものすごく、最初は横にある本箱を押さえていたが、そのうち部屋全体が
揺れたように思った途端、ガッシャ~ンの3連発。
もうシャ~あんめぃ、なるようにしかならんわい。
このまま建物もろともサヨナラか…
一発目のデカイ揺れが終わった後、おそるおそる部屋の巡回。
ダイニンングでは、コピー機、電子レンジがひっくり返り、皿が割れまくっている。
書類部屋は散乱、500冊ばかりある本がまるで残骸状態。
通称・衣裳部屋(!?)ではタンスはひっくり返り、足の踏み場もない。
TELはつながるのか??電気は??水は??ガスは??
TVがついてるから電気OK。水は、出た!!ガスは??だめか…
携帯は全く繋がらない。ただ固定電話はOKのようだ。
とりあえずは実家の母親にTEL。不思議にスッとつながる。
母親「大丈夫??」
自分「どこも怪我はしてない。コピー機が壊れたけど…」
母親「食料ある??」
自分「冷蔵庫が大丈夫だから、食うものはある 」
その後、3時間ほど大きな余震が続いた。動くに動けない。
こりゃ籠城だわい。腹が減っては戦はできぬ。何か食うとするか。
前日大量に茹でて、冷蔵庫にいれておいた冷やしウドンを無理矢理腹に押し込む。
味など全く感じない。明日からまた部屋の整理かよ…
今回の大地震で驚いたこと。それはPCメールが的確に使えたことである。
携帯TELもメールもできない中、的確に機能した。
関係知人にメールしまくった。「無事か??」
その後、続々と流れるニュースで、東北地区、特に気仙沼や大船渡界隈の大津波の
現実とも思えない凄さを、これでもかと見せつけられている。
マグニチュード8.8。100年に1回の大地震。
「100年に1回の金融危機」やら「100年に1回の大地震」やら…
次から次へと下される試練。クソッ!絶対に負けないぞ!!
