2011年04月30日

25%の電力節減の影響

東日本大震災の後始末が遅々として進まない中で、
鯉のぼりが、何事もなかったように、気持ちよさそうに五月の空を泳いでいる。

そしてこの季節から、急激に温度が上昇し始める。
暑がりの自分は、20度を超えるあたりから汗をかく。
寒さには強いが、暑さ、特に日本独特の湿気のある暑さに滅法弱い。
そんな酷暑の夏がまたやってくる。

日本政府はこの夏、25%の電力節減をすると言う。
現在でも大都会・東京のど真ん中の銀座界隈は薄暗く、またターミナル駅やデパートの
一部のエスカレーターは止まったままである。
そんな諸環境の中で、灼熱の国際都市・東京で、クーラーを使うのは“罪”になって
しまうだろうか。

一連の電力需給対策は、一般生活だけではなく、金融界をも揺さぶっている。
金融機関は「どんな危機的状況においても業務を続ける」ことが、
過去も現在も、そして将来も最大の使命である。
決済や市場は経済にインフラになっているからである。

金融庁は業界団体を通じて金融機関の25%の削減を求めている。
削減幅がやや圧縮される可能性があるとは言え、金融機関も節電を余儀なくされる。
まず浮上するのが「時間」の見直しである。
夏場の電力需要のピークは、銀行の営業終了、株式市場の取引終了と重なる午後3時。
直前に取引が集中し易く、ピーク時の電力需要を増大させる。

対策としては、取引や営業時間の短縮や変更である。
銀行サイドでは店舗の午後の輪番休業を検討し始めている。
証券業界では「取引時間は現状通り」としているが、取引時間が短縮されない限り、
節電には限界がある。
仮に午後の取引を中止すれば、市場の地盤沈下は避けられない。
次善の策としては、電力需要のピークを外し、午後の取引を3時間遅らすことなどが
選択肢になる。ただその場合、勤務時間の変更が余儀なくされる。

次に「業務」の見直し大きなテーマになる。
金融には決済を中心としたインフラ業務と、一方で投機的な取引も混在している。
1秒間に何百という注文を出すアルゴリズム取引をどう扱うかも課題になる。

産業界から家庭まで、使用電力を一律に削減する手法は、一見すれば平等には見える。
但し金融は、計画経済的な手法は馴染まない。
そうした削減をしなければ大停電となるというなら止むを得ないが、銀行の営業店が
輪番で休業という事態になれば、決済に関する“想定外”の影響が出るのも必至である。

現状では
「東京証券取引所偏重から大阪証券取引所を重用する」
「東日本50ヘルツ・西日本60ヘルツに分断されている電力グリッドの完全接続化」
「サマータイムの導入」
「在宅勤務の一部義務化」
「夏季3週間バカンスの導入」
「夏の甲子園等の大規模イベントの秋季への延期」
等など、諸案が検討されてはいる。
しかしそれぞれの案に、簡単には現実化できない問題が山積している

「ただ元に戻すだけの復旧ではなく、新しい未来を創造する復興を目指す」
としながら、ひたすら立ち往生するだけの菅内閣。
現政府に迅速で具体的な施策を望むのは無理なようである。

今年の夏場をどう乗り切るか。
結局は覚悟を決め、自分のことは自分で守るしかないようである。


2011年04月24日

日本的「想定外」の検証

まず「想定外」とは一体どういう状況なのか。

おおよそ次の三つのケースに分けられる。
①本当に想定できなかったケース
②ある程度想定できたが、データが不確かだったり、確率が低いと見られたりしたため、
除外されたケース
③発生が予測されたが、その事態に本気で取り組むと投資額が巨大になるため、
楽観論を掲げて想定の上限を線引きしてしまったケース

これまでの災害事例を見ると、ケース①は極めて少ない。
②か③、あるいは②と③の中間あたりのケースが大半を占めている。

ところで、なぜ歴代の大災害が現在にまで言われ続けているだろうか。
それは
「起こりうる可能性のあるものは、確率が低くても現実には必ず起こり得る」からである。
つまりは、
「地質学の調査データや古文書の記録に凄いものがあれば、それを重視しなければ
ならない」ということになる。

振り返って、日本の行政・企業・技術者の世界では、このテーマについてはタブー視し、
無視し続けてきた。
根幹にあるのは
「そんな可能性を考えれば、予算がどれだけあっても足らない」という論理であった。

結局、起こる可能性がある中で、確率の低いものについては除外して、
経済的に対応可能な上限で線引きをし、それは想定される“最大なもの”としたのである。
そしてその上限を上回った場合には「想定外」という一言で弁明する。
それが日本の行政・産業界、そして大半の技術者の思考の枠組み(パラダイム)だった。

一連の「想定外」の問題を、これまでのように
「そこまではとても考えられない」
「そこまで想定に入れたら設計できない」というパラダイムの中で起きたのが、
今回の東日本大震災だった。
当然のように、手のつけられないような無残な崩壊状態となった。

それでは、「(日本的な)想定外」の問題を解決するにはどうすればいいか。
考えられる方法としては以下の三点である。
①「まさか」というご都合主義から決別する。
②想定規模を線引きする発想から脱却、可能性のあるものを最大にして、
「できること」「できないこと」を明示する。
③基本的な構想に、既存の常識論を入れない。

逆説法から考えれば答は簡単に出てはくる。
しかし一見簡単そうでも、この解決法は簡単にはクリアできない。
今回の大震災で分かったのは、
日本人の「忍耐力・勤勉さ・正直さ・責任感・分かち合いの精神・宗教心」等、
世界に誇れる倫理性がある一方で、
マニュアルや法規がないと、実践的な思考が動かなかった点である。

結局、今回の大震災はまず、(馬関戦争・薩英戦争に敗れた)幕末、
太平洋戦争敗北に次ぐ「第三の敗戦」と位置付けるしかない。
従って、一旦原点に戻る、つまりあらゆる既存の常識を排除した上で、
頭を切り替えてスタートをするしかないようである。

2011年04月17日

ふるさとの話をしよう

大震災で困っている方々がたくさんおられ、こんな時にと、多少は引け目を感じつつ、
近しい友人の誕生日会で、その一家と久し振りに焼き肉屋に行った。
勝どき橋周辺にある、TVにも頻繁に出る美味しいので有名な店である。
まずはビール。運動の後のビールが美味い!!スイスイと胃の中におさまっていく。

一息ついて、キムチやカクテキ等のサイドメニューから始まる焼き肉パーティ開始。
ガシガシいった。正確にカウントしてないが、4人で約20人前くらいか…
勢い込んで、タマゴスープ、大盛りライス、そして冷麺までもやってまった…
腹が一杯になると、会話をするのがやになる。
開始から2時間半。もう限界だった。

帰りついて、CMばっかでちっとも面白くない巨人戦を見てた。
そのうちにウトウト状態に。気がついたら9時半くらいだったか…
田舎の旧友のKからの突然のTEL。
Kは相当酔ってる。ガタガヤした、馴染みのミニクラブ特有の喧騒が聞こえる。
そしてKの携帯から、オーナーママ(中学の同級生)の声が聞こえ始める。
「元気なの???」「今どこ??」「ちっとも顔見せないじゃない!!」

だから自分は今、(余震で揺れてる)東京にいるんだって。
田舎に帰ったら帰ったで、つとめて大人しくしてんだってば…
それにしても地元は、相変わらず安全だわさ…

故郷の富山県・滑川(なめりかわ)市は、ホタルイカで一応は全国区になっては
いるものの、過疎化も急激に進み、他には全くな~んにもないって土地柄である。
ただ最大の長所は災害が極めて少ないってことである。
霊峰・立山が、自然の災害を全てをガードしてくれてる。
台風も、そして地震も、その他全ての災害をである。

その立山が生み出す水は、ことの他美味しい。水が美味しいから米も美味しい。
地元ではロックアイスは勿論、ペットボトルの水なんて「買う」という意識はない。
冷蔵庫で作り出す氷で十分である。その水で沸かしたお茶も美味しい。

そして富山湾は、すり鉢状の5千メートルの深海である。
それがほたるいかという深海魚が生息する原因となっている。
今回の福島原発事故による海水汚染も、太平洋を迂回してこの富山湾に到達するには
相当の時間、(何の根拠もない推定で)5年程度の時間が必要と思う。

地元の市役所に長く勤務し、最高幹部まで上り詰めたKによれば、
今回の大震災で、“疎開先”として滑川に来る小・中生徒が増えたという。
なるほど、災害が少なくて、水と米が美味しくて、魚もまずは安心となれば、
それは親にしたら安心だわな…
ついでに富山県は、名うての教育県でもあることだし…

今回の東日本大震災は、日本の経済文化の下降の末に「戦後日本の終点」で発生した
と見るのが妥当である。
馬関戦争や薩英戦争に敗れた幕末、太平洋戦争敗北に次ぐ「第三の敗戦」である。
我が滑川市は「(その第三の敗戦の)疎開先」としては絶好の土地柄と思う。

幕末は武士文化を否定した明治維新によって甦った。
太平洋戦争の後は、軍務官僚(軍部)の排除によって復興をなし得た。
今回の災害に際して、戦後の日本をそのまま再現(復旧)しようとするなら、
日本の(本当の意味での)復興はあり得ない。
この災害を機に、新しい発想と仕組みをもった日本、つまりは戦後日本リードしてきた
官僚主導・業界協調の体制から脱し、真に創造的な体制を築くことが必要である。

自分の周囲には、一旦社会に出て、たまたま遭遇した大混乱期に、仕事を続けながら
「新時代に通用する基本を学ぼう」と、WEBカレッジに挑戦し始めた者もいる。

普通の大学と違い、自宅にいながらカリキュラムをこなしていくWEBカレッジの中味は濃い。
止めようとようと思えば自分の意志でいつでも止められる。
だから(精神的にも)尚更にキツイ。
その「精神的なキツさをクリアする」ことも「WEBカレッジの目的」ともなっている。

現在の日本の大学のカリキュラムは、正直言って世の中に通用していない。
時代に即した新しいシステムの大学教育が必要である。
確かに今の日本では、WEBカレッジはトライアルの段階ではある。
しかし現状を冷静に観察し、何かに挑戦しようとする、アグレッシブな若者を、
出来る限り応援していきたい。

ふるさと(=原点)の話をしよう。
そして「ふるさと(=原点)とは何か」も真剣に考えてみよう!!

PS.
ちなみに、今回のタイトルの「ふるさとの話をしよう」は、故北原謙二がオリジナル、
山本譲二がカバーした、自分のカラオケ18番の曲であります。

2011年04月16日

「復旧」ではなく「復興」をなし得るか日本

日本は第二次大戦から奇跡的な復興を果たし、20世紀後半の世界経済の尖兵となってきた。
石原慎太郎・東京都知事が、今回の大震災を“天罰”と称して大顰蹙を買ったが、
今回の一連の大災害は、十分に過ぎる復興を果たし、油断していた日本国民全体に対する
「平和な時代はそろそろ終わり」との警告だったには違いない。

欧米発の技術導入に基づく日本経済の象徴である巨大なプラント群は、
結果的に危うい大地の上に建設されていたことになる。
このリスクが現実のものとなったのが福島原発の事故だった。

巨大システムは問題が起きるとその影響は甚大である。
規模の利益を期待できる半面、「巨大化」に弱点があることはある意味で常識だった。
組織は官僚化し、複雑なシステムは小さな障害からも大災害をもたらす危険性を
秘めている。
未曾有の大津波とそしてその後の原発事故。
それに加えて、数々の風評被害も日本全体を右往左往させる結果となった。

原発事故で飛び出したのは「放射能という見えざる敵」だった。
懸命の収束努力が続いているが、次々と想定外の出来事が起こり、事態の長期化は
必至となった。想定外とは「何でもない日常性の喪失」である。
そうした「確実性」が失われたことで、個人も企業も先行きの見取図を描けないでいる。

発生の確率と損失の規模に関する「リスク」はある程度は管理できる。
そのリスク管理能力こそがビジネスの最重要課題である。
ところが、そのリスクが人間が考えもつかない「不確実性」を生じた時、
結果的に起きるのは極端なリスク回避と行動の委縮である。

今回の大震災は20米を超える大津波をもたらし、東北地区を壊滅に追い込んだ。
ただ震災は典型的な「外部ショック」である。
天変地異の外部ショックは、規模がどんなに大きくとも「時間の経過」が味方に
なってくれる。
ところが原発事故に関しては「時間の経過」は味方にはなってくれない。

事故の外部ショックが長期化した場合、日本経済全体をも壊滅に追い込む可能性を含む。
菅直人首相が原発事故だけで手一杯なのは容易に想像できる。
そして3.11後の菅政権は、時間と共に拡大する課題に、なすすべもなく立ち往生している。

日本の大きな危機。
超法規であれ超党的であれ、震災復興と経済立て直しを、適切な人に任せるべきである。
例えば小泉純一郎元首相のような断固たる人物に。

千年に1回と言われる悲惨な大震災による混乱の中で、「規律と礼儀正しさ」
「節電への協力と自粛ムード」に世界中が絶賛し、日本人の美徳と称えている。
ただ今回の大災害に求められるのは、
「(現状の)復旧」ではなく、「(本当の意味での)復興」である。

現政府に「復興」に向けての(早急な)具体的な施策を出す能力はないように見える。
その不作為は、天災ではなく人災になり始めている。
日本の底力が試されている。

2011年04月10日

日本のすし文化の存亡危機

東京はサクラが満開。何があっても全く関係ないとばかり、キッパリ咲いている。
サクラはサクラ、やっぱりスゴイ!!の一語に尽きる。

そして今日4月10日(日曜日)は東京都知事選挙の投票日。
でもそんなのどこの話、ってな状態。
結局は「反省しろよ慎太郎、だけどやっぱり慎太郎」ってなことになるんだろうけど、
サッパリ盛り上がっていない。
理由は簡単である。日本全体が放射能汚染に振り回されているからである。

原子力安全・保安院のスポークスマン、西山さんという審議官らしいが、
毎日なんのかのと頻繁にTVに登場する。その西山さん、タレントの加藤茶に似ている。
出てくるたびに、おぃおぃ、それって(被虐的な)ギャグかよ、と思ってしまう。
とにかく何言ってるんだか、サッパリ解らない。

行政や原子力安全委員会は「人が魚を食べても心配ない」との安全宣言を出している。
だが政府の公表する(聞いても全く理解不能な)数字には、数字の背景を読み解く作業
が全く行われていない。一連の流れは以下の通りである。
①放射能がプランクトンに付着する
②そのプランクトンを小魚が食べる
③その小魚を大きな魚が食べる
④そして最後は人間が食べる。
⑤こうした食物連鎖の中で、放射能が濃縮され、高い濃度で蓄積される。

また原子力安全委員会は「海洋での汚染は希釈される(薄まる)」と言う。
しかし拡大する途中で、海底の泥に汚染物質が溜まっていくことも忘れてはならない。
ゴカイやカレイ・ヒラメは泥の中に生きる生物を食べる。
従って海底の泥の検査も必須事項となってくる。

ここで汚染経路についても考えてみたい。
4月までは北からの潮の流れが房総半島にまで南下し、南からの黒潮とぶつかり、
太平洋沖に押し出される。
しかし5月から6月になると、黒潮の流れが強まり、福島原発沖発の放射性物質は
東北の沖合に北上していく。
要は、汚染水の流出が続けば、以降は“北に広がる”リスクを含むのである。

ここにきて風評被害に関して、盛んに言われ始めている。
そして現在のところ「日本の魚はまず大丈夫だろう」という見解が一般的である。
ただ福島原発に絡む汚染水が大量に海に流れている状況にあって、影響は避けられない。

魚介類に関して世界最大の東京・築地市場。
その築地が今回の東日本大震災を機に変わり始めている。
場外にあった多くの寿司屋が、突然のように閉店し始めている。
地方で言われる“シャッター通り”の様相なのである。

日本全体に正確な情報が入らない中で、とりあえずは危険なものには近づきたくない。
日本人が好んで食す、すし・刺身は、実は生の魚である。
絶対大丈夫って言われても、食べる勇気が出るか否か…

築地が壊滅状態になれば、安価が売りの回転すしや、市中の寿司屋に影響が波及する
のは時間の問題である。
そしてこの流れは、海外各地のすしブームを消滅させる流れに繋がっていく。
要は“すし文化の存亡の危機”と捉えるのが妥当であろう。

原子力安全・保安院や東京電力が日々発信する情報は、かえって混乱を増すばかり。
事故の鎮静までどの程度の年月を要し、どんな手だてを考えているのか。
混乱を極める中で、日本国政府は米原子力規制委員会など、海外の専門機関への協力を
仰ぐことをためらっているようにしか見えない。
それは根幹の情報を隠ぺいし続けた戦時中の大本営のスタンスである。

もう日本の行政や原子力安全委員会の(いい加減な、場渡り的な)見解は必要ない。
世界中が安心し、かつ信頼できる機関から、現在の本当の姿を知りたい。
そうしなければ、日本は世界から見捨てられる。


2011年04月04日

日本が売られ始めた...

2011年3月17日早朝、対ドルで76.25円まで急騰した円が、4月の第二週に入って
85円に迫る動きとなっている。
この円安の流れは、対ユーロでは106円台から120円に、対英ポンドでは122円台から
135円台に、対豪ドルでは74円台から87円台等に波及している。
日本の円が、日本の国が売られ始めている…

1980年代の貿易摩擦の激化を背景とする「日本たたき(ジャパン・パッシング)」
1990年代の日本経済の低迷、中国の台頭に伴う「日本無視(ジャパン・ナッシング)」
そして最近では、
政権交代を繰り返す日本政治に対する「日本切り捨て(ジャパン・ディッシング=Dissing)」

2008年のリーマン・ショックから立ち直りかけた日本を襲った大震災。
うち続く災難は、1923年の関東大震災の傷も癒えぬ1929年に世界恐慌が起きたのに
似ている。
政府の試算によれば、道路・港湾・住宅など、震災の直接的被害だけで25兆円と
している。但しこれには福島原発事故の要因は含まれてはいない。

危機が続く福島原子力発電所の事故。
原子力安全・保安院や東京電力が日々発信する情報は、かえって混乱を増すばかり。
事故の鎮静までどの程度の年月を要し、どんな手だてを考えているのか。
今必要なのは、政府が現状を的確に把握して認識を明確に示し、日本国民全体で危機意識
を共有することではないのだろうか。

混乱を極める中で、日本国政府は米原子力規制委員会など、海外の専門機関への協力を
仰ぐことためらっているようにしか見えない。
それは根幹の情報を隠ぺいし続けた戦時中の大本営のスタンスである。
大丈夫だ、頑張ろうと言われても、果たして頑張る価値があるのだろうか。

3日(日曜日)、築地の場外の馴染みの寿司屋に出かけた。
シャッターが降りている。シャッターに張り紙をした残滓があった。
多分、3月11日の大震災発生直後に閉店したものと思われる…
30年超も通った店だった。
安くて、美味くて、そして何よりもタバコが吸えて…
そんな店が、アッという間に、何の挨拶もなく消えていった…

万が一、福島原発にある汚染水が大量に海に流れた場合、影響はどうなるのだろか。
現在福島県沖を南下している親潮は、茨城県沖で蛇行し、房総半島の沖を東に向かって
流れる。従って、汚染水は房総半島沿岸域など日本の近海に影響を及ぼすとは考え難い
とはされている。

ただ太平洋の豊かな漁場だった東北・三陸海岸の魚介類は今後、実際に食べることが
可能なのだろうか。
風評被害に関して、盛んに言われ始めている。
しかし、日本全体に正確な情報が入らない中で、とりあえずは危険なものには近づき
たくない。
日本人が好んで食す、すし・刺身は、実は生の魚である。
絶対大丈夫って、言われても、食べる勇気が出るか否か…

3月11日の大震災の発生の日から3週間が経過した。
大震災発生から数日経って、大量に流れたのは「AC=アドバタイジング・カウンシル
=(広告機構)」の大量のCMだった。
日本対がん協会のCM、仁科亜季子・仁美の親子の顔は頭にこびりついてしまった。
また金子みすゞの、<「遊ぼう」っていうと「遊ぼう」っていう。>から始まる
「こだまでしょうか」も丸覚えしてしまった…

そんな状態のTV放送に、まず選抜高校野球が始まり、MLB(米大リーグ)が始まり、
来週4月12日からは日本のプロ野球も開幕する。
ようやっと生き返った気がしている。
だが、日本の本当の生き返り(=復興)には、果たして何年かかるのだろうか…


2011年04月02日

露呈した原発行政の内幕

千年に1回と言われる東北関東大震災から3週間。
時間が経つ毎に、被害の大きさが明るみに出て、その大きさに震撼させられている。
そして、国際都市・東京では計画停電という名の制約を強いられ、東京全体が薄暗く
なってしまっている。

日本の首相がうつろな表情で話す姿に、大震災の恐ろしさと、それ以上に日本の行く末に
戦慄を覚えている。
初めてその役所の名を聞いた「原子力安全・保安院」の担当者の説明は、
聞けば聞くほど解らなくなる。
口を開けば専門用語の連発で、質問があれば押し黙る姿に、果たして今後はどうなるの
かと、不安が増幅するばかりである。

第二次大戦後、原子力発電所を米国から輸入したのは読売新聞の“中興の祖”
正力松太郎(富山県出身)だった。
1950年代半ば、東京電力は米ジェネラル・エレクトリック社の“沸騰水型”の原子力発電を導入し、
その技術は東芝と日立に受け継がれた。

一方、関西電力はやはり米・ウエスティングハウス社の“加圧水型”の原子力発電を導入し、
三菱重工にその技術が継承された。
結果的に、米国の意図する形で住み分けがキッチリ出来上がっていった。
ただいずれの米国企業も技術開示には慎重で、日本側には限られた情報しか与えられて
いなかった。

原子力発電所の設置は内閣総理大臣の許認可事項となっている。
そこに政治家が介在し易い原因ともなった。
全国9ヶ所の電力会社が拠出金と社員を出しあって作られた「電気事業連合会(電事連)」を
通じて政治献金がなされ、東京電力や関西電力からは国会議員も輩出してきた。
監督官庁の経済産業省からの天下りも日常茶飯だった。

こうした絵に描いたような癒着体質は、原子力の専門分野において御用学者までも
生みだすことになり、産官学の“鉄の三角形”が形成された。
結果的に日本国内では原発分野に関しては誰ひとりとして文句を出すこともなくなっていった。

電力会社は公益事業という巨大な庇(ひさし)の中に入って、決して競争に晒されることはない。
そして潤沢な資金力の源である電気料金についても、行政との阿吽の呼吸が不透明さを
生んでいる。

一般の電気料金は電気の使用量に応じて、使えば使うほど単価が上がる“三段階料金制度”
が採られている。
一方、戦後の振興策として産業用は格安となっており、しわ寄せは一般家庭が被る形と
なっている。

1000年に1回の大地震は、確かに一般常識を上回るものには違いなかった。
ただわが世の春を謳歌し、安全神話に溺れた東京電力の奢りが、今回の原発事故の大きな
要因だったのは否めない。

世界中が日本政府の対応に注目している。
脆弱・菅政権はこうした千年に1回の大災難を乗り切れるのだろうか。

がんばろう日本!!戻ってきてよ、小泉(純一郎元首相)さん!!

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