さらば!!ハイライト

3月11日の東日本大震災から100日が経過した。
復興がなされているのか、いないのか。
この機に及んでもパフォーマンスばかりが先行する菅政権に、イラつきの時期は過ぎ、
あきれ果てて、考えるのを止めてしまう“あきらめ”の毎日が続いている。

首都・東京も、喉元過ぎれば何とかで、一応平静な生活が戻っている。
水はある、ティシュはある、インスタントラーメンや納豆・豆腐も帰ってきた。
通勤時間圏外のダイヤは間引きはされているもものの、交通も一応は元に戻った。
まだ薄暗い感じは否めないものの、銀座もとりあえずは銀座の風情を取り戻している。
梅雨入りで、余りの蒸し暑さに、おそるおそる空調(冷房)にスイッチを入れてみたが、
今のところは正常に動いている。

そしてタバコもほぼ正常に買える状態になっている。
4月後半から、国産タバコが全く買えなくなった。
近所の知り合いのタバコ屋で、無理を言って仕入れた2カートン(20箱)を大事に、
大事に吸ってきたが、それも尽きる頃、我がハイライトとお別れの時が来てしまった。
今度はいつ入荷するか分からない、と言われてしまえば仕方のないことだった。

最初に吸ったタバコがハイライトだった。
吸いこんだ途端、頭が真っ白になり、クラクラした。
これがタバコの世界かよッ~!!
その新鮮な感覚は今でも強烈に覚えている。

それからうん十年、ハイライト一本槍だった。
スカイブルーのパッケージのハイライトは、いつの頃からか
“土方のタバコ(=肉体労働者のタバコ)”と言われ始めたが、
勝手に言ってろ!!キツいけど、美味しい、それがハイライトだ!!
それがオレの人生だっ!!
誰に何を言われようと頑固に吸い続けた。
ハイライトは(ある意味)自分の人生そのものだった。

ただタール17ミリという強烈なハイライトの凄さは、最近部屋を変わってみて、
心底驚かされた。
部屋の壁が真っ黄色どころか、焼け跡のようになってドス黒く変色していた。
最盛期には1日平均50本、単純計算で1ヶ月1,500本、1年で18,000本、
そして17年で306,000本の威力はすざまじいものだった。
そんな膨大な量の煙が自分の体内を通り過ぎっていった…

5月も下旬にもなり、いつものコンビニにタバコを買いに行った。
馴染みの店長がニコニコ顔で、
「青柳さん、入荷しましたよ!!1人3箱の限定版ですけど」って、
スカイブルーのパッケージを指差した。
オオッ!ハイライトか!戻ってきたんか…

1ヶ月振りのハイライトだった。
吸ってみた。キツかった。咳き込んだ。こりゃ、ダメだわ…

それまでの期間、海外に行った際に吸っていたマルボロに変えてしまっていた。
マルボロのタール度は8ミリ。かたやハイライトは17ミリ。
勝負(!?)は最初から見えていた。体が受け付けなくなっていた。

自分の人生そのものだったハイライトを止めることは、つまりは自分の生き方を変える
時期に来ているという意味なのかもしれない。
好むと好まざると、そうした大きなテーマに真正面から向き合わなければならない時期
のようである。
たかがタバコ、されどタバコ。残念ながらこう言わざるを得ないようである。

さらば!!ハイライト。長い間ありがとう。
これからも自分なりに目いっぱいシッカリ生きていくよ。