TPP(環太平洋経済連携協定)と日本の農業

亡父の実家は立山連峰の麓に位置する、代々の米作り農家である。
母親の実家、つまりは自分が生まれた実家は、代々が網元の血筋。
こうした相対の領域を合わせようとして、縁組が成立したものと思われる。
コメとサカナがあれば、双方、とりあえずは食うに困らない。

日本のコメ作りは「安定」の代名詞だった。
そして「今年は不作でも来年は豊作だろう」とする日本独特の“待ち”のスタイルは、
コメ文化から出来上がった。
そうした日本伝統の「“昔ながら”に立ち位置を定め、変化に抵抗する」スタイルの
代表が日本の農業だった。

TPPの最大の争点になっているのが農業問題である。
市場を開くか、閉ざすか。
保護か競争か。
鋭い対立軸が交差する土俵で議論は膠着している。
そして生かすか、殺すかといった極めて歪に単純化された議論の中で、
全体像が見えなくなってしまっている。

日本の政治の世界で農業(農家)という票田は、過去も現在も、そして多分将来も、
選挙の行方を左右する広大な大地である。
肥料を過剰に投じてでも、絶対に手放せない。
こうした政治家の思惑を背景に、進化から取り残された農業政策の中で、
「農業は変わらず、農家は変わらず」が最大のテーマとなってきた。

日本がコメ市場の部分開放を決めたのはウルグアイ・ラウンド合意の1993年。
進化の方向を定義すべき分岐点だった。
「1年1兆円、6年で6兆円」の税金を投じられたが、
その効果はあったのだろうか。
その検証も曖昧にされたままである。

はっきり言えるのは、“変わらぬように見えてきた日本の農家”から、
いつしか農業を担う若い世代が消えていき、同時に活気も消えていった、
ということである。

日本国民の食を担っている農業が滅びていいなどと思っている人間はいない。
ただ日本の農家および国民の代弁者として、むやみに拳を振り上げる政治家の姿には
アナクロな違和感がある。
明確な理由付けもないまま、ひたすら考え直せと迫る姿は、「弱者側を装う脅かし」
ようにも見える。

TPPが苦いか酸っぱいかは解らないが、とりあえずは「良薬は口に苦し」。
改革の痛みを伴わないTPPには意味がない。
これからの政治家は、甘言を弄せず痛みは認め、引き受けて、
それに倍する果実を得るための戦略・方法を練る時期であろう。

日米安全保障条約という足かせがある以上、交渉拒否は不可能である。
ならば早めに参加し、何をを目標に、どう対応するかを考える時である。
仮に日本側に譲るものがあるとすれば、米国の身勝手な要求に「No」と言える
勇気もまた必要である。

日本の農業には「守る」という言葉で変化を封じてきた面があるのは否めない。
農業を特殊な世界と位置付けないところからスタートすると、可能性に満ちた世界
に辿り着く。
「守り」から「攻め」へ。
日本人の根幹の考え方(常識)を変え、日本人が営々と積み重ねてきた技術で
世界に挑戦する時期のようである。