2012年03月31日

消費税をめぐる30年の歴史

消費税関連法案の国会提出に向けた調整が難航している。
現状の日本の財政には消費税増税は致し方のないところだが、
選挙絡みでゴタゴタするばかり。
今後はどうなるか、先行きがサッパリ見えてこない。
いずれにしても消費税を巡る議論は30年来、同じような論点を巡って争われ、
政局と絡み合ってきた。

戦後の日本の税制の基礎となったのは1949年のシャウプ勧告。
所得税や法人税などの直接税が中心で、富の再分配によって国民の所得格差を
縮める狙いがあった。
確かにその指針により、日本の進むべき道が示されたことにはなる。

そんな戦後の日本で、消費税(付加価値税)が最初に話題になったのは1970年。
欧州の税制視察から帰国した自民党の水田三喜男政調会長が、
「国民生活向上のための財源として間接税導入は必要だ」と語ったのが
消費税導入に関する議論のきっかけとなった。

具体的な議論が始まったのはそれから約10年後。
1979年1月、大平正芳首相が一般消費税の80年度からの導入準備を閣議決定する。
しかし小売業者や消費者団体の反発があり、自民党内での慎重論も台頭し、
選挙戦のさ中に増税を断念する。

3%の消費税導入にこぎつけるのは竹下登内閣の1989年4月。
大平首相の失敗から10年の歳月を要している。
その3%の消費税を5%に引き上げることに成功するのは
94年の自民・社会・新党さきがけ3党連立の社会党・村山富市内閣だった。
しかし翌95年の参院選では、社会党が改選数41が16に激減、
大敗を喫する結果となっている。

消費税増税論議がなされる所以は、日本国の借金(表面的には現在約1000兆円)が、
家計の純資産(資産から借金を差し引いた資産)を上回るっているのではないかと
危惧されているからである。

現状の試算では家計の純資産は、
1400兆円-400兆円(日本国民の個人的借金)=1000兆円となり、
ほぼイーブンとみられている。

ただ日本政府は外貨準備金や社会保障金などの金融資産を400兆円を保有している
ことになっており、とりあえずは安泰、との考え方もあるにはある。
しかしその400兆円は本当に存在するのか否かも不明である。

仮に日本政府保有の400兆円が現実に存在していることを前提にして、
年間50兆円の赤字国債を発行し続けたとすれば、結果的には単純計算で
「8年後には日本の財政は破綻する」ということになる。
つまりは(どんな遅くとも)2020年には日本はギリシャのようになる。

こうした現実を考えれば、消費税増額は、
欧州のような食料品などへの軽減税率を含めて、致し方のない措置とは言える。
しかし前提となる日本の財政に関する正確な数字を公表しないから、
世の中全体が疑心暗鬼になる。
選挙を絡めて議論するスタイルにはもう飽き飽きである。

いつの世も、政治家の保身のための思惑が先行する国に明るい将来はない。


2012年03月24日

進む「フリーターという名の失業者」の高年齢化

まずフリーターとは何か。
一般的には「正社員以外のアルバイトやパートで生計を立てている人」をいう。
政府の定義ではフリーターは15~34歳の若年層だけ。
しかし総務省の労働力調査(東日本大震災・被災3県を除く)では、
35~44歳でこの定義に該当する人は50万人に達するとしている。

バブル崩壊に伴う氷河期と言われた1993年以降に高校や大学を卒業し、
アルバイトを続けてきた人がそのまま40歳前後になった影響と見られている。
現状では15~34歳の世代でもフリーターは増加しており、11年の調査では176万人。
03年の217万人をピークに一旦減少してはいたが、09年から増加に転じている。

こうした状況の原因は日本の教育システムに問題があると言わざるを得ない。
これまで日本の多くの大学は、東大を頂点とした護送船団の中で安住し、
教育の本質、つまりは「世の中で即戦力となるための教育」を怠ってきた。

大学進学率が50%を超え、800近い大学がひしめく時代。
大学は大衆化し、少子化をベースとした生き残り競争の中で、教育の本質を
見誤っているパターンが多い。
つまりは百年一日のアナクロでおざなりの教育が、グローバルな世界に通じるはずもない。

米国の例を見るまでもなく、大学教育は「4年+大学院+α」の時代になっている。
日本の4年制の大学での教育は、即戦的ではない。
つまりは机上の空論のパターンがほとんどである。
教える側にも大きな問題があるのは言うまでもあるまい。

こうした日本の教育環境の中で、グローバル企業では通年採用が一般的であり、
4月入社というパターンは、先進国ではもはや日本だけという状態である。
また4月入社にしたところが「4軍」制度を採用しているのがほとんどである。

まず1軍は「4年+大学院+α(=海外留学等)」の者が対象。
2軍は東大、一橋、早慶など、世に言う有名大学の4年卒の成績優秀な者が対象。
3軍はその他の一般大学からの一般競争入社。
そして4軍はいわゆるコネ入社というパターンである。

そして2軍以下は35歳あたりから足切りという厳しい“振るい分け”に
対峙しなければならない。
何故なら優秀な人間を採用するためには余剰人員は不要となるからである。
競争社会の当たり前の制度ではある。

一旦入社した者に対して生涯その生活を担保するという(日本的な)終身雇用制度は
とうに崩壊している。
そして「いい大学を出ていい会社に入ったら一生安心」という日本的なフレーズは、
「良い企業とは一体何か?」という大きなテーマの中で、完全に死語となっている。

かくして、フリーターといういかにも時代の寵児のようなネーミングがされても、
その実は「世の中の外れ者」というのが実態なのである。
そうした「外れ者」の面倒を見るだけの余裕は今の日本にはない。
少々厳しい言い方かもしれないが、油断せず、常に訓練をし、勉学を続けなければ、
世の中から見離される時代なのである。

他人ごとではない。気合いを入れて生きていくしかない。

2012年03月20日

新刊本について

 ワセダの先輩で剣道6段のIさん。
良くも悪くも“(典型的な昔の)ワセダマン”。
泰然自若とした自然児で、酒好きで、そして韓流ドラマの歴史物が大好きなお方。
ついつい見とれてCDを10時間も見てしまったよ、ハッ、ハッ、ハッってな調子。
そしてビジネス書のマニアでもあります。
ビジネス関係の本が一番面白いという、ある種のマニア。
そんなIさんとお知り合いになったのは、自著を10冊も読んで戴いたことが
キッカケとはなっております。

そのIさんから、
「青柳さん、ユーロが消滅するって言ってる人がいるよ」と聞かされたのは、
かれこれ1年前。
「そんなのほっとけばいいじゃないですか」
「どうせ机上の空論だけの、市場の実態を知らない人だと思いますよ」

ところがその「ユーロ消滅」を唱えられる同志社大学の教授であられるH女史は、
あれよあれよという間にマスコミの寵児になられている。
その論調は、あたかもユーロ資産が雲集霧散するかのスタンスである。
なんであんな言い方をするんだろ、現状を綿密に分析すれば、
消滅する流れにあるのは日本の円じゃないのか…

そんな折、Iさんからしきりに牽制球を投げられる。
いつものように酒席での討論となるうち、
「青柳さん、そんなに言うなら何で書かないの?」
「もうそろそろじゃないの?」

確かにここ2年、自著を出版するという世界から離れておりました。
自分の文筆力の力不足を感じ、文章が簡潔で、解りやすい文章を書けるようにと
司馬遼太郎さんや、藤原正彦さんらのキリッとした美しい文章を何度も何度も読み返し、
体に染み込ませるよう訓練しておりました。

ビジネス書の世界は最新の経済状況を分析するのが主体だが、
どうしてもセンセーショナルにならざるを得ないことが、
「1冊の本にまとめて出版する」という作業から離れさせておりました。

よし、じゃソロソロ行ってみるかと、よいしょと腰を上げたのが昨年の12月。
2ヶ月ほどの執筆作業を経て、2月の終わりに脱稿。
この3月に上梓と相成りました。

タイトルは「2015年 日本円完全消滅」
少々おどろおどろしいものではありますが、出版界という大海に乗り出して、
本を手にとって戴くためには、多少オーバーな表現は致し方ありません。
お手に取って、最初の部分を読んで戴くことから“戦い”は始ります。
どうかご容赦願います。

内容については、本ブログで公開するのは敢えてはやめておきます。
読んで戴ければお解り戴けるはず。
180ページ建てで、長い文章は極力避けてあります。
要は2回は読んで下さいという意味であります。

毎回「実母が読んでどう言うか」「理解できるか」を大きなテーマにしておりますが、
実母にも現状が理解できるようにと努めた次第。

来週から都内の書店に並ぶ予定になっております。
どうかよろしくお願い申し上げます。

2012年03月18日

一段落したユーロの今後

今回のユーロ危機を契機に、世界の情勢が変わり始めた。
まず第一には新興国の減速。
今から3年前のリーマン・ショックで先進各国が経済危機に直面する中で、
中国を中心としたアジア新興国が主役に躍り出た。
しかし昨夏以降、欧州の輸入減と信用収縮で、逆風が吹き始めた。

特に中国は、経常収支と資本収支の双子の黒字による成長モデルが崩れ、
住宅バブル崩壊、地方財政悪化、急激な都市化による過剰投資等の問題を抱え、
成長鈍化が顕著になっている。
高度成長時代から停滞の時代へと、転換期の様相である。

第二は交易条件の改善。
新興国の需要拡大で国際商品価格が高騰し、交易条件の悪化で日本は3年間で
34兆円の損失を被った。
しかしユーロ危機による世界経済の低迷と縮小で、国際商品価格が下落に転じた。
代表的な国際商品価格であるCRB指数は、ユーロ危機のピークから15%の下落。
各国の金融緩和と中東をめぐる緊張で原油価格が上昇しているが、
これは投機資金の流入が主たる要因であり、長続きする可能性は薄い。

第三は通貨切り下げ競争の一巡。
リーマン・ショック以来、ドルとユーロが大幅に下落し、消去法で選択された円は
実効為替レートで4割上昇した。
そうした中で、米国の製造業が息を吹き返し、ユーロ圏の貿易赤字が四分の一に縮小した。
一方、デフレにあえいでいた日本は、日銀が物価安定のメドを公表して金融緩和強化に
踏み切り、円高に歯止めがかかった。

では今回のユーロ危機は本当に終わったのだろうか。
財政の悪化が表面化したギリシャに対して、
EUと国際通貨基金(IMF)が第一次金融支援を決めたのは2010年5月。
それからわずか2年で追加支援を余儀なくされ、約束した支援の総額は
2400億ユーロ(約26兆円)。
今回は民間投資家も約1000億ユーロ分の保有国債を削減する見通しとなっている。

かってギリシャの主力産業だった衣類の製造業は新興国との競争に押され、
もはや経済をけん引する力はない。
労働組合の力が強いため大胆な賃下げもできず、国内産業はじり貧が続いている。
過去に財政が破綻した国家は、信用力低下による通貨急落で輸出競争力が回復し、
経済の再建を果たしてきた。
しかしギリシャがユーロ圏にとどまる限り、こうした手段は使えない。

ギリシャは4月に総選挙を控え、痛みを伴う緊縮策に反対する勢力が支持を
伸ばしており、財政再建の後退も懸念されている。
ギリシャ支援に関して、ドイツを中心とする北部欧州諸国のいらだちを強めており、
ギリシャからの離脱を求める声が強まっている。

ユーロ創造は「東西ドイツ統一の対価だった」というロジックの中で、
「変わらないためには変わるしかない」という欧州の変革の精神があった。
しかしここに至って、もう限界ではある。
ではユーロ圏各国は本当にギリシャの脱退を許容する(切り捨てる)のか。

その答えは最近のドイツ誌の論調に表れている。
「ユーロ発足前にも人々の生活があった。それは(ギリシャ脱退後も)変わらない」。

2012年03月10日

温故知新

歌手の由紀さおりが、米国のジャズオーケストラ、ピンク・マルティーニと
共同制作したアルバム「1969」が国内外でヒットを続けている。
米国の配信チャートのジャズ部門で1位を奪取したのをきっかけに、
日本国内でも火がついた。
昨年12月のオリコンチャートでは4位に入り、41年振りのトップ5。
その後も上位を保っている。

アルバムのテーマになった1969年は、由紀さおりのデビューの年。
デビュー曲の「夜明けのスキャット」をはじめ、いしだあゆみ「ブルーライト・ヨコハマ」、
ヒデとロザンナ「真夜中のボサ・ノバ」など、69年前後の歌謡曲を中心に収録されている。
そして1曲を除いて日本語で歌っているのが大きな特徴である。

昨年10月以降、世界20ヶ国で発売され、
米国のiTunesストアのジャズチャートでは1位を獲得した。
ピンク・マルティーニのリーダーでピアニストのトーマス・ローダーデールは、
米ハーバード大学で文学や歴史を学び、政治家をも志す才人。
世界の民族音楽や日本の歌謡曲にも精通する。

実はNHKの音楽番組「SONGS」を、再放送を含めて、何度も見た(聴いた)。
そしてCDも買ってしまった。
とにかくアレンジが素晴らしい。
日本の歌謡曲独特のねとっとした感じが全くしない。
全編ジャズピアノをベースにしたボサノバ調で、由紀さおりのサラサラした歌声が際立つ。

由紀さおり本人は「日本の歌謡曲である」と強調している。
が、ここまでくれば、まさに「21世紀の全く新しいジャンルの歌曲」である。
1960年代から70年代の歌謡曲は、メロディは勿論、詩の内容が素晴らしい。
現在のような日本語なのか英語なのか“訳の解らない”内容ではない。
内容の良さを保ったまま、ものの見事に変貌している。

現在の日本は欧米に追随せんとするスタンスばかりが目立ち、完全において行かれ、
焦っている。
戦後65年の日本は、ソニー・井深大・盛田昭夫、ホンダ・本田宗一郎、
松下電器産業・松下幸之助らの歴代のパイオニア諸氏が前半の30年を引っ張ってきた。
その技術や企業精神は全世界から称賛され、モデルケースとなってきた。

しかし、後半の35年はその遺産を食いつなぐだけで、何らの具体的施策をも
打ってこなかった。
日本の「想定内」の考え方に固執するあまり、海外の「想定外」の考え方に
完膚なきまで叩き付けられた。
そして何もなくなってしまった今、完全に彷徨っている。

今回の由紀さおりの快挙は、「日本の原点に帰れ」と言っているように思える。
現在の日本の歌謡曲を、時代遅れと馬鹿にする風潮があるが、
その歌謡曲がアレンジ次第では世界に通じる歌曲に生まれ変わる。

まずは、本来の日本がどうだったのか、日本の良さ、素晴らしさを見直すことから
始める時期であろう。
古きを訪ねて新しきを知る。
温故知新。
由紀さおりの澄んだサラサラした歌声を聴きながら、意外な部分で意外なヒントを
もらったと感服している。

2012年03月03日

大学・秋入学計画の波紋

2012年の大学入試シーズンも大詰め。
合否に関する悲喜こもごもの季節が到来している。

実はこの1年、知人の息子のK君の受験アドバイザーをしてきた。
ワセダ大好き少年で、絶対にワセダに入ってやると、1浪しての再挑戦だった。
そして見事に難関の政経学部・国際政治学科に合格した。
個別に教科を教えたのではなく、勉強のやり方、
特に英語の学習法(中学3年間の基本を徹底してマスターする)を教えただけだった。
あとは月イチで食事をしながら、調子を聞いたりしていただけだった。
要は精神的ケアを担当しただけだったが、予想を裏切って(!?)難関を突破した。

かくしてK君は、日本の大学入試の常套文句「サクラ咲く」状態になった。
日本の入学式にはサクラが似合う。
満開のサクラと入学式。
まさに日本の風物詩だが、この風物詩が消えようとしている。
大学の秋入学システムへの移行が大々的に論議されている。

文部科学省に拠れば、世界215ヶ国の7割は秋入学。そして4月入学は7ヶ国。
一連の時期のずれが学生や教員の国際交流を制約しているとされてきた。
国際性は大学の評価に直結する。
世界の大学ランキングで東京大学は30位。
アジアでは首位だが、留学生比率などの項目を重く見る傾向が強まっており、
今後は順位を落とす可能性もある。

これまで日本の多くの大学は、東大を頂点とした護送船団の中で安住し、
「できない理由」を探しては改革を先延ばししてきた。
しかし大学進学率が50%を超え、800近い大学がひしめく時代に、
日本的モデルでは世界に伍して生き残れるはずもない。
大学は大衆化、少子化に続く国際化という「第三の荒波」を浴びようとしている。
日本の大学は自らの立ち位置を早急に決めなければならない。

具体的には、4月入学で9月に授業開始ということになるが、
まず、この“空白期間”をどうするかでもめている。
だがそれは大きな問題ではないと思う。
アルバイトに精を出すのもよし、読書三昧の日々を過ごすのもよし、海外留学を
するのもまたよし、である。
要は受験勉強で疲れ切った頭や体をリセットすればいいだけの話。

またもうひとつの大きな問題は就職の時期ということになろうが、
グーロバルの企業では通年採用が一般的であり、4月入社というパターンは、
先進国ではもはや日本だけという状態である。
何でそんなことを頓着するのか理解に苦しむ。

そもそも日本の4年制の大学を出ただけで世の中に通用するはずもない。
大学全入時代となり、結局は大学院ベースの知識がなければ世界に伍して戦えない。
8年間は大学で学ぶ覚悟が大事であろう。
当然ながら学費等は自分で調達するという使命はあるが…

かくして、
日本の風物詩「サクラ+入学式」という風景は早晩消えていくことにはなろうが、
世界を相手に勝負しなければならない日本は、世界の流れに合わせていくしかない
ことになる。
日本の「想定内」の考え方では、世界の「想定外」についてはいけない。


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