2012年06月30日

サッカー・欧州選手権に見るユーロの今後

日本では(一部マニアを除いて)余り注目されてはいないが、
サッカー・欧州選手権(ユーロ2012)が世界の注目を集めている。
それにしてもなぜサッカーというスポーツがそれほどまでに欧州の人民を熱狂させる
のであろうか。

サポーターと呼ばれる応援団が、まるで狂ったようになっている。
絶叫し、歓喜し、そして涙し…
体全体からほとばしる激しさは狩猟民族独特の強烈なものであり、
農耕民族・日本のそれとは根底的に違い、殺気さえ漂っている。

決勝トーナメントに進出したのは、
チェコ、ポルトガル、スペイン、フランス、ドイツ、ギリシャ、イングランド、イタリア。
盟主・ドイツがいて、そしてその相方のフランスがいて、唯我独尊・イングランドがいて、
その他の国は経済的に問題がある国々ばかり。
そんな国々がサッカーに興じていていいのかと、苦笑いをするばかりではあった。

特にトーナメント初戦のドイツVSギリシャ戦は、余りに皮肉的ではあった。
双方怨念が入り、最後には乱闘になるのではないかと、ピリピリするような緊張を
強いられた。たかがサッカー、されどサッカーの様相だった。

ただ、こうしたサッカーを通して、「我々はユーロ共同体である」といった誇りが
垣間見えたのもまた事実であった。
経済状況はどうあれ、サッカーというスポーツを通して、
「我々はひとつである」というメッセージを世界に誇示しているようにも見えた。

共通通貨ユーロの実現によって、加盟国がこれまで享受してきた経済的な恩恵は
決して小さいものではない。
しかし最近になってその恩恵が常態化した結果、人民の気持ちの中で有難味が次第に
薄れる中で、負の側面が際立つようになっている。

ただ欧州の経済統合は、もはや後戻りできない段階にまで進んでいる。
無秩序なユーロ崩壊は余りにコストが大きく、それを防ぐためには加盟国の協調が
不可欠であるという点に関しては当局者の意見が一致している。

人類は過去の失敗を漫然と繰り返すわけではない。
欧州各国は1930年代の金本位制崩壊後に見られたような混乱は避けたいとの考え方で
一致している。
ただ、
「域内の安定的な経済成長と政治的ポピュリズムのジレンマをどのように解決するか」
という根源的な問題の中で、欧州は彷徨っている。

「アリとキリギリス」と揶揄される中で、ドイツの苦悩は計り知れる。
しかしユーロが誕生したのは、東西ドイツ統合によりドイツが欧州全体を支配する
のではないかという危惧からだった。
フランスがドイツに「マルクを捨てる」よう懇願したのである。

盟主・ドイツは、(予想に反して)準決勝でイタリアに敗れ去り、
決勝はスペインとイタリアの対戦となった(日本時間月曜早朝)。
負けるが勝ち。盟主・ドイツは我慢するしかない。

今から約30年前、フランクフルトで、同じ現場担当の2メートルの大男と
テキーラのビール割りをしこたま飲み、薄れゆく意識の中で、
その大男が「我々ゲルマン民族は世界最強である」と何度も繰り返し、
挙句に「(しようがないから)日本は二番目にしといてやる」とハグされたことを、
なぜか今でもハッキリ思い出す。

結局、ユーロの盟主の「覚悟」が欧州だけでなく世界経済をも救うのである。

2012年06月23日

65歳になった日本国憲法を考える

消費税増税に「政治生命をかける」と繰り返す野田政権が正念場を迎えている。
仮に消費税増税が可決されたとして、実際に執行されるためには、数多くの細則を
定めなければならない。
野田首相の最近の論調は、自分の学生時代に聞いた学生運動の、耳障りはいいが
実現性の薄い、青臭いアジ演説に聞こえてならない。

「政党政治が民主政治の初志から離れ…与野党は国難に遭っても足並みを揃える
ことができず、災害復興に向けた統一戦線の構築にも難航している」
「民主党政権は発足丸2年にして3人目の首相を選出し、1年1首相という政治ショーを
演じている」

上記は最も言われたくない国、今や世界の大国・中国の、人民日報の日本語版が
伝える記事である。
悔しいが、事実だから仕様がない。
「1年1首相」の国を相手に、安全保障にしろ、通商にしろ、重要な交渉を本気に
なってしたがる国はあろうはずがない。

では何が日本の首相を短命にするのか。
G8で議院内閣制を採る5ヶ国と比較すると問題点が浮かび上がってくる。
ドイツの上院にあたる連邦参議院は州政府代表の集まりで、
州に関連する法案などを審議する。
英国とカナダは、選挙で選らばれた下院の権能が、任命制の上院を圧倒している。

ところがイタリアは、上下両院が似通った選挙制度で選出され、権能も対等。
内閣は両院の信任を必要とする。
結果的に、日本ほどではないにしろ、交代頻度は日本並になっている。
要は「日本はイタリアと同じシステムになっている」ということである。

日本の衆院は、首相の指名、予算、条約の承認で参院に優越するが、
例えば予算が成立しても関連法案が通らないと執行に支障をきたす。
参院で否決した法案の再可決は衆院の三分の二とハードルが高く、
「ねじれ」が政権の命取りになる。

日本国憲法誕生の過程では以下のような変遷があったとされる。
日本政府の腹案では、衆院はそのままにして、「貴族院」を「参議院」に改め
「選挙または勅任せられたる議員」にする予定だった。
ところがGHQ(連合国軍総司令部)は「300~500人の選挙された一院制」を
主張した。
結局は双方の妥協の末、
「両院とも全国民を代表する選挙された議員で組織する」となった。
ただ当時から
「同じ任務を持つものが二つあることは必要か」
「参議院と衆議院の職責を明確にすべきだ」という意見もあった。
結局は「決められない政治」の根幹にあるのが「強すぎる参院」だったのである。

フランスは戦後の第4次共和制の12年間に20人の首相が交代した。
その後、国民投票で憲法を改正し、大統領権限を強めた第5共和制で政治が安定した。
日本国憲法は今年で65歳。
多少の修正が不可欠な老域に入っている。
既存の常識論に囚われず、今後の日本のために、速やかにそして敢然と、
憲法改正に向き合うべきである。

2012年06月16日

市場に蔓延する短期志向(ショートターミズム)

金融市場の値動きが荒っぽくなっている。
例えば、日本円が意味もなく買われ、10年振りの高値となっている。
格段日本経済が良好なわけではない。
表面的にあるいは短期的に安全という、至って単純な結論の上での円買いである。

こうした状況になっているのは、価格の変化率やチャートの節目に着目して
短期売買を繰り返すプログラム取引が主流となっているためである。
最近のプログラム取引は千分の一秒単位で大量の注文を出し、その日のうちに
取引を終了する手法が主流である。
従って、価格が短期間に大きく動けば動くほど利益の機会が増える。

市場の関心が向かうのはめまぐるしく変わる相場の方向感ばかりである。
中長期の期待より、目の前のデータ(情報)で資金が右往左往する。
結局は「将来への見通しの自信の欠如」が相場を見難くしている。

確かに、欧州不安に加え、年末には米国の財政問題も待ち構える。
こうした諸般の難問に政治が一定の道筋をつけられれば、過度の不安は収まり、
市場自体が実体経済を冷静に見るようにはなる。
債務圧縮(デバレッジ)が続く不安定な世界で、市場全体が短期志向になるのは
半ば必然なのかもしれない。
しかし将来へ向けたリスクマネーの循環が滞れば、回復の手足がもっと縛られる
ことになる。

いつの時代も、金融現場の担当者の主流は30歳代である。
今時の若者はどうだこうだと言える立場ではない。
しかし、最近の30歳代は草食系であることは間違いないようだ。
それは最終的な責任は取りたくないという“弱腰”につながる。
彼らには“負けて知る相場”という感覚はない。
勝っても負けても、全てをコンピュータのせいにすれば事足りるのである。

種々のデータを取り込むプログラムを作成し、注文の発信から手仕舞いまで、
全てコンピュータがやる。
その根幹の考え方(アルゴリズム)は世界一律である。
違いがあるとすればスピードである。
現在は千分の一秒単位だが、ここ数年のうちに万秒分の一、あるいは数十万分の一秒
のスピードとなっていくだろう。
人間が答えを出すべき世界を機械がやる世界になってしまっている。

確かに月だ、金星だと、人間は宇宙を目指し始めている。
そうした先進科学が進歩していく中で、
(基本は間違い易い)人間の考え方を排除しようとする動きになっている。
だが(相場に関して)最終決断を下すべきは人間のはずである。
こうした人間を無視した手法が闊歩する限り、“想定外”の事象、
例えばリーマン・ショックのような突発的事件が起きるのは自然の理である。

確かにウォーレン・バフェットの唱えるような20年サイクルで相場を見る時代では
ないのかもしれない。余りに悠長ではある。
しかし5年先を見据えた手法があっていいはずである。
ジョージ・ソロスの言う「常に市場は間違っている」のである。


2012年06月09日

航空格安料金時代の現実

海外旅行をしなくなって5年以上も経っている。
最大の理由は“禁煙”。
つまりは3時間以上の禁煙に耐える自信がなかったからである。
あのどうしようもない欠乏感に襲われたら、
(新幹線のトイレ内にように)“禁を破る”リスクがあったからである。

ただ3.11の東日本大震災時、それまで愛用していたタバコが入荷せず、
タール度が半分以下の銘柄に代えていたから、一時のような(絶望的な)飢餓感は
なくなっていた。
つまりは飢餓感が半分以下になったという自信(!?)はあった。

今回、豪・シドニー在住の旧友に会うために、1泊3日のいわゆる“弾丸ツアー”を
敢行した。
ついでだからと、今流行りの格安チケットの現実はどうなのかを試してみた。
まるで実験旅行だった。正直、自信はなかった。

金融の現場にいた(バブルの)時代、
(今考えれば勘違いもはなはだしいが)ビジネスクラスが当たり前で、
ファーストクラスも珍しくなかったから、エコノミーに乗って海外へ行くという
パターンは“都落ち”の感がしないでもなかった。敗北感を味わいたくない。
それも5年以上海外旅行から遠ざかっていた大きな要因であった。

結論から言えば、まずタバコは大丈夫だった。
原因はアルコール類が出なかったからである。
アルコールは別注で、料金が課金されたから、格段無理をする必要もなかった。
また出される食事が全て油っぽい“エサ”状態で、単なる水があれば十分。
酒の肴になるレベルでなかったのも大きい。

またエンターティメント用の器具、例えばCDやビデオ画面の利用不可で、
本を読むしか手だてがなかった。
今回の旅行には500~700ページ建ての文庫本を6冊持ち込んだが、完読した。
自分の世界に入り込んだら(そういう風に仕向けたのだが…)、
8時間(往復で16時間)程度の飛行時間は平気だったということにはなる。

とは言え、エコノミー症候群は顕著だった。
長時間狭い空間に閉じ込められることから、血液の循環に支障をきたし、
足がうっ血した。通常の靴を履いていられない状況となった。
機内では、老若男女を問わず、靴下のままで歩いていた方も多かったように思う。

最大の難問は、格安チケット(往時の三分の一程度)であるがゆえに、
乳幼児がやたら多く、泣き声は勿論として、通路が運動会状態になった。
子供を追っかけて親もまたというパターンだから、騒々しいことこの上ない。
眠る眠らないという段階ではなかった。アイマスクやヘッドホンは必需品ではあった。

今回利用したのは日本航空のジョイント・ベンチャーだったが、
顧客に対する扱いは以前と変化がなかった。
「押し込むだけ押し込む」という“(同社の)伝統の”パターンではあったが、
料金が料金だけに文句が言えなかった。

超短時間の行程に無理矢理入れたゴールドコーストの素晴らしさは相変わらずだった。
煌々たる夕日および朝日の中で、南太平洋に向かって持参した愛用のバットを振ったが
何か心が洗われたような気がした。多少のことは仕様がないとも思った。

航空格安チケットの時代が到来している。
以前には考えられない安価な料金で世界旅行を楽しめる時代ではある。
今回の旅行で、課題がある程度はクリアでき、またぞろ海外旅行に対する意欲が
出始めている。
あきらめかけていた念願の、南米・イグアスの滝がグッと近くなった。

2012年06月03日

「日本円・中国元の直接取引開始」の弊害

5月末の週末の銀座中央通り。
中央通りにユニクロができてから人の流れが変わったが、それにしても少々異常な
集団が目立つ。Tシャツ短パンにサンダル履きの“散歩がてら”集団。
何を話してるのか解らないが、酒も入ってテンション高く、異常にデカイ声で話す集団。
いわゆる“群れる”集団が目立つ。中国人の観光客である。
……
自分が「中国という国を信じられない」理由。
(断っておくが、あくまで過去の経験上からの私見である)
その1は「通常は英語を使用していても、核心or重要な部分になると、北京語・広東語等の
自国語を使い始める」。
その2は「国際法を都合よく自己解釈し、最終的には無視する」。
その3は「物まね当たり前で、最後になればオリジナルそのものが自国(中国)発であると
主張する」。
そしてその4は「共産党一党支配である」

6月1日、中国・人民元と日本円の直接取引が開始された。
三菱東京UFJ銀行を中心にした日本の3大メガバンクと、
中国の大手行の中国銀行、HSBCが参加している模様である。

これまでも円と元の交換は可能だが、ほぼ全量がドルを介した間接決済となっていた。
日中間の貿易では人民元取引は1%以下にとどまっており、ドルを介在することで
為替手数料がかさむ難点があった。

ただ今回中国が人民元と円の直接取引に取組むのは、
「外国為替取引のドル依存からの脱却が狙いである」とするのが順当な見方であろう。
事実、中国がドルを除く主要通貨との直接取引を本格化するのは初めてで、
元の決済通貨戦略を加速する思惑も絡んでいる。

中国は「世界経済を、米国・欧州・東アジアの三極体制」と位置付ける中で、
域内の貿易や投資の決済をドルに頼る限りにおいては、米国の思惑とドル相場の変動が
与える影響を免れないと判断したようだ。

リーマン・ショック後の中国は、
ドルへの不信から元の国際化を加速、輸出入の決済で人民元を使用することを段階的に
認め、2011年の日中間の貿易全取引(27兆5400億円)に占める元建て決済額も1割に
達している。

また中国は、中央銀行同士が通貨を交換できる協定も相次いで締結している。
使用通貨を多様化するにあたり、日本円は魅力的には違いない。
世界の主要通貨の一つとして元と比較すれば使い勝手がよく、
日中間の貿易・投資規模も大きい。
また時差による為替取引リスクは無視できる上、何よりも“(外交上)弱腰の”日本は
“与し易い”相手には違いない。

一方で、為替・資本規制の自由化には慎重姿勢である。
つまりは個人あるいは法人投資家が元相場に参入することは簡単に許さないスタンス
である。元相場を制御し難くなることへの抵抗が強く、株式や債券等の取引開始も
「長期目標」としている。

かくして諸般の論調は、競合相手のロンドン市場等に先行ことで“歓迎”ムードではある。
しかしそう安易に歓迎していいものだろうか。
中国元が浸透し始めることで、中国の“日本買い”の動きが加速するリスクも考えなければ
ならない。
そして何よりも怖いのは、中国一流の“いちゃもん”をつけられる種になりはしないか
ということである。

つくずく思う。
「世界は、大国にしてはいけない国を大国にしてしまった」と...

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