2012年08月25日

2020年東京五輪招致は是か非か

8月12日、ロンドン五輪が閉幕した。
4年に一度のお祭りが終わって、世界中に脱力感があるのは否めない。
そんなダルい雰囲気の中で、20日、
ロンドン五輪メダリストによる銀座パレードが行われた。
公称で50万人の観衆が集ったとされている。
しかし、そんな数字をはるかに凌駕する勢いだった。
物凄いパワーだった。

パレードが行われた銀座中央通りまでは、今の住まいから歩いて30分、
タクシーなら5分の距離。
周囲の方々からは行ってみなよ!という(無責任な)声も多かった。
だが強烈な炎天が続く中で、40度にならんとする路上で、20分程度のパレードを
見ようとするだけのパワーも、意志もなかった。
凄いな!!とばかりTV中継を眺めているだけだった。

今回のロンドン五輪で、日本は過去最多38個のメダルを獲得した。
金メダルは7個で日本オリンピック委員会(JOC)が目標に掲げた15個を下回ったが、
銀14、銅17と、予想以上の活躍だった。
レスリング、サッカー、卓球、バレー等、男子よりは女性選手の活躍が目立ったが、
それが現在の日本の姿を象徴しているかのようだった。

こうした熱狂の中で、2020年の五輪招致のムードが高まるかに見えた。
しかし、なぜか日本国民は冷静だった。
招致賛成派は51%にとどまり、4月の調査からはわずか2ポイントの上昇にとどまった。
関係者が目標とする7割にはほど遠い数字である。

東京五輪が開催されたのは1964年。自分が高校生の時だった。
10月10日、土曜日、秋晴れの東京で、故古関裕而作曲の東京オリンピック・マーチが
高らかに鳴り響く中、各国選手団の堂々の入場行進は、今でもハッキリ思い出す。
高度成長時代の日本を象徴するかのような、晴れやかな日本の姿がそこにあった。

それから約50年。
日本が再度五輪を開催しても何ら不思議ではない。
何で反対なのか。
確かに3.11大震災の復興もままならず、消費税増税も決まって日本経済は大きな
曲がり角にあり、日本の代表的な企業は窮地に追い込まれている。
膨大な経費もかかり、五輪という大々的なお祭りをしている時ではない、
という意見にも一理ある。

しかし統計によれば最近の五輪は、総体的な相乗効果等で、かかった費用の3倍の
経済効果が見込めるとされている。
今回のロンドン五輪、一説には3兆円かかったとされている。
しかし経済効果は推定で10兆円。
なんで頭から反対なんだ、という気持ちにもなる。

8月の日経新聞(最終面)「私の履歴書」は、
メキシコ五輪・マラソン銀メダルの君原健二さんが担当されている。
最大のテーマは東京五輪。
当然ながらマラソンについての論述が多いが、ごくごく自然に“伸び盛りの”
日本経済も描かれている。
戦後の日本が本格的な立ち直りを見せ始めた時の様子がヒシヒシと伝わり、
若い日本の息吹が感じられる。

尖閣だ、竹島だと、平和ボケの日本は、周囲から攻められっぱなしである。
東京五輪、大いに結構じゃないですか。
ここは一番、世界に向け、思いっきりぶちまけてみればいいのだ!!
日本に任せろ!!ロンドン・レベルにゃ負けないぞ!!といった気合いを見せる
時期と思う。

アクセスを戴いている皆さん、どう思われますか?

2012年08月18日

新幹線開通による地方経済の壊滅

2015年春、北陸新幹線が竣工する。
計画されてから30年超、ひょっとすれば50年超にもおよぶ“夢の”計画が実現、
東京~金沢間を2時間半で結ぶ。

自分の出身地・富山からは2時間少々。
大学時代が10時間。社会に出てから6時間。
約半世紀の間に5分の1にまで短縮された。
考えてみるまでもなく、2時間なら通勤圏内である。
待ちに待った開通、と言いたいところだが、本当はどうなのか。

第二次大戦以降の日本の復興の根幹のコンセプトは、
第一に「西側自由主義国に属し、軍事小国・経済大国目指す」、
第二に「規格大量生産型の近代工業社会を確立する」ことにあった。
この大きな目的達成のために日本政府は何をしてきたか。

まず産業経済対策としては
「官僚主導の業界協調体制による経営の安定と雇用の終身化」であり、
教育政策としては
「(規格大量生産に適した)辛抱強く、協調性があり、独創性の乏しい人材育成」であり、
そして地域政策としては
「経済の中枢機能や情報発信、文化創造活動の三つの分野で東京への一極集中」だった。

この体制は戦後の世界情勢とも合致し、日本は高度成長時代に突入していった。
結果、1980年代までの約40年の間に、日本は世界で最も豊かで格差の少ない国に
なっていった。
言ってみれば「近代工業社会の“天国”」を創り上げたのである。

しかし20世紀後半から21世紀に向け、欧米社会は規格大量生産型の工業社会から、
「多様な知恵の時代」に入っていった。
一方で、中国を中心とするアジア諸国は、本格的な工業社会に進みつつあった。
その狭間の中で日本は、欧米の多様な知恵の時代に遅れ、規格大量生産ではアジア諸国
に追いつかれてしまった。

なぜそうなったか。理由は戦前と同じである。
官僚が「身分化」する中で、年功序列による「居心地の良さ」を追求し始め、
徐々に権限を強化し、また予算も増大していったからである。

日本経済の成長と共に、地方もその恩恵を受ける時代ならそれでもよかった。
しかし成長が止まり、人口の高齢化が始まると、やたらと組織をつくって人数を温存し、
生活保護や公共事業をばら撒いて支出を増やすといった(組織が生み出す特有の)病弊
が顕在化していった。
結果的に日本国全体の公的債務は1000兆円に迫ることになった。

多少の(おざなりの)理由付けがあっても、新幹線整備が戦後の日本の地域政策の
「経済の中枢機能や情報発信、文化創造活動の三つの分野で東京への一極集中」のための
(最終)手段とするなら、結果は見えている。
「東京へ行けば、モノでも情報でも何でも(ベストの形で)手に入る」ことになる。
必然的に地方経済は完膚なきまで崩壊する。
国際都市・東京の底知れないパワーに、地方経済は勝てるはずなどないのである。

こうした大きな変化の中で地方経済は、ゴーストタウン化が顕著となっても、
依然として“何とかなる”と、紋切型の小手先の方法論に終始している。
日本経済は根幹から考え直さなければならない「リセットの時期」に差しかかっている。
問題は山積している。簡単に論じれるテーマではない。
以降は折に触れ、具体論を論じてみたい。

2012年08月12日

残暑お見舞い申し上げます

全国的にお盆であります。
日頃から当ブログにアクセスを戴いている皆様、如何お過ごしですか?

暑いから夏?夏だから暑い?
日曜日というよりお盆休日の午後、時間がユラユラと流れております。
ややもすれば気が遠くなるような雰囲気の中で、余りの暑さに、
自重気味に、漫然と、おバカなことを考えております。

昨日(11日)の早朝、満員の列車に“立ち席”のまま実家方面に帰ってきました。
何で皆して帰らなきゃなんないんだ、まだ寝てる時間だろ?などと、
日本民族独特の本能的パワーを感じつつ、3時間揺られて帰ってきました。
相変わらず疲れますなァ、ったく…

遅めの朝食を摂り、1時間ばかり昼寝して、 夕方からは高校の同期会。
いつものメンバーが顔を揃えております。
オリンピックの話題やら、夏の甲子園話題、そして今回特に目立ったの“孫”の話題。
要は、受験校で名高い我が高校も、もはや世代交代であります。
ガンで入院したとか、余命××年と言われてる等など、あの紅顔の美少年・美少女も、
いわゆるトワイライトの世代となっております。
いつもの電力会社の会長様の開会挨拶も、例年に増して意味不明で、なんだかなァ…
って感じでありました。

かくゆう自分は、この2週間、ロンドン五輪の中継を見続けた結果、
慢性的な寝不足となり、コンクリートの照り返しの中で飲み歩いたこともあり、
熱中症に近い状態となりました。
アルコールもタバコも受け付けない状態。
5日間の禁酒・禁煙(に近い!?)状態を強いられましたです。
若いつもりはあくまで“つもり”。
寄る年並みを実感せよ、といったところでしょうか。

ところで今回のオリンピック、女性パワーが凄かったですよね。
相対にいたのが柔道・男性陣。
ポロポロ涙を流す場面ばっかで、申し訳ないの連発。
何が申し訳ないのか知りませんが、原因は「日本の柔道はレスリング化した」
からだと思います。
せせこましいポイント稼ぎの柔道は、日本古来の柔道ではありませぬ。

サッカーを集中して見ておりましたが、やはりナデシコの善戦は光っておりました。
体格的には中学生(なでしこ)と大学生(欧米)の感じで、よくやったと言うしか
ありませぬ。

そしてサッカー(男子)とバレー(女子)の三位決定戦は、相手がいずれも韓国。
結果的には1勝(バレー)1敗(サッカー)となったわけですが、
何でまたよりによって相手が韓国なのよ、といった塩梅。
後味が悪うございました、ホントに。

かくしてオリンピックも本日にておしまい。
ここ10日ほどは夏の高校野球の季節。
本文も、高校野球の中継を漫然と流しつつ、書いております。

実家方面に2日もいるとコンクリート・ジャングル東京が恋しくなります。
この感覚、ホントに不思議です。

暇にまかせてとりとめのないことを書いてしまいました。
いずれにしても猛暑が続きます。
皆様、どうかご自愛戴きますよう。

2012年08月04日

「いじめ」が蔓延る日本の体質

大津市の中学校におけるいじめ自殺で、
教育委員会と学校へ警察の強制捜査が入ったことが大きな話題になっている。

ただ全くの第三者から見ても、隠蔽が行われた疑いが濃厚である。
関係者全体がいじめと自殺との因果関係を曖昧にし、責任逃れをしようとしている。
残念ながら、学校や教育委員会の“逃げ”のスタンスは、現在の日本の姿を如実に
示している。

このような事件が起きると、メディアの論調はいつも同じ。
教師、子供、親の連携を密にしていじめを許さない体制を作り、
子供には生命の尊さをもっと教えるべきである等など…
しかしこんな、きれいごとで上っ面だけの方法では、実効は期待できない。

いじめは子供だけでなく、大人の社会でも全く同じである。
考えてみれば、いじめは人間の本性なのかもしれない。
絶対的になくすことはできないとすれば、陰湿ないじめを長く続けさせるのを止める
手段を講じなければならない。

最近、政治家や有名人が一旦失敗した時の、マスコミによる袋叩きはすざまじい。
森元首相の「神の国」、安倍元首相の「美しい国」、麻生元首相の「未曽有」等を
代表例として、何人もの大臣を、取るに足らぬ失言や失敗で叩いて、辞任に追い込んだ。
一旦弱みを見せた者をマスコミが寄ってたかって叩きまくるのは「正義を装ったリンチ」であり、
その容赦のなさは限界がない。
最近の日本のいじめ体質そのものである。

振り返って、自分たちが中学時代の昭和30年代、
言葉を換えれば、団塊の世代が中学生の時代にもいじめはあった。
そのいじめは卒業が近くになるにつれ、“荒れる学校”として全国的に広がっていた。
「やらねば時代遅れ」とまで考える“(間違った)流行=悪のスパイラル”だった。

その時、自分たちは何をしたのだろうか。
十分過ぎるくらいに時効だからその時の状況を述べてみたい。

生徒会長だった自分は、生徒の自衛団を結成した。
柔道部の主将と副将をボディガードに、放課後の学校を見回って歩いた。
ドス(小型の短刀)を懐に忍ばせ、敢然と対抗する者はいた。
先生の見えないところで、そうした“悪”が蔓延るのはいつの時代も同じである。
しかし真正面からそうした者たちと対決した。
確かに一人では無理だった。何人かの“正義”が必要だった。

当時は、先生が生徒を殴るのも日常茶飯だった。
「学校で先生が生徒を殴る」のは、「生徒が悪い」ことが前提になっていたから、
親の出番はなかった。
そのような場合「自分の子供が悪いことをした」という前提で、家庭に帰った子供を
親が叱責した。
ある意味で一方的ではあるものの、「日本的な“絶対的正義”」を信じた時代であった。

最近のPC中心の荒れる金融市場を見るがごとく、現代では「手加減をする」ことが
なくなっている。
「もうそれくらいで勘弁してやれよ」という、“情け”や“容赦”という日本的な
考え方が薄らいできている。

市場至上主義(市場原理主義)は人間を根底的に変えてしまった。
モンスターペアレンツが徘徊し、草食系教師が知識の切り売りというサービスを
提供する時代になってしまった。
「いじめ」は表面的な問題ではない。数多くの深刻な問題を含有している。
まずは、「(日本伝統の)正義」について考え直すことから始めたい。

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