2012年10月27日

中国に依存する世界経済のリスク

財務省が10月22日に発表した9月の貿易統計速報(通関ベース)で、
5585億円の赤字となり、9月としては最大となった。
特に最大の貿易相手国・中国への輸出が前年同月比で14.1%と大幅に
落ち込んでいる。
尖閣問題が影響している点は否めないが、中国リスクが統計上も顕在化した
格好となっている。

先進国経済の長期停滞が濃厚になる中で、中国依存を強める世界経済のリスクが
膨らんでいる。
中国は金融危機後の米国経済の落ち込みを、輸出相手国の分散化で対応してきたが、
ユーロ危機等で逃げ場がなくなり始めている。

金融危機に先立つインフレなき成長ブームは、新興国の低賃金に負うところが
大きかった。
先進国企業は国内投資や雇用を抑え、安上がりな新興国投資で高収益を享受した結果、
企業のバランスシート調整は軽くて済んだ。
そして世界の需要を賄う生産力は、次第に世界の工場・中国に集中していった。

ところがその中国も30年に及ぶ高成長を経て、急速な高齢化や都市人口と
農村人口の逆転などを背景に、中成長への移行期を迎えている。
外需依存の輸出・投資主導型から内需中心の消費主導型への転換期ではある。
そして内需拡大と民生安定に不可欠な賃金底上げは、徐々ではあるが中国全体に
及んでいった。

かくして一時的とは言え中国に救われた先進国は、金融危機と実体経済の危機の
時間差を感じながら、徐々に中国の旺盛な生産力を持て余し始めた。
共産党一党支配の中国は政治的にも問題が多く、世界の問題児であるには違いない。
しかし今となっては「大き過ぎて潰せない」状況にまでなってしまっている。

かたや日本と言えば、“若葉マーク”の民主党政権下で、労働規制が強化され、
日本国内で雇用するための実質コストが大幅に高まった。
法人税の本格的な引き下げは進まず、日本に立地する企業は高い税金を払わねば
ならない。
諸般の問題が山積する中で、政府の統率力低下が明らかとなり、将来への成長期待は
低下している。

この教訓は中国にも当てはまる。
中国が公表しなくなった2つの統計がある。
所得格差を示す「ジニ指数」と、デモや労働争議などの「集団行動の件数」である。
1に近ずくほど不平等になるジニ指数は、改革開放の初期には0.3程度。
それがこの10年ほどは未発表だが、現状は0.5に近いとされる。
集団抗議行動も03年には6万件、05年に8.7万件となったが以降は未発表で、
最近の非公式推計で18万件とされている。

尖閣問題に対する中国の対応を見て、世界の投資家は中国が有するリスクを痛感した。
合言葉は「中国プラスワン」。
世界の企業は(新興国として)賃金が高くなった中国を離れる態勢になり始めている。
ここ数年で日本から企業が脱出したのと同じ構図である。
「大きくて潰せなくなった」中国にどう対応するか。
面倒で深刻な問題ではある。

2012年10月21日

ある読者からの手紙に対する返事

拝復
ご丁寧なお手紙有難うございました。
返事をしようしよう考えながら、大幅に遅れてしまいました。
本当に申し訳ありません。

お名前から察するに女性だとは思いますが、女性にしてジョージ・ソロスの
信奉者であること、そして「錬金術」という、とてつもなく難解な本を丁寧に
読んで戴いたことに驚くと共に、心より感謝致しております。

ソロスは絶筆宣言を致しております。
つまりは「錬金術」は、ジョージ・ソロスという稀代の相場師の最後のメッセージ
であり、それを翻訳する機会を得たことに感謝すると共に誇りにも思っております。
ただ翻訳者である私は、ソロスの書いた原文が実に難解であり、苦闘致しました。
単語ひとつの訳し方で、内容がガラッと変わる部分に多々遭遇しました。
そして今になって、ソロスの本当に伝えたかったことを伝えられたのだろうかと
いう危惧を持っております。

「錬金術」は金融の現場にいなければ理解できない部分が多々あります。
H.H様も少なからず金融の現場に関われたのではないかなどと想像しております。
そして達筆な毛筆で書かれてある封筒を眺めているうち、差出住所を見て驚きました。
「東京都葛飾区小菅」の住所は、東京拘置所の住所であります。
軽い冗談であれば、それはそれで構わないとは思います。

ただH.H様の丁寧な毛筆の書き方には、ある種の迫力を感じました。
従って冗談であるはずはないと考えました。
実情は知る由もありません。
確かに「錬金術」には、ソロスの信条や宗教心を披露している部分はあります。
ただそうしたソロスの考え方が、H.H様の今の置かれた環境にどのように役立ったのかと、
不思議に思います。

これまで幾多の読者からお手紙を頂戴してきました。
ただH.H様のようなお立場の方から手紙を頂戴したのは初めてであります。
従いまして、簡単には返事できないな、少々気合を入れてお返事するしかないな
と考えた次第です。

暑かった夏も終わり、ようやく秋が巡ってきました。
昨晩は三日月で、日本の秋の風情が漂っておりました。
そんなある種鮮烈な風景を見ながら、H.H様にお返事を書こうと思った次第です。

最後になりましたが、ご指摘戴いた「(字使いの)間違い」部分は、機会があれば
鋭意訂正致します。
申し訳ありませんが、増刷にならない限り訂正は不可能です。
残念ながら間違ったままで、このまま残っていくことになると思います。

戴いたお手紙は、今後の励みとして大事に保管させて戴きます。
いろいろと有難うございました。

今年刊行した自著を同封しておきました。
ご笑納戴ければ幸いです。

これから寒くなっていきます。
どうかご自愛戴きますよう。

                                  敬具
平成24年10月20日

H.H様
  
                            青柳孝直拝


2012年10月20日

減速し始めた中国経済と日本

そもそも中国と日本経済が接近し始めたのはいつの頃だったろうか。
実感としては(日本がミニバブル化する)2003年あたりからだったと思う。
実家のある富山周辺を例に挙げて、実情を述べてみたいと思う。

富山には一応空港がある。
とは言え、富山空港は単なる地方の小規模な空港。国際空港の要素はない。
しかし何故か中国との直行便が運航している。

わざわざ成田に行かなくても富山空港から中国に行ける。
これは便利だった。
ミニバブル化していた日本では、海外旅行が盛んだった。
富山も状況は同じだった。
そうだ、中国に行けばいいじゃないか…

かくして2003年頃から、突然のように中国への旅行が盛んになった。
帰郷すると中国の話題のオンパレードだった。
聞けば風俗がレベルが高く、しかも安いという。
風俗営業が禁止されている富山の男性陣にとっては、安価にハイレベルの風俗が
楽しめる中国は“楽天地”だった。
東京に行く時間で、海外旅行が楽しめ、しかも風俗が安い…

そのうち頻繁に行くための理由が見当たらなくなっていった。
じゃ、商売でも始めてみるか、どうせ東洋人だし、気心も知れている…
かくして富山の中小企業が中国に進出し始めた。
そして地方の金融もそうした企業を援助し始めた。
国内消費がはかばかしくない中で“希望の大地”の位置付けだった。

以降約10年、中国は世界の大国になっていった。
環境が逆転した。
新興国であった中国は、上から目線で日本を見るようになった。
日本の大企業に対してそのようなスタンスをとる中で、地方の中小企業を見る目は
推して知るべしである。撤退が相次いだ…

最近発表された国際通貨基金(IMF)の世界経済見通しは、世界景気の減速が新興国に
及んできたことを明言している。
中国の成長率は12年が7.8%、13年が8.2%と、
いずれも従来の予想より0.2%下方修正された。
伸びの絶対値はまだ大きいものの、長らく続いてきた10%成長から8%前後に鈍る
ことの落差は相当に厳しい。

「中国経済はハードランディングではなく、ニューノーマル(新しい現実)に移る」。
IMF総会終了後、こうした論調が大勢となった。
世界第二位の経済大国が今後も二桁成長を続けることなどあり得ないという“現実”
を認めよ、ということである。

日本は農村から都市への労働力が鈍り、生産年齢人口も伸び悩んだ結果、
1970年代から成長率が下がった。
それは、経済原則から言えば不可避のものだった。
労働力や人口が成長の制約要因として意識されつつある状況は、今の中国に当てはまる。

考えてみれば、新世紀に入ったばかりのこの10年、まことに荒っぽい展開ではあった。
中国はもはや押しも押されぬ世界の大国となった。
「中国と日本は(同じ黄色人種の国であっても)本質的に異なる」こと、
「中国はもはや新興国ではない」こと、
「中国は希望の大地ではない」ことを最認識すべき時期のようである。

2012年10月13日

膠着する尖閣問題

中国に関する諸問題について、これまでの自著で何度も論述してきた。
日本と中国の根幹的な違いは、日本は「根本が“善”」であるのに対し、
中国は「根本が“悪”」である点である。
前提が「相手は悪人」とされてしまえば、事はスムースに動かない。

外資系金融に勤務していた時代、当時アジアのセンター・香港には頻繁に行ったが、
中国人との付き合いはいつも難儀した。
都合のよい時は公用語の英語で話し、一旦具合が悪くなると、
広東語や北京語などの現地の言葉を使って言い訳しようとする。
エキサイトすればするほど不明確になり、状況が混沌としていくパターンだった。

2005年あたりのミニバブルの頃、「皆で渡れば怖くない」と、地方の中小企業も
中国に進出していった。
言語もできず、また信頼に足るべき人材もいない中で、
15億人という(魅力的な)大市場であるとの位置付けで、
「最終的には日本的な善が通じるだろう」とする安易な進出だった。
結果は推して知るべしである。

9月29日に日中国交正常化40周年の節目を迎える直前の27日の国連総会で、
日中両国は尖閣列島(沖縄県)の国有化を巡って激しい応酬を交わした。
日本が国際法に基づく対応を訴えるのに対して、中国は「歴史問題」に論点をそらし、
楊外相は「日本が日清戦争で尖閣を盗んだ」と批判した。

今更言うまでもないが、1885年明治政府は現地調査を開始し、
清(現在の中国)の支配が及んでいないことを確認し、
1895年日本領土とする閣議決定をしている。
国際法では、どの国にも属さない土地を先に支配してその意思を示すことを
「先有の法理」と呼ぶが、これが(日本が)日本領土とする根拠となっている。

中国側の主張は余りに強引で、紹介しても致し方ないので割愛するが、
「日本を盗人」扱いするのは失礼の度が過ぎている。
いずれにしても中国が尖閣列島の領有権に固執する理由は、
豊富な漁業資源や石油・天然ガス資源にあることは明白である。

今回の尖閣事件が契機となって、中国の120を超す都市で暴動が起き、
日系企業が襲われた時である。
デモではなく、無差別な“テロ”の様相だった。
薄気味悪いと思ったのはデモそのものだけではなく、終わらせ方にもあった。
北京の公安当局が9月19日朝から反日デモを禁止する指令を出すと、ぱたりと止んだ。
その徹底ぶりはデモ自体が指示ではなかったと思われても致し方ない状況だった。

大衆の不満を取り込みながら、そのパワーをデモという形で政治過程に組み入れ、
相手国に圧力をかけ、外交ゲームを有利に運ぼうとする策略に見えた。
すぐに止められるということは、すぐに始められるということである。
日本が更に踏み込めば、何が起こるかわからないぞという、
一種の“脅し”をかけたことになる。

20世紀前半であれば間違いなく戦争勃発の状態になっている。
そして巷間では、中国の某高官が、
「日本国民1億を全滅させるために中国の1億人が犠牲になっても、中国はビクとも
しない」と言明したとも伝えられている。

世界は大国にしてはいけない国を大国にしてしまった。
情報を総合して調整し、物事を進めていく能力は今の野田政権にはない。
万事、誠に面倒な状況である。
綱渡りのイライラする状況が続いていく…

2012年10月06日

1兆円企業となるユニクロの今後

この20年の間に、銀座の目抜き通り・中央通りで男性用商品の売り場が激減した。
バッグや宝石等を中心に、世界的に有名な女性用の高級ブランドの店が次々に開店、
銀座は女性専用の街と化した。
男性用の下着などは、売り場所を探すのにさえひと苦労する。
しかも、売り場があったとしても非日常的な高価なものばかりである。

そして今年になって、銀座・中央通りの人の流れまでも変わった。
原因はユニクロが開店したからである。
“老舗の高級店が売り”の銀座にユニクロが大々的に進出したことで、
10代後半から20代前半の若者が我が物顔で闊歩するようになった。
ここは渋谷か?と思わせるくらい、銀座はカジュアルな街になった。

山口市に本社を置く(地方企業の)ファーストリフティングが、
2013年8月期に1兆円企業となる。
全国区に躍り出た原動力は、ユニクロを中心にした「(服づくりの)革新性」。
1998年、当時1着1万円以上が当たり前だったフリースを1900円で発売、
日本全国に「フリースブーム」を巻き起こした。
以降国内の衣料品市場ではユニクロが先行し、他社が追随するという構図が
続いてきた。

「服は部品」であり「究極の普段着を作る」とするユニクロの理念は、
今後も通じるか否か。そしてユニクロは国際的衣料企業となり得るか。
12年8月期の国内既存店の売上高は11年8月期を0.5%下回り、
消費者の支持のバロメーターとなる既存店の客足は5.3%減となった。
ユニクロ側では「成長の踊り場」と位置付けているが、実態はどうなのか。

男性のファッションについて考えてみたい。
(日本の)男性のファッションは「オフィシャル」と「カジュアル」の垣根は明確である。
オフィシャルの代表はスーツ(背広)であり、カジュアルとはかれこれ30年前までは
“パジャマ”だった。

しかし米国風に(金曜日の)ノー・ネクタイ・デーなどが流行し始めると、
背広族は困り果てた。
80年代から流行し始めるゴルフ用の服装では職場にマッチするはずがない。
「究極の普段着(公式に通用する普段着)とは何か」がテーマとなった。

結局辿り着いたのが、米国中心のカジュアル服だった。
しかし全てが高価だった。
こうした隙間を狙って、日本の衣料メーカーが男性のカジュアル部門に進出していった。
しかし全てが空回りで、日本の代表的なカジュアルブランドは定着しなかった。

残念ながら現在の日本製のカジュアル服は40歳以上の年代には着用不可である。
(草食系男子を対象にしてるからなのか)細身過ぎるからである。
自分の場合、「(従来の)LかMとLの中間」がメドだった。
そのサイズは現在の「2L」に相当する。
そうしたサイズを解消してくれるのは外国製のみ。

ここで究極の選択である。
例えば日本製であれば1万円で、外国製が3万円だとする。
(過去の経験から)日本製は1年で型崩れし、ファッション性も安定しない。
その点外国製は何回洗っても型崩れせず、ファッション性も問題ない。
1年毎に買い替えるか、3年間丁寧に使うか。使う費用は同じである。
自分の好むような製品に出会う機会も少なく、総合的な「費用対効果」を考えた場合、
日本製は(特に男性用は)確実に無駄なような気がする。

ユニクロの商法は、
「(売れ筋を追いかける)使い捨て」をテーマにしているように見える。
結局、「洗って何度も着る」ことをされたら、ユニクロのビジネスは成り立たない。

ユニクロの現商法=柳井商法は果たして次代に通用するのか?
できればユニクロの製品を使いたくないと思うのは自分だけだろうか…


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