2013年06月29日

日本は本当に「世界」を知っているのか

ブラジルで開催されたサッカー・コンフェデレーションズカップ。
日本は、ブタジル、イタリア、メキシコと次々に敗れ、三戦全敗に終わった。
来年のW杯を占う前哨戦とみられていたが、
日本の実力が的確に見えた敗戦だった。

初戦のブラジル戦が典型的だった。
一度後手に回るとなかなか立ち直せない。
だから試合の入りで先手を取ることに注力する。
しかし先行した前半の自分たちの時間帯で得点できないと、
結局は“飛ばし過ぎ”となって後半にツケを払うことになる。
国際舞台で8強の常連となる国は、そうしたペースダウンを見逃さない。

「アジアでは絶対に負けられないプライドが日本にある」
「ただこういうところに来ると(相手にそれがあって立場が)逆になる」
「足りないものは“個”の力」
「過密日程は問題にならない。そういうこともひっくるめて実力」
エース・本田の言葉である。

日本のサッカーはJリーグが発足して20年、急速にレベルが向上した。
サッカーの本場・欧州で日本選手の活躍も目立っている。
6月4日には世界最速で5大会連続の出場も決めている。
少なくとも「アジアでは無敵」と言える状態にはなった。

しかし20周年を迎えたJリーグでは選手の海外流出が止まらず、
停滞感も漂っている。
日本のサッカーファンには熱狂的ではあるものの、
「日本国内だけのサッカー」として捉えている風潮もある。
こうした“自己満足”の環境が、日本のサッカーの更なる向上を止めている
要因になっている。

振り返って、発足直後の安倍政権は、
面白いように上がっていく株価や円安の流れを過信していた。
しかし巨大化した内外の市場を思うようには操れるはずはない。
日本株が急落した「5.23ショック」から1カ月、
日本の金融市場全体が不安定な動きの中にいる。


市場は全ての政策に精通しているわけではない。
しかし項目を並べただけで終わるのか、
岩盤のような規制を崩そうとしているのか、
識別する眼力は備えている。
様々な出来事に瞬時に反応する市場に、
場合によっては何年もかかる成長戦略をどう訴えていくか。

政府ばかりを責めているが、では日本国民はどうなのか。
経済が停滞しているとはいえ、日本の生活水準は高い。
誰もが積極的に動こうとしていないように見える。
多分「日本は無理をして変わる必要がない」との考えが根底にある。
「高所得国である」ことがデフレと経済停滞の最大要因になっている。

巷間では「アベノミクスは国内投資家の及第点を得ている」としている。
しかし黒田東彦総裁が率いる日銀が、根雪のようなデフレ心理を溶かすのは
容易ではない。
今回の施策、黒田総裁が繰り返していうように「やってみなければ分からない」
という(学者特有の)実験的な要素は否めない。
“壮大な実験”が失敗したらどうなるのか。

官も民も含めて、日本全体に「(本田のいう)“個”の力のレベルアップ」が
必要な時だと思う。
日本は本当に「世界」を知っているのか。
もう一度冷静になって考える必要がありそうである。


2013年06月23日

大学入試の30年振り大改革構想

大学入試制度が大きな改革に向けて動き出している。
1979年に始まった共通一次試験とそれに続くセンター試験で、
日本では30年以上にわたり年1回の共通テストが受験生の人生を左右してきた。
こうした一発勝負の選抜方式の弊害や知識偏重の受験勉強などへの批判は
以前から根強くあった。

今回、文部科学省が導入を計画しているのは全国統一試験「到達度テスト」。
これは高校在学中に複数回チャレンジできる仕組みになっている。
欧米各国が多面的な評価で大学進学者を選抜する中、
制度疲労が指摘される現行の大学入試センター試験が変わることへの注目度は高い。

しかしこうした制度改革の裏側には少子化現象があるのは否めない。
1992年には205万人だった18歳人口が今年は123万人と、
20年余りで4割近く減少している。
一方で新設大学は増える一方。
そして現在800を超える大学の中には定員割れを起こしている大学も少なくない。
実質的には「大学全入時代」が始まっていることになる。

残念ながら自分は共通センター試験なるものを経験していない。
概念として、当時の旺文社主催の全国共通摸試あたりだと思う。
当時は全国レベルで番数が出されていたし、
希望校別のランキングもキッチリ出されていた。
それにも増して、自分の出た高校の成績ランキングで、
受験すべき大学のランキングがキッチリ選別されていた。

当時はベビーブームのまっただ中で、入学倍率は20倍が普通。
出身高校では
「な~に1番になれと言っているのではない。
2万人受けて1000番以内に入ればいいんだ!!」
といった風潮。
落ちこぼれうんたらかんたらは一切受け入れてくれなかった。

青春とは何だ?というテーマもあるにはあったが、
青春を楽しみたいなら受験など止めてまえと言った、少々乱暴な雰囲気もあった。
とにかくやるしかない、クリアできなければどうにもならないんだ
といった必死感・悲壮感もあった。

そうした雰囲気の(典型的な受験専門)高校だったから、
同窓会を開いても誰ひとり高校の校舎に行きたいという者はいない。
担任の先生にも会いたがらない。
寄付を募っても集まりも悪い。
一種のトラウマ状態になっている。
歪だと言われれば確かにそうかもしれない。

ただ青春まっただ中の高校3年間、
わき目もふらずに(実は必死になって見ない振りをしているだけだが)
大学受験という“戦争”に、真摯に向き合って突き進む時代があって
いいのではないか。

世の中、超天才連中はいるにはいる。
彼らは恋もしスポーツを楽しみ、趣味の世界に浸りながら
大学受験というバリアをクリアしていく。
それは千人どころか万人に一人の例。
自分のような凡人には、そういう苦闘の時代があったからこそ、
曲りなりにも今がある。今になってそう思う。

最近の受験を巡る環境は、受験生に甘いのではないかと思う。
そうした甘えの環境が日本の学力を減退させている。
若かりし頃「今時の若者は…」というフレーズに限りなく反発したが、
好むと好まざるとそういう上から目線の言い方をするしかない。

やる時はやる!!といったキッパリ感があっていいのではないか。
制度改革が頓着されているが、本質は制度の問題ではなく、
受験生自身の問題であろう。

2013年06月15日

変貌する(進化する)為替取引

1980年代後半、
1985年9月のプラザ合意の余波を受け為替取引が拡大していく中で、
金融市場の最前線にいた私は、専門雑誌に乞われるまま「静かなる為替取引」と
題する為替市場の将来像について小文を書いた。

当時は電話回線を通して、声のディーリング(ボイス・ディーリング)が
取引の全てだった。
ディーリング・ルームは魚市場や青果市場と同様の、どデカイ罵声が飛び交う
「やっちゃ場」だった。
しかしその時代も終わるだろう、
コンピュータを中心とした”静かなる為替市場(声の必要のない為替市場)の時代”
が来るだろう、と書いた...

発表した当時は
“そんなことはあり得ない”
“ボイス・ディーリングは不滅”といった声が大勢だった。
また突飛なことを言って!という批判も受けた。
書いた自分も、まぁ20年ばかり先の話か、などと高を括っていた。

ところが1998年の外為法が改正され、
個人投資家が市場に直接参入できるようになり、
IT技術も驚くばかりの進歩を遂げ、為替市場は一変した。
日本の主婦投資家を揶揄したミセス・ワタナベが世界に認知されて久しい。

そして今やPCの時代からスマートホン(スマホ)の時代となり、
24時間、所構わず為替取引ができるようになった。
日本国内は勿論、海外においても環境は全く同じで、
通貨取引は「完全に国境を越えた」格好となっている。
アベノミクスが先頭を切った今年、個人投資家の4月の取引高は443兆円と
過去最高値を更新した。

こうしたITが中心となったの金融市場で「ビットコイン」が注目を集めている。
このビットコインとは2009年に生まれたインターネット上の通貨。
独自の暗号技術でつくられ、ネット通販の決済や送金に使える。
ドルや円の交換レートは需給状況で変動し、
管理や決済はパソコンやスマホ上で行われる。

最大の特徴は「政府や中央銀行から自由な通貨」という点である。
技術は端末同士直接通信しあうピア・ツー・ピア(P2P)を使い、
人為的な通貨量の調節は難しい。ただ謎も多い。
開発したのは欧米のハッカーとも日本の数学者とも噂される「中本哲史」と
いう人物だが、真偽のほどは不明である。
その他、改善と整備は世界中に散らばる技術者があたっているとされるが
詳細もまた不明。

結局「(政治家が動かす)国家が間違える」と考えた投資家が、
安全に資産を国外退避できる通貨としたのがビットコインになったことになる。
この「国境がない通貨」に対して、当然ながら当局は警戒する。
マーネロンダリングに使われないか等々…
都内にある専門ベンチャー企業の4月の取扱高は累計500億円になったという。

金融の歴史を振り返れば、貨幣は金本位制のくびきが解かれて自由度が増し、
経済も発展した。
それが更に自由になれば市場の偏向や不均衡も解決するかもしれない。
「ネットが生む新たな経済」。
資本主義を新たな段階に導きそうな気配だが、行きつく先は果たして…

2013年06月08日

見抜かれたアベノミクスの欠点。チラつくソロスの影

金融市場が荒れている。
日経平均株価は15,000円台から下押し先行、13,000円を割り込み、
ドル円に関しても95円台まで下落している。
鳴り物入りで掲げられたアベノミクスではあったが、
米ファンド筋に弱点を見抜かれ、元の木阿弥になり始めている。

そもそもアベノミクスとは何だったのか。
アベノミクスは「三本の矢」を掲げた。
一本目は「大胆な金融緩和」、二本目は「機動的な金融緩和」
そして三本目は「成長戦略」である。
一本目と二本目は過去の自民党政権がさんざん使い古した政策。
三本目の「成長戦略」に至っては、ここ40年、
実現にするのに成功した(世界の)政治家は二人しかいない。
それは1980年代の米大統領ロナルド・レーガンと
英首相マーガレット・サッチャー。

成長戦略とは、結局は「規制緩和」と「規制撤廃」に他ならない。
こうした政策を実行に移せば、規制で守られていた産業が先に潰れ、
大量の失業者が出ることになる。
当時の失業率は米国で10%、イイリスで20%近くになった。
当然ながら退陣を迫られることになる。

その二人の功績が認められるのは米国ではビル・クリントン、
そして英国ではトニー・ブレアの時代になってからである。
つまりは15年のタイムラグがあり、
最初に手掛けた政治家は「(大量の失業者を生んだ)戦犯」の烙印を
押されることになった。
果たして日本の政治家がそのような政治生命を賭したリスクを負えるのか。

確かにアベノミクスは、
悲観的なことを言い続けた民主党政権の後では、一種の気分転換にはなった。
しかしアベノミクスの根幹手法は
「金融緩和によって市場に資金を大量に供給する」ことであり、
この20年、この政策が実行されるのは三回目。
日本は既に1999年からゼロ金利政策を継続しており、市場には資金が
ダブついている。

日本経済の問題の本質は「お金がない」ことではなく、
「個人にも企業にもお金の需要がない」点である。
例えば日本の個人資産のほとんどが銀行に預けられている。
背景としては、戦後の国策として貯蓄が奨励され、銀行にお金を集めて
産業政策を行うという手法が定着、このアナクロな手法を断ち切れていない。

企業にしても、今や銀行から資金を借りて設備投資を行う日本の企業は稀。
大企業は(必要であれば)社債を発行して資金を調達する。
中核企業は、かっての貸し渋り・貸しはがしに懲り、
減価償却と自己資金の範囲内でしか設備投資をしなくなっている。
その他の小規模企業は金融円滑化法で守られ、不良債権の返済を延ばして
もらっている状態で、設備投資どころではない。

かくして銀行は資金の使い道がないまま、結局は国債を買い続けることになる。
その総計は約270兆円。
さらに今回の金融緩和で日銀は、銀行から国債を買い取り、銀行に資金を供給
することで市場に資金を供給しようというのだから、
まるで”不毛なドッジボール”状態になっている。

今回の株式反落や円高回帰にはヘッジファンドの雄、ご存じ、ジョージ・ソロス
の登場が取り沙汰されている。
たかがソロス、されどソロス…

参院選を7月に控え、アベノミクスが「アベのリスク」と言われ始めている。
何やら怪しい雰囲気になってきているが、さて….


2013年06月01日

欧州港町の風景(4)

今、欧州港町の古都ジェノバにおります。
日本は梅雨に入ったとの情報が入りましたが、ジェノバは初夏模様で太陽燦々。
そうした天候につられ、日本の京都に似たジェノバに、今日はお土産の買い出し
に出向きました。

ジェノバは、スペインの血が混じることから”美人の産地”と言われています。
確かに、今も昔も、道行く女性には美人が多い。
だからどうした、と言われそうですが、ジェノバを最後に旅行は終了します。
最後はきれいなもの(!?)を見たいという、私の願望ではあります。

明日は原点の仏・マルセイユに戻り、パリ・ドゴール空港から帰途につきます。
相変わらずアッという間に終わってしまいました。

今回の旅行は「ユーロ経済は大丈夫なのか」を確認するためのヒントを得ることを
最大のテーマにしておりました。
正直言えば、欧州各地の港には活気があるとは言えず、
ややもすれば実家・富山湾方面と大差なく、果たして大丈夫なのか?
という懸念は残りました。
しかし、戦艦大和もかくやと思わせる巨大客船の中は、人種のるつぼの中で熱気が溢れ、
不況なんてどこを吹く風といった状況にありました。

確か30年前のクルージングもこうした暗欝の状況にありました。
プラザ合意直前の沈滞ムードが欧州全体を覆っておりました。
欧州は、多分、(表面的には)ずっと不況なのだと思います。
地続きの国々が好況に踊ったことがなく、いつも何らかの問題を抱えている...
そんな風に捉えればさして心配することもないと考えています。

私がユーロを信じるに至った理由は、簡単明瞭です。
今から30年前、西独(当時)フランクフルトで金融市場に対峙していた折、
同僚から以下の内容を繰り返し言われていました。
「我がドイツ民族は世界最強である」
「近い将来、ドイツは米帝国主義を凌駕する」
「原爆被爆まで頑張った日本を信頼し、これからも支持する」
「世界の君主たるドイツは、日本をドイツに次ぐ第二位と位置付ける」

酔っては繰り返し宣言されました。
あまりに強い酒を飲まされ、気が遠くなりながら、
彼らの言葉が体全体に染みついていきました。
バイキングの流れを汲む「刃には刃を」のファイティングスピリッツを持ちながら、
実直で、質素で、頑固な彼らの言葉が今の自分の論理の根幹となっています。
ドイツは1943年に締結した日独伊三国同盟の仲間意識を忘れてはいない。
何があっても、ドイツがいれば負けない!!!

現在は米ドル、ユーロ、中国元の三大通貨の時代になっています。
それぞれに問題を抱え、消去法の選択にならざるを得ませんが、
私はドイツのいるユーロを絶対的に信じたいと思っています。

今回のクルージングには、もうひとつ意味を持っていました。
30年前は”(無理やり)参加させてもらった”格好でしたが、
果たして今回は本当に通用するのか否か。
欧州のセレブの仲間に入れてもらえるかどうか...

確かに貧富関連の問題もテーマにはなります。参加費は馬鹿になりません。
それよりも重要なのは、やはり中味の問題になってきます。
幾多の海外経験から、それなりに対応できたと自負はしています。
ただ十分ではない。引き出しにもっともっと詰める必要があると痛感しました。

少々苦言を呈するとすれば、新婚さんや、いわゆる日本のオバチャン族に
このようなクルージングはタブーです。
今回のクルージングでは、さすがに(日本の)新婚さんは見受けませんでしたが、
計算機片手にブランド品を買い漁るおばちゃん族を散見しました。
正直言って”場違い”です。

このようなクルージングは、与えられた環境に感謝しながら、自分を見つめなおし、
与えられた時間を読書三昧等で充実した時間を過ごしつつ、
中味の詰まった方々との交流を深める。
それこそ(本当の意味での)セレブの世界であるべきです。
観光を目的とするなら、こうした”澄み切った世界”を舞台にしてはならないと考えます。

10年後に再度このクルーズに参加したいと考えています。
その時、今回の光景がどのように映るのか、楽しみでもあり、怖くもあります。
しかしアッという間でした。夢のような時間でした...


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