2013年10月26日

膠着する円、上伸するユーロ

ここ2カ月、外国為替市場で円の膠着、ユーロの上伸が目立っている。
ドル円は97~100円のレンジ相場、かたやユーロ・ドルは、10月24日、
2011年11月以来の1.3800㌦台に到達、米財政騒動の中で明暗を分けている。

一連の米財政騒動について触れてみたい。
10月16日夜(日本時間17日午前)、米議会の上下院は、
来年2月7日まで連邦政府の国債発行を認める暫定措置を含む法案を相次いで可決、
米国が国債の元利金などを返済できなくなる債務不履行(=デフォルト)は回避され、
1日から一部閉鎖が続いた米政府機関の活動も正常に戻った。

こうしたギリギリの決着となったのは、
下院共和党が、政府機関の閉鎖解除や債務上限の引き上げの条件に、
医療保険制度改革法(オバマケア)の見直しを強硬に要求、
もみ合いが続いてきたからである。
オバマ政権は2014年1月から原則として全国民に保険加入を義務付け、
国民が医療サービスを受け易くなる体制を目指していた。

オバマケアの法案そのものはオバマ政権1期目の10年3月に成立した。
しかし巨大な財政支出が必要なため、
「小さな政府」を志向する野党・共和党が猛反発してきた経緯がある。
ちなみに故ケネディ大統領やクリントン大統領等の歴代民主党政権も
医療保険改革に挑戦してきたが失敗している。

しかしこれで財政問題を巡る議会の対立が解消されたわけではない。
議会が承認した予算(歳出法)を執行するための国債発行に、
議会自らが枠をはめる「債務上限の仕組み」は変わっていない。
下院で多数派を握った共和党は2011年以降、財政問題でオバマ政権を揺さぶる
戦略を採っている。

財政問題が絡んだ議会の迷走は、昨年末から今年初めの「財政の崖」、
3月に発動された歳出の強制削減、そして今回の暫定予算・上限で、今年三度目。
そしてその暫定予算は来年1月15日で失効し、
必要な国債発行が容認されるのは2月7日まで。
更に年明けには14会計年度の歳出を自動的にカットする「強制削減の発動の期限」
が控える。

つい最近までの日本の政局と同じ“ねじれ”状態が続いているわけだが、
争点は医療保険制度を見直すオバマケア。
14年1月からは全ての米国民の保険加入が医務付けられるが、
財政支出を嫌う反対も根強く、共和党が再攻勢をかける公算は大きい。

かくして、「まさか米国が財務不履行を??」とは思いつつ、
とりあえずは“安全パイ”のユーロを買っておくか、という流れにある。
一方、一時は「安全通貨」と言われた円を買う動きは鈍い。
アベノミクス効果は継続している、とは思えないが、
「サプライズを期待できない日本の通貨を買ってもな...」という雰囲気にある。

1㌦=100円、1ユーロ=130円で定着でよしとすべし、との考え方もある。
しかしテクニカル的には円絡みのチャートが全て崩壊、
円高リスクが大きくなっている。
「大きく動くとすれば円高」と思う。
嵐の前の静けさか...


2013年10月19日

ビッグデータが金融市場を変え得るか

金融融工学とIT(情報技術)の進歩により、
投資の世界にまた新しい潮流が生まれつつある。
桁外れのデータを蓄積し、瞬時に処理するビッグデータ分析である。
この手法はこれまでの投資の世界の常識を塗り替える可能性を秘めている。

「上がるから買う」「買うから上がる」。
そして相場が過熱し、「売りが売りを呼び急落する」という反動がくる。
よく知られる相場の一連の動きだが、売買注文のバランス具合は、
雰囲気や勘で読み取るしかなかった。
ビッグデータ分析は、
そうした“目に見えない”感覚を数値化しようとするものである。

金融工学は20世紀後半から運用の世界に次々と革新をもたらしてきた。
特に1980年以降は、
数学や物理学を駆使するロケット・サイエンティストたちがウォール街に流れ込み、
デリバティブ(金融派生商品)やコンピュータによるプログラム取引を開発した。

一方で、1998年の米ヘッジファンドLTCMの破綻や2008年の金融危機では、
最新の金融理論の落とし穴も明らかになった。
「投資家が恐怖心から売買を見送り、市場の流動性が乏しくなる」という
“異常事態”に従来の理論は対応できなかったのである。

金融工学は統計論や確率論を基礎としており、
数学のモデルから外れる予想外の動き(=市場の突発性の動き)を想定していない
(=機能しない)のが明白になったのである。
要は「実戦的でない」ことが判明したのである。

ビッグデータはそうした“市場特有の突発的な(きまぐれな)動き”も
データとして取り組もうとする。
具体的にはネットに溢れるニュースやプログ、
そして「ツイッターのつぶやき」などの分析を投資判断に生かす試みである。

現代はIT機器が劇的に進化、データ処理能力の劇的な向上により、
学域を超えた研究も可能にしている。
端的に言えば、「物理学と金融のデータが結びつく」時代には違いない。
物理学の粒子の動きを説明する理論から発展、
「価格の動きの裏に潜む法則」の研究がなされても不思議ではない。

かくしてネットに溢れる膨大な言葉を掘り起こせば、
分析が難しかった投資家の心理を随時掴める可能性はある。
理論上とは言え、
「言葉や画像など、数値として取り扱えないデータの活用」は可能かもしれない。
要は、現代のコンピュータは
「ネットに溢れる膨大な情報を一瞬にして消化する能力がある」のもまた間違いない。

現代は、巨額の資金が、
ブック上(帳簿上)とは言え、グローバルにかつ瞬時に動く時代である。
そうした“驚異的な”時代に対峙して思う。
「先端技術がオールマイティである」、
つまりは「先端技術が人間の能力を凌駕し得る」という考え方は不遜ではないか。
いくらデータを集めまくっても、人間の考え方・不安感を、
近未来、中未来、長未来にわたって全て支配できることは不可能ではないか。

考えてみれば嫌な時代である。
根本は「人間を信用しない」ことから始まるのだから。

2013年10月12日

作家・山崎豊子さんの死を悼む

社会人になって購読し続けている週刊誌は「週刊文春」「週刊新潮」。
月刊誌は「文藝春秋」。
なぜその三種かと言えば、中身が濃く、
連載小説に骨太のものが多かったからである。
日本の最新鋭の作家が執筆している(と考えていた)。だから外せない…

その週刊新潮8月29日付通巻2904号から
山崎豊子作「約束の海」の連載が始まった。
久し振りに「山崎豊子の世界」が始まる…至極楽しみにしていた。

海上自衛隊の潜水艦に乗る主人公と、帝国海軍軍人として真珠湾で捕虜になった
その父の、過酷で壮絶な人生の物語。
読み始めて感じた。いつもの重厚な山崎ワールドが広がってる…

連載第6回が掲載の10月3日号が出た翌週初、30日(月)午後、
「10月29日、作家・山崎豊子死去、享年88歳」のニュースが流れた。
聞けば、現在連載中の第一部全20回、約500枚に及ぶ原稿は仕上がっているという。
ひたすら小説を書き続けて56年、
「小説を書くこと以外に趣味はない」と公言する、
一流作家の“業(ごう)”を垣間見た思いだった。

1957年(昭和32年)に「暖簾」を世に問うや、
翌1958年「花のれん」で直木賞受賞という“華やかなデビュー”だった。
週刊新潮・1959年(昭和34年)1月5日増大号から連載が開始された
「ぼんち」と共に、大阪・船場・三部作として大評判を呼び、
山崎豊子の職業作家としての地位を固めていった。

次いで1963年9月からサンデー毎日に連載が開始された
(大学病院の権威主義を題材にした)「白い巨塔」、
1970年3月から週刊新潮で連載が開始された「華麗なる一族」、
山崎豊子・戦争三部作と言われる「不毛地帯」(1973年)、
「二つの祖国」(1980年6月)、「大地の子」(文藝春秋1987年6月)。
日本航空の内部を題材にした「沈まぬ太陽」(週刊新潮1995年1月)、
そして2009年に出版された(外務省機密漏洩事件を題材にした)「運命の人」が
事実上最後の大作となった。

ザッと著作を並べてみたが、上記の大作の全て、それも複数回読み返している。
(個人的に)特にどれが印象的かと問われれば、「不毛地帯」。
これは同郷(富山県)の旧満州国・陸軍総参謀長・中佐で、
伊藤忠商事・元会長・故瀬島龍三氏を題材にしたものだったからである。
一度だけだが、瀬島氏本人との面会をさせてもらっていることもあって、
内容がリアルだった。
必然的に何回も読み返した。

こうした一連の山崎作品に病みつきになるのは、毎日新聞出身で、
テーマが決まれば“取材の鬼”と化する山崎さんが、
その綿密な取材を通して、人間の醜い欲望や冷酷さを容赦なく描いているからである。
その点から言えば、戦後最大の社会派作家と言われた故松本清張氏の著作に
味付けや書き方が似ている気がする。

10月10日、いつものように週刊新潮が発売され、連載第8回が掲載されている。
残るはあと12回…全部読みたい…
本当に残念な気持ちでいる。

2013年10月05日

楽天優勝で変わる球団経営

2004年のプロ野球再編問題を経て、
同年秋に50年振りの新規球団として誕生した東北楽天イーグルスが初優勝した。

立役者は開幕23連勝、昨年から通算すれば27連勝という“世界記録”を樹立した
エース・田中将大であることはご存じの通り。
23勝ゼロ敗。楽天の勝ち数と負け数の差は全て田中が勝ち取ったもの。
誰が見ても文句の言い様がない、完璧なMVP(最高殊勲選手)である。

新球団・楽天の船出は惨憺たるものだった。
最初の試合こそ岩隈久志の完投で3-1で勝利したが、2試合目は0-26で大敗。
その後も負け続けて初年度は38勝97敗1分け。
各球団から寄せ集めた集団はとてもプロとは言えなかった。
まさに“お荷物”だった。

そんなボロ球団を立て直したのは、名匠(名将)・野村克也監督(と思う)。
初代が田尾安志、二代目が野村克也、三代目がM.ブラウン、4代目が星野仙一。
現監督の星野さんには悪いが、はっきり言えば“いいとこ取り”。
根幹の土台は野村さんの手によるものと思う。

今年の楽天の快進撃は、球団経営にも更なる改革の風を送り込むことになった。
経営の原点はサッカーだった。
プロ野球に参入する前の2004年、楽天・三木谷浩史オーナーは、
当時J1だったヴィッセル神戸のオーナーに就任していた。

いざ運営を始めてみると、スタジアムという大きな壁が立ちはだかった。
チームにスタジアムを運営できる権利がなかったのである。
スタジアムを管理する第三セクターの反応は冷ややかだった。
アイデアを出しても次々に否定された。

「仙台という百万人都市にプロ野球ビジネスを成り立たせるにはどうするか」
が最大のテーマとなったが、結局はサッカーでの失敗が効くことになった。
全面改修して寄付する見返りに、本拠地Kスタ宮城の「運営権」を獲得することに
成功したのである。

かくして30億円規模のスポンサー収入を得るほか、
球場そのものの概念を変えるMLB(米大リーグ)様式の「ボール・パーク」構想が
練られ、次々に実行された。
球場で数々の多彩なイベントが開催・確立され、
「負けてばっかだけど、球場に来て楽しかったね」と言わせるシステムが
出来上がったのである。

“(全くの)お荷物or負け犬”であるはずの楽天が、1年目に1億6千万円の黒字を
計上すると、パリーグは勿論、球界全体に大きな衝撃が走った。
「プロ野球というビジネスに全く関わったことのない“素人集団”だった」
からできたことではあったが、
従来の放映権収入に頼らない「楽天モデル」が球界全体に徐々に広がっていった。

今年は北三陸を舞台にしたNHK朝の連ドラ「あまちゃん」が大ヒットするなど、
3.11東日本大地震から2年半、遅々として進まない復興を背景に、
日本全体に東北復興待望の流れとなり、楽天の優勝もその流れの中にあった。

エース・田中将大は今年の活躍により年俸高騰は必至で、
(結果として)MLBに移籍する可能性が高く、
田中抜きの楽天がこのまま王者として君臨することは考え難い。
がしかし、楽天は間違いなく日本のプロ野球を変えようとしている。

カテゴリー

アーカイブ

最近のコメント