2014年01月25日

アベノミクスの検証 その(2)消費税問題

13年10月、
安倍政権は14年4月から予定通り消費税を3%引き上げ、8%にすることを決定した。
そして「経済状況を勘案して判断する」との但し書き付きで、
15年10月には更に2%引き上げて10%にすると宣言している。

現在日本の公的債務は約1千兆円。GDP比でみると224%で、
米国や英国の約2倍まで膨れ上がっている。
(世界的な論調として)今後公的債務の膨張を防ぐためには消費税を35%まで
上げなければならないと試算されている。

35%という数字は少々極端にしても、
「中長期的には20%まで引き上げなければ財政は破綻する」との考え方が
定説になっている。
結局、15年10月に予定されている消費税10%を実現した途端、
更なる引き上げを議論しなければならない状況である。

日本の債務は全て円建てであり、9割以上の国債を日本の居住者が保有しており、
資金調達に困難をきたしていないという意味では「危機ではない」と考え方が
あるにはある。

しかし国債を国内で消化できるという前提は崩れ始めている。
団塊世代が大量に退職し、収入減となったため、貯蓄額の目減りが始まっている。
これまでは過疎地域の現象ではあったが、現在は首都圏の金融機関でも
起き始めている。
「高齢者の貯蓄によって国債を賄う」というこれまでの構造に変化が起き始めている。

アベノミクスに則り、日銀が国債を買い続ければ確かにインフレが進む。
ただどこかのタイミングで金利は必ず上昇する。
金利上昇を抑えるためには更に日銀が国債を買わなければならない。
するとインフレが更に進む傾向になり、今度は市場への資金供給を減らすために、
今度は日銀が国債を売らなければならない。
すると金利が上昇する…

つまりはこのままズルズルと金融緩和策を続けていけば、
金利とインフレのどちらかが上がり過ぎて日銀にはコントロールできなくなる。
そういう最悪の局面が、早ければ数年後に来てしまうリスクをはらんでいる。

そうした事態を防ぐためには、
まず増税主導の財政再建によって「日本の財政の健全性が担保されている」と
国際市場から信任を得る必要がある。
現状のように後先を考えずに緩和を続けるのではなく、
財政健全化という「出口戦略」が綿密に練られる必要がある。
財政健全化とは結局は増税というシナリオである。

日銀の黒田東彦総裁の唱える
「インフレ率を2%に安定的に推移させることができれば、出口戦略を考える」との
考え方には一理はある。
だが結局は、日本国民は消費税を始めとした増税の嵐に巻き込まれるのは必至の状況。

日経平均株価の上昇によって、日本経済がよくなったと空騒ぎしている。
だが最近、
アベノミクス相場は、早ければ2月にクラッシュするとの噂が流れ始めている。
キーワードは三つ。
「消費増税」「2月好材料出尽くし」「過熱感」。
危うしニッポン、果たして…


2014年01月18日

必然的な奇跡

1月13日の成人の日、第92回全国高校サッカー選手権最終日は
富山第一(富山)と星稜(石川)の北陸対決となった。
改築のため現在の国立競技場が舞台となるのは今回が最後。
そんな“歴史的舞台”を制覇したのは、
スポーツ僻地と呼ばれ続けてきた北陸・富山の高校だった。
いうところの“奇跡”だった。

国立競技場での最後の大会も、幕が下りるまで(ロスタイムを含めて)5分強。
スコアは、サッカーでは安全圏と言われる2-0。
ちょうどその日にACミランでデビューしたOB本田圭佑を祝うかごとく、
誰もが星稜の勝ちを予想した。
だが後半の42分過ぎから富山第一のスぺクタルな史上に残る大逆転が始まった。

左SBの竹沢からの低いパスを高浪が合わせまず1点。
ロスタイムにはその竹沢がゴール前で倒されPK獲得、主将・大塚が決めて同点。
押せ押せとなった延長線の後半終了間際の9分、村井が左足で決勝ゴールを決め、
富山第一が4166校の頂点に立った。

富山県の高校が全国一になったのは、
氷見のハンドボール、石動(いするぎ)のホッケーがあるが、
メジャーなスポーツで全国一になるのは史上初。
高校野球では甲子園で春夏通じて決勝進出はなく、1986年のセンバツで新湊が4強に
なったのが最高。全国高校ラグビー選手権や春高バレーでも優勝はない。

富山県における戦後70年の高校サッカーは、前半の35年と後半の35年に大別される。
前半の35年(1980年まで)は群雄割拠の状況ながら、進学校の富山中部が主導権を
握っていた。
それはサッカーそのものが日本でマイナーな時期であり、
富山大学付属小・中学校出身の生徒が富山中部に進学、
それが時として全国ベスト8まで進出するという快挙も成し遂げることになった。
これは必然的ではなく、あくまで偶発的なものであった。

典型的な進学校・富山中部での運動部活動は、伝統的に強制されたものでなく、
あくまで自発的で、生徒の気分転換のものとされ、同好会の色合いが強かった。
他の高校でサッカー熱が沸かなかったことも幸いした。
富山大学付属小・中のサッカーも、単なる“(教育の)実験の場”として
指導したものだったと思われる。

後半の35年は富山第一が中心になっていく。
富山第一の初出場は1979年。
だがそれ以降現在まで25回の出場を誇り、
99年と00年には2年連続して4強入りしている。
その背景には、93年95年に出場したOBで日本代表フォワードの柳沢敦の
存在が大きい。そうしたスターの排出が、“伝統”となっていったのは否めない。

今回の初優勝は、何と言っても大塚一朗監督の存在が大きい。
富山第一、法政大学、そしてアルビレックス新潟シンガポールの監督を経て
08年に富山第一のコーチに就任。10年から監督。
こうした正式なルートを辿った指導者によるパターンは、教育県・富山にはなかった。

埼玉・静岡・九州を中心とした表日本主導のスポーツ、サッカーで、
高校生レベルとはいえ、裏日本が覇権を握った。
北陸に全国制覇ができるわけがない、ましてや富山などに、といった一般的な論調を
ものの見事にひっくり返した。
こうした流れを人は奇跡と呼ぶ。
しかし、じっくり35年かけて夢を達成したと考えれば、奇跡とは呼べまい。

おめでとう、そしてありがとう富山第一!!

2014年01月11日

アベノミクスの検証 その(1)

安倍政権発足から1年が過ぎた。
「大胆な金融緩和」
「機動的な財政政策」
「民間投資を喚起する成長戦略」
の三本の矢からなる「アベノミクス」は一応の成功を収めている。
だがアベノミクスで日本は本当によくなるのか。
2014年初でもあり、数回に分けてアベノミクスを検証してみたい。

1998年からの15年間、日本経済はデフレ状態から抜け出せず、
消費者や投資家は物価下落を予想し、
消費や投資を控えようとするデフレマインドが定着した。

そうした地合いの中で、アベノミクスの根幹戦略である金融緩和とは、
日本の金融機関が保有する国債を日銀が買い上げ、
大量に資金を供給することで市場にインフレ予想を創り出し、
予想実質金利(名目金利マイナス予想インフレ率)を引き下げ、
為替や株式などに影響を与え、デフレを解消しようとするものだった。
「日本の市場マインドを(ある程度)変えた」という意味では成功した。

確かに欧米も中国も08年のリーマン・ショック後金融緩和を断行した。
しかしこの政策には副作用もついて回る。
米FRBのバーナンキ議長も緩和策から舵を切ろうとしながら
なかなか実行できなかった。
日本の関係者には「出口戦略の必要性の自覚」がないように見える。

現在の日本企業全体の内部留保は約270兆円。
銀行融資がなくても3年分くらいの設備投資ができる額である。
銀行界では「融資が増えつつある」としてはいるが、
住宅ローンの漸増が最大の要因である。
一連の「異次元の金融緩和」は、
日銀にある各銀行の当座預金に札束が積み上がっているだけというのが実態であろう。

欧米や中国では金融緩和でインフレが起きてはいるが、
90年代以降の日本ではインフレが起きていない。
根幹のロジックは、
需要数量が減っているのに供給数量が減らないことによる「値崩れ」であり、
根幹原因が消費者や企業のマインドではない。

2010年から2015年の間に約1千万人が65歳を越え、
一方15歳を越える世代500~600万人にしかいない。
この結果、15歳から64歳の生産年齢人口が減り続けるため、労働力が不足し、
失業率が低下し、有効求人倍率は上昇する。

結局、失業者も就業者も同時に減っていくことによって、
(現役世代を顧客にした)クルマ、住宅、家具、食品などの重要数量が減っていく。
だから経済は成長しないし、インフレも起こらない。
要は「率」の問題ではなく、「絶対数」の問題なのである。

アベノミクスは「期待に働きかける」という表現を多用する。
しかし期待だけで本当に経済が動くのか。
日銀の現政策でデフレを本当に退治できるのか。

「出口戦略を考えない戦略」は、1年半ほど優勢に進めたものの、
停戦のきっかけを見出せず破滅した第二次大戦の「真珠湾攻撃」と
同じロジックである。
「とりあえずやってみよう」とする短期戦略に、本当に明日はあるのだろうか…

2014年01月09日

S君への公開年賀状

S君、明けましておめでとう。
今年もよろしく。

賀状ありがとう。
今回の賀状には入籍の知らせと共に、
紋付姿のS君と、パートナ-となったN子さんの打掛姿の写真が載ってた。
なんか初々しくて、お雛様といったところかな。重ねておめでとう。
聞くところによると10年来の付き合いだそうで、“年貢”を収められましたか…

昨年、何年か振りに会って、月島もんじゃで一杯飲った時、
S君から質問されたのをはっきり覚えてる。
「結婚式ってやる必要ありますか?」って。

「あんなの無駄だと思うよ」
「豪華にやればやるほど、後になって空しくなる」
S君も賛同してくれて
「そうですよね、自分も何回か出たけど、何か空しい…」

ああいったセレモニーって、膨大なエネルギーも必要だし、不必要なカネが行き交う。
しまいには何のためにやってるのか分からなくなる。
そんなパターンを数多く見てきたから、経験値を言っただけだった。
で、S君も身内だけの簡略のもので済ました、って聞いた。
ど正解だと思うよ、少々N子さんには悪いとは思うけど。

S君との思い出は何と言ってもダウ・ジョーンズのDAILY版の翻訳だった。
今じゃ考えられないけど、世界の金融界で著名な通信社・米国・ダウ・ジョーンズが
一般の弱小会社に翻訳を依頼するなんて“奇跡”というしかなかった。

たまたま日本支社のトップが長年の知り合いで、やらせてもらったけど、
とにかく自分ひとりじゃどうにも手に負えない大仕事だった。
甥のNに「おい、翻訳チームつくるから誰か探してこいや!」って言って、
連れてきた何人かの中のひとりがS君だった。
長野県の国立大学を2年で中退して早稲田に入り直したS君は、
さすがに大人びていた。考え方もしっかりしていた。

チーム青柳は足掛け3年、計算したことはないけど、約750日、
毎朝3時からの難解な翻訳に取り組んだ。
毎朝3時からの翻訳は、土日を除いて毎日というのがミソだった。
酒を飲む日もあれば、体調の悪い日もある…
そんな苦闘の連続だった。「苦闘の750日」….

時折食事会(飲み会)を開催して、少々酔っては、
「しんどいけど、後になって絶対やってよかったと思うよ!」
と皆を叱咤激励した。
自分に関しても、あの翻訳作業を経験してからは、英文→日本語翻訳は全く
苦にならなくなった。やり遂げたという自信がついた。
甥のNもそうだけど、S君もきっとそうだったと思う。

その後S君が商社に入り、ロシアに派遣され、ロシアの大学に入ってロシア語を
マスターし、難解な取引に携わったと聞いている。
さすがだよなS君。
ま、これは単なる噂(冗談!?)だけど、あのプーチン大統領と知り合いになり、
娘の婿にどうだ!って言われたそうだな、ほんとかよ!
あのプーチンに睨まれたら殺されるよ(笑)
S君が日本にいない間、甥とそんな話を酒の肴にしてたよ(笑)

国際派のS君の実家が日野だとは知ってたけど、現状所が分からず、
賀状を出すに出せなかった。
今回は住所が分かったけど、いつまた海外に行くか分からない。
また今回は簡単に済む話じゃないし、少し丁寧に長めに話してみっか、
んじゃネットで返事してみようか、ってなった次第。

とりとめのない冗談ぽい話になったけど、N子さんとどうかお幸せに。
近々に月島もんじゃでも、築地のすしでも、気軽に一杯(いっぱ~い)やろうや!!

追伸:奥さんのN子さんも大歓迎すっから、是非どうぞ!!


2014年01月03日

5555円の領収書

日付は定かではないが平成25年11月初旬のある日、
いつものように銀座HIDORIの“青柳シート”でぼんやりグラスを傾けていた。.
つかつかと近づいてきた店長のMさんから「少々お時間よろしいですか?」と
いつになく真剣に話しかけられた。
痩身のMさんは同郷(富山県)で、六本木のライブハウスにおられた時からの
知り合い。店内で会ってもさらっと目線で挨拶を交わす仲である。
「ええっ、何だ?」「(酔って)何か不味いことでもしたか…?」

「ご存じのように今月が創立11年の記念月ですが…」
「今年一杯で店を閉めることになりました….」
「まず青柳さんにその旨をお伝えしようと思いまして…」

聞いた時、Mさんが何を言っておられるか釈然としなかった。
変な話だが、ガンの宣告をされる時などが多分こんな感じなのだろう、
言葉は伝わっても、内容が正確に把握できない、そんな状態だった。
その顔が余りに真剣で、そのうちジワジワと理解し始めた。
マジかよ…この店がなくなる…

…………

HIDORIに通うようになったのは山崎達光SB食品会長との出会いあったからである。
富山県セーリング連盟の名代として、当時日本セーリング連盟の会長をしておられた
山崎会長に面談を申し込み、指定された店がHIDORIだった。

お会いして、山崎会長が新潟県出身の早稲田の大先輩と分かり、
親しくさせて戴くようになった。
偶然、必然を含めて、何回かお目にかかった。
日付は定かではないが、今は亡き石原裕次郎とのヨット上の写真を見せてもらう
機会があった。
その時、とっておきの日本酒だと供されたのが滑川の地酒だった。
エエッ、何でまた滑川の酒が出てくんだ?
それこそマジかよ!の展開だった。

少々酔われた会長が、はき捨てるように、
「裕次郎と争ってこの写真に写ってるY子をゲットしたんだ」
「天下の名優・裕次郎との厳しく激しい戦いだった…」
「ほたるいかで知られる滑川生まれで、今も住んでいるはず…」
「そのY子と会いたいんだ…」
「突然消えやがってさ…」
名優・石原裕次郎しか目に入らなかったが、もう一度じっくり眺めてみると
確かに写真には水着姿の美人風の女性が写ってる。
作詞家・山口洋子の経営する、今はなき銀座伝説の超有名店「姫」にいたという…
滑川の女性も“(世界的な)美人の産地・銀座”にいたんだ!

「会長、自分は滑川出身です!」「捜査隊を出しますか??」
「会うことができたら、たいていのリクエストは聞いてやる!」
考えた末に出した“交換条件”は
当時全盛のSB食品陸上部監督・瀬古利彦を引っ張りだすことだった。
滑川で瀬古の講演会と実戦コーチを頼めれば、絶大な町興しになる。

当時滑川市役所の総務部長をしていたKの尽力により、
2カ月ほどでY子さんを探し当てることに成功した。
Y子さんは実在した。あろうことか実家から1㌔以内の距離にである。
実姉の突然の死去により、その後妻に入られたという。
そして(義理の)息子さんは、市役所関連の建築事務所にいるという。
上からの圧力(!?)をかけ、嫌がる(!?)息子さんと会うことになった。

「母は人違いと言ってます」。
断固とした言い方だった。
(ややこしい)ストーリーのあっけない結末だった。
ただそれ以降、HIDORIと自分の関係は絶対的になった。
「青柳のバックには山崎会長がいる…」

…………..

店長のMさんの話の後、フロアマネジャーのSさんがこう言い放った。
「閉店が知れた以上、以降閉店まで(青柳シートに)他の客は入れません」
こっちも必死になった。ここまできたら目一杯やらねばなるまい。
意地だ!貫徹だ!!

あっという間に年末となり、最終日の平成25年12月27日となった。
少々酔ってSさんに聞いた。「どんな挨拶をしたらいいかな?」
ニコッと笑って、「あばよ!!の一言でいいんじゃないですか?」

別れの時がやってきた。
店の幹部の皆さんが総出で並ばれた。
あばよ!!などと言う勇気はなかった。
余計な言葉は浮かばなかった。
「長い間、本当にありがとうございました」

領収金額は「5555円」。
そして「青柳グラス」と30センチ四方の縦長のパネルが手渡された。
「青柳シート」を映し出したそのパネルには以下の文章が載っていた。

青柳様
長らくのご寵愛を受けて誠にありがとうございました。
最後までこの席を守っていただいて皆嬉しく思っております。
いつの日にかまた「どこか」で青柳様をお迎えできる日を夢見て。
これからもお体に気をつけて

Thanks a Lot!!

謹賀新年

本ブログにアクセス戴いている皆様、明けましておめでとうございます。
2014年の正月、皆さまは如何お過ごしですか。
私は恒例通り(ほたるいかで著名な(!?))富山県・滑川の実家におります。

帰郷したのが元旦。
最寄の魚津駅を降りたら氷雨だった…
元旦恒例の初日の出と共に始める隅田川沿いのトレーニングが、
燦々と輝く朝日を共にした快適なものだっただけに、
温度差もさることながら、そのギャップに寒さが倍増する思いでありました。
コート襟をたて、身を縮めて、おお寒っ~ってパターン。
こりゃ雪だわ….

元旦の夜は身内だけの小宴会。
今年は姪っ子が祝・ご懐妊で、姪っ子夫婦はご欠席。
ビールを飲ましたら底なしの(姪っ子の)旦那クンもおらず、
酒のピッチがさっぱり上がらない。
弟と5時くらいから焼酎を飲み始めたら、8時頃には完全にダウン。
「悪いけど限界。もう寝るわ」のパターン。スコンと爆睡。

目が覚めたら正月2日の午前2時。
雪はどうかな?と窓を開けたら雪の気配は全くなし。
夜が明けたら太陽が顔を出す。何気に温かい。
後はこれも恒例の箱根駅伝を見ながらのダラダラ飲み。
母のつくる雑煮が相変わらず美味い。
餅二個入りの(どんぶり)雑煮を三杯ほど。
食っちゃ寝のパターンに、こりゃまずいと自室でしっかりトレーニング。
悲しいことに、トレーニングをしないと速攻で体重が増えまする。
しっかり食べて飲んだら、しっかりトレーニングが必要。
考えてみたらこれってモルモットと同じですわ….

そして今日は正月3日。
太陽が燦々と輝いて、窓からキラキラと輝く日本海が見えます。
何か元気が出て、箱根駅伝を横目で見ながら本ブログを書いております。
TV局勤務の弟は、駅伝中継を中断して、彼が制作に携わった番組を見ろと
申しますが、箱根駅伝に番組をぶつけても、見る人は多くないと思う。
今や正月の箱根駅伝は、日本の正月の風物詩。
確かに弟の局が制作する番組は、画面が鮮明で地方局とは思えないほど内容も
しっかりしているけど、相手が箱根駅伝とあっては勝負は最初から見えております。
でも必ずコメントを求められるので、しっかり見てはおりますです。

2014年はどうなるでしょうかね。
正月早々NYダウが反落し、為替も円高に振れております。
円安が過度に進み過ぎ、また株価も上げ過ぎのような気がしております。
東京市場が開くのは6日(月)から。
嵐の予感(!?)。

ブログのプロバイダーのシステム変更で、一時は右往左往致しましたが、
そのシステムに関する問題もほぼ解決し、変わらず淡々と本ブログを
書き続けようと考えております。
本年もよろしくお願い申し上げます。


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