2014年04月26日

百花繚乱、一気に開花する秘められた才能

百花繚乱、一気に開花する秘められた才能
サクラが散って、若葉・青葉の季節。
各種スポーツが一斉に始まって、野球(日本のプロ野球&MLB)だ、ゴルフだと、
寝る暇もない(!?)状況となっている。
最近のスポーツ界は新人の台頭に沸いているが、
以下は気のついた咲き誇る花の数々である。

4月19日(日)、KKTバンテリンレディースオープン(熊本空港CC)で、
高校一年の勝みなみ(15)が、大会新の通算11アンダーの205で初優勝を飾った。
アマ選手の優勝は史上4人目。
15歳293日での優勝は史上最年少となる。

男子ツアーでは
07年マンシングウェアKSBカップを制した石川遼の/15歳245日が最年少だが、
宮里藍が宮城・東北高3年だった03年に樹立した18歳101日の日本人女子記録を
大幅に塗り替えた。

彼女は日本ゴルフ協会のナショナルチームメンバー。
3月のニュージーランド遠征では現地の大会を新記録のスコアで制し、
帰国後は中学最後の全中選手権を優勝で締めた。
アマの試合とはいえ、連戦連勝の15歳の勢いはプロをも飲み込んだ。
「ついひと月前までは中学生だった」ことを考えれば、仰天するしかない。

目標はプロでなく、「五輪の金メダル」と明言する彼女がクラブを手にしたのは6歳。
現在のスイングは、彼女が祖父に相談しながら独自に編み出したもの。
バランスのよいスイングは現在も続けている器械体操の恩恵とされる。
157㌢の小柄ながら250ヤードのドライバーショットを打てるのは
体幹がしっかりしているからである。

同日、男子ツアーの国内開幕戦・東建ホームメイトカップ(三重県東建多度CC名古屋)
を制したのは宮里優作(33)。
通算14アンダー、270での逆転優勝。
昨年12月の日本シリーズJTカップに続き、ツアー通算2勝目。

11年の歳月をかけて辿り着いた初優勝で、重い荷を下ろした宮里優作は、
年をまたいであっさりと2連勝をやってのけた。
技術の高さにようやく精神力も追いつき、「勝負弱い」というレッテルを
自らはぎとった。
日本ツアーの主役を張って当然と言われた逸材だっただけに、
“少々遅咲きの桜”の活躍は注目である。

MLBでは田中将大の活躍が目立っている。
公式戦日米通算31連勝は凄いの一言。
当初はボールの違いや、マウンドの高さ・堅さが懸念されたが、
何の苦も無くクリアしている。
打たれはするが、試合中に修正できる能力は秀逸である。
名実共に、名門ヤンキースのエースとなる日も近いと思われる。

最後に密かに、そして面白おかしく伝えられたニュース。
4月19日、神宮球場で行われた東京六大学野球春季リーグで、
東大が慶大に2-13で敗れ、
1987年秋季リーグ戦から90年秋季にかけて東大がつくったワースト記録に
並ぶ70連敗となった。
東大は2010年10月の秋季リーグで斉藤佑樹(現日ハム)が先発した早大に
勝った後、2引き分けを挟んで3年半、白星から遠ざかっている。
「(勉強ばかりの)東大生だがら仕様がない」という言い方をするしかないが、
これも“咲き誇る花”のひとつなのかもしれない。


2014年04月20日

社内弁護士が1000人を超す時代

「グローバルな時代」とは
「日本国内で企業同士の共存共栄を享受できる時代ではない」ということである。
特にモノをつくらない、金融・証券・生損保・商社などは、
好むと好まざると世界を相手にせざるを得ない時代である。

日本の一般論から言えば、「海外との取引では通訳を雇えばいい」と考えがちだった。
しかし、通訳を通しての商取引は齟齬も多く、微妙な間違いも多い。
必然的に語学力を磨く必要があった。
ただこれまでは「語学は世界言語の英語で十分」と考えられがちだった。
しかしこうした「日本の一般論」は通じなくなっている。

この10年、身近の若者が、社内選抜を経て、
ロシアと取引するためにロシアの大学に通う、
中国と取引するために中国の大学に通う、
メキシコと取引するためにスペインの大学に通う、
しかも最低3年、という例を見てきた。
その国に入り込んで密着した取引をするためである。

20~30年前の日本では「何と悠長な」というパターンではある。
しかし結局はそうした“遠回り”が絶大な効力を発揮する時代になった。
急がば回れどころか、そうした専門的でその国に密着したスタンスこそが
グローバルの時代に急務なのである。
“付け焼刃”は通じない時代になってしまっている。

国内に転じてみれば、企業が雇用する弁護士の人数が初めて1000人を超え、
5年前と比べて約3倍になったことが判明した。
積極的な海外進出に伴って企業はM&A(合併・買収)や、
法務リスクに素早く対処する必要に迫られている。

社内弁護士などでつくる日本組織内弁護士協会(JILA)によると、
企業が雇用する弁護士は2013年6月時点で965人だった。
一方、日本弁護士連合会のまとめでは、昨年末司法研修を終えた新人弁護士で、
今年企業に就職した者が58人。
両方を加えると1023人となる。
ちなみに09年6月時点では354人だった。

昨年6月時点で社内弁護士が多い企業は三菱商事(17人)、ヤフー(16人)、
三井住友銀行(11人)、みずほ証券(11人)、ソフトバンクモバイル(10人)、
野村証券(10人)等など。
いずれも5年前は一桁だった。

司法制度改革を受けて、
弁護士人口はこの10年で1.7倍の約3万5千人に増加している。
結果的に法律事務所は余剰人員を抱えており、
近年は法律事務所から企業に転じる弁護士が新人以上に多いとされている。

戦前・戦後を通じて、日本社会において「弁護士という金看板」は職業として
絶対的なものであった。
それが、いつの間にか「企業就職のための絶対的なアドバンテージ」に
なり始めている。
時代の変遷と共に、価値観そのものが変わり始めている。

青葉・若葉の季節。そして就職戦争まっただ中。
ブルーのスーツの若者が街中に溢れている。
“(御社のために)頑張ります!”の掛け声ばかりじゃ仕様がない。
何をどう頑張るのか、そして世の中の役立つ“何か”を身につけているのか。

就職試験のための予備校もあるやに聞く。本末転倒だろう。
「現代の就職の意味」をもう少し深く考えてみたらどうだろうか。


2014年04月13日

「市場は間違っているのか?」-米・超高速金融取引の考察 -

4月7日午後10時から放映された、NHK「プロフェッショナル」に
吸い寄せられるように見入ってしまった。
宇宙探究の「はやぶさ2号」に搭載される予定の新型イオンエンジン開発に
関わる関係者への取材番組だった。

「はやぶさ1号」が、
7年におよぶ宇宙探究の末、地球に生還したのはご存じの通りである。
世界に先駆けた“快挙”にはイオンエンジンの存在があった…

現在の宇宙工学は、全く想像もつかないレベルまで進歩している。
番組ではおおまかの説明がなされたが、その方面には全くの“だるまさん”の
自分には到底理解できない、摩訶不思議な物理学の世界である。
そして印象的だったのは
「(現状で考えられる全ての条件を想定した上の)結果=数字が全て」とする
信念が貫かれていることだった。

この宇宙工学の原理は、最近の金融工学にも生かされている。
金融は過去100年、曖昧な想定をベースとした、あくまで“概念論”の世界だった。
ところが現在では、“×××だろう”とする考え方を許容しないITをベースとした
“数字で固める”世界になってしまっている。
そうした環境の中に現在の金融の超高速取引がある。

「ハイ・フルークエンシー・トレーディング」の頭文字からHFTと呼ばれる
超高速取引は、過去の値動きを統計的に分析、株式やデリバティブ(金融派生商品)、
為替などの流動性の高い市場で、1秒間に数千回という“高頻度”の売買を繰り返す。

HFTは大規模なシステムを使って価格や注文情報をいちはやく取引に生かせるため、
一般の投資家に先んじて機敏に売買できる。低リスクの超短期取引を繰り返して
超小幅な利益を積み上げる「薄利多売」型の手法である。
そして大きな損失を被り難いメリットもある。

例えば米国株では、HFTの売買が全体の5割になっているとされている。
市場の流動性を高める役割を担っているのは間違いない。
そして公表情報をベースに売買をしていることを前提としているから
(懸念される)インサイダー取引にも当たらない。

HFTを手掛ける米・投資会社「バーチェ・フィナンシャル」が
この3月に開示した資料によれば、
「2009年から13年末まで。取引を行った1283日で、負けたのはたった1日」。
こうした“人間の知力を超えた”能力を見せつけられた結果、当局が調査に乗り出した。

HFTが手を引き、需給バランスが崩れた場合、流動性が枯渇して、
特に「大暴落になり易い」リスクがあるのは否めない。
「市場が市場でなくなる」という最悪の状態を引き起こす。
この10年の大暴落は全てこうしたコンピュータが起因している。

当局の規制によって、現在のような「薄利多売」方式は一時的なものに終わるであろう。
「機械(コンピュータ)が人間を完全に凌駕する」ことは考えられない。
ドタバタしても「最後に勝つのは人間」である。

しかし、時代の趨勢は、こうした「宇宙工学」「金融工学」の中で動き始めていることは
銘記する必要があろう。

2014年04月06日

8054回、32年の超長寿番組の幕引き

3月31日、正午の時報と共に流れるテーマ曲でおなじみの、
フジテレビ・バラエティ番組「笑っていいとも!」が最終回を迎えた。
1982年10月4日の第一回から数えて8054回、32年続いた超長寿番組が終了した。

「笑っていいとも!」は、
日本の昼を象徴する番組として視聴者に支持され続けてきた。
テーマソングを聞けば「あぁもう昼か!?」のパターンになっていた。
だがやはり、時代の波にあらがえず、8054回という不滅のギネス記録を残して終了した。
1980年代の「昭和という時代の“懐かしい匂い”のする番組」が幕を引いた。

では80年代とはどういう時代であったのか。
80年代における最大の出来事は何かと問われれば、
「1985年9月のプラザ合意」だったと思う。
世界経済のアンカー・米国のための通貨調整を合意したプラザ合意以降、
金融のみならず、全てに対してグローバル化が進捗していった。
ある意味で20世紀から21世紀に転換する大きなポイントであった。

こうした大きな流れをベースに、ゲームなどの流行によってテレビの地位が揺らぎ、
家庭娯楽の多様化現象が起きた。
同時に、団塊の世代から少子化世代への変化、競争社会からゆとり教育への変化など、
価値観が大きく変化していった。

70年代が高度成長時期が「豊かになる」という国民共通の目標を持てる時代であり、
スポーツ根性ドラマに熱狂できた時代であったとすれば、
80年代以降は価値観の多様化と個性化の時代であり、ひとりの傑出した主人公を
中心にした伝統的な筋書き(ワンパターン)に全員が納得することが難しくなって
きた時代であった。
こうした時代環境の中で、視聴者参加番組「笑っていいとも!」がスタートしている。

「生放送だからこその(何が起きるわからない)面白さ」や
「どんどんコーナーを変えていく」という(ある種無責任な)番組の趣旨は、
(変化することを前提とする)市場万能主義時代に移行する時代の流れにマッチした。
またタモリこと森田一義の(ある種の下品さの残る異質の)やけっぱちなスタイルも、
そうした番組の趣旨にマッチした。

作家・五木寛之やタレント・大橋巨泉に代表される「ワセダは中退した者が出世する」
パターンの最後のワセダマンがタモリだったような気がする。
馬鹿を装うけど、いざという時にはキラリとした才能を垣間見せる。
その“荒業”はできそうで中々できない。

32年の歴史の中で、最高視聴率は1988年4月29日の
「(トーク・コーナーの)テレフォンショキングに歌手の田原俊彦の出演があった時」
とされている。
昼の番組で20%以上の視聴率はまさに異常だった。

しかし2000年を境に下がり始め、02年以降は10%前後を低迷するようになっていく。
バブル崩壊後の長い景気低迷や相次ぐ震災やテロ事件によって
(番組のテーマである)「ウキウキ感」を失っていった世相と重なる。
現職の首相が出演するバラエティ番組など今後は出てこまい。

32年という気の遠くなるような時間の中で、
タモリというお笑いタレントの名が全国津々浦々に浸透していく中で、
タモリ自身が化学変化を起こし、しまいにはお笑いタレントと呼べないような
別格の(名人芸を持つ)芸人となっていった。

かくして一抹の寂しさを残し、またひとつ、“昭和という時代の遺産”が消えていった。


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