2014年06月29日

沈黙する金融市場

12日(日本時間13日)から始まったサッカーの第20回ワールドカップ(W杯)は、
一次リーグを終了し、決勝トーナメントに突入している。
連日の熱戦で、現地ブラジルとの時差もあり、寝不足の毎日が続く。

今までのところ、長年栄華を誇った伝統の欧州型パスサッカーは、
南米型パワーサッカに力づくで抑え込まれる格好となっている。
「優勝を目指す」はずの日本は、世界の頑強な壁に完全に跳ね返された。
欧州型と南米型の“いいとこ取り”を狙った日本サッカーは
“ダルマさん(手も足も出ない)”だった。

日本だけでなく、豪州・韓国・イランのアジア勢は1勝もできないままに終わった。
結果が全ての厳しい勝負の世界。アジアの出場枠の減少も致し方あるまい。
残念ながら、“ゼロ”どころか“マイナス”からの再出発といったところか。

本ブログでは、4年に1回の世界的な“お祭り”の中、世界の金融市場で値動きが
小さくなることを想定したが、予想以上のベタ相場となっている。
特に欧州市場のやる気のなさが目立つ。
また米国でもその流れが伝染している。

「投資家が、米国株が今後どれだけ大きく動くとみているか」を示すVIX指数が
7年振りの水準に低下した。
「その水準が上がるほど株価急落の恐怖感が高まっていることを意味する」ため、
「恐怖指数」とも呼ばれているが、今回はその逆の現象である。
7年前と言えば、欧米金融のバブルの終焉であり、
それに並ぶほど市場には楽観論が蔓延していることになる。

株式だけでなく、為替・債券・商品なども同じ現象が起きている。
あらゆる金融資産が同時に値動きが小さくなることは珍しい。
その背景にあるのはW杯ばかりではない。
世界的な金融緩和も大きく影響している。

中央銀行は過去数年にわたり国債などの大量の資産を買い入れてきた。
民間の投資家の運用リスクを肩代わりしているとはいえ、
「経済環境が悪化しても市場価格が不安定になり難い」という見方が広がっている。

また金融緩和が景気の見通しの振れを抑えているという側面もある。
さすがに先進国の急回復を見込む観測は少ないが、景気減速が強まれば中央銀行が
金融緩和を長期化し、下支えするとの見方が大勢である。

金融市場の安定は健全な経済成長にとっては歓迎すべきだが、
極端に変動が小さくなる状況が続けば、副作用が出始める。
「低変動が行き過ぎると、高いリスクを取る動きになる」可能性をはらむ。

投資家は狭い値動きの中でも利益を稼ごうとする。
「(薄い利益を)取引量を増やすことによってカバーする」流れになるからである。
至って単純な戦法である。
2000年代半ばにはこうした単純な動きが広がり07年~08年の金融危機につながった。

市場では「最近の異常な落ち着きは、嵐の前の静けさ」との見方も広がっている。
金融市場では「不均衡の蓄積」が市場に波乱をもたらす。
(W杯が終わる)7月中盤からの動きは要注目である。

2014年06月22日

「AKB48という社会的現象」の検証

6月7日のNHK「ニュース7」。
「厳重な警戒態勢の中、人気アイドルグループAKB48の選抜総選挙が始まりました」
と読み上げるアナウンサーの声。
確かにその日、フジテレビが“総選挙”の模様を生中継していた。

そして翌朝の6時のNHKトップニュース5本の中で、
「16位以内に入ると、次のシングル曲を歌うグループのメンバーになれます。」
「そして一位には渡辺麻友さんが初めて選ばれました」
と“選挙結果”を報じた。

NHKは受信料徴収率と並んで、最近では“接触動向”を大事にしているらしい。
接触動向とは
「地上波やBS、オンデマンド、ラジオを含め、1週間で5分以上NHKに接する
視聴者の動向」のことである。

21世紀に入って若者のNHK離れが進んでいる。
NHKが“お堅い”ばかりではいられないのも致し方ない。
しかし国民生活に直結しない“芸能人のお祭り騒ぎ”をトップニュースで取り上げる
必要があったのか。

最近の議会選挙が大々的な“お祭り”となっているのはご存じの通りである。
そうしたお祭り好きの日本人の性向を利用しようとするのは、ビジネスとしては
ごくごく当たり前のことではある。
“国営放送”のNHKが重要な社会現象として取り上げざるを得ないのは分かる。
しかし、よくよく考えてみれば、たかが芸能人のイベントではないのか。

一連の流れを仕組んでいるのは秋元康という稀代の“天才”であることは
ご存じの通りである。
素人同然の10代の若い女性を束にして個を消し、学芸会もどきのパフォーマンスを
“枠の中”で見せることによって一大ビジネスを展開する。

個を完全に消し、ユニ(単一の)フォームで集団パワーで見る者を圧倒する。
確かに個では感じなくても集団で来られたら、パワーを感じずにはいられない。
狭い道路をベビーカーを連ねて横歩きする若い主婦軍団と同じノリである。

かくして、全国ネットのコンサンートは勿論、初回盤の「握手券」を始めとして、
「総選挙の選挙券」やら各種のイベントで、若者のみならず、
中年層の妄想をもかきたてている。
だが米CNNは、未成年女子に性的意味を含む歌を歌わせているとして、
一連の商法を問題視し、「性的搾取に関与しているのか」と追及している。

バブル前夜の1970年代、
秋元康は女子大生をベースにした「おにゃんこブーム」を起こしている。
確かに今回のAKB48ブームも一時的なものであろう。
時代が過ぎれば、あの時代(東京五輪前夜)にはそうしたブームもあったと
伝えられることにはなろう。

作詞家としての秋元康は魅力的である。
類まれな才能や実力は誰もが認める。
そしてイベント屋としての秋元康は、東京五輪組織委の理事にも就任し、
時代の寵児と持て囃されている。
だがイベント屋として抜群の才能を見せれば見せるだけ、
カネが蠢く芸能界という“闇の世界”の凄さをもみせつける。

日本全体がAKB48に揺さぶりをかけられているような気がする。
(多少のやっかみも含んで)「秋元康=女衒(ぜげん)」論も出始めている。
勝てば官軍か。何が正しくて、何が悪いか。
「売れればオールOK」という短絡的な流れに食傷気味になり始めている。

日本全体を覆う(なし崩し的な)退廃ムードを払拭する時期と思う。

2014年06月14日

2000億円が絡む世界のお祭りが始まった….

1930年を第1回とする伝統のサッカー・ワールドカップ(W杯)の存在を
知ったのは1982年、スペインでの第12回大会からだった。

当時、金融市場の最前線にいた自分は、西ドイツ(当時)の同僚から
「2週間ばかり休みを取るからよろしく!」とのTELをもらった。
「どこに行くんだ??」
「何言ってんだよ、ワールドカップを見るんだよ!!」
「皇帝・ベッケンバウワー様の最後のお姿を見にいくのさ」
「ワールドカップ????ベッケンバウワー????」

その時の(英語での)会話は今でもしっかり記憶に残っている。
当時の日本では、サッカーはそれほど馴染がなく、「蹴球(しゅうきゅう)」という
日本語名もまかり通っていた。
当然にしてプロチームもなく、釜本・杉山といった実業団の名選手を中心に、
メキシコ五輪で銅メダルを取ったことは知っていても、それがほぼ全てだった。

「サッカーの国際試合はある意味、国対国の戦争だ」
ということもよく聞かされてはいた。実際に戦争が起こった例もある。
だがそれから10年後、
“たかがサッカーで”戦争が起きる意味がようやくにして理解するようになっていく。

1994年、日本にJリーグが発足、 日本にプロサッカーが根付いていく。
そして大きな目標は「W杯に出る」ことも認識するようになる。
日本がW杯に初出場するのが1998年のフランス大会からだが、
魅入られるようにサッカーにのめり込んでいった。
国対国の1時間半の戦いは息を飲むような“魔力”と“迫力”があった。

21世紀に入って、日本のサッカーは大々的に国際化していく。
Jリーグに海外からの選手の参入があったことも大きいが、
中田英寿を先頭に、日本選手の海外移籍が相次いだことも大きかった。
今回で5大会連続出場となる日本チームが「優勝を目指す」と言っても、
笑い話でなくなり始めている。

そして今回の大きなトピックスとして、
12日午後5時(現地時間)からのブラジル対クロアチアの開幕戦で、
西村雄一主審(42)、相良亨(37)名木利幸(42)・両副審の日本人トリオが
審判を任されたことである。

西村主審は前回の南アフリカ大会の準々決勝・オランダ・ブラジル戦で、
相手選手を踏みつけたブラジルのフェリペトロ選手を退場処分にした。
球際の競り合いが激しい国際試合での冷静な判断が欧州メディアに称賛された。
W杯の開幕戦に日本人トリオの審判団が選択されたことは日本サッカー界にとって、
まさに“金字塔”ではあった。

田中、ダルビッシュ、岩隈等の日本人投手の活躍が目立つ米大リーグ(MLB)や、
現地時間12日から始まった松山英樹の活躍が期待される全米オープンゴルフも、
W杯の前では影が薄い。

そして特にサッカー盛んな欧州では、大会期間中、金融市場もパタリと動きを止める。
かくして以降約1ヶ月、
世界はW杯という今や総額2000億円が絡む4年に1回のお祭りを中心に動いていく…


2014年06月07日

松山(英樹)世代が変える日本の社交ゴルフ

ゴルフを始めてからかれこれ40年にもなろうか。
始まりは職場の上司のほぼ命令だった。
「野球経験あるよな」「だったら(仕事の一部として)ゴルフやれ!」。

最初は「止まった球を打つゴルフなんて簡単」だと思った。
ところがどっこい、40年を過ぎてもさっぱり上手くならない。
やればやるほどその奥深さを知るに至っている。
ドライバー、アイアン、バンカー(ショット)、パット等々いろいろな技が必要。
そのひとつひとつの技の完成度を高めなければスコアは伸びない。
何のスポーツも同じだが、奥義を極めるのは簡単ではない。

しょっぱなから「ゴルフは紳士のスポーツである」と、口を酸っぱくして言われた。
「紳士のスポーツとはどういう意味だ???」
クラブに到着する時は上着の着用、プレー中の襟のあるシャツの着用、
半ズボンを履く時の靴下の長さ等など、数えたらきりがないほどの
“ドレス・コード”を教え込まれた。
そうか、紳士足るとは、つまりは服装とマナーのことだったんだ…

ゴルフは、クラブを持ってラウンドするばかりでなく、
朝の出発から、昼食、プレー後の入浴、そして時には最後の会食まで、
最悪(!?)の場合、12時間超も一緒に行動することになる。
男同士の酒食だけでは2~3時間あたりが精々。
従ってゴルフは“(絶好の)社交の場”とも言えた。
だからドレス・コードも大事にせよと。なるほど…
.
メンドークセーと思い始めたら、ゴルフ自体が面倒になった。
オフィシャルなゴルフばかりか、プライベートを含め、
一切合切ゴルフというスポーツを止めていた時期もある。

だが日本的に一方的に解釈され、味付けされたゴルフも、
バブルが弾けると同時に従来のドレスコードは無視されるようになった。
ゴルフ場の倒産が相次ぎ、外資が支配する世界になって、
日本のゴルフ(文化)は大転換した。
あれやこれやと“うるさい注文”をつけたら客が来ない。
多少のことは我慢(無視)するしかない。カジュアル一本でOK!!

かくして世紀の変わり目あたりからまたゴルフを始めた。
ある種、新鮮だった。

ゴルフをスポーツとして楽しめる、そんな環境になった。
昼食付で1万円前後。これも手頃な値段だった。
バブル時代、最後の(大)宴会を含めれば一人10万円を超える時代からは
大革命と呼べるような変化だった。
どこかの(予約の取れない)有名店で食事をすることを考えれば、
プレーして、昼食を摂って、風呂に入って〆て1万円ならまずまずだろう…

かくして、1970年代以降、日本の経済に根付いたゴルフ文化は、
21世紀になって、第二の成長期に入っている。
現在の日本のゴルフ場で、到着時に上着着用を強いているゴルフ場は皆無と思う。
もし強いられたら、そのゴルフ場には行かなきゃいい。
多少不遜な言い方だが、そんな考え方で十分と思う。
楽しくあるべきプライベートなゴルフに、無理矢理な“ドレスコード”など
不必要である(と思う)。

松山英樹の米ツアー初優勝のことを書いてみようと思っているうち、
日本のゴルフ文化の論述になっていた。
今回の初優勝で、22歳の松山英樹のメジャー制覇も時間の問題のように思う。
そして日本のゴルフも時代の転換期と思う。

過去には楽しいゴルフと苦痛なゴルフがあった。
今後は「楽しいゴルフ」を心掛けたい。
そして「楽しいゴルフ」をするために、最小限のマナーと技術向上を心掛けたいと思う。


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