2015年11月28日

高度成長時代を駆け抜けた“強すぎた横綱”北の湖

大相撲九州場所13日目の朝、突然の訃報が流れた。
「日本相撲協会・北の湖理事長死去」。
あれ、昨日まで恒例のコメントを出し、
横綱白鵬の“猫だまし”を批判してたんじゃなかったっけ?
病名は直腸ガンによる多臓器不全。享年62歳。

1953年5月、北海道壮瞥町に生まれる。
67年1月、中学1年生で初土俵。
当時は新弟子検査が通れば中学1年から相撲がとれた時代だった。
71年5月新十両、72年1月新入幕、74年1月幕内初優勝し場所後に大関に昇進、
74年7月最年少の21歳2カ月で横綱昇進。
劇画の世界の“出生街道まっしぐら”だった。

横綱に昇進して4~5年の充実期、
あまりの強さに「(たまには)負けろ!」の声が飛んだ。
勝った時、負けた力士に手を差し伸べず、肩をゆすって花道を引き揚げた。
北の湖自身も倒れた時には手を借りなかった。
それが北の湖の流儀だった。

ただそうした“憎まれ役ダンディズム”は、
一般的には“ヒール(悪役)”にしか映らなかった。
当時、嫌いなものは何かと聞かれたら「江川、ピーマン、北の湖」と
答えるのが普通とされた。
「巨人、大鵬、卵焼き」の裏返しの表現だった。

横綱としての晩年、1984年5月に全勝で24回目の優勝。
これが北の湖の最後の優勝となる。
85年1月、31歳で引退。
両国国技館完成を最後の花道に、現役力士への未練を断ち切ったのだった。

力士としての北の湖の経歴は、1973年に変動相場制に移行し
1985年9月のプラザ合意を迎える日本経済に酷似している。
戦後の日本は朝鮮戦争を回復のきっかけとし、
70年代には世界の経済大国・債権大国に上り詰めていく。
そしてプラザ合意以降は、円高・ドル安が作為的になされて
「(強すぎる)日本の一人勝ち」が修正されていく。

85年の引退後は一代年寄「北の湖」を襲名、「北の湖部屋」を創設。
2002年日本相撲協会理事長に就任。
08年大麻問題などが発覚、4期目の途中で辞任を余儀なくされる。
12年に異例の再登板。
14年公益法人移行後、評議会の決議を経た初の理事長就任。

21世紀に入った後の日本の大相撲は、熱狂・若貴ブームが去り、
モンゴル勢の躍進もあり、大相撲人気が一気に下火となった。
大麻問題やら賭博問題やら八百長問題やらが次々に噴出、
ある意味では相撲界全体の環境汚染による暗黒の時代を迎えることになる。
そんな危機的な時期を支え切ったのが理事長としての北の湖だった。

振り返って、「横綱北の湖の活躍した時代」がたまたま日本経済の上昇期であり、
「北の湖理事長の時代」がたまたま日本経済の修正期だったという言い方が
できるのかもしれない。

正直言えば自分は、ヒールを貫く力士・北の湖を好きになれなかった。
ただ激動する時代の角界を背負い、鮮烈に駆け抜けていった北の湖という
稀代の名力士をうらやましくも思うのである。

またひとつ「戦後の昭和の時代の象徴」が逝っていった。

2015年11月21日

13日金曜日のパリ同時テロ  -空爆・報復テロ連鎖の恐怖-

11月13日の金曜日。
仏パリ市とその近郊で発生した同時テロが世界中を震撼させている。
死者130人、重軽症者350人。
花の都、世界の観光地・パリが「新たな戦地」の様相を呈している。
かくして国際社会が対峙する主要な敵は、
国際テロ組織アルカイダから、過激派組織「イスラム国」へと姿を変えた。

イスラム国の樹立は2014年6月。
イスラム教スンニ派の過激派武装組織が「国家」樹立を一方的に宣言した。
ただ国際社会は「イスラム国」を国家として認めず、
イスラム教徒を代表する国と誤解を招かないよう「IS」と呼称している。
支配地域はイラク北部やシリアの一部約5万5千平方キロメートル。
日本の九州・四国の合計に相当する。

バグダディ現主導者は非イスラム諸国を敵視し、
「聖戦(ジハード)」を呼びかける。
構成員は過激派「イラクの聖戦アルカイダ組織」が母体で、
現在1万~3万人とされる。
資金源は原油の密輸や身代金目的誘拐、寄付などによる。

過激派が生まれた背景を探ってみたい。
2003年にフセイン元大統領を倒した米主導のイラク戦争後、
軍は解体され大量の軍人が失職。
大多数がスンニ派だった。
また06年から8年続いたマリキ前政権はシーア派に主要ポストを割り当て、
スンニ派を冷遇した。

雇用の大きな受け皿だった軍や警察に、
スンニ派が就職するのは簡単ではなくなった。
こうしたマリキ前政権による冷遇に不満を募らせたスンニ派住民が、
生活のためにとれる選択肢は限定的だった。
かくして過激派への“就職”は最後に残された道だった。

またISは、シリア内戦でも力を蓄えた。
アサド政権と戦う反体制派武装組織の勢力を飲み込んで勢力増大。
13年、米国が軍事介入を断念すると内戦は泥沼化、
シリア全体の統治能力を失ったアサド政権は、
収監中の過激派構成員を釈放したとされる。

こうして成り立ったISは「恐怖政治」を正当化し、酒、たばこは勿論、
音楽や映画などの娯楽を禁止、男性はひげを伸ばし、
女性は全身を覆う服装を強要している。
「ヒスバ」と呼ばれる宗教警察が一般市民を監視・支配する体制を採っている。

結局、テロの連鎖の始まりは「9.11」だった。
米同時テロ後のブッシュ政権は、アフガニスタンとイラクの戦争に突入し、
直接介入によってイスラム過激派の掃討を目指した。
イラクのフセイン政権打倒に成功したブッシュ前大統領は
03年5月に「勝利宣言」を行う。
だが皮肉にもイラクにおけるテロはそこから激化した。
宗派対立が深刻化し、経済復興に失敗したイラクがテロリストの磁場と化し、
各国の過激派が終結した。

現代の戦争は核戦争への恐怖から「国家VS国家」のそれではなく、
「現代の戦争=テロ」の色合いを強めている。
具体的な施策なく、「空爆・報復テロの連鎖」は永遠に際限なく続く様相である。

伊勢志摩サミット(2016年)、ラグビーW杯(2019年)、東京五輪(2020年)等の
国際的ビッグイベントを控えた日本が標的にならないはずがない。
パリ市街の惨状を見るにつけ、考えるだに鳥肌が立つが、
日本において同時テロが最も効果的になる場所と言えば…
巨大なターミナル駅と化した東京駅、新宿や渋谷の繁華街等々、次々に思い浮かぶ。
特に若者が(若さゆえの)履き違えた自由を主張し、“何でもあり”の世界を横柄に
謳歌する街、渋谷に同時テロが起きたら….

平和ボケのニッポン。
怖い時代が始まっていることを認識せざるを得まい。


2015年11月14日

日本の商品先物市場を死滅させていいのか?

つい最近、東京・日本橋・茅場町界隈を歩く機会があった。
証券会社が乱立する情景は今まで通りだが、
一時は同じように乱立していた商品先物取引会社の看板が全く見えない。
あっても雑居ビルに小さな看板がかかっているだけである。
ある程度は聞いていたが、そこまでとは思わなかった。愕然とした。

ここ5年の目玉としては、2011年には72年振りとなるコメの上場だった。
しかし期待されたほどの起爆剤にならず、大きな効果は出せなかった。
00年には東京工業品取引所(東工取)の売買高は世界第三位であったが、
その後はジリ貧状態となっている。

2013年2月12日には
工業品と農産物の商品先物を取引をする「東京商品取引所」が発足した。
しかし個人投資家への営業規制などが逆風となり、取引高は急激に落ち込み、
先物会社(=商品取引員)の廃業が相次いだ。

また一連の改革論議の中で、証券マネーの呼び込みによる市場再生の切り札と
されてきた「総合取引所」への合流は、商品特有の現物受け渡しの問題があり、
実現に至っていない。
予想された以上に異種業種の合併は簡単ではなかった。
独特の“文化”で成り立っていた日本の商品先物市場の一般化・近代化は
進まなかったのである。

一方、世界を見渡せば、商品先物市場は活況で、
00年以降、投資ブームや資源高を背景に、
売買高は10年で9倍以上に膨らんでいる。
投機マネーの流入は勿論、資源会社、航空会社、農家などの実需家も参入して、
産業インフラの機能を活用している。

では日本はどうかと言えば、市場参加者名簿には
住友金属鉱山、ブリジストン、横浜ゴムなど、錚々たる企業が名を連ねているが、
売買はほとんどない。市場の厚みがないのが最大のネックとなっている。

なぜ日本の土壌には商品先物市場が健全に定着しなかったのか。
戦後生まれた商品取引員(=先物会社)の強引な「まず手数料ありき」の営業手法、
あるいは「赤いダイヤ」として一世を風靡した小豆を代表例とする相場手法(仕手戦)
の荒っぽい雰囲気が、投資家離れを起こしたのはご存じの通りである。

日本全体が、商品先物業界・経営者の“(日本独特の)先物屋スプリット”も
骨身に染みて嫌気さしている。
しかし、IT時代の進捗と共にFX取引が爆発的に拡大していく中で、
営業マンが介在する従来の営業スタイルは完全に死滅した。
無理矢理とは言え、とりあえず業界自体の体質改善はなし得たのである。

商品先物市場は現代の先進国には必須である。
ヘッジ(保険つなぎ)取引のほか、資源価格の形成や資産運用の場として
先物は重要な位置にいる。
そうした中で、日本の商品先物市場全体の取引システムの変更は急務である。
だが遅々として進まない。日本の関係当局も積極的ではない(ように見える)。

そうした間隙をついて、中国系資本による市場全体の乗っ取りがカウントダウン
に入っている。当局は見て見ぬ振りをしている(ようにしか見えない)。
金融オールマイティを謳う三大メガバンク時代を迎え、
そしてマイナンバー制度が定着し始める中で、
商品取引員(=先物会社)の滅亡の危機と思う。
あれだけ隆盛を誇った消費者金融が完全に銀行系列化されたように。

現代の金融の世界は「儲ける」から「儲かる」世界を目指している。
その中で、金融大資本は「儲かるシステムを構築する」ことを主眼に置いている。
だが最後に勝利するのは金融大資本が主導するスーパー・コンピュータではなく
「泰然自若、長期で勝負する」人間と思う。

死に体の商品先物業界で孤軍奮闘する専門会社から講演会の依頼が来ている。
講演会が実現すれば以下の流れで述べようと思っている。
まず最初に現状を正確に、客観的に、冷静に伝えるしかあるまい。
そして言及したい。
メガ主導のコンピュータ取引全盛の今だからこそ、
米相場に端を発する日本の先物の伝統を消してはならないこと。
体質改善がなった和製の商品先物専門会社は残さなければならないことを。


2015年11月07日

異次元緩和の限界

ポルトガルなどの一部の欧州諸国には現在、
夢のような(=異常な)ローンがある。
「借りた分だけ金利を払う」のではなく、
「借りれば逆に受け取れる=マイナス金利」のローンである。

当然ながらこうした状況は尋常ではない。
そうした異常な状況を生み出したのは、
政策金利をマイナスの領域まで切り下げる欧州中央銀行(ECB)や
スイス国立銀行(中央銀行)が採用する“異例の”金融緩和だった。

こうした異常な状況は欧州だけではない。
日本の一部の取引でも起きている。
原因は日銀が先導した異次元緩和策である。
日銀は年80兆円ベースで国債を買い増しており、
期間1年未満の金利を中心にマイナス金利が定着している。
償還期間6カ月の短期国債の流通利回りがマイナス0.1%台を付けることもある。

日銀の黒田東彦総裁が就任直後の2013年4月に異次元緩和を始めて2年半。
任期5年の折り返し点を過ぎ、次々と歪みが表面化してきた。
日銀による国債の大量購入で金利が大きく低下し、
短期の国債金利がマイナス金利になることも珍しくなくなった。

国債の発行残高1000兆円のうち、
毎年発行する新規国債(=赤字国債)は40兆円未満。
それなのに日銀が年間80兆円を買い上げるために、市場に出回る国債が減り、
需給が締まって金利が低下(国債価格は上場)する。
金利低下は経済活動を刺激するが、
同時に債券市場のゆがみが目立ってきたのである。

「日銀の保有国債残高が300兆円を超えた」ということは、
発行残高の3割ということである。
このまま日銀が国債を買い続ければ17年末には保有比率が5割を超える
可能性を秘める。
銀行等が取引の担保に使う国債を除けば、買える国債が事実上なくなり、
債券市場が機能しなくなる可能性をも秘める。

債券市場が円滑に機能しなくなった場合、金利上昇リスクが高まる。
それでも「債券市場の機能よりも脱デフレが優先だ」の論理が先行している。
日銀内では
「デフレ脱却のためには、市場が一時的に機能しなくなってもやむを得ない」
との考え方が強い。
金利が乱高下すれば金融緩和効果も危うくなる。
つまりは異次元緩和を長期化することによって、
“(あやうい)綱渡り”の様相を呈しているのである。

そうした状況の中でも日銀は、
マイナス金利で短期国債を買う「コスト無視の爆買い」を止める気配はない。
マイナス金利を事実上容認している。
巷間(特に株式市場)で期待されている更なる金融緩和となれば、
消費者に関わる取引にマイナス金利が更に広がり、定着する可能性を秘める。

もともと異次元緩和は2年の短期決戦で設計された政策だった。
「緩和長期化がマイナス金利という市場の歪みにつながった」のは間違いない。
導入から2年半を経過し、
日銀が買い入れた国債を大量に償還する(払い戻し)期限を迎えつつある。
償還額が増加する中で、追加緩和で更に買い入れを増やすことが可能なのか。

机上の理論先行のクロダノミクスの限界。
いわゆるドロ沼である。

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