2015年12月26日

自由闊達ニシテ愉快ナル理想工場

2015年も大詰め。
今年も様々なことが起きたが、
印象的だったのは日本の電機大手の弱体化が明白になったことだった。
シャープ、東芝など、20世紀には栄華を誇った日本の電機大手が
世界から大きく遅れをとっていることが明らかになった。

最後っ屁は東芝だった。
12月21日東芝は、2016年3月末までに国内外でグループ全体の5%に
あたる1万600人を削減すると発表した。
そして16年3月期の連結最終損益は構造改革費用などで
5500億円と過去最大の損失になることも発表した。

なぜ東芝の構造改革は遅れたのか。
チャンスは2回あった。
1度目は00年以降のITバブル崩壊後、2万人の削減、DRAMからの
撤退などを進めたが、円安など追い風が吹いて不採算事業が温存された。
そして同時期、米原子力大手の巨額買収に踏み切っている。

2度目はリーマン・ショック時の09年3月期決算。
同業の日立は製造業で過去最大の7873億円の最終赤字を計上した。
財務基盤の強さを背景に「一気に膿を出した」のである。
一方東芝は「日立ほど膿を出せなかった」。
財務が日立ほど強くなかったからである。
不適切会計へとつながる低収益事業構造が温存されたのだった。

日本の電機大手は2000年代に軒並み苦境に陥った。
価格競争で収益が不安定になりやすいデジタル家電や半導体事業に傾注し、
韓国や台湾、中国などの新興国メーカーの追い上げを受けたためである。
そして08年のリーマン・ショックが追い打ちをかけ、
ソニー、パナソニック、シャープなどが相次ぎ巨額の赤字に陥った。

09年3月期に製造業最悪の赤字を計上した日立は、
不採算のハードディスク駆動装置事業の売却や
液晶パネル事業の分離を進める一方で、
社会インフラや情報システムに経営資源を集中し、収益が劇的に改善した。

またパナソニックはプラズマパネルの生産から撤退し、
自動車などの企業向け事業に軸足を移した。
ソニーはパソコン事業の売却やテレビ事業の分社化に取り組んだ。
各社はハードの単品売りからサービス提供へとビジネスモデルを
切り替えたのである。

タイトルはソニー創業者である井深大が設立趣意書に描いた一節である。
企業規模が大きくなるにつれ、組織は硬直的になりやすくなる。
それでもソニーは、トランジスタに続くヒット商品を生み出していった。
「トリニトロン」方式のカラーテレビ、
音楽を屋外に持ち出した「ウォークマン」、
CDを使った「ハンディカム」と系譜は続いていった。

そんなソニーも「井深大(97年)+盛田昭夫(99年)」の
二大巨頭が次々に逝った後は、ヒット商品の枯渇が顕著になっていく。
残ったのは「(往時を懐かしむだけの)ソニー神話」だった。
日本の電機大手は大概がこんなパターンだったと思われる。

2015年は確かに大きな転換期ではあった。
「技術のニッポン」の旗頭である電機大手の「リセット」から再生なるか否か。
いずれにしても時間がかかりそうである。


2015年12月19日

真田一族の経済学

2015年もカウントダウン。
年末特集として今回は、今年、5回も読み返した火坂雅志著「真田三代」から、
戦国時代をしぶとく生き残った真田一族の姿を現代に当てはめてみようと思う。
「真田三代」は文庫本・上下2巻、総ページが1100ページにもなる重厚な作品
となっている。

著者の火坂雅志氏は今年の2月に急死されている。
同氏は元々歴史小説、特に地方の戦国武将に焦点を当てて描いてこられた。
中身の濃い内容で、多分背後には膨大な資料の研鑽があったと思われる。
タッチが司馬遼太郎「坂の上の雲」に似ており、
そうした丁寧でち密な描き方をする作家は現在では見当たらず、
氏の早世を至極残念に思うのである。

日本の戦国時代は、各地の大名が室町幕府の支配を離れ、
自治権を持って領国を支配していた。
戦国大名も、江戸時代のように譜代の家臣が支えていたのではなく、
一国一城の主ながら勢力が弱く、有力武将に従っている小領主(国人)の協力が
なければ政権運営ができなかった。
まさに「地方自治の時代であった」と言える。

真田一族は、武田信玄、上杉景勝、豊臣秀吉、徳川家康という名だたる武将に
次々に“鞍替え”していく。
そうした中で「表裏比興の者」と呼ばれるが、一連の(侮蔑的な)批判を
褒め言葉と受け取るようなしたたかな生き方をしていく。

そのしたたかな生き方ができた原点は、
全国に放った“真田の忍び”の情報であった。
有名な猿飛佐助、霧隠才蔵を始めとする“真田十勇士”のような
忍術と武術に秀でたグループが、真田家の情報戦略を支えていた。
そうした忍びが集めてくる情報を分析して敵の一手先、二手先を読み、
「利」に弱い人間心理を巧みにつきながら、
めまぐるしく主君を変えるという“瀬戸際外交”を展開していく。

真田家三代・4人は、それぞれに超人的な頭脳と行動力を持っている。
現代に置き換えるなら、一度会社を追われ再チャレンジを計る幸隆、
ベンチャー的な発想と機動力で生き残りを画策する独立志向の強い昌幸、
仕事はそこそこにして、精神的なゆとりを求める幸村、
組織の中で出世を目指す信之ということになる。

天下を統一した秀吉や家康からみれば真田一族は取るに足らないほど小さいが、
硬軟を取り混ぜた戦略で自治権を守り、領民から信頼される善政を敷いている。

振り返って現在の日本では、大企業が集中する東京と地方の格差は勿論、
持つものと持たざる者の格差が広がり続け、一度転落すると這い上がるのも
難しくなっている。
地方の疲弊と格差の拡大の中で、小さな組織や個人でも、知恵を絞り、
努力をすれば巨大な組織と互角の勝負ができることを真田一族は示している。
真田一族の家訓とも言える
「不様にあがいても生き残れ」
「泥水をすすっても生き残れ」
というメッセージに触れると夢と希望が湧いてくる。

芸人の芥川賞受賞が話題になった2015年ではあった。
だが受賞作の余りの中身の薄さに他の著作を探した結果、
「真田三代」に辿りついた。
つまりは「大河に決まったから読んだのではない」点は述べておきたい。
来年のNHK大河ドラマが幸村を主人公にした「真田丸」に決まったのは
単なる偶然である。

1000ページを超える著作を読むには相応の時間がかかる。
だが読めば読むほどその深さに引きずり込まれる。
天才脚本家・三谷幸喜はどのように仕上げていくのだろうか。
今年の大河は散々だっただけに、今から楽しみである。

2015年12月12日

いよいよスマホ全盛の時代へ

米年末商戦のスタートを指す「ブラックフライデー(=黒字の金曜日)」は
感謝祭の翌日で、今年は11月27日だった。
例年同日は、有名店での大幅値引きの目玉商品を狙った客の長い行列ができる。
だが近年、若者の間では「余りに混むから行かない」との声が多くなった。

代わって登場したのは、
感謝祭の週が明けた月曜日の「サイバーマンデー」。
つまりはネット上でのバーゲンが慣例となった。
今年のサイバーマンデーの売上高は前年比12%増の30億㌦(約3690億円)。

全米小売業協会によると、年末商戦が最初のピーク迎えた11月26日~29日の
ネットでの買い物客の推計値が1億300万人となり、
初めて実店舗の買い物客数を超えたとしている。
スマートフォンに慣れた30歳以下の若者世代がネット消費の担い手だった。
世界は「繁華街からサイバー空間の時代」になり始めている。

12月4日の日経朝刊第一面トップ。
「東芝・富士通・VAIOのパソコン3社の事業統合」の大きいタイトルが躍った。
年内にも基本合意し、来年4月に新体制発足とある。

米調査会社IDCによると、14年の世界のパソコン出荷台数は3億836万台。
中国レノボ・グループ、米ヒューレット・パッカード、米デルが
市場の約半分を占める。
今回の統合が成立すればシェアは約6%で、世界第6位の米アップル(6.3%)に
迫ることになる。

世界のパソコン(PC)市場では、
2011年4月のウィンドウズXPのサポート終了に伴う買い替え需要が発生、
3億6380万台が出荷されたが、以降は徐々に減少、
現在では3億台が徐々に遠くなるとの見方が大勢になっている。
原因はご推測の通り、スマートフォン(スマホ)やタブレットの台頭にある。

1990年代から本格的に始まるPC時代、
米IBM、アップル、日本NEC、パナソニック、ソニー、東芝、富士通など
有数のメーカーが激しい競争を繰り返した。

自分は一貫して東芝製ダイナブックを使用してきた。
明確に覚えてはいないが、買い替えた台数は10台超。
次々に発売される最新式(20万円前後)を追っかけた。
今思えば高い買い物を続けてきたことになる。

東芝は140年の歴史を持つ。
家電製品、例えば洗濯機、冷蔵庫などの白物の国内第一号機は全て東芝だった。
21世紀に入り、PCやTV事業の不振で、ソニー、パナソニック、シャープなどが
軒並み赤字経営をしてきた中で唯一、東芝だけが黒字経営を続けてきた。
ただ今年の7月、その東芝に、組織的利益操作をしてきたことが明らかになった。
2008年度から14年度4月~12月期まで計1562億円に上る。
結局、孤軍奮闘したかに見えた東芝も、ベースは赤字だった…

今回の事業統合で再生なるか。
海外大手は減収で苦しみ、リストラでしのいでいるのが現状。
(あくまで私見ながら)再生は難しいように思う。

まず「パソコン時代の終焉」を自覚しなければならないだろう。
でなければ、液晶画面に拘り続けたシャープの二の舞である。
間違いなく世の中は変わりつつある。「パソコンからスマホの時代へ」と。

最近の都心の電車内では10人中8~9人がスマホをいじっている。
そうした情景を横目で見ながら、見苦しい、絶対にああはならないぞと、
スマホを頑固に拒否し続けている自分は実感するのである、
時代の転換期には“発想の転換”が必要であると。

2015年12月05日

人民元は国際通貨たり得るか

11月30日、国際通貨基金(IMF)は、
通貨危機などに備えてIMFが加盟国に配るSDR(特別引き出し権)に、
中国・人民元を採用することを決定した。
この決定によりIMFは、(というより世界経済は)人民元を国際通貨として
認めることになった。

実際に組み入れられるのは2016年10月。
元は米ドル、ユーロ、日本円、英ポンドに次ぐ5番目の通貨として
SDRに加わるが、
構成比からみると、巨大な経済規模を映して円を上回る3位に浮上する。

IMFがSDRの通貨構成を見直すのは、現在の仕組みが発足してから35年振り。
中国が世界第二位の経済大国に台頭したことで、
「元も主要通貨として認めざるを得ない」との判断になった模様である。
日米欧が主導してきた戦後の国際通貨体制は、
大きな、歴史的な節目を迎えることになった。

SDRが創設されたのは1969年。
創設当時の外国為替制度は、金とドルを定価で交換できた「金・ドル本位制」。
そして1970年代には基軸通貨国の米経済ドル相場が不安定になる事態を想定し、
ドル以外の主要通貨を混ぜた「バスケット」制度になっていく。

SDRはいざという場合、主要通貨国から現金を引き出せる仕組みになっている。
専門的に言えば、加盟国は有事に備えて「通貨請求権」を持つ。
「バスケット制度」が成立したことで、
米ドル体制を補う公的な準備制度が完成したことになる。
「バスケット制度」制定当時は16カ国の通貨と交換できたが、
現在は簡素化されドル、ユーロ、円、ポンドの4通貨になっている。

IMFの加盟国は188カ国。
出資比率に応じてSDRを配分している。
ただ「転ばぬ先の杖」の性格から、
SDR全体の規模はおよそ3000億㌦(約37兆円)。
現在の世界の経済規模から考えれば大きくはない。

当然ながら中国当局には「中国元のSDR入り」の歓迎ムードが高まっている。
ドル、ユーロに次ぐ「世界の三大通貨入り」となるからである。
ただ世界の市場で、「中国元が本当の意味で世界通貨なのか」と疑問視する声も多い。

08年のリーマン・ショク以降中国は、
ドル依存から脱却しようと「元の国際化」に向けて動き出した。
しかし実情は「依然として元は取引不自由な通貨」のままである。
中国は国境またぐ巨大マネーの制御ができなることを恐れ、
元ベースの為替取引や資本取引を厳しく制限している。
要は、未だに自由資本主義制度の枠外にいるわけである。

今年の8月には唐突に元を切り下げ、市場が大混乱に陥ったのは記憶に新しい。
元の市場は言ってみれば“(中国政府主導の)名目だけの”市場である。
中国は「市場改革を始めたばかり」であり、自己本位的な動きが目立っている。

共産党一党独裁国家が世界の自由資本主義国と同列になって協調できるか否か。
確かに現在の世界経済は中国抜きでは考えられなくなっている。
とは言え、無理矢理「(欠陥だらけの)中国元のSDR入り」を画策し、
中国元を世界通貨として認めてよかったのだろうか。

大きくしてはならない国を大きくしてしまった気がする。


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