2016年12月24日

袈裟の下に鎧を着たプーチンを屈服できるか

受験オンリーだった高校時代、
土曜日の午後の2~3時間が、唯一にして最大の“解放時間”だった。
同好会形式の野球に興じることもあったが、
大和東宝(だいわとうほう)という県内に数少ない封切館にも通った。
「加山雄三・若大将シリーズ」「植木等・無責任シリーズ」、
そして洋画は「ショーン・コネリーの007シリーズ」。

今更説明するまでもないが、007シリーズでは、
スーツ姿が完璧なロンドン紳士・ダブル・オー・セブンが、
スタイル抜群の超美女をからめ、縦横無尽の活躍をする。
あんなの現実じゃないわいと思いつつ、
見ているうちに溜まったフラストレーションが解消していった。
特に鮮烈に覚えているのが、「ロシアより愛をこめて」。

国際スパイ(KGB=国家保安委員会)上がりの
ロシア大統領・ウラジーミル・プーチン。
強面の大統領がTV画面に登場する度に、
頭脳明晰・格闘技万能の007シリーズでの悪役を思い出す。
いつもニヒルな眼差しで、イザとなれば殺人も厭わない雰囲気が漂う…

12月15日、山口・長門市の老舗温泉旅館で開催された日ロ首脳会談。
1945年9月2日、ソビエト連邦(ソ連)の独裁者スターリンの
「日露戦争の屈辱を晴らし、千島列島はソビエトのものとなった」との
ラジオ放送から、北方4島はソビエトに占領された。
以来71年、日本の宿願の4島返還について進展なるかと期待が高まった。

第二次世界大戦で敗戦国となった日本は、1951年9月8日、
サンフランシスコ平和条約に署名する。
連合国による占領期間を終え、主権国家としての地位を回復する。
一方、条約に署名しなかった中国、インド等とはその後、
個別に平和条約を結ぶなどして国交正常化を果たす。

旧ソ連とは1956年の日ソ共同宣言により戦争状態が終わり、
外交関係を回復したが、北方4島をめぐる対立が残り、
いまだに平和条約を結んでいない。
日ソ共同宣言では
「平和条約締結後、歯舞・色丹の両島を日本に引き渡す」と定めている。
プーチン大統領もその有効性は認めている。
だが「どのような条件で引き渡すかは明確に定義されていない」と強調、
一連の交渉が停滞している。

平和条約締結するために超えなければならない障害は二つある。
一つ目はウクライナ問題。
日本は今、G7の決議に沿ってロシアに経済制裁を科している。
制裁を解除しないで平和条約解除はあり得ない。

二つ目は安全保障の問題。
日本が実効支配する領土は日米安保の適用範囲とされている。
米ロの対立が深まる中で、ロシアはオホーツク海を、
戦略核ミサイルを搭載した原子力潜水艦のための聖域としようとしている。
特に国後島と択捉島の重要性が高まっている。
ロシア側が簡単に引き下がれない大きな要因である。

12月16日、
安倍首相は「8項目の経済協力=総額3000億円」案を提示した。
「古いメロディに新しい歌詞をつけただけではないのか?」
プーチンがふと漏らした言葉である。

3時間遅刻した挙句、「一晩の超高級接待受けて3000億円ゲット!?」。
誰がその資金を担うのか?税金?三大銀行?商社?
ざけんなよ!!日本は完全になめられている!と誰もが思う。
延長を繰り返しても結局は3期=12年で終わる安倍政権に勝ち目は薄い。

道のりは遠い。


2016年12月17日

宴の後はどうなる?-トランプ・ラリーに潜むリスク-

次期米大統領にドナルド・トランプに決定した11月9日以降、
金融市場が荒れまくっている。
NYダウは歴史的な高値を連日更新、20,000㌦の大台を窺い、
つれ高で日経平均は19,000円をクリアし、ドル円は118円台に…

現代の金融の世界は「(無機質な)コンピュータ中心の時代」。
確かに現在のコンピュータの進歩は驚異的である。
だが人間のように“危うい”といった人間独特の“肌ざわり”までは
感知しない。
いてまえトコトン…どうせコンピュータ様がおやりになることだ…
半分やけっぱちな強烈な流れとなっている。
かくして日足のチャートは完全に崩壊状態。全く参考にならない。

こうした一連のトランプ・ラリー(トランプ当選による株式・ドル上昇)は、
極めて危うい以下の3点を柱とするシナリオに沿っている。
「エネルギー株高」=トランプ政権は化石燃料の規制を緩和するだろう。
「金融株高」=クリントン政権なら規制強化だった。
トランプ政権は(多分)その逆だろう。
「債券相場下落」=金利の段階的な上昇を画策するFRB(米連邦準備理事会)を
トランプ政権が抑え込むだろう。

そして極め付けはトランプ公約の1兆㌦のインフラ投資。
インフラ投資による景気回復は民主党の好むケインズ型の政策だったが、
今回はトランプ政権が取り入れると宣言。
そして共和党十八番(おはこ)の「大規模減税+規制の撤廃」に加え、
保護主義の主張。
まさに“いいとこ取り”の連発。
金融市場は陶酔に浸っているように見える。

リーマン・ショック後の金融緩和頼みの経済政策が壁にぶち当たった。
6月の英国国民投票での欧州連合(EU)離脱決定や、
米大統領選挙の結果は、そんな閉塞感に対する民意の反発だった。
かくして経済運営のカジ取りは、金融一本槍から財政重視へと
転換することになった。
民間が動かないなら、まず政府が財政を呼び水とすると。

大統領選挙から3カ月の“ハネー・ムーン期間”ぐらいは
新大統領の言いたい放題、やり放題でもよしとしよう。
だが現実には、遅かれ早かれ米国の財政赤字が懸念材料とされるだろうし、
一連のドル高は米国の経常赤字を拡大させ、米企業の競争力は弱まるだろう…

トランプ政権は、1980年代のレーガン政権と同様の
「偉大なアメリカをもう一度」とのスローガンを掲げる。
結果、米国第一主義となり、内向きの保護主義が強調されるわけだが、
威信復活を志向するなら内向きだけでは無理がある。

レーガン時代の日本は中曽根政権で「ロン・ヤス」関係が重視された。
今度はさしずめ「ドン・シン」関係となる。
トランプ政権は、レーガノミクス、プラザ合意、バブル膨張といった
1980年代の一連の出来事を、早送りフィルムのようになぞる可能性を秘める。

トランプ政権に対する感触は
「カードゲームの伏せ札を引く」感じになっている。
エースなのか、はたまたジョーカーなのか。
正式に動向が確定し始めるのは大統領就任式の1月20日以降。

君子危うきに近寄らず。
現在の根拠のない異常な熱狂相場に参加しない方がよさそうである。


2016年12月10日

安倍首相の真珠湾慰霊訪問の意味

実家はオーシャン・ビューの環境である。
と言えば聞こえがいいが、
要は海まで100メートルもない日本海沿いの漁村である。
当然ながら文字通り“海は友達”であり、水面を見ていると何か落ち着く。
“その水面を走る船”についての興味もまた人一倍だった。

小学生の頃から戦艦に興味を持ち始めた。
特に大和や武蔵など、旧日本海軍の巨大戦艦の雄姿は見飽きることがなく、
せっせと貯金してはプラモデルキットを買い、多くの戦艦を完成していった。
猛々しくも流線型の美しい船体を、時間の経つのも忘れ、眺めていた。
語弊があるかもしれないが、巨大戦艦に一種のエロを感じていたのである。
幼き頃に始まったその趣向は今も変わらない。

その旧日本海軍の華々しい活躍の頂点が真珠湾攻撃だった。
伝説の名将・山本五十六元帥(当時は海軍大将)の仕掛けた急襲と戦果は
歴史に残るものであり、以降の戦争が航空機中心に移行していく中で、
旧日本海軍の“最後の晴れ舞台”だった。

ただ攻撃が開戦を巡る日米交渉打ち切り前になされたことで当時から
真珠湾攻撃は「卑劣な攻撃」と批判されていたのもご存じの通りである。
厭戦ムードにあった世論は「リメンバー・パールハーバー」の掛け声と
共に参戦に向かった。
当時のルーズベルト米大統領は、
「1941年12月7日(現地)は屈辱の日として長く記憶される」と演説した。

日米開戦75周年にあたる今年の12月8日直前の5日、
安倍首相は、26~27日両日に米ハワイを訪問し、
オバマ大統領と共に真珠湾攻撃の犠牲者を慰霊する意向を表明した。
現職首相の真珠湾訪問は初めて。
安倍首相は否定してはいるが、今年5月のオバマ大統領が被爆地・広島を訪問、
犠牲者を追悼した“お返し”の意味合いとなる。

もうひとつ伏線があった。
今年の米大統領選挙でトランプ氏が勝利した直後、
大統領に正式就任前にもかかわらずわらず安倍首相は渡米、
同氏と会談を持っている。
オバマ側は「日本はオバマ政権を切り捨てた」として、露骨に不快感を示した。
米国ならずとも、
誰が見ても(あからさまの)新権力者へのすり寄りのスタンスだった。

また米国世論では、
米国内の保守派の反対がある中での米大統領の広島訪問に関して、
「オバマ大統領は、日本にいる間に真珠湾の奇襲について議論したのか。
多くの米国人の命が失われているのに」との批判もあった。
今回の“お返し訪問”が米国側に好意的に受け止められるのも
まずは自然の成り行きである。

客観的にみて、今回の一連の動きは
安倍首相の“いいとこ取り”の感は否めない。
5月のオバマ広島訪問は、日本の世論調査で90%以上が評価し、
内閣支持率も3ポント上昇した。
今回の真珠湾訪問も、一見すれば“諸般の事情により、”やむにやまれず”の
形式を採ることにはなる。
が、結局は支持率上昇につながると見られる。

巷間では1月解散が囁かれているが、それもあながち否定できなくなった。
かくして、安倍晋三政権が歴史的な長期政権になりそうな気配だが、さて…


2016年12月03日

54年振りの11月の雪 -38豪雪の記憶-

11月24日、関東甲信越地方の広い範囲で雪が降った。
東京都心では11月として54年振りの初雪であり、
1875年(明治8年)の観測開始以来初の積雪だった。
気象庁は、日の出直前の午前6時15分頃に降雪を確認、
午前11時過ぎに地面の半分以上が白くなり
「積雪状態と確認した」と発表した。但し、積雪は1㌢未満であると。

雪にからっきし弱い国際都市・東京。
メディアは前日から雪だ、雪だと大騒ぎ。
確かに降るには降ったが、雪国育ちの人間にとって、あんなの雪じゃない。
いうところの“名ばかりのちょぼちょぼ”状態。
但し今回の“54年振り”という点については伏線があった。

前回の11月の初雪は昭和37年(1962年)。
その翌年が昭和38年(1963年)。
その昭和38年に「38(さんぱち)豪雪」と言われる大雪が降った。
生まれ故郷・富山県では、185㌢超えと発表されたが、
吹き溜まりでは間違いなく2メートルを超えていた。
道路は通行不能。小中高は当然ながら臨時休校で、連日の屋根の雪下ろし。
二階から階段を作って出入りしていた。
同年の中学校発行の年間誌に掲載された自作の句。
「真っ白な 雪に回りを取り巻かれ 力いっぱい雪下ろすわれ」
未だに一字一句覚えているのは、それだけ雪が強烈だったからだろう…

昭和37年と平成28年の相似点。
「夏の高校野球で栃木・作新学院が優勝」
「プロ野球では東映フライヤーズ(=日本ハムファイターズの前身)が優勝」。
そして特に注目すべきは東京五輪を控えている点。
1964年の東京五輪と2020年の東京五輪。
開催会場でゴタゴタしている点も酷似している。
ということで、「来るべき2017年は寒い冬=豪雪になるかもしれない」との
データの裏付けのない噂が出ているが、あながち否定はできないようである。

そして54年振りの11月の初雪が降った24日、
今年の大晦日放送の第67回紅白歌合戦の出場歌手が発表されている。
偶然にしては出来過ぎ。
で今週は、「連想ゲーム」で、紅白歌合戦の歴史をザッと振り返ってみたい。

紅白歌合戦の始まりは、
終戦結直後の1945年・大晦日の「紅白音楽試合」というラジオ番組。
当初は「紅白音楽合戦」の番組名で放送する予定だったが、
GHQが「敗戦国がバトルとは何事か」との判断で、
仕方なく「試合」に変更した。今は昔の(笑えない)話である。

TV放送が定着するのは1960年代に入ってからと思う。
「紅白を見た次の日から連日、雪下ろしばっかだった」との強烈な記憶が
あるから、38豪雪時には実家にも白黒のTV受像機があったのだと思う。
そして1964年の東京五輪はカラーで見た記憶があるから、
そのあたりから日本のTV時代が定着したのだろう。

考えてみれば昭和37年とは戦後17年、日本の高度成長時代前夜で、
NHK紅白歌合戦が国民的行事と言われ、視聴率が70~80%の時代であった。
紅白離れが言われるようになるのは、
一家に1台から1人に1人の時代になっていく90年代からだったと思う。

もはやそんな驚異的な視聴率は伝説。
IT時代。全世代が満足する番組などもはや不可能。
家族全員が揃って同じ番組を長時間見ることも期待できない。
こうなってしまえば、国営放送たるもの、
視聴率を気にせず(=若者層におもねくことなく)、
「大晦日の歌合戦+除夜の鐘」の“日本人の心”のセット番組を、
粛々と流されたらどうだろうか。


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