2017年12月29日

寒中お見舞い申し上げます

今や決まり文句になってしまったが、週刊レポート50回。これが1年。
そして隣の有名肉屋に「(焼き豚買いの行列)ここが最後尾」との
プラカードを持ったバイトさんが立つ頃、それが年末。
ほんと1年が早い。残酷なまでのスピードである。

これもまた事あるごとに申し上げてきたが、
BGM(間接照明?)としてTV画面をつけっぱなしにしている。
ただ余りにぎゃあぎゃあ騒がれると頭に響くので、TV音声を消して
ラジオの音声を流すようになった。
関東地方では、ラジオ一般局がFM形式で聞けるようになったから、
音質が格段によくなった。そのせいもある。

年末なので、岡目八目、「今年のTV番組は?」についで少々述べてみたい。
正直言えば、スポーツ番組以外はほとんど見ていない。
特に今年はNHK大河が大ハズレ(!?)で、
日曜のゴールデンタイムには、スポーツ中継が少ないこともあって、
ラジオを無作為に流しておくことも多かった。

そんな自分が欠かさず視聴したのは以下の3番組だった。
(1)陸王(TBS)
原作は三菱銀行出身の作家・池井戸潤。
従って、貸すの、貸さないなどと、同氏の物語には必ず銀行が登場する。
そして現在の銀行の見識&判断が生々しくかつ専門的に披露される。

舞台が行田。劇中の「埼玉中央銀行」は、まず埼玉銀行だろう。
ドラマの「こはぜ屋」は実在の「きねや足袋」と言われている。
そして製品の「陸王」もまた実在の「MUTEKI」と言われている。

主人公の宮沢紘一(役所広司)、その息子宮沢大地(山﨑賢人)、
技術者の飯山晴之(寺尾聡)、準主役のランナー茂木裕人(竹内涼真)、
敵役の小原賢治(ピエール瀧)、その部下佐山淳司(小藪千豊)、
こはぜ屋・従業員正岡あけみ(阿川佐和子)、西井冨久子(正司照枝)。
上げたらキリがないが、まるでNHK大河仕様の豪華絢爛たるキャスティング。

老舗の中小企業の悲哀を表面に出しながら、
「丁寧な技術の国ニッポン」はどこへ行った?の大きなテーマが全編に流れる。
今年はデータ偽造事件が相次ぎ、総仕上げに技術ニッポンの牙城・新幹線にも
欠陥が見つかり、日本全体がアタフタしている。
そういった外観の変化も、陸王が大ヒットした理由だろう。

ベテラン役所広司や、「ルビーの指輪」で一世を風靡した寺尾聡の熱演や、
新人・竹内涼真もはつらつ・さわやかで、見応えがあった。
12月3日の福岡国際マラソンで、
体型が竹内涼真にソックリの大迫傑(すぐる)が2時間7分台の
歴代5位の記録で日本勢最高の3位になったことも、番組を後押ししたと思う。

(2)球辞苑(NHKBS1)
本ブログでも申し上げたが、野球好きには必見のマニアックな番組。
編集長は徳井義実(チュートリアル)、記者は塙宣之(ナイツ)、
ナレーターが土屋信之(ナイツ)のお笑い芸人トリオ。
その他、多士済々のアナリストや球界の重鎮ゲストが番組を盛り上げる。

謳い文句の「野球が百倍面白くなる」。確かにそう思う。
番組の内容が濃く、飽きさせない。
ナレーションの土屋が予想以上にグー。さりげない訥々とした言い方が秀逸。
お笑いコンビ・ナイツも、同番組出演で、定位置を確保した感。
派手さはないが名物番組になるような気がする。

(3)ブラタモリ(NHK地上波)
長寿番組「笑っていいとも」に代わる森田一義アワー。
ある種の旅番組だが、掘り下げ方がハンパでない。
理論的な説明も的確で、新発見も多く、キッチリ納得させてくれる。

オープニング曲が「女神」、エンディング曲が「MAP」でいずれも井上陽水。
ナレーションが元スマップの草薙剛。
MC(アシスタント)がタモリの孫娘仕様のチャーミング・近江友里恵アナ。
今後も日本全国、くまなくやってくれればいいな、と思う。
同じNHKの関西の落語家がMCの旅番組が余りにあざといので尚更そう思う。

国民的番組と言われた紅白歌合戦も、若者に余りに迎合的で、飽きる。
かくしてポスト平成では、TV離れが益々進んでいく気配。

最後になりましたが、
ことのほか寒い年末です。健康に留意され、よい年をお迎えください。


2017年12月22日

ポスト平成を考える

日経新聞最終面の名物コラム「私の履歴書」の12月は江夏豊。
最初は(一時は)薬物中毒で廃人同然となった江夏の登場は、
全くの場違いじゃないか、と最初はいぶかった。
だがコテコテの浪花の快男児(怪男児?)江夏の物語は、
日毎に面白くなっている。

特に入団2年目から6年間の大活躍は、
コンピュータ管理型の現代野球と異なり、まずは破滅型・酷使の残酷物語。
1年目の1967年(昭和42年)は12勝13敗、2完封、
投球回数230回3分の1、奪三振は225個。防御率2.74。
2年目の1968年は49試合に登板、37試合に先発、8完封を含む26完投、
25勝12敗。投球回数329回。401奪三振(世界記録)。防御率2.13。
日本の試合数が134試合の時代の記録である。
ちなみに当時のメジャー記録が162試合で382個。

3年目の1969年は15勝10敗。7完封。投球回数258回3分の1。
奪三振262個。防御率リーグ1位の1.81。
4年目の1970年は8完封を含む21勝17敗。投球回数337回3分の2。
奪三振340個。防御率2.13。
5年目の1971年は15勝14敗。6完封。投球回数263回3分の2。
奪三振267。防御率2.39。

以降は省略するが、江夏の生涯成績は829試合登板、投球回数3196回。
206勝158敗193セーブ。奪三振2987個。防御率2.49。

5年目の1971年に関しては以下の球歴は外せない。
7月17日、西宮球場でのオールスター第1戦の9連続三振。
前年の球宴からの奪三振を合わせると14連続三振。
この年の第3戦でも1個を奪い連続奪三振記録は15まで伸びた。
もはや永遠不滅の大記録である。

ここ3年、NHKBSの「球辞苑」という番組が大好評である。
何が面白いかと言えば、野球に関するデータを微に入り細に入り
なめまわすように分析し尽くすからである。
例えばバットと言えばその長さ、太さ、グリップまで、
そこまでやるかと、調べ尽くす。

現代野球において、投球回数年間200回超、ローテションの「5日間隔」を
完遂できれば超一流と言われている。
球辞苑は一貫して「投手の肩には寿命がある」との論理を通すが、
その点江夏は、論理もへったくれもない滅茶苦茶の“やってまえ”主義。
結果的に球辞苑は、「江夏は潰れるべくして潰れた」と結論付ける。

現実に江夏は、3年目から肩が壊れ、肘をやられ、最後には心臓をやられた。
「太く短く」の代表的な例だが、野球生活後年の江夏は「力から技へ」転換、
「先発完投型から抑え専門」投手へと変貌していく。
最たるものが、ご存じ広島カープ時代の「(伝説の)江夏の21球」である。

全く場違いの話から始めてしまったが、
ポスト平成は「人間の脳と機械が直結する時代になる」と言われている。
脳とコンピュータをつなぐブレーン・マシーン・インターフェース(BMI)技術の
進化で、頭に浮かんだ言葉や意思を機械が読み取って伝えたり、
自分の身代わりのロボットを念じて動かすことができるようになる、としている。

だが一方でBMIの技術は個々の人間の思考を「オープン化」する作用もある。
機械と人体の融合が、コンピュータやロボットに過度に依存する社会につながる
可能性を秘める。

きちっと締めるべき師走に「江夏豊という“不世出の化け物”」を取り上げたのは、
次代をしっかりと見据え、居直った日経新聞の、
現状の風潮に対する強烈なアンチテーゼなのかもしれない。

親方日の丸で、ややもすれば御用新聞の雰囲気が日常的な日経新聞も、
やる時はやるもんである。

2017年12月16日

ビットコイン狂騒曲

最近、株式の上昇と共に、ビットコインの急騰が騒がれている。
まずビットコインとは何か。
定義は「世界に1300以上あるとする仮想通貨のひとつ」となる。
では仮想通貨とは何か。
「インターネット上で流通する通貨」である。
そして1300種類以上ある仮想通貨の中で存在感が大きいのが
ビットコインである。
12月初旬の時価総額は約2800億㌦(32兆円)と最大で、
全体の6割強を占めるとされている。

いいか悪いかは別にして、特徴としては以下の4点とされる。
「全てデジタル情報で処理される」
「改ざんやハッキングが難しく、安定性がある」
「世界中で取引されている」
「発行元がない分散型通貨である」

では仮想通貨を入手するにはどうしたらいいか。
「仮想通貨取引所に口座を開設して日本円と交換する」ことが前提条件。
スマホ等で身分証明書を送付して本人確認ができれば、
最短1日で開設できる。
取引単位は1ビットコイン(BTC単位=12月8日現在では約160万円)。
但し小数点以下の取引も可能。

国際的な業界団体である先物業協会(FIA)は12月6日、
「裏付けとなる商品の透明性と規則が欠如している」と批判する書簡を
米商品先物取引委員会(CFTC)に送付した。
こうした不安感がある中で、このビットコイン、
12月10日、シカゴ・オプション取引所(CBOE)に先物商品として上場された。
金融商品として認知されたことにはなる。

先物商品として上場されたことにより、
これまでは「ビットコイン現物の売買だった」が、「空売りが可能になった」。
但し乱高下が予想されることから、
当初証拠金の比率は従来の33%から44%までに引き上げられている。

以上が現状のビットコインの現状だが、最大のポイントは
「中央銀行が介在していない点」、
そして
「現物とは言っても、所詮はコンピュター上のあくまで仮想である」
点だろう。冷静に考えてみればいかにも危うい。

背景にあるのは金融緩和後のカネ余り。
世界中のカネ余りが株価の上昇をもたらし、
乗り遅れた投資家が新たなリスク資産への不用意な傾斜が起きている。
ビットコインはそうした流れの氷山の一角とも言える。

ただここまで規模が大きくなって
「ビットコインは一連の(危険で無謀な)リスク資産の先頭にいる」
との様相を呈し始めた。
ビットコインの乱高下が、
07年のリーマン・ショックの住宅に絡んだ金融商品と同様に、
金融市場全体に影響を及ぼす可能性は否定できない。

NY株式は歴史的な高値に張り付いている。
「買わなきゃ始まらない」との安易な雰囲気が続いている。
NYの写真相場の日経平均も、23,000円前後をウロウロしている。
世界中で(末期的な)狂想曲が流れている。

ビットコイン相場は為替相場のようにスキムが完成された相場ではない。
君子危うきに近寄らず。
世界に名高き日本の主婦軍団の皆様、くれぐれもご用心下さいますよう。

2017年12月09日

消えた「銀行為替ディーラー」

「平成31年4月30日にて平成時代が終わる」
正式発表があって1週間。
ジワジワと時代の流れを感じる昨今である。
新たな年号はどうなるかは全く聞こえてこないが、
昭和生まれの人間が「明治時代を遠い時代」と捉えたように、
名実ともに「昭和の時代が遠くなる」日が近くなっている。

西暦1989年から始まった平成時代だが、
それを境に金融の世界も大きく変化し始めた。
1990年代に入ると世界的な金融自由化の波が押し寄せた。
特に1995年の阪神大震災から以降は怒涛の大波だった。
北海道拓殖銀行の倒産、山一證券の倒産と続き、
以降は都市銀行、長信銀の統廃合となっていく。

この流れは東京外為市場にも大きな変化をもたらした。
日本の銀行と在日外銀が乱立状態だった東京外為市場は、
日本の銀行が三菱東京UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行の三行に
集約されるのと並行して、スイス系銀行の全面撤退を先頭に、
在日外銀の撤退が相次ぎ、米シティを最後に東京には在日外銀が皆無となった。
当然ながら在日外銀からは相応の失業者が出ることになったが、
高給を食んでいた時代の花形・為替ディーラーも例外ではなかった。

21世紀にはいって本格的なIT時代を迎え、
東京市場と他の市場を区切る必要がなくなった。
取引時間を限定しない中で、
為替市場は世界中がランダムに入り乱れる世界になった。
1980年代に米シティの「シティは24時間眠らない」
とのキャッチコピーが評判となったが、
まさに24時間どこでも為替取引が可能になった。

金融自由化路線の中で、
個人が市場に参入できることになったことも市場の状況を一変させた。
スマホの画面上で、自由に取引が可能になった。
「個人の市場への直接の参加」が可能になったことで、
銀行の介在は必要としなくなる。
つまりは為替取引自体が銀行の専権事項ではなくなったのである。
と同時に、銀行為替ディーラー同様のアクションを一般投資家も
できるようになった。
その代表が、世界の市場で「ミセス・ワタナベ」と揶揄された
日本の主婦層だった。その取引量や動向が無視できなくなったのだ。
東京外為市場は大きく様変わりしたのである。

現在の為替市場の銀行間取引では、“小数点以下3桁”まで取引対象となる。
例えば「112.015-112.025」の表記である。
そして取扱い銀行の絶対数が激減する中で銀行間取引は、
1億㌦単位の「超高額・薄利・多売」形式が顕著となり、
「ミクロ・マクロの瞬間芸が基本」となり、人間の手に負えなくなった。
結果として、全てがコンピュータ任せのスタイルに落ち着いたのだ。

かくしてヴォイス時代の轟轟たる喧噪の中で活躍した
高給取りの銀行為替ディーラーは必要としない時代となった。
時として東京外為市場として短資会社(為替ブローカー)の現場がTV画面上で
映し出されることもあるが、単なる広報活動であり、実稼働していない。

1973年から始まった変動相場制は、始まってから50年は経っていない。
「電話の声」の時代から画面上の無機質な時代へ。
今から約25年前、
依頼原稿で「声のない市場」とのタイトルで為替市場の未来予想図を描いた。
あり得ない!!と笑われた。今は昔の話である。

「銀行為替ディーラー」が持て囃された時代は1980年代が頂点だった。
もはや昭和時代末期の「過渡期の遺産」だろう。
懐かしくもあり、寂しくもある昨今である。

2017年12月02日

金融新時代。重み増すCDOの役割

現天皇の31年4月の退位が正式に決定した。
一連の決定が正式となる前から、平成29年末は、
「平成の30年」を回顧する内容の記事が増えている。
新しい年号が何になるのか知る由もないが、
ミレニアムを含む平成の時代は、まさに激動の30年だった。

「稼げる者は残り、そうでないなら退く」。
ビジネスの当たり前の原理が銀行経営にも持ち込まれ、
「護送船団方式」と呼ばれる「日本の銀行不沈神話」が崩壊した。
平成30年という激動の時代の中でも指折りの大きな変化のひとつだった。

今から20年前の1997年11月17日、北海道拓殖銀行が破綻した。
「銀行が倒産する」という、それまでの絵空事が現実となった。
以降、大再編の2000年代へと続いていくが、
日本の金融界は依然として大きな構造調整にもがいている。

現在進行中の金融改革は『フィンテック』と呼ばれる異種のものである。
フィンテックの語源は
Finance(金融)とTechnology(技術)を組み合わせた造語。
インターネット、スマホ、クラウド、ビッグデータ分析、人工知能の発達が、
金融そのものを、既存の常識が通じない、大きな変化に巻き込んでいる。

こうした「フィンテックの時代」では、モバイル市場が急拡大し、
電子商取引の中国・アリババを先頭とする新興企業が急拡大する時代となった。
モノやサービスと結んだ自動決済や、顧客データを使った
新たなビジネスを切り拓くための能力・資本力が必要となってきたのだ。

既存の常識論に固執して、
100行超が乱立する地銀・第二地銀の再編は遅れている。
2000年以降の推移をみると、20005年前後は経営の体力がある銀行が、
不良債権に苦しむ銀行と合併・統合する“救済型”が一般的だった。
しかし近年は、中堅行が人口減などによる経営環境の厳しさに危機感を
募らせて結集する流れになっている。

本テーマに関して、15年超前から
「現代社会において地銀の使命は終わった」といい続けてきた。
止めようもない国際金融の大きな変化の中で、
金融庁主導による地銀の最終着地点は
「3大メガバンクによる全地銀の系列化」だ。

「3大メガバンクによる日本の金融機関の整備・統合」は、
「マイナンバー制度の完成」および「国民の一人一銀行口座」にもつながる。
税収に悩む日本国は、日本国民の資産をガラス張りにしたいのは明白である。

金融庁の本音は以下のようになろう。
「今後、能力のない銀行は生き残れない。特に地銀の生き残りは不可能に近い」
「少数精鋭体制にすることが急務。更なる吸収合併を勧奨する」
「不要な人材は極力出向させ、コスト削減・体質改善を目指す」

またぞろ英語の頭文字を使った新語の登場だが、
CDOとは(Chief Digital Officer=チーフ・デジタル・オフィサー)の略である。
もはや“攻めの金融”しか残れない。
その尖兵がデジタル戦略であり、CDOとはそのリーダーである。
いわゆる銀行屋ではなく、IT関連業種からのトラバーユ組がほとんどである。

現状の地域金融機関=地銀・第二地銀に関していえば、
いかなる主義主張があろうとも、結局は自己に都合のいい理屈にしか過ぎない。
ITの更なる進捗で、営業環境は悪くはなっても、よくはならない。
時代の大きな流れの中で、“見切り時”を見定める時期だろう。
残念だが、致し方ない。


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