最強省庁・財務省はどう立ち直るか

大中小・有象無象の金融機関が乱立した戦後の日本が、
「銀行は一行たりとも潰さない」とする護送船団方式を採る中で、
各金融機関にはMOF担と呼ばれる重要な部署があった。
財務省が大蔵省という名であった頃で、
「Ministry Of Finance=MOF」の担当者という意味であり、
各金融機関のエリートが辿る出世コースだった。

キャリア官僚に日本の金融の実態を伝える中で、
天下国家も論じるという名目で、酒席の接待は
「通常業務」として日常茶飯に行われていた。
ところが1998年、
MOF担による大蔵省幹部に対する過剰接待が問題になり、
「贈収賄があった」として東京地検特捜部が大蔵省に家宅捜査に入る。
今や伝説の「ノーパンしゃぶしゃぶ」事件である。

「ノーパンしゃぶしゃぶ」という不可思議なネーミングを
マスコミがこぞって取り上げ、日本中に知れ渡った。
あの大蔵省のお偉いさんが….それも大きな要因となり、
「官民の不必要に緊密な連携は、癒着・馴れ合い」と糾弾された。
大蔵省幹部とMOF担との闊達で綿密な意見交換は、
グローバル時代到来直前の金融界には必要な業務ではあった。
だが、官憲は「官と民の過度の連携は必要としない」と断じた。
かくして金融の「官と民」の蜜月は劇的に終わりを告げ、
日本の銀行は一気に集約態勢に入り、大蔵省も財務省と名を変える。

それから以降の20年は、
「民と官」を離れ、「政と官」を巡る改革が続いていく。
2001年の中央省庁改革から官邸主導の改革が打ち出されたが
満足な結果が出ず、
そのうち「政と官の改革」を公約に掲げ、09年に民主党政権が誕生する。
民主党政権は、政治家を霞が関に送り込み「政治家主導」の政策決定を
実現しようとした。
だが官僚を排除しすぎたことで政策は停滞し、失敗に終わる。

再び自民党に政権が移り、
再登板した安倍晋三首相は「官僚を上手く使う」ことに注力し、
「細部の政策は官僚に任せつつ、内閣人事局を通じて幹部人事を掌握する」
という手法を選択した。
「いかなる既得権益も、私のドリルから無傷でいられない」との大見得。
しかし安倍首相の方式では“忖度”という(予想もしない)厄介な考え方が
出たのはご存じの通りである。

旧大蔵省、現財務省が最強と呼ばれる所以は、
「国家試験成績上位者のみが入省できる省庁」であり、
「鬼の国税庁を抱える」からである。
お上に盾突くとは、言葉を変えれば「財務省に刃向う」ことを意味した。
その最強省庁に、文書改竄やセクハラ事件が連続して起き、
(財務次官という)事務方トップ不在という混迷状態に入っている。

財務省の肩を持つもりはない。
だが、護送船団方式時代には、
財務省幹部のセクハラなど大々的な問題にはならなかったと思う。

確かに言葉上とはいえ、若い女性を侮蔑するような言動は看過できない。
酒席で、半分冗談で、上から目線の言動となったのだろう。
だがセクハラもどきをする場所も対象も違う。
現財務大臣のように、許容される場所で堂々とやるのが一流の男の流儀。
庁舎から天下のザギン村は車で5分の至近距離。
なんで有効活用しないのだろう。

セクハラを理由にトップの座を辞せねばならなかったことが
現状の財務省の立ち位置を示している。
超優秀な稀有な人材の喪失は、日本にとって大きな痛手だ。

安倍長期内閣に暗雲が漂う。
果たして財務省改革はなるのか。
どこに向かうか最強省庁・財務省…


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