今や経営資源とされる大学スポーツの限界

そもそも米国発のアメリカン・フットボール(通称アメフトorアメラグ)
なるスポーツは、
日本独自の定着を見せた英国発のラグビー・フットボール(通称ラグビー)と
似て非なるものであり、学生界には異端だった。
要は日本の大学の伝統的スポーツ、ラグビーで有名になり切れない大学が
始めた競技であると言っていい。
その双璧が
東の日本大学(1940年創部)、西の関西学院大学(1941年創部)だった。

そしてアイビースタイルが持て囃される1970年代に入ると、
急激な盛り上がりを見せる。
「アメフト独特のユニフォーム」
「観客が着用するスタジアム・ジャンパー+ジーンズ」
「ワンレングス+超ミニのチアガール」がテーマになり、
それまでなかった鮮烈な様式に、熱狂的なファンも出始める。

それは1973年の東京外為市場開設と時を同じにする。
つまりは、グローバルな様式が出始めた頃であり、
ラグビーのようなトラッドな(=全てどん臭い(!?))競技を尻目に、
“ジス・イズ・アメリカ”仕様のアメフトが時代の最先端を行くように映り、
急激にクローズアップされる。
日大フェニックス(PHOENIX=不死鳥)が有名になるのはその頃からだ。

徹夜が当たり前だった体力勝負の当時の外為市場にも
「剛毅果断」を掲げ、フェニックスOBが多数参入してくる。
当時の故篠竹幹夫監督は、
マスコミに「カリスマ」「時代の寵児」として取り上げられる。
だから採る側も、“新しい血=変わり者”を欲しがった。
現状の日大フェニックスOBは、篠竹イズムが骨の髄まで沁みわたっている。

フェニックスOBの外為市場参入組と頻繁に酒食を共にした。
とことん酒に強く、常に礼儀正しく、付き合い易かったからである。
そんな彼らは終始一貫「篠竹監督は神だ」と言い続けた。
当時はコンピュータによるフォーメーションが不可能な時代。
試合は全て監督の思い描いた通りに進められた。
「神は絶対的」であり、「神に従う」ことは至極当たり前だった。

175㌢・90㌔が下限の体格であるアメフトは、
その体に鎧を被せることによって、もはや完全な格闘技となる。
そうした大型の武装集団がぶつかり合う「フルコンタクト」な競技において、
通常のルール通りに戦っても半身不随となる者が続出した。
確かに“喧嘩もどき”のスポーツはリスクがあるから面白い。
やるか、やられるか…一歩間違えば「命さえ危ない」競技である。

アメフトの延長線上にあるのが相撲である。
現在「スポーツ日大」の頂点に君臨する競技種目は相撲であり、
現在の日本のプロ相撲(=大相撲)には日大相撲部出身の力士も多い。
日大の理事長は今やJOCの副会長の重責にある田中英寿元相撲部監督であり、
今回の事件で辞任した内田正人前監督は、
田中英寿理事長の直下(人事担当)の常務理事だ。

アメフトは、相撲と同様に、もはや通常の大学が取り組み難いスポーツに
なり始めている。
大きな利権が入り込んでしまって、ガチガチに固められているからだ。
結局、今回問題になった“危険タックル”事件は、
誰が何を言おうが、どう批判されようが、
強大な権力の下でうやむやのうちに揉み消される運命と思う。

少子化&大学全入時代を迎え、スポーツを経営資源にするため、
スポーツによる大学ブランド化が図られている。
そこに文武両道という“哲学”も“美学”もない。
所詮、きれいごとではないのだ。

今回の事件の根幹の問題が解決しないまま、世界的な選手も育たないまま
日本のアメフトは本家アメリカと違う流れで独自にセミプロ化し、
学生が取り組むスポーツではなくなることになろう。

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