銀行員はどう生きるか

紙媒体の本の売れ行きがはかばかしくない、と言われて久しい。
とは言え、何かヒントがないかと、
暇ができれば有名書店に立ち寄ることにしている。
最近、ビジネス書(新書部門)で面白い(!?)本がヒットしている。
題して「銀行員はどう生きるか」(講談社現代新書)

現天皇の30年4月の退位が正式に決定し、
平成29年は「平成の30年」を回顧する内容の記事が増えている。
新年号が何になるのか知る由もないが、
ミレニアムを含む平成の時代は、まさに激動の30年だった。

「稼げる者だけが生き残る」。
ビジネスの基本原理が銀行経営にも持ち込まれ、
「護送船団方式」と呼ばれる銀行不沈神話が完全に崩壊した。
平成30年間という激動の時代の中で
「銀行の使命が終わった」のは、大きな変化のひとつだった。

今から20年前の1997年11月17日、北海道拓殖銀行が破綻した。
「銀行が倒産する」という、それまでの絵空事の出来事が実際に起きた。
以降、大再編の2000年代へと続いていくが、
日本の金融界は依然として構造調整にもがいている。

現在進行中の金融改革は『フィンテック』と呼ばれる異種のものだ。
フィンテックの語源は
Finance(金融)とTechnology(技術)を組み合わせた造語。
インターネット、スマホ、クラウド、ビッグデータ分析、人工知能の発達が、
金融そのものを、既存の常識が通じない全く異種の物(=業種)とすべく、
日々刻々変化している。

モバイル市場が急拡大し続ける中の「フィンテックの時代」。
電子商取引のアリババやテンセント等の新興企業が次々に現れる。
モノやサービスと結んだ自動決済や、デビット決済等など…
上げたらキリがないが、顧客データを使った新ビジネスを切り拓くための
人材・能力・資本力を潤沢に持つ企業ばかりだ。

一方、既存の常識論(特に貸出に拘る基本論理)をかざし、
依然として全国に乱立する地銀・第二地銀は断末魔の様相だ。
2000年以降の推移をみると、2005年前後は経営の体力がある銀行が、
不良債権に苦しむ銀行と合併・統合する“救済型”が一般的だった。
しかし近年は、中堅行が人口減などによる経営環境の厳しさに危機感を
募らせて結集する流れになっている。

本テーマに関して、
15年超前から「現代社会において銀行の使命は終わった」と
いい続けてきた。
止めようもないITの進捗と金融手法の激変の中で、
金融庁主導による地銀の最終着地点は、
「3大メガバンクによる全地銀の系列化」だ。

「3大メガバンクによる日本の金融機関の整備・統合」は、
「マイナンバー制度の完成」および「国民の一人一銀行口座」にもつながる。
税収に悩む日本国は、日本国民の資産をガラス張りにしたいのは明白である。
金融庁の本音は「地銀の生き残りは不可能に近い」だろう。

金融新時代とは「銀行を必要としない時代」を意味する。
後追いの参加型・追随型手法の導入は時間と費用の無駄だ。
リスクがあるから皆で、というこれまでの護送船団型方式はもう通じない。

銀行員はどう生きるか??
考えるまでもなく、答は簡単だろう。
「新たな活躍の場を求める」しかあるまい、時代が変わったのだから。

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